――それからも、銀ちゃんのせいであたしの調子は狂いっぱなしだった。
間違ってたガーターの着け方をセクハラ込みで指導されてからというもの、身体はずーっと微熱を発したまま。
手足の先まで気だるいし、触られたところやキスされたところは変なかんじにうずうずしてる。
熱で頭がぼーっとしてるせいか、気分もなんだか落ち着かない。お昼前に食べた朝昼兼用のごはんの味なんて、おかげでちっともわからなかった。
それに――何をしていても銀ちゃんの視線が気になっちゃう。
怪我した右脚をソファの背もたれに乗せたまんまでお行儀悪くごろごろごろ、絵に描いたよーなダメ大人っぷりを堂々と体現してる銀ちゃんは、すっかり退屈を持て余してるみたい。
あたしが傍に寄るたびに顔に伏せたジャンプをずらして、ムカつくくらいにだらしない顔を上半分だけ覗かせて、にやにや、にまにま。
ごはん食べてるときも、居間をお掃除したときも、依頼の電話が来て銀ちゃんの代理で出たときもそうだった。
視線を感じるのは主に胸と脚。特にスカートとストッキングの間、ガーターベルトが肌にぴったり貼りついてる太腿のあたりがお気に入りみたい。
だけど、江戸で女の子のおしゃれの常識と化してるミニ丈着物すらめったに着ないあたしにとって、そこはかなりの弱点で。
見たかんじはそこそこ普通な体型をキープしてるつもりだけど、普段見せない二の腕や太腿はさすがに緊張感がないっていうか、お肉がぷよぷよで恥ずかしい。
でも銀ちゃんはこのぷよぷよがなぜか好きらしくて、ちらっと見えただけでもガン見してくるし触りたがるし触ったら最後かならずえっちまで持ち込もうとするから余計に隠したくなっ(ごにょごにょごにょ)・・・・・・・・、
――と、とにかくこれも銀ちゃんのせいだよ。見られる側の気持ちなんておかまいなしでやらしい視線を浴びせてくるからいけないんだよ。
そのたびにこっちはどきっとさせられたり、顔を赤くしてスカート押さえてもじもじしたりの繰り返しで、何をしてても気が気じゃないんだもん。
・・・・・・ほんと、勘弁してほしいんだけど。
銀ちゃんてこーいうところが女の子の気持ちを酌んでくれないっていうか空気読まないっていうかデリカシー無いっていうか煩悩まみれっていうか本能に忠実すぎで手に負えないっていうか・・・!
あたしはただでさえこの超ミニスカートからぱんつ見えてるんじゃないかってはらはらしてるのに!
そんな落ち着かないそわそわ状態が3、4時間も続いたら、さすがに我慢の限界がやってきた。
だから意を決して居間に戻って、見られたくない理由を説明してみたのに。
「こっち見るな」ってかなり本気で、眉を吊り上げてぷりぷりくどくど怒ってみたのに、
――なのに、・・・・・・ねえ銀ちゃん。どーいうこと。
なんなの、その目も当てられない緩みきった顔。少なくとも誰かに怒られた直後にするよーな顔じゃないよ。
怒られて反省してくれるどころか「こーやって怒られることすら楽しい」なんて思ってそうなほくほく顔してるんだもん・・・!
「いやいや見るだろぉ、男なら誰だって見ちまうだろぉ?見ねーと損ってもんだろぉ、家ん中にえっろい服着た俺専用メイドが居るんだからよー」
なんてことをへらへらとのうのうとほざきながら、さっき小さなボウルに入れて渡したさやえんどうの薄い房をひとつ摘む。
ぷち、ってへたのところを素早く折ると、そのまま筋をつつーっと引っ張って取る。またボウルから緑色の房を摘まんで――
銀ちゃんのお料理の手際はいつも早くて要領がいいから、こんな少量の下ごしらえじゃ暇潰しにもならないみたい。
手伝って、って渡したばかりのさやえんどうは、もう最後のひとつしか残ってなかった。
「――ほい、出来たぁ。な、まだやることあんの」
「あるけど。にんじんとお芋の面取り。・・・え、銀ちゃんやってくれるの」
「やるやるー。こんなもんちゃっちゃと終わらせてやっからよー、早く昼寝しよーぜー昼寝ー」
「し、しないってば。そんな約束してないしっっ」
や、やけに熱心に手伝ってくれると思ったら・・・・・・・・・・・・そーいう不純な動機のせいだったんだ。
銀ちゃんの隣で洗濯物を畳みながら、心の中でごにょごにょつぶやく。
・・・うわぁ・・・、どうしよう。顔が熱くなってきた。赤らめた頬を隠したくて、取り込んだばかりの洗濯物を畳むのに没頭するふりで真下を向く。
だけど内心ではそわそわどきどきしてるから、手先は思ったように動かなかった。
人の弱みを握るのが得意っていうか、そーいういじわるな方向にはやたらと目ざとい銀ちゃんは、ぎこちない手つきの理由をしっかり見抜いたみたいだ。
こんな時に限って黙っちゃって、横からにやにや見物してくる。
うう、やだもう。何これ。無遠慮な視線に晒されてる右側のほっぺたが、尋常じゃない熱さになってきたよ。
すっかり居心地が悪くなっちゃって、あたしは神楽ちゃんのチャイナ服をあわてて畳みながら話を戻した。
「――だ、だからね銀ちゃん、さっきの話の続きだけど。銀ちゃんはじろじろ見すぎなの。
見られるこっちは視線が痛いの見ないでほしいの、ていうか見るな」
「えぇ〜、それ言う?へぇぇ〜〜言っちまうの。そんなら俺も言うけどよー、お前だって人のこたぁ言えねーんじゃねーのぉ」
「・・・はぁ?何それ」
「だって見てただろぉ。
さっき身体拭いてもらった時によー、銀さんが脱いだ瞬間からとろーんとした目で見てたじゃん、胸とか腹とか背中とかぁ」
「〜〜〜っ!」
耳元に口を寄せてきた銀ちゃんが、声をひそめてぼそぼそ、ごにょごにょ。
おかげで心臓が跳ね上がるくらいどきっとして、ほぼ畳み終わってたチャイナ服をぎゅぎゅーーーっと、まるで雑巾でも絞るみたいに思いっきり握り潰してしまった。
人の弱みをがっちり握って得意がってる顔がわざとらしく眉をひそめて、首を傾げながら寄ってくる。
赤面してうろたえるあたしをにやにやにまにま眺めながら皺だらけになったチャイナ服の袖をくいくい引いて、
「おいおいィっちゃぁああんどーしたよぉぉぉ、え、なにお前、熱でもあんの。顔真っ赤なんですけどー」
「く、来るなこっち来るなエロ天パっっ」
「いやいやエロいのは俺じゃねーだろだろぉ、男の裸見てエロいこと考えてえっろいかんじに赤くなってんだろおぉぉ」
「えろえろ連呼するなあぁぁ!って、ゃややだばかっっ来ないでってばっ」
かわいいお花の刺繍が入ったコーラルピンクの袖でべしばし叩いてあげたのに、銀ちゃんてばものともしない。
必死で殴って目潰ししても「いででで、やめろって痛てーって」なんてちっとも痛くなさそーなにやけ顔で四つん這いになって寄ってくる。
たじたじになったあたしが後ろへ下がろうとしたら、ソファに腰掛けてるお尻の左右に腕を突いて動きを塞がれて。
上から覆い被さるみたいにして迫られて、いきなりキスされそーになった。あわてて背中を仰け反らせて避けたら、ころん、と後ろに倒れちゃって、
そのはずみでピンクのミニスカートがひらんと高く舞い上がった。よりにもよって銀ちゃんの目の前で・・・!
「〜〜っひ、っぎゃあああ!」
自分でも色気ないなぁって思っちゃうよーな悲鳴が飛び出て、捲れ上がった裾のフリルをあたふた押さえる。そのまま後ろへ、ずるずる下がる。
すると、とん、って背中に何かがぶつかった。ぎりぎりまで下がったそこは、背もたれと手摺りに囲まれたソファのすみっこで。
のそっ、のそっ、とソファを揺らしながら迫ってきた銀ちゃんが、鼻先がくっつきそうなくらいに顔を寄せてきて――
「つーか話戻すけどぉ、・・・見てただろぉ?見てたよなぁ、ぽーっと頬染めて見てたよなあ、俺の裸ぁ」
「〜〜〜っ!」
息を詰めて身構えるあたしの態度が面白いのか、今にも蕩けそうなくらいユルユルになってる目尻がさらに下がる。
ユルユルなくせに裏では何か企んでそうな、なんだか意地の悪そーな顔がふっと笑う。
ああ失敗した。話を切り出したタイミングがまずかった。もっと離れてる時に言えばよかった・・・!
あわあわしてるあたしをソファのすみっこへ追いやる作戦に成功して、銀ちゃんは見るからにご満悦だ。
どどど、どうしよう。いかにも「お前が思ってそーなことなんて銀さんぜんぶ見透かしてますぅー」ってかんじのあの腹立つ笑顔、嫌な予感しかしないんだけど・・・!!
「なぁアレってよー、何考えて見てたわけメイドさああぁん」
「ち、違っ、違うし!いー年こいたおっさんの裸とか別に見たくないしっっ」
「んだよ遠慮すんなって。言ってくれりゃーいくらでも、股間でもどこでもすきなだけ見せてやんのによー」
「〜〜〜さささ最っっ低っ、銀ちゃん最低っっ」
「あーはいはい、最低ですけど何かー。目の前でメイドのぱんちら見せつけられてえっろいことで頭一杯なときの男なんて全員もれなく最低ですけど何かー」
「見せつけてないぃ!ぁあああれは銀ちゃんが、・・・――えっ、な、ちょっ・・・!?」
すいっと脇を潜りぬけて、銀ちゃんの腕が背中に回ってくる。
ソファの肘掛けに倒れかかってたあたしを支えると、なぜか首に巻いた黒いリボンのチョーカーを指先で摘む。え、何。何する気、銀ちゃん。
きょとんと見上げてる間にも、銀ちゃんはもぞもぞこっちに身体を寄せてきて、
「はいはい、動かねーの。すぐ終わっから」
「〜〜っな、なにっ」
「いやぁこれがよー、さっきから気になってたんだわ。取れかかってぶらぶらしてっからよー」
「ゃ、いいってば、自分でやるからっ」
「いーっていーって。直してやっからじっとしてろって」
首の後ろで蝶々結びしたはずの細い布を軽く引かれたら、チョーカーは滑らかにするん、って解けた。
首から離れかけたそれを、後ろに回した銀ちゃんの両腕がもう一度巻きつけてくる。
怪我してるとは思えない動きであっという間に膝を進めてきて、あたしの太腿の間に身体を割り込ませて――
「・・・・・・っ」
「んぁ、どーしたよ。ほっぺた膨らませちまって」
「だ、だってぇ。〜〜〜っ」
直してもらうのが嫌とは言わないよ。言わないけど。
・・・・・・・・・・・・で。でも、あの、これって、 ・・・・・・これって・・・・・・、
「・・・・・・こ・・・こんな、くっつくこと、な・・・っ」
「くっつかねーと結びづれーじゃん」
「〜〜〜で。でも・・・っ」
これって――あの時みたい。お布団の中で抱きしめられて、泣きながら揺さぶられてるときと変わらないくらい密着してる。
ミニスカートはショーツが見えそうなくらい捲れ上がって、そこから飛び出た脚は左右に大きく開かざるをえなくって、
銀ちゃんの腰をはしたなく挟むような格好に。
首の後ろではすいすいと器用に動く指の先がうなじをやたらに掠めるし、吐息や声が耳元に触れてくるから、唇を噛みしめてないと悲鳴を上げそうになるくらいくすぐったい。
逃げたくっても上半身は筋肉質な腕で抱き止められてて、下半身はあたしとは比べ物にならない硬さの太腿に乗り上げちゃってる。
ちっとも身動きがとれない。なのに、抱きしめられて熱くなった腰が銀ちゃんを感じて、もじもじと勝手に動くから――
「〜〜〜ぅうううぅぅ。もぅ、やだぁっ・・・」
「ー、あんま動くなって。太腿とか尻とかやらかくてきもちいーから、やべーから」
「〜〜っ!」
「やっぱいーよなぁミニスカ、い〜〜よなあぁ生足ぃ。お前普段は長げー着物ばっかで、めったに脚見せてくんねーもんなあぁ。
あぁ特にこのへんな、太腿のここ。いわゆる絶対領域ってやつな」
「ゃ、ゃややちょっやめっっ、ドサマギで撫でるなあぁっっ」
「ぇえ〜〜、っだよケチぃ。いーじゃんちょっとくれーよー」
内腿に伸びてきた手をひっぱたいても、懲りない銀ちゃんはうなじや肩へ触れてくる。
宥めるみたいにそうっと優しく撫でられたら、気持ちよくって頭の芯までぽうっとしてきた。
でも、ちょっと撫でられただけで誤魔化されちゃう自分がなんだか恥ずかしい。
むっとしたふりで顔を逸らして黙っていたら、メイド服の薄い布地に覆われた背中を手のひらの感触が滑り下りていく。
ウエスト部分で結んだエプロンドレスのリボンを、する、って解かれた。
・・・・・・って、ちょっと。待って銀ちゃん。どーしてそんなとこ解いてるの・・・?
「・・・ちょっ、何。何してるの銀ちゃん」
「何って、結び直すんだけど。えっちなメイドさんがご主人さまの上でやらしーかんじで腰振りまくってあはんうふんしてっから、ここが緩んじまってるんだけど」
「してないぃ!そんなこと断じてしてないいいぃぃ!!」
「あーダメダメ動くなって、結べねーだろぉ」
「や、ぃ、いいっ、もういいってば、自分でできるしっ」
「いやいや暴れんなってじっとしてろって」
「そんなの無理いぃ!〜〜〜やゃややだっ、離してえぇっっ」
無理。そんなの無理だよ。
こんなに近いんだもん、どうしても気になっちゃう。身体が勝手に反応しちゃう。
あたしの肩に顎を乗せてる銀ちゃんの呼吸にも、ぴたって重なった胸から伝わってくる鼓動にも。背中を支えてるがっしりした腕の感触にも、
服越しにざわざわ伝わってくる大きな手の動きや、ほんのわずかな指や手のひらの動きにだって、身体中がざわざわしちゃってじっとしてなんていられない。
そんな自分がたまらなく恥ずかしくって、じわぁっと目の奥が熱くなってきて――
「〜〜っばかばかっっ、銀ちゃんのばかっ。離してってば!」
「ははっ、ったくよー。・・・どーも反抗的だよなぁうちのメイドはぁ」
呆れ気味に、だけどおかしそうに銀ちゃんが言う。少しだけ身体を離して、口端を吊り上げて薄く笑う。
その表情を口を尖らせながら見上げた瞬間、どきん、とあたしの心臓は高く弾んだ。ごくり、と息を呑んで銀ちゃんを見つめる。
――心臓がとくとく弾み続けてる。視線だけで射竦められたみたいな気分だよ。
・・・・・・あたしの気のせい、だったのかな。
今、ほんのちょっと――ほんのちょっとだけ、瞳を細めてこっちを見つめる目の色に、今までとは違った危ない気配が潜んでるような気がしたんだけど。
「・・・ま、しゃーねーか。ご主人さまとしては早えーとこ昼寝に持ち込みてーけどー、しゃーねーから予定変更な。ちょっとお仕置きタイムな」
「・・・え、何そ、れ・・・――っ!」
腰のくびれからお尻をするりと撫で下ろした腕が、素早い動きで抱きしめてくる。
逃げようとしても逃げられなくって、それでも足を振り上げる。
頭の上まで素早く上げたその足のふくらはぎを、銀ちゃんは一度も目をくれることなくぱしっと掴む。
視線は口をぱくぱくさせてうろたえまくってるあたしの顔に固定したままで、軽々と片腕で下へ戻して――
・・・・・ややややや、やだ。こわい。な。ななな。何、お仕置きって・・・!
「〜〜ゃややややだっ、銀ちゃんこわいっ、離してっっ」
「だーめー。だめですー離しませんー。言ってもきかねー悪い子には身体で覚えさせてやんねーと」
「ん・・・・・っ!」
――かりっ、ていきなり齧りつかれた。
逃げようとしてうんと逸らした首筋の、薄い素肌に歯を立てられる。
かすかな痛みを与えてくる歯の硬さと唇の熱さにぞくっとして、もどかしい思いをさせられっ放しだったお腹の奥がせつなく疼いて、
「・・・んぅ・・・・・・っ、ぁ、やん・・・っ」
「だーめー、今頃んなって泣きそーな声出してもだめですー。お前よー、もう忘れちまったの。
ご主人さまの言いつけには従順に従うもんだって、昨日もあれだけ教え込んでやったのによー」
「っ、んっ、も、やめ・・・っ」
二度目はすこし強めに齧られて、びくって背筋が跳ね上がる。
圧し掛かってくる身体を押し返そうとしても、ちぅっと吸いつかれてざらつく感触に舐められて、また吸われて。
やだやだ、って寝間着を掴んで引っ張っても、頭を振って背中を反らしてもがいても、腰をがっちり抱えてる両手の力は緩まない。
きつく吸われたところにじいんと残るちいさな痛みとかすかなきもちよさのせいで、夢中で瞑った目の奥が潤んでくる。
分厚い背中に絡ませている太腿から爪先まで、こらえきれない震えがぞくぞくと走った。
「だめ・・・ってばぁ、離してぇ、ぎ・・・ちゃあ・・・っ」
「だーめー、んなかわいー声出してもだめですー。お仕置きだからねこれ」
「ゃらぁ、おねが・・・ふぁ・・・あん」
「うっわ。えっろい声ぇ・・・」
ちゅうっと肌を吸い上げた銀ちゃんが、ごくりと大きく喉を鳴らす。
ああ、やっぱり変だ、あたしの身体。ちょっとキスされただけなのに、こんなに感じちゃうなんて。
肌に吸いついた唇はゆっくりと下へずれていって、首の付け根のほうまでつうっと舐める。
腰を抱いてた手がスカートの上からお尻を撫でて、何重にもなったパニエの生地をざわざわ掻き分けながら侵入してきた。
ショーツ越しにゆるゆる撫で回されて、ああ・・・っ、って涙混じりの喘ぎ声が漏れる。
からかうみたいに刺激してくる手の動きのせいで力が籠った足先が、しわくちゃな寝間着をかりかりともどかしく引っ掻いて――
「――はーい、お仕置き終わりぃー」
「ぇ、・・・・・・・・・・・っ」
――そこで急に身体を離されて、あたしはきょとんとしてしまった。
驚きを隠せなくってぽかんとした目で見上げると、何事もなかったみたいに顔を上げた銀ちゃんと目が合って、
「――んぁ、なに、どーしたよ」
瞼が半分落ちた眠そうな目が、ぱちくりと不思議そうに瞬く。肌蹴た寝間着の胸元をぼりぼり無造作に掻きながら、緩んだ表情でにいっと笑って
「ー、さっき言ってたアレ持ってきて。何だっけ、芋とにんじんの面取りだっけ」
「・・・・・・・・・・・っ」
急に離れられて肌寒くなりかけてた全身が、かあっと火照る。
喉まで出かかった声をどうにか奥へ引っ込めて、銀ちゃんを押し退けてあわてて居間を飛び出した。
台所にばたばた駆け込んで、何の罪もない古い冷蔵庫をべしべし、ばしばし。
意味なく叩いて八つ当たりを繰り返してるうちに、さっき撫でられた腰の奥がじりじり疼いて、たまらなくなって涙まで出て――
「・・・ばかあぁ。銀ちゃんの、ばかっ・・・」
はぁ・・・っ、と熱い溜め息をついて、火照りきった身体を冷たい扉にすり寄せる。
脚に力が入らなくってぐったりもたれかかったら、溜め息がもう一度唇からこぼれた。
――違ったのかな。
あたしの思い込みっていうか、気のせい、・・・・・・だったのかな。
銀ちゃんの目つきやしぐさに、そういう時のかんじが――銀ちゃんがあたしをおかしくしちゃう時の、いやらしいかんじが籠められてたような気がしたのは、
・・・・・・気のせい、なのかな。
――それとも。朝からえっちなことにばかり気を取られすぎて、
銀ちゃんを意識しすぎて、身体も頭もおかしくなっちゃいそうだったから――・・・?
でも銀ちゃんだってひどいよね。あんな思わせぶりなキスまでしてくるんだもん。
・・・・・・・・・あれってひどい。ひどいよね。ひどいよ、ひどい。ひどくない?
赤らめた顔を冷蔵庫にくっつけて冷やしながら、あたしはもごもごと長々と心の中で文句を垂れた。
「・・・・・・ぁ、あんなことされたら誰だって誤解しちゃうじゃん・・・」
「――あぁ?誤解?んだよ誤解って」
「ふぎゃあぁあああああああ!!!」
おもわず口に出してグチってたところへ、運悪く銀ちゃんがやってきた。
さやえんどう入りのボウルを持って、ひょこひょこ杖を突いて入ってきて。油断しきってたあたしは、心臓が飛び出そうな思いをさせられた。
だけど、
・・・・・・台所へ来た銀ちゃんの態度を見る限りでは、こんな恥ずかしい思いをさせられるのもこれで終わりじゃないかなって思えた。
ほらよ、ってボウルをあたしに渡した銀ちゃんはすっとぼけた顔で居間へ戻って行って、独り言の意味を追及されることもなかったし。
だから――そう。だから、すっかり騙されて、油断しちゃったんだ。
ソファに押し倒されたのも、キスされたのも、外へ出れなくて退屈してる銀ちゃんがあたしをからかって遊んでただけだったんだ、――って。
そう思ってほっとした自分の甘さを涙が出るほど反省させられたのは、それからほんの十数分後。
いきなり豹変した銀ちゃんに、あたしは本当におかしくなっちゃう寸前のところまで追い込まれてた――