※ 某作品の某ファミレスが北海道からワープしています。
※ 高杉くんが3年X組です キャラもさっくり崩壊しています。  ↓






近所に出来たファミレスは、店員さんたちはちょっと変わってるけど、安くておいしくってデザートの種類が豊富。 糖分命の銀ちゃんもお気に入りのお店です。

「いらっしゃいませー!三名様ですか?禁煙席と喫煙席がございますがー?」
「四人です、あとからもう一人来るので!席は禁煙席で」
「いや、喫煙席で」
「喫煙席で四名様ですねっ。お席にご案内しまーす」
「ぇえー。やだよ喫煙席、けむり臭いじゃん。禁煙席がいい!」
「いいだろ喫煙で。どのみちあいつは吸うに決まってんだからよ」
「・・・・・・・・。おい、大丈夫なのかこの店」
「へ?何が?」
「ぁあ?」

ええとこの前はシーフードのクリームスパ食べたんだよね。今日は何食べようかなぁ。
なぁんて考えながら店員さんの後ろについて行こうとしたら、なぜか妨害されました。先に歩き出した十四郎とあたしの襟首を後ろからひっ掴んで、 ぐいぐい、ぐいーっと引っ張る手に。
二人同時に振り返ったら、一緒に来た片目眼帯の幼馴染みが怪訝そうな顔で構えてて、

「ぁあ?じゃねーよ。お前らあれ見て何とも思わねーのか」
「え、あれって?」
「やべーだろこの店。小学生が働いてんじゃねえか」

どー見たって就労違反だろ、と晋助が声をひそめて耳打ちしてくる。 あたしたちを案内してくれているのは、すっごく身長のちいさい店員さん。 腰まで伸びてる長ーいポニテが歩くたびにぴょこぴょこ揺れて、後ろから眺めるとリスか何かのしっぽみたい。 瞼をぱっちり開いた晋助の猫目が、揺れるポニテをかぁっと睨む。うっわぁぁ、晋助ってば悪人顔。 普段は気だるそうっていうかアンニュイっていうかお耽美系ヴィジュアルバンドのメンバー風を気取ってるっていうか、 年中眠たそうな顔してるからわかんないけど。

「ああ、あの店員さん?小動物系だよねー、ちっちゃくって声高くって可愛いよねー。 でも高校生らしいよ、この前制服で歩いてるとこ見たもん」
「マジかよ。いやそれお前、コスプレだろ」
「違うよー、コスプレする小学生なんていないって。だからさっき言ったじゃん、ここは武市くんは絶対に連れてきちゃいけないお店だって」
「言われなくてもあいつだけは連れてこねーよ。ファミレスで出禁喰らうとかありえねぇからな・・・」

あたしはほっぺたを強張らせてあははと笑い、晋助は長めな前髪の下で思いっきり眉をひそめた。 ああ「自称紳士」武市くんのあやしすぎる風貌が目に浮かぶ。最近の武市くんの日課は 学校付近の可愛い女の子のデータと写真を網羅した「武市版美少女図鑑」を制作するためのロードワークだ。 放課後になるとデジカメ片手に近所の小中学校の周りに出没、ローティーン美少女たちの帰り道をくまなく暗躍して楽しんでいるらしい。 おかげであたしたちクラスメイトは、そのうち自分たちのクラスから犯罪者が出るんじゃないかと日々慄いてるんだけど。 すると黙って話を聞いてた十四郎が、遠い目をしてぼそっと、

「別にたいした問題じゃねえだろ、背丈だ見た目だは。あのコスプレ小学生もあれに比べりゃあ何のインパクトもねぇぞ」

なんて言いながら、フロアの奥にいる親子連れにお水をサービスしてるお姉さんを見つめる。
ああ、あの人ね。そっか、十四郎もあの人のことが気になってたんだ。そうだよね目についちゃうよね、あの店員さん。 いつ見ても笑顔で感じいいし、すっごく優しそうな人だし。絶対モテるよねあのお姉さんは。いいお嫁さんになりそーな、 穏やかそーなおっとり美人だよね。
・・・・・・・・・・・・・ん?あれっ。てことはもしかして、十四郎って、

「は〜〜〜ぁああ、ふ〜〜〜ん、へぇえええええええぇ〜〜〜〜!」
「おいコラ。やめろその腹立つニヤけ面、飯が不味くなんだろが」
「そっかぁ、なーんだぁ、十四郎ったら、そーなんだぁあぁ」
「はぁ?」

にたにたにたにたにたにた。
だめだぁ、我慢しなきゃと頑張って表情筋に力を入れても、勝手にほっぺたが緩んで笑っちゃう。 あたしを見下ろした十四郎は、薄手のVネックニットとインナーのTシャツを重ねた首元をボリボリ掻きながら、 片方の眉を吊り上げる。「キモい」って一言、全身がむず痒くてしかたないって顔して言った。 ちなみに今日の十四郎の服、全身がお姉さんたちからのプレゼントだ。 自分の見た目の印象向上にさっぱり関心がない十四郎は、とうぜんお洋服にも興味がない。放っておくと平気でTシャツ+ジャージで 一年過ごしちゃうから、お年頃になった末っ子長男の色気の無さを土方シスターズはいつも心配してるみたいだ。

「いっつも不思議だったんだよねぇ。 十四郎って十四郎のくせにモテるのに、ぜんっぜん彼女作る気なさそうだから」
「いや。つーか別に。・・・何を勘違いしてんだお前は。だ。誰も、作る気がねぇとは、
・・・・・・・・・・いや待てその前に何つったお前。「十四郎のくせに」ってのは何だ、おい!?」
「やーだなーもー、怒んないでよー。べつに照れなくてもいいじゃん」
「照れてねぇ!」
「なーんだぁ、そーなんだぁ、どーりで誰とも付き合わないはずだよね。 十四郎のストライクゾーンって年上だったんだ。ああいう優しそーなおねえさんだったんだぁ!」
「はぁ!!?」
「あぁ。そういやこいつの初恋、保育士の姉ちゃんだったよなァ・・・」
「えーっ、そうなの!?」
「はぁぁあああ!!?」

叫んだまんま目を剥いて固まった十四郎を、ふふん、って得意げな顔した晋助が眺める。 ええー!なにそれ!なにそれ!!あたしだって同じ保育園に通ってたのにそんなのぜんぜん知らなかったよ、 十四郎ってばおませさん!!

「なにそれっ初耳ぃ!ねぇ誰、どの先生?」
「!!!」
「こあら組のときの担任のえみり先生?それともひよこ組のときのまいこ先生!?てゆうかどっちも人妻じゃん!」
「どぁああああああ!!」
「っっ!」

いっっ。いったぁいィ!
後ろにあったテーブルの角っこに、がつんとお尻がぶつかった。 初めて聞く幼馴染みの恋バナに興奮して思わず腕に飛びついたら、もっっのすごい焦った顔してこっちを見下ろした十四郎に 奇声を上げられて全力で振り払われました、失礼な!

「〜〜っ、いたいぁぃぃ!十四郎のばかっ、そこまで嫌がることないじゃんっっ」
「晋助えぇっ、てっめえ適当にフカシこいてんじゃねえ!違う、俺が言ってんのはあれだあれ、あの女の、腰の! 挿してんだろ、なんか挿さってんだろ!ファミレスの店員に必要ねえ物騒なもんが!」
「へーぇ、腰に挿すときたぜ。年上好きのうえに尻フェチとはなァ。最悪だなお前」
「!!!?」

晋助のコートの衿に掴みかかった十四郎が絶句して、顔が、かぁーーーっと一気に赤く染まった。 わざとにやけた顔で十四郎を覗き込んで、くくっ、と意地悪な魔女みたいなあやしい目つきで晋助が笑う。 髪の色がカラスみたいに真っ黒なとことか、目つきが悪くて印象がきついとことか、この二人ってちょっと似てなくもないんだけど。 こういう時はあんまり似てない、かな?晋助のほうがどっちかっていうと女顔だし、 笑うとなんだかみょーに色っぽいんだよね。

「〜〜〜〜ばっっっ、だっ、誰が尻っつった誰が!?」
「えー、でもさー、女の人の胸が好きな人よりも、脚とかおしりとかが好きな男の人のほうが大人なんだって。人として成熟してるんだって。 「だからもそういう男を選んだほうがいいでござるよ」ってこの前言ってたよ、河上くんが!」
「いやそりゃあ大人っつーか、そいつが乳好き野郎よりもエロいこと考えてるってぇ証拠だろ?」

万斉に騙されすぎだお前、と呆れ顔の晋助が失笑してる。ふーん。へーえ。十四郎ってえろいんだー、そーなんだぁ。 わざと軽蔑の目で眺めてみたら、耳まで真っ赤にした十四郎はブンブン首振ってあたしの肩をわしっと抑える。「違う!俺は違うぅぅ!!!」と 力の限りに否定した。いやそれ逆効果なんだけど。そこまで必死に詰め寄られるとかえって疑いたくなるんだけど。

「ぁにやってんだ、うっせーぞガキども。いーから早く席につけー」

ぽんっ、と頭に手を乗せられたのと同時で聞き覚えのある声がした。あたしたちは一斉に振り返る。
ちょっと遅れて到着したのは銀ちゃんだ。台詞は教室で言ってることそのまんまだったけど、着てる服は学校で見るだらだら白衣姿じゃない。 おうちでいつも着てるよれよれジャージにロゴ入りTシャツ。その上にだらっと羽織ったパーカーも、いつもの普段着。 このパーカーよく着てるよね、気に入ってるのかな。たしか去年一緒に買い物に行ったときにあたしが選んだんだよね、これ。

「おかえりー銀ちゃん。早かったね」
「おぅ、ただいまぁ」

頭に置かれっぱなしの手の影から見上げたら、あたしを見下ろした銀ちゃんのだるそうな半目 の目尻が下がる。だるそうなのは相変わらずだけど、ちょっとだけ嬉しそうな顔になった。 袖口ゴムがゆるゆるになっちゃって手の甲を半分隠してるパーカーの腕が、ひょい、と上がって。 何の予告もなしに降りてきて、あたしの頭をもぎゅっと抱いた。

「っっ・・・!?」
「!!」

ふわりと煙草の匂いがして、耳とほっぺたがぽーっと熱くなる。
な。ななななななな、な・・・!!?
ちょっっっ。見てるよ。見てるよ銀ちゃん、十四郎と晋助が、すっごい目ぇしてこっち見てるよ!?

「ぎっっ。ぎ、ぎっ、銀ちゃん?」
「ん?何」
「・・・・・う。ううん。あのね。ええと、・・・・・・・は、早かったねっ、帰ってくるの」
「んぁー、まーな。のメール見てすぐに学校出たからぁ」

そう言って頭をなでなでしてくる銀ちゃんのサンダル履きの足は、手とはまるっきり逆な乱暴さで 十四郎たちの脚を蹴っている。晋助は器用にサンダルを避けたけど、 げしっ、と脛を蹴られた十四郎は、それでも殺気立った目で銀ちゃんを睨みつけてる。 怖い、怖いよ十四郎。やめよーよその顔、人殺しの顔だよ?ちびっこ店員さんがあんたを見て涙目になっておびえてるよ・・・!

「おらお前ら、入口前で揉めてたら店が迷惑すんだろ、 さっさと行けや。てめーらがついて行かねーから困ってんだろ、あそこのちびっこが」
「けっ。女子高生にセクハラするおっさんが教師みてーなこと言ってんじゃねーよ、えらっそーに」
「いや教師みてーっつーか教師だからね俺。え、つーかよー、なに、何でお前らまでここにいるの。俺がメシに誘ったのだけなんだけど?」

あたしの頭を回した腕でもぎゅもぎゅしながら、心底面白くなさそ−に銀ちゃんが言う。 十四郎と晋助は不愉快そうに顔を見合わせると、フン、と二人揃って鼻で笑って、二人揃ってぷいっと顔を逸らした。

「てめえには日頃っから不愉快な思いさせられてんだ。年に一度くらいは奢られてやる」
「いや奢られてやるって何。晋助お前それ、おかしいからね。理屈以前に日本語がおかしいからね」
「ああ、まぁそーいうこった。つべこべ言ってねーでたらふく奢りやがれ薄給教師」
「いやそれもおかしいからね。そーいうこったってどーいうこったって話だからね」

右に十四郎、左に晋助、すぐ背後のゼロ距離に銀ちゃん。
ホールドされて動けないまま、それぞれに何か思惑がありそーな三人の顔をおろおろと見回した。 やめて、やめてよこんなところで。今ケンカされたら当分ここに来れなくなっちゃうじゃん。冗談じゃないよ、そんなの困るよ、 今月始まった「ワグナリア秋のハロウィンフェア」の景品「ジャック・オ・ランタンマグカップ」を ゲットするには、あと三回はここに通ってスタンプカードを一杯にしなきゃなんないんだよ? なのに何なのあんたたち、あたしのささやかな野望と綿密な計画を台無しにする気ですか!?
・・・いや、でも、それより何より、今は、あの、・・・ぎっ。銀ちゃん!?
いつまで続くのこれ。いつまでこうしてる気なの?やだよこれ恥ずかしいよ。顔も首も熱くって燃えちゃいそうなんだけど・・・!

「んだよお前よー。こっちの眼帯くんはともかくとしてよー、おめーはお呼びじゃねえっての。おめーには先週もここで食わせてやったじゃねーかよ」
「っせーなド腐れ教師。大の男が細けーことにこだわんじゃねえよ」

ちっ、と人を殺しそうな顔で舌打ちした十四郎が、明るく呑気な×ィズニー風BGMの流れる通路をドカドカと直進。 フン、と馬鹿にしきった顔で銀ちゃんを嘲笑った晋助も、ちょっと大きめなモッズコートの裾を翻してすたすたと先に行ってしまった。 ぼりぼりと天パの頭を掻いて苦笑いした銀ちゃんは、眼鏡の奥のとぼけた半目で二人を眺める。おーい、と後ろから声を投げ掛けた。

「おい待てガキども。お前らよー、せめて奢ってくれる大人に対して礼とかねーわけ?」

十四郎と晋助がむっとした顔を見合わせる。ぴったり同じタイミングで振り返った。 二人揃って銀ちゃんに中指を突き立てると、ぴったり合わせたユニゾンで、

「「死ね」」


・・・どう見ても仲悪いのにね。変なとこで半端ないシンクロ値叩き出すよね、あんたたち。






フラグメンタルプール  *4  ラウンドアラウンド





小学生疑惑のちびっこ店員さんに案内された席の前で、恒例の席決めジャンケンが始まった。 参加者はあたし以外の全員。その勝負で勝者になった晋助が、今、あたしの隣でソファの背もたれに腕を伸ばして、 足を組んでふんぞり返ってる。・・・本物は見たことないけど、「暴君の王様」ってきっとこういうかんじの人じゃないのかな。 壮絶にかんじ悪いよね。「ひれ伏せ愚民ども」みたいなことを平気で言い出しそうな顔してるよね、こういうときの晋助って。

「・・・ねーねー、いつも思ってたんだけどさ。どーして十四郎も銀ちゃんも、たかが席決めじゃんけんに負けたくらいでそんなに悔しそうなの?」

・・・・・・し――――ん。
尋ねても誰も返事をしてくれない。えーっ。銀ちゃんにまでシカトされてすっかり悲しくなっちゃって、 「秋のハロウィンフェア」の一押しメニュー、「ハロウィンデザートプレート」のかぼちゃアイスをスプーンでぐるぐる掻き回す。 えーっ。なにその反応っ。いいじゃん、ファミレスの席くらいどうだっていいじゃん!ごはん食べる時間なんて長くて一時間くらいだよ? 一生そこに座ってなきゃいけないとかじゃないんだよ?なのにどーしてそこまで目の色変えて、ガチで勝負したがるの?
…まあね、十四郎と晋助が張り合うのは仕方ないかなって気もするけどさ。だってほんとに仲悪いんだもんこの二人。 なんでも本人たちの自己申告によると、保育園での初対面からお互いが気に食わなかったとかで、相手が何やっても気に入らないみたいだし、 顔合わせるとケンカになっちゃうし、高校生になった今でも、あたしの知らないとこで何かと張り合ってるみたいだし。
でも、一番謎なのは、この二人じゃなくて銀ちゃんだ。どーしてこの二人の小学生みたいないがみ合いに、大人の銀ちゃんまで参戦しちゃうんだろ。 そこまで男同士で座るのが嫌なのかなぁ、男子って。


「・・・・・・おい。やっぱおかしくねーか、この店の店員」
「あー。まーな。けどよー、向こうさんも年中眼帯してるおかしな小僧におかしいとか言われたかねーんじゃねーの」
「年中死んだ魚みてーな目ぇしたてめーにも言われたかねえだろうがな」

手近のお皿にあるものを片っ端からがつがつと食べまくりながら、十四郎が銀ちゃんに皮肉をぶつける。 切れ上がった無愛想な目がぐるっと店内を見渡す。銀ちゃんの前にあったピザのお皿を、ずずーっ、と自分のほうへ引っ張って、

「つか、どーでもいーだろ店員は。店員が微妙でも味は普通だしな」
「どこが微妙だよ。微妙どころじゃねーだろあの女。あの脇に挿さってんの、あれ、・・・日本刀じゃねーか・・・?」

さっきのお姉さんを瞳を細めて訝しげに眺めてる晋助が、自分が見ているものが信じられないって口調で言う。 あまりに驚きすぎて手が止まっちゃってる。食べかけのチーズハンバーグが刺さったフォーク、今にも手から滑り落ちそう。 ピザ一切れをものすごい速さで消化して、ずずーっ、とカツ丼セットについてきたお味噌汁を一気に啜り上げた十四郎は、呆れ返って眉を顰めた。

「っだよ、今頃気付いたのかよ。だからさっきから言ってんだろォが、あれが一番おかしいって」
「ああ、あの人?でもね、ママが言ってたんだけど、あの人って隣町の商店街の刃物屋さんの娘さんなんだって」
「いやおかしいだろ。だからってまさか、全国の刃物屋の娘があんな物騒なナリはしねえだろ」
「でもさー、最近このへんも痴漢とかひったくりとか多いから。あれも防犯対策なんじゃないの」
「いやいやいや、おかしいって。あの姉ちゃんも相当だけどよー、俺に言わせれば一番おかしいのはおめーらだからね?」
「「・・・・・・・・・・・・」」
「んだよこれ、どーいうことこれ。人が電話でちょっと席外してるスキに、なにこのやりたい放題。何のパーティー?」

坂本先生からの電話に出てついさっき戻ってきた銀ちゃんの顔は、席に戻ってからずーっと眉間がぎゅーっと狭まったままだ。 トントントントントントン。頬杖ついたテーブルを、指先で休みなく叩き続けてる。眼鏡の掛かった眉間を指でぐりぐり押してから、嘆かわしげに煙草の煙をはーっ、と吐いた。 そんな銀ちゃんを二人はガン無視し続けてる。小口に切ったハンバーグをちまちま食べてる晋助はたまに銀ちゃんを眺めてにやにやしてるけど、 カツ丼のお重をがっついてる十四郎なんか顔も上げやしない。さっきの会話に厭味っぽくツッコんだ時以外は、むっとした顔で黙々とごはんを食べ続けてる。
あたしはアイスのスプーンを咥えたまま、困って三人を見回した。銀ちゃんの言い分は誰から見たって「ごもっとも」だ。 あたしたちが囲んでるテーブルの上。そこにはもう一皿も置けませんってくらいにびっしりお皿が並んでるんだけど、 そのほとんどが十四郎と晋助が勝手に追加しちゃったお料理だ。見てるだけでお腹が一杯になっちゃいそうな量 っていうか、誰がこんなに食べるの?って量で――

「ごめんね銀ちゃん。食べきれないからやめようよって止めたんだけど・・・」
「や、いーって。別にが謝ることでも・・・・・・」

煙草を咥えた口を不機嫌そうに尖らせてた銀ちゃんが、あたしを見つめて何かに気付いたような顔になる。 吸っていた煙草を灰皿で潰して、ハロウィンプレートのお皿をひょいっと指して、

「じゃああれだわ。それ一口ちょーだい。が食わせてくれたら許す」
「・・・うん!」

よかった、銀ちゃん怒ってないんだ。嬉しくなってこくこく頷いたら、銀ちゃんもちょっとだけ口許を緩めて笑い返してくれた。
ほっとしながらフォークを持ち直して、かぼちゃタルトをさくっと刺す。クリームがふわふわで中に入ってる栗とお芋がほくほくで、 美味しいんだよねこれ。銀ちゃんも好きそうな味かも。

「ひとくちだけでいいの?」
「あー、いーわ一口で。食ってみて美味かったらもう一皿追加すっから」

うん、と頷いて、ななめ前で口空けて待ってる銀ちゃんにフォークを向ける。はい、あーん。

「おい、
「へ?・・・ふ、む、っっ」

呼ばれて横を向いたら、もぎゅっっ、と何かが口に押し込まれた。
かつんと歯に当たった硬い感触と、口の中でほどけるやわらかい感触。これ、晋助が食べてるハンバーグだ。 ぽかんとしているあたしの口からフォークをするりと抜き取って、晋助は お皿に残ってた一切れを同じフォークでさくっと刺す。ぱくっと咥えて、微妙に眉を寄せながらもごもご頬張ると、

「値段の割にはまぁまぁ、ってとこだな。ま、俺の口には合わねえが」
「晋助ぇっっ。せめて「食べるか」とか先に訊きなよ、びっくりするじゃん!」

柔らかいお肉とチーズの旨みをむぐむぐ噛みしめながら、ぐぐっ。頬に拳骨当ててぐりぐり捩じ込む真似をしたけど、 晋助ってばぜんぜん堪えてない。涼しい顔でこっちを眺めて笑うだけ。なにさもう。この子って小さい頃から唐突にこーいうことするから 困る。まあおいしいけど。おいしいから許すけど。むぐむぐむぐ、ごっくん。

「・・・おいィ、てめえこの眼帯猫目っ。出てけ。ルール護らねぇんなら出てけ!」
「はっ、何がルールだぁ?抱きつかれて泡食ってた奴がよく言うぜ」
「けっ、これだからガキはよー。人が黙って一時休戦してやってんのに火ぃ注ぐかぁ、ここで」
「何とでも言えよ。気が済むまで吠えりゃあいいぜ、負け犬どもが」
「・・・・・?ねえそれ何の話?ねぇねぇ。ねえー、」

・・・・・・し――――ん。
しつこく訊いてみたけどやっぱり誰も答えてくれない。なに。何なの、あんたたちも銀ちゃんも。 あたしは目を丸くして三人を眺めた。負け犬、なんてとんでもなく失礼なことを言われた二人は、目の色を変えて晋助を睨んでる。 だけど晋助も負けてない。お行儀わるくフォークの先で二人を指して、ふっ、と右目を細めてふてぶてしく微笑んだ。 「いつでも俺は受けて立ってやるぜ」って顔してる。
晋助は端に立てられたメニューを手に取ると、もう一度そっちに手を伸ばした。
ピンポーン。
チャイムがこのテーブルの空気にちっとも合わない、なんだか浮かれた音色で鳴り響く。

「ちょ。なに。晋助くーん?何やってんのお前、何押してんの」
「あぁ?店員呼んだら追加するに決まってんだろ」
「おまっ、まだ喰う気!?」

そこへ「お待たせしました」とにっこり微笑む刃物店のお姉さんが登場した。 フリル付きの白いエプロンの腰のあたりに理解不能な怖ろしいものを見るよーな目をちろっと向けると、 晋助はろくに見てもいないような適当さでぱらぱらとメニューをめくる。次々と注文していった。

「あとはシーザーサラダとペペロンチーノ。それとあれな。が――、そう、そいつが食ってるあれでいい。おい、お前は」
「ポテトとBLTとハンバーグドリア。ピザ、マルゲリータ二枚。マヨネーズトッピングで」
「はい、ご注文は以上でよろしいですか?繰り返します、きのことチキンのハーブ焼きセットがおひとつ、――」

大量の注文をおっとり笑顔で読み上げたお姉さんがいなくなると、晋助が銀ちゃんにメニューをべしっと投げつけた。 防御が間に合わなくって顔面で受け止めちゃった銀ちゃんが「ぶはっっ」と呻く。 性格の悪さが滲み出てる笑顔で楽しそうに銀ちゃんを眺めると、晋助は「お前らの分も持ってきてやる」 なんてちっとも晋助らしくないことを言い出して、ドリンクバーのおかわりを貰いに席を立った。あたしと銀ちゃんは目を丸くした。 私服だとスレンダーな女の子にも見える細い背中を見送って、顔を寄せ合ってひそひそざわめく。

「どうしよう銀ちゃん。あたしたちの分まで持ってくるって、晋助が!去年までドリンクバー知らなくて店員さんに「飲み物が来ねぇ」って文句つけてた晋助が!」
「何。何なのあいつ。高校入ってダチも増えてよーやく更生したかと思ってたのによー、 あれ、また中二病がぶり返してね?――って、・・・ぁあ!?」

なんて二人で不気味がっているうちに、テーブルの上がすごいことになっていた。気付いた時にはもう遅くって、 銀ちゃんもあたしもぽかーん、だ。お料理がない。一皿も残ってない。 残ってるのはあたしの食べかけのハロウィンプレートだけ。犯人はもちろん十四郎だ。 あたしたちが晋助に気を取られていた間も黙々と食べ続けてた十四郎が、テーブルに残っていたお料理をきれいに平らげちゃった・・・!

「・・・あのよー。いちおう訊いとくけどよ。何お前、まさか今から角界入りとか狙ってんの」
「んなわけねーだろ。成長期だからだろ。どう足掻いても成長の見込めねえおっさんと違ってな」

フン、とかんじ悪く笑って、最期のひとくちをもごもご噛みしめてる十四郎が、からんっ、とフォークを乱暴に放る。銀ちゃんは「あーあー、何なのこいつら」って顔で おでこを抑えて天井を仰いで、ソファにへなへなっと倒れた。 そんな銀ちゃんを縄張りを荒らしに来た敵を威嚇してる犬みたいに睨みつけながら、十四郎は空になったお皿をどんどん端に重ねていく。 口許を拭いたおしぼりを、ぺしっ、と銀ちゃんめがけて投げつけた。 めずらしく真顔でむっとした銀ちゃんのことは完全無視で、空になったグラスをひょいと上げて、
「あーすんませーん。水もらえますか、」
近くのテーブルを片付けていた店員さんにしれっと声を掛けた。あたしとあんまり年が変わらなさそうな、ショートカットの女の子だ。 おとなしそうな雰囲気のその人は「はぁい」とちょっとはにかんだような笑顔で振り返って――

「っっっ!!」

なぜか顔を真っ青にした。ぼたっ、と手からおしぼりが落ちて、からからぁんっ、と派手な音を立ててトレイが落ちて、 直立不動になった店員さんの全身が、まるでマナーモードの携帯なみにブルブルと震え出す。 ええっ、なぜっっ、どーして?十四郎はあなたに声を掛けただけですが!?
ぎょっとした十四郎がグラスをぽろっと落として、あたしも銀ちゃんもその子に唖然としていたら、
「伊波さんっ。落ち着いてください伊波さんっっっ」
そこへたたーっと、メガネをかけた男の店員さんがあわてて走ってきたんだけど、
・・・・・・元々驚いていたあたしたちは、その人を見てさらに目を点にした。

「すみませんお客様、すぐにお水をお持ちします」

どよめきが走ったお客(=あたしたち)を前にしてるのに、現れたメガネの店員さんは平然とした態度だ。 きっちり頭を下げて謝った以降は、こっちには目もくれなかったけど。 その人は震えてるショートカットの店員さんの肘のところを持参したマジックハンドで上手に掴むと 「だめですよ伊波さん、うかつに男性客に近付かないでください」なんて言いきかせながら、バックヤードに連れて戻っていった。

「・・・・・・ちょっ。何、あれ、」
「あれな、あれだろ。なんだっけあれ、先にハサミみてーのがついてるあれ」
「マジックハンドだろ。びよーんと伸ばして遠くのもんとか取るアレだろ。ハンズで見たぞ」
「俺は深夜の通販で見た」
と、いつのまにか戻ってきていた晋助が言った。あたしたちに振り返って、呆れきった目をして付け加える。

「おい、やっぱやばくねえかこの店。まともな店員が一人もいねえぞ」

目元をピクピクさせて店員さんたちを見送った十四郎が、引きつった顔であたしに尋ねた。

「・・・・・。おい。俺、今、・・・・・何かしたか?」
「さ、さぁ・・・?あ、もしかしてさ、十四郎の顔が無愛想で怖かったとか?」
「いや違うだろ。あれはこいつの視線があの女のケツに集中してんのを察した拒否反応だろ」
「見てねえし!つかっっ、どこまで拒否られてんだよ俺の視線は!!!」

だんっ、とテーブル殴ってムキになる十四郎をさらにからかいながら、晋助はさりげなくあたしたちにドリンクを配った。 なかなか中二病が治らない暴君幼馴染みは、実は銀ちゃんのドリンクだけに悪戯を仕掛けていて、一見アイスコーヒーに見えるそれは、 実はあらゆるドリンク全部混ぜの晋助スペシャルブレンドで。 勢いよく飲んでしまった銀ちゃんが、ぶはーーーっと思いっきり吹き出したのは、それから三十秒後のことだった。





text by riliri Caramelization 2011/10/10/

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