「・・・ふ、・・・・ぁ、っ・・・・・・!」
ぽたり。ぽたり。
額から横に流れた汗のしずくが、ぐったり寝転んでいる青いソファの布地に染みていく。
瞼が重くてうっすらとしか開かない目で、染みがぼうっと広がっていくところをぼんやりと追った。
身体がおかしい。手足に力が入らない。全身の感覚が変っていうか、身体の内側が曖昧っていうか、
熱が出た時やお酒に酔ったときの、ふわふわしちゃうかんじに似てるかもしれない。すごく暑くて汗が止まらない。
まるでサウナにいるみたいだ。身体中にびっしりと汗を掻いちゃうくらいの高熱が、全身を隙間なくぴっちり包んでる。
・・・ううん、そんなはずない。こんなふうになるはずないのに。ここはお風呂でも温泉でも砂漠でも熱帯雨林でもない。
どこを見たって普通の部屋。見慣れた銀ちゃんちの事務所兼お茶の間だ。
真夏のこの部屋なら昼間はこのくらい暑い日もあるけど、季節はとっくに秋も半ばを過ぎてる。普通に座ってるだけでこんなに暑くなる
はずなんてない。ありえない。なのに、何なのこれ。さっきからソファに倒れたままなのに、ただ息をしてるだけで喉が渇いて汗が出る。
暑さのせいで思ったように呼吸出来ないから、何もしていないのにはぁはぁと息が弾む。身体の中に手を入れて掻き毟りたいくらい、
お腹の奥が火照ってる。
何で。どうしちゃったのあたし。どうしちゃったのあたしの身体。こんなことになっちゃう原因なんて何ひとつ覚えがないよ。特別に変わったことなんて何もしてないんだもん。
いつものように万事屋に来たら、銀ちゃんたちはいつものように仕事もなくてダラダラしてて。新八くんと神楽ちゃんが
買い物に行ったら、銀ちゃんがめずらしくカルピスなんか出してくれて。
喉が渇いてたからそれを一気飲みして。それから、
・・・ああ、ええと、ああ、やだ、・・・・・・っ、また――!
「・・・・・ひ、ぁ、ぁ、ああ、〜〜〜〜ぁ、んっっっ」
「・・・ったってよー、誰もここまでの効き目とは思わねーだろォが!
いやあれだろお前、言ってたじゃねーかよ、こいつの説明書があるとか何とか、・・・」
どこかで銀ちゃんの声がする。珍しいくらいうろたえた口調だ。
・・・どこ。どこにいるの銀ちゃん。くるしいよ。
こういう時に一人にされちゃうとすっごく心細いんだよ?早くこっちに来てよ。助けてよ。
「はァ!?蕎麦がのびるから後にしろ?知るかァァァァ!!こっちは切羽詰まってんだよが死にそーになってんだよ!!
いーから説明書探せっっ、おらっっ、早く!!」
「銀、ちゃ・・・っ、おねが、いぃ、・・・・・びょうい、ん、連れてって、ぇ・・・・・・っ」
いうことを聞いてくれない身体を抱きしめてはぁはぁと息を乱しながら、燃えそうに熱い頭を巡らすと――
「――はぁああああ!!?っだよそりゃーよォっっ、
・・・・・・・・いやいやいや!!聞いてねー!聞いてねーぞ俺!!?」
どこかに電話してる銀ちゃんの背中が目に入った。黒い電話の本体をわしっと掴んで、顔の前で構えた受話器に向かって怒鳴ってる。
・・・電話?ちょっ、こんな非常時になぜ電話!?誰と話してるんだか知らないけど、
うんうんうなってるあたしになんて目もくれないし!なにそれっ、信じられない。信じられないぃぃ!
身体の奥で湧き上がってる熱と痺れを、くぅうううっっっ、と唇噛みしめてこらえながら、力の入らない腕をどーにか伸ばす。
一番手近にあった硬い何かを必死で掴んで、・・・えいっっっ!!
「っご、ふぉっっっっ」
「〜〜〜っ、銀ちゃんのばかぁあああああっっ、いつまで電話してるのっ。そんなことしてる間にあたしが死んじゃってもいーの!!?」
「〜〜〜っ、っちゃーんんん?ちょ、何すんの。何してくれてんの!?」
死に物狂いになった人間の底力ってあなどれない。あたしが投げつけた木刀の先は自分でも感心しちゃう正確さで
真っ白な後頭部をどすっと直撃、うめいた銀ちゃんはひねくれ放題の天パの頭を押さえてしゃがみ込む。うらめしそうな涙目で、
じとーっとこっちを睨みつけて、
「ぁにすんだよ目ん中で火花散ったじゃねーかよ。
んだよお前っっ、お前を助けよーと必死な彼氏に何てもん投げつけてくんの!!?」
後ろ頭をさすりさすり、銀ちゃんはまたあたしに背を向けてしまった。なにその冷たい態度!!?
「おいヅラてめぇ、明日に謝りに来い。つーかに土下座しろ。来ねーと俺がテロリストになっててめーんとこに乗り込むからな!?」
背中にめらめら燃え上がる炎でも背負ってそーな剣幕で怒鳴りつけると、がちゃんっ、と受話器を叩きつける。
・・・ちょっ、なんなの。なんなの銀ちゃん、どーいうこと?あたしが死ぬほど苦しんでる時にどーして桂さんと電話してるの!!?
原因不明の死にそーな思いをしてる彼女を放ったらかしにしといて友達と電話?ありえない!
しかも切ったと思ったらまた別のところに電話してるし!
「・・・・・・っっ。なんなのぉぉ・・・?何なのそれぇええ、〜〜〜〜っっ」
あぁもうっっ、あまりに情けなさすぎて涙出てきたし!
もういい、銀ちゃんなんてもう知らない。こんな薄情な彼氏なんてもういらない。
そりゃあ今までだって「このままでいいのかなぁあたし」なんてことを思ったことはあったよ。
だって銀ちゃんは女の子が安心してお付き合い出来るタイプとはお世辞にだって言いがたい。ちゃらんぽらんでぐーたらで甲斐性なしだし、
お友達は危ないテロリストやチンピラ警察や全身無職に改造されてる長谷川さんだし、
そのうえさらに、あたしんち宛てに毎日呪いの手紙を送ってくるストーカーのおまけまでついてるよーな人だもん。でも、
それでも銀ちゃんと別れたいなんて、これまでは一度も思わなかった。
だけどもういい。もうやめた。
さようなら銀ちゃん。はあなたという人にもう呆れ果てました。
今日限りで三行半をつきつけてあげるよ。金輪際できれいさっぱり別れてあげるよ。
病院に連れてってもらうまでの間にゴネられたら面倒くさいから、このひそかな決心はとりあえず黙っておくけど!
「いや今の全部聞こえてんだけど。全部口に出してたけど!?てゆうかなにお前っっ、銀さんと別れるって何ィィィ!!?」
「言葉通りの意味ですがなにか!!?」
がちゃんっっ。二回目の電話も受話器を叩きつけて切った銀ちゃんが「んだよそれェェェ!!」と叫んで、
どどーっ、と家中を揺らす勢いでこっちへ走ってくる。ほぼ瞬間移動な速さであたしの前に駆けつけた顔は引きつりまくりで、
口はわなわな震えてる。こめかみには血管が浮いているし、かあぁっと見開いた目が血走っててすっごくこわい。
睨まれたあたしは「ひぃぃぃっっ」と竦み上がって、ソファにしがみついてめそめそ泣いた。
「ひどいぃ!なにそれぇぇ、なんで銀ちゃんが怒るのぉ・・・?怒りたいのはこっちなのにぃぃぃ!」
「はぁ!?っだよひでーのはそっちだろぉ、つか俺っっ、怒ってねーし!」
ばんっ、とソファを叩きつけた銀ちゃんの手が、汗と涙で滲んで見える。はぁ、はぁ、と荒い息遣いを漏らしながら、
あたしはぼうっと霞んだ目で銀ちゃんを睨みつけた。
「怒ってるじゃんんん〜〜〜!銀ちゃんこわいぃ、顔、こわいぃ!」
「違げーって!!これは怒ってねーの、お前が急に別れるとか言い出すからショック受けてんの、焦ってんの俺は!!!」
「・・・っ。・・・・・・・・・ほんとにぃ・・・?」
「マジで!たりめーだろ、こーなるだろ普通!お前が死にそーとか言って泣いてのたうち回ってんだよ!?それだけでパニクるだろ普通はァァ!!」
「・・・・・・・、・・・っ」
そっか。怒ってるんじゃないんだ。
顔が怖いのは動揺しまくってるから。あわててるからこんな顔なんだ。
――銀ちゃん動揺してるんだ。あたしが急に具合悪くなっちゃったから。原因不明な具合の悪さが心細くって、
つい「別れる」なんて口走っちゃったから。
あたしの目からぽろぽろとこぼれた涙で、青いソファの染みはさらに大きく広がった。
「〜〜〜っ。・・・・・・ごめんね銀ちゃん。ごめんなさいぃぃ・・・!」
「あーもぉいーって、泣くなって・・・!」
銀ちゃんは途端に顔色を変えて、しょーがねーなぁもぉ、って顔して宥めてくれた。
涙でぐちゃぐちゃになった顔を隠そうとしたら、大きな手がひょいっと上まで伸びてくる。
白い着物の袂の端で、ほっぺたをごしごしっと豪快に擦られる。ただでさえ力が強い銀ちゃんだから、ほっぺたが上下に引き伸ばされるみたいで
ちょっと痛い。
やっと涙が止まった目元に、また新しい涙がじわあっと湧いてきた。肌が痛かったからじゃない。
こういう時の力の加減を忘れちゃうくらい、銀ちゃんに心配されてるんだ。それが判って嬉しかったから。
「とにかくあれな、ここじゃどーしよーもねーからな、とにかく行くぞ!
とりあえず下まで担いでくから肩んとこに掴まれ。自分で起き上がれるか?」
「・・・・・っ。銀ちゃん、連れてって、くれるの?・・・っ」
「あたりめーだろ!?てめーの女がこんなんなったら連れてくだろ普通!お前俺を何だと思ってんの!」
「・・・うん。うんっ、・・・・・」
よかった、銀ちゃんが病院まで連れてってくれる。
顔を覆って涙と鼻水をぐすぐすと啜り上げながら、あたしはようやくほっとした。そしたら急に気が抜けたせいか、また身体が変になってきた。
背中を丸めて自分をぎゅっと抱きしめた。もう何度こうやって、この変な発作をこらえたんだろう。だめ、こらえきれない。ぁあっ、と恥ずかしい声が口から漏れる。
もやもやした感じが昂っていく。お腹の奥で熱い何かが、どくん、と波打って膨れ上がって――
「〜〜〜ひ、っっ・・・・・やぁ、あぁっっ!」
両腕でお腹を抱きしめてこらえようとしたけれど、身体は勝手にぶるぶると震えた。甲高い悲鳴が勝手に喉を突きぬける。
震えが止まらない脚と脚を、泣きそうになりながら閉じ合わせる。脚と脚の間にどんどん溜まっていくおかしな熱をやり過ごす。
いやだ。銀ちゃんが見てるのに恥ずかしい。どうしよう、何なの、これ。
「・・・。、」
「〜〜〜っ。銀ちゃあん・・・・・っ。やだぁ、どーしよう・・・・あたし、何のびょうき、なのぉ・・・?こわいよぅ、なんなの、これぇ、」
「あーあー、そーだよな怖えーな、怖えーよな」
銀ちゃんは眉をきゅーっと寄せた真剣な表情であたしを眺めて、はーっ、と意気消沈した溜め息を吐いた。
どーするよこれ、って心の底から途方に暮れてそーなかんじの顔だ。唇がぎゅーっと噛みしめられてる。
「・・・・・・・・・・や、あのよー。・・・・・・・・・・、ちゃーん?」
「ふぇ、・・・?」
妙に遠慮がちな猫撫で声に名前を呼ばれる。涙目で銀ちゃんを見上げると、なぜか不自然に視線を逸らされた。
どーしたの銀ちゃん。なんだかものすごーくばつの悪そうなしてるよ。ていうか、何かにおびえまくってるみたいなびくびくした顔してる。
半端に笑った口の端はひくひくしてるし、顔色がうっすら青ざめてるし。
具合の悪さも一瞬忘れて、あたしは銀ちゃんに目を丸くした。
明らかに「目を合わせたくありません」って態度で斜め下を向いたまま、銀ちゃんはぼそぼそと歯切れ悪く言った。
「悪りィ。や、っっっとに悪りぃ。けどもぉ時間ねーから、言い訳も説明もぜんぶ後な。これからちょっと辛れーだろーけど、我慢しろよ、な?」
「――っっ、ひ、ぁあ、っっんっ」
がばっ、とソファから抱き上げられる。それだけで全身がびくんと跳ねて、自分でもびっくりするくらい大きな声が出てしまった。
背中と腰をぎゅっと抱えた銀ちゃんの手の熱さと感触が、電気みたいに身体の芯を走り抜けていったからだ。
何で。どーして?ただ抱き上げられただけなのに、どーしてこんなになっちゃうの。
銀ちゃんは叫んだあたしには構わずに――ううん。最初から銀ちゃんは、あたしが叫ぶだろうって予想してたみたいだ――猛然とダッシュした。
家を飛び出して、だ、だ、だ、だ、だ、と二段抜かしの荒技で階段を駆け降りた。あっというまに隅に停めてあったバイクまで走って、
あたしを後ろに乗せてヘルメットをぼすっと被せて、「しっかり掴まってろ」って言われて、銀ちゃんのお腹のところに腕を巻き付けて。
・・・そこまでは覚えてるんだけど、その後の記憶はぜんぜん無い。またあのおかしな感じが襲ってきたから、あたしはそれをこらえるだけで必死になって。
――気がついたらいつのまにかバイクはかぶき町を抜けていて、隣町をフルスピードで駆けていた。
「・・・・・・ー。おーい、生きてるー?」
身体に当たる風と一緒に、すごい速さで周りの景色が流れていく。大きく張り上げた銀ちゃんの声はしっかり耳に届いたけど、
「あの感じ」を我慢してるからなかなか返事ができない。返事の代りにヘルメットの頭をこくこく上下に振った。
・・・けど、あれっ。銀ちゃんてば、どうしてこっちに来たんだろう。かぶき町から一番近い病院て、この反対方向のはずなのに。
「・・・・・・おーいぃ。ー?っちゃーん?大丈夫ー、起きてるー?銀さんの声、聞こえてるー?」
「・・・・・んっ。だ。だいじょう、ぶ、・・・っ」
「あのよー。ここまではさすがに想定外っつーかぁ、予想外の展開んなっちまったからー、正直に白状すっけどー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お。怒んねぇ?」
・・・・・・は?怒るって、何を?
「さぁ、さっきあれ飲んだだろ。俺が出したアレ。・・・一見カルピス的なあれ」
カルピス的なって・・・ああ、あれのこと?そうだね、そういえばそんなもの飲んだよね。
カルピス的なっていうか、完全にカルピスの味だったけど。
「〜〜〜〜〜っ、あ、あれにな?・・・そのぉぉ。・・・入ってたんだわ。お前がこーなっちまった原因が」
ふーん。なんだそーだったんだ、あれなんだ。あれにあたしが、こんなんなっちゃった原因が、
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、ぇえっ。
「はぁ!?」
「や、その、アレな、実はぁー、こっ、この前な?ヅラんとこに辰馬のバカが来たらしくてよー、そん時置いてった宇宙土産っつーかあぁ」
「・・・・・・」
「天人のー、間でー、爆発的に流行ってるっつーアレでぇ。
・・・・・・飲んだ女の身体が、えろえろでムラムラのやらしーことになっちまう薬っつーかぁ」
「・・・・・・」
「まっっ、まーそのぉぉ、俗に言うアレな、媚薬みてーな効き目があるクスリ、・・・・・・・・みてーな?」
「・・・・・!!?」
後ろのあたしの反応を気にしてビクビクしながら、は、はは、ははは、なんて引きつった笑いを交えながら、銀ちゃんは歯切れ悪く説明した。
って、ちょっ。ちょっとぉぉ、銀ちゃん?
「なっっ。・・・なに媚薬って。なに、えろえろでムラムラって。やらしーことになっちゃう薬って・・・」
驚きすぎて声すら出なくなった。風に流されちゃう程度の小声で呆然とつぶやく。
媚薬?だって媚薬って、本当に存在するものなの?てゆうかどこで売ってるのそんなもの!
・・・信じられない。そーいう妖しいお薬って、映画とかドラマとか小説とか、そういう架空の世界にしか存在しない、
架空の薬なんだと思ってたよ。――しかも、それを、あたしが?・・・・・・・知らないうちに飲まされちゃったの?
「や、ヅラの奴がよー?ちょっとした効き目の、ガキのオモチャみてーなもんだっつーからよぉぉ。
・・・んじゃー一度くれー、いーかなぁって。クスリでやらしくなったが見てみてーなァっつーかぁ。
ちょーーーっとにいたずらしてみてーなァ、とかぁぁぁ」
「〜〜〜うそっ。うそでしょ?そ、そんなこと言って銀ちゃんっ、あたしをからかってるんでしょ!
や、やめてよもぅ、――・・・っ!」
「・・・、おい。・・・どーした、?」
ああっ、また!やだ、もう、・・・!
叫んだ途端に「あの感じ」が強くなって、身体を痺れが駆け抜けた。ぎゅうっ、と夢中で銀ちゃんの背中にしがみつく。
ところがバイクがすーっと減速を始める。こんな時に限って目の前が赤信号だ。もうやだこんなのっっ。あんなに車がたくさん停まってるところで
こんな声出して、銀ちゃんの背中に縋りついて悶えてるなんて。そんなのまるっきり変態じゃん!
痴女以外の何物でもないじゃん!ふぇえええええん、やだよぅ、恥ずかしいよう、死んじゃいたいぃぃ!!
「ひ、・・・・・っ。〜〜〜っ。やぁぁ、めぇっ、ああっ、また、・・・っ!」
「!!?待てってっ、やべーって!ここでんな声出すなって!!」
「ん、は、ぁ、あんっ、やぁっ、・・・っ、そ・・・なの、無理・・・ぃっ!」
「〜〜〜〜っ、わかったっ、今連れてくからっ、人気のねーとこ探すからっっっ。だから一分我慢しろっ、なっっ!?」
うろたえた銀ちゃんは血走った目で周囲を見回すと、軽くバイクのアクセルを回して。
足で地面を擦りながら器用に方向を90度変えて、ぎゅんっ、と矢のように加速した。
向かった先は行き止まりの細い路地で、両側を高いビルの壁で阻まれている。
どこからも光が届かないその奥で、バイクはきいっと急停車した。銀ちゃんはふらふらしているあたしの
腰を掴んで、力任せに引き上げた。
「ふぁ、・・・っ!」
腰を掴まれたら指が肌に食い込んできて、その感触のせいであの感じがもっと強まった。
腰や太腿がきゅうっと締まってぶるぶると震えてることには気付いたはずだけど、銀ちゃんは何も言わなかった。
そのままあたしの腰を自分の腿の上に乗せる。背中から抱っこされるような格好にされて、銀ちゃんの身体がぴたっと密着してくる。
腰に回された腕の感触のせいで、身体の奥を疼かせている困った熱が、もっと、もっと、高まって。お腹の底のほうで暴れ回って――
「〜〜〜っ、いやぁ、銀ちゃ、・・・!放してぇ、」
「ー?大丈夫かぁ?」
なにその呑気な声っ。大丈夫なわけないじゃない。ちっとも大丈夫じゃないってば!
てゆうか銀ちゃん、もう忘れちゃったの?誰のせいであたしがこんなにぜーはー言ってると思ってんの!?
せめてもの意思表示に、横に顔を寄せてきた銀ちゃんをうらめしさたっぷりに睨みつける。
ああムカつくっ。あの顔、思いっきり殴ってやりたい。懸賞金三億ベリーの麦わら帽子の船長さんになって、
あのすっとぼけた半目のにやけ顔を、びよーんと伸ばしたゴムの腕でボッコボコにしてやりたい!
ついでに股間もガツンと蹴ってやりたい、当分使いものにならないよーに!
「ふぇえええんっっ。もぉやだぁっ、別れるっ。やっぱりあたしっ、銀ちゃんと別れるうぅぅぅっ」
殴ってやりたい。股間に一発お見舞いしたい。だけど麦わらの海賊一味どころかあの海賊船の小間使いにすらなれない非力なあたしにできることといえば、
普段通りにへらっとしている銀ちゃんを涙目で睨んであげるくらいが精一杯だ。
「いーのかねー、んな強気に出ちまってよー。さっきだってお前「銀ちゃんごめんなさぁいぃ」なんつってべそべそ泣いてたじゃねーかよー」
「違うぅ!さっきのあれとは違うから、今度はほんとに本気でマジだから!絶対別れてやるんだからっっ」
「あーはいはい、わかったわかった。とりあえずそーいうことにしといてやっから落ち着けって」
銀ちゃんの手が頭からかぱっとヘルメットを外す。ぽいっと路地に放り投げると、がこんっ、と地面にぶつかった残響が高く響いた。
人が二人しか並べそうにない狭い路地は奥行きがあって、表通りまではちょっと距離がある。
車の音もうるさいから、あそこを歩く人たちには聞こえないんだろう。どんどん荒くなっていく息遣いと身体の熱さをこらえながら、
ぼうっとそんなことを思ってたら、
――銀ちゃんが耳元にとんでもないことをささやいてきた。途方もなく最低なその言葉に、あたしは目を剥いて絶句してしまった。
「ほら、誰もいねーから開いて、脚」
「・・・・・!!?」
「いーからいーから。恥ずかしくねーから。ほら、ここ、どーなってんのか触らせろって、な?」
「や・・・!銀ちゃ、やめ!っ、いやぁ! 」
銀ちゃんを振り払って暴れようとしたら、左の太腿をがっと抑えられた。ぐいっと腿が広げられる。
着物を割って奥まで入り込んできた手に、すうっと下着を撫で上げられる。熱いものが生地いっぱいに染みて流れ出そうになっていたところを、
布地の上から確かめられた。いちばん敏感なところに指先が押し込まれて、そこを揉むようにしてくちゅっと鳴らす。
「――っっ、ああっ!」
それだけで背筋と頭が反り返った。我慢できなかった腰が激しく捩じれて浮き上がる。
やっぱりな。
そこから手を抜いた銀ちゃんは濡れた指を半笑いで眺めて、舌先でぺろりと舐め取った。
恥ずかしくって顔が真っ赤になってしまったあたしを横目に見下ろしながら、にいっと可笑しそうに目を細めて。
「あーあー、すっげぇのなお前。もぉこんなに濡れてんじゃん。さー、さっきから辛れーんだろぉ?身体が感じっぱなしでよー」
「・・・・・・!!」
「さっきだってよー、俺が触っただけで軽くイきそーになってたじゃん」
「〜〜〜、っっ。・・・っ、ちが、違うのっ。あ、あれは、〜〜〜っっ」
「いーっていーって、が恥ずかしがるこたーねーんだって。あれもこれも全部、クスリのせいでおかしくなっちまったからだって判ってっからぁ」
な?と銀ちゃんがこっちを覗き込んで、あたしの顔色を窺ってくる。
恥ずかしすぎて返事なんて出来ないから、あたしはもぞもぞと動いて逃げ出そうとした。
なのに銀ちゃんは、ここで逃がすかとばかりにぎゅうっと腕に力を入れて。やわらかく潜めた声で宥めにかかってきた。
「な?大丈夫だって、すぐ楽にしてやっから。の身体がしばらく楽になるよーに、俺がここで一回イかせてやっから。な?」
「なっっ。なんで、やだ、やめてよっ、こんなとこで、っ・・・!」
「だーからよー、電話でヅラに読ませた薬の注意書きに書いてあったんだって。
こーやってうんうん唸って我慢してっと無限地獄で頭までレロレロになっちまうけどー、一回イケば十五分は正気に戻れんの」
「や!やだぁ、やめ、っっ!」
言いながら銀ちゃんの腕が伸びてきて、裾が乱れた脚の間に入り込む。
さっきも触ったところをそろそろと撫で回した。指先をびしょ濡れの布地に沿わせるだけの、優しくって弱い刺激。
最初から弱かったその動きが、爪先で軽く掠めるような、もっと弱い動きに変わって――
「〜〜〜っ。ぁあ、あんっ」
なのにあたしは我慢できなかった。かぁっと全身が火照り出す。抱きしめられた腰がびくびく跳ねる。弱い感触で焦らされるのが辛くて、
泣きたくなんてないのに泣きじゃくってしまう。
それに、逃げようにも薬のせいで身体が自由に動かない。ただ銀ちゃんにされるままになって、
後ろから固く抱きしめられて、腕の中で喘ぎながら弄られる。一方的にただ感じさせられる。
すぐそこが大通りなのに。人が一杯歩いてるのに。あたし、こんなところで銀ちゃんに触られてる。触られただけでこんなに感じてる。
そう思ったら、かえってお腹の奥が強く疼いた。
いやだ。ひどい。こんなのひどいよ、銀ちゃんのばか。どーしてそんなに楽しそうなの。
ちょっと触られただけでこんなにおかしくなってる自分をからかわれてるみたいで、恥ずかしくって涙が出る。
「んん、はぁ、っ、や・・・!やだぁ、」
「んぁー、まーなァ。はお子ちゃまだからダメだもんなー、こーいうの」
「だって・・・!やだぁ、こんなとこ、でっっ」
「いやいやいや、ちゃーん、頼むからそーいうえろい顔して泣かねーでくれる。そーいうの見てっと勃っちまうからぁ」
腰を抱いていた左腕が、お腹の脇を這うようにして上がってくる。
着物ごと胸を揉みしだかれたと思ったら、衿元から中に、大きな手が――
「ぁあ、やだぁ、だめぇ、それ、やめてっ、ぎ、銀ちゃ、・・・っっ」
「あーっ。っだよそれぇ、なにその可愛い声ぇ。やーめろって、」
図々しく入ってきた銀ちゃんの左手は、胸の先をすぐに探り当てた。指先でくにゅくにゅと転がされて、
あたしは背筋を跳ね上がらせた。右手もずっと柔らかく動き続けている。焦らすようにゆっくり動く指先が、
下着の上から熱く熟れたところをなぞっている。
「っやぁ、やだぁっ。も、やめてぇ、おねが、っ、・・・・・ああっ、銀ちゃぁあん、銀、ちゃ、・・・っ!」
――ああ、もう、声がこらえきれない。
、と苦しそうな声に呼ばれる。顎を掴まれて、ほんの少しだけ後ろに振り向くように回されると、
苦笑いしてる銀ちゃんの顔がすうっと迫ってきて。
燃えそうに熱くなってるほっぺたに、ぴとっ、と唇がくっつく。ちゅ、と肌に吸いついて、ざらっとした舌の感触を残していった。
「ちぇっ。キス出来ねーんだよなぁ、この体勢・・・」
残念そうに言った銀ちゃんの唇が、あたしの耳元まで動いていく。柔らかい髪を顔の横にくしゃくしゃと擦りつけられて、
低くて甘ったるい声を耳の中に注がれた。
「あーもぉやばいって。そーいう声で呼ぶなって、可愛いすぎっからぁ。なぁ、どーすんのこれ。マジ我慢すんのきついわ、これ」
「ぅ、ぁあん、めぇっ、耳元で、喋っちゃ、・・・っ!」
「けどよー、ここでヤっちまうと後始末が面倒だからぁ」
「ぁあっっ!」
やだ。だめ。
銀ちゃんの手、下着の中に滑り込んできた。熱い指先にとろとろした感触を纏わりつかせながら、あたしの敏感なところを責め立ててきて――
「これで我慢してくんね?大丈夫だよな、指だけで。お前、最近かなーり感じるよーになってきたしぃ」
「あ、ああっ、あぁんっ。・・・・・ふぇええ、っっ〜〜っ、」
「悪りーなー。銀さんよー、お前があんまりいい反応すっからなんかスイッチ入っちまったわ」
「やぁ、もぉ、やめ、あ・・・!ひぃっ」
「・・・なぁ。ちょっとだけいじめていい?」
「〜〜〜っ!」
少し荒くなってきた吐息をごくりと呑み込んだ銀ちゃんは、あたしの返事なんて待たなかった。
下着がずるりと下げられる。あっというまに片脚を抜かれて、足をぐいっと広げられる。外気に触れてびくびくと震える
あたしのそこに、すぐに銀ちゃんの指が割り込んできた。
いやいやいや、とかぶりを振る。こぼれた涙がぽろぽろと剥き出しの太腿に散った。
「いーじゃん誰も来ねーし。誰か来たって隠してやっから。ここでいいこにしてたらあとで
たっぷり可愛がってやっから。な、。・・・いーだろ?」
「だめぇぇ、だ、あ、あぁっ!」
硬くて太い中指の先が潜り込んできた。蕩けた割れ目を他の指で広げると、
銀ちゃんはちらちらとあたしの反応を確かめながら、ちょっとずつ、ゆっくり、指を奥へ沈めていく。
固い感触で中が占められていく。埋め込まれる感覚に喘ぐたびに、ぐちゅ、と粘った音が鳴る。
「やぁっ、ああんっ、あ、あっっ、ぁあっ、〜〜〜〜〜っっ!!」
「あーあぁ、んだよお前ぇ、すっげぇ声出しちゃって。通りまで聞こえたらどーすんの。のやらしーとこ、俺以外にも見られてーの?」
「〜〜〜〜っ。んっっ、ぁ、・・・っ、ち、ちが、・・・・っ!!」
「あっそ。んじゃ、ここ弄ったらどーなんのかなぁ、っと」
「ひ・・・ぁあん!」
曲げた中指の先でぐにゅっとどこかを擦られたら、すぐにあたしは抵抗出来なくなった。
後ろの分厚い胸にぐったりもたれかかって、はぁ、はぁ、と息を荒くして喘ぐだけ。
そのうちに銀ちゃんの腕に力が籠って、さらに身体を引き寄せられる。耳の奥を熱く埋めている息遣いまで、荒く、速くなってきた。
「はっ、とろっとろじゃん。後から後から溢れてくるし、・・・お前、外でヤられんのそんなにいーんだ?」
「〜〜〜っ!ばかぁ、ちがっ、違うぅっ」
「違わねーだろぉ?ってよー、めっちゃくちゃ締まるんだけど?お前のナカ」
「っ、やだぁ、そーゆー、・・・言わな、でぇ、っ、」
「なぁ。もし俺が挿れたらどーなんの、ここ。挿れただけでイッちまうんじゃねーの?」
「っっ。ちが・・・!」
「んなこと言ってぇ、すんげぇ欲しそうな顔してんじゃん」
「・・・んっ!」
ずるっ、と引き抜かれた銀ちゃんの中指が、あたしの入口にぴたぴたと触れる。
触っただけで熱いものがとろりと流れ出てくるそこを、指先でぐちゅりと押して鳴らした。
「ぁあっ、」
「ほら。想像しろって。ここをー、こーやって広げてぇ、」
強めに擦りながら中へ入り込んでくる。指がもう一本増やされて、もっと深くへ入ってくる。
「ひぁ、あ、ぁんっ、やっ、やめっ」
「ほら、な?指増やしたら余計締まるじゃん。なぁ、どーなんの。ここに俺のが入ったら」
「あっっ。ぁあっ――!!」
やだ。ばか。そんなこと言われたら――!
大きな悲鳴が漏れて、背中にぞくぞくっと痺れが走る。銀ちゃんに広げられるときのあの感覚で身体が一杯になる。
お腹の奥で疼いてる痺れがこらえきれなくて、硬い腕に夢中で縋りついた。
火照った中をあと少しで埋められるんだって期待で、あたしの身体はびくびくと震えてる。
そんなあたしを眺めていた銀ちゃんは意地悪く笑って、じゅくっ、と濡れた音を立てて指先を引っ込めて。
「なー、ー。欲しいだろ?こん中のー、うーんと奥まで」
「ひ、〜〜〜ぅっっ。銀ちゃ、ぁ、・・・っ。やだぁ、じ、焦らさな、・・・でぇっ」
「あーあー、だーからだめだってそーいう声はァ。誰か来ちまったらどーすんの」
ラブホ行ったら好きなだけ喘いでいーから、今は我慢な。
にやにやと楽しそうに言った銀ちゃんは、あたしの身体を横抱きにして、やけに優しく唇を塞いだ。
甘いキスと同時でうんと奥まで滑り込んできた長い指にもっと感じろって促されて、ぎゅうっと力一杯に抱きしめられる。
いちばん弱いところをくちゅくちゅと意地悪に弄り始めた。お腹の奥が激しく疼く。長い指を全部使った銀ちゃんの、器用な手の動きから逃げられない。
震えながら強張ったあたしの身体は、頭がおかしくなっちゃいそうな快感と甲高い悲鳴で一杯になった。