――目の前に倒れ伏した白い背中の半ばほどに、細い何かに引っ掻かれたような線が残っている。
が乱れた呼吸を繰り返すたびに薄く浮き上がる背骨に沿って、縦に流れる赤い擦り傷。たぶん、木の幹に押しつけたときのものだ。
前にもこれと似たような傷をこの背中に付けたことがある。
あれも場所が悪かった。たしか、新人隊士たちに稽古をつけた直後の道場だった。
他の隊に所属する同期の男と妙に楽しげに話していたのが気に食わなくて、竹刀や防具が積み上げられた用具置場に押し込めた。
ささくれ立った古い床板で背中を直に擦られてしまい、は痛い思いをしたらしい。次の日、人目の無い場で話しかけてきた彼女は珍しく表情が硬かった。
(あんなところで、やめてください。お風呂に入ったら傷口にお湯が染みたし、腰もすごく痛かったんですよ。)
口調にはいつものふざけたかんじが混ざっていたが、腹の中では案外本気で怒っていたのかもしれない。
俺が何か言い返したら、途端にぷいとそっぽを向いて離れていった姿を覚えている。
さっき飲ませた媚薬が切れてこいつが正気に戻ったら、また同じような文句を言われるだろうか。
滅多に見せない素の表情を、俺にも見せてくれるだろうか――
露わにされた女の背中を熱っぽい目つきで見下ろしながら、沖田はそんなことを考える。
じきにその考えのおかしさに気付き、思考のどこかが焼き切れている自分自身に苦笑をこぼした。
まさか。そんなはずねえや。俺もどうかしちまってる。
これを最後に、は二度と俺に寄りつかなくなるだろう。当然だ。
騙し討ちで薬を飲まされこんなところで辱められて、それでも自分を弄んだ男を許す女なんているもんか。
はこれからどうするだろう。
近藤さんたちに俺の兇行を訴えるだろうか。他の隊へ移りたい、と移動願いを出すかもしれない。
・・・いや、それどころの話じゃねえか。明日屯所を出て行くと言い出したって、ちっとも不思議はねぇくらいだ――
「んっ、んふ、っ、〜〜ぅ、んん・・・っ」
沖田が舌を這わせてやるだけで快感に震える背中に残る、うっすらと血を滲ませた赤い傷。
舌先を押しつけ舐めてみれば、錆びついた匂いが口中に広がる。何の味もしないはずのそれが妙に甘ったるいような気がして、しばらくそこを夢中で舐めた。
ざらついた舌の感触が傷口に染みて痛むのか、尖らせた先を押しつけるたびにが呻いて背筋を捩る。
後ろ手にきつく拘束された細い腕が揺れ動く。その二の腕のやわらかいところに齧りつくような口づけを落とすと、沖田は軽く頭を振りながら顔を上げた。
陽射しを浴びれば光り輝く金茶の髪は、目先にやたらと垂れてくる。
視界の狭さに苛立って小さく舌打ちした彼は、汗に濡れた前髪を額から後ろへ掻き上げる。
表情の端々に幼さが残った甘く中性的な面差しは、その年頃に相応しい危うげな色香と滴る汗で濡れていた。
シャツを脱ぎ捨て露わになったのは、均整のとれた上半身。
男臭さを感じさせない見た目のせいで子供扱いされることが多い沖田だが、少なくともその鍛え上げられた身体つきは、少女めいた幼い顔立ちとはやや不釣り合いになりつつあった。
幼い頃から彼を見てきた近藤たちは、あまり意識していないだろう彼の姿。けれど、同じ年頃の少女たちにとっては胸が高鳴る意外性を秘めた姿だ。
そんな彼がじっと見下ろす女の身体は、腕と口元を拘束されて目の前の床に投げ出されていた。
たまにこちらを振り返り、瞼の縁にしずくを溜めた虚ろな眼差しを投げかけてくる。
あの目が何を言いたがっているのか、は何を求めているのか。
そんなことは、この数時間でとっくに判りきっている。
だから女の喉元を指先でそっとくすぐり、まるで子供でもあやすような優しげな声で言い聞かせた。
「どうした、。もう欲しくなっちまったか。たっぷり可愛がってやったばかりじゃねーか」
「ん・・・ふ、ぅん・・・っ、っ、っっ」
汗で湿ったやわらかな女の脇腹を、殊更にゆっくりと撫で下ろす。力が抜けて立てなくなった、白い内腿へ手を差し入れた。
蜜と精液でどろどろになった熱い谷間に、中指の先をつぷりと沈める。そこから敏感すぎる小さな芽の手前までを、わざと意地悪に往復させた。
んうっ、と喘いだの腰が、もっともっとと強請るように動きはじめる。
んっ、んっ、んっ、と布で塞がれた女の口から途切れ途切れに飛び出る嬌声。
我を忘れて啼く声の扇情的な響きに煽られ、一度は収まりかけたはずの腹の奥の疼きが暴れ出す。
感じやすくなったの身体は、どんな些細な愛撫にも素直な反応を示してくれる。
ちゅぷ、くちゅ。微かな音を立てながら浅く沈めてやるだけで、まっしろな背中が弓のようにしなる。
指でくちゅりと掻き混ぜて狭い蜜口を広げれば、ん、ん、んんっ、と甘く狂おしい声が上がり、せつなそうに眉を寄せた涙目がこちらを向いて懇願してくる。
いいザマだぜ、と沖田は薄い唇の端をふっと緩めて微笑んだ。
――もっと、もっと欲しがればいい。
理性も失くして際限なく欲しがるを満足させてやれる奴は、ここには俺一人しかいない。
今はこいつの何もかもが、すべてが俺の思うままだ。そう思えばひどく嬉しかった。震える背筋に唇を寄せ、ちゅ、ときつめに吸いついてみる。
それだけで跳ね上がったの腰を羽交い絞めして押さえつけながら、汗を滲ませほんのり塩辛く感じる肌を何度か甘噛みする。
肩口やうなじへも齧りつき、その間も熱い蜜を垂らす狭い入口を弄り回してじわじわと広げる。
浅く潜った沖田の指は、内側の蕩けた粘膜を遊ぶような手つきで気紛れに押していった。
そのたびには、ん、ん、んんっ、と身体を強張らせては啼いていたが、やがて腰をがくがくと揺らしながら達してしまう。
指先からつうっと滴るしずくが生温い。それは沖田の手のひらを流れ落ち、さらには腕や肘まで濡らしていく。
中に沈んだ彼の指先をひくひくと締めつけるそこから、半透明に濁った流れが止まることなく溢れ出てきた。
「っっぅ・・・んくぅっ、ん」
「すげぇや、止まらねぇ。なぁ、どんなかんじでェ、好きでもねぇ男の指でイキまくる気分は」
「んっっ、ぅくぅっ、ひ・・・うぅぅっっ」
冷えきった声で尋ねながらぬかるみに沈んだ爪先をぐちゅぐちゅと回せば、が背を反らし震え上がる。
暗闇でも肌の白さが目立つ背中に、細く折れそうな首筋に。
自我まで容易く支配する強烈な疼きに腰を揺らして悶える肢体に、飽きることなく幾度も吸いつく。
・・・馬鹿馬鹿しい。何を夢中になってんだ。いくら点けたってこんなもん、半日も経てば消えちまうのに。
ちゅ、と音を立て唇を離した瞬間にそんな虚しさを覚えたが、それでも彼女に自分の痕跡を刻みつけたくてたまらない。
はぁっ、と苛立ち混じりの吐息を吐き捨てた沖田は、薄赤い所有の証と僅かな痛みをの肌に散らし続けた。
唾液で濡らされていく熱い素肌に自分が刻み付けた以外の痕跡が残っていないかを確かめながら、二の腕や脇腹に、男の指先を呑み込んで震える腰に
――唇が届く範囲の至るところに吸いついて舐め上げ、生々しい噛み痕を残していく。
自分の指ひとつで、唇や歯だけで、こんなにが翻弄される。
俺をガキ扱いしてばかりのあのが、こいつの全てを俺の目の前で曝け出している。
羞恥も屈辱感も忘れたような、ぞっとするほど艶めかしい表情で触ってほしいとせがんでくる。
嘘ばかりついてきた俺の前だってのに、何ひとつ隠せずに、ただ快感に狂わされて身悶えている――。
そう思えばいつも生意気だった彼女をようやく服従させられた気がして、さらに腹の疼きは強まっていく。
けれど、さらなる刺激を待ちわびている入口に侵入させるのは爪先までだ。
浅く弄られるだけのもどかしさに焦れてびくびくと喘ぐ女の肢体を、沖田は熱を帯びた目でぼうっと見つめた。
薄汚れた帆布を敷いただけの、がらんと広い武器弾薬庫の床の上。
この寒々しい室内に場所を移してから、もう何時間経ったのか。
今は何時なのか。を貪るのはこれで何度目だったか。どれも思い出せそうにない。はっきりと覚えているのは、二度目までだ。
たった一回交わっただけで気を失いかけていたを、赤い落ち葉が敷き詰められた地面に組み敷き乱暴に嬲った。
その後で無人の武器弾薬庫に忍び入り、帆布を見つけて床に敷いた。
媚薬の効力が強すぎるのか、絶えず身体を震わせる女をそこに下ろすと
――そこから先はあまり記憶がない。時間の経過も忘れ果てるほど、の身体に溺れ続けた。
きつい締めつけに耐えられなくなるまで淫らな秘所を掻き乱し、身勝手に高まっては熱い女の中で一気に果てる。
女の身には耐えられないはずの一方的な凌辱。まるで獣の交わりだ。
ただそれだけを、腹の奥でどくどくと鳴り響く欲望が命じるままに、何かに憑りつかれたかのように繰り返した。
気がつけば弾薬類の詰まった木箱で囲まれた室内は炎のような夕陽に染め上げられ、たちまちに夜が訪れた。
銃火器を保管するという性質上、火の気を入れることが固く禁じられている庫内には、暖房の設備など当然無い。
建物の最も奥にあるこの一室も、屋外にいるよりは多少はまし、といった程度には冷えきっていた。
それでなくとも硝煙の匂いがどこからとなく漂い、女を抱くにはあまりに殺伐とした場所だ。
そこにうつ伏せに倒されたは、ぎこちなく腰を揺らしながら泣き濡れた声を上げている。
沖田の指に焦らされて、頭がおかしくなりそうなほど男が欲しくてたまらないらしい。
「・・・・・・ぉひ、ふぁ、ふぁあんっっ。ふ、ぅう・・・っ」
沖田が首から外したスカーフで封じられている唇が、弱々しい泣き声で彼を呼ぶ。
はぁ、はぁ、と彼女が喘ぐたびに布から漏れる白い呼気。布越しでもふっくらとしたその輪郭が浮かび上がってみえる唇が、せつなそうに震えている。
人が変わったような女の痴態をひとしきり楽しみ終えた沖田は、抱きしめれば折れそうな腰のくびれをわざとゆっくり持ち上げた。
「そう急かすんじゃねーや。お前、そんなに俺が欲しいのかよ」
嘲笑混じりに尋ねてやれば、こちらへ向けられた女の瞳が羞恥に揺れる。
それでもこくんと力無く頷く仕草を確かめ、沖田は胸の中を掻き乱すような甘い満足感に密かに浸った。
彼女が酷く焦れていることはもう充分に判っている。だからこそもっと焦らしたい。狂ったように俺を欲しがるが見たい。
・・・だけど、こっちの我慢ももう限界だ。
ほんの数分前に終わった一方的な行為のままに、あられもなく割り開かれた淫らな蜜口。
そこから覗く濡れそぼった深淵が物欲しげに疼くさまを見つめ、陶酔しきった表情の沖田は膝立ちになって狙いを定める。
冷えた倉庫内でも汗を滲ませるほどに火照りきったをぐいと引き寄せ、滾った先を乱暴な勢いで押し込んでやった。
「――っんんっ!んんんんんっ」
ぐちゅ、ぐぷ。
どろり、と中から淫らな滴りが押し出される。眩暈がしそうなほど中が熱い。濁った水音が黒々とした闇に広がっていく。
一気に中程まで捻じ込めば、白布で覆われた女の唇から言葉にならない声が漏れる。
蕩けきった熱い内側は沖田を欲しがり、聞いているだけでぞくぞくするようないやらしい水音を奏でながら難なく彼を飲み込んでいく。
最後に奥を一突きすれば、は涙を流して震え上がる。きゅうぅっ、と彼を締めつけてきた。
「っ、〜〜ひ、んぅんんっっ」
「あーあぁ、また勝手にイっちまいやがって。いーのかよ、次にイッたらまたすぐに出しちまうぜ」
「んふ、ぅう、っん」
「何でェ、そんなに嫌か。急に腰が引けてきたじゃねえか。だよなぁ、死ぬほど嫌に決まってらぁ。
俺みてえなろくでなしに孕まされるなんて笑えねぇや」
細めな肩を小さく揺らして笑いながら、沖田は緩やかに続けていた抜き挿しを一瞬だけ止めた。
指が食い込み痕がつくほどきつく鷲掴みしたの腰から、ふっと力が抜けていく。
その瞬間を見逃すことなく、速度を上げてずんっと貫く。汗を光らせるしなやかな背中が強すぎる快感にぶるりと震えて、
「〜〜んん――・・・っっ!」
照明も点いていない高い天井へ、の悲鳴が突き抜ける。
沖田はぐちゅぐちゅと高い音を上げ、乱れる彼女を追い上げた。
奥から押し出された蜜がぽたぽたと帆布に零れ、の内腿や沖田の脚にも生温い雫が絶えず滴る。
沖田は疲れが色濃く滲んだ艶めかしい溜め息を吐き出すと、ぐい、とやわらかな腰を引き寄せた。
脚をさらに開かせて今にもバランスを崩しそうな体勢に変えてやれば、沖田を呑み込み蜜を垂らすそこの僅かな蠢きまでもが露わになる。
「・・・ぅう、ふ、ぐ、ぅうん・・・っ」
「はは、丸見えじゃねーか。いい格好だぜ」
「〜〜・・・っっ」
「どうした、奥までヒクつかせやがって。見られるとそんなに感じちまうのかィ」
耳元で呆れたようにささやいた声は、残り少ない彼女の理性や羞恥心に火を点けたらしい。
は恨めしげに目元を顰め、潤みきった瞳で沖田を睨みつけてきた。赤く染まった目尻から涙が零れ、口許を覆う白いスカーフにも染み込んでいく。
けれどそんな彼女の身体は、心とは裏腹に貪欲に悦を求めたがっていた。
沖田が与える激しい快楽の虜になったは、無理やりに高く上げられた腰を頼りなげに震わせながらも、男の律動に合わせるようにして身体を前後に揺らしている。
「んく、ぁふぅっ、っ、んっ、んうぅん、んんんっ」
「ほら、また溢れてきたぜ。あいつに限らず男なら誰でもいいってわけだ。やっぱお前、どうしようもねぇ淫乱だなぁ」
細めた瞳に蔑みを浮かべ、意地の悪い口調でささやく。
頬をかぁっと染めたはかぶりを振って否定したがっていたが、耳に注がれた屈辱的な言葉やわざと辱めるような体位のせいでさらに羞恥心を煽られたようだ。
死にたくなるような恥ずかしさに苛まれ、女の身体が熱を上げていく。
深みを目指して潜り込んでくる沖田の動きに抗えず、嗚咽を漏らして啜り泣きながらも腰をくねらせ身悶える。
薬の効果も相まって多量の蜜を漏らすようになり、ごくりと唾を呑みたくなるような甘い女の匂いが沖田の鼻先まで漂い始めた。
「っん、んふぅ、んん・・・!」
「なぁ、昨日はどうだった。あいつの前でもこーやって突き出して、ここにぶち込んで滅茶苦茶にしてくれって強請ったか」
「・・・っっ。ぅう、っ」
帆布に頬を擦りつける格好で上半身を倒れ込ませているが、必死な素振りで頭を振った。
ぐったりと突っ伏した細い身体には、ろくに力は入らないはずだ。それでもどうにかして沖田の言葉を否定したいらしい。
暗闇の中でもぼうっと光って浮かび上がるまっしろな背中に、はらはらと艶やかな髪が散る。
じきには緩慢な動きで彼を見上げ、違う、と涙で蕩けかかった目でも訴えてきた。
沖田は彼女の顎を掴むと、ぐい、と頭を上げさせた。頭の後ろで縛りつけた布の結び目を、するりと解く。
唾液や汗でじっとり湿った薄布は、背後にひらりと投げ遣った。隊服で縛り上げたままの両腕は、後ろへきつめに引いてやる。
天井を仰ぐほどに反らされた無理な姿勢に変えてやれば、奥を占めた沖田の先端がこれまでとは違う部分に当たる。
あぁっ、と甲高い叫び声が上がるところを幾度か突きながら確かめると、ぐいぐいとそこばかり狙って捻じ込んでいった。
「〜〜っっひ、ぅ、ゃあん、だめぇっ」
「どこかだめなんでェ。イイんだろ。俺がここに当てるたびに締めつけて感じてんじゃねーか」
「だめ、だめぇ・・・っこ、こんな、の、あぁっ、おかしく、なっちゃ・・・っぁあああ!」
身体を駆け巡る強烈な痺れに、震える女の唇が冷気を裂くような悲鳴を上げる。
ぁ、あ、いや、だめ、と泣きながら腰を揺らめかせる女を、すっかり目つきが据わった沖田は酷薄な表情で笑い飛ばした。
「あの男にもそーやって腰振って媚びてみせたんだろ。どうなんでェ、正直に吐けば終わらせてやるぜ」
「ちが・・・ちがいま・・・ぁ、やぁん、ちがう・・・ゎたし、彼とは、そんな・・・っ」
「・・・」
ああ、何から何まで気に食わねーや。こいつ、こんなにされても俺には何も吐きやがらねぇ。
あの縋るような目つきを見れば、沖田に許しを乞おうとしていることは判る。
ところがは泣いて許しを乞うくせに、頑なに違う違うと繰り返すのだ。
そんな矛盾した態度を通そうとする女のいつにない強情さが、沖田にとっては許せなかった。
まっしろな背中に波打つ女の髪を掴み、乱暴に引っ張る。はびくりと震え上がり、こわごわと背後を振り向いた。
怯えが滲んだ彼女らしくない涙目で見つめられると、なぜか嗜虐心が膨れ上がる。
苛立ちに眉間を寄せた沖田は、それでも得体のしれない微笑を保ったまま唇を開いた。
「どこが違うんでぇ。俺よりあの男のほうが先で、あいつの方が俺よりお前をよく知ってる。
そうだろ、お前のこたぁ何でも知ってるって態度だったじゃねえか。ひょっとして、こいつもあれに貢がせたもんか」
身を竦めて押し黙る女の耳を引っ張り、ピアスを爪先で弾いてみせる。
しかしは再び大きくかぶりを振ると、違う、と声にして否定を重ねた。
目つきを急に変えた沖田は、女の脇腹を握る手に力を籠める。止めていた律動を再開させ、さらに激しく無防備な最奥へ叩きつけた。
ぐちゅ、ぐちゅっ、と弱いところに狙いをつけて打ち込むと、押し出されたの腰ががくりと前へ崩れ落ちる。
張りのある白い太腿をぐいと強引に引き戻し、熱い蜜を湛えたそこに突き壊す勢いでぶつけてやる。
薄く濁ったしずくが沖田の目の前で高く飛び散り、ああぁっ、と震えた悲鳴を漏らしたがなす術もなく達する。
涙に濡れる紅潮した頬を帆布に擦りつけ、狂ったようにかぶりを振って、
「ち、がぁっ、あっ、っはぁ、ひ、ぃっ」
「違わねぇだろ。懐かしいって言ってたじゃねえか、あの野郎。
なぁ、そうなんだろ。昨日はどうだった。好きな男に可愛がられたんだ、俺の時とは比べ物にならねーほどよがってみせたんじゃねぇか」
「ゎ、わたし、んな、こと、してな、ぁ、っぁああっ」
悲鳴のような言い訳は、はっ、とせせら笑うだけで冷たく無視した。
を前後に揺り動かし、蕩けた柔肉を抉るように打ち込む。
限界を超えて痙攣を始めた女の中でびくびくと脈打つそこから、到底こらえきれそうにない強い快感がせり上がってくる。
痺れ上がるような気持ちよさで全身が満たされていく。
ぐちゅりとうねって絡みついてくる粘膜も、抜き挿しに合わせて揺れる胸も、抱きしめた腰も、衝き入れるたびにぶつかる太腿も――の身体はどこも熱くやわらかく、どこに触れても気持ちがいい。
けれどこの身体の良さをあの男も味わったのかと思えば、汗が滴る首のあたりをひんやりした何かに撫でられたようなかんじがした。
思わず腰の動きが止まる。倒錯した快楽にどっぷりと浸りきっていた身体に、もやもやとした不快な気分が這い上がってくる。
「・・・おい。答えろィ。あいつは――あの男は、・・・・・・」
震える腰を掴む手に力を籠めながら尋ねかけたものの、沖田は表情を曇らせ口を噤む。
あいつは――あの男は、どれだけお前を知っているのか。何度お前を抱いたのか。
どんな甘い声で啼かせてきたのか。いつからお前とそんな関係になったのか。
俺の知らない子供っぽい素顔を自然と引き出していたように、俺の知らない閨での姿もあの男なら知っているのか。それなら――
・・・・・・ああ、どれもこれもくだらねぇや。嫉妬に狂って何をぐちゃぐちゃと考えてんだ。
まさか、あの昔馴染みと張り合おうってのか。いくら張り合ったって無駄だってのに。
俺はあの野郎と違って、元々に嫌われてんだ。
いくらを抱いたって、この身体を好きなだけ俺の自由に出来たって、俺たちの関係はそれ以上にはならない。
そんなこたぁ、最初っから判っていたはずだ。だってぇのに俺は、いまさら何を――
黙りこくって思い返すうちに歯痒い結論に行き着いてしまい、急に現実に引き戻される。
身体を内側から冷やしてゆくような寒々しさが――言いようのない虚しさが、胸の隅に差し込んできた。
ぐっと唇を噛みしめた少年の輪郭の細い顎先から、大粒の汗が滴り落ちる。
その汗が女の背中でぴしゃっと弾け散るさまを、沖田は何か違うものでも目にしているような遠い目つきで見つめていた。
かと思えば目元が髪で隠れるほどに深々とうつむき、はっ、とつまらなさそうな笑い声をこぼす。どことなくぎこちない薄笑いに唇の端を吊り上げると、
「・・・よかったじゃねぇか、あの男が心変わりしてなくて。野郎のところへ行きてーなら、そうすりゃあいいさ。
けど、俺とこんな関係だってこたぁじきにバレちまうんじゃねーか。いくらお前が男を手玉に取るのが上手くても、どこまであいつを騙しきれるかねェ」
「ふぁ、っやぁ、おきたさ、おき、〜〜〜っ!」
質量を増し硬さも増した杭の先を、自棄になって奥へ奥へとぶつけていく。
そのたびに濡れた腰に太腿がぶつかり、ぱん、ぱんっ、と高い音が跳ねる。
そこへずぶ、じゅぶ、との中で泡立った粘液の音も合わさり、蕩けた内壁の最も敏感な部分に引っ掻けるような動きに変えれば、うわずった嬌声も重なってくる。
夜も更けてしんと静まり返っている倉庫内は、その雰囲気に似つかわしくない喘ぎ声と乱れた息遣い、いやらしい水音や衣擦れの音で満たされていった。
「っん〜〜っ、っ、っっぅうぅんっっ」
「ここも好きだろ。こうやって強めに擦ってやるといつもすぐイッちまうじゃねぇか」
「あ、あ、あっ、ああっ、いっ、っっ」
「イきてぇんだろ、イけよ。俺がイくまで、あの男の前でしてみせたみてぇにデケぇ声で啼きわめいてろ」
耳をくちゅくちゅと舐め回しながら吐息の熱を注ぐようにして囁いてやれば、脱がせた隊服を使って後ろ手に縛り上げた女の腕が強張った。
「ちが・・・ゎ。わたし、そんなこと、してな・・・っ」
頑なに繰り返す彼女の首筋に顔を擦りつけ、甘い香りを放つうなじや震える肩を舐め上げる。
それだけでせつなげな声を漏らすを間近から見つめれば、上がりきった呼吸と嬌声を繰り返す淫らな女の表情に頭が芯から痺れ上がる。
身勝手に動く男の律動をなす術もなく受け止めさせられている彼女の、痛々しいまでに泣き濡れた横顔。
彼の動きに合わせて帆布に擦りつけられている泣き顔を眺めていると、他でもない自分がを泣かせていることに胸が躍る。
けれどそれと同時に、これと似たような表情を目にしただろう男の姿が頭の片隅でちらつき始めた。
「・・・・・・答えろ、。あの男はお前の何なんでェ」
「っあ、あ、あっ、あっ、あぁっ」
「・・・まだだんまりかィ。もしかしてお前、俺からあいつを庇おうとでもしてんのか。
そんなにあの男がいいのかよ。なら、どーして俺に許したんでェ」
「っ、ゃあ、おきたさっ、激し、っ」
何もかも忘れたような表情で喘ぐに、沈んだ声音で漏らされた問いかけは届かなかったらしい。
彼女の乱れぶりを目にしていればそれも当然に思えたが、あの男との仲の良さを目の当たりにした沖田にとってはそんな態度が癪だった。
倉庫前で見てしまった二人の様子が頭のどこかに蘇り、腹の奥で渦巻いていた嫉妬心が燃え盛る。
心臓の鼓動はどくどくと高鳴る一方で、全身を塗り替えるような勢いで沸騰した血が巡っていく。
をもっと辱めてやりたい。身体も心も屈服させたい。
強くそう願う身勝手な欲求と残虐性を帯びた後ろ暗い興奮が、を貫く杭から背筋をぞくぞくと一瞬で昇り詰めていく。
頭の芯まで麻痺させる毒のようなその感情は、ただでさえ硬くなっている熱い先端に灼熱のような昂ぶりを生まれさせた。
「っぅ、ひ、んっっ。ぁっっ、あつい、ああぁっ」
「――っっぁ・・・・・・いい・・・・・・――っ」
「やぁん、あぁ、らめえっ、あっ、あっっ、ぁああああ!」
「、・・・っ!」
火照った声でうわごとのように何度も呼べば、はそのたびにがくがくと震えて背を反らす。
それだけであっけなく達する女を、背後からがむしゃらに抱きしめる。
自分でも頭がおかしくなったのかと思うほど腰を奮い、やわらかな膨らみを鷲掴み、熱く絡まりついてくる女の中を獣のように貪った。
どろどろにぬかるんだの熱さや心地良さを好きなように滅茶苦茶に荒らすほどに、意識を奪い取られていく。
何も考えられなくなる。早くイキたい、の中で。
そしてこの身体を奥まで俺で染め上げてやりたい。上がりきった息遣いを漏らしながら吐精感をこらえ始めた頃には、沖田の頭の中にはただそれだけしか残っていなかった。
――そう、を抱けばいつだって最後に残るのはこれだけだ。俺ぁ、ただが――。
その追及のすぐ先にある答えを、意地を張って遮断しようとする。これまで何度もそうしてきたように。
「・・・はっ、・・・・・・ったく、どうにかしてらぁ。何なんでェ・・・っ」
どうしても遮断しきれないその答えを振りきるようにして腰を揺らし、いまいましげに吐き捨てる。
薬に操られる女の身体が、じゅぶじゅぶと音が鳴る早い抜き挿しに溺れてしきりに細腰をくねらせている。
数時間もの間貪られ続けてきたは、とっくに体力と気力の限界を越えているだろう。
それでも内蔵まで押し上げるような鈍い衝撃を送り込んでやれば、背中がびくびくと跳ねて浮く。
中ではやわらかな内壁がきゅんとせつなそうに彼を締めつけ、熱い蜜を洪水のように溢れさせ、根元から絞り上げて離そうとしない。
心とは裏腹に沖田を求める肢体の淫蕩な蠢き。にとっては無意識であっても、それを何の隔たりもなく直に感じる少年にとってはどうしようもなく悩ましい。
もっと欲しい。もっと、もっとだ。腰の動きが止まらない。もうへとへとに疲れてるってのに。
――どうなってんだ。どう考えてもおかしいだろ。薬を飲んだよりも、俺のほうがイカれちまってるだなんて。
いくらこいつと交わっても、いくら吐き出しても熱が引かない。
の中を荒らしている杭は、何度限界を超えても硬く張りつめたままだ。
いくら吐精しても衰えを見せない自分自身に呆れながらも、沖田は奥まで責め立てた。
ずんっ、と腹に響く鈍い振動ごとが特に感じる場所へぶつけてやれば、ひときわ甲高い涙声がぶるりと震えた唇から放たれ、
「――っっゃあ、いっ、いっちゃうぅ、ぉ、おき、さぁああっ」
「っっ、く・・・・・・あぁ、俺も、出る――っ」
「〜〜っぃ、あぁっ・・・っっぁあああ〜〜〜・・・っ!!」
髪を振り乱して仰け反った女が、涙の粒を撒き散らしながら絶頂を迎える。
頭の芯まで痺れ上がらせる快感に、沖田は逆らわず身を任せた。
の中が濡れた内壁ごと絡みつくような痙攣を起こせば、沖田もを後ろからきつく羽交い絞めにする。
女の背中に顔を埋めて全身を強張らせた彼の熱が、くぐもった泣き声を漏らし続ける彼女の奥でどぷりと爆ぜた。
なかなか終わらない長い絶頂で、甘いめまいが渦を巻く。震える女の火照りきった中心を遡って、沖田が放った欲情はを腹の奥まで穢していく。好きでもない男にいやというほど辱められた証のような、熱い白濁。
彼女の蜜口から溢れ出すほどに注いだそれは全身を犯す毒のように廻り、やがての心まで支配していくだろう。
そう思えば自然とこみ上げてくる歓喜に、こらえきれない愉快さが湧き起こる。
明るい色の悪戯っぽい瞳をふっと嬉しげに細めた沖田は、の背中に覆い被さった胸や腹筋を小刻みに揺らす。
なめらかで触り心地のいい女の素肌に顔を埋め、おかしくてたまらなさそうに声を上げて笑った。
そうだ、これでいい。どれだけ神経が太い女も、こんな屈辱を味わわされればきっと深く傷つくだろう。
は俺を忘れられなくなる。あの男とよりを戻しても、他のどんな男に抱かれても、ずっと、ずっとだ。
それを思えば笑いが止まらないほど嬉しくなる。頭がおかしくなりそうなほど気持ちが良かった。
「・・・・・・っは・・・凄げぇな。たまんねぇや。全部おめーに絞り取られちまった」
「ぅ・・・ゃあ・・・だめって、いったのにぃ・・・・・・っ」
吐き出した欲と彼女の熱が混ざり合った白濁が、ぶるぶると震える太腿のやわらかな内側を伝い落ちていく。
沖田が少し身じろぎするだけで狭い中から押し出されるものを、筋張った少年の指は遊ぶようにして撫で取っていった。
は腹の奥まで沖田の欲で埋め尽くされたままだ。
ざらついた感触の帆布に突っ伏し、あられもなく足を開かされた格好で倒れている。自分でも呆れるほど彼女を求めた、その直後だ。
破裂しそうなほど膨れ上がっていた情動はどうにか収まりかけているが、それでも身体を離そうという気になれなかった。
放心しきった表情のは虚ろな視線を床に向け、びくびくと力無く打ち震えている。
「・・・ふーん。あと2、3回は躾けてやろうかと思ったが・・・もう無理かねェ。これ以上ヤったら死んじまいそうな面してらぁ」
だけどもう一度。もう一度だけ抱きたい。
とろとろと白濁を滴らせながら震えるやわらかな腰の丸みを、沖田は愛おしそうに撫で回す。
手ではをしきりに愛撫しながら、ふと視線を上げた。スチール製の無機質な窓枠の向こうには、星も見えない漆黒の帳が落ちている。
皮膚を刺すような凍てついた冷気が、無人の庫内に入り込んだ二人の身体を包んでいた。その割に、寒さはあまり感じない。
薬に操られているの燃え上がりそうなほど熱くなった身体と四肢を絡めて繋がっていれば、いっそ丁度いいくらいだ。
「・・・。こっち向け」
絶頂の瞬間に逸らしたままで固まっている女の喉元に、汗とも唾液ともつかない透明な雫が滴っている。
薄い皮膚が張りつめるほどに仰け反ったそこをきつく掴むと、彼女を背後の自分へと振り向かせた。
いやというほど啼かされ続けて、逆らう気力すら失くしたらしい。涙で蕩けたまなざしが、まるで夢でも見ているようにぼんやりと沖田の火照った双眸を捉える。
周囲の冷気を白く曇らせる吐息を漏らす唇を、食らいつくようにして塞ぐ。
何度か角度を変えて啄んだ後で斜めに顔をずらして入り込めば、途切れがちで苦しげなのにどこか甘く感じる女の呼吸が喉の奥まで滑り込んでくる。
俺がどんなことをしてもが逆らわずに受け止めるのは、それだけ疲れているからだ。そう判っていても、とくとくと心臓が高く弾んだ。
だが、そんな嬉しさもそう長くは続かなかった。彼女の口から漏れた言葉で、嘘のように吹き飛んでしまった――
「・・・・・・ひどい・・・」
そう口の奥でつぶやかれて、の口内をくすぐっていた舌の動きがふと止まる。
泣きすぎて掠れた声で絞り出されたその一言で、沖田の胸中はすうっと一息に冷えきっていった。
「どうして、こんな・・・どうしてここまで、するんですか・・・・・・・・・」
腫れて赤らんだ瞼の縁から、透明に光る涙のしずくがつうっと伝う。
どこを見ているのか判らなかった虚ろな瞳に、ゆっくりと生気が戻り始める。
長く続いた媚薬の効果は、今になって効き目を失い始めたらしい。は無言で彼を責めている。
苦痛と紙一重の強烈な快感に苛まれた後の火照りを残した表情が、息を飲むほど艶めかしくて綺麗だ。
拘束した腕の影から、つんと尖った胸の先が覗く。
しっとりと汗に濡れている、この前は触らせてもらえなかった小さな蕾。思わず膨らみに手を這わせた沖田は、指先でそこを捉えて摘む。
が「やめて」と嫌がっても、感度を増して色づいたそこを捏ねるようにして弄った。するとその手を避けるように身を捩られて、
「・・・・・・最低。沖田さんなんて・・・もぅ・・・・・・ひどいです、こんな・・・っ」
「言ったじゃねーか、そいつぁ俺にとっちゃ誉め言葉だぜ。けど、おめーだって人のこたぁ言えねーだろ。影じゃ俺を裏切ってたんだ」
「どうして。・・・おかしいですよ。どうしてこんな。わたしのことなんて嫌いなくせに」
そう言っては涙をこぼし、次第に肩を震わせ始めた。そんな彼女に驚いた沖田が目を見張る。
「なのに、何なんですか。嫌いなら放っておけばいいでしょう。それでも他の男に奪られるのは我慢できないなんて、ほんと、最低・・・っ」
「――・・・」
咄嗟に何か言おうとしたが、何も言葉が出てこない。隊長と副官という関係上、とは一緒に居る時間も長い。だが、こんなを見たのは初めてだった。
彼の腕の中で肌を薄桃色に染め上げて、切れ切れな声を漏らしているときとは違う泣き顔。
悲しそうで、苦しそうで、深い失望を露わにした見慣れない表情。
傷ついて打ちひしがれている人間のそれだ。少なくとも、溢れ続ける彼女の涙は嘘で流しているようには見えなかった。
床に這いつくばる格好のままにされているが、涙が溢れる赤い瞼をきつく閉じる。
汚れた帆布の上で背中を丸め、喉を震わせる嗚咽をこらえながら、
「・・・ずっと思ってたんでしょう、こんな女早くいなくなればいいって。わたしのことなんて見るのも嫌って顔するくせに。ムカつく女だと思ってるくせに。
こんな女が副官になったのが気に入らなくて、早く辞めさせようって、嫌がらせのつもりで抱いたくせに!」
じきに彼女は必死で力を籠めて肩や腰を何度も捩り、徐々に沖田から離れていく。
驚きに表情を強張らせたままの彼が腕を縛った隊服を解いてやれば、赤い緊縛の跡が残る腕で顔を覆って泣きじゃくり始める。
啜り泣く女の声が室内に響く。闇色に沈んだ広い倉庫の静寂を、さめざめとした嗚咽が途切れ途切れに破っていた。
憎まれ口を叩く気も失せてしまい、沖田は無言でうなだれる。
さっきまでは気にならなかった室内の冷気が、重く肩に圧し掛かってくる。何でもずけずけと物を言い、いつどこにいても口が減らない。そんな彼女と居る時に、こんな気まずい沈黙を味わったのは初めてだった。
・・・が離れたせいだ。
あんなに熱かった身体が、少しずつ、少しずつ、けれど確実に冷えていく。
やや呆然としながらも、沖田はに手を伸ばした。こいつ、こんな風に泣くのか。
自分を前にして子供のように泣くの姿が信じられず、困惑が頭の中を占めていく。いや、違う。
俺が知っているは、男共の中に混じっても気丈に振舞えるような女だ。
勿論たまには泣くことだってあるだろうが、余程のことがない限りは、こんな風に人前で我を忘れて泣くことはないだろう。
・・・その「余程のこと」を、俺はこいつにしちまった。俺はこいつを、傷つけたんだ。
「・・・もう、いいでしょう」
「・・・・・・。何の話でェ」
「ここまでわたしを遣り込めたんだもの、もう満足したんでしょう。だったらもう二度と触らないでください。
もう沖田さんなんて、顔も見たくないです。ゎ・・・わたしだって、・・・」
その後には何か口籠っていたが、涙で掠れた小さな声は沖田の耳には届かなかった。
彼女の肩に触れる寸前だった手の先を、沖田は戸惑いながらも引っ込める。
・・・ああ、そうだ、否定しねぇや。
俺はお前を遣り込めたかった。生意気で思い通りにならない女を傷つけてやりたかった。そうするつもりで薬を飲ませた。
が俺を忘れることがないように、消えない傷をこいつの中に刻み付けてやりたくて――
(俺を裏切るとどうなるか、こいつに心底思い知らせてやりたい。)
だから傷つけていいと思った。ただそれだけの、考え足らずなガキの傲慢さと独占欲で滅茶苦茶にした。
俺が何をしても、こいつは結局赦すだろう。そう心のどこかで決め込んで、男の俺よりうんと脆いはずのに気付かないうちに甘えていた――
泣きじゃくって震える肩に触れようとして屈めたままの背中から、焦りと後悔が押し寄せてくる。
何やってんだ。俺がこいつを宥めてやれるもんか。何をこいつに言ったって、具にもつかねぇ浅はかな言い訳にしかなりやしねえのに。
だけど――もしかしたら。こいつに一度触れてしまえば、は俺を許すかもしれない。これまでそうしてきたように。
そんなことを考えている自分を殴ってやりたいような気分で頭を熱くしながら、沖田はそれでも手を伸ばす。
ついさっき自分をぶちのめした過信に、まだ縋りつこうとしている。頭ではそう判っていても、そんな自分を止められなかった。
「――」
「・・・っ、もぅ、いや、さわらないで・・・!」
呼びかけて引き寄せようとしたら、途端にぱちんと手を払われた。
あぁ、と沖田は力の抜けた声でぽつりとつぶやく。過信はやっぱり過信だった。
ほっそりした女の手に籠められた、いつにない力の強さ。
それが手の甲を熱くしてじんじんと疼かせる痛みに代わって、呆然とを見つめる彼に目の背けようもない現実を教えていた。
拒まれた。完全に拒絶されたのだ。何をしてもどうにか赦してもらえていたこれまでと違って、完全に。
――そう感じた瞬間、胸の片隅を虚しくさせていた寒々しさが全身に迫ってくる。
どうしてあんなに飢えていたのか、どうしてあんなにを求めたのか。
全身を吹き荒れ掻き乱していくその感覚に耐えてきつく唇を引き結びながら、ようやく沖田は理解した。
どうしていくら抱いても足りなかったのか。どうして胸の中が空っぽで、震えが起こるほど寒いのか。
もうに触れられないから。淋しいからだ。失くしたくないからだ。もうじきこの時間が終わるからだ。そんなこたぁ勿論判ってたはずなのに、どうして、俺は――
「・・・・・・あぁ、そうだぜ。そこまで判ってんなら話は早ぇーや。もちろん嫌いに決まってんだろ、おめーみてーなクソ生意気な女」
ぐっと唇を噛みしめていた沖田は、視界に垂れる邪魔な前髪をぐしゃぐしゃと掻き乱しながらつぶやく。
不貞腐れた気分を露わにした、彼にしては珍しい表情で細い眉をきつく顰める。
の腕から解いてやった隊服を、荒い仕草で引っ掴む。それを目の前に伏せる女の肢体に、ばっ、と翻して被せてやる。
やがてがこちらを振り向き睨みつけてくると、張り合うようにして表情を険しくして口を開いた。
「その通りでェ、俺ぁてめーのどこもかしこも気に食わねーや。
生意気だし可愛げはねぇしいつも口煩く指図しやがるし、ちっとも思いどおりになりやがらねぇ。
人を小馬鹿にしたみてーに笑ってるあの面もムカつく。・・・・・・だってぇのに、何だってぇんだ」
言いかけた声が無様に震える。みっともねぇや。ガキ臭せぇ。
それでも沖田は自分から仕掛けたこの喧嘩を撤回する気になれなかった。
絶対に嫌だ。ガキの我儘だと笑われても、身勝手だと罵られても、こいつを誰にもやりたくない。
こいつが居なくなったら、俺ん中はずっと空っぽだ。ずっとこんな虚しい気分のまま。だってそうだろ。
お前がいないともう何もかも足りねぇんだ。腹の立つ女のはずなのに、いつも触れたくてたまらなかった。
抱いたその後に、またすぐ抱きたくてたまらなくなった。
お前が笑うと苛立つくせに、俺をからかう愉しそうな表情を見ているといつもつられて笑いそうになった。
――ああ、そうだ。認めてやらぁ。本音じゃちっとも嫌ってなんかいねぇんだ。
どんなにムカついても、やたらと構ってくるこいつに疎ましがるようなふりしか出来なくても、俺は、が――
「・・・・・・。俺ぁお前が欲しい。お前が俺のことを嫌おうが、他の男に惚れてようがどうだっていいや」
何をどうしてそうなったのか、自分でもよくわからない。
それでもいつの間にかまっしろな女の肩を奪うようにして引き寄せ、の身体を腕の中に収めていた。
されるままに抱きしめられた熱い肢体が、え、とつぶやいて身じろぎする。
放心しきって丸くなった瞳が、信じられないものでも見るような目つきで沖田を見上げて。
「・・・・・・・・・・・・ぉ・・・沖田、さん」
「何でェ」
「沖田さん、わたしのこと、すき・・・・・・なんですか・・・?」
「・・・。今頃気付いてんじゃねーや」
被せてやった隊服の上からいつになく大事そうに抱きしめれば、驚きすぎて強張っていた女の唇が切羽詰まった吐息を漏らす。
分厚く硬い隊服越しでも、彼女の緊張や動揺がこんなにも伝わってくる。
きっと俺の胸ん中の、ばくばくと暴れまくってる鼓動の高さだってしっかりこいつに伝わるだろう。
・・・何なんでェ、こりゃあ。女を苛めて楽しむつもりがこっちが縋りついてたんじゃざまぁねぇや。
ああ、最悪だ。格好悪りぃ。口の悪いこいつのことだ、やっぱり女の扱いを知らないガキだと後になってから俺を馬鹿にするかもしれねぇのに。
むっとした顔で深くうつむき黙りこくっていた沖田は、じきにちらりと視線だけを上げた。
視界にちらついて邪魔をする前髪越しに見える女は、何も言わない。たた呆然として、力が抜けきったような唇をぱくぱくとさせながら見上げてくる。
そんな彼女の前でどんな表情をしていいか判らず、乱れてぐちゃぐちゃに絡まったの髪をきまりの悪い思いをしながら撫で下ろす。
絡まってもなめらかな感触のする中に指を差し込み梳いてやりながら、目元をうっすらと赤く染めた沖田も慣れない緊張に息を詰めた。
――何かと年上面してくる生意気な女を、泣かせてやりたい。
最初は確かにそれだけだった。
なのに、どうしてこんなことになっちまったのか。
あんなに嫌ってたはずのお前を、俺は誰にもやりたくない。
お前が好いてるあの男にだってやりたくない。どうしても自分のものにしたい。だからもう二度と傷つけたりしねぇし、たとえお前に嫌がられたって諦めねぇ。
今は相手にもされないガキでも、いつか、いつか。お前が惚れるのに相応しい男になって、必ず俺に振り向かせてやる――
「スパイシーバニラビーンズ #4」
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text *riliri Caramelization 2015/01/12/ next →