「〜〜あぁっ、あぁぁああああんっ」
喉を逸らして仰け反ったの頭から足先までが、背筋を伝って駆ける痺れに震え上がって硬直する。
痛いほどに固く反り上がった沖田の熱を半ばほどまで突き入れた秘所から、薄く濁ったしずくが跳ね散る。
っっ、と咄嗟に唇を噛み、細身な上体を強張らせた沖田はぶるりと背筋を震わせた。
張りのある女の太腿を握りつぶしそうなくらい、五指に力を籠めて耐える。
――違う。感覚が違う。熱さが違う。これまで知っていたその瞬間とは何もかもが違っている。
男の欲に開かれる衝撃で潤った中は、とてつもなく甘い気持ちよさで沖田をがんじがらめにする。
早くを貪りたいと腹の奥で暴れる熱が、桁違いな勢いで身体中を巡っていく。
ぞくぞくと背を震わせる快楽に今にも呑み込まれてしまいそうで、やわらかな素肌をぎちりと掴んだ手が放せない。
またの肌に傷をつけてしまいそうで気になったが、こうして何かに縋っていないと頭がおかしくなりそうだ。
好きだと白状していつもより念入りに可愛がってやっただけで、こんなにも女の身体は違ってくるのか。
初めて味わう極上の官能に寒気がするほど煽られてしまい、どう足掻こうと抗えない気持ちよさに追い立てられながら腰を進める。
ずぶずぶとあられもない音を立てるのそこが自分を呑み込んでいくさまに、感動に似たよく解らない感覚を覚えながらぼうっと見蕩れた。
「ぁ、ああぁ、あ・・・〜〜っ」
「っは・・・やべぇ。すげぇや・・・」
すべて押し込み動きを止めると、背筋にぞくぞくと快感が駆け抜けて止まらない。
いつのまにか熱くなっていた全身がじわりと汗ばみ、ぽた、とこめかみから落ちたしずくが上気した女の頬を濡らしていく。
薬の効果は切れているのに、の中は蕩けきった感触で沖田を包み込んでいる。
みっちりと中を埋め尽くした男の脈動を感じているのか、たまにびくびくと蠢いては震える。
不意に確かめたくなって唇を強めに塞いでみれば、彼女の唇が漏らす息遣いと同じ呼吸での中は震えていた。
どちらも燃えるような熱を帯び、何ともいえないやわらかさだ。どちらもぬるりと彼を包み込み、胸を甘く掻き乱していく。
「っっう、ぁあんっ。やぁ、まだ、うごいちゃ」
「、・・・好きだ・・・っ」
「〜〜っ!ぅう、ぁ、ひ、ぉ、きたさっっ」
細い手を取り指を絡めて、帆布の上に押さえつける。
ずん、ずん、と無防備な最奥に先端を衝き入れては、きゅうっとせつなげに狭まりながら締めつける身体を揺らしていった。
まだ挿れた瞬間の痺れが消えていないらしいは、爪先まで犯す快楽の強さに逆らえず、自分の奥を埋めた沖田の熱にも逆らえずにいる。
組み敷かれてもなす術もなくただ唇を震わせ、辛そうな涙目になりながらも男の情動に突き動かされるしかない姿。
そんな彼女にこれまで以上にそそられて、これまで以上に愛しく思えた。
出来るものならずっとこのまま見蕩れていたいと思ったが、
――あぁ、だらしねぇ。お前が良すぎてもう我慢できそうにねーや。
いじらしく絡みついてくるそこにきゅうぅっと隙間なく締めつけられ、迫ってくるその瞬間を遠ざけようとひとつ深呼吸してみたが、あまり効き目はなさそうだ。
を埋め尽くした欲の塊は、根元から先端まで硬く膨れて張りつめている。今にも暴れ出しそうなくらいどくどくと、大きく脈打って収まりがつかない。
泣きながら締めつけてくる女の縋るような表情と気持ちよさに負けて、今にも吐き出し果ててしまいそうだ。
そんなものを腹の底まで受け入れさせられているは、自分の中で息づく沖田の些細な変化も一つ残さず感じてしまっているらしい。
ぶるりと胸を震え上がらせた彼女は、爪先をきゅっと丸くする。
帆布を掻いては力無く震える足を沖田が自分の腰へ絡めさせれば、繋がり合ったそこから胸までがぴったりと熱く密着した。
おかげでを埋めた杭の先がびくんと跳ねて、感じて震えた粘膜の動きに誘い込まれてより奥深くへと潜り込んでいく。
行き止まりになった狭いそこを捏ねて広げるような動きを混ぜると、あぁん、と啼いた女の身体は涙を振り撒き震え上がった。
「っあ、はぁ・・・んっっ。やっ、おく、だめ、ぁ、ああ、あつ、ぃいっ」
「はは、お前だって俺に負けねーくれー熱くなってんじゃねーか。なぁ、、さっきは何言いかけたんでェ、教えてくれ」
「い、っっ・・・ゃあ・・・って・・・・・・はずかし・・・言えな・・・っ」
頬や首筋を薔薇色に染めて羞恥に乱れる、見たことが無い彼女の表情。
これがずっと隠されていたの素顔かと思えば、見下ろした女に魅入られてしまい胸の奥が熱くなる。
「わたし、もう」とうわごとのような声で切れ切れに漏らされたさっきの言葉。
あの続きをどうしても彼女の唇から引き出したくて、慎重なくらいにゆっくりと、けれど先端を強くぐりぐりと擦りつけるような意地の悪い抜き挿しを繰り返す。
たっぷりと潤いを湛えた狭い中で、わざと焦らすようにして弱いところを狙って動く。
埋め尽くされた瞬間は質量の大きさに震え上がり、抜く瞬間に弱い部分を引きずれば粘膜が快感に嬲られてうねり、の中は沖田を緩やかに締め上げていった。
奥から溢れた透明な蜜が、彼の腿にもとろとろと滴る。
それを擦りつけるようにして感じやすい女の内腿を撫で回していると、絡め合っていた手を自ら解いては沖田にしがみついてきた。
「沖田さん、おきた、さ、っと、もっとぉ、ぁっ、あ、ああ」
乱れた息遣いと沖田の名前をせつなげに繰り返す唇が、縋りつくような声で強請ってくる。
腹の中を一杯に埋めた熱と疼きを、とうとう我慢出来なくなったようだ。
はたどたどしく腰をくねらせ自分から沖田を求め始める。
張り出した先端を欲しかった部分へ擦りつけてはじゅぷじゅぷと濁った音を鳴らし、あ、あ、ああっ、と鼻に抜ける甘い声を上げる。
彼女が刺激を欲しがっているあたりを深めに擦り上げてやれば、まっしろでしなやかな細腰は沖田に動きを合わせ始めた。
そのまま腰を前後させれば、二人で海に投げ出され波間を揺蕩っているような甘美な錯覚が湧き起きる。
いつしか二人はお互いの表情を濡れた瞳で見つめ合い、動きだけでなく呼吸まで重ね合せるような抜き挿しを夢中になって繰り返していた。
こんな感覚も初めてだ。
互いの肌がしっとりと吸いつき同じ律動に身体を委ねて揺られていると、互いの境界線の輪郭までも揺らぎはじめるものらしい。
身体がひとつに熔け合ったようなその感覚につられてか、自然と興奮も高まっていく。腰の動きも激しさを帯びる。
熱を溜め込んだ下半身は、を求めてより深くへと入り込みたがる。
かぶりを振って喘いでいるやわらかな肢体を押さえつけ、ぐちゅぐちゅと奥を捏ねてやれば、の中を埋めた杭はびくびくと蠢き張りつめていく。
「は、ぅ・・・んんっ、あぁ、やん、うごぃて、る・・・っ」
「っは、きもちい・・・たまんねぇや、お前のナカ。今までと全然違ってらぁ」
「って・・・おきたさ、の、すご・・・の、ぁあ、おくまで、いっぱぃ・・・」
「なぁ、。言ってくれ。俺が好きだって」
「そ・・・なの・・・もぅ、しってる、くせに・・・っ」
引き結ばれたの唇が、目の前で泣きそうに歪んでいく。羞恥に悶える女の態度も表情も、沖田に許しを求めている。
それでも沖田は動きを緩めず、やわらかな最奥までずんずんと突き刺すようにしての弱いところを責めていった。
女の首筋に舌を這わせる口許に妖しい微笑を浮かべながら、
「おめーの口から聞きてーんでェ。俺にだけ白状させといて自分はシラ切ろうなんて、狡りぃじゃねーか。それともまだ俺の気持ちでも疑ってんのかィ」
「って、びっくりして・・・まだ、しんじられな・・・っ」
「ふーん。なら、信じられるまで教え込んでやらぁ」
「ぁん、そこ、ゃああっ。っだ、だめぇ、しびれ、ちゃ・・・ぁああっっ」
信じられないのなら信じられるようになるまで、何度だって繰り返してやる。
熱に浮かされ揺らめいているこの身体の、他の誰も辿り着いたことのない奥の奥まで刻みつけたい。
俺がどれだけが欲しいかを、どれだけ好きになってしまったかを知ってほしい。
そう思えば沖田の律動はを上下へ激しく揺さぶり貪り尽くすような動きへと変わり、肌を撫でる指の動きひとつにも力が籠って胸が震えた。
汗で滑る女の背中に腕を回して抱きしめると、彼はそのまま起き上がる。胡座を掻いた脚の中に、熱い肢体を抱え込む。
より深まった繋がりに慌てたに抵抗されたが、腰にしっかりと絡みつかせた脚のおかげで女の身体は持ち上げるには容易かった。
「〜〜っっ、おきっ、ゃんっ、っっあ、あん、あっ、あっ、あぁあっ・・・!」
両手で掴んだ細腰を上下に大きく揺さぶられ、はたちまちに喉を逸らして高く啼く。
昂った熱の塊を真下からいいように叩きつけられ、熱く潤う粘膜をじゅぷじゅぷと掻き乱される。
蕩けきった女の身体は鍛え上げられた少年の腕に閉じ込められ、されるがままに突き上げられるしかなくなっている。
頭の天辺へ抜けていく電流のような痺れに手足の先まで犯されて、沖田を欲しがりうねる中は果ての無さそうな猛々しさで犯され続ける。
ふかいの、だめ、しんじゃう、だめ、と甘えた響きで泣きじゃくる声と乱れた吐息が首筋をくすぐる。
汗のせいで目元に貼りつく前髪の隙間から見てみれば、はいつのまにか沖田の首に夢中で縋りつこうとしていた。
「イイんだろ、イケよ」
微笑を浮かべて耳の奥へ囁いてやれば、ぴんと張りつめた足先を震わせながら男の腰を締めつける。
陶酔しきった表情であぁああっと叫び、声にならない悲鳴を漏らして泣き乱れながら達してしまう。
濡れた唇を震わせる顔が、浅い擦り傷が残る肩が、かくりと力を失って沖田の胸へと倒れ込む。
抱きしめた女の肩口に嬉しそうに口づけた沖田は、跳ねてはすぐに落ちてくるやわらかな身体を繰り返し穿ち責め上げていった。
「だめ、だめ、も、だめぇっ・・・あんっ、また、ぁあっ・・・っっいっ、ちゃ・・・〜〜っ!」
「・・・好きだ、・・・っ」
荒い息遣いと律動の狭間で狂ったように彼女を呼んで、「好きだ」ばかりを繰り返す。
その響きがの中に孕ませる、思考のすべてを溶かしてしまう熱量を、もっと、もっと、彼女と融け合いひとつになって感じていたい。
けれど、これ以上は我慢が続きそうにない。もうすぐ来る。
すべてが白に染まる瀬戸際が――息が止まりそうになるあの瞬間が、もう目前まで迫ってきている――
「――ずるぃ、です、ゎたし、って・・・・・・んとは・・・ずっと、っ」
はぁっ、と苦しそうに吐息を漏らした唇が、ようやく観念したかのように切れ切れな声でつぶやいた。
上目遣いに沖田を見つめる扇情的なまなざしが、見たことがないほど蕩けきっている。
好きだ、と何度も耳元で繰り返されてきた沖田の甘いささやきが、彼女を感じたことのない恍惚に浸らせていたようだ。
その恍惚は頑なに張っていた最後の意地まで、じわじわと溶かしてしまったらしい。
指と指を深く絡ませた手に力を籠めながら見つめ合えば、は涙ぐみながら唇を開いて、
「・・・・・・き・・・っ。んとは、ゎ、わたし、ずっと、まえ、から」
「・・・何て言ったんでェ。よく聞こえなかったぜ」
はっきり言えたらもっと悦くしてやらぁ。
緩い律動で揺り動かしながら、ぐちゅぐちゅと掻き乱すような動きも混ぜてやる。
沖田の動きに翻弄されて、は意識が霞んでしまっているらしい。
そのぼうっとした表情を見つめるだけで心臓の鼓動と期待が高まり、胸の奥まで甘く痺れる。
男の欲の塊で好きなように突き動かされて、あ、あ、あぁん、とうわずった声で啼いている。
震えながら喘ぐ唇の端から、透明な滴りがつうっと伝う。
色づいた素肌は汗を光らせ、露わになった胸の膨らみが揺らされるたびに弾んで撓む。
――あぁ、そうか。がこんなに無防備な姿を晒すのは俺の腕の中だけだ。これぁ全部、俺だけのもんだ。
唐突にそう気付けばただ嬉しくて、抱いても抱いても満たされなかった独占欲まで満たされる。
欲情に濡れた表情が、男の身体に跨って快感に浸るどうしようもなく淫らな姿が、まぶしいくらい綺麗に見える。
これまでに見たどんなよりも可愛く見えて――
「・・・んっ、す、すきっ。わたしも、すき、すき、なのっ、おきたさ、が、っと、すきで・・・っ」
ああ。やっとだ。やっと言いやがった――
腹の底からこみ上げてくる例えようのない嬉しさに胸がかぁっと熱くなり、背筋がぞくぞくと粟立っていく。
にぼうっと見惚れていた沖田が、少年らしい生意気さが残る表情で微笑む。
女の身体を揺さぶる動きをさらに激しいものへと変え、何もかも捨てて獣に戻ったような気分で仰け反る女を穿っては啼かせる。
これまでは届いたことのない高みまで、を追い詰めてみたい。頭にあるのはそれだけだ。
つんと立ち上がった胸の先を捉えて弄り、膨らみをめちゃくちゃに揉みしだく。
同時に彼女が最も感じる部分を張り出た先で押し上げてやれば、あぁあっ、と震えた嬌声を上げて背をしならせる。
すると締めつけはいっそう強まり、沖田は必死に唇を噛んだ。今にもぶちまけてしまいそうな熱の迸りを我慢すれば、ただでさえ苦しかった息遣いはさらに乱れる。
とっくに箍が外れている身体はを求めて貪りたがるが、頭に酸素が回らない。おかげで意識が薄らいでいく。
それでも精液と蜜にまみれたちいさな芽に指を伸ばし、どこよりも敏感で弱いところを手探りでくちゅくちゅと押し揉んでやる。
たちまちに強烈な快感に呑まれたのか、は沖田を夢中で抱きしめ頬擦りしながら泣き乱れていた。
「――ぁあ、あ、あっ、ぉきたさぁっ・・・き、すきぃっ。はぁん、あっ、あぁん、ぁああっっ」
じゅぷじゅぷと湧き立つ水音とはぁはぁと乱れる荒い呼吸が、冷えきった弾薬庫の暗闇を埋め尽くす。
飛沫を散らして奥へ奥へと突き入れるたびに我を忘れていく女の声に、すき、と喉が嗄れて掠れきった告白が混ざる。
頼りなげなその響きに耳を奪われ、沖田はを抱きしめる。
こつんと額を押しつけてきた彼女がうっとりした眼差しをゆっくり閉じれば、乞われるままに唇を重ねる。
力が抜けきった頼りない腕が彼の首に絡みつき、汗が流れる沖田の胸に弾む膨らみを押しつけ抱きつく。
――何度身体を交わらせても、こいつの本心が判らなかった。
欲しがっているのは自分だけだ。ずっとそう決め込んでいた。
けれど違った。互いの思いを誤解して素直になれなかったのはも同じで、抱かれるたびに俺を求めてこうして腕を伸ばし続けていたのに――
「――まだ足りねぇや、、もっと・・・俺が好きならもっといい声で啼いてみろィ」
「っ、おきっ、沖田さぁん、すき、すきぃっ。ぁん、あぁん・・・きもち、いっ」
「・・・、好きだ、俺も、っっ」
今にも達してしまいそうな衝動を噛み殺しながら、熱と快楽が迸るやわらかな中をずんずんと貫く。
淫らに蕩けた最奥の感触に引き込まれてたまらなくなり、破裂しそうに張りつめた先端を限界まで捻じ込み突き上げてやれば、
「ぁあ・・・ぃくっ・・・いっちゃぅっっ・・・〜〜〜っっ」
汗を纏ったまっしろな背中が髪を靡かせ跳ね上がる。
天井を振り仰いだの全身が弓反りに強張り、声も出せずに身悶える。
唾液に濡れたやわらかな唇も、悦楽に潤い満たされた中も、同じように沖田を求めて震えている。
声はなくとも全身で「好き」と告げられているようだ。
甘えるように蠢きまとわりつく柔肉は熱い欲情の証をとろとろと滴らせ、凄まじい吐精感に耐える沖田をきゅううっと絞り上げていき――
「・・・・・・っっ、、・・・っ!」
「〜〜〜っっあぁぁあっ、き、さぁっ、あっぁあぁっ、っぁあぁああ――・・・っっ!!」
ぶる、と大きく先端が跳ね、沖田はたまらずを抱きしめ最奥を抉る。
彼女の中を焼けつかせそうなほど滾った熱が堰を切る。息が止まりそうな絶頂に全身を縛られ、頭の芯まで真っ白だ。
どくどくと脈打ち暴れながら、自分でも驚くほどの吐精が奔って止まらない。
弱々しく悶える女の身体を痺れ上がらせたその熱は、獰猛な勢いで溢れ続ける。
びくびくと疼きながら欲しがっているやわらかな行き止まりにぐちゅりと押しつけこじ開けて、呑み込みきれない白濁がぼたぼたと漏れ出るほどに注いでいった。
「ぁはぁ・・・あつ、ぃい、ぁあん・・・おきたさぁ・・・っ」
「っぁ・・・・・・すげぇ・・・いいっ・・・とまんねぇ、っ」
「っひ、ぅうう・・・だ、いっぱぃ・・・でて、るぅっ・・・・・・っやぁ・・・い・・・っ」
終わらない絶頂に溺れてがくがくと震える腰を壊れそうなほど強く抱く。
腹の奥まで迸っていく熱の高さを敏感に感じ取っているのか、どぷりと沖田が吐き出すたびに蕩けきった表情でが泣く。
俺のことなどガキだと見縊っていたはずの、いくら抱いても手に入れた気がしなかった女。そんなのこころも身体も、最初から俺だけに許されていた。
そう感じればどうしようもなく嬉しくなり、とてつもない快感を伴う開放感と相まって身震いがなかなか止まらない。
心臓が破れそうなくらいに苦しい呼吸を押し殺しながら、薄桃色に色づいた頬を手の内に収める。
沖田ははぁはぁと息遣いを荒く乱しながらも、好きだ、と小さくささやいた。
甘い仕草を心掛けながらそっと唇を重ねてやれば、は震えが残る指先で彼の頬に触れてくる。
目尻からすうっと澄みきった雫を伝わせながら、わたしも、としあわせそうに瞳を細める。
とろりと微睡む夢心地なまなざしは次第に焦点を失っていき、やがてゆるゆると薄赤い瞼が閉じられていった。
ぐったりと胸にしなだれかかった女の身体を帆布に横たえ、しっとり濡れたやわらかな膨らみの上に崩れ落ちながら目を閉じる。
ようやく本音を確かめ合って心の奥まで満たされた二人は、月光すら届かない暗闇に沈んでも互いを抱きしめ離さなかった。
「――そりゃあこじれるに決まってんだろ。総悟もも似たようなひねくれ者だからな」
当たり前だ、とでも言いたげな顔で紫煙を細く燻らせながら、土方は手にした一枚の書類を床へぱさりと投げ出した。
襖戸がすべて開け放された部屋の中から、「そうかぁ?」と近藤がやや不思議そうな表情で尋ねる。
縁側に座る土方を見れば、射し込む光がまぶしいのか、それとも他に理由があるのか、吊り上り気味な眉をきつく顰めて庭へ目を向けていた。
「これを頼む」とその場に控えていた隊士に持っていた刀三振りを手渡してしまうと、近藤も土方のほうへと向かう。
部屋を出ていく隊士の腕に抱えられた刀剣は、江戸で言う太刀に似た異国の品だ。
昨日の昼に土方が沖田に言いつけて、証拠品倉庫から隊舎へと運んでくるはずだった密輸入品。
それらは今朝、屯所内を定期的に点検して歩く見廻り番によって武器弾薬庫裏の雑木林から発見された。
「だいたいあんたは甘すぎだ。証拠品を放り出した上に一晩行方知れずだった馬鹿の処分が、始末書一枚ってこたぁねえだろう」
「ああそうだな、お前にも色々と気ぃ揉ませちまって悪かったな。幸い証拠品は無事だったし、今回はお咎めなしで勘弁してやってくれねぇか」
「・・・。ったく、そういう事を言ってんじゃねぇよ」
「それより見たか、今朝の総悟の顔。ここ数日どうも様子がおかしかったが、昨日行方知れずだった間に何とかふっきれたらしいや」
何があったか知らねえが、良かった良かった。
そう言って満足そうに頷く近藤に、土方は呆れ気味な視線を向ける。
――何があったか知らねぇがって、昨晩何があったかなんて一目瞭然だろうが。
身体の不調を理由に今朝の会議を欠席したは、昼を過ぎても寝込んでいるのか未だ顔を見せていない。
そんな異変に総悟の珍しい上機嫌面を重ね合わせてみただけで、誰でもその裏に隠れた事情に気付きそうなものだというのに。
一昨日あたりからの総悟の妙な腑抜けぶりも、同じ日からやけにぎくしゃくとしていたの態度でおおよその察しはつくってもんだ。
どうせ総悟がを怒らせちまったとか、そんな何かが原因か。
となると昨日は――証拠品そっちのけで女の機嫌でも取ってやがったんだろう。
「で、この先どうすんだ近藤さん。あいつらどっちも素直じゃねえからな、こじれる度に騒ぎが起きるぞ」
「いやいや、総悟はあれで根は素直だぞ。誰に対してもあの態度だからな、そうは見えねえかもしれねーが」
「そりゃあ素直にも見えるだろうよ。あんたやはあいつに気に入られてるからな。
けどあのクソガキ、気に食わねぇ奴には常にこれだぞ」
そう言って土方が差し出してきたのは、床に投げたばかりの紙だ。
どれどれ、と受け取り覗き込んでみれば、それは見覚えがある字で書かれた始末書だった。
自由奔放な筆致といい隅に描かれた子供じみた落書きといい、いつにもましてぞんざいで挑戦的な提出書類に近藤は思わず苦笑する。
この手の書類の出来に煩く気に入らなければ突き返すトシが、よくまあ受け取ってやったもんだ。
かろうじて字に見える冒頭はともかく、中盤からはどう見てもミミズが這った跡にしか見えやしねーのに。
「えー、なになに・・・、始末書、一番隊沖田総悟。
私は昨日、事件の証拠品である密輸入品の刀剣三振りを不用意に屋外へ放置しました。また、局内の風紀を乱しかねない素行が日頃からあったことを認めます。
つきましては反省の証として、今後は武士道精神に則り日々精進を重ね余計な世話を焼きやがった副長を一日も早く抹殺することを正々堂々とここに誓います土方死ねコノヤロー」
「フン、こいつのどこが始末書だ。まるっきり俺への殺害予告じゃねーか」
始末書とは上官に提出する反省文的な意味合いも兼ねているものだが、これのどこに反省の色があるというのか。
土方は顰めた眉間を煙草を挟んだ指の節で押しながら、落書き入りの書類を睨んだ。
「何が余計な世話だ。女に顔から火が出るような大恥かかせて今の今まで気付かなかった馬鹿が、よく言いやがる」
「ああ、あのまま気付かないようじゃさんが不憫だからなぁ。俺もそこは案じてたんだが・・・総悟の奴、いつ気付いたんだ?」
「さぁな。このふざけた文面だけじゃそこまでは知りようがねぇ」
「俺は何も言ってねぇぞ。トシが知らせたんじゃねえんだよな」
「ああ、俺じゃねえ。屯所初の女隊士の、しかも恥を忍んでの必死の頼みを断る訳にいかねえだろ。
仕方なく黙ってきたが、あいつもようやく気付いたんじゃねえか。もしくはがあいつの耳に入れたか、どっちかだろ」
そんなことはどちらだろうと構わないし、知る必要も感じないと煙を吐きつつ土方は思う。
「余計な世話を焼きやがった」と書き殴られた始末書を目にすれば、これまで知らなかった裏の顛末に総悟が気付いただろうことは判る。
このふざけた宣誓文が「これ以上余計な首突っ込まねーでくだせェ」というあいつの牽制であることも、あのひねくれたクソガキなりの俺達への謝辞であることもだ。
そこまで理解しているのなら、こちらからはもう何も言うことはない。
総悟も少しは自分の行いを反省したようだし、もこれからは報われるはずだ。
要らない苦労を掛けた女をせいぜい大事にしてやって、後は二人で勝手にやっていけばいい。
いや、そうでなければ困る。あんな気まずい場に立ち会わされるなんざ二度と御免だ。
「――ん、どうしたトシ。苦虫噛んだような面しちまって」
「ああ、いや・・・を呼び出した時のあれを思い出してな」
「・・・」
彼ら二人をいたたまれない気分にさせたある騒動を思い出し、近藤は頬のあたりを引きつらせて笑い、土方はうんざりしきった顔になる。
そう、たしか事の起こりは――数か月ほど前のことだ。
近藤と土方はある隊士から相談を受けた。
月に数回ほど屯所内の見廻り番を務めるそいつが直々に訴えてきた内容は、彼が半月前ほど前に遭遇した深夜の不穏な異変についてだ。
男共の部屋とは別棟に設けられたの私室から、どう聞いても合意の上での行為とは思えないような気配がした。
嫌がっている女の声や暴れているような物音までしたが、かといって安易に部屋には踏み込めず、どうするべきかわからなかった。
半月の間悩みに悩んで報告してきた生真面目な性格の隊士を前に、近藤と土方もどこまでこの問題に踏み込んでいいものかと困惑した。
だがが局内の誰かにむりやり手籠めにされた可能性がある以上、黙って見過ごす訳にもいかない。まずは本人に真偽のほどを確かめるべきだろう。
そう考えた二人は、を内密に呼び出してみた。
最初に見廻り番から報告があったことを説明し、何か困ったことになってはいないか、とやや遠回しに事情を尋ねてみたのだが――聞けば聞くほど愕然とさせられた。
彼女を襲った不埒者が、どう見てもを嫌っているようにしか見えない沖田だというのだから。
土方はそれを聞いた瞬間から頭痛が止まらなくなった。いや、土方は沖田だと知っても近藤ほどには驚かなかった。
以前からどうも怪しいと感じてはいたのだ。
と居る時の総悟の態度には、妙な不自然さというか、あいつらしくもないぎこちなさがあった。
だが、だからといってこんな不祥事を起こすとまでは・・・まったくあのクソガキときたら、どこまでひねくれてやがるのか。
どうせあいつの天の邪鬼な性分が邪魔しやがったんだろうが、もう少し遣り方ってもんがあるだろうが。
珍しく気に入った女相手にわざわざ嫌われるような真似してどうすんだ。
頭の中では悪態を吐きつつも土方はただ息を詰めての様子を窺うしかなく、そんな彼の隣では言葉を失くした近藤がだらだらと滝の汗を流していた。
――これまでは見たこともないような思い詰めた表情でうつむいていたが、予想外なことを言い出すまでは。
『・・・違います、誤解です。全部合意の上です、沖田さんは悪くないです・・・』
彼女はなぜか沖田を庇って引かなかった。顔どころか耳まで染めて死ぬほど恥ずかしそうにしているのに、震える声で言い張る様子は気の毒そのもの。
見ているこっちがいたたまれなくなり、近藤は顔を覆ってぶるぶると悶絶、土方も途中で追及を諦め黙り込んだほどだ。
『わたしとのことが局長や副長に知れたら、沖田さんは嫌がると思います。だから・・・』
勝手なことを言ってすみません。でも沖田さんには、何も尋ねないでください。見逃して下さい、お願いです――
頭を下げて謝りながらも、彼女は引こうとしなかった。
いくら男勝りで物怖じしない性格とはいえ、もあれで年頃の娘だ。
男との――しかも、自分を無碍に扱っている相手との関係を俺達他人に暴かれたのだから、その恥ずかしさは男の側が感じるそれとは比にならないものがあったはず。
それでも恥を忍んで庇うほど、あの馬鹿をいじらしく好いてくれているらしい。
真っ赤になって頼んできたは、俺達が一切干渉しないと告げたことで心底ほっとしているように見えた。
その表情が今にも泣き出しそうだったのも、目の錯覚ではなかったはずだ――
「――まぁ、総悟も一応反省してるようだしな。これからはさんを困らせるようなこたぁなくなるんじゃねぇか」
近藤にそう言われ、土方は苦笑混じりに煙を吐き出す。わずかに言い澱んでから、
「仕方ねぇ、今回はあんたとに免じてふざけた始末書一枚で見逃してやらぁ」
「悪いな、そうしてやってくれ」
大きく頷いた近藤が、もう一度手許の始末書に視線を下ろす。
殆ど読めない文面に興味深そうな目つきを走らせ、
「・・・余計な世話、か。なぁ、あいつ、あれにも気付いたんじゃねえか」
「あぁ?何をだ」
「刀だよ、証拠品の。お前昨日言ってたじゃねえか、さんと五番隊の新人が庭を連れ立って歩いてんのを見たって。
それでわざと総悟を倉庫まで使いに出したんだろ」
「――」
「あの時ぁ俺もおかしいと思ったもんなぁ。普段のトシなら、ああいうもんは人に任せねぇで自分で取りに行くだろ。なのにどうして総悟に
――・・・?おいどうした、大丈夫かぁ」
思ったことをそのまま口にしてみれば、隣からはげほげほと咳込む声が。
見れば土方が激しく肩を揺らしている。吸った煙に噎せたらしい。
「あ、あぁ気にしねぇでくれ。じゃあ近藤さん、俺はそろそろ見廻りに」
「また行くのか?さっき行って戻ったばかりじゃねぇか」
「〜〜っ」
そそくさと去っていくばつが悪そうな背中を見送りながら、近藤はたまらずぷっと吹き出す。
広い背を揺らしては可笑しそうにくつくつと笑い「お前もあいつらと同じで素直じゃねえ性質だもんなぁ」と、笑いを噛み殺すのに苦労しながら独りごちた。
(だが、まぁ――逃げちまうほど気恥ずかしいなら、俺も総悟も何も気付かなかったことにしておくさ。)
あっというまにこの場から消えた腹心に心の中で話しかけ、手にした始末書をまぶしそうに眺める。
縁側沿いを明るく照らす目にやわらかな初冬の陽射しは、落書き入りの紙面の上で躍るようにちらちらと瞬いていた。
「――ほんと、困ったひとですね沖田隊長って。どうするんですかこんなに溜め込んじゃって」
数日ぶりに街をぶらつき用事も済ませて戻ってみれば、はこれまでと変わらない様子で沖田の部屋に入り込んでいた。
いつものように沖田の仕事の進み具合を勝手に調べた後らしい。
通達書類や報告書などが散乱していた机の上は、打って変わった綺麗さで片付いている。
端には未処理の書類の束が、折り目正しくきちんと積まれて彼の帰りを待っていた。
同じく彼を待っていたはずのは、机の傍に腰を下ろして書類の一部に目を通している。
三日前にも指摘された引出しの中は、どうやら彼女に洗いざらい探り尽くされた後のようだ。
机の端に積まれたものとほぼ同じ量がありそうな紙の束が、短めな隊服のスカートから伸びる太腿の上に乗せられていた。
「あーそれ、適当に書いて土方さんに渡しといてくれィ。手続きだの承認だの上への報告だの、どれも俺が見なくたってよさそうなもんばっかだし」
「だめです、副長は筆跡までチェックしてるんですよ。今日中に全部とは言いませんけど、せめて半分は片付けてください」
「・・・」
腰を屈めての手許を覗き込んだ沖田が、ぱちりと大きく瞬きを打つ。
きっぱりした口調で跳ねつけたくせに、は沖田が寄って行ってもなぜか顔を合わせようとしない。
こちらに背を向けた後ろ姿から漂ってくる雰囲気も、どこか微妙によそよそしい。
とはいえ昨日まで見せていたような、沖田を完全に遠ざけたがっているときの彼女の様子とはまた違っているのだが。
どことなく不自然な女の態度を物珍しげにしげしげと眺め、沖田は不意に瞳を細める。
コンビニで買ってきた駄菓子の袋を机上にぽいと投げ出し、澄ました顔で口笛を吹きつつの横を素通りした。
西に傾いた陽射しで温もる戸口の傍にすとんと座り、首にぶら下がったアイマスクを額までずり上げていけば、小さな溜め息が流れてきて、
「帰ってきたと思ったらまたサボリですか。わたしの話、ちゃんと聞いてくれてました?」
「聞いてるぜ、ちゃんと。まぁそう心配すんな、昼寝したらどーするか考えらァ」
「昼寝なんてしてる場合ですか。だいたい隊長に昼寝なんて必要ないでしょう、いつも寝すぎなくらい寝てるんだから」
「それがそうでもねーんでェ。いつも口うるせー誰かさんがここ二日ちっとも寄りつかねーから、気になって寝不足になっちまって」
「――っ」
ふぁあああ、と両腕を伸ばし大欠伸を吐きながら言ってみれば、が書類を抱きしめ固まる。
肩越しにこちらを振り返る顔は何か言いたげな視線を寄越すが、沖田はわざとそれを無視した。
「ゆうべも誰かさんのせいでちっとも眠れやしねーし。あーあぁ、今日はお天道様が黄色く見えらぁ」
「〜〜〜・・・っ」
疲れたような口調を装い欠伸混じりに漏らしてみれば、ばさばさばさ、と音が鳴る。
見ればまっしろな膝元からは書類の束が雪崩れ落ち、半円状に広がって畳の上を覆っていた。普段は器用にそつなく動く女の手が、ぎこちない仕草でそれを追う。
「どーしたんでェ、おめーらしくもねーや」
「い、いえ、ちょっと・・・急に寒気がしただけで」
「へー、そいつはいけねーや。武器庫で風邪でも引いたんじゃねーか」
すっとぼけた表情で返してやれば、ばさばさっ、と再び書類が畳に広がる。
密かに笑みを浮かべながら、沖田は上着を脱いでいった。刀とそれを投げ出して、射し込む白光で染まった畳に日向ぼっこよろしくごろりと寝そべる。
ほんわりと肌を包む心地良い温度を浴びながら寝返りを打てば、ふぁぁ、と自然に欠伸が湧いた。昨日の今頃とはまるで違う。
昨日もここで同じように寝入ろうとしたが、いくら目を閉じても虚しくなるだけでちっとも眠気が湧かなかった。すぐ傍にがいるせいだろうか。
今日はこうして陽だまりに寝転びくつろいでいるだけでいい気分だ。
無造作に放り出された隊服の裾から、何かがころりと転げ出ている。細い白のリボンを掛けた銀色の小箱だ。
三日前に沖田が隊服に忍ばせていた箱と似たような大きさ、似たような形。
華奢な女の手のひらにすっぽりと収まりそうな大きさのそれに、の視線が吸い込まれていく。
落とした紙を拾い集める手の動きまでぴたりと止んで、彼女の表情が曇り出す。
西日が射し込み日向の匂いが流れ込んでくる室内に、その長閑さに似合わない張りつめた沈黙が漂い始めた。
「・・・また女の子から貰ったんですか」
「気になるかィ」
「別に。ただ尋ねてみただけです」
「見てーんなら開けてみろィ。別にいーぜ、見られて困るもんでもねーし」
「・・・・・・」
しばらく黙っていたが、衣擦れの音を立てて立ち上がる。
たまに戸惑い立ち止まりながらもこちらへ寄ってくる女の気配を、沖田は耳で追っていた。
やがて沖田の目前を、黙りこくった人影が塞ぐ。は彼の傍に立ち、真上からじっと見つめてきた。
にやつく彼と視線が合ったその途端に、じりっとは後ずさる。ぁ、あの、と言いかけてじわじわと赤らんでいく女の表情は昨日と同じに恥じらいに染まって可愛らしい。
唇は拗ねて尖っているし、一晩中泣き明かした目はまだうっすらと赤かった。なかなか顔を合わせようとしなかったのは、あの目を見られたくなかったからだろう。
「どーした、開けてみねーのかィ」
「やっぱりいいです。・・・わたしが開けたらマナー違反だし」
「けど気になるんだろ」
「・・・ほんと性格悪いですよね隊長って。どうしてそんなに開けさせたがるんですか」
「そんなもん決まってんだろ。他の女から物貰った俺に妬いてる顔が見てーんでェ」
なっ、とつぶやいたが頬を染め上げ絶句する。
スカートの前できゅっと握られた細い手を取り、沖田はそのまま腕を引く。
細身な体躯に似合わない力にはぐらりと体勢を崩し、あえなくその場で膝を折った。
目の前に座り込んだ女の戸惑いも露わな表情が新鮮だ。じっと彼女を見つめながら、沖田はなめらかな手の甲に唇をやわらかく押しつけた。
「――っ。隊長っ。もう、こんなところで・・・やめてください」
「沖田さん、て呼んだら止めてやらぁ」
「ぉ・・・・・・沖田さん、離して」
「嫌でェ」
「止めてくれないじゃないですか!」
「しょーがねーだろ。触ったら離したくなくなっちまった」
そう言ってやれば、ひんやりとした肌はびくりと揺れた。
ちらりと見上げた女の顔は相変わらずな赤さだったが、むっとしたように唇を引き結んでいる。
なのにどことなく嬉しそうにも見えるのは、俺の自惚れってわけでもなさそうだ。
やんわりと押さえ込むようにしてほっそりした手を握りしめ、唇を指先へと滑らせながら何度か軽く啄んでみる。
隊長権限を行使して無理やり休ませた午前の間に、念入りに手入れをしたのだろう。
昨夜はネイルが剥がれ落ち泥で汚れていた指は、今は控えめな色合いの薄紅色で染まっていた。
「・・・あんまり見ないでください」
「いつも思ってたんでェ。いつ見ても綺麗に手入れしてんなぁって」
「普通ですよこんなの。わたしより綺麗にしてる人はたくさんいるし」
ふいっと素っ気なく逸らされた顔が、ふらふらと視線を揺らしている。
そういえば、こんなふうにを褒めてやったのは初めてかもしれない。思いもしなかった沖田の言葉に照れているのだろう。
髪に隠れた頬や耳が、じわじわと色を増していく。
昨夜のことなど何も無かったかのような綺麗さで、いつもと同じように飾られているの指先。
自分のそれとはまるで違う造りの指を目にしていると、瞳を曇らせその手を見つめる沖田には、目の前の手がどんなに手入れが行き届いた女の手よりも美しく思えた。
ゆうべあれだけ手荒く抱かれ続けたのだから、全身に重い疲労が残り身体のあちこちが痛むはずだ。
俺ならきっと黙っていない。きっと文句をつけるだろう。
なのには恨み言も言わず、昨日の疲れを少しも顔に出そうとしない。
普段通りに爪まで整え、いつもとあまり変わらない態度で俺の帰りを待っていた。
たぶんこいつはあの生意気そうだった笑顔の裏で、ずっとこうして俺を許してきたんだろう。
何があっても何もないようなふりをして、わざとふてぶてしい態度まで作って。
自分のことしか頭になかった馬鹿で身勝手なガキを庇って、何があっても見放そうともしないで――
今朝になってから聞き出した、の話が脳裏に浮かぶ。それから、昨日の近藤と土方の姿も。
彼女の本心を知らなかった昨日まではまったく想像出来なかった、いじらしい一面が愛おしい。
けれどそれを知ったことで、より一層自分自身への歯痒さも増した。
何も知らなかったためとはいえ、ずっと彼女に甘えてきたようなものなのだから。
「・・・なぁ、見ねーのか。この前は興味津々だったじゃねーか」
長く生え揃った睫毛を伏せての指先を見つめたまま、拗ねたようにつぶやいた。
新たに湧いた思いを込めて、ちゅ、ちゅ、と薬指の先に吸いついては離す仕草を繰り返していると、
「・・・気になるけど、でも・・・だめです。沖田さんが貰ったものなのに」
「俺がいいって言ってんだ、そのくれーやってくれたっていいだろ。・・・お前が妬いてくれねーとつまんねーや」
さらりと目元に流れ落ちてくる前髪越しに、上目遣いに女の顔を見上げてみた。目で縋って甘えるような、子供っぽい表情をわざと装う。
すると効果は覿面で、はぼうっと沖田に見惚れた。暫しの間ためらってから、言いにくそうに唇を開く。
「・・・今回だけ、ですからね」
悪戯っぽく細めた瞳でを見上げ、沖田は箱を差し出してみた。隠しきれない嬉しさに、表情が自然と緩んでいく。
昨日までは引き出せなかったの本音に、昨日まではしたくても出来なかった他愛もない戯れ。
そのどちらもがくすぐったくて甘ったるい。けれどこんな甘ったるさが、今までぽっかりと穴が開いていた身体のどこかを満たしていくようで嬉しかった。
ほら、と小箱を握らせてやったが、はなかなか開けようとしない。
複雑そうな表情が手の中の箱を見つめている。
沖田は彼女を促すようにリボンの端を摘み上げた。するりと解けた白い布ははらりと畳に舞い落ちて、後は蓋を開けるばかりだ。
問題の箱をじっと見つめる女の顔が眉を曇らせ、もっと複雑そうな表情へと変わっていく。
そのうちにようやく決心したのか、はおそるおそる小さな蓋に指を掛ける。
彼女にしては珍しいほど緊張しきったその仕草を、畳に突いた腕で頭を支えている沖田は愉しそうに眺めていたのだが――
「――・・・」
「どーだった。何が入ってたんでェ」
「何って・・・・・・うそつき。騙したんですね。女の子から貰ったなんて」
「貰ったって、何のことでェ。俺ぁんなこたぁ言ってねーぜ」
「なにそれ。・・・やっぱり性格悪いですね、沖田さんて」
とぼけた口調で返してやれば、呆然と箱の中身を見つめていたが、ふ、と短い笑い声を漏らす。
一見したところは皮肉っぽい表情で微笑んでいるように見えるのだが、その唇はよく見ればかすかな震えを帯びていた。
沖田はじきに起き上がり、銀色の小箱を握りしめて震える女の手を取ってみる。
さっきも触れた薬指の先に、もう一度唇を押しつける。
街でふらりと入った店で勧められるままに買った品は、この指を飾るためのものだ。
陽光を弾いて淡くきらめく銀色は、の趣味に合うだろうか。それとも、ちっとも合っていなかっただろうか。
やっと思いを通じあわせたばかりの仲だ、今はまだ、そんなことすら判らない。
けれどこれからはいくらでも知っていけるのだし、それはこれからの俺にとって、他のことには変えられない楽しみになっていくんだろう。
甘い期待に胸を弾ませ、沖田は顔を傾げながらゆっくりと距離を詰めていく。
額と額が触れ合えば、自然と互いの視線も重なる。
熱く潤んだ女の瞳をまっすぐに見つめてこつんと額をぶつければ、泣きそうだったの表情がはにかみながらも綻んでいく。
「――で、どーなんでェ。受け取ってくれんだろ」
「・・・ふふ、さぁ、どうしましょうか。ここに溜まってる仕事、今日中に全部片付けてくれたら考えてあげてもいいですよ」
「そりゃーねーや。お前がこれを貰ってくれねーと、俺の未来はお先真っ暗だぜ。
何しろ誰かさんが言うには、俺ぁがいねーと何にもできねーらしーんでェ」
「・・・っ」
いつも彼女が冗談で口にしていたからかいの言葉。
それをここぞとばかりに逆手に取って、ぽうっと染まった耳を撫でながら囁くようにして声を注いだ。
いくら三つ年下のガキでも、本気で欲しいと願った女を笑顔にさせてやるくらいは出来る。
今まで泣かせてきたぶんだけ幸せにして、今まで辛く当たってきたぶんだけ甘やかしてやることも出来るはず。
そうしていつかが安心してすべてを預けきれるような男になれば、耳にするたびムカついていた大人ぶったからかいの言葉も、じきにこいつの口から出ることはなくなるだろう。
そう、これからは――いくら年下のガキだからって、甘く見させてなんてやらねーや。
そんなことを思いながら、うっすらと上気した女の顔をゆっくり引き寄せ唇を重ねる。
ちゅ、ちゅ、とじゃれ合うような口づけを交わして軽く啄んでから顔を離せば、は沖田が思わず見蕩れてしまうようなかわいらしい笑みを浮かべていた。
ほんとに困った人ですね、と甘さが滲んだからかい口調で咎めると、年上の恋人の綺麗な指が沖田の頬を優しく撫でた。
「スパイシーバニラビーンズ」
title: alkalism http://girl.fem.jp/ism/
text *riliri Caramelization 2015/02/23/
「沖田総悟 18歳ドS隊長と年上つんでれヒロイン 総悟に嫉妬される お酒かお薬使用」
藤原ゆかなさま、ありがとうございました !!