「――ぅわぁ!また光ったぁ」
「おーおー、派手にビシバシ鳴ってんなぁ。あれ隣町だろぉ?なーんかこないだの花火大会みてーじゃね」
うん、てあいづちを打ちながら雷が走る鉛色の空を見上げて、目の前に迫ったちいさな朱色の鳥居をぱたぱたくぐる。
幅が狭い神社の石段をあわてて昇る。ああ、昇りづらい。濡れた襦袢が足にぴっとり絡みついちゃって、普段みたいには動けないよ。
古い石段は水溜りが多くて足が滑りそうになるし、濡れた着物も荷物も重たい。
ざあざあと容赦なく降ってくる土砂降りのせいで視界が水煙に曇ってて、自分の足元だってよく見えない。
それもこれも、スーパーからの帰り道でいきなり降ってきた夕立のおかげだ。熱帯雨林のスコールみたいな土砂降りの雨は、
両手に大荷物を提げた銀ちゃんとあたしをたった数十秒でびしょ濡れにしてしまった。転ばないように気をつけながらよろよろふらふら石段を昇ると、
先に昇りきった銀ちゃんはあたしを待ってくれてた。ずぶ濡れになった天パの髪は額にぐっしょり貼りついてて、
それが銀ちゃんにはうっとおしいみたい。眉と眉のあいだが珍しくぎゅぎゅーっと寄ってる。
ほら、って伸ばした大きな手であたしの左手を、むぎゅっ。こっちな、って引っ張ってすたすた歩き出した。
石段を昇りきったところには、・・・こういう場所を「猫の額」っていうのかなぁ。境内、なんて呼べるような敷地はなかった。
あまり手入れされてなさそうな伸び放題の木立でぐるりと取り囲まれてて、その中央にはちいさな社殿が。
肩を竦ませてるみたいにこぢんまりと建ってる建物は、見た目にも雰囲気的にもなんだかどよーんとして暗ーいかんじ。
手前に賽銭箱が置かれた正面の格子扉からうっすら見える中も暗そうだ。
「へぇー…中はこんなかんじなんだー。初めて入ったよこの神社」
「だよな。ババアがよー、石段上がってここまで来る奴なんて滅多にいねーって言ってたぜ」
「でも銀ちゃんは来たことあるんでしょ」
「猫探しで何度かな。晴れの日は野良の溜まり場になってっから、ここ」
――にぎやかな商店街の外れにぽつんと、さみしそうに建ってる人気のない神社。
宮司さんとかが居ない神社なんだろうな。隙間風がぴゅーぴゅー入り込みそうな古い扉からは、何の音もしない。
…あんまり神社っぽいかんじがしないよね、この建物。「神社」っていうよりは「廃屋」に近い古さだし。
大きな神社にはつきものの社務所もないし、おみくじや御守りを並べた売店もないし、絵馬を飾るような場所もない。
雨音が大きすぎて他の音が消えちゃってるからわかんないけど、誰もいないんじゃないのかな。
人の気配がしないもん、なんて聞き耳を立てながら眺めていたら、なぜか銀ちゃんの足がぴたっと止まる。
「…ん?」って怪訝そうにうなって、眉が片方だけぴくっと動く。すぐにくるっと方向転換して、
「こっちはダメだわ、あっちな、あっち」
あたしの手を引っ張って、社殿の横へぱたぱた走った。
・・・どうしたんだろ、あそこに何かあるのかな。不思議になって尋ねてみたら
「あー、まーな。そのうちわかんじゃねーの」なんてとぼけた顔で目尻を下げてにやにや、にやにや。
・・・なんだろう、あのやらしい顔。すっごくあやしい気がするんだけど・・・?
「それよかよー、買ったアイス食っちまおーぜ」
「そーだね、溶けちゃうもんね……ってちょっと銀ちゃんそれ、あたしのっ」
「えーそーだっけ。じゃあ俺のも半分やっから半分くれや」
買い物袋の中身をがさごそ探ってアイスを奪い合いながら向かったのは、社殿をぐるりと囲んでる回廊。
幅がちょっと広めな縁側みたいなところだ。ここなら頭上に廂が長ーく伸びてるから、雨宿りにはちょうどいいかな。
サウナみたいな濃い水煙も、建物の壁際まで引っ込んでいれば届かない。
特売品がどっさり入ったスーパーの袋や、タイムセールで激安だったティッシュペーパーを古びた床にとんと置く。濡れた下駄を脱いで揃える。
縁側の端に立って、ぐっしょり重くなった着物の裾をぎゅーっと絞る。布地を握ったてのひらの中から、ぱちゃぱちゃ、と音を立てて雨水がこぼれる。
・・・うわぁ、すっごい水の量。
濡れ雑巾を絞ったみたい。滴り落ちる水の多さに目を丸くしてる横で、銀ちゃんはベルトや木刀を床にばらばら放りはじめた。
濡れた天パがしなしなに萎れて身体中からぽたぽたしずくを垂らながら、色が変わった白い着物を面倒そうに脱ぐ。
脱ぎながら、万事屋とは逆の隣町方向の雲が低くて真っ暗な空を見上げて、
「こりゃあしばらくやみそーにねーなぁ」
「んー、だねー」
「てことはぁー、家にもしばらく帰れねーからこのままここで二人きり、・・・ってことだよなぁ?」
くるん、てこっちに振り向いた顔が、あたしを眺めてでれーっと緩む。・・・うわぁ、細めた目尻があとすこしで蕩けそうなくらい下がってるよ。
「・・銀ちゃん、なにかいやらしいこと考えてるでしょ」
冷えきった目でじとーっと睨んだら、いつも離れ気味なだらしない眉間が不満そうにきゅーっと締まる。
「そんなふうに見られるなんて心外だ」って顔して、スーパーの袋から出したすいかバーでびっとあたしを指して、
「はぁ?ぁに言ってんのお前、あたりめーだろぉ考えるだろぉ。全身ずぶ濡れの色っぺー彼女が目の前にいたらそりゃー彼氏は考えるだろぉ。
着物の裾とかちょっと持ち上げて絞ってんの見たら、あれってどこまで濡れてんのかなー襦袢とかぱんつとか濡れてスケスケになってんのかなー、
もーちょい持ち上げて見せてくんねーかなーとか考えるだろぉぉ!?」
「銀ちゃんそれって彼氏の考えじゃないよ。覗き魔か痴漢の考えだよ」
・・・・・・がっかりだよ。がっかりだよ銀ちゃん。まぁ、多分そんなところだろーなぁって思ってたけどさ。
それにしたって、何でそんなに堂々と白状しちゃうかなぁ。そーいうの少しは隠そーよ。ドン引き状態で溜め息をつきながら、それとなく、少しずつ、
銀ちゃんに気付かれないように後ろに下がって距離を取る。だってやばい。ああいう顔してるときの銀ちゃん、本気でやばい。
何事にもあけっぴろげで豪快そうに見える銀ちゃんだけど、実は意外と考えてることを顔に出さないし態度にも出さない。
そんな「意外と秘密主義」な銀ちゃんなのに、やらしいこと考えてるときに限ってはえっちな思惑が全部ばればれ、
思ってることがそっくりそのまま顔に出ちゃう。
ああ、そういえば・・・まだ友達だった頃、べろんべろんに酔っぱらった赤ら顔の銀ちゃんにしつこく問い詰められたっけ。
「なぁなぁー女子目線で教えてくんね、俺って何でモテねーの、なぁ何で!?」って、ぐだぐだ絡まれたことがあったっけ。
――どーして気づかないのかなぁ。このえっちな考え丸判りな正直すぎるでれでれ顔が、
普通にしてればそこそこにかっこいい銀ちゃんに全く彼女が出来なかった原因のひとつだって。
「なーなーーー、っっちゃぁあああん」
見てるだけでムカつくにやけ顔がずずいっと遠慮なく近づいてきて、幸せそうにへらぁ〜〜っと崩れる。
・・・なんだか無性に殴りくなるんだけど。見てるとうっすら殺意が湧くんだけど、この顔。
あやしい、あやしいよこの顔、この妙にやさしげなのに押しが強い態度。銀ちゃんてば、まだ何か企んでそう。
「なーなーー、えっちしよーぜ!」っていきなり飛びかかってくるときと同じ顔っていうか、
うきうき気分がちっとも隠しきれてない、調子に乗った顔してるもん。
やめて、って濡れた前髪をぐちゃっと掴んで押し返したけど、図々しい銀ちゃんはそのくらいじゃめげてくれない。
あたしの耳に口をくっつけて、こしょこしょこしょ。すごーくわざとらしい猫撫で声でささやきかけて、
「ちょっとぉちゃぁーん、大丈夫それー、寒くねぇ?着物の中まで濡れちゃってんじゃねーの、
下着の中までぐっしょりびしょびしょなんじゃねーのー」
「銀ちゃんうざい、くっつかないで。ていうか雨に濡れただけなのにやらしい言い方しないでっ」
「いやいやそんなことねーだろー。こんだけ絞っても中からぽったぽた落ちてるしー」
「違うってば、これは襦袢が濡れて――ぇ、ちょっ」
止める間もなく動いた銀ちゃんの手があたしの着物の合わせ目をむぎゅっと握って、ぴらんっ。着物を襦袢ごと左右に引っ張られて、
雨で濡れた脚が膝上までおもいっきり丸見えに・・・!濡れた脚がすうーーーっと冷える。
つぅーっと、あたしの太ももから膝頭に雨水のしずくが伝ってく。
それを、よっ、っておっさんくさい掛け声で目の前でしゃがみ込んだ銀ちゃんがじーっと見てる。
「ほらぁやっぱ垂れてんじゃん。ちゃんやーらし−、ぐっしょぐしょー」なんてやけに楽しそうに笑いながら人差し指を向けてきて、
膝よりちょっと上のあたりに――ほんの少し隙間が空いていた内腿に指先で触れる。
そこからつうっと撫で上げられて、全身にぞくうぅっと電流が。ひぁぁ!く、くすぐったいぃぃ!
「っっな、な!」
「なぁなぁなぁ、脱いじゃえば?濡れたもん着てっとよけいに身体冷えるしー、風邪引くしー。いーじゃん見てんの俺だけだしー」
うひひ、ってやらしい笑い方で銀ちゃんが口角を吊り上げる。うぅ〜〜っ、っと唇を噛みしめて、くすぐったさで震えてる身体を捩りながら
肌蹴させられた着物を押さえる。もうっ、なんなのその顔、なんでそんなに楽しそうなの!
「ちょっ、やめっ、触るなぁぁ!〜〜〜っもぅっっっ、小学生?小学生のスカートめくりか!!」
「いやぁ違げーだろ、大人だからだろぉ。小学生は好きな子にこんなんしねーから」
にたぁ――っ、って意地悪な顔して銀ちゃんが笑う。笑いながら膝を撫でて、そこから上へ、つーっとてのひらを滑らせてくる。
こっちは肌をなぞる指のくすぐったさをこらえながら社殿の壁に縋りついてて、しかも、隠してあった自分の肌が
ばばーんと視界に飛び込んでくるショックで目が点になってるのに!なのに銀ちゃんは着物をもっと引っ張ってくる。濡れて重くなった
着物をもっと高く持ち上げて、太腿まで丸見えにしようとする。それだけでも信じられないのに、そこに――太腿に顔を近づけてきて、
もうすこしで肌に唇が触れそうな位置からあたしを上目遣いに見上げてくる。ふっ、て面白そうに笑った銀ちゃんの吐息が冷えた肌を撫でる。
熱いその感触にぞくっとして、「〜〜〜っ!」て口を押えて悲鳴を上げた。掴まれた合わせ目をあたふたしながらひったくったら、
「ほらぁやっぱ冷えてんじゃん。息掛けられてびくってしただろぉ、今。冷たくなってんじゃん、お前の脚。な、ここは素直に脱ぎ脱ぎしよーぜー」
「やだ!そんなことしないから!〜〜っま、まだ寒くないもん、ぜんぜん平気っ。走ったからまだ身体あっついし!」
「えーまじでー。まじで脱がねーの、いやーん銀ちゃん寒ーいぃ凍えちゃうー、おねがいあっためてー、みてーなアレはぁ?
AV的雪山遭難みてーなおいしいイベント発生しねーの、なぁなぁ」
「ない!そんな不謹慎な雪山遭難、現実じゃありえないから!・・・、ね、ねえっ、ちょっと」
「んぁ、何。もしかしてついに脱ぐ気になっ」
「なってないぃぃ!!」
じゃあ何、何だよー、ってやらしい期待できらめいた目してるおあずけ状態のわんこみたいな銀ちゃんの前で、すとん。
古びた床にあたしも腰を下ろす。ムッとした顔がほんのり赤くなってるのが恥ずかしいから、黙って下を向いて袂をごそごそ、ごそごそ。
そこから出したハンカチを、むぎゅっと銀ちゃんに押し付けた。
・・・ほんとは銀ちゃんの髪からぽたぽたしずくが垂れてるから、それを拭いてあげたかったんだけどな。
でもそんなことしたらまた変なこと言われてからかわれそうだから、セルフサービスで拭いてもらうことにした。
「ん?ああ、これで拭けってかぁ?」
くくっ、と笑いながら銀ちゃんはハンカチを受け取ってくれた。・・・くれたんだけど、
「・・・ちょっ。銀ちゃん、そーじゃなくて」
「んぁ?なに。ああー、頭下げて。もーちょい」
「・・・」
・・・いや、いやいやいやいや。違うんだけど。そーいうアレじゃないんだけど。
受け取ってもらえたのはいいんだけど、ハンカチを渡した理由はちっとも伝わってなかった。
折り畳んだハンカチをひらっと振って大きく広げた銀ちゃんは、自分のことはお構いなしであたしの頭を拭きはじめた。
ちょっと、と目を丸くして見上げたら、ん?って不思議そうに瞬きをして、さっきから下がりっ放しの目尻を緩めてかすかに笑った。
「ん?なに。どーしたよ」
・・・・・・違うのに。これじゃああたしが銀ちゃんに「頭拭いて」って甘えてるみたいじゃん。そういうつもりで出したんじゃないのに。
でも、濡れて冷たくなった頭を銀ちゃんのあったかい手に触ってもらえるのって、・・・きもちいい。
髪を引っ張らないように、気を使ってくれてるみたい。やわらかめに丁寧に、髪をくしゃくしゃにしながら、ごしごしごし。
普段は図々しくてあつかましくてとんでもないことばっかりしてくるくせに、こういうときの銀ちゃんの手つきはなんだかやさしい。
可愛い可愛い、って大切に扱われてるみたいでいつも嬉しくなっちゃう。うっとりしてとろんと目を細めて、黙ってごしごしされるままになった。
ざぁぁ・・・、って降り続けてる雨の音だけが狭い境内に響いてる。こうしてのんびり頭を拭いてもらってると、
たまに落ちてくる大きな雷も、うるさいくらいの雨音もそんなに気にならない。いっしょに居るのが銀ちゃんだからかな。
自然とくつろいだ気分になっちゃう。こーやって二人で雨に閉じ込められるのも悪くないかな、…なぁんて思っちゃう。
雨音はすっごく強くてうるさいんだけどな。なんだかすごーく静かな、人気のない場所にいるみたいな気分になってくるよ。
ハンカチ渡したら銀ちゃんも大人しくなったし、このまま二人でまったり雨宿りもいいかもね。
・・・なんて、ほわほわ和んだいい気分で鳥居の向こうに広がる灰色の雨空を眺めてたら、銀ちゃんの気配がなぜかそわそわもぞもぞしはじめた。
なんだろ、あやしいなぁ。警戒した目で眺めてたら、くいくい、くい、って袖を引かれて、
「なぁなぁなぁ、寒くねぇ?眠くなったりしねぇ?風邪とか引いたらアレだしよー銀さん抱っこしてやろーか!」
「・・・銀ちゃんがっかりだよ、少しは空気読もうよ・・・。てゆうかそーいうのいらない、しつこい、うざい」
「…あのさーちゃーん、何度も言ってっけどやめてくれるその断り方。あからさまに嫌そーな顔しないでくれる、傷つくんだけど」
「だって信用できないもん。変なことされそうだもん」
「え、ダメなの。抱っこされて眠っちゃったにちゅーしたり胸触ったりアレとかコレとかしたらダメ?ダメなの?マジで!?」
「ダメ。マジでダメだから」
「えぇええええええええええええええええええええっっ」
「あたりまえじゃん。銀ちゃんここをどこだと思ってるの、神社だよ?おうちじゃなくて外だよ、外」
絶対させないから、ってきっぱり断言したら、えぇええええ、って顔を強張らせて悲痛に叫んだ銀ちゃんが、ばたっと床に手を突いて四つん這いに。
「俺、絶望のどん底にいます」ってかんじのどろどろ暗ーい雰囲気を背負ったままうなだれる。
・・・あーあ、あれってあたしに構ってほしいんだろな。情けない涙目であからさまにちろちろこっちを見てくるけど、
ここで構ってあげると手のひら返しで調子に乗るから放置しよう。
それにしても銀ちゃんてば、えっちなことになるとどーしてこんなに積極的かつ見境がないんだろ。
今のあれなんて、聞くまでもないじゃん。こんなとこで女の子の胸触るとかあれしたいとかこれしたいとか、
・・・どれもこれもダメ出しされて当然なのに。そんなのダメに決まってるじゃん。だって外だよ?
人気がないとはいえ神社だよ?こんな誰に見られるかわかんない場所でいちゃいちゃしようなんて、・・・ないないない、絶対ない、ありえないよね。・・・・・・あ。でも、
――なんてとこまで考えてから、銀ちゃんをそっとチラ見した。急にはずかしくなってきて、ほっぺたをぽりぽりしながらうつむく。
・・・・・・ええと、まぁ、でも、その、あの、ええと、
・・・・・・・・・・・・・・・・・場所がどこでも、銀ちゃんに抱っこしてもらうのは嫌いじゃない。
さっきは恥ずかしいからうざいとかしつこいとか言っちゃったけど、・・・む、むしろ、毎日してほしいくらいだいすきなんだけど。
「・・・ん?ー?どーしたぁ?なーんか急に顔赤くなってんだけど」
「ぇえ!?〜〜っっな、なんでもないっっ」
「いやいややっぱ寒みーんじゃねーの風邪じゃねーの熱上がってんじゃねーの。おいおいィやっっべーよこのままだと凍え死んじまうだろぉ、
つーことでちゃんっっ、ここは大胆にばばっと脱いで生まれたままの姿で銀さんの胸に!」
「飛び込まないから!そんな不謹慎な雪山フラグ絶対に立たないからっっっ」
満面の笑顔で襲いかかってくるケダモ、…じゃなくて銀ちゃんを特売品の牛乳パックでボコボコ殴って撃退してる間に、
雨の勢いはもっと強まった。地面を叩く大粒の雨が滝みたいに降りそそぐ中、どどぉーー・・・ん、ってどこか遠くに大きな雷が。
古い神社の建物もかすかに震える。その震えが収まりかけたころ、重たくて分厚い雨音に紛れて、みぃーっ、って喉を引き絞ったような細い猫の鳴き声がした。
そういえばさっき銀ちゃんが言ってたよね、ここは猫の溜まり場だって。
声はわりと近かったけど、どこにいるのかなぁ。左右をきょろきょろ見回してたら、――同じような声がまた聴こえた。
「・・・あ。また鳴いてるー」
「へ。何が」
「銀ちゃん聴こえなかった?・・・あ、」
まただ。また聴こえた、猫の声だ。みぃぃ――――っ、ってちょっと苦しそうな詰まった声が雨音に紛れて耳に飛び込んでくる。
軒下に子猫が隠れてるのかなぁ・・・?あたしたちと同じようにここで雨宿りしてるのかも。
「ねえねえ、雨の日でもいるんだね野良猫」
「へ?猫ぉ?」
「聴こえなかった?みー、って高い声で鳴いてたよー。子猫かなぁ、ちょっと苦しそうなかんじだったけど」
「あー。あれな」
ふふんって妙に楽しそうに鼻で笑って、銀ちゃんは後ろを指した。あたしたちが雨宿りしてる、古くて色褪せた社殿の壁を。
「軒下じゃなくてこの中じゃねーの。先客がいるみてーだからよー」
なんて言った銀ちゃんの声は、ちょっと可笑しそうだった。意味深な目つきで壁を眺めながら、すいかバーの袋をびりっと破く。
ちょっと溶けかけた真っ赤なアイスをしゃくしゃく齧りはじめてからも思い出し笑いみたいににやにやしてるから、こっちはどうしても気になっちゃう。
何だろう先客って。この中に誰かいるの?中から人の気配なんてしないんだけど・・・?
もぞもぞ動いて後ろに下がって、雨のせいで湿った匂いがする壁に近づく。
すると隣で銀ちゃんも同じことをした。口にアイスを咥えたままであたしの隣に寄ってきて、片耳を壁にくっつける。
何か企んでそうなとぼけた笑みを浮かべた目であたしを見て、ん、てちょっとだけ顎を上げる合図をする。
真似しろ、って言いたいみたい。
うん、って頷いてあたしも耳をくっつけた。そしたら――
「・・・っあっ、いい、いいっ、もう、いっちゃうぅっ、あっ、あぁんっ、んん―――・・・っ!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、 えっ。
頭の中がフリーズしちゃって、ぽかんと開ききった目で銀ちゃんを眺める。
だけど真っ赤なアイスを豪快にざくざく齧ってる銀ちゃんは、にやにや笑って壁を指してくるだけだ――