最近あたしは毎日のように人を殴っています。

いいえ。いいえいいえ、違います違うんです、どうか誤解しないでお願いです。それはあたしが特別凶暴な子だからとか、 実はボクサーだとかストリートファイトに明け暮れているからとか、そんなワイルドサイドな理由からじゃないんです。 あくまで自分の身を守るため、ようするに自衛手段です。 殴る相手はいつも同じ、たった一人だけ。場所はその人の家かあたしの家。殴るときには全力で。かならず道具を使います。 おとといはお鍋でした。昨日はおたま。ちなみに今日は今週号のジャンプです。
・・・そこまでやるのは過剰防衛?
とんでもない。普通の女の子が素手で立ち向かって敵うような相手じゃないんです。 黙っていればそこそこにかっこよく見えたりもするけれど、中身は獣以上にケダモノなんですあたしの彼氏は。 ほら今も、五度目のクリティカルヒットから二秒でむくりと起き上がったところ。痛そうに鼻を抑えているけれど、 その目はやらしく笑っています。余裕しゃくしゃくであたしをソファに押し倒すと、すかさず跨がってマウントポジションを取りました。
・・・どうして世の中ってこうも不公平なんでしょう。どうしてこんなに馬鹿力で頑丈なんですか銀ちゃんは。 一番硬い背表紙の角のところで狙ってあげたはずなのに!

ちゃーん。なに、何怒ってんの。いーんだって何も心配いらねーって、銀さん常に準備万端だからね、ほら!」
「最低!!!!!」

ポケットから指に挟んで堂々と突き出したのは、四角いビニールに包まれている薄いあれ。しかも三個も、 トランプみたいにぴらーっと扇形に広げて、にたーっと笑ってみせたりして。
…最低。最低だよ銀ちゃん。最低すぎて泣けてくるよ。なんでそんなに自慢げなの。 それが「付き合い始めて一ヶ月、そろそろ最初のえっちがしたいんですお願いです」って女の子に迫る男の態度なの!?

「セクハラで訴えるから。絶対使わないからそんなもの」
「えぇえええっ、マジで!いーの、使わねーのコレ?いやいやそりゃー俺はそのほうが嬉しいけどぉー、 いーのかよ最初っから中出「違ううぅぅ!」」

ばしいっっっ。でれーっと笑う最低な口が最低なせりふを言い終わらないうちに、ジャンプで横っ面を張り飛ばす。でも駄目、全然効いてない。 ゾンビみたいな薄気味わるい動きでゆらぁーっと起き上がると、銀ちゃんはあたしの肩を掴んだ。 ぐっと押しつけられて身体が沈んで、固めの古いソファがぎいっと軋んだ。
ゆっくり顔が近づいてくる。 万事屋の天井が見えなくなって、目の前が暗くなって。こつん、とおでことおでこがくっつく。 探るような目でじいっと覗き込まれるのが嫌で、あたしはきゅっと目を瞑った。

「なー。なーなー。そろそろ教えてくれてもよくね?どーしてここまで拒まれてんの俺」
「銀ちゃんこそどーしてそこまでところ構わずなの!?ああもぉ信じらんないっ。おとといは台所でいきなり抱きついてくるし、 昨日は食事終わった途端に、しかも神楽ちゃんの前で!」
「いやいやあれはちょっとしたスキンシップだって。何事も行動で示せって言うだろォ、 今夜こそくんずほぐれつ仲良くしよーなってとこを積極的にアピールしたんだって」
「そんなおっさんくさい積極性アピらなくていいから!だいたいタイミングが悪すぎなの銀ちゃんは、お料理中とか子供の前とかありえないっ。 そーいうことする時はもっと考えてよ!」
「いやいやだーからー、今日はいいだろ、オールクリアだろ?」

うぅう、と膨らませた頬を情けない声で一杯にしてこわごわと目を開ける。 目に映ったのは影を落とした銀ちゃんの少し不満そうな顔。静まりかえった居間にはあたしと銀ちゃんの着物が擦れ合う音しか聞こえない。 夕方に神楽ちゃんが定春を連れて友達の家に泊まりに行って、ご飯を食べた後で新八くんが帰ってしまってから、万事屋はやけに静かになった。 誰の足音もしない。誰の声もしない。あたしがここに泊まるたびに「、今日はいっしょに寝るアル!お風呂も一緒ネ!」と にぎやかに飛びついてくる神楽ちゃんの声も、銀ちゃんが近づくたびに餌か何かと勘違いして「わぉんっ」と噛みつく定春の声もだ。 今夜のこの家には銀ちゃんとあたしの二人きり。「神楽の奴が急に言い出してよー」なんてしらばっくれていたけれど、 もちろん銀ちゃんの罠にきまってる。賄賂の証拠をあたしはこの目で見てしまった。真っ赤なチャイナ服のポケットを ぱんぱんにしていた真っ赤な箱――そう、大量の酢昆布を。
・・・油断した。大失敗だ。だって「まぁどーにかなんだろ」が日頃からの口癖で、何事も行き当たりばったりで生きてる 面倒くさがりの銀ちゃんが、まさかこんなことにだけ用意周到さを発揮するなんて思わなかったんだもん!

「・・・で、でも、だ、誰か来るかも、そう、あの、ほら、新聞屋さんとか!」
「いやいやいやいや。来ねーだろ、夜中の十時に新聞屋は来ねーだろ」
「か、桂さんとか!」
「はぁ?ヅラなんか来たって閉め出すに決まってんだろぉ?つーか鍵なんかとっくに閉めたしぃ。なに、これでなんか問題あんのかよ他にぃ」

ちゅっ、とほっぺたに小さな音をたてて、銀ちゃんの唇がくっついた。顔を上げて、見透かしたような目であたしを見てにっと不敵に笑った。 キスは何回も何回も、どうにかしてあたしの機嫌を直そうとして降ってくる。頬に。半分閉じた瞼の上に。おでこに。持ち上げられた髪の毛に。 いろんなところに柔らかく、あたしをどうにか宥めすかそうとして降ってくる。
・・・こんなことくらいで騙されてなんてあげないんだから。
そう思ってるのに落ち着かない。胸の中でふわふわと心臓が浮かび上がっているような落ち着かなさだ。 キスの雨が始まってからずっと、視線が上下左右にふらふら揺れてばかりいる。 どうしてこんなに落ち着かないのか。それは、銀ちゃんがいちいちあたしの反応を伺ってくるから。

「っかしーよなぁ・・・」

近づいてくる大きな銀ちゃんの手を、なんだかくすぐったい気分で眺めた。 あったかくてがっしりした手のひらがほっぺたを包んだ。指先にふにっと摘まれた。

「・・・別におかしくないよ。普通だよ。どこがおかしいの」
「いやいや、おかしーだろ。どー見ても変だろお前。だってよー」

言いながら銀ちゃんは急に距離を縮めた。重たい胸板があたしの胸に重なってきて、唇も重なる。 怪訝そうな響きで途絶えた声と、それを漏らした銀ちゃんの唇で塞がれる。 強く吸いついた唇から舌先が割り込んでくるのと同時で、硬くて骨太な両腕が背中まで回ってくる。 かぶりを振ってキスが深くなるのを拒んだあたしを無視して、銀ちゃんの片腕が頭を押さえ込んできた。 その力の強さにびっくりしている間に、中へ滑り込んできた舌に絡め取られた。 絡まって、舐められて。引っ張られて、押し込まれて。熱い息遣いが混ざり合っていく。 口の中をゆっくり撫で回るような動きで一杯にされる。とん、とあたしは圧してくる胸を叩いた。 銀ちゃん、くっつきすぎだってば。ぴったり合わせた唇の皮膚と皮膚にはどこにも隙間がないから、酸素が足りなくなってくる。 絡め合っているうちに苦しくなって、唾液と唾液が混ざり合って流れてきて。思わずごくんと喉が鳴ってしまった。

「ん、っ・・・」

口の中も喉も、熱い。熱い。銀ちゃんの舌、熱い。
自分のものじゃない、口の中をゆっくり動き回る温度をぼうっと感じているうちに、 頭の中まで熱くなって。頭を優しく撫でられたら、身体中の力がふうっと抜けていった。

「はい、よく出来ましたぁ」
「・・・・・な、何が、っ」
「だって初めてじゃん、お前がこんなんさせてくれたの」
「っっ。ち、ちが、今のは、っ」
「なー、気持ちよかったんだろ今の。もう少ししてもいーかなぁとか、・・・思わねー?」

ちゅっ、と舌を鳴らして離れた銀ちゃんの口が、とんでもなく恥ずかしいことを聞いてくる。 思わないってば。ああ。やだ、ばか。力一杯ぎゅーってするな。
困る。困るよ銀ちゃん。だって、そういうことされたら、・・・・・。


「ん、・・・く、ふぅ、・・・っ」

キスで塞がれた喉の奥で、変な声が出た。すごく鼻にかかった、甘えた子犬みたいな声。こんな声出るんだあたし。初めて聞いた。 背中で銀ちゃんの手が動いてる。ふっと帯が緩むのを感じる。結び目がいつのまにか解けてる。がさがさと、ソファや着物と擦れて鳴る銀ちゃんの動き。 帯が緩んだら自然と着物も緩んできて、肌蹴た衿元から手をすうっと差し込まれた。

「っ、・・・」

鎖骨をすっと撫でていった指の感触で息が詰まる。 衿を掴んで肩まで大きく広げると、銀ちゃんはその内側に着た襦袢の上から胸を撫で上げた。 あたしは肩を縮み上がらせた。
でも大丈夫。ここまでは平気。最後までしたことはないけれど、ここまでは知ってる。ここでも、あたしのうちでも経験済みだ。 他の子に比べると小さくってちょっと情けない思いをしているふくらみを、銀ちゃんはやんわりと手のうちに納める。 気を遣ってるのかな。この前よりもうんと柔らかい手つきだ。指に弱い力を籠めてふわふわと揉んできた。 だけどそんな柔らかく緩めた動きも、こんなにゆっくり、じれったいくらい丁寧に続けられると、受け止めるあたしの感覚も少しずつ違ってくる。 ああ。やだ。どうしてこんなことするんだろう。やめてほしい。腕を押し返そうとしたり、身体を捻ってもがいたりしたけど無視された。 キスもずっと続いてる。変だ。変になってる、あたしの身体。これ以上繰り返されると身体ごととろんと蕩けちゃいそうだ。
前にされた時は恥ずかしくて固まっていただけで、こんなこと感じなかったのに。


。なぁ」
「・・・・・・・・え、」

長いキスが唐突に終わる。銀ちゃんの手もようやく離れた。
…もう気が済んだのかな。 なんとなくほっとしながら、離れていく手を蕩けた目線でぼうっと追った。 身体を起こして唾液の光る唇を手の甲でざっと拭うと、銀ちゃんの手がまた伸びてくる。え、と目を丸くして見上げたら、 目の前に被さってくる表情はうっすらと笑っていた。 揉んでいたほうのふくらみにもう一度触れて、――さっきは一度もしなかったことを、急に、

「や、・・・ぁっ」
「なぁ。これ、気持ちいぃんだろ」
「・・・!」

いっぱい触られているうちにおかしくなってしまったところを、銀ちゃんの指が襦袢の上から摘んで弾く。

「やぁ、銀ちゃ、・・・や、やだ」
「ん。なんかここ。固くなってきた。・・・なあ。気持ちいい?」

指の先でくにゅくにゅと転がされた。やだ。やだ。やめてよ。やだ。 そう言いながらあたしがびくんと背筋を跳ね上がらせたから、銀ちゃんはすごく嬉しそうに口端を上げて。 ちゅっ、と軽いキスを唇に押しつけた。それからもそもそと頭を下げていって、あたしの胸に顔を埋めて。 ふあぁぁ、と脱力しきった眠たそうな溜息をついた。銀ちゃんの吐息の熱さや、お腹に当たってる胸の動きがすごく生々しくわかる。・・・恥ずかしい。

「あー。いーわぁこれ。やーらけ〜〜・・・」
「やだぁぁ。やだっていったじゃん、それっ」
「ぇえええ。何で。何がそこまでやなんだよお前はぁ。させろよ気持ちいんだからよー」
「〜〜〜っだからっ。この前も言ったじゃない。いやなの、・・・小さいからっ」
「はぁ?どこが小せーんだよ。どっこも小さかねーよ。お前が胸小せぇとかお妙の前で言ってみろよ、瞬殺されんぞ」

とお妙さんに笑顔で瞬殺されそうなことをしれっと言って、
「んじゃ、もっと気持ちよくなってみよーかぁ」
「え、・・・っ!」

ぱくん、と銀ちゃんの口が動いて、あたしは悲鳴を上げて固まった。
食べられた。ううん、口に含まれた。固く尖った先を。伝わってくる。じわじわと襦袢が濡れていく感触が。 銀ちゃんの口内の温度と、柔らかく先端を咬む舌先や歯の動きが。襦袢とブラの厚みを通して伝わってくる。

「あ、・・・・やだぁ、銀ちゃん、っ」
「んー。大丈夫。慣れると。よくなる。・・・らしいから」
「ら、らしい、って、・・・あ、ぁん」
「うわ、ちゃーん。なにそのえろい声。初めて聞いたんだけど俺」
「〜〜っ、ばかぁ、や、ぁ」
「なぁ、もっと出して。今の声」

こっちも、と手が伸びてきて、腕で隠していたもう片方の胸を掴まれる。 ふにゅっと揉まれたふくらみは、銀ちゃんの広げた手のひらにすっぽり収まった。 ゆっくりと撫で回して、そうっと揉んで。小さな先を指先で弄って。 銀ちゃんの手はいろんなことを繰り返した。手に籠められた力が少しずつ強くなる。 もう片方の胸も同じように握られて、舌で何度も舐められて。熱い。舐められるとお腹の中が熱くなる。 身体が飛び跳ねそうになるのを身じろぎしながらこらえた。ふぁ、とまた子犬みたいな困った声が出た。

は、・・・さぁ」
「ん・・・?」
「男とするの、初めてか?」
「・・・・・・・・・・女のひととはしたことないよ」
「いや、そっちの意味では聞いてねーから」

つーかそんなんで「ある」とか言われてもよー。衝撃の告白じゃん。んなもん絶対聞きたかねーんだけど。
むず痒くてたまらなさそうに首をがしがし掻きながらブツブツと愚痴った銀ちゃんが、ちろりとあたしを見上げて言った。

「や。だってよー。こんなんもされたことねえんだろ。それってよー。 ・・・思うじゃねーかよぉ、男はほら、こーいうの見ちまうと期待したくなるんだって」
「何を」
「いや何をって。そりゃあお前、・・・」

しどろもどろに黙るとむくっと身体を起こして、ソファに突いた両腕であたしの顔を挟んだ。半目でじとーっと見つめた。 恨めしそうというか、物欲しそうな目でじとーっと。 ごくり、と唾を飲み込む音が銀ちゃんの喉元で鳴る。あ、やばい。こっちを見る目つきが変わった。目が据わってる。 そう思って身体を退こうとした瞬間に、がばあっ、と飛びつかれた。

「ぎ、っ!」
「いやだってよー、答える気ねーんだろお前。なら確かめさせてもらうわ」
「やだぁっっ、あ、うわ、ひゃ、ひぁあやめっ」

じたばたじたばた、げしっ、ばこっっ。
圧し掛かった重さに四苦八苦しながら目一杯足を暴れさせる。引き締まって硬い腿に膝蹴りを決める。 だけど銀ちゃんは無反応。何の効き目もなかった。それどころかあたしのほうが痛手を受けた。膝の骨が割れるんじゃないかって痛さだ。 なんなのこの脚、鉄板でも仕込んであるの!?涙目になりながら頭上をがさごそ探って、さっきのジャンプをもう一回引っ掴んで頭をべしべし殴る。 それでも銀ちゃんはあたしを放さなかった。「いってーよバーカ」とかたいして痛くもなさそうな口調で言いながら、大きな手は襦袢の衿をがっと掴んできた。 止める間もなく薄い布はひん剥かれて、一瞬で肩やブラどころかお腹まで丸出しにされて。自分の身体を見下ろしたあたしは声も出なかった。 金魚みたいに口をぱくぱくさせて、こっちを見下ろしている銀ちゃんを見つめ返す。 いつのまにか手を止めて、呆れ返ったかのような糸目でこっちを見ている銀ちゃんを。

「なに。なにそのびっくり面。そこそこ嫌がっとけば俺もここまではしねーだろーとか思ってた?」
「・・・・・・」
「甘めーんだって。その程度で引き下がるとおもってんの俺が。 嫌がられたってやりてーに決まってんだろ。穴があったら入りてーに決まってんだろーが」
「〜〜〜!さっっっ、最っっっ低!!!」
「あーそーだよ最低だよ俺ぁ。今まではが妙に怯えてっから遠慮してただけだからね」
「なっ。なに急に開き直ってんの!」
「んだよぉぉ。ここまではいーのに脱がせるのは駄目?てかお前あれだよな、最初俺がここで押し倒した時は結構その気だったじゃねーかよォォ」
「あの時はあの時でしょっ。ち、違うのあれは、場の雰囲気に流されてっていうか舞い上がってたっていうかっ」
「じゃあ今日のこれは何だよ。何なのお前、触らせるだけ触らせといてここで寸止めってよォ、・・・なんなのこれ。・・・何プレ・・・イ・・・・・・、・・・」

言いながら視線をあたしの顔から身体へと下げていった銀ちゃんは、さっきとは違う意味で目の色が変わってきた。 肌に突き刺さりそうな視線はあたしの胸に一点集中だ。しばらくそこを穴が空くほど見つめると、視線がさらにつーっと下がっていった。 自分じゃ見えないから判らないけれど、多分ぱんつも半分くらい見えてるんだと思う。あたしを見つめている顔の、引き結んだ口許が もどかしそうにむずむず動いてるから。あ、いま喉動いた。ごくん。唾呑んだ。
溜息をつきたくなった。こういう時の銀ちゃんてほんとに、どうしてここまでってくらいに考えてることが透け透けだ。

「てことはよ。・・・お前、やっぱ、」

言葉を詰まらせた喉が動いて、ごくりと大きく唾を飲み込む。すごく喉が渇いているような表情になる。 それを見ていたら、あたしはライオンに襲われ食べられる寸前の小動物みたいな怯えた気分になった。 思わず身構えてしまって、ぎゅっと身体が縮む。そんなあたしを見ていた銀ちゃんはなぜか全身を硬くして――こうやって跨がられていると なんとなく気になるあの部分まで急に硬くして、「だぁあかぁあらあっ、そーいうそそるツラすんなって!」と すごく切羽詰まった情けない顔で怒った。

「あーあーもぉ、どーすんのこれ、どーすんだよこれえぇぇ。 お前がそーいう態度続けるとぉ、銀さんの股間と淡い期待は育ち盛りのガキの身長みてーにムクムクメキメキ育っちまうだろーが!」
「銀ちゃんその例え最低だよ。全国の育ち盛りの少年少女に謝ってよ。てゆうかぐりぐり押しつけるなぁぁ!」
「ああそーだよ最低だよ俺ぁ。お前が処女かどーかをはっきりさせるか今すぐヤらせてくれねー限りなぁ、俺ぁ最低なままなんだよ!」
「・・・。銀ちゃん、どっちにしろ最低だよ」

呆れを通り越してうらやましいくらいだよ。どうしてそこまで恥ずかしげもなく開き直れるの銀ちゃんは。
銀ちゃんの頭の上まで振り上げていたジャンプを、はぁあ、と疲れきった溜息をつきながらへなへなと下げる。ぎゅっと抱いて顔を隠した。


どうしよう。
言ったほうがいいのかな。言わなければどうなるんだろう。言わずにこのまま拒否し続けたら。

・・・嫌われるよね。
この話はここでなし崩しのまま終了です、これから先はえっちなこと抜きの清いおつきあいでお願いします、・・・なんて銀ちゃんには無理。 うん。そうだよね。そんなの銀ちゃんに限らず、どんな男の人だって納得いかないんじゃないのかな。
きっと銀ちゃんは知りたがる。あたしが拒む理由を知りたがる。それでもあたしは隠したがる。隠そうとすればするほど銀ちゃんは不審がるだろう。 「これじゃ付き合ってる意味ねーじゃん」そう思うかもしれない。ううん、必ずそう思うだろう。あたしが黙って押しつけようとしてるのはそういうこと。 そう思われても仕方のないこと。

どうしよう。
言わないで不審がられるか。
正直に話して引かれて、・・・最悪、面倒くさい子だと思われるか。
でも、銀ちゃんの最低な例え話みたいだけど、――このまま拒む理由も言わずに、ただ「いやだいやだ」で暴れ続けたら。
・・・その先はなんとなくわかる。 好きな人に隠しごとをし続けるあたしは、最終的には、銀ちゃんのことなんて言えないくらいに最低な子になっちゃうかもしれない。



「・・・・。こわい。」
「はぁ?」

たった一言。やっとの思いで声にした。 どう言おう、どう言ったらいいんだろう、って散々考えたあげくに口からこぼれた言葉は、 喉を詰まらせているみたいな硬くて短い声だった。これじゃただの独り言みたいだ。
視線避けにしていたジャンプをずらす。あたしを見下ろす銀ちゃんの表情は微妙に曇っていて、怪訝そうに首をひねった。

「んだよ怖えぇって。え。何が。俺が?」
「・・・ううん」

ぶんぶん、と大きく頭を振って答える。俺?と自分の鼻先を指している銀ちゃんはすごく怪訝そうだ。妙に真剣な顔つきを見ていたら可笑しくなった。そしてさみしくなった。
ありえないよ。銀ちゃんがこわいだなんて、そんなこと一度も思ったことない。
・・・そうだよ。銀ちゃんがよかった。銀ちゃんならよかったのに。もしも最初にああいうことになったのが銀ちゃんだったら、 あたしは怖いなんてかけらも思い浮かべたりしなかったんじゃないのかな。

「出来ないのあたし。痛くてこわくて。出来なかったの。一度も出来たことないの・・・」

ずっと感情剥き出しだった銀ちゃんの顔が、静かに表情を消していく。それを見ていたら胸の中に冷たい風が吹いて、ざわざわと騒いだ。 あの表情を見ているだけで不安になる。手の端にまだ引っかかっていたジャンプを引き寄せて、ぎゅっと抱き締めて胸を隠す。 紙の質感が素肌にひやりとくっつくと、なぜかもっと不安さが増した。


「あの。・・・一回。好きだった人と、そういうことになって。途中までしたんだけど。痛くて、でも、やめてくれないから、・・・」

こわかった。
一度そういうことになって、こわい思いをした。

胸の中に鍵を掛けて閉じ込めていたのはこれだけ。これだけが銀ちゃんを拒んできた理由。
他に何もない。たったこれだけの理由。なのにたったこれだけが言えなかった。
自分でも、どうしてここまで頑なに隠そうとするのかよくわからないけれど。とっくに終わったことだし、すっかり忘れたつもりでいたんだけれど。 こうして銀ちゃんと付き合うようになったら、どう話したらいいのかがわからなくて、言いづらくて、恥ずかしくて。 それから、ほんのすこしだけ、――こんなあたしが銀ちゃんにどう思われるかがこわかった。
銀ちゃんを信じていないわけじゃない。でも、もしこれを知られて嫌われたらどうしよう。 面倒くさい子だって嫌がられたらどうしよう。心のどこかでそう思ってたのかもしれない。


「出来なかったの。すごく嫌がって騒いだから。・・・怒鳴られた」
「・・・そんで?」
「それっきりだったよ。電話しても出てくれなくってね」

あれからしばらくの間、あたしは男の人が苦手になっていた。ああいうことがあってから数ヶ月は、 友達や知り合いにほんのちょっと笑いかけるのも大変で。ちょっと近寄られただけでぴくっと顔が引きつっちゃうくらいに緊張してた。 電車に乗るだけでもびくびくしてた。もうすっかり平気になったけど・・・少なくとも銀ちゃんに会うまでは、ずっとそんなかんじだった。
今ではそんな自分がいたなんて嘘みたい。思い返すとちょっと可笑しいくらいだ。なんだったんだろ、あの時のあたしって。 今考えれば、あたしとあの人は合わなかったってだけのこと。ううん、一度思い通りにならなかっただけで無視するような人なんて こっちからお断りだ。

「今考えるとさ、ずいぶん失礼な人だよね。 あ、でもね、あたしも「痛い痛い」って暴れたり引っ掻いたり、ひどいことしたんだけど」
「・・・ひどかねーよ」
「え?」

聞き返して目を丸くしたら、銀ちゃんは何も言わずに腕を回してきた。 脇の下に手が入って持ち上げられて、腰がふわっとソファから浮いて。 うわ、と悲鳴を上げているうちに、あたしは銀ちゃんの膝の上に座らされていた。 なに、と見上げる間もなく背中を引き寄せられる。目の前が真っ暗になる。

「え、・・・ぎ、んちゃ、・・・・・・」

――あったかい。
顔も身体も、ぴったりと抱き寄せた銀ちゃんの腕の中。姿勢を崩してもたれかかっている。 がっしりした腕はあたしの頭を覆い隠そうとしているみたいに絡みついていた。

が気にしてやるこたー何もねーって。お前がそいつになにしたってんだよ」
「・・・、何って、」
「してねーだろ。てめえの下手さを棚に上げて女に当たる野郎が悪りいの。お前は何もしてねーよ。ひでーことなんて何もしてねーだろ、お前は」

くっついた胸と胸から、聞いただけでどきっとするような低く籠もった声が直に伝わってきた。 背筋が反り返るくらいにぎゅぅっと、力任せに抱きしめられて。

「・・・そっか。嫌な思いしちまったな」

怖かったな。
やさしい響きが伝わってくる。合わせた胸を通して身体の中まで――声が心臓まで流れ込んでくる。着物を通した身体の熱と、すこし早い銀ちゃんの心臓の音も。 銀ちゃん、あったかい。口の奥でそうつぶやいたら、もっと胸が高鳴った。頭を天辺から襟足まで撫でた手が、そっと耳に触れて。

「・・・、」
「は。はい?」
「無理。やっぱ無理。無理無理無理、ぜってー無理だからこれ」
「・・・へ、」
「今日じゃねーと無理。どんだけ嫌がられても殴られてもするから、俺」
「はぁ?」
「ほら、ここここ。ここに腕掛けて、腕」
「え、・・・ちょ、銀ちゃ、っ!」

あれよあれよという間にあたしは宙に浮いていた。腕を引っ張った銀ちゃんにソファから引き上げられて、 着物の膝裏に手が滑り込んできて、軽々と持ち上げられて、気づいたら腕を掛けた首筋にぶら下がってる。え、やだこれ、怖い。 姿勢がかなり不安定なんですけど。

「ねぇ、降ろしてっ」
「だーめー。降ろしたら逃げるだろお前」
「逃げないってば、ひゃ、や、ちょっっ、」

居間を出た銀ちゃんは、廊下をやたらに急いで歩く。 「なにそれ、なんなのそれ、普段は余所見して鼻ほじりながらヨタヨタ歩きばっかしてるくせに!」ってあたしの目が点になるくらいに、どかどかとまっしぐらに突き進む。
・・・目標があると人の動きってこうも変わるものなんだね銀ちゃん。そのやる気をどーして普段も見せられないの。 はぁあああぁ。お腹の底から呆れ果てた溜息が沸いてきた。まあそんなことはともかくとして、…大丈夫なんだよね、安全なんだよねこれって。 別に銀ちゃんを信じていないとかじゃないんだけど、これ、早いからそのぶん揺れも大きくって――怖いぃ!


「ひゃ、揺れ、ぎ、銀ちゃ、」
「大丈夫だって。落としたりしねーからじっとしてな」
「どこ行くのっ」
「俺の部屋。椅子の上じゃ狭めーしよ。最初があそこってのも味気ねーだろ」

まあ、俺の寝床だってたいして変わりゃしねーけど。
笑い混じりにぼそぼそ言うと、なぜかその場で立ち止まった。部屋はすぐそこに見えているのに。 不思議に思っていたら、銀ちゃんは声音を静かに落として喋りはじめた。

「あのよー」
「うん・・・?」
は思い出したくもねーんだろーけどよー。俺な。今、その見たこともねえ馬鹿野郎に感謝してんだわ」

そう打ち明けてくれたのは、なんだか聞き慣れない神妙な声で。
見上げた顔は廊下の先にある部屋の戸を見つめていて。その表情に思わずどきっとした。 喋り声と同じくらい見慣れない顔だ。気だるげな伏せ気味の目はどこか遠くを見つめていて、何かを深く考え込んでいるような表情をしていた。

「そいつのおかげだろ。ろくに男も知らねー、綺麗なまんまでが俺のもんになるのは。 の初めての「気持ちいい」だって、そいつがを諦めてくれたおかげで全部俺のもんだ」

あたしは抱きかかえてくれる人をぽかんと見上げた。

・・・きれいなまんま、だって。

なにを似合わないこと言っちゃってんの。おかしいよ。らしくないよ銀ちゃんたら。 明日は予報が晴れなのに、きっと銀ちゃんのせいで雪が降るよ。どうしてそんな真面目な顔して。・・・、

言おうとしたことはどれも声にならなかった。
なにそれ。違うのに。きれいじゃないよ。お手つきされてるんだよあたし。諦めてくれた、じゃないよ。嫌がられて自然消滅扱いされたんだよ。 なのにきれいなまんまだって言ってくれるの。どうしてきれいだって言い切れるの。

・・・そうだって信じてくれるの。

このからだの持ち主のあたしだって自信をなくして、疑ってたことを。
どうして?どうしてそんなこと。あたしのこと、そんなふうに、思ってくれるの。


「・・・・・違うし。やだ。もうやだ。なにそれ、・・・・・」
「ちょっ。ちゃーん?おいおい、そりゃあねーだろ。なに、泣くほど嫌がられてんのかぁ俺?」
「違うよ、・・・っ」
「ん−?」
「泣くほど。きらいな。人、に。こんな、・・・ぐちゃぐちゃな顔、・・・見せなぃ、・・・っ」

ああ。銀ちゃんの顔。消えていく。

目の前が熱いしずくで覆われて、ぶわっと滲んで。ゆらっと崩れて。見えない。見えなくなっちゃう。
ばか。銀ちゃんのばか。
なんなの、そのすっとぼけた顔。あんな情けない泣きそうな声出したくせに、目がしっかり笑っちゃってるよ。 わざとらしくてこっちまで笑っちゃうよ。
泣いてなんかない。違うよ。嬉しいんだよ。

嬉しくて。 嬉しすぎて。 安心しちゃったんだよ。

『怖かったな。』
銀ちゃんがあんなこと言うから、気づいちゃったんだよ。
もう何でもない。気にしてない。あんな人のことなんてすっかり忘れちゃった。
そう思って忘れたつもりでいたことが、本当は全然、ちっとも何でもなくなかったんだって。

傷ついたんだ。
ううん。あたしはずっと傷ついたままだった。ずっと気にしたままだった。
もう気にしてなんかいない。あれはちょっと運が悪くて躓いたようなもの。ただそれだけのことだったんだ。 自分で自分にそう言い聞かせて、泣きたいのを我慢してた。自分に傷があることも認めたくなかった。 思い出すとみじめな気分になるから、きれいに忘れたふりをした。 あの時のこわさと一緒に鍵を掛けて、あの人とのことは全部胸の中に閉じ込めて隠した。 そのくせして、自分で胸の中に残したあの人の姿にずっとおびえてた。 簡単には忘れられなかったんだ。だって本当は。あの人は――
(この人になら全部あげてもいい。)
――そう思っちゃうくらい好きだった人だから。




「なにそれ。銀ちゃんさむい。恥ずかしい。・・・ばっかじゃないの、」

震え始めた喉からどうにか絞り出して、掠れ声で笑って悪態をついた。 急いで顔を腕で覆った。かすかに温かい着物の袖の下に隠れて、目の前が暗くなった途端に身体中の力が へなぁっと抜けちゃうくらいほっとして。それまでは肩や背中がガチガチに強張ってたんだって、ようやく気づいた。
・・・たったこれだけ言うのに、そこまで緊張してたんだ、あたし。
ほっとした途端になんだか全部我慢出来なくなって、とうとう唇が震えてしまった。 そこからはもう駄目だった。どうにもならなくって、あたしはほんの少しだけ泣いた。 腕を伸ばして銀ちゃんの首にしがみついて。背中をぽんぽん叩いてくれる人の、跳ねまくったふわふわの髪に顔を埋めて。 声をこらえていたから出来なかったけれど、ほんとは銀ちゃんにありがとうって言いたかった。大好きって言いたかった。 もっと思いっきり、ふわふわ天パ頭にかじりつきたかった。銀ちゃんが呼吸困難になっちゃうくらいにぎゅうっと抱きしめたかった。 さっきまでは不安定で落ちそうだと思っていた抱っこの怖さは、いつのまにかどこかに消し飛んでいた。
顔も忘れかけたあの人にも、ちょっとだけ感謝してあげてもいい気がしてきた。
ありがとうって言いたくなった。皮肉でもなんでもなく、心から。

あたしをふってくれてありがとう。おかげでこの人に会えました、って。



「よっ、とォ」

気の抜けた掛け声であたしを抱え直すと、銀ちゃんはぺたぺたと廊下を歩いていく。 閉まった部屋の前で片足を上げて、爪先に襖を引っかけてすーっと開けた。
いつもどおりに気抜けしてだらしない横顔をこっそり見つめて、泣き腫らした目を細める。すごく嬉しかった。 こんな銀ちゃんの姿を眺められる。たったそれだけのことが、こんなに嬉しい。それから、すごく不思議になった。
あの人に手酷くされたおかげで傷ついた。かなしい思いもした。だけど、あんなことがなかったから、 あたしは今この瞬間の幸せを、ほんとに自分が幸せなんだって噛みしめられるあたしにはなれていなかったかもしれない。 こわがりだったあたしの「初めて」を、このやさしい人にあげられる。 こんな思いもしなかったご褒美を貰う嬉しさだって、味わえてなかったかもしれないんだ。


「あ。あのな、
「・・・なぁに」
「まだ言ってなかったけどよ−。好きだから」
「・・・そういう大事なことを思いつきで言わないでよ」

こんな時に言わないでよ。わかってるくせに意地悪するな。 顔は涙でぐちゃぐちゃで声はぐずぐずの鼻声、なのにまだ勝手に泣きたがってる自分をこらえるので一杯一杯なんだよあたしは。 なのにもっと泣きたくなるようなこと言うな。なに、何なのそのだらしない顔は。 宥めても泣き止まない子供に「あーあーしょーがねーなぁこいつはぁ」って困ってるような目しないでよ。 涙が止まらないのは銀ちゃんのせいだよ。珍しくやさしい顔して笑うから、もっと泣けてくるんじゃない。

「だから。俺のもんになって」
「・・・・・・は。恥ずかしいことばっか言うな、っ」

さむいさむいっ、やーめーてー!と顔を赤くして叫びながらねじくれた前髪を引っ掴んだ。ぐっちゃぐちゃにかき回す。 ああこれだから銀ちゃんて困る。この距離でそんなこと言わないでよ。照れくさくって嬉しくって泣けてきて、どんな顔してたらいいのかもわかんないのに!
銀ちゃんが突っ立ったまま返事を待ってるから、ほっぺたがぎこちなく強張るのを気にしながら目を見て頷く。 あたしの「返事」を受け取ると、銀ちゃんは掴まれたまんまの前髪の下でにっと目を細めて。ふてぶてしく笑った。
目配せだけを合図に降ってきた柔らかいキスも、今度は素直に受け止められた。





text *riliri Caramelization  2011/03/30/

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