星によって雨や雪の色が違うと知ったのはつい最近だ。
神威の気まぐれで予定外に寄港したその星で、わたしは生まれて初めて発光するみずいろの雪を見た。 買い物に連れ出されたターミナルの高層階から眺めたあの夜景は、これまでに行ったどの星にもなかったものだ。 眼下に見下ろすその星の首都に、しんしんと降り積もっていく寒色の光。あれは、太陽を持たず空に陽が射すことのないその惑星系で 唯一目にできる天然の光なのだという。天からふわふわと舞い落ちてくる、気が遠くなるような数の蒼いイルミネーション。 それが闇夜をきらきらと照らしながら、地上へ降り注いでいるような光景だった。
そんな異国の空に驚いたことをなんとなく思い出して口にしてみたけれど、神威は首を傾げていた。それどころか、その景色に見覚えはないと言う。 そんなはずはないのに。まるで水族館の巨大な水槽みたいなターミナルの窓辺で息を呑んでいた時、神威はわたしの隣に居た。 「よく見るとまぶしすぎて気味が悪い」とつぶやいた時には、くすりと笑ってこう言ったのだ。
「そうかなぁ。俺にはお前の星の空のほうがまぶしすぎて気味が悪いよ」と。




「――あったかなぁそんなこと」
「あった。覚えてないの」
「いちいち覚えていられないよ。雪が光るなんてそう珍しいことじゃない。惑星自体が凍りついてる貧しい星ならよくあることだよ」

ぎぃ、と背後でベッドが軋む。寝返りを打ったんだろう。神威が好んで使っているあまり質の良くないごわついた毛布が、 がさがさと耳障りにざわめく音も鳴っていた。 後ろへ積んだ衣類を取るついでにそちらを見ると、枕に頬杖を突いた彼はわたしをあの寝台から解放した数十分前と同じ姿をしていた。 毛布で腰から下を覆ったうつぶせの姿は、こちらに視線を向けていた。抜けるように白い背中にくっきりと浮かんだ肩甲骨に、 三つ編みが解けてしまった珊瑚色の髪が流れている。――物語に出てくる火龍のようだと思った。あの珊瑚色は、火を吐く凶暴な龍の 背に生えるたてがみのよう。

「もうこんな時間かぁ・・・。ねえ、何時の便だっけ」

眠そうな欠伸混じりに尋ねられて、鞄に衣類を詰めようとしていた手が止まった。 ひやりと背筋に寒気が昇る。わたしは戸惑いと軽い警戒がない交ぜになった目つきで神威を眺めた。
「ん、なに?」
見方によってはひどく無邪気そうにも見える、子供っぽい笑みに細めた目が尋ねてくる。 「どうしたの」ともう一度、笑い混じりに尋ねられた。答えられなかった。何か適当な誤魔化しを思いつけない程度には驚いていたから。
――神威からわたしに何か問いかけてくる。そんなことは滅多にない。
記憶にあるのはたった一度きり。あれは遊郭ばかりがひしめいていた常闇の街から浚われてきた頃。宇宙船の中を歩くことさえ許されず、 この部屋にほとんど監禁されているような状態だった、最初の頃だ。 一晩中抱かれて泥のように疲れきって息も絶え絶えになっていた朝、神威はぺちぺちと頬を指で弾いてきた。
「おーい、生きてる?地球人は弱いなぁ。もしかしてお前、このまま放っておいたら死んだりするの?」
そんなことを、わずらわしそうに眉をひそめながら尋ねてきたことはあった。わたしに対して神威が興味を示したことなんて、あの一度きりだったように思う。 もっともそれにしたって、「わたし」という存在への興味ではなかった。「あの国の女」という存在への、薄い興味でしかなかったのだけれど。

「――ははっ。ねえ、もしかして警戒されてる?俺」
「・・・・・。別に」
敷物もなく冷えた床から衣類を数枚取って、わずかに空いた隙間へ詰めた。用意してもらった大きな旅行鞄の蓋と金具をぱちりと閉めると、 それを最後に荷造りは終わった。あとは軽い身支度を整えるだけだ。――神威が急に気を変えさえしなければ。
首筋だけを粟立てるわずかな寒気を覚えながら、それとなくベッドに振り返る。神威はわたしの目をじっと覗き込んで、にっこり笑った。

「大丈夫、引き止めるつもりはないよ。お前はもうじき自由になるんだ」
「言われなくてもそのつもりよ」
「うん。そんな顔してるね。もう二度と俺なんかに捕まるかって顔だ」

そう言われて、顔色がすうっと褪めていくのが自分でも判った。 わたしの動揺が面白かったのか、にこにこと神威は笑っていた。腰から下を隠した毛布の下で、膝から曲げた脚が左右に揺れている。
笑えば笑うほど寒々しく見える表情。あの笑みは、本人にとってはただの仮面でしかないのかもしれない。 けれど彼に生殺与奪を握られてきた人間にとっては、それだけのものとは思えない。そのことを彼はよく知っているから、 こうして揺さぶりをかけてはからかって楽しむ。彼の何気ないひとことや、些細なしぐさにその都度怯えるわたしの様子を楽しんでいる。 ただそれだけで、それ以上でもそれ以下でもない。
――それだけだ。きっと、ただそれだけのこと。
自分にそう言い聞かせながら、ゆっくりと立ち上がった。神威が寝そべっている傍に――固いベッドの端に腰を下ろす。 ぎいっ、と古いマットが撓む。大きく冷たい寝台は、聞き慣れて耳に馴染んできた鈍い音を響かせていた。

「・・・出航、二時間後だって。チケットはまだ貰ってないけど」
「そう。見送りには行かないけどいいよね」
「うん。いい。必要ない」

言い終わらないうちに、毛布を剥いで膝立ちになった神威に引き倒された。
彼は冷えた笑みで見下ろしながらわたしを跨ぐ。裾が乱れた着物の袷を両手に掴むと、引き裂くようにして下半身を露わにさせた。

「・・・ああ、まだ濡れてるなぁ。これならすぐぶち込めるか」
「――んん、っ」

ぐい、と下着の薄地を押し退けた手は、白く濁った男の体液にまみれたままのそこをぬるりと撫でた。 ぐちゅ、と先を曲げた指を捻じ込まれて、やっと疼きが収まりかけていた腰がびくんと跳ねる。

「っぁあ。っ、い、・・・っ」

神威はいつも、女の体なんて人形程度にしか思っていないような乱暴さで突き入れてくる。一本、また一本と指は増えて、 熱い中を傲慢な動きでこじ開けられる。男の指に犯される狭い中で籠った水音が生まれる。 何の労わりもない指の動きに危険を感じた体が、生理的に滲ませただけの透明な雫が滴り落ちる。 頭が痺れるほどの強い突き上げに、内臓がずんずんと押されて息が詰まる。 ただわたしに挿れるためだけに繰り返されてきた行為は、何度味わっても子宮を突き破られそうでおそろしい。

「ぅ、・・・く、ぅ、・・・っ」
「顔が歪んでるよ。苦しそうだね。嫌なら嫌だって言えばいいのに」
「っっ。・・・・・・は、ぁっ」

それでもわたしはいやとは言わず、唇をきつく噛みしめる。出来るだけ体から痛みを逃すようにと、深く息を吐きながら我慢する。 拒む素振りなどひとつも見せない。ただ諾々と彼に従う。
脚を開け、と奇妙に醒めた笑みを浮かべた目に命じられれば、命じられたとおりに脚を広げる。体の向きをくるりと変えた神威が わたしの顔に滾ったものを押しつけてきても、黙って舌で受け止めてそれを撫でる。男のもので埋められて一杯になった喉がむせても、 苦しさで涙目になっても、彼が望むように舌を這わせ、ぴちゃぴちゃと唾液を絡めてそれを舐める。

「・・・んふ、く、っぅ、ん、んんっ、ふ、ぅう・・・!」
「もう溢れてきたよ。卑しいなぁ娼婦の体って。嫌いな男に弄られても良くなるんだから」
「んっっっ、っんんん〜〜・・・・・っ!」

乱暴な愛撫はいつも短い。奥を突き上げられる激しさに手脚を硬直させて達してしまえば、 顔や胸にどろりと熱い粘液を吐き出された。生々しい男の匂いに目元を塞がれ、はぁはぁと息を乱して放心するわたしを待つこともなく、 神威は悠々と圧し掛かってくる。薄く開いた視界は汗と涙と精液で濁って、何ひとつはっきりと映らない。 彼が何をどうしようとしているのかも判らなくて不安が胸に渦巻いている中、ふっ、と笑う吐息のような声が耳に届く。

「お前を抱くのもこれが最後かぁ。・・・ねえ、どうしてほしい?」
「・・・・・・・・・か。・・・神威の。すき、な、よ・・・に。して・・・っ」
「えぇー、いいの?・・・困った女だなぁ。俺が手加減しないとお前ごと死んじゃうかもしれないよ」
「・・・っ、それ、は・・・・・、 あっ、あぁっ!〜〜っぅう・・・・・んんっっ!」

耳許に口づけながら囁かれてぞくりと肌が粟立ったのと、ぐいと広げられた脚の間に熱い杭を打ち込まれたのはほぼ同時だった。 体の芯を貫いた熱の感触に肩を抱いてうち震えていると、神威はわざと腰を止める。ぐぶ、と奥を一突きしてくるから、彼の欲に 飼い馴らされたわたしの中はびくびくと淫らに収縮した。宇宙船の無機質な天井を塞いだ男のまっしろな肩に、薄く汗が光っている。 冷えきった目をにっこりと細めながら近づいてきた神威は、わたしの喉に歯を軽く立てて噛みついた。

「い・・・っ!」
「うわぁ、すごいな。また締まった。油断すると食い千切られそうだなぁ。ねえ。お前みたいなのを、あの国では淫売って言うんだろ・・・?」

わたしの奥の疼きを引き出そうとしているのだろう。じっと待っている神威の気配は、まるで獲物に舌舐めずりしている獣のそれだ。 無言で降ってくる酷薄な視線に怯えながら耐えていると、ようやく腰を揺らし始めた。 焦らすような緩慢さで中を捏ねていた熱の注挿は、やがてわたしを追い上げる激しい動きへと変わっていって――

「っっ・・・!っぁ、うぅ、んん〜〜・・・っ」
「やけに気持ちよさそうだね。さっきのあれだけじゃ足りてなかったんだ」
「ぉ。おねが、あんまり、つよく、しな、っっ・・・!」
「駄目だよ。俺もまだ足りないんだ。もっと楽しませてよ」
「っ、ひ・・・!っぁ、あぁんっっ」

我慢していた声が悲鳴に変わる。がくがくと何度も何度も体が震えて、そのたびに強制的に、暴力的に快感の頂点に押し上げられる。

「あぁ!・・・あぁ、あっ、あっ、あっ、〜〜ぁあんっっ」

(――だめ。このままじゃ壊される。壊されてしまう。)
無意識に庇うようにして両腕で覆ったそこから、無残に腕を引き剥がされる。神威はわたしの腰を両手に鷲掴みにすると、 滅茶苦茶に腰を打ちつけてくるようになった。
どくどくと脈打つ昂った熱で荒らされて、目の奥を光らせながら顔を近づけてきた男の唇に、すべてを奪われそうなキスで荒らされる。 体も思考も感情も、すべてを彼に塞がれる。 ぶわりと湧いた涙が視界を奪う。ぱあっと目の前が一色に染まる。

白い。ただ真っ白で、冷えきって、何もない。おそろしくて身が竦んでしまう、絶望の白に――


「・・・・・・〜〜っっ!ぁ、あ、あ、あ、ぁあっっ」

息が止まりそうなほど強い快感に襲われて、震える背中を浮かせて仰け反る。 全身が痙攣しているわたしを見下ろす影は、珊瑚色の髪の下で輝く目に暗い嘲笑を浮かべていた。 神威がわたしの脚を掴み上げ、何度か打ちつけてから小さく呻いて中へ放つ。中をびくびくと喘がせていた熱い杭がどくんと弾けて、 欲の残滓が体の芯まで濁していく。はぁ、はぁ、と軽く息を乱しながら、神威は放心したように天井を見上げていた。 暫く経ってから、やっとわたしを抱いていることを思い出したような鈍い動作でこちらを向いた。どこかに不思議な無垢さを残した、 恍惚に蕩けたやわらかい表情を向けてくる。まだ絶頂から冷め遣らずにぽろぽろと涙を零しているわたしには、 それは一瞬だけ見えた儚いまぼろしのように思えた。なぜかそのまぼろしにどうしても触れてみたくなって、彼の肩へと手を伸ばす。 わたしの仕草に気付いた神威は、たちまちに表情をすっと消した。にんまりと狡猾そうに口端を上げる。 一度果てたはずの熱はたちまちに勢いを取り戻し、ふたたびわたしを荒らし始めた。さっきの射精などなかったような、ひどく飢えた交わりで。

「あぁっ。かむ、ぃ、まって、待っ・・・!」
「お前を抱くのもこれが最後だ。しばらく男が欲しくなくなるように、たっぷり可愛がってやるよ」
「そ・・・な、ぃ、ぃらな・・・っ、・・・ねが、・・・め・・・てぇ!あっ、あ、あ、あっっ」
「いらないの?おかしいなぁ、お前の体はこんなに俺を欲しがってるのに」

跪いた神威の腿に乗り上げるようにして据えられて、上向きにされたわたしの奥から体液がとろりと溢れ出す。肌を濡らす温い粘液を くちゅくちゅと塗りたくりながら、神威の指は弱いところを執拗に捏ねて責めてくる。

「ぁあ!」
「ほら、こんなに締めつけてくる。・・・本当にお前ときたら、どうしようもないね。厭らしい女だなぁ」

乱暴な指先が与えてくる情の無い愛撫は、むしろ暴力に近いもので。 苦痛を伴った快感に、必死に留めようとしていた意識が彼方へと遠のいていく。 しがみついたシーツをぐしゃぐしゃに乱しながら手荒い官能に溺れていくわたしに、神威は指の動きを速めながら冷えた視線を送ってくる。
明るい色をした丸い瞳の奥には、瞳の色にはそぐわない深い闇が蠢いている。
あれは憎悪。激しい憎悪の色。心の底から蔑んでいるような、忌み疎んでいるような色のまなざし。
――彼が時折見せるあの視線の意味を、わたしは知らない。
それがわたしに向けられているものなのか、それとも、他の誰かに向けられているものなのかも。

「〜〜・・・・っ。・・・・・・ね、ぇ、・・・っっ」
「うん?」
「っ、・・・ぅ、産まれ、たら・・・っ。・・・しらせ、た、ほ、ぅ、が、・・・い・・・の・・・?」

一度は確認しておこうと思っていたことを、息も絶え絶えに尋ねてみる。
神威は動きを止めて軽く息を呑んだ。意外そうに丸い瞳がぱちりと瞬く。ははっ、と吹き出して笑っていた。 明らかに興味がなさそうな、乾ききった声だった。

「いらないよ。俺が放っておいても阿伏兎がお前の様子を見に行くだろうし」
「っは・・・っ!」

答えと同時に再開された抜き挿しを、体の最奥でずぶずぶと深く受け止めさせられる。 途端に脚を高く跳ね上がらせたわたしに、神威は満足そうに顔を寄せる。悪意をほのめかした笑顔には、こめかみに汗が幾筋も滴っていた。

「あいつは同族意識ってやつが強いせいか、俺の子がどう育つか興味があるんだってさ。だけど俺は・・・ 悪いけど興味ないんだ。お前の体以外には」
「・・・っ」
「ああ、違う違う。お前がどうってことじゃない。勘違いしないでくれよ。今まで、どの女にもそうだったんだ。 俺はどの女にも平等だよ。体以外に興味持てないのは、お前だけじゃない」

こうしていれば同じだよ。どの星の女も、どんな身分の女も、どんな見た目の女も。
珊瑚色の頭をゆっくりと下げ、熱い舌を伸ばした神威がわたしの胸を嬲ってくる。ざらり、と肌が粟立つ違和感を残しながら舐め上げる。力を籠めた男の手が両の膨らみを 奪うように掴み取る。ぎゅう、と握り潰すような愛撫が寄越す、痛みと紙一重な胸の痺れに悲鳴を上げた。

「まあ、でも・・・今度はわりと残念かな。これでもけっこう気に入ってたんだ、お前のことは」
「あぁっ・・・!」

ずるりと荒く引き抜かれて、腰を掴んだ手に横向きに転がされる。息をつく間もなく神威は後ろから腰を押しつけてきて、 何にもしがみつけない不安定な姿勢のままでずんと貫かれた。

「〜〜ひぁ、っっっ〜〜!」

高く喘ぎながら必死に伸ばした手が目の粗いシーツを掴んだけれど、 それも駄目だと言わんばかりに、否応なしにシーツから引き剥がされた。膝から曲げられた片脚を、自分で抱くように腕を動かされる。 広げられてとろりと白濁をこぼす秘部が彼の目にはっきりと晒される、淫らな体位に変えられた。擦られる位置が深く変わって、 感じやすくなっているわたしはぐんと仰け反る。彼の動きに馴らされた体は、神威に求められるままに濡れた音を上げて高まっていく。

「ああぁっ・・・・・・おねが、ぃ・・・・・・っ、もぅ、ゆるし、て・・・・えぇっ」

すぐに達してしまいそうなほど快感に酔いしれる一方では、ただ神威が怖かった。 不自然で苦しい姿勢の中で突き上げられる行為は、体に宿ったもうひとつのいのちごと壊してしまいそうな不穏さを孕んでいる。 震える声を絞り出して懇願したわたしは、縋るような目を神威に向けた。神威はそれに興奮したのか、はっ、と愉快そうに 笑い飛ばしながら動きを荒げた。奥を穿つ凶暴な熱は、わたしの奥から透明な雫を掻き出しながら膨張していく。 まるで豹のようなしなやかさで素早く上にのしかかった細身な体が、ははっ、と奇妙に引き攣れた笑い声を漏らした。 荒い吐息を肩口に押しつけてくる。ぎぅ、と先の尖った犬歯で肌を噛まれる。焼けつきそうに熱い杭で繰り返し穿って、激しくわたしを犯してくる。 ただ叩きつけて貪るだけの行為。火のように熱くて、けれど冷たい。こんなに熱いのに淡々としている。毎夜のように繰り返されてきた行為にも、 愉快そうに瞳を細めたあの笑みにも、熱はない。・・・あるのに、ない。
寒い。いくら火照った肌を重ね合わせていても。奥に熱を受け止めても。
何度抱かれてもそう感じてしまうのは、こんな激しい行為の中でも彼の感情の在り処をほとんど見出せないからなのかもしれない。
こうして神威の欲をぶつけられるわたしは、――道具。ただの道具なんだと、いつも実感する瞬間だ。
繰り返し何度も身を苛んできたその屈辱は、幾度味わっても苦さが褪せることはない。 けれどその苦さも、シーツの上をずるずると引きずられ、彼に翻弄されていくわたしを引き止めてはくれなかった。 胎内の奥底を鈍く痺れさせる神威の動きを噛みしめるうちに、 全身が恍惚に溶けてすべてが薄れてくる。奥にどろりと精を呑まされるその瞬間まで、わたしはただ力無く喘いで受け容れる。 ぎゅっと目を瞑った顔に苦痛と快楽の混じり合った表情を浮かべて、貫かれるたびに涙を散らして、唇を噛みしめて受け容れる。
――それが、神威が求める「わたし」の役目だから。

彼にとってのわたしはただの所有物。抱くためだけに傍に置いている女。
それ以外には価値も興味もないから、非力で何も出来ない小動物と同じような扱いをする。
ここでのわたしの役目は、あの街に居た頃のわたしと何ら変わりはない。 自分を囲った男を楽しませるためにある存在。ただ息をして、眠り、食べ、体を鬻いだ男に生かされているだけの存在。他の女と区別されることもない。 どのみち名前など元からあって無いようなものだったから、神威以外の相手をすることが無いこの船では一度も名を呼ばれたことがない。 唯一わたしの名を呼ぶ機会がありそうな男は、わたしにかけらほどの興味も持っていない。
そんなことをぼんやりと思い返す間も上下に揺らされ続けて、しだいに吐き気がこみ上げてくる。きつく閉じた瞼から漏れた雫が、 火照った肌を濡らしていく。耳や髪にすうっと染み込みながら冷えてゆく。


――この船を降り、彼の前から姿を消したら。
神威はすぐに、わたしのことを忘れてしまうんだろうか――





「 いずれ恋になる *前編 」
title : alkalism http://girl.fem.jp/ism/
text riliri Caramelization  2013/01/23/


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