『あのね、誕生日のプレゼントなんだけど、・・・銀ちゃん何が欲しい?何を貰ったら嬉しいと思う?』
――彼氏のお誕生日に何を贈るか。
これってけっこう難問だ。特に、あたしみたいに男の人とのお付き合い経験値がほぼゼロな女の子にとっては、かなりの難関クエストで。
(贈られる人の立場になって、その人が喜んで受け取ってくれそうな物を選ぶ。)
・・・これがプレゼント選びの基本だよね。だけどお付き合い経験ゼロのあたしが、
お父さんとお兄ちゃん以外の男の人が何を欲しがるのか想像するのはむずかしい。友達へのプレゼントを選ぶ時みたいに、
自分用もお揃いで買いたくなるような可愛いものを選ぶ、…なんてこともできない。かといって一般的に男の人が欲しがりそうな、無難そうなものをあげるっていうのも・・・、
・・・・・・うーん。だめじゃないかなぁ。それで銀ちゃんが喜んでくれるとは思えないよ。銀ちゃんの服や持ち物の趣味って、
普通の男の人とはちょっと違う。ぴょんぴょん跳ねてねじれまくってるあのふわふわ天パと同じで、
自由気ままに跳ねまくった趣味してるもんね。そんな人が喜びそうなものを選ぶなんて・・・自信ないなぁ、どうしよう。
なんてあれこれ考えてるうちにすっかり煮詰まっちゃったあたしは、カレンダーが10月に変わったその日に
自力でのプレゼント選びを諦めた。で、諦めたその日にさっそく本人に尋ねてみた。銀ちゃんがうちに来て、二人でご飯を食べてた時だ。
尋ねた途端、ご飯粒で口をいっぱいにした銀ちゃんの顔はにへらぁ〜っと崩れて、眠たそうにすっとぼけてた目がきらぁーんと光って。返ってきた答えがこれだった。
『まぁモノ貰うってのもいーけどよー。今年から俺たち大人の付き合いになったわけだしぃー、
ここはやっぱ定番のアレじゃねーの。むしろアレしかねーんじゃねーのぉぉ』
『・・・なんだか嫌な予感しかしないけど一応聞いてあげるよ。なに、定番って』
『だからあれだよあれ、プレゼントはあ・た。し、ってやつ。ナースのコスプレもアリだけどできれば全裸な。
水着とかバニーもアリだけどできれば全裸な!銀さんの前で一枚一枚、ひとつ残らず脱いでいってー、全身に赤いリボンぐるぐる
巻いて布団に据え膳状態のえっろいポーズで「銀ちゃんお誕生日おめでとうっ。ケーキもいいけどあ・た・し・を・た・べ・」っっっぶごげふぉぉっっっっ』
ご飯粒をぽろぽろこぼしながら語ってた聞く耳持てない第一希望は、お箸を口に突っ込んで強制終了させた。それでも懲りない銀ちゃんがぺらぺらと
はれんちな要望を連射してくるからお味噌汁用のおたまで天パ頭をパコパコ叩いてたら、
最後の最後にようやくお誕生日らしい要望が出てきた。何位なんだか忘れちゃうくらいに優先順位が下だった
そのプレゼントを用意して、いつになく緊張しながら迎えた10月10日。あたしは今、こーやって万事屋に来てるんだけど――
「――あれっ。どーしたよ。入んねーの?」
廊下の途中でくる、と振り返った銀ちゃんが、不思議そうにこっちを見てる。
――でも動かない。っていうか動けない。銀ちゃんと付き合うようになるずっと前から通い詰めてる家の玄関で、
あたしの足は根っこが生えたみたいに動けなくなってた。今や半分自分の家みたいになっちゃってる万事屋だ。
だけど、今日はいつもみたいに気軽には入れない。
「いつまで突っ立ってんの。入れよ」
「ぅ、・・・うん、・・・・・・」
家から抱えてきた大きな箱に顔がくっつくくらいにうつむいて、もじもじもじもじ。草履の先を擦り合わせて
困ってたら、銀ちゃんがぺったぺた裸足の足を鳴らしながら戻ってくる。「なに、どーした」って身を乗り出してきた。
あとちょっとでおでこがぶつかりそうな位置からあたしの顔を覗き込もうとする。急な近さにびっくりして、あたふたしながら草履を脱いだ。
のそのそっと廊下を歩いていく白い着物の背中を見つめながら後をついていく。少し迷ってから声を掛けた。
「あ。あのさ。神楽ちゃんは・・・?」
「いねーよ。今日は新八んとこ行ってっから」
「・・・・・・。ふーん。そぉ、なんだ」
銀ちゃんにも聞こえなさそうな小さい声でつぶやきながら、どきどきが高まってきた胸を帯の上から意味なく押さえる。
居間に入ってみると、誰もいなくてがらんとしてる。部屋のすみっこにあるテレビの音だけが
妙に浮き立ってにぎやかだ。
・・・そっか。いないんだ神楽ちゃん。でもよかった。普段はそんなこと思わないけど、今日に限っては神楽ちゃんがここにいないことにほっとするよ。
でも、ええと・・・・・・・どうしよう。いないから余計にどきどきしちゃう。神楽ちゃんのにぎやかな声が聞こえないと、
銀ちゃんと二人きりだってことをかえって意識しちゃう。・・・でも今日は、神楽ちゃんがいたらいたでちょっと気まずいわけで。
いたらいたでちょっと困るわけで。っていうか、・・・いやでも、・・・だ。だから、・・・あの、ええと、・・・・・・・・・・・
ぐるぐるぐるぐるぐるぐる。
テレビが鳴ってる部屋のすみっこをまるでハムスターみたいに意味なく回る。もうだめ、じっとしていられない。
動いてないと落ち着かないぃ!
「〜〜ああもうなにこれぇぇ。お。ぉおおお落ち着いて、落ち着こうよあたし!」
「・・・?んだよ、どーしたのお前ぇ。変じゃね、今日」
「っっ、え、へ、変!?」
ソファに座る手前で振り返った銀ちゃんが、お尻をぽりぽり掻きながらすごく不思議そうにこっちを見てた。「ななな、何でもない!
何でもないからっっ」と、誰がどう見ても何でもないようには見えないキョドった顔でかぶりを振ったら、へ、とうめいた銀ちゃんの顔つきが変わっていく。
眉がぴくりと微妙に上がって、何か不審なものを見てる人の目つきになる。
・・・だめだ。だめだこれ、ドリフ的に言うと「だめだ、こりゃ」だ。ちゃんと覚悟してきたつもりだったのに、いざ万事屋に着いたら
たった一分でもうこれだよ。もういっぱいいっぱいだよ。色々考えすぎちゃって頭がぱーんって破裂しそーだよ・・・!
「あ」
「え?」
「なにこの匂い。なんかいい匂いすんだけど」
「・・・っ!」
言いながら銀ちゃんは近づいてきた。目の前で腰を屈めて、耳の上まで顔を寄せて、くんくん、と髪の匂いを嗅いでくる。
「なぁシャンプー変えた?・・・いや違うよなぁ。いつもと匂い同じだし」
銀ちゃんの顔が下に下がる。首筋に息が触れる。ぽん、と肩に手を置かれて、肩といっしょに心臓まで跳ね上がった。
ちょっと触っただけで身体が揺れたあたしを不審に思ったのか、すっとぼけた半目いっぱいに「???」って疑問符を並べた銀ちゃんが
真正面から覗き込んでくる。しばらく経ったら何か言いたそうにだらしなく口が開いて、でも何も言わなかった。黙って首を傾げてる。
どんなささいな変化も見逃しませんって目で、じと―――っと、穴が開きそうなくらい見つめられる。そのまま壁まで追い詰められて、
逃げ道がなくなったあたしは耳まで赤くしてそっぽを向いた。
・・・ぅああああもうだめ、どきどきしすぎて心臓壊れそう。もう耐えられないぃ!裏返った声で叫びそうになった瞬間、
銀ちゃんの目線はあたしの顔から胸元へ、すいーっと吸い込まれるみたいに下がっていった。両腕で抱えてた箱を
じーっと見つめて、ばっ、と掴んで、
「――ちょっ。なにこれ」
「な。何って。ケーキだけど」
つんつん、と指で突かれた白い紙箱の中身は手作りケーキ。銀ちゃんへの誕生日プレゼントだ。
「マジで!え、これ全部ケーキ!?の手作り!!?」
「・・・銀ちゃんが言ったんじゃん。プレゼントは手作りケーキがいいって」
「いやだってこれ、デカくね!?手作りってサイズじゃねーし!」
「そ、そう・・・?お誕生日のケーキだから、いつもと同じじゃつまんないかなぁって思って・・・。ちょっと頑張って二段重ねにしたんだけど」
「二段?お前そんなもんまで作れんの!?」
すげーよほとんど菓子職人の技じゃん。
なぜか妙にウケたっていうか、サイズも含めて意外だったみたい。銀ちゃんが目を丸くする。そうかな、って上の空で答えて、箱を銀ちゃんに押し付けて、
「お、お茶淹れてくるっ。銀ちゃんも飲むよね」
「ん、あぁ。飲むけど」
「じゃあこれ、先に食べてていーからっっっ」
たたっ、と走って台所に逃げた。
銀ちゃんに見られないように奥まで逃げ込んで、冷たい壁にもたれかかる。はーっ、と深呼吸して息を整えた。
居間のほうの気配を知りたくて、もう一度入口まで戻って耳を澄ましてみたら。
「・・・・・・・・・・・・・」
聞こえてくるのはテレビからのざわざわした雑音だけ。よかった、とほっとしながら、
お登勢さんの店で使ってたのを貰った、って言ってた小さいポットを持ち上げてみる。…空みたい。すごーく軽いよ。
水道をじゃーっと大きく捻って、お水をたっぷり汲んだやかんを火にかける。粗大ゴミの日に拾った、って言ってた古い食器棚の引き戸をがらがらがら。
新八くんちのお歳暮をおすそ分けしてもらった、って言ってたインスタントコーヒーの瓶を奥からごそごそ取り出してたら、
「んだよなにこれやっべーよ、うめーよ舌がとろけそーだよ!」
「っっっ!!?」
のしっっっ。重たい何かがいきなり肩にのしかかってきて、耳元で銀ちゃんの浮かれた声が。
びっくりしすぎて声も出なかった。コーヒーの瓶をぎゅぎゅーっと握りしめたまま振り向くと、
ケーキを口いっぱいに頬張ったゆるゆるな笑顔と目が合う。出た、妖怪おんぶお化けだ。あたしの肩に図々しく顎を乗せて、もごもごもごもご。
お行儀悪く手掴みしてた苺のショートケーキをさらに口に放り込んで、もごもごもごもご。まっしろなクリームまみれになった指を
ぺろぺろ舐めて、
「マジでうめー。売れるってこれ。スポンジとかめっちゃやーらけーし、もぉ最高」
「・・・重い。重いよ銀ちゃん。足が床にめり込みそーだよ」
「重いって何が。俺の愛が?」
とぼけきった口調のしょーもないツッコミには無言でがつんとすねを蹴って返した。いってぇ、とたいして痛くもなさそうに
銀ちゃんがうめく。最後に残ってた小指のクリームをぺろりと舐めて、
「それよりよー、なぁ、これ何。何入ってんの?スポンジの間に挟んであるやつ。ふわふわとろとろした苺味のやつ」
「・・・それは苺ムース。ラズベリーとかチェリーとかブルーベリーとか、苺の他にもいろいろ入れたのっ」
「へぇえ凝ってんなぁ、どーりでうめーと思ったわ。あーもぉっっとによかったぁぁ俺一人で!」
「――っ、ちょっ、や、ぎっ、銀ちゃんっっ」
バニラの甘い匂いがする手が後ろから回ってくる。むぎゅっと遠慮なく抱きつかれたから、固い胸のあったかさが着物越しに
ぴたっと張りつく。ひぁあ、と変な声を上げてうろたえるあたしを、銀ちゃんは何か面白いものでも眺めるような顔して見てる。
両腕でぎゅーっとしてるあたしごと、左右にゆらゆら身体を揺らして、
「なーなー向こう行こーぜー。一緒に食おーって」
「やだ。まだコーヒー淹れてないし。・・・銀ちゃんあつい。ていうかうっざい。くっつきすぎ」
内心ではどきどきしながら口を尖らせてみたけど、銀ちゃんはあたしの文句なんてものともしない。
叱られたことがぜんぜん堪えてないガキ大将みたいな顔して、愉快そうにくくっと笑っただけだった。緩めてくれるどころか
かえって腕に力を籠められて、身体だけ大きい無邪気な子供とか、大型犬の子犬とか、そういう子に加減無しでじゃれつかれてるみたいで息が詰まる。
・・・でも嫌じゃないけど。正直言うと、むしろ嬉しいだけなんだけど。そんなに気に入ってくれたのかな、あのケーキ。
いつもよりテンションが上がってるみたい。こっちを覗き込む目尻がいつもよりも緩んでて、
何か言いたそうに開いてる口はさっきからずっとにやつきっぱなしだ。
「・・・銀ちゃん離して。お茶淹れられないじゃん」
「あーお茶はいーって、後でいーって。後で俺が淹れてやるから。なっ」
「・・・・・・・・・じゃあ任せる。お湯、まだ沸いてないけど」
「ん。りょーかい」
ささやくみたいにそう言うと、ふわりと顔がくっついた。白っぽくてふわふわした髪の毛先が、こめかみのあたりをくすぐったく掠めてくる。
「ありがとな、」
「――・・・っ」
早口に言った銀ちゃんの唇がすっと肌に近づいてきて、ちゅ、とほっぺたにキスを落とされた。とくん、と心臓の響きが跳ね上がる。
ひねくれ者な銀ちゃんの口からはめったに聞けないお礼の言葉だ。キスの優しい感触にも流されて、あたしはうっかりときめいてしまった。
とくん、とくん、と心臓が高い音で弾み出す。あうあう、と口をぱくぱくさせて息を吸って、思いきりうつむいて銀ちゃんの目線から逃げた。
・・・ああどうしよう。たったこれだけで顔が熱い。胸が熱い。ほっぺたへのキスだけでこんなに動揺してるんだもん、――こっそり用意してきた
あれを銀ちゃんに気付かれたら、あたしはどうなっちゃうんだろう。間違いなく心臓が壊れちゃうよ。
「あー、まだ火止めてねーんだっけ」とつぶやいた銀ちゃんが、あたしの手を取ってガス台に向かう。あたしはそんな銀ちゃんに
黙っておずおずとついていく。やかんの火元を止めてしまうと、「いやいやマジでよかったわーあいつら追い出しといて。
あんなもん神楽の前に出したら一瞬で食われちまうからなー。ったく冗談じゃねーよ」なんて、食べ盛りの女の子の
保護者としては完全にアウトなことを鼻唄でも歌い出しそうな口調で言っていた。裸足の足を普段よりもリズミカルに鳴らして、ぺたぺたぺたぺた。
あたしを居間までいそいそとお持ち帰りすると、ソファにどかっと腰を下ろして。
「はいはいはい、今日はちゃんはここな、ここ」
なんて軽い調子でへらっと言って、上げた両腕をあたしに向けてぱっと広げる。三日月みたいに細くしたやらしい目つきでにまーっと笑って、
「ガキどもいねーから今日は特等席な」
「・・・。どこが特等席?セクハラされる席の間違いでしょ」
「いーからほらほらぁ、遠慮しねーで飛び込んで来いって、銀さんの胸にぃぃ」
「〜〜っ。ば、ばっかじゃないのっ、・・・・・・・・・・・、」
かあっとほっぺたを赤くしてしどろもどろになって、へなへなとうつむく。いつもならすぐに浮かぶ憎まれ口が今日はなかなか出てこない。
胸元で握った両手を落ち着きなく動かしてもじもじしてたら、ぐいっと腕を掴まれる。
そのまま前に引っ張られて、――むぎゅっ。抱きしめられて前のめりに倒れ込んで、
はっとして顔を上げた時にはもう銀ちゃんの脚の上だ。開き気味に座った脚の上に横座りになってる。自分がどーなってるのかをおそるおそる
確認してぱちぱちと瞬きした瞬間、ひぃっっ、とあたしは悲鳴を上げた。なに、やだ、手が!指が触手みたいにくねくね動いてる手が
にゅーっと脇から侵入してきた!着物の上から胸を鷲掴みしてむにむにっと!お気楽そうでムカつく鼻唄なんか歌いながらむにむにっと!
「っちょっとぉぉぉ!ケーキ食べるんじゃなかったの!?」
「食うよ、食うけどー。さすがの糖分王にもあの大きさはちょっと手強いからよー、ひとまず休憩な」
銀ちゃんがテーブルのほうへ視線を伸ばす。つられてそっちを見たら、
箱から出されたいちごのケーキはすでに半分食べられてた。お誕生日おめでとうって書いたチョコプレートはなくなってて、
生クリームで飾った二段重ねの土台は、銀ちゃんがフォークも使わずに手掴みしたせいでぐちゃぐちゃに。
上に並べたいちごも雪崩れを起こしてて、クリームまみれで下にぽろぽろおっこちてる。
・・・いやいいんだけど。銀ちゃんに食べてもらうために作ってきたんだし、
好きなように食べてくれていーんだけどさ。でも、欲をいえばもう少しきれいに食べてほしかったな。
デコレーションに一時間もかかったのにな・・・、なんてちょっと複雑な気分になってたら、ちゃぁ〜〜ん、
ってちょー胡散臭い猫撫で声で呼ばれた。顔をぴくぴく引きつらせて警戒しながら振り向くと、
銀ちゃんがぱあぁっと笑う。
「つーことでっっちゃーん、腹ごなしに銀さんとえっちしよーぜ!」
「えっちなのはいけないと思います!! 〜〜〜じゃなくてっ、何が「つーことで」なのっ、ぃ、意味わかんないんだけど!」
ていうかやめてよその顔。こんな時に満面の爽やかスマイル、やめてほしい。
こーいう時の銀ちゃんって妙に爽やかな顔で笑いながらがばっと襲ってくるから、飛びつかれるこっちはかえって不気味なんだよ・・・!
「んなこと言ってぇ、こーやってんの好きだろお前ぇ。ここでテレビ見てる時とかー、俺が後ろから抱きつくとすーぐ目つきがとろんとしてくるじゃん」
「っっそ、そんなことなぁいぃ!」
「いやいやあるって。こーやってると急にキスしてもあんま嫌がんねーし」
こつん、と銀ちゃんが頭をくっつけてくる。赤くなったあたしのほっぺたに、ぴとっ、と唇を押し付けた。
肌をくすぐったやわらかい熱さは、ちゅ、ちゅ、と小さい音を鳴らしながら滑り降りていく。ほっぺたを滑って耳たぶへ。ぺろ、と
耳を舐めてこめかみを通ってまぶたの端へ。その間もふにふにと着物の上から胸を弄られてるから、甘いくすぐったさで身体中がむずむずしてくる。
だけどあたしは肩を竦めて黙っていた。・・・こめかみにキスされた瞬間から、頭の中がかぁっと熱い。身体の奥もじわじわ火照ってきたから、
じっとしているのはちょっと辛い。それでも銀ちゃんが好きなように出来るように、邪魔しないように、たまにお腹の奥で起こる弱い震えを唇を噛んで
こらえる。頑張ってこらえてたんだけど、今度は手が襦袢の衿元からするりと這ってきて。ブラの中に滑り込もうとする仕草にどきっと
して、あっ、と力の抜けた鼻声が漏れて。
「やぁ。銀、ちゃ」
「、力抜いて。もっともたれちゃっていーから」
「んっ。や。もぉ。・・・・・・・い、よ・・・っ」
なんだか楽しそうな低い声と一緒に、はぁっ、と耳に熱い息を吹き込まれる。あれだけ頑張って震えをこらえていた身体から、
ふにゃっと一気に力が抜けてしまった。隙間がないようにぴったりくっつかれてるから、背中がすごくあったかい。
・・・ そう。そうだよ。
そんなことない、なんて言い返したけど、ほんとは銀ちゃんが言ったとおりだ。
こうして後ろから抱っこされると、あたしはなぜか逆らえなくなる。背中や腰を包んでくれる銀ちゃんのあったかさとしっかりした感触に
無条件で安心しちゃって、何をされても何も言い返せないくらいにうっとりして。もう何をどうされてもいいような、頼りなくってほわほわした気分になっちゃう。
――ずるい。銀ちゃん、ずるいよ。
さっきは呂律が回らなくてうまく言えなかったことを、口の奥でふにゃふにゃとつぶやく。んー、だよなぁ、と肩を揺らして笑った銀ちゃんの
あったかい手が、するするっとブラの奥まで入り込んできた。胸の丸みを手のひらに収めると、やわらかい手つきでふにふにと揉み始める。
もう片方の手では、緩んでだらしなくなった衿を襦袢ごと引き下げていった。
背中で帯ががさがさ解かれて、ふっと緩んだ胸の締めつけがお腹の下まではらりと落ちる。しゅるしゅる、しゅる。手早く器用にほどかれた帯が
あたしの膝の上に投げ出される。着物と襦袢が肩をすべり落ちて、すうっとした肌寒さで鳥肌が立った。
・・・・・・ああ、これで全部見られちゃう。銀ちゃん、気づくかな。
ふわふわと身体が浮いてるみたいな感覚に浸りながらぼうっとそんなことを思ったけど、恥ずかしくて銀ちゃんのほうを見られない。
がっしりした胸にもたれかかって、とろんと落ちてきたまぶたを閉じる。少しずつ早くなっていく
手の動きに、身体中の神経が集中してしまう。
直接に肌を撫でられていると、腰や脚のもじもじした動きが止められなくなる。はぁ、はぁ、って大きくなった息遣いが少しずつ乱れてくる。
それまでは触らなかった胸の先に、太い指の先がつん、とかすかに触れてきた。ぴりっ、てそこが痺れて身体がびくんとしなって、高い声が出そうになる。
んっ、ときつく唇を噛みしめて我慢した。ざわざわと着物が擦れ合う音を立てながら動いてる銀ちゃんの腕に、爪が食い込みそうなくらいにしがみつく。
あたしの必死さに気付いたのか、声を出さずに笑った銀ちゃんがほっぺたをすりすり寄せてきた。
「我慢しねーで声出せって、ー。銀さんのかわいー声聞きてーんだけど。誕生日のサービスってことで、今日はいっぱい聞かせてほしーんだけど」
「ぅ。・・・・・・・うん。・・・・・・・・・・・・・・・いぃ、よ。今日、だけ、・・・なら・・・」
吐息を弾ませながらそう答えた。尖った先を撫でてた銀ちゃんの手がぴたっと止まって、
「へ。いーの。マジでいーの!」
「聞き、返さな、で・・・よぅ・・・っ。は、ずかし・・・・・・ぁっっ、――っ、はぁ・・・っ」
「・・・?やっぱ変じゃねお前。なんか妙におとなしーっつーか、おかしいよなぁ」
「んぅ、・・・・・・や、ぁ、そ、んな、こと、な・・・っ」
「そーかぁ?いやまあいーけど。あー、ケーキな、あとでゆっくり味わうから。あとで全部食うから許して」
「・・・・・ぅ、ん」
右胸の先を摘まんでくにゅくにゅしてた手が離れて、お腹にするりと回ってくる。その腕に背中をやんわり押されて、自然と銀ちゃんのほうへ引き寄せられた。
すっ、と目の前が真っ暗になる。顔を両手で挟まれて、ん、とおでこにキスを落とされる。
あったかい息遣いはほっぺたを撫でて降りていって、唇と唇が軽く触れ合う。ちゅ、ちゅ、と肌を弱く吸うだけのキスが何度か続くと、
急に銀ちゃんが唇の隙間から割り込んでくる。ゆっくり入ってきた銀ちゃんの舌、熱くって甘い。苺の甘酸っぱい香りがする。
「ふぁ・・・・、んっ。ぎん、ちゃ、はぅ・・・ぅ、」
「ん。そぉ。もっと。もっと声出して。、」
はぁ、と少し息を荒くしながら舌に纏わりついてきた銀ちゃんは、ざらざらした感触であたしのいろんなところを撫で回した。
肌が出ちゃってるお腹のところや背中もゆっくりした手つきで撫でながら、粘膜に唾液を絡めるみたいにしてくちゅくちゅと舌を吸う。
大きく開かせた唇を吸う。やわらかくて丁寧な動きで喉の奥のほうまで探り尽くす。息が出来ないからせつなくって苦しくって、
でもきもちいい。夢中で白い着物の背中にしがみついたら、銀ちゃんがごそごそと着物から袖を抜いて脱ぎ出した。
帯とベルトをかちゃかちゃ外す音がする。あたしに絡みついてた熱い舌が、入ってきたときと同じようにゆっくり出ていく。
もうキス終わりなんだ。気持ちよかったのにな。ちょっとさみしくなっていたら、離れかけた唇がぴたりと止まって。
「・・・あのさぁさっきから思ってたんだけどよー。これ、この匂い」
「え、・・・っ」
目をとろんと潤ませてぼーっと銀ちゃんに見蕩れてたのに、そのひとことでぎくっと固まった。数秒もたたないうちに頭に血が昇ってきて、
一気に顔が赤らんで、
「え。あのこれ。は。っっち、ちがうの、ええとっ」
「苺だよなぁこの匂い。なにこれ香水?ケーキとお揃いじゃん」
「〜〜〜・・・・っ」
「あとはぁー、・・・あー、これこれ。お前のこんなブラ見たことねーんだけど」
「っっ!」
ぷちん。背中で軽い音がして、止める間もなくぽろっとブラが外れた。あっというまにあたしの腕から引き抜いたそれを、
銀ちゃんは真上にぴらーっと持ち上げてしげしげと眺める。クリームイエローに緑と赤の野苺プリントの、
おろしたてのブラがひらひら揺れる。ふんわりしたシフォン生地で出来たパッドの部分とか、アンダーやパッドの
あちこちに付けられたリボンやフリルがぐいぐい引っ張られて触り倒される。肩紐もぐいぐい引っ張られる。
「いやー!切れちゃうー!!」と細いストラップが悲鳴を上げてそうな、すっごく乱暴な扱いだ。気づいたらあたしも
ぎゃあぁっと悲鳴を上げていた。ばっっ、と銀ちゃんの手からひったくって、
「ばかぁっ。そんなに引っ張ったら切れちゃうっ、買ったばっかりなのにぃ・・・!」
「んぁー、やっぱ新品なんだ。んじゃ、こっちも新品かぁ?」
「きゃ、っっ!?」
肩をとん、と軽く突かれる。すると視界がいきなり、ぐるん、と一瞬で回転。
気がついたらころんとソファに転がされてた。ふふふーん、とご機嫌な鼻唄なんか漏らしながらもぞもぞっと跨ってくる銀ちゃんを、
ぽかーんと口を開けて見上げる。
・・・なにこれ。どーなってんの。手品?手品なの?気孔術とか合気道とかそーいう技なの?そんなに強く突かれたわけじゃないのに!
「おっ。なーんか気持ちいーわこれ」
「――あっ、」
あたしがぽかんとしてる間に、銀ちゃんの手は肌蹴た着物の奥に隠れてるショーツのほうへ。
ブラとお揃いの薄いシフォン生地の上から、図々しい指が敏感なところをすりすりしてくる。
「んん・・・っ、はぁ・・・、ゃあ、あぁ」
「ふわっふわして触り心地いーのな、これ。まぁのここは元からふわっふわだけど」
「〜〜〜っ・・・!」
ふにふに、とやわらかく閉じたそこを押しながら、銀ちゃんがとんでもなく恥ずかしいことを言う。
頭の中が沸騰しそうなくらい熱くなった。やだぁ、と腕を掴んだり、太腿をぎゅっと閉じてみたりしたけど、銀ちゃんはあたしの力なんてものともしない。
シフォン生地に隠れてる柔らかいところを上下になぞったり、指を全部使ってさすってみたり。
そのうちに固い爪先が生地を押して、きゅ、と割れ目に押し込まれる。
「ぁっっ。――ひぁ・・・っ!」
もっと深くて熱いところに指先は潜っていって、一番弱いところを掠められた。
ちょっと触れられただけのそこから、背中が反りかえるくらいの強い刺激が全身に伝わる。
着物が肌蹴て半分剥き出しにされた腰がぶるっと揺れる。ふぁあん、と鼻にかかった変な響きが喉の奥からこみ上げてきた。
もっとして、って暗におねだりしているみたいなその声が恥ずかしい。あわてて口を押さえたけど、
銀ちゃんが指の動きを止めてくれないからあたしの声も止まらない。ショーツに染みてきた潤みを布地越しに掻き混ぜて広げていく指がつぷりと
沈んで、くちゅ、くちゅ、とあたしのそこを鳴らし始める。こんなに濡れてるんだって自分でも判って、涙が出そうなくらい恥ずかしいのに――
「やぁ、ぁあっ。・・・ぎ、っ、や、やめっ・・・、ひぅ・・・っっ」
「ははっ。なにその声、かわいー。撫でられて気持ちよかった?」
「〜〜〜っ、ちが・・・ぅ、や、ばかぁっ」
「や、これな、これ。さっき台所でぎゅーした時にもちろっと見えたんだけどよー」
真上に覆いかぶさって天井を隠してる銀ちゃんが、ひょい、と何かを摘まみ上げた。
銀ちゃんの影になってよく見えないそれは、 ――ブラ。さっき外したあたしのブラだ。
「これも、このぱんつも苺だよなぁ。ケーキに香水に、ぜーんぶお揃いだよなぁ。
・・・あのよー。もしかしてこれ、俺のためにわざわざ揃えてきてくれたとか?」
「・・・・・・っ。それは。・・・だから、・・・・・・」
うん、と正直に答えようかと思ったけど、恥ずかしくって声が出ない。代わりにこくんとうなずいたら、
銀ちゃんがちょっと驚いたみたいに目をぱちくりさせる。その反応を見ちゃったら、銀ちゃんをどんって押しのけて逃げ出したいくらい
恥ずかしくなってくる。困りきったあたしはもっとうつむいた。ソファに突いてる銀ちゃんの手に縋るみたいにして、ぎゅっと握る。
自分でも聞き取りにくいくらいの小さな声で、ぽつ、ぽつ、と、
「・・・・・・・・・・・から」
「え、なに。声小せーんだけど。聞こえねーんだけど」
「・・・そぅ、だよ。・・・・・ぜんぶ、銀ちゃんのために用意したの。ぉ。お誕生日、・・・・だから。
だから、銀ちゃんが喜んでくれること、なにか、出来ないかなぁって・・・っ」
震える声を絞り出したら、銀ちゃんが息を飲む気配がして。
天井からの光を塞いで影になった顔の表情が変わる。口は笑ってるんだけど眉が下がって、なんだか困ってるみたいな顔になった。
縋りついてた手が真上に上がって、一瞬、銀ちゃんの手で視界がぜんぶ塞がれる。その瞬間、どうしてなのかわからないけどどきっとして肩が竦んだ。
ゆっくり迫ってきた長い指の先が、顔にかかってた髪を撫でつけてくれる。ほっぺたや耳元を撫でながら乱れてた髪を梳いてくれて、それがあんまり
優しい感触だから涙が出そうになって。
恥ずかしい。どきどきが止まらなくって胸がくるしい。
なのに、――なのに、すごくしあわせで。しあわせすぎて、胸がくるしい。
「・・・あ〜あぁ。っっとに困った子だよなぁ。どーしてこーいうことするかねぇ」
「銀ちゃん。・・・こーいうの。いや・・・?きらい?」
「ははっ、嫌いなわけねーじゃん。むしろ好きだから。好きすぎて困ってんの」
頭を優しく撫でてくれる手から、バニラの甘い匂いがする。じっと注がれる視線が強くて熱っぽくて、
見られているとこっちも目を逸らせなくなる。ぱち、と瞬きがひとつ。白っぽい癖っ毛の向こうからあたしを見つめてる
瞳の色が、かすかに変わって――
「なぁー。・・・全部食べてちゃっていい?」
銀ちゃんがまぶしそうに目を細めて迫ってきて、こつん、とおでこをくっつけられた。いつになく優しい顔して笑ってる。
しばらく黙ってあたしの答えを待ってくれたけど、でも、答えられなかった。お腹の奥がきゅうっと締めつけられるような
せつなさで疼いて、心臓がとくとく弾み出す。
・・・これってケーキのことなのかな。それとも――。
わかんない。わかんないよ。だけどあたしからそこを尋ねたら、もっとドキドキしちゃうような、目も合わせられないくらいに
恥ずかしいことになっちゃいそうだ。だから、何を、とは聞き返せなくて。あうぅ、と変な声でうめいて口籠って、真っ赤な顔を手で隠した。
点けっぱなしのテレビの音が、静かになった部屋の中をざわざわ漂ってる。テレビの音が番組からCMに切り替わったころ、
もじもじと指の隙間から目を覗かせた。それから銀ちゃんの目を見つめて返事をするまで、気が遠くなるくらい長い時間がかかったけど。
「・・・・・・・ぅん。いぃ、よ。・・・・・・。銀ちゃん。すきなだけ、食べて・・・・・・っ」
――信じられない。自分からこんなこと言い出すなんて、信じられない。
じんわり滲んだ目の奥が熱い。頭の中がめちゃめちゃ熱い。ぼんっと頭が爆発しそうなくらい恥ずかしい。
なのに嬉しい。このソファの上でやっとの思いで告白した、あのときの嬉しさを思い出した。
あの時と同じくらい頑張って、やっとの思いで伝えられたから嬉しい。
心の底からせり上がってきた言葉は胸にじわあっと広がっていく。
にぃっ、と悪戯っぽく笑った銀ちゃんが、さっき撫でつけたばかりの髪を遊ぶみたいにして掻き回す。
んじゃー早速いただきまぁす、と可笑しそうにつぶやいた唇があたしを塞ぐ。めまいがしそうに甘いバニラの香りと、
甘くて酸っぱい苺の香りで喉の奥までいっぱいにされる。
ああ、誕生日ってやっぱり特別な日だ。
いつもは出来ないことが出来た。ようやく銀ちゃんに届けられた。
いつも本心とは違う可愛くないことばかり言ってしまうあたしの、いつになく素直な「すき」の気持ちを。