『惚れた腫れたなんてもんは面倒くせーだけだし、わかりたくもねーや』

どこか訝しげな様子だった近藤さんに訳知り顔でそう言ったのは、たった数時間前の自分だ。
(女になんざ本気で惚れちまうから、そんなことになるんでェ。)
そう、これも俺だった。キャバ嬢に振り回されっぱなしのあの人を見ていられなくて、苦言めいたことを心中で漏らした。 どっちも自分が思ったこと。紛れもなく数時間前の自分だ。 けれどこうしてを抱きしめ封じてきた思いをぶつけてしまえば、どっちの自分も知ったかぶりで物を言っているだけのガキに見えた。
――こうしてみて、はじめて判った。
あの女の前に立つ近藤さんが、いつもなりふり構わずだった理由も。どうして俺がこいつの前で、こんな格好悪さを晒しているのかも。
気を抜くと震えそうになる手に、沖田は力を籠め直す。の肌身を夜気の冷たさから守っている隊服ごと、もう離さない、とばかりに抱きしめた。


「・・・おめーが言ったとおりでェ」

ぽつりとつぶやくのと同時に、苦笑いがこみ上げてくる。
何をそこまで緊張しているのかと、自分で自分が可笑しかった。気を抜けば震えそうになるのは手だけじゃない。 いつの間にやら、声まで震えが回ってやがる。
みっともねーや、と沖田は内心で肩を竦めた。けれど、の前でならいくら震えたって構わない気もする。 格好悪く思われてもいい。情けないガキだと見縊られてもいい。どんなになりふり構わずな自分だって隠す必要はないはずだ。 そういう自分を目にする相手が、どうしても欲しいと思った女なら――

「最初は嫌がらせのつもりで抱いた。けど、途中のどっかで目的が擦り変わっちまったんでェ。そっからはずっと――」
「・・・・・・ずっと・・・?」

鎖骨あたりに押しつけられていたの唇がふと動き、話の続きを促してくる。 やがてゆっくりと顔を上げ、頬や鼻先にも乱れ掛かっている髪の隙間から沖田を見上げた。 散々に泣き腫らした薄赤い瞳。涙の膜に覆われているの目は、瞬きすら忘れて固まったままだ。
きっと彼女の頭の中は疑念で溢れ返っているだろう。は俺の話を信じるだろうか。いや、信じろというほうが無理な話か。 薬まで使って自分を辱めていた男が唐突に態度を変え、よりにもよって彼女への好意を口にしたのだから。 暫く目を伏せ考えてから、沖田はふたたび口を切った。

「――そっからは、早くここを出てけばいい、なんて思ったこたぁ一度もねーや。 お前が何考えてんのか、俺をどう思ってんのか、いつもガキだって馬鹿にしてる俺にどーして身体を許すのか ・・・ガキ臭くって言いたかねェが、頭ん中はお前が知ったら馬鹿にしそうなことばっかだ。笑いたきゃ笑ったっていいぜ」
「・・・・・・」

自嘲混じりに白状しても、は笑おうとはしなかった。
こんな本音を聞かされたら、普段の彼女ならすぐに笑い出しそうなものなのに。 居心地の悪い思いをしながら視線を上げてみれば、まだ驚きから抜けきれていなさそうな女の表情が沖田を呆然と見つめていた。
ともすれば何か企んでいそうにも見える、あのふざけた笑みはどこへ消えたのか。
俺の前でこんな油断しきった顔を晒すは初めてだ。そう思えば、胸の片隅にこそばゆいような嬉しさが湧く。 けれどこれから言おうとしていることを思うと、もっと違う状況で目にしているならよかったのに、と悔やみたくもなった。

「ついでにもうひとつ白状しとくぜ。あぁ、こっちはお前にとっちゃ笑えねー話だ」
「・・・・・・」
「あの薬を使ったのは、あの男とお前を見ちまったからだ。けど、どのみちあれはお前に飲ませるつもりだった。 これからもお前が俺への態度を変えたまんまなら、その時は薬漬けにしてやろうと思ってたんでェ」

隊舎の玄関口で通りすがった、五番隊の奴等の話。思えば、あの話を耳にした瞬間からどうにかしちまってたんだろう。 とあの男の関係を知って欺かれたような気分になり、すっかり血が昇っていた頭に浮かんだもの。 それが証拠品倉庫に保管されているあの媚薬だった。
大量に飲めば中毒性が増し、飲み続ければ頭がイカれちまう催淫剤。
そう知った上で倉庫番の目を盗み、庫内から数本を持ち出した。が態度を硬化させたままなら、その時は無理にでも全部飲ませてやるつもりだった。 この隊服を着るようになって以来、薬に溺れた女の悲惨さは反吐が出るほど見てきたのに――


「――どーでェ、おとといお前が言ったとおりだろ。俺ぁ女の敵で、最低の卑怯者だ」

腹の奥から絞り出した掠れ声でつぶやけば、隊服の背筋あたりを掴んでいた手にも力が籠もる。 するとが身じろぎして、嫌がるように腰を捩った。
そこに触れられるのを拒みたがっているような仕草だ。 隊服の下の素肌に走る引っ掻き傷を思い出し、沖田は表情を翳らせる。 さっきここを舐めたときも、は嫌がって逃げようとしていた。服の上から触れただけでも痛むのか。 そう気付けば胸中はじりじりとした歯痒さで一杯になり、自分で自分に舌打ちしたくなった。よく見てみれば、の身体はどこも酷い有様だ。 肌のそこかしこに刻まれた生々しい鬱血の赤。手首をきつく締めつけた拘束の跡。腕や肩、頬にも残る細かな擦り傷。 いつも手入れが行き届いている爪はところどころにネイルが剥がれ、とろりとした質感のそこに泥がこびりついている――
済まなかった、とか、悪かった、とか、言い慣れない詫びの言葉が胸の内に膨れ上がってくる。
けれどそれを口にするだけでは、自分がにしたことの罪過には釣り合わないだろうことも知っていた。 沖田はをまっすぐに見つめ、やや怒っているようにも見えるその表情に躊躇いを浮かべつつも細い手を取る。 こうしてに触れてみても振り払われないことにほっとしながら、力が抜けた手のひらを自分の頬へと添わせてみせた。 何度も触れたの手なのに、まるで初めて触れる壊れ物でも扱う気分だ。 掌にすっぽりと包み込めてしまう、華奢な造りの女の手。 ふわりと頬を覆われると緊張感は否応なしに高まったが、ほんのりと甘い匂いを漂わせるすべらかな肌触りは目を閉じたくなるほど心地よかった。

「これで手打ちにしろってんじゃねーが、殴りたきゃ殴っていいぜ。・・・悪かった。俺ぁ、最初っから間違ってた」

そう告げれば、は表情を曇らせた。
何と答えようか迷っているのか、ややうつむいて視線を床に彷徨わせながら、

「・・・そんな。今頃謝られても・・・」
「ああ、許してほしい、なんて虫のいいこたぁ言わねーよ。それに、お前に許されても許されなくても、俺の気持ちは変わんねぇや。お前が好きだ」
「・・・・・・。ずるいですよ、沖田さん」

そんなこと言われたら、怒れなくなっちゃうじゃないですか。
吐息めいた弱々しい声で文句をつけると、ちら、と上目遣いに沖田を見遣る。
見慣れないぎこちなさを漂わせている少年と真正面から視線が合えば、ぱっ、と慌て気味な仕草で沖田の手を振り払って、

「〜〜っ。そんな・・・気付くわけないでしょ。・・・ぁ。あんな態度、されたら、誰だって・・・」

嫌われてるって、思うに、きまって――
歯切れ悪くつぶやいたは唐突に口許を押え、なぜか深くうつむいた。

「そんなに・・・?」
「あぁ?」
「そ。そんなに・・・いやだったんですか。わたしと彼が、一緒に居たら」
「そりゃあ、嫌に決まってんだろ。何度寝たって俺には見向きもしねーお前が、他の男といちゃついてんだ」
「わたしだっていやでした。あんなもの見たくなかったです」
「・・・?あんなものって、何の話でェ」
「あの箱です。沖田さんが女中さんから貰った・・・ 中が見たいなんて言ったけど、本当はすごくいやでした。他の子からのプレゼントを見せつけられてるみたいで・・・」
「見せつけ・・・?」

沖田は訝しげに眉をひそめ、髪に隠れて表情が見えない女の顔を覗き込む。 どうやらは、一昨日に新入りの女中から押しつけられた小箱のことを言っているようだが――
「おとといのあれか?あれぁ入れっ放しにして忘れてただけだぜ、見せつけた覚えなんてねーや」
そう返せば、彼女は気まずそうに視線を泳がせ、

「沖田さんに覚えがなくてもわたしにとってはそうだったんです。・・・ああいうものも渡せない自分がみじめになるじゃないですか」
「は?」
「い、いえ、今のは忘れてください、じゃなくて、ええと、違います。彼は。・・・彼とは何もありません」
「――あぁ?・・・ああ、あの男のことか。つーかお前、話が飛び過ぎじゃねーか」
「飛んでません、同じです。沖田さんから見れば話が逸れたみたいに感じるでしょうけど、わたしにとっては・・・」

胸の前でもじもじと絡ませていた細い指が、肩に掛けられた隊服の釦のあたりをぎゅっと掴んだ。 あの、あの、だから、といつになく自信のなさそうなか細い声でつぶやくと、

「彼の妹とは子供の頃から友達なんです。そのおかげで小さい頃はよく一緒に遊んでもらったし、兄みたいな存在で・・・」

泥で汚れた爪先が、耳元の髪を掻き上げる。
そこでほのかな光を放つ透明な石におずおずと触れて、

「ピアスはその友達から・・・彼の妹から貰ったんです。16の誕生日に貰って、それからずっと付けてたから・・・ あの、だから、わたしも彼も、お互いのことは色々知ってますけど、沖田さんが思ってるような関係じゃありませんから」
「――」

すっと表情を消した沖田の胸に、忘れかけていた不愉快さがよぎる。
いや、は悪くない。一方的に責められて当然な立場なのは言うまでもなくこっちだ。 だから、こんなこたぁ口が裂けても言えた義理じゃねーんだが――正直、まだあの男との仲を認めたがらないにちょっとした苛立ちを覚えていた。

「・・・その話はもういいって言ってんだろ。お前があの男を庇いたがってんのは判ってんだ、下手な作り話してんじゃねーや。 お前がそーやって否定すればするほど、こっちの耳にはよけいに怪しく響くってもんだぜ」
「だって本当に違うんだもの。違うものを違うって言ってるだけなのに、ちっとも聞いてくれないから」
「あれのどこが兄貴だ。お前、平気であいつに触らせてたじゃねーか。 あれを見ちまった後でとってつけたような言い訳されて誰が信じるってぇんでェ」
「・・・・・・信じてほしいなんて言ってません。わたしが言ったことなんて、沖田さんは絶対に信じてくれないんでしょ」

はぁ?と沖田は目の前に垂れて視界を邪魔する前髪の下で眉を顰め、苛立ちに目の色を変えてを睨んだ。
信じてくれなんて言ってない。はそう言った。 なら、どうして言い訳を繰り返すのか。何のために下手な作り話まで持ち出し、何度も「違う」と繰り返すのか。
そうまで頑固に否定するならこちらもとことん問い質してやろうと、彼は口を開きかける。 しかし言葉を発する寸前に、ぽろ、と一粒の水滴が女の頬を転がった。 一瞬で伝い落ちたその雫は、の太腿でぴちゃんと跳ねる。ぶる、と唇を震わせると同時で声もなく涙ぐみ始めた彼女の目から、大粒の涙は次々と溢れた。 驚きに固まり口をぽかんと開けたままの沖田の前で、ぽたぽた、ぽた、と落涙は続く。 肩に掛けた上着だけでは隠しきれないまっしろな素肌を、急に降り注いできた通り雨のような勢いで濡らしていって、

「・・・〜〜〜い。いつもそうだったじゃない・・・っ。だから、わたし、って、す、すなおに、なれなく、て・・・!」

・・・どーなってんでェ。こいつ、俺の前だってのにまた泣き出しやがった。
意外さに目を丸くした沖田が涙の理由を問う間もない。 じきに顔を覆った彼女は、ひっく、ひっく、と嗚咽を漏らしては肩を揺らす。 あっけにとられて言葉もない彼の前で全身を震わせ、ぐすぐすと啜り泣き始めた。
どーしたってぇんでェ。俺ぁ何も、そこまで泣くほどのこたぁ言ってねーだろーが。
そう尋ねたいが、ここで口を挟めばもっと彼女を泣かせてしまいそうな気がして柄にもなく躊躇ってしまう。 そのうちには隊服の袖をぎゅっと握り締め、止まらない涙を袖口で拭い、ひっく、っく、と嗚咽が続く口許を覆った。 どうにかして泣き止みたいのに、自分では制御出来ないほど感情が昂っているようだ。 少し泣き声が弱まったかと思えばぶるぶると肩を震わせ、我慢しきれなかった嗚咽を漏らす。 沖田も仕方なく彼女が落ち着きを取り戻すのを待ってみたが、困ったことにいつまで経っても涙が涸れる気配がない。 「何なんでェ」と面食らった様子でつぶやいた彼は、じっとり濡れた薄赤い頬に指の背で触れる。 その感触にがびくんと震え上がったが、彼女を刺激しないような優しい仕草を自分の手に命じながらゆっくりと涙を拭ってみた。 冷えきった肌を出来る限りにそっと撫で、労わるような手つきを滑らせていく。 緊張に強張る指の動きがいつになく硬い。 こんなふうに女を労わろうと思ったことなどこれまでに一度だってないのだから、それも仕方がないのだが。
拙い手つきを気恥ずかしく思いながらも何度かそれを繰り返してやれば、がこわごわと顔を上げる。 まさか沖田がこうして自分を宥めるなんて、思いもよらなかったのだろう。 潤んだ瞳一杯に驚きを浮かべた涙目が、何が起こっているのかわからない、とでもいったぽかんとした様子で彼を見つめ返してきた。 おかげで嗚咽は止まったが、
――次の瞬間、ぅうう、と声を震わせて泣きじゃくり始める。これまで溜め込んでいた感情を一気に爆発させたような勢いだ。 思わず肩に触れようとしたが、ぱしっ、と勢いよく払われて、

「――いてっ」
「〜〜〜っ。ふ・・・・ぅう、ひっ、っっ」
「・・・そう泣いてばかりじゃわかんねぇだろ、何がどうしちまったんでェ」
「っっ、って、もぅ、なにがなんだか・・・めちゃくちゃですっ。こ、これじゃあ、どうしたらいいかわからなくなるじゃないですか。 あの薬のせいで身体中おかしくなっちゃって、わたしこのまま気が変になるんじゃないかってすごくこわかったんですよ? なのに急に好きって言ったり、やさしくしたり!」

冷えた汗が滴っている沖田の肩や胸板を、女の細腕がべしべしと叩く。 続けざまにべしべしと、癇癪を起したような滅茶苦茶な動きで顎や頭まで引っ叩かれ、さらには手近に落ちていたシャツをぶわっと顔に投げつけられて、

「ぅう、って、沖田さん、さいしょからわたしのことすっごく嫌ってたじゃない! だからだめだと思ったの、知られるわけに、いかなかったのっ。もし知られたら、一番隊から追い出されちゃいそうで・・・っ」
「はぁ?」
「らから、ふくちょ、に、問い詰められた、ときも・・・〜〜〜あ、あんなはずかしい思い、したのにっ。 なのに、沖田さんたら・・・ばか、ばかあっ、どうして、わかってくれなぃの・・・!」
「・・・どーしても何も、さっぱりわけわかんねーや。ここで土方の奴が出てくるのはどーいう訳でぇ」

は火が点いた子供のように泣きじゃくり、べしべしと胸を乱打してくる。
呆れ気味に目元を顰めた沖田が頭に被せられた自分のシャツを黙って外すと、涙に濡れたふっくらとした唇がわずかに震えて、

「・・・嫌いだなんて、思ったこと、ないのに。沖田さんがいやだなんて・・・そんなこと、一度も言ってない」
「――・・・」

悲しそうにうつむく女につぶやかれ、とくん、と心臓が高く弾む。
は隊服の袖を両手に包み、それをきつく握りしめている。 まるで心細さのあまりに何かに縋りたがっているようだ。彼女らしくもない弱気な仕草に、沖田の視線は自然と吸い込まれていった。

「・・・はじめて沖田さんが部屋にきたとき・・・暗くて誰だかわからなくて、血の気が引いて、すごくこわくて。 でも、途中で沖田さんだって気付いて、ゎ・・・わたし・・・嬉しかった。 なのにあんな、乱暴にされて、それでもきもちよくなっちゃって・・・・・・・・・・・・〜〜っ!」

息を飲んだがあわてて口を覆う。
沖田の視線を避けるようにして腰を捩り、明らかに不自然な態度で背中を向けると、

「ぃ、今のは忘れっ・・・じゃなくて、えっと、違うんです、あの、あの時、何があったのか、最後まで覚えてないっていうか、〜〜と、途中から何がなんだかわからなくなって・・・!」
「あの時って――おめーが途中で気ぃ遣っちまったあれか」

狼狽えきっている様子のに問うと、隊服に覆われた華奢な背中がびくんと跳ねる。
どーしたんでェ、と片腕を引きながら声を掛ければ、はおろおろしつつも沖田のほうへ振り返った。 しかし、それもほんの一瞬のこと。たちまちに彼女は背を向けてしまう。 乱れた髪に隠された女の顔がどんな表情をしていたのかは、こんな暗がりでも人並み以上に目が利く沖田にも判らなかった。

「だ、だからおとといの、あれ、だめだって言ったのに。 あんなに何回もされたらおかしくなっちゃうし、記憶がないときに何か口走って、もし沖田さんに聞かれちゃったらどうしようって」
「口走るって、何をでェ」
「だって迷惑でしょう、迷惑にきまってるもの。 あの女中さんみたいな可愛い子もあっさりふっちゃう沖田さんに、わたしが好かれるなんてありえないじゃない。 可愛くないし口も悪いし性格も悪いし、そ、それに、三つも年上なのに・・・!」
「三つもって・・・おめー、人を散々ガキだ何だって馬鹿にしたくせにんなこと気にしてやがったのか」

意外すぎて目を丸くしたが、は沖田の問いかけに耳を貸す気もなさそうだ。
もはやこちらが何を言っても無駄らしい。 自分が何を口走っているかも判っていなさそうな彼女は早口にぺらぺらと喋りながら頬を覆い、もじもじと身体を捩ってみたり、急に頭を抱えてみたり、かと思えば髪を振り乱して慌てたり。 誰だお前、本当にか、とからかいたくなるような狼狽えぶりはいっそ滑稽なくらいだが、沖田は少しも笑う気にならなかった。 半ば呆然とした様子でのほうへとにじり寄り、髪の隙間からわずかに覗く横顔を見つめながら息を呑む。
いつもそつのないがここまでしどろもどろになり、何を伝えようとしているのか。ただそれだけが知りたくて――

「沖田さんがわたしの身体以外に用がなくてもよかったの。女扱いしてもらえたっていうか、そういう目で見てもらえただけで嬉しかったんです。 だからずっと隠してたのに。いつも一回だけじゃないと、ダメだったのに・・・! それでなんとか乗り切ってきたのに、ぉ、おとといはあんなに何度も・・・ ぁの、わたし、意識が飛んじゃってた間に何か言いませんでしたか?何か致命的なこと口走ったんじゃないかって、昨日からもう気が気じゃなくて・・・・・・っ」
「・・・なんでェ。そんな理由で俺を避けてたのかィ」

徐々に勢いを失っていった女の声に被せるようにして尋ねれば、深々とうなだれているの肩は小さく揺れた。
暗い室内に沈黙が落ち、肌に刺さるような張りつめた冷気に二人の呼気だけが白く昇っては消えていく。
・・・・・・嘘だろ。まさか。ありえねーや。
なぜか急に乾き始めた口の奥で独り言をつぶやき、ごくりと密かに息を詰める。 そう、ありえないのだ。これまで自分が彼女にしてきた仕打ちを思えば、天地がひっくり返ってもありえない。 それでも支離滅裂で要領を得ないの言い分を拾い集めていった先には、彼が予想だにしなかった、ありえないはずの答えだけがぽつりと小さく光っている。

「・・・マジでありえねーや。、お前、ほんとは――」

まさか。いや、だけど――否定と肯定がせめぎ合うようにして沖田の思考を埋め尽くす中、期待と熱で膨らみきった彼の心臓はとくとくと脈を速めていく。 信じられないものを見る表情でつぶやけば、は嫌がるようにかぶりを振った。
「離してください」と掴まれた腕を左右に捩じり、

「〜〜〜ゎ・・・わたしもう、部屋に戻ります。沖田さんのせいでくたくたなんです、一分でも早く休みたいんですっ」

「な、なんですか!急ぎの話じゃないなら明日にしてくださ」
「少しの間でいいんでェ、こっち向いてくれィ」

腕を強めに引いてみれば、はぐらりとバランスを崩して腕の中へ倒れ込んできた。 、ともう一度呼びかけたが、彼女は沖田の視線を拒むようにして顔を両手で覆ってしまう。
また泣いてるって訳じゃなさそうだが――どうしてそこまで拒むんでェ。
焦れた沖田は彼女の両手首を掴み、嫌がるその手を強引に顔から引き剥がす。
「〜〜ゃ・・・っ。見ないで、っ」
今にも泣き出しそうな懇願の声に咎められたが、それを無視して頭の高さまで両手を上げる格好にしてやる。
するとようやくの顔が目に入った。
ほっそりした手と乱れた髪の影から現れた、うつむき気味な女の表情。見慣れているはずのその顔に、彼の視線は釘付けになった。

――窓辺を照らす月明りすら届かない暗闇の中でも、夜目が利く沖田の目にははっきりと映る。

陽の下では輝くほどに白いの肌が、顔や耳、首や胸元まで鮮やかな朱に染まっている。 媚薬の効果はとっくに切れ、身体の火照りはすでに収まったはずだ。なのに――どうしちまったのか、あのが。
子供のように泣きじゃくる彼女も初めて見たが、こんな彼女も初めてだ。 どうしても沖田の視線を避けたいのか、薄赤く腫れた目は床を見つめて伏せたまま。 とろりと濡れた唇をきつめに引き結んだその表情は、これまでに見たこともないほどに恥ずかしそうで、心許なさそうで。内心の動揺が目に見えるようで――



「・・・お前、俺が好きなのか」



色素の薄い大きな瞳をまじまじと見開き、彼にしては珍しいほど呆然とした表情で沖田は尋ねた。
するとは大袈裟なほどに肩を震わせ、さらに深々と頭を垂れる。 マジか、と信じられない気分でつぶやいた沖田が遠慮なく間近まで迫ってみれば、はあわてて彼の胸を押し返し、視線で問い詰めてくる沖田から逃げるようにして顔を背けた。
「な・・・なにそれ。うぬぼれちゃって・・・っ」
口の奥でつぶやいたようなくぐもった小声が、しどろもどろな文句を漏らす。 あの生意気な態度は、人を小馬鹿にしたからかい口調はどこへ消えたのか。 頭から湯気でも昇りそうなほど赤く染め上げられた女の顔を、沖田は頭を大きく傾げて覗き込んでみる。 どうしても視線を合わせたくないらしい。 濡れた睫毛に縁取られた目は動揺に瞳を揺らしていて、床に投げ出された素足のあたりに視線が落ち着きなく彷徨っている。 どう見ても、沖田に心を読まれまいと必死になっているようにしか見えない態度だ。 ようやく震えが止まったらしい唇は軽く尖っていて、これで顔や耳が真っ赤に染まっていなければ、怒っているようにも見えるのだが――
は、と沖田は間の抜けた声を漏らした。すっかり拍子抜けしたおかげで、肩から力が抜けていく。 と同時に一気に虚脱感が襲ってきて、めまいを覚えて額を押さえた。


「何でェそりゃあ・・・」
「ちが・・・・・・!ちがいますっっ。そっ、そんなはずないでしょ!?よくそーいうことけろっと言えますね、いくらモテるからって自信過剰すぎですよっ」
「それで誰が気付くってんでェ。ったく、わけわかんねぇや。んなもん気付くわけねーだろ」

くっ、とこらえきれずに沖田は笑い声をこぼす。
深々とうなだれるようにして、目の前で半分露わになっている白い胸元へ頭を預ける。 時折肩を揺らしながらくつくつと、彼は愉快そうに笑い転げた。 は恥ずかしさのあまりかぷるぷると身悶えしていたが、いきなり抱きしめそのまま床へ押し倒しても、もう沖田を拒もうとしない。
ああ、きっとこれが答えだ。
ここまで追い詰め暴いてやっても素直な気持ちを口にしない、筋金入りの意地っ張り。そんなが恥ずかしさに全身を染めながら見せてくれた、精一杯の俺への答え――
一瞬ですべてを理解してしまえば、嫉妬に焦げつきもやもやとしていた暗い感情は霧が晴れるかのように消えていった。 ごわついた布を敷いただけの硬く冷えきった床上で、躊躇いながらも両腕に力を籠めていく。 手の内にくしゃりと握りしめた女の髪に、再び火が点き火照った肌に指が埋もれる。
甘い匂いを放つ肢体の何ともいえないやわらかさに、自然と感覚が集まっていく。 ん…っ、と鼻に抜ける甘い声を漏らしたが胸を揺らして身じろぎすれば、その感触だけで思わず深い溜め息がこぼれる。 背中をぶわりと粟立たせてぞくぞくさせるような歓びが、一瞬で全身に溢れ返って――

「なぁ、、俺ぁお前が欲しい。お前はどーなんでェ」
「・・・・・・っ」

興奮に掠れた甘い声音で囁きながら、薄い背中がしなるほどにぎゅっと強く掻き抱いた。
は悩ましげな息遣いを漏らすだけでひとことも答えようとはしなかったが、嫌がるような素振りはない。 まだ肩や背中に硬さが残っているし、どうしたらいいのかわからない、といった様子で恥ずかしそうにしているけれど、その身を抵抗することなく沖田の腕に預けきっている。
――とくん、とくん、と重なり合った肌の向こうで鳴る心音が、沖田の全身に響いて巡る。
その音を感じているとめまぐるしいほどの速さで鼓動が高まり、どくどくと響きすぎて胸が苦しい。 どうしたわけか上手く呼吸が出来なくなる。 けれどその息苦しさにいくら身体中の細胞がざわついても、の本心を知る前に胸を占めていたようなもやもやした不快さなんて欠片も無いから不思議だった。
今までに感じたことのない気分。
これまでを抱きしめた時には感じなかった満ち足りた気分が、どこからともなく押し寄せてくる。 好きだ、と何度も叫んでしまいたくなるような興奮や喜びが、全身を隅々まで塗り替えていく。
身震いしてしまいそうになるその感覚をこらえきれずに、まっしろな胸の膨らみに顔を埋める。 そんな自分をごまかしたくて声も出さずに笑っていると、はおろおろとあわて始めた。 肌をくすぐる金茶の髪をくしゃりと掴んで、

「も、もういいでしょう!?わたし部屋に戻りますっ」
「いーけど自力で戻れんのかィ。お前、腰が砕けちまってんだろ」
「戻れますっ。いいから放っといてください」
「そうはいかねーや。ここはどこも男だらけだぜ。いくら嫌がられたって放っとくわけにいかねーんでェ」
「いいえ放っといてください、ここでわたしに手を出した人なんて沖田さんだけだもの、沖田さん以上に危ない目に遭わせる人なんてこの屯所にはいませんからっ」
「へぇ、ここでお前を食った男は俺だけか。そりゃあ良かったぜ」

そうか、本当に俺だけか。
そいつはいいことを聞かせてもらった、と沖田は悪戯っぽく光る瞳をいつになく嬉しげに細めて笑う。 女の胸に埋もれた顔に、満足そうな表情を浮かべた。
「けど、今ならどうかねェ。どんな男でも食いつきたくなるようなあられもねー格好してんじゃねーか」
そんなことを囁きながら、火照りを増した膨らみに薄い唇をそっと押しつけ口づけを落とす。 枕にしていたやわらかな丸みをやんわりと手の内に掴み取れば、んっ、とが鼻にかかった声を漏らして喉を逸らした。 反射的に瞑った目をおそるおそる開いた彼女は、羞恥に染まった泣きそうな顔で沖田を見つめて、

「ぁ・・・あの、もういいでしょう、離してください・・・っ」
「そうはいかねーって言っただろ。お前がさっきの質問に答えるまでは離してやらねーから覚悟しろィ」
「――っ!?ぇ、や、ゃだ、・・・んっっ」

うっすらと色づき汗ばみ始めた胸の谷間にちゅっときつめに吸いつけば、ぶる、と手の内にある弾力が揺れる。 桜色の先端に舌先を押しつけざらついた感触で舐め上げれば、ああっ、とは途端に高い悲鳴を上げて、

「っ、あん、おきたさ、やだ、もぅ・・・んっ、ぁ、あぁ・・・っ」

くちゅ、ちゅう、くちゅ。
わざと水音が大きく上がるように舌や唇を使い、感じやすいそこを熱い口内に含んでは吸い、扱きながら離す。 舌全体で包むようにして食み、じわじわと固くなっていく先を捏ねてやると、もう耐えられない、とばかりにが沖田に縋りついてくる。 力が抜けきった二の腕が、彼の髪をくしゃくしゃにしながら頭に絡みついてきた。 数時間に渡って快楽の渦に追い込まれていた女の身体は、まだその最奥に熱の名残りを密かに余していたらしい。 駄々をこねるような甘えた態度で「だめ」を繰り返すくせに、腰や脚は無意識な身じろぎをしきりに繰り返している。 せつなそうなその動きを下半身に感じているだけで、頭の中が焼き切れそうだ。

「だめ、わたし、また・・・・・・おかしく、なっちゃ・・・っ」
「へぇ、そいつぁ妙だ。あの薬はとっくに切れちまったはずだぜ、なのにどーしておかしくなっちまうんでェ」
「っ、だって、おきたさ、がぁ」
「俺がどーしたってェんだ、言ってみろィ」
「ぁあ、あっ、っぁああ――・・・っ」

唇と言葉で同時に責め立ててやれば、の頭から足先までがぴんとしなる。
濡れた唇を小刻みに震わせ、こらえきれずに漏らしてしまった悩ましい声。 その声がやけに嬉しくて、一度は消えかけたはずの熱が腹の奥で燻り始める。 どくどくと滾り出した血で疼く下半身にもどかしさを覚えながら、沖田は女の胸に甘い刺激を与えていった。 まだ触れていなかったもう片方にも手を伸ばし、指の隙間からこぼれ落ちそうなまっしろな丸みを掌に収める。 浅めに握ってやわやわと、わざと焦らすような柔らかい手つきで揉みしだく。 その間ももう一方の胸を舌や唇で弄り続けていると、の背中や腰がびくびくと震え始めた。 きゅっと丸まった素足の先が何度も帆布を力無く擦り、口内で舐め回している小さな先もぷくりと膨らみ反応する。
もっと触れてほしいと待ちわびている薄赤い蕾を、二本の指で摘んで捻る。
口の中で可愛がっていたそこもくるくると転がすようにしてやれば、まるで電流でも流されたかのように彼女の背筋がびくんと跳ねて、

「〜〜ぁ、あぁっ、ああ――・・・っ」

涙を浮かべたせつなげな顔が快感に歪み、艶めかしくも甲高い声が弾薬庫の闇を突き抜ける。
沖田はそんな彼女の表情を上目遣いにうっとりと見つめた。 駄目と言いつつも腕の中で快楽に熔けて、普段の彼女からは想像もつかない表情で身悶えるがたまらなく可愛い。 飲ませた媚薬はもう効き目をなくしちまったはずだ。なのに、こんなわずかな愛撫でもの身体は蕩けていく。 どうして今まで気付かなかったのか。もっと早くに気付いていたってよかったはずだ。 抱けばいつでも人が変わったように従順になるこの身体は、何度抱いてもめまいがするような媚態を見せては俺に縋りついてきた。 そんなが何を思って俺に抱かれているかなんて、考えるまでもありゃしねーや。 触れてやるだけで火照ってしまうこいつの素直な反応が、すべてを俺に教えていたのに。
そんなことを思ってみれば、ぞくぞくとした快感が身体の中心を走り抜けていく。 彼女をどう啼かせてやるか、それ以外はどうでもよくなってしまい、抱きしめた女のなめらかな素肌を沖田は夢中で貪っていった。 綺麗な丸みを潰すようにして揉みしだいている胸の先を、飴玉でも舐めるような舌遣いで転がしてみる。 が甘えた泣き声を上げてかぶりを振れば、華奢な鎖骨に指を這わせてそこにも強めに吸いついた。 赤紫の噛み痕がちらほらと残る首筋にはさらに鮮やかな口づけの痕を散らしていき、そこから唇を滑らせるようにして耳元へ這い上がっていきながら、

「しょーがねーから信じてやらぁ」
「っ・・・な、なに、を・・・っ」
「決まってんだろ。お前が俺を好きだってことを、でェ」
「〜〜〜ど、どこまで自惚れる気ですかっ」

頬をかぁっと染め上げたはおろおろしつつも「違います、わたしは、そんな」などと反論していたが、何の説得力もない言い訳を繰り返す姿も沖田の目には以前とは違ったものに見えてしまう。
馬鹿にしている年下の上司への面当てのようだった、あの生意気さ。隣にいるだけでムカついてしまう口の悪さ。 何を考えているのかを相手に読ませない、いつ見ても腹の立つにやついた顔。 あれはどれも、が素顔を隠すために作り上げた虚勢だったってことか。 俺への気持ちを気付かれたくない一心で、こうして抱かれている時以外はずっと取り繕っていたんだろう。 意地っ張りで羞恥心が極端に強く、大人びた見た目とは釣り合いが取れていない可愛らしくも初々しい顔を――

「わ・・・ゎたし・・・違いますっ。わたしべつに、沖田さんのことなんて・・・っ」
「何とも思っちゃいねーってのかィ。なら、どーしてあの女中を気にしてたんでェ」
「・・・っ。気にして、なんか」
「ふーん、やっぱおめーは可愛げってもんが足りねーや。素直に妬いてたって言やぁいーのに」
「ち、ちがいま――んっ、ふ・・・ぅ、んっ」

両脇に腕を突いて身体を起こし、困りきって眉を下げている女の唇を素早く塞ぐ。
ちゅ、と啄むだけの口づけにきょとんと目を見開いた女の瞳は潤みきっていて、自分の腹に跨ってきた沖田だけを見つめている。 そんなと見つめ合っているだけで新鮮で、甘い気分に鼓動が弾む。心臓が飛び出しそうなくらいにどきどきした。
見つめ合いながら間を詰めていって舌を伸ばし、奥で縮んで戸惑っていた彼女のそれを絡めるようにして奪い取る。 ぐちゅ、くちゅ、くちゅ。熱くて濡れた互いの舌をひとつに併せて奏でる音は、頭の中で鳴り響いた。 見つめ合ったままで口内を犯される恥ずかしさに耐え切れなくなったのか、泣きそうな顔になったが目を瞑ろうとする。 そんな様子を至近距離から逃さず見つめていた沖田は、彼女の奥へ潜らせた舌をすっと引き抜く。
ほんのわずかに動いてしまえばすぐに唇が重なる距離――互いの唇や吐息の熱が肌を掠める近さから、ずっと言いたくて言えなかった言葉を吐息めいた声でささやいた。

、好きだ」

これ以上ない近さから見つめながら感情を籠めて伝えれば、目を見開いたが息を呑む。
ぁっ、とつぶやいた女の腰がぶるりと震え、沖田の肌と密着した脚が恥ずかしそうにもじもじと揺れた。 胸の中で躍っている昂揚感は気付かれないよう飲み干して、もう一度唇を重ねてみる。

「ん――・・・っ。・・・ぁあ、ん・・・っ」
「腰が揺れてるぜ。キスだけで感じてんのかィ」
「ぉ、おきたさんだって、腰・・・っあ、ゃあ、押しつけな、で・・・っ」
「しょーがねーだろ。おめーがとんでもねーツンデレ女だって判ったらやたらと可愛く見えちまう」
「〜〜さ、さっき、かわいげ、ないって」
「可愛げねーとこがまた可愛いんでェ」
「・・・っ!」

仕草でも愛撫でも言葉でも、すべて使って伝えたい。彼女を誰より特別だと思っていることを。
そんなことを思いながらゆっくりと触れて、蕩けるようなやわらかさとの熱を感じながらそうっと離す。 これまで一度もしたことのない甘く優しいキスを終えると、ゆっくり顔を離していった。 暗がりでも淡く光る銀の糸が、互いにどこかぎこちない様子で見つめ合う二人の間に弧を描く。 普段は感情を上らせない醒めた瞳を熱っぽい色に染め上げた沖田は、薄紅に色づいたの頬に触れて何度も撫でた。
いくら否定されたっていい。なりふり構わずで格好悪くたって、んなもんちっとも構わねーや。 馬鹿みたいに何度だって繰り返して、こいつの本音を引き出してやる。

「お前が俺をどう思ってようが、俺は好きだぜ、
「・・・〜〜〜〜〜っ。う。うそばっかり・・・」

かぶりを振って逃れようとするに迫って、ぽうっと染まった顔の至るところへ唇を落とす。
汗ばんだ髪で覆われた額に、ぎゅっと瞼を瞑った目元に。涙の塩辛さが染みたこめかみに、じっとり濡れた熱い頬に、感じやすいまっしろな耳朶に。 ちゅ、ちゅ、と軽い音を立てながらやわらかな感触に吸いつくたびに、彼女の肌からふわりと漂う甘い香りで嗅覚を埋められ眩暈がしそうだ。
はまだ混乱しているようだ。床のほうへと気まずそうに視線を逸らし、帆布にしがみつくようにしてぎゅっと握り締めながら、

「だ・・・騙されませんから。暇潰しにからかってやろうとか、そういうことなら他を当たってくださぃ・・・っ」
「嘘だと思うんなら俺を突き離しちまえばいーだろ。・・・なぁ、どーして目ぇ逸らすんでェ。少しくれーこっち向いてくれたっていーだろィ」
「や、やだ。やめて、ぉ、おきたさ・・・も、はなれてくださ、っ」
「こっち見ろって」
「そんな・・・むり、見れな・・・っ」

それなら見ずにいられないようにしてやる、と沖田は唇を滑らせていく。
顎から首筋、胸の谷間を通って膨らみのかたちをなぞり、触れるといつも反応する脇腹を伝って熱く濡れた部分へ。 そこに舌を押しつけてほんの一撫でしただけで、あん、と啼いたはぶるりと震えた。 腰の丸みを撫で回してから感じやすい太腿の付け根を辿り、親指を押し込み小さな蕾を探り当て、くにゅくにゅと揉むようにして刺激する。 たちまちには悲鳴を上げて、背筋を浮かせて仰け反って、

「ひぁ・・・ん!・・・あっ、っあああっ」

あっけなく達してがくがくと揺れるまっしろな腰を抱え込みながら、右の膝だけを立たせて身体を割り込ませてみる。 きゅっと閉じられていた秘所には、中指をつぷりと差し込んだ。 爪先を軽く潜らせただけで、蕩けた蜜口は指に絡んでじゅぷりと水音を響かせる。 のそこはさして抵抗を見せることなく、ゆっくり送り込んでいった指の根元まですんなりと呑み込んでしまう。 これまでよりもずっと感度が増しているのか、何度も触れられ覚え込まされた彼の指のかたちだけで痺れたらしい。 きゅうっと指全体を締めつけると同時で背中がしなやかに浮き上がり、ぶるっと震えて床へと落ちた。 弱いところをゆるゆると指の腹で押し込んでやると、はきつく目を瞑る。 両手で口を必死に押えるあの仕草は、湧き上がってくる嬌声と疼きをどうにかしてこらえようとしているんだろう。 あっ、あっ、あっっ、と短く途切れる吐息混じりの喘ぎ声は、それでも室外へ漏れ出そうなほど高く大きく響いていたが。

「っあ、ゃあ、そこ、だめぇ、じぃんって・・・っ、あっ、ぁん」
「いいんだろ。お前のここ、指咥え込んでからずっと溢れっ放しだぜ」
「っぅ、ゃあ・・・いわな、でぇ、っ」
「なぁ、俺ぁすっかり騙されてたらしいや。 お前が俺を嫌ってるなら、いくら抱いたってこんなに濡れるはずねーのにな」
「〜〜っぁ・・・ぁあ!」

透明な滴りが溢れ出すぬかるみを浅めにぐちゅぐちゅと弄り回し、入口に沿ってつうっとなぞる。
だらしなく開かされた脚の谷間――すでに何度も沖田を飲み込み掻き乱されてきたそこは、赤い果実のようにとろりと熟れてひどく美味そうな匂いを放つ。 ぼうっと見蕩れる彼の目の前で生温い蜜をたらたらと滴らせては、男の欲をさらに煽るような妖しい淫らさで喘いでいた。 もう、だめ、と息が上がりきった苦しそうな声でが啼き、膝を立てた右の太腿ががくがくと震えながら崩れていくと、沖田は汗に湿ったの両脚を左右に掴んだ。 両脇にぐいと抱え込んで腿を開かせ、驚くと目を合わせながら姿勢を低めて口づける。
汗が滴る内腿に、とろりと濡れた脚の付け根に。唇では一度も触れたことのない、の蕩けた中心に――

「ひ、ぅ・・・んっ。〜〜っっや、おきたさ、やぁあっ」
「少し我慢して大人しくしてろィ」

もっと良くしてやらぁ、と逃げようとする太腿を抑えつけながらささやけば、いや、とあわてた女の手が髪を掴んで止めてきた。 それでも濡れそぼった彼女のそこに唇を寄せ、蜜にまみれてぬるついた柔肉に同じくらい柔らかい舌をぐにゅりと捻じ込む。
途端に薄い背中がしなり、いやぁ、と泣き出しそうな声が飛び出る。 熱く潤う女の秘所に顔を押しつけくすぐるような舌遣いで舐めていけば、甘酸っぱいようなの香りで包まれて噎せ返りそうだ。

「ゃ〜〜っあ、やぁ、おねが、ひ、ぁあ、めぇ・・・〜〜っ」
「嫌でェ。いつもお前が嫌がるせいで一度も舐めたことねーだろ」
「あぁんっ」

ぬるぬると蠢くような動きで粘膜に舌を這わせ、腰を震わせ身悶える身体の熱い内側を貪っていく。
指で弄ってやるときと同じに弱い部分を探り出して刺激すれば、どちらのものか判らない薄く濁った粘液がとろとろと絶え間なく零れはじめた。 とろりとして生温いそれを、沖田はじゅっと強めに啜り上げる。ひくひくと喘ぐ蜜口を舌先で弄りながら、ごくりと喉を鳴らして飲み干す。 到底美味いとは思えない味に、思わず眉間を狭めてしまった。きっと自分が吐き出したものが混じっているせいだ。 何度かに飲ませたことがあったけれど、どの時もこいつは文句をつけなかった。 その時ののどこかうっとりした表情や扇情的な仕草を思い出せば、腹の奥がずくずくと疼いてたまらなくなる。 もう一度ごくりと大きく喉を鳴らすと、いくら舐めても喉の渇きが癒えないような錯覚が湧いた。
――もっと。もっと欲しい。あんなに抱いたってのに、まだ足りない。早くの中に入りたい。
熱い入口を舐めくすぐっていた舌は、気がふれたかのように彼女を求めて情熱的に動き出す。
さっきは押してやっただけで達してしまった、この身体のどこよりも感じやすい小さな蕾。 その奥に秘められた小さな芽をちゅうっと吸ってやっただけで、は艶めかしく全身をしならせ、

「ぁあっっ!〜〜〜っら、めぇ、なめちゃ、ぁん、あ・・・あぁあ・・・っ」
「他は舐めてやったのに、ここだけ舐めてやらねーのは不公平ってもんだろ」
「やぁ、こんな、ゃだ、おきたさぁ・・・・・・はずかしぃ・・・っ」

へぇ、と沖田は荒い息遣いを漏らしながら顔を上げた。 汗に濡れて垂れ落ちてくる前髪を掻き上げながら紅潮しきった女の顔を見下ろし、少年ぽさが色濃く残る丸い瞳をぱちくりさせる。
自分は平気で舐めたくせに俺が舐めるのは恥ずかしいってのか。意外すぎる。 こいつはこういった、羞恥心を煽られるような責められ方に弱いらしい。
いつもふてぶてしかった彼女の可愛らしい弱点に気付いてしまえば、持ち前の嗜虐心と悪戯心がわずかに頭をもたげてくる。 何から何まで俺の好みに合ってらぁ、と沖田はふっと瞳を細める。 うっすらと汗が滲む顔を嬉しげに緩め、手の内に収めていた震える女の太腿を撫でた。
遠目には清廉そうな少女にも見えるその顔立ちに相応しくない、見た者がぞくりとするような色香を匂わす笑みを浮かべて、

。好きだ」
「〜〜〜〜っ。ゃ、あぁ、おねが、もぅ、やめ・・・っ」
「なぁ、聞いてんのか。俺ぁお前が好きだ、お前はどうなんでェ」
「いやぁ・・・いやです、んな、こと・・・たら・・・わたし・・・ゎ・・わたし、もぅ・・・っ」

ぷくりと膨らみ腫れ上がった芽に唾液を含ませ吸い上げながら、狭まった中は指で突いてじゅぷじゅぷと大きく掻き乱してやる。 じきにはがくがくと腰を揺らし、ん〜〜・・・っ、と蕩けた呻き声を漏らしながら彼の前であえなく達した。
間髪入れずに沖田は彼女の太腿を大胆に広げさせる。
はぁ、はぁ、と息遣いを荒くしながら汗を滲ませるまっしろな肢体に覆い被さり、帆布にぐったりと沈み込んでいくの腰や胸を撫で回した。
もう少し焦らしてやりたかったけれど、もう我慢しきれない。
淫らさに息を呑むほど熟れて蕩けた蜜口を、先端でぐちゅりと押してみる。 ああぁっ、とが脚を跳ね上がらせてもそのままずぷりと押し込んでやり、熱くうねる女の中を滾った欲の塊で割り開いていった――



「スパイシーバニラビーンズ #5」
title: alkalism http://girl.fem.jp/ism/
text *riliri Caramelization  2015/02/23/      next →