「――それでは万事屋さん、お先に失礼します」

そう挨拶して艶やかな笑顔を見せた美形の悪魔さんが、ぞろぞろ戻ってくるゾンビナースさんの一団と入れ違いに仕切りのカーテンを潜ってステージへ。 かぶき町ホスト界の王、なんて呼ばれることもある高天原の狂死郎さんは、今日は頭に金の冠を載せた魔界の王に変身中だ。 ファーで縁取られた深紅のマントを靡かせて優雅に進む王様に続いて、お仲間のイケメン悪魔さんたちも客席に手を振りながら華やかに登場。 お店の常連さんたちもコンテストの応援に来てるのか、チーム高天原さんたちがスポットライトを浴びた瞬間、甲高い歓声が巻き起こった。
ここからじゃ客席の様子は見えないけど、ホストさんの名前を叫ぶ声もちらほら聞こえる。 まるで人気アイドルのライブ会場みたいだなぁ、なんて目を丸くしてたその時だ。 あたしたちがいる舞台袖からも、似たような熱狂が湧き起こった。 ただしこっちで轟いてるのは甲高くもなければ可愛らしくもない、ぅぉおおぉおおおおお!って迫力たっぷりな低いダミ声の大絶叫。 ステージと舞台裏を仕切るカーテンの影に陣取って野太い声援を送り始めたのは、青紫をメインにしたメイクと全身に飛び散るリアルな血糊がおどろおどろしいゾンビナースさんの集団。 ついさっき出番を終えたばかりの「チームかまっ娘倶楽部」のお姉さんたちだ。

「きゃーーー!いやぁあああああんっ狂死郎さまぁああん」
「きゃああぁ!ちょっとあんたっ今の見た!?あたしのほう向いてくれたわぁっ」
「ばかねぇあんたみたいなブス見るわけないでしょっ、今のはあたしっ、かまっ娘倶楽部No.1美人ナースのあたしに見惚れたのよっっ」
「はぁあああぁ〜〜〜!?自惚れてんじゃないわよぉあんたのどこが美しいってのよっ、かまっ娘倶楽部一の美人ナースはこのあたしよっ」
「いやいやどっちも違げーだろ、どっちも等しくバケモンだろ。鏡見てみろよ妖怪どもが」

袖口を占拠して応援してるおカマさん集団の後ろに立った銀ちゃんが、しっ、しっ、て追い払う手つきと一緒にとんでもなく失礼な暴言を浴びせかける。 するとお姉さんたちの一人が、ショートボブの髪を耳に掛けながら迷惑そうに振り返った。

「もう、うるさいわよパー子っ。あたしたち狂死郎さまの晴れ舞台を堪能するために出場してるのよっ、邪魔しないでちょうだい!」

「パー子」こと銀ちゃんを叱りつけたゾンビナースさんは、かまっ娘倶楽部のアゴ美さん ・・・って呼ぶと怒られちゃうんだけど、ついついそう呼びたくなっちゃうくらい立派で特徴的なアゴをお持ちのあずみさんだ。 愛する狂死郎さんの応援用としてあらかじめ用意してたのか、いつのまにかペンライトを握りしめてるゾンビナースさんが、びしっ。 まぶしい蛍光ピンクに輝く先端で銀ちゃんを一直線に指しながら、

「それにあんたも今日は人のこと言えない顔してるじゃないの。あたしたちと等しくバケモノ顔じゃないの。 ほっぺたパンパンに腫れ上がらせちゃってさぁ、どーしたのよそれ」
「あー?どーしたってそりゃあ・・・、」

ぷくっと腫れ上がった左のほっぺたをぺちぺち叩いた銀ちゃんが、ちろりと視線をこっちへ送る。
ちょうど銀ちゃんたちを見てたあたしは運が悪いことに視線がぴたっと重なっちゃって、うぅ、って肩を竦ませてあわあわしながら回れ右した。 そんなあたしたちを目にしただけで、何があったのかバレちゃったみたいだ。ふふん、ってアゴ美さんが小さく鼻で笑って、

「ああ、そーいうこと。パー子ったらまたちゃんに何かしたのね。いくらハロウィンだからって、女の子に殴られるような悪戯はどうかと思うわよ」
「うっせーよほっとけよケツ触ろうとしたらグーパン喰らっただけだっつーの」
「女の子のお尻をケツなんて呼ぶのやめなさい。ちゃん、次に触られたらこの子のケツにその棒突き刺してやりなさいよ」

「その棒」って指されたのは、先に直径10センチくらいのお星さまが付いてるきらきら魔法少女変身ステッキだ。 いやいやいや、これはさすがにまずいんじゃないかな。刺したら取り返しがつかないんじゃないかな。 銀ちゃんのお友達の服部さんみたいに、一生座薬が手放せない身体になっちゃうよ。
あはははは、ってほっぺたを引きつらせて笑ってたら、なぜか銀ちゃんがあたしの手の上からむぎゅってステッキを握りしめる。 かと思えば、先に付いてる星の飾りがなぜかあたしの胸にむにっと強めに押しつけられた。 何する気、って目を丸くしてたら握ったステッキを上下に大きく押したり引いたり、すりすりすりすり、棒の部分を胸の膨らみの間に擦りつけるみたいにして動かしながら、

「ケツに刺すだぁ?おいおいてめーらと一緒にすんじゃねーよ、がんな下ネタまがいの野蛮行為なんてするわけねーだろ。 つーか棒は刺すより刺されたい側だからねうちの魔女っ娘ちゃんは。こーやってヴァンパイア銀さんの牙だのアレだの刺されてあんあんいっちゃうほうだからね」
「ふざけんなエロ吸血鬼。あんまり調子に乗るとほんとにお尻にこれ刺すよ」
「いてっ、いててて痛てぇいてーって!」

掴まれたステッキを奪い返して勢いよく後ろへ突き出して、ぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐり、きらきら光るピンクの星を顎の下めがけて抉り込む。 悲鳴を上げて仰け反った下ネタ好きの変態吸血鬼があわててあたしの腕を押さえて、

「とにかくてめーら邪魔なんだよ、出番済んだら審査会議が終わるまで外で待ってろって言われてんだろぉ? おらおら出てけ、とっとと魔界へ去りやがれ妖怪ども」

さっきコンテストの運営委員さんから説明された注意事項を、声を張り上げて繰り返す。 だけど今度はアゴ美さんすら耳を貸してくれない。それどころか、誰一人として振り向かない。
・・・というか今のお姉さんたちには、暴言どころか銀ちゃんの声が耳に入ってすらいないのかも。 どの人もペンライト片手にはしゃいでるし、さっきステージ上で某女性アイドルグループの人気曲を歌い踊ってたときの10倍は目が輝いてるもん。 さすがかぶき町ホスト界の王様、あらゆるタイプの女子を魅了しちゃうんだなぁって感心してたら、

ー、ここから客席見えるアル!」

神楽ちゃんの声に振り向いてみれば、観客席と舞台袖を仕切る分厚いカーテンの傍でゴスロリ魔女っ娘ちゃん二人が手招きしてる。 「こちらです」ってたまさんが示した隙間から覗いてみたら、満員の観客席はほぼ見渡せた。
コンテスト会場になってる公園では、朝からハロウィンイベントが幾つも開催されてたみたい。 そのイベントが終わってからこっちへ流れてきた人が多かったのか、オレンジに紅葉した木立に囲まれてる屋外ステージ近辺まで満員御礼。 こんなイベントを見ることはあっても出たことはないあたしにとっては、これまで一度も目にしたことがない眺めだ。

「・・・うわぁ、なにこれ。お客さん多すぎ・・・」

こんなに集まってるとは思わなかったよ。どうしよ、なんだか緊張してきちゃった。
ごく、って息を呑んでカーテンを握りしめてたら、その手をぎゅっと握りしめられる。首を傾げた神楽ちゃんが意気込んだ顔つきで覗き込んできて、

「そんなに緊張しなくてもだいじょぶヨ。は審査員のおっさんにお菓子配ってめいっぱい愛想ふりまいてくれたらいいネ。 ステージは私とたまに任せてヨ」
「そうですよさま。全員で協力して優勝を狙いましょう」
「ごめんね神楽ちゃん、たまさん。優勝賞品欲しがるだけでステージに立たないとか、ありえないよね・・・」
「いいってことヨ。にはいつもご飯食べさせてもらってるからそのお礼ネ」

なんて三人で顔を寄せ合ってひそひそこそこそ喋ってるうちに、頭髪薄めでちょっと気弱そうなおじさん――マイク片手に進行役を務めてる町内会役員の落さんがチーム高天原の紹介を終える。 その次は、チームの代表者がそれぞれのお店の宣伝やちょっとしたトークをする番だ。
高天原の代表は、言うまでもなく狂死郎さん。
『会場にお集まりの女性のみなさん、ようこそおいでくださいました。今日は楽しんでいってくださいね』
甘くて優しい響きの声がスピーカー越しに広がれば、それだけで客席のあちこちから黄色い声が返ってきた。 会場中がピンクのハートマークで埋め尽くされそうなトークタイムの締めに、狂死郎さんがにこやかに客席に手を差し伸べて。

『――それでは客席のお嬢様方に、トリックオアトリート。
もしお菓子を頂けなければ私からとびきり甘い悪戯を差し上げますので、今宵はどうぞ覚悟してくださいね』

最後に悪魔の王様がぱちんと綺麗なウインクをキメれば、きゃーーーっ!って嬉しそうな悲鳴が上がる。 ハロウィン定番のあのせりふも、狂死郎さんにかかれば女の子の心を蕩かす甘ーい口説き文句に変わっちゃうみたいだ。 もちろん舞台袖のゾンビナースさんたちからも「ぎゃああああーーーー!!」って、耳をつんざく雄叫びが上がる。 そこへ後ろからひそひそと陸奥さんと銀ちゃんの声が聞こえてきて、

「おい、今の珍妙な文言は何じゃ。確か、とりっくおあなんとかゆうちょったが」
「あーあれな、ホストが女に貢がせてーときに使う隠語じゃねーの。 営業終わったらアフターでホテル行ってやっから今夜もシャンパンタワー入れろよ的な」
「ほう、そがな意味か。あの狂死郎とかいう奴、見た目に似合わずえぐい男じゃの」
「違いますよ、違いますからね陸奥さん。銀さんの説明は信じないでください」

そこへ割って入ったのは新八くんだ。
「知らないくせに適当な説明するのやめてください」って銀ちゃんをたしなめた口調は心底呆れてそうで、

「今のはハロウィンでよく使われる言い回しなんです。 お化けの仮装した子供たちが近所の家を訪ねて、その家の人にお菓子をねだる時に言うんですよ。 トリックオアトリート、お菓子をくれないといたずらするぞ、って」
「へ、そーなの。いやいや違げーだろ、ハロウィンったらガキは出番ねーだろ、大人のアダルトな祭りだろぉ? 長谷川さんから借りたAVじゃこの日はカボチャ被った欲求不満な大人どもが街中でくんずほぐれつサカりまくってたぜ」
「もういいです僕が説明します。銀さんに任せると地球の文化が誤解されるだけですから」

しょうがないなぁ、って思ってそうな新八くんの溜め息が響くと、きゃあきゃあと女の人の声が溢れる場内にゆったりしたテンポのバラード曲が流れ始めた。 トークが終われば、次はチームそれぞれに演目を用意するアピールタイムだ。 日頃からステージ慣れしてる高天原のみなさんは、歌とダンスで勝負に出るみたい。
狂死郎さんをセンターにした3人がスタンドマイクの前に立って、ダンサー役のイケメン悪魔さんたちが流れるような動きでステップを刻み始める。 歌声が流れ出せば観客席に詰めかけた女の人たちはどの顔もぽーっとステージを見つめっ放しで、どの顔もうっとり聞き惚れてた。
さすが魔界の王だよね。歌の上手さも色香も魔力も強大すぎだよね。 こんなチーム相手に勝てる気がしないなぁ、なんて思いながら覗き見してたら、陸奥さんがこっちへ寄ってきて。

「ホストもなかなかやりよるの。おカマどもも芸達者な奴ばかりで、強敵揃いじゃ」
「そうなんですよねぇ。出場チームの半分くらいは、宣伝のために参加してる繁華街のお店の人たちみたいだし。 ほんとに優勝なんて出来るのかなぁ・・・」
「おまんは優勝したいんじゃろ、そがな意気でどうする。他の奴はどうかしらんが、少なくともわしはやるからには勝ちにいくぜよ」

そうつぶやいた陸奥さんはあたしの視線に気付いたみたいで、ほんの少しだけ肩を竦める。 目深に被った帽子の影から一瞬だけ見せてくれたのは、照れたような表情の可愛らしい微笑だ。
そうなんだ、ちょっと意外かも。 いつもクールで落ち着いてて、滅多に熱くなったりしない人かなって思ってたよ。でも、実は負けず嫌いな一面もあるみたい。 意外といえば今の笑顔も、意外なくらい可愛かったよね。励まそうとしてくれたのが嬉しくて「がんばります」って笑いかけたら、

「――そういえば、まだ聞いちょらんかったの。優勝賞品っちゅうんは何が貰えるんじゃ」
「あ、はいっ、これなんですけど」

銀ちゃんから預かったコンテストのチラシをワンピースのポケットからごそごそ出して、陸奥さんの前で開いてみせる。 ここです、って指したのはチラシの一番下。獲得賞品の一覧だ。
さっきも見たこのチラシによると、優勝の他にも「審査員特別賞」や「かぶき町商店会賞」、「橋田屋賞」「大江戸マート賞」なんてかぶき町内に本社やお店がある有名企業の名前が入った賞や、「泥水興業特別賞」なんて怪しげな名前の賞もある。 他にも、入賞を逃したチームのための「参加賞」なんてものまで用意されてるみたいだ。

「えっと優勝は・・・これです、これ!「女性に人気の5つの旅館から選べる!九州4泊5日ツアーペアご招待券」っ」
「九州か。暖かい気候で良い温泉処も多いと聞いたが」
「はい、名湯って呼ばれるような人気の温泉がたくさんあるんですよー」
「そうらしいの。うちのオババは腰痛が酷くてのう、いつかここへ湯巡りの旅に行きたいと言うちょった。 で、は九州に何か目当てのもんでもあるがか」
「そうなんですっ、ここですここ!」

優勝賞品の行に記載されてるうちの一つを、あたしは迷いなく指した。

「加賀美山温泉茶屋 麗人の湯!ここが江戸で大人気なフィギュアスケートアニメの聖地なんですっっ」
「は?・・・アニメ?」
「はいっ、アニメです」
「・・・アニメ・・・」

こくこくこくこくこく。
力強く何度も何度もこくこく頷きまくったら、何があってもほとんど表情が崩れない陸奥さんにしてはめずらしく、へなりと片方の眉が下がる。 ぱっちり見開かれた大きな薄茶色の瞳にも、困惑の色が浮かんでくる。 それでもうきうき気分が止まらないあたしは「画像持ってますから見てください」って、顔中緩ませながらスマホを出した。 タップで開いた画面をひょいひょいっとスクロール、スクショしておいた旅館の画像を陸奥さんの前にささっと出して、

「これこれ、この旅館ですっ。 この旅館が主人公の実家のモデルじゃないかって言われてるんですけど、主人公のコーチになったトップスケーターやライバルがその旅館に集まってくるんですよー! それからこれっ、このお宿のカツ丼!アニメにもこれにそっくりなカツ丼を食べる場面があって!」
「おおこれは・・・旨そうじゃの。空きっ腹なら百膳は食えそうじゃ」
「でしょ、おいしそうでしょ!? 優勝できたらこれも食べられるし、旅館の近くにもスケートリンクとかお城とかアニメのモデルになった場所が多いから、5日間たっぷりかけて聖地巡りできそうだし・・・!」
「ふむ。おまんの言う聖地巡りとは、アニメに登場した場所を巡る旅というわけか」
「そうなんですよー!前から行きたいって思ってたんですけど、九州ってけっこう遠いから少しずつ旅費溜めてたんです」
「じゃがこの大会で優勝すれば即座に念願が叶う、と。・・・なるほど、白モジャがいつになくやる気を出しちゅう理由がわかった」
「え?」

尋ね返したら、スケートリンクの画像をじっと見てた陸奥さんが唇をほころばせる。ふ、ってかすかな笑い声を漏らして、

「つまりあの阿呆は、惚れた女の願いをかなえるために張りきっちょるわけじゃの」
「・・・っ」

可笑しそうなその声に、心臓がとくんと小さく弾み上がる。
惚れた女、なんて聞き慣れないこと言われちゃったせいかな。 じわじわ、じわーーっと、ほっぺたや耳が少しずつ熱くなってきた。
「で、でも、銀ちゃんお金に汚いし、優勝賞品をお金に変えたいだけかも。 ・・・ぁ、だけど、ぇっと、さっきは。優勝できたらいっしょに行こう、って・・・っ」
赤くなった顔が髪や肩で隠れるくらいに首を竦めて、変身ステッキも両手でぎゅうって握りしめて、もごもごもごもご。 こそばゆい恥ずかしさを噛みしめながら説明して、新八くんと話してる黒のマント姿の背中をこっそり見つめた。

・・・・・・うん。まぁ。・・・そうだって言われたわけじゃないけど。自信はあんまりないんだけど。 でも、そういうことなんだよね・・・?・・・・・・たぶん。
このコンテストに参加申し込みしたのも、銀ちゃんが柄にもなくやる気になってるのも、あたしを旅行に連れていくためなんだよね。 そういえば銀ちゃんがうちに泊まりに来たときもあのアニメは見てたし、モデルになった温泉旅館の話もした。 あの時も今みたいに画像を見せて、この旅館に泊まりたい、近くの名所も観光したいってあれこれ話した気がするし。 その時銀ちゃんはいつもと同じ何がどうでもよさそうな顔で、いつもと同じだらしないポーズでうちのソファにごろ寝してて。 「へー」とか「ふーん」なんてたいして興味もなさそうな相槌打ちながら、スマホの写真を覗き込んでた。
・・・そっか、銀ちゃん、ちゃんと聞いてくれてたんだ。あれをずっと覚えてくれてたんだ――

「そうか。アニメとやらに熱中する気持ちはようわからんが、おまんの意気込みと白モジャの腹積もりはよう判ったぜよ」
「す、すみません。あたしが欲しい賞品のために、陸奥さんたちにも手伝ってもらうことになっちゃって・・・」
「いや、そこは気にせんでええき。元々わしは江戸の祭りを体験するんが目的じゃ。 それに、今の話を聞いて目標も出来たぜよ」
「目標?」
「ああ。おまんの聖地巡りのためにも勝たんとのう」
「〜〜〜っ、ありがとうございますっ!陸奥さん優しいぃぃ!!」
「・・・?そうか?辰馬は「おまんは血も涙もない奴じゃ」とよう言うちょるが」

眉をひそめた陸奥さんに感激のあまりに抱きついたら、背中からがばっと、陸奥さんの倍くらい幅があるでっかい身体に抱きつかれる。 横から顔をぴとって寄せてきたくっつきたがりなヴァンパイアに、ぐりぐりぐりぐり。 うへへへへ〜〜、って緩みきった笑い声を漏らすほっぺたを思いっきりぎゅうぎゅう押しつけられて、

「そうそうそーだよ勝たねーとな、勝ってタダで行こうぜ温泉。タダで行こうな新婚旅行っ」
「は!?〜〜っなっ、しんこ、っっ!?」

がっちり抱えてくる男の人の腕の中であたふたしながら身じろぎして、目も口もぽかんと開ききった顔で振り返る。 口をぱくぱくさせながらにやけた彼氏の顔を見上げてるうちに、ぼんっ、って顔に火が点いた。 「新婚旅行」の四文字で一杯にされた頭の中もかーっと熱くて、何が何だかわからない。
「え、ぇえ、え!?しんこ・・・!?」ってうろたえるうちに「そーそー新婚旅行な、新婚旅行」ってお腹に回した腕に抱きしめられて、ほっぺたにちゅ、ってやわらかい唇の感触が降ってくる。 それでも頭の中は「新婚旅行」のたった四文字でキャパ越えしちゃってフリーズ状態、出来ることはといえばかぁっと目を剥いて銀ちゃんを見上げることと、口をぱくぱく震わせることくらい。 普段は人前でこんなことされたらすかさず足を踏んづけるかお腹に肘打ち入れるか、もしくは振り向いて股間を蹴り上げるくらいのことはしてるのに・・・!
――新婚旅行!?
なにそれ聞いてないんだけど。銀ちゃんてば、あたしの聖地巡りのために張りきってくれてるんじゃなかったの? 今日はいやにやる気だなぁって思ってたけど、そんなつもりで優勝狙ってたの!?

「〜〜なっ、な、ななっ、なにそれっっ。そんなのひとことも聞いてないぃっっ」
「えぇ〜〜、っだよぉいーじゃんノリ悪りーなぁちゃん。 じゃあいーわ婚前旅行で勘弁してやるわ、5日間宿に籠りきりでみっちり子作りしまくろーなっ」
「・・・、は?」
「なぁなぁこの温泉に露天風呂ってあんの? やっぱ温泉ったら露天風呂だよなぁー、野趣溢れる山ん中で開放的な気分になった新妻ちゃんがお湯で火照ったえっろいカラダで開放的に乱れまくりとか? いやいや待てよ温泉旅館ったら他にもあるよなぁ客室専用のちっせー露天風呂とか檜風呂とか夫婦で入れる家族風呂とか? うっっっわなにそれ天国だろやっべーよ最高じゃん銀さん今から鼻血出そーなんだけどぉ」
「・・・・・・」

鼻を押さえて天を仰いで目を瞑った銀ちゃんが妙にしみじみした口調で語りまくって、一体どんな温泉破廉恥妄想を思い浮かべてるんだかうっとりした顔で何度も頷く。 それを見てたらすーーーーって、それまでは今にも燃え上がりそうなくらい火照りきってた頭から一気に熱が引いていく。 それと同時で、破裂しそうなくらいどきどきしてた胸の中にもやもや〜〜っと不満が湧いてきた。 ううううう、って唸った口許やほっぺたがじわじわじわじわ、風船みたいにぷーーーっと丸く膨らんでいく。
・・・なんだ。どきどきして損したよ。これっていつものおふざけじゃん。ただのえっち目当て旅行じゃん。
新婚旅行なんて言われたから思わずどきっとしちゃったけど、腹が立つくらいいつもと同じ銀ちゃんだよ。 ただのえっちなことに目がない変態吸血鬼だよ、聞けば聞くほどむかむかするよ!!

「・・・銀ちゃんのばか」
「ん?なに、なんか言った」
「〜〜〜っ。もし優勝できてもそんな破廉恥旅行ぜったい行かないって言ったのっっ」
「はぁあ!?何で!?お前行きてーって言ってただろぉ!?銀さんと行きてーんじゃなかったの!?」
「そんなこと言ってないしっ。 ていうか銀ちゃん勝手すぎっ、新婚旅行とか一人で決めつけちゃってキモイんだけどっ」
「えぇぇ〜〜〜、っだよぉいーじゃん行こーぜ破廉恥新婚旅行っ。 つーか破廉恥ったってよーそんなん別に普通だからね、新婚旅行なんて実態は見境無くした発情期のオスが朝から晩まで嫁さんに乗っかってゴム無しで腰振りまくってるだけの破廉恥ケダモノ旅行だからね!?」
「・・・まぁ中にはそんな奴等も居るかもしれんが、向こうもおまんのようなケダモノには言われとうないと思うぜよ」

あたしたちの話を黙って聞いてた陸奥さんが、ぼそりと冷ややかにツッコんでくる。
マントの内側で腕を組むと意外そうな目つきで銀ちゃんを見上げて、

「というか今日はやけに必死じゃのう、白モジャ。そこまでして結婚に持ち込みたいがか」
「――ふふっ。でもそんな調子じゃ結婚なんて遠のく一方ですね、銀さん」

くすくす笑う女の人の声にみんなが一斉に振り返れば、そこには背中に透明な羽が生えたポニーテールの妖精さんが。
ふわふわなピンクのシフォン生地を何枚も重ねた可愛いドレス姿で現れたのは、狂死郎さんたちの出番の前に「チームすまいる」として出場したお妙さんだ。

「姉上!さっきはおつかれさまでした」
「新ちゃんたちはこの後よね、頑張って。まぁ、審査員特別賞のハーゲンダッツ一年分は私たちチームすまいるが頂きますけど」

駆け寄った新八くんを笑顔で激励したお妙さんが、自信たっぷりに宣言する。
そんなお妙さんの両手には、かなり大きな布袋――区指定のゴミ袋よりも一回り大きな白い袋が一つずつ提げられてるんだけど、
――・・・?なんだろう、あれ。
よく見ると袋の表面がもぞもぞごそごそ、不気味なかんじで蠢いてる。 それによーく耳を澄ましてみたら、紐で縛られた袋の口のあたりからは、ふごふご、ふがふが、ってくぐもった呻き声っぽい音が聞こえるし・・・?
「でも、今年の優勝を狙うのは大変そうね」
そう言ったお妙さんが、カーテンの向こうでまぶしく輝くステージのほうへ振り返って、

「お客さんからの声援もずば抜けて多いし、やっぱり高天原さんが本命かしら」
「そういやぁお前ら、アピールタイムに審査員に酒注いで回ってたらしいじゃねーか。賄賂で点数稼ぎしてんじゃねーよ」
「あら、銀さんだってさんにお菓子作らせて審査員に配る作戦を立ててるんでしょう?新ちゃんから聞きましたよ」

それも立派な賄賂じゃないかしら、って笑顔で銀ちゃんに言い返すと、花の冠を被った妖精さんはドレスの裾をひらめかせながらあたしのほうへ振り向いた。

「ねぇさん、さんだってお付き合いしてる女性に不正を働かせるような男とは結婚したくありませんよねぇ」
「そうですね。それ以前に5日間宿に籠りきりの破廉恥新婚旅行とか強要してくる天パ侍とは結婚できませんね」
「そうね、不正以前に天パ侍ですものね。結婚相手としては問題外よね」
「うっせーよ天パ天パって、人の髪質を結婚したくねー男の最大条件みてーに言いやがって。 ちくしょー覚えてろよ結婚決まったらサラッサラストレートヘアーにイメージチェンジしてやる」
「それに銀さん、高天原さんを負かしたいなら相当頑張らないと。ほら、考えることは皆同じなようですしね」

お妙さんが指したステージ上では、薔薇の花束を抱えたダンサー役の悪魔さん二人が客席へ駆け降りていくところだった。 見れば狂死郎さんの左右で歌ってるお兄さん二人もリボン付きの赤い薔薇を客席へどんどん投げ込んでて、観客席からはその薔薇を運良くキャッチした人たちのひと際甲高い歓声が。 客席へ降りたダンサーさん二人は、会場の左右に並んでる審査員席にお花を配る役みたい。 ホストさんに薔薇を一輪ずつ差し出されてるおじさん達の様子がここからも見えた。 男の人が誰かから花を貰うなんてそうそう無い体験だからか、リボン付きの薔薇を受け取ったおじさん達は頭を掻いたり苦笑いしたり、照れてるみたいな微妙な笑顔をお互いに見合わせたりしてる。 だけど、どの人の表情もまんざらでもなさそうな雰囲気だ。 ・・・まぁそうだよね、女の人でも男の人でも、花を貰って悪い気分になる人は滅多にいなさそうだもん。 あれならチームの印象も自然と良くなるよね。審査員さんたちだって自然と高得点を点けたくなるよね。
さすが狂死郎さん、老若男女問わずで人のハートを掴む術を心得てるんだなぁ。
なんて思いながらホスト王さまの万全な演出に見入ってたら、

「・・・?ねーねーアネゴー、何アルかこれ。やけにでっかい袋アルな」
「あぁ、ごめんなさい忘れてたわ。私この人をお返ししに来たの」

くりっとした目を真ん丸にした神楽ちゃんが指でつんつんつついてるのは、中で何かがじたばたもがいてる例の袋だ。
床に下ろした布袋の口を解くと、どんっ。
軽く足を上げたお妙さんが、袋の底を思いきり蹴る。すると中からごろんっと、まっくろな頭とまっくろなマントが飛び出してきて――

「おりょうちゃーーーん!!愛しとうぜよ今日こそデートしてくっっんっがぁあああっっ」

蹴り出された勢いでごろんごろんと転がっていった笑顔満開の坂本さんが、げしっっっ。
転がっていった先で足を振り上げて構えてた陸奥さんのブーツの先端にどすっと鼻の穴を抉られて、
「っっでいでいでででいでいでいでっっ待っっおりょうちゃんっっ鼻っ鼻っっ、鼻裂けるうぅぅううう!!」
痛みに泣きわめく坂本さんを氷のような目で見下ろしてた陸奥さんが、嘆かわしげに溜め息をつく。 こんな場に居合わせても微笑みを絶やさないお妙さんに振り返ると、

「わざわざすまんの。おんしらに迷惑を掛けんように柱に縛りつけちょったんじゃが、こいつすぐに縄抜けしよるき」
「いいえ、お気になさらないで。ゴリラを捕獲するついでに捕まえただけですから」
「っっなんじゃこりゃっなんちゅう鼻フックじゃんごっいでっぃだだだだだ!ちょっ待っっ陸奥っ陸奥じゃろこの蹴りは陸奥じゃろ!? おまん艦長に何しゆうがかっいい加減にせんと殺すぞこのアマぁっっんぐごぶぉおおっややややめっいだだだだだ!」
「うるさい。黙らんとふぐり踏み潰すぜよ、このうつけが」
「おおっそうじゃ、忘れるところじゃった!知っちょるか金時ぃ!」

こめかみにびしっと青筋まで浮かべた陸奥さんにヒールでどかどか蹴りまくられてて顔には鼻血も流れてるしサングラスも外れかけてるし全身ぼろぼろ満身創痍ってかんじなのに、それでもくるっと身体を反転させた坂本さんは元気に声を張り上げる。 ・・・うーん、いっそ感心しちゃうよ。さすが銀ちゃんのお友達だよ。 毛先が暴れ放題の自由奔放なもじゃもじゃ天パ頭も、その中身の残念さもそっくりだけど、ゴキブリ並みの打たれ強さまで銀ちゃんとそっくりの瓜二つだ。
「これじゃ!」って坂本さんが銀ちゃんに突き出してきたのは、一枚の紙だ。 ぐしゃぐしゃによれてて皺だらけのそれは、さっき陸奥さんにも見せたあのチラシで――

「商店会特別賞っちゅうんを獲るとすごいもんが貰えるぜよ! 見てみいこれじゃ、かぶき町のキャバクラ50店舗で使える特別優待チケット! なんとこれ、指名した子と一日デートの特典付きじゃ!これがあればわしもおりょうちゃんと」
「いいや、そのチケットは誰にも渡さん!」

するとお妙さんが持ってたもう一つの袋からやけに堂々とした口調が響いて、びりびりびりっっ。 袋を突き破って飛び出してきた腕がみるみるうちに穴を大きくして、中に閉じ込められてた人が自らごろんっと転がり出てくる。 くるくるくるっ、って無駄にかっこよく回転してお妙さんの前でぴたっと止まると、騎士がお姫さまの足元に跪くみたいなポーズで大きな花束をぱっと差し出す。
・・・まぁその人の無駄にキマったポーズや白い歯をきらーんっと輝かせた笑顔を見たところで、銀ちゃんもあたしも他のみんなも誰一人として驚かなかったんだけど。 全員がそうだろうなって予想してた通りに、さっき会った沖田さんとほぼ同じ格好した真選組の局長さんだったんだけど。

「商店会特別賞はこの近藤勲が勝ち取ります!そして必ずやお妙さんをデートに誘ってみせますよっっ」
「きゃあああああ!ゴリラよゴリラが襲ってきたわ!」

どことなく芝居がかった口調で叫んだお妙さんが、ひゅんっ、て空を切って無音で跳ねる。
どかあああああぁっっっ、どごおおおぉぉんっっ。
大通りで聞いたのと似たようなデンジャラスで爆発的ですさまじい衝撃音と突風が、コンテスト出場者でごった返してる舞台裏を突き抜ける。 妖精さんのほっそりした足が、局長さんのおでこに超高速膝蹴りを炸裂させたからだ。 しかもお妙さんの攻撃はそれだけじゃ終わらなくて、地鳴りを響かせて床に沈んだ局長さんの頭が華奢なストラップ付きシューズの底で容赦なくぐりぐり踏みにじられて、

「っっいでっいでいで痛い痛い痛いっっっ痛いですお妙さんんんんんん!」
「いやだ怖いわっ、このゴリラ人の言葉を喋ってるわ!なんて珍しいゴリラなの、頭かち割って脳みそ引きずり出して生体実験の被検体にしたらどうかしら!」
「んごごごんごぐごっっそそそそんなに蹴ったらほんとに脳みそ出ちゃいますよっいやぁ今日も激しいなぁっっお妙さんの愛情表現はっっっんがごぶっっぐぼぼげごぼぼぼ!」

どごおおぉぉっっっ、どかどかどかどかどおぉぉぉんっっ、べきびきべきばきっ、どごごごごごごっっ。
ひいぃっ、って悲鳴を上げて青ざめたあたしは、あわあわしながら銀ちゃんの後ろに避難した。 こわい、なにこれこわすぎる。いくら嫌がられても拒絶されてもお妙さんの前に現れる局長さんと、しつこくて悪質なストーカー行為にぶちキレて豹変しちゃったお妙さん。 こんな現場を目撃したことはこれまでにも何度かあったけど、こんなに間近で見ちゃったのは初めてだよ! ぎらあぁっと眼光を輝かせた般若みたいな形相で局長さんの鼻っ柱を蹴り上げたお妙さんが、ばっっ、と跳躍して馬乗りに。 その姿勢のまま局長さんの胸倉をわしっと掴んで、どかどかどかどか拳を打ち込む。 とても女の人の攻撃とは思えない重量級パンチは怖ろしいことに全部顔面狙いで、殴られても幸せそうな笑顔をキープしてる局長さんの顔からぱぁあああっと噴水みたいな血飛沫が舞い散る。 巻き添えにされた花束からも色とりどりの花びらが吹雪みたいに舞い散って、赤い雫と花びらが交互に舞い散るその光景がなんだかちょっぴり綺麗だったりするから余計に不気味っていうか異様な雰囲気が増すっていうか・・・! そう広くない舞台裏だからじきに他の参加者さんたちも騒ぎに気付いて、インカムを付けて舞台裏を行き来してるコンテストの運営委員さんもあっけにとられた顔でこっちを見てる。 さすがにマズいと思ったらしい新八くんが「あ、姉上、これ以上は迷惑になりますからそのへんで勘弁してあげたほうが」っておそるおそる止めに入ったところへ、
「ああっ!こんなところにいたんですか局長!」
どこかで聞いたような声が響いたと思ったら、狭い舞台裏の人混みを縫って十人くらいの男の人たちが駆けつけてきた。 ツノが生えたフード付きロングコートで死神さんに扮してる、がっちり鍛えまくったEXILE風な一団。大通りでも見かけてた「チーム百鬼夜行」のみなさんだ。
はぁはぁと息を切らしながらも真っ先に到着したのは、たまにお登勢さんのお店でも見かける山崎さん。 「あれっ、旦那!旦那たちも出るんですか」って銀ちゃんを発見して驚いた顔を見せた後で、ぺこぺこぺこぺこ、申し訳なさそうにお妙さんに頭を下げながら、

「すいませんっ、ほんっっとすいません志村の姐さん! 局長から目ぇ離すなって副長に言われてたんですけど途中で見失っちまって」
「まぁそうだったの。今回は見逃しますけど、次からは鎖に繋いでしっかり収監しておくように副長さんに伝えてください」
「ははははは、収監なんてひどいなぁ!だが俺を監獄の鎖に繋いでも無駄ですよお妙さん! なぜなら俺とあなたは永遠に切れることのない運命という名の鎖に繋がれた愛の囚人! あなたがどこに行こうと近藤勲はどこまでも追いかけますよ1秒たりともあなたの傍を離れませんよ地の果てまでも追いかけますよははははは!」
「なー山崎くん、どーにかなんねーのあれ。 あんなやべーゴリラ飼ってるとこにうちのちゃんを出入りさせたくねーんだけど」
「ははは、そうですよねぇ。いやぁ俺らも面倒見きれないっていうか困ってるんですけど・・・」

別人みたいに凶暴なお妙さんを見ても局長さんのストーカー発言を前にしても平然と耳なんかほじってた銀ちゃんが、力なく笑う山崎さんに「だよなー、早ぇーとこどこぞのサファリパークにでも引き取ってもらえや」なんてどうでもよさそうに言い返す。
・・・うーん、決して見ちゃいけない人の闇を見ちゃった気分だよ。そこはかとない狂気の匂いすら感じたよ。 屯所で見掛ける局長さんは威厳があって隊士さんたちにも慕われてていかにも組織をまとめてる人ってかんじだし、普段見かけるお妙さんも清楚でおしとやかで「人を殴ったことなんてこれまで一度もありませんよ」ってかんじでいつもにこにこ笑ってるのに。 「あれっ。そーいやぁいねえな」って何かに気付いたような顔になった銀ちゃんが、きょろきょろきょろきょろ、周りに視線を走らせる。 他の隊士さんたちと一緒に局長さんを起こしてあげてる山崎さんに「なぁなぁ」って呼びかけて、

「ニコ中野郎と沖田くんは。あいつらゴリラ放っといて何してんだよ」
「ああ、はい、来てるっちゃ来てるんですけど、あの二人は別行動っていうか」
「――あのー・・・みなさん、チーム万事屋さんですよねぇ・・・?」

そこへ後ろからこわごわと、遠慮気味に声を掛けられた。
商店会のおじさんたちと同じコウモリの羽付きの半被を着て、コンテストの台本を握りしめてるお兄さん。 この人もコンテストの運営委員みたいだけど、こっちの様子を警戒してるのかものすごく腰が引けていた。
・・・うん、まぁ、そういう姿勢になっちゃう気持ちはわからないでもないよ。 ついさっきまで妖精さんにマウンティングされてた血まみれの死神さんとか魔女っ娘さんにがつがつ蹴られてる血まみれのヴァンパイアさんとかやけにふてぶてしい顔つきでどう見てもふつうの人じゃない雰囲気の銀髪ヴァンパイアとか常識外れに大きな犬とか、何かとインパクトが強いこのチーム(とその関係者)の見た目に恐れ戦いてるんだよね。 お兄さんはおどおどと、うろたえ気味に全員の顔を見回した。そうして比較検討した結果、一番近くにいるあたしは安全そうだって判断したみたい。 丸めた台本で照明がまぶしい舞台のほうを示しながら、ちょっと硬さが残る表情で話しかけてきた。

「すみませんが次に出る予定のチームが棄権されたため、出番が繰り上がりました。次がチーム万事屋さんの出番になります。 高天原さんそろそろ退場するんで、こっちで待機してもらえますか」
「えっ、あっ、はいっ・・・!」
「アピールトークする代表者さんはどの方ですか」
「はいはいはいはいっ、そーいうのは私に任せてヨ!万事屋のアイドル神楽ちゃんの出番ネ!」
「アピールトークねぇ、かったりーなぁ。おーい新八、なんか適当に喋っといて」
「なんだヨおい無視すんなヨ腐れ天パ!」

両手を上げて立候補したのにスルーされた神楽ちゃんがほっぺたを膨らませて怒り出して、猫背気味な黒マントの背中をべしばし叩く。
「こっちです、ケーブルがたくさんあるので足元気を付けてください」
薄暗くてよく見えない足許を指すと、運営委員のお兄さんが歩き出す。 目指してるのは、高天原さんのステージを応援中のかまっ娘倶楽部のお姉さんたちがペンライトを振り回しながらぎゃーぎゃー絶叫してる辺りだ。
「このカゴは振り落としちゃだめだよ、いいね定春。えーとみなさん、準備はいいですかー?行きますよー」
定春の首に大きな籠を取り付けた新八くんが声を掛けると、うぃー、とか、へーい、とか、おう、とか、何の緊張感もない声が幾つか上がる。 纏まりもなければやる気も見えない「チーム万事屋」の面々は、他の参加者さんたちの視線を浴びながら薄暗い中をぞろぞろ進んだ。 銀ちゃんとか神楽ちゃんとか陸奥さんとか、日頃からマイペースで何事にも動じないタイプが揃ってるからかな。 みんないつもと態度が変わらないし、完全にリラックスした雰囲気だ。 そんなみんなを見回しながら、ごくん、ってあたしは息を詰めた。足取りに合わせて揺れ動くマントの中で、丈が短すぎるスカートの裾を握りしめる。

・・・・・・やばいやばいよどうしよう。
一歩一歩踏み出すごとに足の動きがぎくしゃくしてくるよ。 顔もすっかり強張っちゃってるし、関節という関節ががっちがちだよ。ああどうしよう、また緊張してきちゃった・・・!
「あーあーあー、早くもガッチガチじゃん大丈夫かよ」
今にもあくびを漏らしそうなくらいだるそうな声が斜め上で響く。 目許がびくびくし始めた情けない顔をそっちへ向けたら、いつのまにか銀ちゃんが隣をのそのそ歩いてた。 舞台に出る前から心臓が飛び出そうなあたしとは真逆で、その横顔ときたら憎たらしいくらいにけろっとしてる。 首元の蝶ネクタイをうっとおしそうにいじりながらこっちへ視線を流した半目も、普段通りにやる気のかけらもなさそうな薄笑いを浮かべてた。

「別にビビるこたぁねーだろこんなもん、町内の奴らに見られるってぇだけじゃん。そこまで緊張することねーって」
「緊張感もなければ恥も外聞もない銀ちゃんにはわかんないよ。面の皮が鋼鉄とかチタン合金とかで出来てる人にはわかんないよっ」
「いやチタン合金て、お前俺のこと何だと思ってんの。合体ロボ的なやつ?ガンダム的な?」

くぁあああああ、って大あくびしながら腕を伸ばした銀ちゃんの手が、何気なくこっちへ向かってくる。 ぽん、てあたしの腰に手のひらを添えて、

「大丈夫だって、もーちょい気楽に行こうぜー。俺達のらぶらぶ新婚旅行のためにもよー」
「・・・またそーやってふざけるし。なんなの、新婚旅行新婚旅行って」
「大丈夫大丈夫、こーいうのはノリと勢いでいけばいーんだって。出ちまえばなんやかんやでどうにかなるもんなんだって」
「っぅわ、ちょ、押さないでよっ」

指を伸ばした大きな手に腰からぐいぐい押し出されたら、何かがブーツの爪先に引っ掛かった。 ぴんと張り詰めたロープみたいな感触は、たぶん運営委員さんが言ってたケーブルだ。 強引に押された勢いで、高めなヒールがずるっと滑る。
あ、やばい、転んじゃう。きゃあ、ってあわてて何かを掴もうとした瞬間に、

「――ぇ、ゃっ、っっひゃぁああ!?」

腰に当てられた手のひらが脇腹までするりと回り込んできて、そこをがしっと掴まれる。
それと同時でふわりと身体が浮かび上がって、気付けば腰から抱え上げられてた。 びっくりして固まったあたしを面白がってるのか、にやにや目尻を緩ませてる顔がちょうど胸元くらいの高さにある。 その顔があまりに近すぎて思わず仰け反ろうとしたら、硬い腕に乗せられたお尻は途端にぐらぁっと傾いて、
「〜〜っ!」
舞台から射し込むスポットライトの光をきらきらまぶしく反射させてる頭に、がばっ、って夢中でしがみつく。
そこそこな重さがある女の子の身体をたった一本の腕で抱え上げてる馬鹿力な彼氏は、あわてた女の子に胸をむぎゅっと押しつけられてるこのラッキースケベ的ハプニングが最高にお気に召したみたい。 気が付けば三日月みたいな形に細めたやらしい目つきは、目の前まで差し出されたあたしの胸の膨らみにじぃーっと一点集中してた。
「〜〜〜〜ぎゃあああ!みみっ見るなぁぁぁっ」
赤面したあたしは銀ちゃんの顔をむぎゅっと引っ掴んで、ぎゅーぎゅーぎゅーぎゅー押しまくる。 なのに銀ちゃんたらあたしが指や爪を顔に食い込ませて精一杯の力で抵抗しても「ちょ、痛てぇってやめろって」なんて、たいして痛くもなさそうな口調で注意するだけ。 しかもやけに嬉しそうににやにやしながらあたしの胸を顎で指して、

「なにこのえっろい眺め、最高じゃね。メイド服着せた時も思ったけどお前こーいうのすげー似合うよなぁ」
「――・・・っ!」
「お。ひょっとして今どきっとした?誉められてときめいちゃった?の胸、すんげーばくばくしてんだけど」
「〜〜〜〜っっばっかじゃないのっししししねっ変態っしねしねしんじゃえええぇっ」

裏返った声で叫んだあたしはにやけた顔を引っ掴んで、ほっぺたや目許をめちゃくちゃに引っ張る。 なのにその手の影からちらちら見える銀ちゃんの表情はさらに目を細めてて、なぜかさっきまでよりも嬉しそう。 さらに調子に乗ったヴァンパイアは「んじゃーこのままステージ行っとくかぁ」なんて寒気がするほど怖ろしいことを言い出したから、あたしは足までじたばたさせて身体を密着させてくる変態ヴァンパイアの脚や腰をがつがつ必死に蹴りまくった。
ばかばかばかばか、銀ちゃんのばかっっ。
信じらんない、信じらんないぃぃ! このままステージに出るなんて冗談じゃないよ! この衣装で人前に立つんだって思うだけでも、猛烈な恥ずかしさと緊張が襲ってくるのに。足が生まれたての子馬みたいにガクブルしてくるのに!

「〜〜ああもう最低っ、こんなことになるなら断ればよかったぁっ。こんな服着たくなかったのにぃぃ・・・!」
「あー?んだよそんなにやなの、この服」
「そーだよっ、銀ちゃんが好きでもあたしはダメなの苦手なのっっ。すっごく情けない気分になるのっ。 それに、陸奥さんならともかくあたしがこんな、こんなの着たら・・・〜〜み、見苦しいでしょっいろいろとっっ」

そう、これこそあたしをずーっと情けない気分にさせてた最大の原因。 陸奥さんとお揃いで着てる、とんがり帽子付きの魔女っ娘コスプレ衣装だ。
これのおかげで、いつもは着物と帯でしっかり包み隠してるあたしの身体はとんでもなく無防備な状態になってる。 なのに何の防御も出来ないから、常に人目を気にしちゃってどきどきそわそわしっ放しだ。 だってこの衣装、江戸で流行中のミニ丈着物すら着たことがないあたしにとっては下着同然な大胆さなんだもん・・・!
これがどんな服なのかを具体的に説明すると――マントの内側に隠してるのは、上半身部分がビスチェになってる膝上丈のワンピース。 ビスチェはお腹や背中に何本もあしらわれた薄紫色のリボンでレースアップするデザインで、スカートは中に重ねた薄紫のチュールレースのおかげでふわふわっと膨らんでるけど、胸やウエストや腰のあたりは身体のラインにぴったり布が貼りついてる。 リボンと同じ薄紫のレースで縁取られたビスチェの胸元は中にブラを着けた状態だとはみ出して見えちゃうくらい大きく開いてるから、今は必然的にノーブラだ。 しかも上半身がビスチェだから、肩も背中も腕も、上半身のほとんどの肌が剥き出し状態。 足にはかろうじて淡いグレーのストッキングを履いてるんだけど、普段から長い丈の着物ばかり着てるあたしには何かに肌を覆われてるって感覚がまったく湧かない。 ちょっと動いただけでストッキング越しに素肌をふわりと撫でられてるような、独特の空気感が落ち着かない。 足やお尻が常にすーすーしてるのが心細くて仕方ない。 だからせめて人の視線だけでも遮りたくて、マントで隠して中が見えないようにしてたんだけど・・・その肝心要のマントときたら、銀ちゃんに抱え上げられたはずみで背中のほうまで捲れ上がっちゃってる・・・!


「お?なにお前、もしかしてノーブラ?ブラしてねーの? おいおいどーなってんだよやべーよちゃん、もっと胸突き出して銀さんによーく見せてみろや」
「ふぎゃぁあああ!やだやだもうやだっっ、降ろせ降ろしてえぇぇ!」
「・・・おーい金時ぃ、ちゃーん? 仲良ういちゃついとるとこ悪いがのー、おまんらここがどこか忘れとらんかのー」
「っっひゃぁあああああ!」

真後ろから突然、笑い混じりでからかってるような男の人の声が話しかけてくる。
あっけらかんとしたその声の大きさと近さにぎょっとして、ふにゅっっ。目の前にあった銀ちゃんの顔に、自分から胸を思いっきり押しつけて縋りついてしまった。 素肌にぴとってくっついたあったかくて湿った感触が動いて、うへへ、ってやらしい笑い声をこぼす。 それが銀ちゃんの唇だって気付いて、はっとした時にはもう遅い。 おそるおそる身体を離せば、最初に目に入ったのは緩みきった銀ちゃんの顔で。 さらにその後ろでにやにやしてる坂本さんや無表情で見つめてくる陸奥さんやたまさん、赤面してメガネの位置を直してる新八くんやきょとんとしてる神楽ちゃんと定春、さらには運営委員のお兄さんの困ったような顔まで視界に入る。 おかげで口を開けたまま絶句してたあたしの顔は、かーーーーっ、って一瞬で真っ赤に染まりきってしまった。

「〜〜〜〜〜っっっ!ちちちちがっ、これはいちゃついてるとかそんなんじゃっっ」
「いやあの、ははは・・・そんなに慌てなくても大丈夫ですよ、さん」
「そーヨ、銀ちゃんとのいちゃいちゃなんて私たちとっくに見慣れてるアル。ねー、たま」
「はい、私もとっくに見慣れています。中でも最も目撃率が高いのは、銀時さまがさまを押し倒して交尾に至ろうとしている現場です」
「いやあああああ!そんなの見慣れないでぇぇ!!!」
「おーしやる気出たぁ、そんじゃちょっくら行ってくっかぁ。ちょっくら優勝でも掻っ攫ってくるかぁ」
「〜〜〜っ!えっちょっっ、行くってこのまま!?ゃだうそちょっっ降ろしてぇぇ!」
「おい辰馬、おまんも本腰入れてかかれ。この勝負には白モジャの新婚旅行との聖地巡りが懸かっとるき」
「おうそうじゃのー張りきっていかんとのー・・・っていやいやいや、新婚旅行!?違うぜよ! わしが狙うちょるんは商店会特別賞じゃきー! 特別優待券ゲットしておりょうちゃんとデートを、ってなぁ聞いとる?聞いとるんか陸奥っっ金時ぃぃ!」

「はぁ?知らね」とか「聞こえんぜよ」とか、坂本さんに対してはやたらと冷ややかな銀ちゃんと陸奥さんが口々に素っ気なく言い返す。 そのままみんながぞろぞろとステージへ向かって行ったら、坂本さんの大声とあわてたような足音が後ろからばたばた追いかけてきて――



――それで、そんな騒ぎの後のステージ本番はどうなったかっていうと――。

必死にもがいて何とか降りようとしたんだけど、ありえないことにあたしはそのまま舞台へ運ばれてしまった。 まぶしいスポットライトの下に連れ出された途端、会場はどっと盛り上がった。 なにしろ全身から湯気が出そうなくらいどこもかしこも真っ赤に染めた女が「放せ放せえぇぇっ」って涙目になって暴れてて、遠目にも目立つ銀髪ヴァンパイアに抱えられて登場してしまったんだから。 見物してる人たちの中にはご町内の顔馴染みの人も多かったみたいで、「おいおい銀さん、リア充自慢かぁー?」なんてひやかし半分の声援が客席のあちこちから飛んできたし、新八くんが代表者としてトークを始めるまでの間はずっと担がれっ放しだったから、もちろん好奇心に満ちたみなさんの視線はあたしと銀ちゃんに遠慮なく注がれっ放しだった。 とはいえそれもたった数分の間だったんだけど、あたしはそのたった数分で一生分の恥ずかしい思いを味わってるんじゃないかってくらい頭も顔も火照りっ放し。 銀ちゃんの頭にしがみついて癖っ毛をぎゅーぎゅー引っ張って「しねしねしねっっ」て、呪いの呪文を連呼しっ放しだった。
・・・だけど今になって思えば、銀ちゃんのいい加減なノリと勢いに助けられたような気もしてしまう。
だってあんなに気になってた極度の緊張感は、銀ちゃんの顔や髪をめちゃくちゃに引っ張ったりみんなとあーだこーだ言い合ったりしてるうちにいつのまにかどこかへ吹き飛んじゃってたんだから。




「 Happy sugary Halloween ! *3 」
text *riliri Caramelization
2017/10/29/


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