次に目が覚めたら部屋の中は真っ暗で、蒸し暑かったお布団の中は寝心地のいい湿度に戻ってた。
背中の寒気は眠る前よりも和らいでるし、手足の先までほかほかぬくぬく、気持ちいい。 お布団を抱きしめてうとうとしながら、あたしは猫みたいに身体を丸めてあくびをついた。
――でも、銀ちゃんがいない。どこに行っちゃったんだろう。
重たい瞼をすりすりしながら寝返りを打てば、大きな身体が占領してたスペースにはクッションと毛布が積み重ねてあった。

「・・・・・・ぎんちゃぁん・・・?」

寝惚けた声で呼びかけながら、お布団の上を手探りする。 枕元まで差し込む白い光が目にまぶしい。半開きのカーテンから漏れてくるのは、真向いにある公園の明かりだ。 もぞもぞ動いて手近にあったクッションを手繰り寄せて、ぼふっと顔を埋めてみる。 今って何時なんだろう。陽が暮れたばかり…ってかんじじゃなさそうだ、マンション中が静まり返ってるから。
もう真夜中なのかな。気になって耳を澄ましてみたら、窓の向こうでは人の声や物音がざわめいてる。 表通りにたくさん並ぶ飲み屋さんの音。 顔にくっつけたやわらかい感触を通して滑り込んでくるその音は、夜になれば当たり前のように聞こえる音で。 なのに、いつもよりうんと遠くから響いてるみたいだ。 部屋の中が暗くてひっそりしてるからなのかな。 こうしてぼんやりまどろんでると、波音だけがざわざわうごめく夜の海に一人で漂流してるみたい。 そう思ったら急にすごくさみしくなって、あったかいはずのお布団の中が寒く感じて。 寝起きの心地良さに浸ってた意識がたちまちに醒めて、瞼もぱちりと開いてしまった。

銀ちゃん、どこにいるんだろう。リビングかな。それとも――


「・・・・・・銀ちゃん、どこぉ・・・?」

すぐに肩からずり落ちてしまうぶかぶかな着物の前を掴んで合わせて、きょろきょろ、きょろ。暗い室内を見回しながら身体を起こす。
いない。誰もいない。くらやみにもう一度呼びかけてみたけれど、どこからも音がしない。
隣のリビングにも、その向こうのキッチンや廊下にも何の気配も感じない。
お布団を避けて立ち上がって、ふらふら歩く。 ふらつく足が踏み出すたびにベッドがぎぃっと軋んで揺れて、端っこまで追いやられてたピンクのクッションがぽとりと落ちる。 その音がやけに大きく響いて、寒気がふぅっと足元から這い上がってきた。

「・・・いないの・・・?ねー、銀ちゃん」

長すぎる着物の裾を持ち上げてリビングへ急ぐ。
扉を開けて最初に目に飛び込んできたのは、テーブルに置かれた小さい土鍋だ。 お茶碗やスプーン、お水のペットボトルと解熱剤もちょこんと横に添えてある。 それを目にしたら、立ってるだけで精一杯な足がかくんと崩れてしまいそうになった。それでもあわてて踵を返して、廊下へ向かって――
「銀ちゃ・・・銀ちゃん。銀ちゃんっ」
呼びかけながらドアを開けて、床の冷たさに身震いしながらキッチンへ。 壁に手をついて身体を支えながら辿りついた小さなスペースは、どこもきちんと片付いてた。
洗ったお鍋がぽつんと置かれた調理台。コップ一つ残ってないシンク。 水気を絞って乾かしてある布巾。毎日使ってる場所なのに、どこもなんだかよそよそしく見える。


「・・・そっか。いないんだ・・・・・・」

呆然とつぶやきながら見上げた壁には、かち、こち、かち、と規則正しく針を進める時計。 薄暗い中で蛍光色に光る針は、11時半を指していた。
銀ちゃん、いないんだ。
胸の中で繰り返せば、最初からふらついていた身体からさらにへなへなと力が抜けた。 また壁に掴まりながら、玄関へ出る。並んでるのはあたしの靴だけ。その隣にお行儀悪く脱ぎ捨ててあったはずの、黒いブーツは消えていた。 来たときに抱えてたヘルメットも、ゴーグルも。よく見れば、すみっこに鍵が落ちてる。あたしの鍵だ。この部屋の鍵。 玄関ドアの下には1センチもなさそうな薄い隙間があるから、外から施錠した後でここに滑り込ませたのかもしれない。
たまに躓きそうになりながら来た道を戻って、ベッドにぺたんと座り込む。 ふと思いついて積んであったクッションを退けてみれば、銀ちゃんが寝ていたはずのその場所はまだほんのりとあったかかった。 ぱたりとそこに倒れ込んだら、肌蹴たままの着物の衿元が肌を滑り落ちていく。 さらさら流れた薄い布はあたしの口許まで覆い隠して、銀ちゃんの匂いを漂わせ始めた。 その匂いを意識しただけで目の奥がじわぁっと熱くなっちゃって、鼻の奥までつーんとしてきて。 あわてて寝返りを打って着物の衿も引っ張って、できる限り銀ちゃんの匂いを遠ざけてからお布団に抱きついて顔を埋めた。
ざわざわ、ざわ。
耳を埋める衣擦れの音が、やたらと大きく頭に響く。 頭の内側で反響するそのざわざわを打ち消したくて、あたしはわざと思ってることを声に出した。

「・・・どこに行ったんだろ・・・」

用事があるなんて言ってなかった。万事屋に帰る、とも言ってなかった。
そんなことひとことも言ってなかった。だから、今夜は一緒にいてくれるんだと思ってたのに。
――なんだ。帰っちゃったんだ。そっか。帰っちゃったんだ。


・・・なんだ。そっか。また一人になっちゃった。




「・・・・・・・・・。えっと、ごはん。お昼から何も食べてないもんね。うん、ごはん食べないと・・・」

わざと大きめな声で口にして、自分で自分を励ましてみる。
だって、そうでもしないと起き上がれそうにない。今のあたし、ごはんを食べる気力どころか立ち上がる気力もなくしちゃってる。 毛布に埋もれてぐちゃぐちゃになってたカーディガンを頭から被って、しょんぼりうつむいてリビングへ向かった。 テーブルに置かれた土鍋の中身は、お昼に作ってくれたのと同じもの。野菜たっぷりで彩りのきれいな雑炊。 添えられたスプーンで口にしてみたけど、お昼にはほわほわ湯気を昇らせてたお粥は氷みたいに冷たい。 お米も固くなっちゃって、腫れ気味な喉に閊えてしまう。
それに――なんだか味気ない。 レトルト食品を温めずに食べてる気分だ。昼間に食べたものと同じなのに、あのとき感じたおいしさはどこに行っちゃったんだろう。
それでも頑張ってお粥を頬張る。部屋の中が寒いからなのか背中のぞくぞくが復活してきたけど、眠る前よりも呼吸は楽、…かな。 熱も下がってる気がするし、これなら明日は仕事に行けるかも。昨日は早退しちゃったし、他にも風邪で休んでる人がいるからきっと人手不足なはずだ。
・・・そう。そうだよ。早く元気にならないと。
いっぱい食べてたくさん眠って、早く風邪を治しちゃおう。
ただそれだけを考えるようにして、力の入らない手をのろのろと口許へ運び続けた。 だけどその手の動きはどんどん遅くなっていって、冷えたお粥の何口目かを無理やりに飲み込んだら、スプーンは完全に止まってしまって。


「・・・どこに行ったんだろ・・・」


白の着流しを羽織った背中が、うつむいて見つめたお粥の鍋の中にぼんやり浮かぶ。

――万事屋へ帰ったのかな。こんな時間に帰るなんて、何か急用でもあったのかな。
でも、だったらせめて一言書いていってくれればいいのに。
何かといえばふらっと一人でどこかへ行っちゃう放浪癖があるくせに、銀ちゃんてばいつもメモ一枚残していってくれない。 ほんとにそういうとこズボラだよね。 急にいなくなられたらこっちはびっくりするのに。せめて行き先くらい教えていってほしいよ。

「・・・・・・ていうか、どーして着物置いてっちゃったの。着ていけばいいのに・・・」

・・・・・・そりゃあ、わがまま言ったのはあたしだけど。
今日はパジャマの代わりにこれ着て寝るって、言ったけど。銀ちゃんにはもう返してあげないって、言ったけど。 だけど、あんなのただの冗談なのに。なのに病人のわがままを真に受けて、この季節に半袖一枚で出かけるなんて。
・・・ばっかじゃないの。何の我慢大会なのそれ。昼間はまぁまぁ暖かくても、夜になれば冷えるのに。外はすっごく寒いのに。

「・・・そーだよ、いい年こいたおっさんがこの季節に半袖はないよ。 夜道でそんな人に会ったらこわいよ、大抵の女の子はドン引きするよ。ばっかじゃないの。ばっかじゃないの・・・」

文句ばかり口にしながら、膝元を覆う白い着物に目を落とす。
丈も横幅も大きすぎて、歩けば裾をずるずる引きずっちゃう男物の着物。 これ以外に、銀ちゃんが着れるサイズの服なんてここにはない。 どう考えても半袖で出て行ったはずだ。もしかしたら今頃は、どこかの路上でぶるぶる震えてくしゃみを連発してるかもしれない。
・・・・・・何それ。ばっかじゃないの。あたしには着物だの毛布だの過保護にもこもこ被せておいて、自分は凍えそうな格好で出て行くなんて。
そこまで考えて泣きそうになってぐすぐす鼻を啜り上げてたら、ぶうぅぅんっ、と一瞬で何かが窓の外を過ぎていった。 唸りを上げて通り抜けていったのは、たぶんバイクのエンジン音だ。 大きなその音に反応した手が、びくんとスプーンを震わせた。


「・・・・・・ごはん、食べなきゃ」

ぎゅ、ってスプーンを握りしめて、眉を曇らせてお粥を見つめる。
そうだ、食べなきゃ。銀ちゃんのことばかり考えてたら、いつまでたっても食べ終われないもん。
土鍋の中の半透明な表面をスプーンでほんのすこし削って、口に運ぶ。冷えてぼそぼそになったお米はなかなか喉を通ってくれない。 何口か飲み込んでから諦めて、残りのお粥に蓋を被せた。 ペットボトルのお水も何口か飲んで、ずり落ちたカーディガンを頭から被る。 まっくらな寝室は扉が開きっぱなしだ。奥に見えるベッドを目指して、着物の裾を引きずりながら重たい足取りでのろのろ歩いた。

――早く眠ろう。眠って風邪を治さないと。
だけど、このままベッドに潜っても眠れそうにない。冷えきった足裏がじんじん痺れてるし、爪先は凍りついて感覚がない。 こんな時、体温が高い銀ちゃんが一緒ならすぐにあっためてもらえるのに。足の先までぽかぽかになって、安心して朝まで眠れるのに。 一人じゃ寒くて眠れそうにないのに。眠らないと風邪は治らないのに。
・・・・・・なのに、どうして帰っちゃったの。心配だから看病しに来たって言ってたのに。 したいことしたら何も言わずに帰っちゃうなんて、ひどくない。 普段はめんどくさがりでぐーたらしてる銀ちゃんだけど、お粥作ってくれたりあれこれお世話してくれたり、こういう時は頼りになるし優しいなぁって・・・ちょっと嬉しかったのに。 本人の前で言っちゃうと調子に乗りそうだから黙ってたけど、実は内心、銀ちゃんのことを見直してたくらいなのに――

わかんない。わかんないよ。銀ちゃんたら何考えてるの。
優しいのか薄情なのかわかんないよ。どうして何も言わずに帰っちゃったのかわかんないよ。 ――ああ、そっか。そういうこと。 やっぱりえっちなこと目当てだったってこと?だとしたら銀ちゃんて、相当わかりやすいよね。なんだ、そっか。したかっただけなんだ。それだけだったんだ。


「・・・気が済んだから帰るとか、何それ、さいっってー・・・」

寝室のドアを後ろ手に閉めて、苦笑いしながらつぶやいた時だ。
裸足になってる足の甲に、何か小さな冷たさを感じた。
え、何これ。水滴だ、どうして。目を丸くして見つめてたら、また透明な粒が爪先に落ちた。ぽたぽた、ぽた、と落ちた雫が爪先を濡らす。 床で弾け散る。 びっくりしてるうちに視界がどんどんぼやけていく。ただでさえ暗くてよく見えない部屋の中はもっと見えづらくなってしまった。

・・・・・・涙だ。泣いてる。あたし、泣いてる。
腫れぼったくなった瞼から溢れ出した雫が、頬や首筋まで伝っていく。 何度も何度も拭ってみたけど、驚いてぽかんと開けたままの目からはひっきりなしに大粒の涙がぽろぽろこぼれる。拭うスピードが追いつかない。 原因不明な涙に戸惑っちゃって、あたしは自分のわけのわからなさから逃げるみたいにしてあわててベッドに飛びついた。 だけど涙はお布団に潜り込んでも止まらなくて、顔を押しつけた枕までじわじわ湿り気を増していく。

――何これ。おかしいよ。どうしちゃったの。
これじゃあまるで子供みたい。風邪を引いて弱気になって、一人でいるのが心細くて泣いちゃった子供。 血が滲みそうなほどきつく唇を噛みしめて、嗚咽を何とかこらえきる。 だけどきつく噛みしめたはずの唇は、喉の奥から勝手にこみ上げてくる嗚咽に負けてまた震え出す。 ぼうっと霞んだ目の奥は熱い。今にも涙がこぼれそう。
何これ、なんなの、情けない。
自分で自分にびっくりしちゃうよ。あたし、そんなにショックだったの?
寝てる間に銀ちゃんが帰っちゃったことが?看病しに来てくれたはずの銀ちゃんが、ほんとにえっち目当てだったことが?
何それ、何なの、おかしくない。 銀ちゃんがおバカでえっち目当てなのはいつものことだよ。 目を離すとすぐにふらっといなくなっちゃうのだって、いつものことじゃん。 それどころか、書き置きひとつ残さずに何日も姿を消しちゃうことだって珍しくないくらいで――。
なのに、どうしちゃったの。こんなのとっくに慣れちゃってるでしょ。不安になってもどうにかやり過ごしてきたでしょ。 なのに今日はどうしてこんなに傷ついて、ごはん食べる気も失くすくらい落ち込んじゃってるの。 あたしってこんなに弱虫だったの?


・・・ああ、そっか、 ・・・・・・弱虫。弱虫なんだ。

ちょっと体調を崩しただけで、心細くてめそめそ泣いて。
わざわざ看病しに来てくれた銀ちゃんには意地ばかり張って、お礼のひとつも言えなくて。
なのにその銀ちゃんがいなくなったら、わざわざ来てくれた人の気持ちまで疑って。一人で勝手にいじけて傷ついて、ひどいことばかり考えて――


恥ずかしさと情けなさを噛みしめながら、ばっとお布団を引っ被る。
べしべし、べしっっ。顔を押しつけた枕を叩く。足をむやみにじたばたさせる。どっちも虚しい八つ当たりだ。 だけどそれだけでこのもやもやしたごちゃ混ぜな感情が静まってくれるわけもなくて、まるで涙腺が決壊したみたいに溢れる涙も止まらない。 枕をぎゅうって抱きしめてめそめそうじうじ泣いてたら、こっちへ向かってくる誰かの足音が響いてきた。 ゆっくりと、けれど大きな歩幅で進む足音。マンションの共用通路からだ。 しばらくその音に耳を傾けてたんだけど、その音がどんどんこっちへ近づいてきたら思わずお布団を跳ね除けて起きてしまった。
漏れそうになった呼吸をこくんと喉奥まで飲み込んで、玄関ドアの向こうの気配に耳を澄ます。
けれどその足音は、あたしが期待したものとは違ってたみたいだ。そのまま部屋の前を通り過ぎていってしまった。 じきにどこかでがちゃがちゃと鍵を開ける音が鳴って、ばたん、とドアが重たい音を響かせて閉まる。 ベッドがその振動でかすかに揺れて、いつのまにか毛布に縋りついていた手もびくんと揺れた。


――夜の色に塗り込められた冷たい部屋に、また静けさが戻ってくる。

物音ひとつしないちいさな暗闇。知らない場所じゃない。よく知ってる場所。
公園の明かりに照らされて透ける淡い色のカーテン。白いチェスト。一人用の小さなベッド。 あちこちに転がるクッション。どこもよく知ってる。どこも見慣れたあたしの部屋だ。 なのにどうしてこんなに心細くて、胸の中まで凍えちゃいそうな気分になるんだろう。 感じたことがないよそよそしくて冷たい空気が、ベッドの足元からまっくらな天井までを満たしてる。
まるで海の中にいるみたい。光も音も届かない真夜中の海に、一人きりで投げ出されたみたい。
このベッドで一緒に眠ってくれる人が、いなくなった。それだけで、どうして。 どうしてこんなに――

しょんぼりとうなだれて見つめた膝元には、銀ちゃんの着物。白くぼうっと浮き上がって見える、男物の着物が乱れ掛かってる。




「・・・・・・ぎんちゃん」

ぽつりと口に出してしまったら、っっく、って喉から引きつった嗚咽が漏れ始める。
冷えきった肩がぶるりと震えて、まるで堰を切ったみたいに涙が流れて。 ひっく、ひっく、っく、って、息つく暇もないくらいの早さで嗚咽が胸から昇ってきて。

「ひぅ、っっく、ぅ、っっう、ぅう〜〜〜・・・・・・っっ」

あっという間にぐっしょり湿った衿元を、震えが走る手で掻き合わせた。 自分でも何がしたいのかわからないままぐらつく足で立ち上がって、ベッドを軋ませて踏み出して。
だけど熱のせいで思い通りに動かない足は、数歩目で着物の裾に引っかかってしまった。 あっ、と悲鳴を上げた時には目の前に床が迫ってて、どおっっっ、と部屋中が地響きで揺れる。


「・・・・・・〜〜ぃ・・・いっったぁぁぃぃ・・・!」

痛い、痛いよ、じんじんするよ。身体中のあちこちがじんじん痛んで泣けてくる。
おでこが痛い、膝が痛い、腕だって痛い。他にもあちこち痛むけど、どことどこが痛いのかわかんないくらいに全身が一斉に痛みを訴えてる。 ぼとっ、ぼとぼと、ぼとっっ。数瞬遅れで上からやわらかいものが降ってくる。あたしの転倒に巻き込まれたクッションや毛布だ。 突っ伏したままの頭の上にもころんと一個乗ったけど、それを払い落す気力もなければ立ち上がる気も起こらない。 ああ、何これ。何やってるのあたし。どーしてこんなところで一人で自爆してるの、わけわかんない。かっこわるい。なさけない。ばかみたい。 なんて自分で自分に呆れかえってるのに、それでも涙は止まらない。
突っ伏したカーペットに小さな水溜りを作って、このまま泣き続けたら目玉がゼリーみたいになって溶けちゃうんじゃないかってくらいにめそめそ泣いた。
ひっく、うっく、ひっっく、ぅうっく。息を吸い込み過ぎて胸が苦しくなってきてもひっきりなしにしゃくり上げてたら、



がたっっ、がたがた、がたっ、ばた、ばたばたばたっ、 ――どんっっ。



「――っっ!?」

びくうっっっ、と背筋が盛大に跳ね上がって、心臓もばくばく暴れ出す。
なに、何なの今の音。どこか近くで立て続けに大きな物音がして、最後に部屋中がぶるっと震え上がった。 止まらなくて困っていた涙は、その振動に驚いたおかげでぴたりと引っ込んでしまったけど――




「猛毒いちごシロップ #4」
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text *riliri Caramelization  2015/12/23/      next →