× ロ 。  * 2




土方はなぜか志村姉を呼び寄せて、険しい顔でこそこそと何かを相談している。
と思ったらこっちに振り向いて、坂田に無言で頷く。
すると突然、坂田があたしの握っていためん棒を掴む。大声を張り上げると同時に投球フォームに入った。

「ぅうォ―――――――っっっとお、やっべェ手ェ滑ったああァ!!!」

ほくそ笑んで思いきり緩んでいた校長の口めがけてめん棒が飛んだ。見事なストライクが喉に突き刺さる。
「ぐふうぅぅっっ!」と悶絶した校長が目を見開いて絶句、
倒れたところに土方と志村姉が「校長先生いいィ!」とわざとらしく叫んで駆け寄る。

「うっせーぞお前ら、静かにしねえか!!校長はなあ、生徒の怪我を防ぐために、自らの身を犠牲にしたんだ!」

うすら寒いくらいに偉そうな態度の土方が、騒ぎ出した奴等を仕切りながらしれっと言い切る。
その隣では、涙ぐみ、両手を胸の前で握りしめた志村妙が、目をウルウルさせながらおおげさに嘆く。

「校長先生!私たち生徒のために命懸けの教えを示してくださるなんて・・・・・!」

志村姉は口から泡を吹いてる校長の側に座る。
悲嘆に暮れた様子で白いハンカチを取り出して、それをひらりと校長の顔に。

「安心してください先生。私たち、校長先生の死は決して無駄にしません」
まだ死んでね―――!!

慌てて駆け寄り、あたしはハンカチを奪って放り捨てた。

「ダメええェェ!!こんな陰険水虫オヤジでも殺しちゃ駄目でしょ!?
 あんたたちっ、何やってんのよォ!?ちょっと土方、早く校長を保健室にっ」

怒鳴りかけたところに、デカくて重い何かが後ろからのしっと負ぶさってくる。
抱きついてきた坂田はあたしのおでこに手を当てた。

「うっわ、すげー熱じゃん!大丈夫ですか先生っ」
「は?」

唖然として、思わず間の抜けた声が出た。
何。何が始まったの坂田。あたしじゃないでしょ。大丈夫じゃないのはあんたでしょ坂田?
まるで幼稚園の学芸会みたいな棒読みセリフ。しかも「先生」なんて、耳慣れない呼ばれ方で。
目を丸くして見上げていたら、肩に回してた腕に引き寄せられる。えっ、と目を剥いた瞬間、あたしの足は床から離れた。
ふわっ、と身体が浮いて、軽々と持ち上げられてしまった。志村姉が進み出てきて、気づかわしそうにあたしのおでこに手を当てる。

「まあっ、こんなに熱が!そういえば昨日から風邪気味だって言ってましたものね、先生」
「あのー、志村さん?そんなこと言ってましたか昨日の私」
「このままこじらせたら大変だわ。私たちだけで実習は続けますから、先生はどうぞ早く保健室に」
「いやだから志村さん?そーじゃないでしょ、あたしよりもまず校長を保健室に」
「んじゃ俺、先生の付添いで行ってくっからァ」

言うが早いがダッシュした坂田が、あたしを抱えて調理室から飛び出す。
授業中で無人の廊下を一直線に保健室へと駆けていく。
すると後ろから、ほぼ地鳴りのよーなドカドカ煩い足音が急接近してくる。何事!?と後を覗き見たときはもう、
ジャンプした土方が、坂田の背中に飛び蹴りを食らわせる寸前。
「うおぉおお!!?」と素っ頓狂な声を上げたあたしごと、坂田はヒョイと横へ逃げて攻撃をかわす。

「あーあーあァ。っとによー、乱暴者だよなぁ十四郎ちゃんは」
「その呼び方やめろっつってんだろ!?つか、てめーがどさくさで持ち逃げしよーとすっからだろーか、あァ!?」
「ぁあぁんたたちぃぃぃぃ・・・・・!!ちょっとお、何やってくれちゃってんのよォォォ!!」

はああああああぁっ、とお腹の底から深呼吸しながら目を閉じ精神集中。
あたしは握り締めた拳に気合いを込め、土方の顔面に捩じり込む。

「ぐほォっっっ!!!」

呻いた土方がよろっと足元を崩して顔を抑える。
それを呑気に眺めた坂田は何の同情も湧かないらしく「ちゃん、かっけー」と心からの笑顔で喜んだ。
抱き上げたあたしの顔にスリスリしてくる。ああ、こいつはこいつでうっとおしいっっ。
勝手にちゅーまでしよーするバカ犬の顔を鷲掴みで引き剥がし、あたしは叫んだ。

「土方っ。言っておくけど体罰じゃないからね?愛のムチだからねこれは!
 口じゃ言ってもわからないバカ犬…じゃない、あんたたちにはねえ、こういう躾けが必要なんだから!」
「何だ。礼ならいらねえぞ」
「はぁ!?どこがお礼なのよどこが」

どうなってんのよあんたの耳は。一体何をどう聞いたら、今のがお礼に聞こえるんですか。
つーかどこまでポジティヴシンキングですかあんたは。
ところが土方は痛みすら感じなかったのか、鼻血をゴシゴシこすりながら真剣な顔で考え込んでいる。

「いや、お前がどーしてもってえなら別だけどよ。
 いやまあ、そうか・・・お前がそこまで言うなら仕方ねえ。次の日曜にでも正式に家族に紹介すっから
土方。今すぐ耳鼻科に行きなさい。つーか何であたしがあんたにお礼しなきゃいけないのよ!?」

すかさず坂田がぱっとあたしに振り向く。なぜかこいつまで鼻血がたらーっと垂れている。
今にもヨダレをたらしそうな緩んだ笑顔で、妙に照れながら言った。

「んだよ水くせーなあ、俺だっていらねーよ礼なんてよー。
 まァちゃんがどーしてもってーなら仕方ねーよなァ。返してくれていーんだけどォ今すぐカラダで
返すかァァ!!

右腕に全力を込め、坂田の耳のあたりをめがけて渾身のフックを一発。
ぐおっっ、と呻いてあたしを離し、床に崩れたクラスメイトを、土方が醒めた目で見下ろす。
「ざまあみろ」と言い放ち、フッと鼻で笑った。

「あんたもあんたよ坂田あァ!どーすんのよ何考えてんの!?
 校長だけならまだしも、今日は教育委員会のオッサンの前だってーのにぃ!」
「や、だからよ。俺らじゃねーんだよ。礼なら志村妙に言ってやってよ、ちゃん。
 あいつがあのハゲ、上手く丸めこんでくれっから。クビがどーとか校長がどうとか、気にする必要ないからね?」
「志村姉が上手く、って・・・・・何よそれ。どういうこと?」

あたしが目を丸くしていると、坂田と土方は互いに顔を見合わせた。
背後の調理実習室を指して、土方が言う。

「授業前に毒吐いてたんだよ、志村姉が。
 前にあのハゲが、夜のバイト先で思いきりケツ触ってきたんだとよ。で、身ぐるみひん剥いて脅したらしいぜ」
「いくら何でも志村に手ェ出すなんてよー。見境ねーよなァあのハゲ親父。
 髪の分け目失くしたショックで人生の分け目も見失っちゃってんじゃね?つか怖いモノ知らず?
 ある意味勇者だよ?勇者。女のケツで全部棒に振っちまったわけだからよー、金も平和な生活も毛根も」
「イヤ毛根は関係ねーだろ」
「・・・・志村姉が、あのハ、…教育委員会長を・・・脅して収めてくれる・・・ってこと!?」

まさか。あの子がそんな、ありえない。
深夜の秘密のバイト先のキャバクラの客に、援交希望のオッサンに、ナンパ男に。
余念のないカツアゲ常習犯、あの志村姉が。あのお金に厳しくゴリラに厳しい志村姉が。
いくら担任とはいえ、何の見返りもなく人助けをするなんて。
・・・・・いや、そんなはずないって。志村姉に限ってありえないって。・・・と、いうことは。

「あああ、あたし、もしかして!目ェつけられたの!?志村姉のカツアゲターゲットにロックオン!!?」

生徒相手に本気で怯え、頭を抱えるあたしを土方が睨む。まるで、どうしようもないモノを眺めるような目つきで。
坂田が呆れたような苦笑いで、違う違う、とあたしの肩をポンポン叩く。

「ちげーってちゃん。冷静になれって。
 な、よーく考えてみ?あの女がァ、自分の利益になんねーことをするヤツか?」
がいなくなるとあいつも困んだろ。
 校則違反のバイトも見て見ねえフリするよーな甘い教師、お前しかいねえからな」

腕を組んだ土方が訳知り顔に語る。
・・・イヤ、なんか、そうやってるとあんたのほうが教師みたいで嫌なんですけど。
何なのあんた、その板についたオッサンくさい横柄さは。あんたほんとに高校生?
おいおいィ、と坂田が横から肘で小突き、バカにした顔で笑う。

「ァーにをひとごとみてーに言ってんのオメーは。ちゃんがいなくなったら、オメーも困るだろオメーも。
 屋上でヤニ吸ってる風紀委員なんてよー、松平のとっつあんにでも見つかってみろよ。即停学じゃね?」
「うっせえ、テメーも横で吸ってんじゃねーか」
「いーじゃんタバコの一本くれーよー。人が吸ってんの見たら欲しくなんだろォ?」
「たまにはてめえで買いやがれ」

仲がいいのか、悪いのか。
どっちもどっちな屋上喫煙組二人は、お互いの足をガツガツと蹴り合っている。
寄ればケンカばっかりしてるくせに。実はしょっちゅう一緒にいるんだよね、こいつら。
二人揃ってあたしにやたらと固執して構ってくるのだって、怪しいもんだと思うけど。
こうやって二人でじゃれるための、ケンカの口実にあたしを使ってるだけなんじゃないの?とか。
ほんとは二人で遊びたいけど、みんなにいがみ合ってるとこ見られてる手前、カッコつかないから
ケンカしてるふりであたしを巻き込んじゃえ、・・・・・・みたいなもんじゃないの?

―――まったく。永遠の中二病患者ですかあんたらは。
これだからガキは手がかかるってーの。そんなに遊びたいなら二人で遊べっての。
忙しい大人を巻き込んむんじゃないってーの、ったく。
あーあ、どーすんのよ。どーしてくれんのよ。
・・・・・・・・・助けてもらったお礼を言う気が失せちゃったじゃないの。


蹴り合う二人を眺めるあたしは、たぶん、なんとなくつまらなさそうな顔になっていたんだと思う。
散歩ではしゃぐ子犬たちに置き去りにされた気分だ。
…まあ、別にいーけど。勝手にはしゃげこのヤロー、と、一人で保健室に向かって歩き出そうとした。
それに気づいた土方が足を止める。「おい」と呼びかけて急いで近寄り、いきなりあたしの手を取った。
それを見た坂田が「ァにしてんだコラ」と息巻いて駆けてくる。空いていたもう片方の手を取った。
子犬どもは睨み合い、それからうんざりしているあたしを妙に真剣な目で見下ろす。

「・・・何。何の真似よ。いつまで人を囚われた宇宙人にしておく気よあんたたちは」
「いいか。言っておくけどな。いつまで俺らをはぐらかす気か知らねえが、お前。卒業までに選べよ。
 つか悩みようもねーだろ。簡単な二択だろ。俺か、このバカか。」
「どうするちゃん、どれ選ぶ?俺か俺か俺か、俺。」
「どっちも選ばないわよ。てゆーかワケわかんないんですけど。おかしいでしょソレ」

固く口を引き結んで睨む土方を眺め、それから、口許を緩めてにやつく坂田を眺め。
両側から手を引っ張られながら、はあぁぁ、とあたしはぐったりした長い溜息をついた。

「あんたたち自意識過剰すぎじゃないの。どーして選択肢が二つしかないと思えるのかがわかんない」

二人が目を見合わせる。土方は小馬鹿にした顔になって、ったく、と溜息をついた。
坂田は気抜けした笑いを浮かべて、顔の前でいやいや、と手を振る。

「んなもん無ェよ。ありえねー」
「あー、ソレ無い。んな選択肢ないからね。イヤ無いねぜってー無いね。ありえねーって三つ目以降は」

あのねぇ、とあたしは呆れて反論しようとした。
すると二人は揃えて口を開いて、どっちも自信ありげに胸を張って言い切った。

『俺らが必ずツブす』

あたしは思わずぽかんとして、目も口も大きく見開いて二人を見つめた。
こうしている間にも少しずつ増していく自分の顔の赤さを、どうやってごまかせばいいのかと焦りながら。

この怖いもの知らずさというか、この年頃の男子独特の気恥ずかしさというか。
そういうものに間近で当てられた、っていうのもあるんだけど。顔が赤くなる理由はそれとは別だ。
生意気で世話の焼けるガキ二人に、女子高生気分で思わず見蕩れた自分が恥ずかしかったからだ。


ああ。どうしよう。これはもしかしたら、ヤバいかもしれない。

ちょっとオス犬に見えてきた。どきっとさせられてしまった。
高校生なんて、まだまだ子犬だと思ってた。
ついさっきまでは確実にそう思ってたのに。

なのにどきっとさせられてしまった。しかも片方じゃなくて、両方に。



「・・・・・・なによ、偉っっそうに。さっきのアレであたしに恩でも売ったつもり?」

両側から握られた手を、照れ隠しにぱぱっと払う。
やってられるかっつーの。これ以上長く繋いでいたら、手まで赤くなるっつーの。

「それとも恐喝?教師に向かって恐喝ですか。なに脅しかけてんのよ。
ガキに知ったよーな口叩かれたって、痛くも痒くもないんだからね」

廊下を先に進みながら、あたしはブツブツと愚痴った。
しばらく歩いてから立ち止まる。後ろの二人にも届くように、声を大きめに張り上げた。

「でも。ありがとね。助けてくれて」

とてもこいつらの顔を見て言う気にはなれなかったから、ちょっと逃げたけど。
教師が生徒にお礼を言うのはおかしくないよね、別に。
それに、いい年こいた大人がお礼のひとつも言えないなんて、生徒の模範となるべき教育者としては失格じゃん。
・・・完璧だわこの言い訳。さすがだわ、。何て謙虚で立派な先生なのかしらあたしって。

二人に振り返ると、子泣きジジイ坂田がガバッと飛びついてくる。
「んじゃお礼ちょーだい」とまた懲りずに顔を擦り寄せてちゅーを迫って、
横から伸びてきた土方の腕にガツンと殴られた。
はっ、と坂田を鼻先で笑って顔を逸らした土方は、お礼に照れているのか頬が少し赤い。

「んなこたァ当然だろ。ガキも教師も関係ねえんだよ。自分の女くれー自分で護れねえでどうすんだ」
「イヤだから。そこの認識が間違ってるから。いつあたしがアンタの女になりました!?」
「っせーな、この際細けえことはいいだろーが。イヤ、つまり俺が言いてえのは」

言いてえのは、その・・・・、と、土方はもう一度繰り返して口籠る。
覚悟を決めたような顔で、あたしをきっ、と睨みつけた。まだ照れているのか、やっぱり顔が赤い。

「だからよ。その。何があったって、俺かこいつが。・・・・・っっ」

歯痒そうに眉を顰めて黙り込むと、あたしの頭に、ぽん、と手を置く。
見上げて目を合わせると、顔がみるみるうちに真っ赤になった。
こうしているのがよっぽど恥ずかしいのか、口が無言でパクパクと動いている。
頭に置いた手をあわてて大きく振り上げて、その勢いのまま坂田に掴みかかって凄んだ。

「おいィ!んな時ばっか人に喋らせやがって!黙ってねえで何とか言いやがれ!!」
「なァーに照れてんの十四郎ちゃん。つかウゼーよキモいわ死ね」
「だっっ、テメっ!!十四郎ちゃん言うなっつってんだろーがァァァ!!」

土方の手を嫌そうに払うと、坂田はあたしの背中に腕を回してくる。
いつになくしっかりと肩を抱いた。
耳元に顔を寄せてきて、小さな声で囁く。

「なァ。俺らの担任でよかっただろ?嬉しい?ちゃん」

そう言ってあたしの顔を覗き込む。
肩紐がずり落ちそうなピンクのエプロンのポケットに手を突っ込み、ははっ、と笑った。

あーあ。何よその笑顔。ふやけた顔しちゃって。
『あたしよりもあんたのほうが嬉しいんじゃないの』と、心の中で苦笑いしながら、
頭の上で手を組む。んーっ、と大きく伸びをして、あたしは満面の笑顔で答えた。

「うん。嬉しい。これで☆キレイの限定フィギュア付DVDボックス買えるし!」
「ってそこかよォォォ!!!」
「なァなァちゃーん。それ買ったら見に行っていい?泊りで一晩、巨乳アニメ見ながら生乳三昧していい?」

よだれを垂らす坂田に「させるかァァ!!」と青筋たてて怒鳴った土方が足を払おうとして逆に払われ、
転んだところに面白がった坂田が、ニヤニヤと笑いながら飛びかかり…また子犬どうしのじゃれ合いが始まった。
お互いにがっちり掴み合い、あと少しでキスしちゃいそうな二人を、笑いながら眺める。


その瞬間。ちょっとだけ。一瞬だけ、あたしは魔がさした。
思わず想像してしまった。
さんざん迷って振り回されたあげくに、この生意気なガキどものどちらかを選んでしまう自分の姿を。


ああ。ヤバいです事件です。
拝啓、どうしましょーか田舎のお母さん。

送ってくれた写真の人は遠慮しておきます。でもお米はまた送ってくださいね。
それと年収☆百万円以上で見た目イケてる素敵な人がいたら、早急にお見合いのブッキングをよろしく。





「 シロ×クロ。 」*end*
text by riliri Caramelization 2009/10/17/
『マヨ方を「十四郎ちゃん」と呼んでからかう坂田くん』が書きたかった
近土沖は幼稚園からの幼馴染 坂田土方は小学校からの連れ同士らしいです。