子犬は可愛い。
好奇心が反射してキラキラ光っているような、ビー玉みたいな目をしている。
いつも元気で、はしゃいでいて。退屈を知らない。
遊んでよ、と足もとにじゃれついてくるとつい撫でたくなる。つい遊んであげたくなる。

でも。だからといって迂闊に撫でてはいけない。子犬にだって牙はある。
どんなに小さくても可愛くても、獣は獣。奴等を見くびっちゃいけない。
可愛いしぐさに惹かれて下手に撫でたりすると、無邪気にガッツリ噛みつかれてしまう。
ちょっと構ってあげるだけのつもりが、ひどい痛手を負わされかねない。
奴等はまだ、愛情表現の手加減というものを知らないから。


高校の家庭科教師になって二年目。
初担任なのに、問題児ばかり放り込んだ校内一の崖っぷちクラスを受け持たされた。

そのクラスに、なぜか勝手に懐いてじゃれてくる二匹の子犬たちがいる。
白い小犬と、黒い小犬。
どっちも生意気なクソガキだ。




× ロ 。  * 1




あたしの担任クラス、3年Z組。
この滅茶苦茶な子犬どもの授業があるたびに、調理実習室は戦場に変わる。
まず最初にあたしの目についたのは、見た目は楚々とした一人の女生徒の姿だった。

「・・・・・・あのね。志村さん?」

コンコン、グシャッ。コンコンコン、グシャッ。
次々と握り潰され、次々とボウルに落とされていくていく大量の生卵たち。
握り潰された卵の殻まで大量に入ったボウルを前に、3Z影の支配者、志村妙がにっこりと笑う。

「はい。何でしょう、先生」

「さっき言ったと思うんだけど。黒板にも書いたはずなんだけど。卵は一班三個まで、って。
 あなたの班だけそんなに大量に使ったら、他の班に行き渡らないなー、と先生は思うのね?」

「ええ先生。でも、余ったら可哀想じゃないですか、卵が。
 せっかくこの世に生まれてきたんですもの。ちゃんと料理して食べてあげないと。
 ちょっとお願いしたら、みんなが使わない卵を快く分けてくれたんです。ねえ新ちゃん。そうよね?」

せっかくこの世に生まれてきたのに可哀想な目に遭うしかない卵片手に、静かに微笑む志村姉。
その背後から、ツッコミメガネ志村弟が無言で大きくかぶりを振り、あたしに救いを求めてくる。
可哀想な卵たち以上に可哀想だ。顔がビミョーに青ざめている。
でもね。今日は助けてあげられない。青ざめたいのは、辛いのは。救われたいのはキミだけじゃない。
ホントは先生だって青ざめたい。


今日は年に一回の、教育委員会視察の日。
校長の陰謀で、お偉いさんの御一行はウチのクラスの授業見学にやってきた。
普通は英語とか数学とか、科学の実験とか。
選択科目の家庭科なんかじゃなくて、メインの王道科目の授業を視察に当てるものなのに。

ああ、最悪だ。あのインケン校長め。
去年あたしが義理チョコを貢がなかったことを、いまだに根に持っているらしい。
あれ以来、しつこい嫌がらせばっかりしてくる。マジであたしをこの学校から追い出すつもりだ。
ふざけんな触覚ジジイ!お前にチョコやるくらいなら、上野動物園のコビトカバにでもやるっつーの!
冗談じゃない。あんなキモオヤジになんか絶対負けるもんか。
やってやる。視察だろうが刺殺だろうが、乗り切ってやる。意地でも乗り切ってみせるんだから!


「おい、。いいのかよ、お前。校長とハゲオヤジどもが睨んでるぞ」

いつのまにか後ろに立って、声を掛けてきた。目つきに妙な迫力のある、やたらに偉そうな口調の男子生徒。
これが懐いた子犬の片割れ。
黒い子犬。鴉の羽色のような黒髪の、土方十四郎。
女教師じゃコントロール不能な暴れん坊野郎どもを力で捩じ伏せて、黙って睨みを利かせている。
風紀委員のくせに、こっそり屋上で煙草を吸っている。職員室では裏番説まで流れてる。
あたしは土方に近づくと、こそっと小さく耳打ちした。

「土方。あんたちょっとあそこに行って、軽く校長シメてきてよ」
「シメねーよ。つか、いーのかよ教師の発言がソレで」
「何よ役立たず。根性なし。使えないわね見た目だけじゃん。飾りもんですかそのヤクザなツラは」
「はァ!?んだとコラ。
 俺が誰のためにこんなもん作ってっと思ってんだ。お前のためだろーがお前のォォ!
 おめーがクビにならねーよーに、ママゴトみてえな真似してやってんじゃねえか!あァ!?」
「ママゴトじゃないの家庭科実習なの!授業だよ授業!
 つーかあたしのためを思うならソレを入れるのをやめなさいよォォ!」

こめかみに青筋たてて怒鳴る、人一倍気の短い土方。
さっきからずっと、クッキー生地入りのボウルにグニュグニュとマヨネーズを絞り出し続けている。
まったくどいつもこいつも。どうして普通のクッキーを作ろうとしないのか。
世界の珍料理ショーやってんじゃないのに。タダの家庭科実習だってーの。
と、突然肩が重くなる。誰かが後ろからあたしの肩に腕を回して、抱きつきながら圧し掛かってきた。

「おー、入れろ入れろ、どーんどん入れろ。
 ちゃんはなあ、俺の絶品スウィーツを食べるんだよ。おめーのはゴリの餌にでも回しとけ」

ダルダルに制服のシャツを着崩し、その上になぜかピンクのフリフリエプロンを重ねて、気抜けした顔で笑う男子。
これがもう一匹の子犬。
白い子犬。天然パーマの白髪アルビノ、坂田銀時。
ふやけた笑顔と妙な求心力のあるいい加減さでクラスのほぼ全員を引き寄せて、輪の中心に居座ってる。
毎日職員室に入り浸り、あたしに抱きついてはセクハラしてくる。ガタイのいい子泣きジジイだ。

「フン。俺のが旨えに決まってんだろ。つか放せ。はテメーのもんじゃねえ」

黒犬土方が、あたしの肩に回された白犬坂田の腕をバシッと跳ね退ける。
クラス担任になった四月からずっと、この二人はあたしを巡って騒ぎばかり起こしている。
二人がそれぞれ、人の迷惑もかえりみずに勝手に公言しているのだ。「は俺の女だ」と。
もちろん、そんな事実はどこにも無い。冗談じゃない。いくら教師歴と彼氏いない歴がカブっていたって、問題外だ。
いくら身体がデカくても、中身はまだまだ世話の焼けるクソ生意気な子犬だし。

「バーカ旨いワケねーだろ。酸味のきいたクッキーなんて喰わせんじゃねーよ。
 酸っぱくしてーんなら酢昆布でも混ぜて焼いてろバーカ」
「うっせえ。テメーのはクソ甘いだけじゃねーか。味にヒネリってもんが無ェんだよ。
 マヨネーズは万能なんだよ。世界基準の味なんだよ。何にでも合うように出来てんだよ」
「あァ?言ったなテメ。万能だァ?
 んじゃーアレか?マヨさえありゃあオメーは何でも食えるんだな?
 よォーし、じゃあここで見せてみろや、その万能っぷりとやらをよォ。まずはハム子にかけて喰ってみろ!」

ぱっと坂田に指を指され、ご指名されたハム子が「ハム子じゃねーし!」と憤慨して怒鳴る。
白犬坂田はケンカするにも本性を晒さない。見透かしたような、バカにしきった顔で薄く笑う。
負けず嫌いの黒犬土方は、いつも坂田の挑発に乗せられる。歯ぎしりしそうに唇を噛みしめ、睨みつけている。

子犬たちはケンカ好き。何かあるたびにじゃれたがる。
じゃれあう姿は悪くない。ビジュアル的には悪くない。
ダラけてチャラけた坂田も、教師以上に威圧的な雰囲気の土方も。
二人ともそれぞれにカッコいいし、黙って立ってるだけで目を惹くタイプ。
あたしがまだ女子高生だったら、素直にカッコいいと思ったかも。見かけるたびにときめいたかもしれない。
だけどもう女子高生でもないから、そこまでときめきもしないし。
クラス担任の立場的には、ときめきながら見ているわけにもいかないし。間に入ってこれを止めなくちゃいけない。

「ァああ、喰ってやろーじゃねェか。マヨの偉大さを証明してやるよ。
 おら出せハム子を。冷蔵庫から出しやがれ。喰ってやっからオメーが焼け、こんがりキツネ色に焼いてみせろや!」
「はァァ!?ぁんで俺がテメーのために料理しなきゃなんねーんだよ。
 男ならがっつりナマでイケやナマで!生ハム子にメロン巻いてマヨで窒息させてみせろやァァ!」
「バっっっカヤロ、生だァ!?んなもん喰えるかァァ!
 生肉には気をつけろってーのがなあ、ウチのじいさんの遺言なんだよ!」
「あァに言ってんだテメ。テメーんとこのジジイはまだピンピンしてんだろォが!
 こないだ沖田と行った時、あのジジイ庭でフットサルしてたじゃねーかよ!」
「うっせえバーカ、あの後すぐに心臓麻痺でコロッと逝きそーになったんだよ!」
「ほら見ろ生きてんじゃねーか!
 あのクソジジイなら、ハム子丸ごと生で食ったって死なねーってェの!」

あと3センチ程でキスしちゃいそうな距離で、激しくメンチを切りながら罵り合う二人。
あーあ。面倒くさい。止めるだけだけ無駄だってーの。
このケンカ慣れしたデカい二匹を、見た目中学生サイズのあたしに止められるワケないじゃん。
放っておいたらダメだろうか。それって教師失格?教育者として問題アリ?

しつこく陰湿な気配が、背中にうっとおしく刺さってくる。振り返ると、バカ校長がこっちを見てほくそ笑んでいた。
・・・・仕方ない。あたしは嫌々ながら、吠え合ってる子犬どもの間に入る。

「はいはい、もう止め止めっ。校長もオッサンたちも見てるし!あたしをケンカのダシに使わないでよね。
 だいたいさあ、あたしじゃなくたっていいじゃない。ウチのクラスだって可愛いコいっぱいいるじゃん。
 志村姉とか猿飛とか、柳生さんとか神楽とか巫女姉妹とかスケ番とか」
「そこにはハム子を入れてやんねーのかよ」
「うっせーなハム子はもォ冷蔵庫に帰ったんだよ」

「帰ってねーよ!つか業務用じゃねーと入んねーし!」と律儀なハム子がスゴい剣幕でツッコミ返す。
見れば調理台に、ちょうど良くめん棒が置いてある。
それを掴んで、あたしは子犬どもに一発ずつ、ポカポカとお見舞いした。
短気な黒犬は「ァにすんだテメ!」と語気を荒げる。白犬はなぜか、妙に嬉しそうな顔になってあたしを見下ろす。

「もったいないよ。あんたたちモテそうなのに。彼女なんてすぐ出来るでしょ?
 それにさあ。高校生活なんて一瞬じゃん。すぐ終わるよ。あっという間だよ。
 今だけでしょ。高校出たら考えも変わるよ。あたしのことなんて思い出しもしなくなるって」
「イヤイヤ、わかんねーよ?んなモンはさー。俺らがココ卒業してみねーと解んねーだろォ?」
「わかるよ。あたしにもいたからね。あたしも先生が好きだったの、高校のときに」

真面目に説教を垂れてやろうと思っても、つい顔が緩む。高校の頃の自分を思い出したら、急に可笑しくなってしまった。
不思議。あの頃は、まさか自分が先生になって、生徒に高校の頃の思い出を白状するなんて想像もしなかった。
それもなぜか、こんな困ったガキどもを相手に。

自分でも単純だなあと思うけど。あの先生に近づきたくて教師目指したんだよね。
教育学部を受ける参考にしたい、とか適当に理由作って、放課後に進路相談してもらったり。
教室にいたら大勢いる生徒の一人でしかないけど、進路指導室なら一対一になれる。それだけでドキドキしちゃって。
・・・あのときは、先生と二人で話していられるだけで嬉しかった。その夜眠れなくなるくらい、嬉しかった。

「でもねー。子供のうちは世界が狭いから。
 目の前にいる身近な人しか見えなくなっちゃうんだよ、高校生のうちは。
 いちばん身近なオトナに憧れて、夢中になって。その人が世界のすべてみたいに思いこんじゃうんだよねー。」

あの頃のあたしの世界が、今のあたしにとってはすごく遠い。
まるで高校生活全部が楽しい夢だったみたい。
夜景に浮かぶ綺麗な光みたいだ。ぼんやりしていて、夢のように遠い。

いつかあたしもこの二人の思い出の中で、あたしにとってのあの先生のようになる。
走る車から見た夜景の中の、一瞬で通り過ぎた光みたいに。あっという間に遠い存在になる。
高校のころの、綺麗な思い出のひとつに数えられたりして。輪郭を失ったぼんやりした光のように、遠い存在になるんだ。
・・・・あれっ。なんかあたし今、大人の女っぽくね?

「高校生なんて一瞬だよ。ここを出れば世界は一気に広がるからさー。出会いだって増えるんだよ。
 世界が広がればあたしのことなんか・・・・・ってオイ。ちょっと。聞いてる?聞いてんの!?」

あたしのことなんて目に入っちゃいない。ジリジリと迫り、険しい顔で互いに寄って行く二匹。
まったくこいつらときたら。教師に向かって自分の女呼ばわりしてみたって、所詮はガキだ。
たまには真面目に、先生らしくちょっといい話でもしてやろうと思ったら、ケンカに夢中ですか。こんな時だけ放置プレイかよ。
どーしてくれんのよ。顔が赤くなっちゃうじゃん。ついつい語りに入っちゃった自分が恥ずかしいだろーが!

いや、それはそれとして。どうしようか、この血の気たっぷりなガキどもを。
見てる。見てるよオッサンたちが。冷えた視線を送ってくる。「若い女の教師なんて使えねー」って目で見てるんですけど。
そんな目で見られても。子犬は子犬でも、こいつら大型犬だし。女の腕で止めるには、二匹ともガタイが良すぎるんだもん。

・・・と引き気味に眺めていたら。白犬坂田は、早くもケンカに飽きてきたらしい。
今にも齧りつきそうな顔で睨む黒犬土方からあっさり目を逸らすと、調理台からボウルを持ち上げる。

ちゃーん。コレ、冷蔵庫一杯で入んねーんだけど。入れといてよ」
「コレ、って。坂田。何よこれ」
「何って、絶品ドーナツの生地だろ。まーかせろって、俺のレシピは最高だからね。
 ク☆スピー◎リームドーナツなんか目じゃないからね。」
「・・・イヤ、今日の実習課題クッキーなんだけど」
「あれっ、ダメじゃんちゃん。んだよ家庭科教師のくせに、そんなことも知らねーのォ?
 ドーナツの生地はァ、こうやって一晩じっくり寝かせたほうがしっとりして旨くなるんだよ」
「イヤだから今日の実習課題クッキーなんだけど。って坂田。聞いてる?」

あ、コレ冷蔵庫入れといて、と坂田は近くを通った女生徒にボウルを渡した。
嬉しそうにニヤニヤしながらあたしの肩を抱くと、押すようにして廊下側のドアへと向かおうとする。

「はいー終了ー。んじゃ、行こーぜ」
「ちょっと、行くって。まだ授業中だよ授業中。どこ行く気?」
「どこって。決まってんじゃねーの。
 一晩じっくり生地寝かせとく間に、ちゃんちのベッドで一晩じっくり」 「寝させるかあァァ!!

大きく助走をつけて踏み切った黒犬土方が、白犬坂田の背中に弾丸のような飛び蹴りをくらわせる。
「ちょっとアナタ!私の坂田くんに手出ししたらタダじゃおかないわよ!」
と、美形メガネっ子ストーカー猿飛が掃除用具入れから飛び出し乱入してくる。
「そーでェ、俺の土方さんに手出ししたらタダ飯食い放題な土方のオゴリで!!」
と、面白がってドS沖田まで飛び込んできた。

乱闘騒ぎで卵が飛ぶ。撒かれた小麦粉の白煙が踊る。泡立て器が、ボウルが木ベラが宙に舞う。
その大騒ぎを前にしながら、超然とした態度で謎の白い巨大生物に肩車すると
タイタニックのあのポーズで「今、時代はトーテムポール!!」と凛々しく叫ぶ長髪学級委員。
その横では、また志村姉に手を出そうとしたのか、ナックルパンチをお見舞いされたゴリラが
溢れた涙と鼻血を舞わせながら、自分も宙を舞っている。

そのまた後ろでは、中国からのアルアル留学生と猫耳老け顔女子高生が
ハム子をグルグルと縄で縛り、無理矢理オーブンに突っ込もうとしている。
「イヤ無理だしソレ!入んねーしソレ!!」と懸命にツッコみながらも泣き叫んでいるハム子。
いったい学校をどこと勘違いしているのか、教育委員会のお偉いさんに
香りづけ用のラム酒をロックにして勧め出す巫女姉妹の姉。
家庭科実習だというのに縦笛を離さない巫女姉妹の妹・・・は普段通りか。

ああ、どうしよう。校長がムカつく笑顔であたしを眺めて、ニヤついている。
教育委員会のオッサンたちが、一人残らず唖然としてる。
もう駄目だ。これを見られてしまったらもう、何の言い訳も通用しない。阿鼻叫喚地獄絵図。



拝啓。
お元気ですか、田舎のお母さん。
はもう都会の喧噪に疲れ果てました。お母さんのお味噌汁が恋しいです。
苦労してやっと手に入れた就職先なのに。こんなに早く、手放す時がきたみたいですお母さん。
追伸。送ってもらったお米と一緒に入ってたお見合い写真、あんまりタイプじゃないんで断っちゃっていいですか。


・・・・・・・ううん。だめよ。いけないわ。これじゃいけない。

まだ諦めちゃいけないわ、
ここで現実逃避してどうするの。厳しく虚しい現実からただ目を逸らしていたって、どうなるの。
しっかりするのよ
教育者としての使命を果たすのよ。こういうときこそ、現実をしっかり見据えなくてはいけないのよ。

そうだ、ここはいっそもう、思いきり開き直ろう。
開き直ってでも、現実をきちんと認めよう。
だっていつものことじゃない。コレこそ奴等の普段通りじゃない。にんげんだものいいじゃない。


けなげな決意を握った拳にぎゅっと固め、あたしはステンレスの調理台をめん棒でガンガンと殴った。
祭りにヒートアップしている子犬どもが、全員目を剥いて振り返る。

「どうすんのよォォ!どーしてくれんのよあんたたちぃ!!!
 お給料カットされちゃうじゃん!てゆーかクビになっちゃうじゃん!車のローンが払えないじゃん!
 先週カード払いで買ったワンピも、おととい予約した☆キレイの限定フィギュア付きDVDボックスもォォ!!」
「オイ。仮にも教師が逆ギレかよ。つーか仮にも教師が巨乳萌えアキバ男子系DVDかよ」
「いいじゃない!にんげんだものいいじゃない!
 巨乳萌えアキバ男子系オタク教師にだって人権くらい認められてんのよーー!!」
「イヤちゃん。それほとんど『自分ダメ人間っス!!』って白状してるのと同じだからね」
「いーの!もういいのォ!!どーせもォクビよ!どーせダメ教師だよ!
 こんなとこ見られちゃったらおしまいだし!どーせあんたたちガキに、あたしの苦労なんてわかんないのよォ!!
 あんたたちの担任だってだけで、職員室でどんだけ肩身が狭いと思う!?お局さまたちにイビられちゃって居場所ないのォォ!
 この辛さがあんたたちに判る!?しっかり判るように原稿用紙10枚にまとめて提出してやろーか、あァ!?」

めん棒をガンガンと打ち鳴らしながら、あたしは涙目で訴えた。
ガキどもに同情されるのもムカつくし、心配させるのも嫌だからひたすら黙って耐えてたけど。全部事実だ。
生徒たちが皆しんと静まり返った中で、校長だけがヒソヒソと隣のハゲ親父、教育委員会のトップに何かを耳打ちしている。
どうせロクな話はしていないだろう。生意気な小娘のリストラにリーチをかけました、と愉快そうな顔に書いてある。
すると黒犬土方が嫌そうな顔で目を伏せ、はあっ、と溜息をついた。それから校長たちのほうをじろっと睨む。

「・・・・仕方ねえな。おい。手ェ貸せ」
「んァ。ま、テメーと組むのは気が乗らねェけどよー。ちゃんのためだしなァ」

つまらなさそうに答える白犬坂田が、土方のほうを見もしないでボリボリ頭を掻く。小さく肩を竦めた。
それからこっちを見て目を細め、ニカッと大きく笑う。
なんだろう。得体の知れないこの笑い。・・・嫌な予感しかしないんだけど。





「 シロ×クロ。 * 1 」
text by riliri Caramelization 2009/10/03/
「一瞬の先に」になるはずだった話のリサイクル。*2に続きます

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