「――何でぇその貧乏人丸出しな格好。あちこちボロ布ひらひらさせてっからモップか雑巾でも着てんのかと思ったぜ」
「そっちこそ何アルか、EXILE気取りアルか?芋侍が似合いもしねーのにチャラい格好してんじゃねーヨ、ていうかお前何しに来たアルか!」
「祭りに来たにきまってんだろ。
てめーこそ何しに来たんでェ、祭りで食いもん買う金もねー貧乏人が」
ふ、って嘲笑った死神さんがゴスロリワンピの袖のフリルを乱暴にぐいぐい引っ張れば、きーーっ、って眉を吊り上げて唸った神楽ちゃんがぱしっとその手を弾き飛ばす。
その後も「その小汚ねー服本物のボロ雑巾にしてやらぁ」とか「ボロ雑巾になるのはお前ネ!」なんてかんじで売り言葉に買い言葉の応酬が続いて、神楽ちゃんがひらひらなスカートの裾をぶわっと跳ね上げて顔をめがけた蹴りを繰り出せば、死神さんは軽いステップでひょいっと跳んで後ろによける。
周りのお祭り客さんたちまで巻き込んだ本気のバトルが今にも始まりそうな険悪な空気にみんなの視線が集中してる間に、そろそろ、そろーっ。
爪先立ちの忍び足で出来るだけ静かに後ろにへ下がって、あたしはこそこそと銀ちゃんの後ろに身体を隠した。
――時々ひょっこり顔を見せては、神楽ちゃんをからかって激怒させてるこの人――
真選組の沖田さんは、万事屋のみんなにとっては何かと縁がある顔馴染みの一人。
そして同時にあたしにとっても、ちょっとしたご縁のある人だったりする。
どういう縁かっていうと、仕事上のご縁。
沖田さんが所属する真選組はあたしが勤めてる会社の顧客のひとつで、それも、最も大口な取引先として数えられてる重要な顧客で。
だから隊長として活躍してる沖田さんも、あたしにとっては「失礼があってはならないお得意先の人」ってことになる。
顔を合わせる機会があればこちらから声を掛けて挨拶する、なんてことはもちろん社会人としての常識だ。
・・・・・・そう、常識なんだけど。やって当前の礼儀なんだけど。ええと、そのあの、なんていうか――
なんてことを考えて顔を強張らせたあたしが黒いマントの端っこを握って身体を小さく竦めてた間に、天敵同士な二人の対戦に横から「待った」が入ったみたいだ。
「離せ離せヨぉぉぉっっ」って悔しそうに手足をじたばた暴れさせてる神楽ちゃんは、いつのまにか新八くんに羽交い絞めにされてる。
一方の沖田さんは真っ白な頬を膨らませてドーナッツをむぐむぐ頬張りながら銀ちゃんのほうへ寄ってきて、
「どーも旦那。そんな格好してるってこたぁ、旦那たちも仮装コンテストに出るんですかィ」
「まーな。つーかおめーらも出るのかよ」
「ええ、まぁ一応。つっても俺ぁ出やせんがね、他の奴等が出るんでさぁ。うちの大将が欲しい賞品があるとかで、どーしても出るってきかねーんで」
薄笑いで答えた沖田さんが、鎌を握った手の親指で後ろを指す。
示したのは2、30メートルくらい離れた場所なんだけど・・・・・・あれっ。変だ。
あそこだけ空いてる。誰もいない。
大通りは見渡す限りどこも人で一杯なのに、あの辺りだけはなぜか人が集まってないっていうか・・・通りすがる人たちもわざわざそこを避けるようにして、遠巻きにして歩いてるのがなんだか異様だ。
しかもその辺りから流れてくる笑い声は、どこかで聞いたような野太い男の人の声で――
「――いやぁ美しい!今日のお妙さんは世界一、いや銀河系一、いやいや宇宙一美しっっんがあぁぁぁ!!
んごふがっぉおおお妙さっっどどどうしたんですかっ今日は一段と激しっんごがっっ」
「いやだわ近藤さんたら、私が宇宙一美しいだなんて。そんなもんはアカシックレコードに刻まれた全宇宙共通の真理に決まってんだろーがああぁぁぁ!」
「んん!?そ、そうかっ俺に誉められて恥ずかしかったんですね!?はっはっは!本当に照れ屋さんだなぁお妙さんはっっっんごっっげぼぉっっぶごっっふぉおおおっっっ」
「オラオラしねしねしねっっ調子乗って話しかけてくんじゃねーぞゴリラぁああ!!!」
ばきっっ、どごっっ、どおぉおおおんっ、べきべきばきいぃっ、どかどかどかどかどごおぉぉぉっ。
・・・・・・・・・・・・。
えぇと。その。うん。まぁ、今の殺気立った女の人の罵声と盛大に血反吐を吐きまくってそーな男の人の呻き声と岩をも砕きそーなデンジャラスで爆発的ですさまじい打突音と粉砕音は・・・ぃ、いやでもそれはともかくとして、人混みでよく見えないけど、たった今話に上った局長さんがあそこにいるってことだけは間違いないよ。
すべてを一瞬で理解したあたしは、同情心が駄々漏れな視線を横へ向ける。
隣にいる新八くんは神楽ちゃんを懸命に押さえつけてるんだけど、すべてを諦め無我の境地でも開こうとしてるような無表情顔は完全に目が死んじゃってる。・・・うん、今はそっとしておこう。
「・・・ゴリラ?おい、江戸の祭りはケモノも参加しゆうがか」
後ろから心底不思議そうな声に尋ねられる。ああ、ゴリラの正体なんて知らない陸奥さんの罪のない率直さがつらい。
言えない、そんなの言えないよ、すぐ目の前に沖田さんがいるこの場所で言えるはずがないよ。
あそこでゴリラ呼ばわりされてる人は本物のゴリラじゃありません、見た目ゴリラっぽい真選組の局長さんです、なんて。
「あぁさん、こないだはどーも」
「こ、こんにちは沖田さん。こちらこそいつもありがとうございます」
愛想笑いをあわてて作って、口許が強張ってるのを見抜かれないようにささっと深めに頭を下げる。
・・・今でこそこんな調子で挨拶するようになったけど、以前はこの人とは何の接点もなかったんだよね。
今みたいに顔を合わせると挨拶してくれるようになったのは、銀ちゃんとお付き合いを始めてから。
納品や打ち合わせで真選組に行くと向こうから声をかけてくるようになって、今も会社の業務とは関係ない、ちょっとした頼み事を引き受けたりしてるんだけど――
・・・・・・困ったことになんとなく苦手なんだよね、この人。
会うたびに妙に緊張させられるし、綺麗な顔の裏に何か隠してそうでこわいっていうか・・・・・・、
「おーい沖田くん。なんだよこないだって」
「ええ、さんにはちょいと世話になってるんで」
「は?っだよそれ、聞いてねーんだけど」
「ぎ、銀ちゃんっ。挨拶もいいけどもう行かないとっ、ほらあの、ぇ、エントリーしないとコンテスト出れないんでしょ、ねっ」
「あー?ぁんだよ何あわててんの、あやしいんだけど」
お前さぁ、なーんか俺をごまかそうとしてね。
ぼそっと言った銀ちゃんが眉を片方だけ大きく跳ね上がらせて、じとーっ。
不満そうで刺々しい視線を顔から足まで念入りに往復させてあたしの様子を確かめると、マントの下に隠れてる腕をぎゅって掴む。
その腕を強引に引っ張られたら足がよろけて、とん、てぶつかるみたいにしてシャツの胸元に倒れ込んでしまって。
そしたらそこへ、不信感たっぷりに眉間をぎゅぎゅーっと寄せた顔が斜め上から迫ってきた。
困ったあたしが近づきすぎなその顔を焦った手つきで押しのけようとしてたら、
「心配は無用ですぜ、旦那。旦那があやしむよーなこたぁ何もねーんで」
そこへフォローを入れてくれたのは、今まさに銀ちゃんと揉めてる原因を投下してきた人。
なぜか銀ちゃんの横を擦り抜けてこっちへ寄ってきた沖田さんだ。
食べ終わったドーナツの串を警察の人の行動とは思えない気軽さでぽいっと後ろへ投げ捨てると、なぜかあたしの目の前で軽く屈んで、
「何しろこの人ぁ、いつ会っても俺には他人行儀だ。何遍声掛けてもつれなくあしらわれてますからねェ」
「えっ。す、すみませんっ、あたし、そんな風に見えてるって思わなくて」
「いーですぜ別に。あんたに悪気がねーこたぁこっちも気付いてたんで」
にやりと笑った男の子にほんの10センチくらいの距離から上目遣いで見つめられて、あたしは思わずぱちぱちと瞬きした。
そしてなぜか沖田さんと見つめ合った状態のまま、その場で固まって動けなくなってしまった。
・・・ていうかこれって「目の前の人に見惚れちゃってる状態」って言ったほうが正しいのかな。
前から思ってたことだけど、こうして近くから見るとなおさら実感させられるよ。
この人って、ほんとに綺麗なんだよね。
きらきら光る栗色の髪に、睫毛がびっしり生え揃った女の子みたいな目元。肌も白くて女の子みたいで、顔立ちだって精巧なビスクドールみたいに整ってる。
銀ちゃんとはまったくタイプが違うっていうか、ええと・・・触れたらそれだけで壊れちゃいそうな、繊細な雰囲気のイケメンっていうのかな。
こういう人って今まで身近にいなかったから新鮮でついまじまじと見つめてしまったら、そんなあたしのあからさまな目つきが可笑しかったみたいだ。
「ああそーだ、言い忘れてやした」
そう言った沖田さんが、透明感のある飴色の瞳をふっと細める。
あたしの首元にすっと伸びてきた白い指が、マントを留めてる薄紫のリボンにそっと触れてきた。
その指先に肌をつうって掠められて、びくっ、て身体を揺らしたあたしが思わず銀ちゃんのマントを握りしめたら、
「よく似合ってますぜその衣装。普段のあんたもいいけど、俺ぁこっちのほうが好みでさぁ」
「え、あ、ぁの、えぇと・・・・・・あ。ありがとうございます」
「ちょ、沖田くーん。お話中悪りーんだけどー、もーちっとから離れてくんね。つーか何。何だよその手」
ぐいっ。
沖田さんの手首を掴んでリボンから無理やり引き剥がしたのは、さっき坂本さんに名前を間違われた時の10倍は不愉快そうな銀ちゃんだ。
なのに沖田さんは涼しい顔で銀ちゃんを眺めて、「あぁ、すいやせん」なんて殊勝なかんじで謝って。払われたほうの手をひらひら振って、
「それじゃあ旦那。さんも、また後で」
そう言って背を向けたと思ったら、隙を狙って飛びかかろうとした神楽ちゃんを軽く避けて人混みの中へ消えていってしまった。
「・・・ほんっと、わけわかんない。なんなのあの人・・・」
思い思いにハロウィンコスプレした楽しそうな人たちの群れを、ぽかんと口を空けたまま見つめる。
しばらくそのままぼーっとしてから、なんだか妙に緊張させられたせいで強張ってた肩をがくりと落とした。
・・・一体何がしたかったんだろう、沖田さんは。
ていうかほんと、何考えてるんだろ。いつ会ってもこんなかんじだから困っちゃうよ。
こんなあたしを――何の見どころもなければ何のお得感もない手のひらサイズ女をからかっては困らせるのが、沖田さんはそんなに楽しいのかなぁ。
見た目によらず悪趣味だよね、あの人って。
あたしと銀ちゃんの会話に割って入ってきた時も、あたしをフォローするふりしてもっと銀ちゃんと揉めさせたがってるようなかんじに見えたよ。
そういえばその後、この衣装を似合うって誉めてくれたけど――あれも銀ちゃんを怒らせるために、わざと言ったんじゃないのかな。
てことはあれは、心にもないお世辞だったのかも。
銀ちゃんをけしかけるためにわざとらしくリボンに触れたりしながら、内心では嘲笑ってたのかもしれない。
「似合いもしない格好で人前に立とうとしてる、見苦しい勘違い女」のことを。
・・・・・・うん、まぁ、そうだよね。多分そんなところなんだろうな。
そう思われてたとしても別に腹は立たないし、むしろ同意しちゃうくらいだよ。だって、我ながらこの格好はないと思うもん。
なんて思いながら自分の身体を見下ろせば、ただでさえ重たい気分がより一層どんよりしてくるから困っちゃう。
マントの衿元をぎゅって寄せて気を抜くと見えそうになっちゃう中の服を隠しながら、あたしは小さく溜め息をついた。
「はぁぁぁ・・・帰りたい。帰りたいよぅ。コンテストなんて気が重いよ。こんな格好で人前に出るとかなにこれ何の罰ゲーム・・・?」
「ー。なぁ、今のどーいうこと」
「っっひぃぃ!」
〜〜し、しまった、忘れてた!沖田さんがいなくなったからもう全部終わった気分になっちゃってた!後ろに銀ちゃんいたんだった!
完全に気を抜いてたところにぼそっと後ろから呼びかけてられて、悲鳴を上げて青ざめる。
だけどその時にはもう何もかもが手遅れで「洗いざらい吐くまで絶対逃がさねーぞ」って思ってそうなかんじのこわい手つきが、がしっ、って肩を掴んでて。
それでもどうにか逃げようとしたら、
――えっ、なにこれ、動けない。
押さえられてるのは肩だけなのに、前に進もうとしても後ろに下がろうとしてもなぜか一歩も踏み出せない・・・!
「っ?えっ、ぅそ、なんで、えぇえ!?」
「お前さぁ、やけに沖田くんに気に入られてるみてーじゃん。いつもこんなかんじで絡まれてんの?銀さんぜんぜん聞いてねーんだけど」
「〜〜〜っっ!」
頭上から投げかけられたのは、やけに荒んでて迫力のある低い声だ。
全身がちがちに竦み上がったあたしのおでこからは、つーっ、と嫌な冷汗が。
「ちが、違うぅ、気に入られてるなんて、沖田さんのあれはそーいうんじゃ」
「つか、あのクソガキと何かあったんだろ。何だよ世話したって、何の話」
「・・・っ。ゃ、べつに、た、ただちょっと、沖田さんから直々に、なんていうか・・・頼まれ事されちゃって・・・」
「・・・・・・」
「もっ、もちろん断りたかったんだよ?でも真選組はお得意様で、立場的に向こうが上だし。
がんばったけど、こ、断りきれなかったっていうかぁぁ・・・っ」
握りしめた変身ステッキを両手で弄り倒しながら小声でごにょごにょとぽそぽそと、背を向けたまま言い訳してみる。
だけど銀ちゃんたらひたすら無言だ。軽い相槌すら打ってくれない。
肩を掴んでるでっかくて馬鹿力な手は、困ったことにまったく緩んでくれそうな気配がない。
・・・・・・ど。どどど。どうしよう、やばい。銀ちゃんたらまだ疑ってるんだ。
だらだらしてて緊張感のかけらもない普段とは真逆の、緊張感と凄みが漲ってるぴりぴりした声。
あんな声で脅してくるんだから、たぶん沖田さんが銀ちゃんに言った「怪しむようなことは何もありませんよ発言」なんてちっとも信じてないんだろう。
ああもう最悪、今すぐこの場から逃げ出したいよ。なんでこんなことになっちゃったんだろう。
沖田さんにいいようにはめられた気分だ。ていうか・・・もしかしてあの人、こうなるように全部計算ずくでやってたんじゃないの。
あたしをこの窮地に陥れるためにわざとああいう行動に出て、内心では某名作マンガの「名前を書いた人を自在に殺せる死のノート」所有者のイケメン主人公風に「計画通り」ってほくそ笑んでたんじゃないの。
実はおまわりさんは正体を隠すための偽りの顔で、裏では人を死と破滅に追い込む恐怖のデスサイザー稼業でもやってるんじゃないの・・・???
そんな洒落にならないことを思いながら、ごくん。
全身が緊張と恐怖でガチガチ状態でぎこちなく息を詰めたあたしがおそるおそる振り向こうとしたら、
「――ひょっとして・・・あんたか。馬鹿侍と付き合ってる奇特な女ってぇのは」
「え?」
振り向く寸前にどこからかぼそりと声を掛けられて、きょろきょろ、きょろ。
辺りを何度も見回してみるけど、知り合いっぽい人の姿は見当たらない。
・・・気のせいかな。「馬鹿侍」なんて言ってたし、あたしに話しかけてたような気がしたんだけど。
不思議に思いながら視線を左右に泳がせてたら、人混みを擦り抜けながらこっちを目指して歩いてくる人が目に入った。
お祭りを楽しんでる人たちの大半がハロウィンらしいキャラに変身してるように、その人もハロウィンらしい姿に扮してる。
頭から腰までほぼ真っ白、両目の部分以外のすべてを包帯でグルグル巻きにしたミイラ男さんだ。
右手には火が点いた煙草、左手は沖田さんと似たような白いフード付きコートのポケットに突っ込んだ格好で接近してくる。
するとなぜか「ちっ」て舌打ちした銀ちゃんが、まるであたしをその人から隠そうとするみたいにずいっと前へ立ち塞がった。
かと思えばなぜかミイラ男さんも銀ちゃんに張り合うみたいに舌打ちして、あたしを隠そうとしてる黒いマントの肩のあたりから、首を伸ばすようにしてこっちを覗き込んでくる。
「っだよてめえもいたのかよ。
つーか税金泥棒が揃いも揃ってナンパかよ、人の女に気安く声掛けてんじゃねーぞコノヤロー」
「俺ぁ総悟と違って人の女にちょっかい出す趣味なんざねぇよ。つーかてめえに話しかけた覚えはねぇんだが?」
やけに剣呑な口ぶりで話しながら、ミイラ男さんが指に挟んでた煙草を口に咥える。
そして頭のほうからするすると、ぐるぐる巻きな包帯を首のあたりまで解いていく。
そこから思ってもみなかった容貌が――つんつんした黒髪と鋭い目つきが現れたから、えっ、と声を上げてしまった。
包帯の下から顔を出した人は、ハロウィンのコスプレなんて間違ってもしそうにないイメージの人だ。
沖田さんのお仲間でもある、真選組の副長さん。
直接の面識はないんだけど、沖田さんと並ぶ有名人だからお顔はもちろん知っている。
ミイラ男さんの正体に目を丸くして驚いてたら、こっちを向いたその人がほんの少しだけ目許をひそめて、
「・・・ああ、いや、どうも不躾だったな。すまねぇ」
驚いて何も言えなかったから、あたしが気を悪くしてるって誤解させちゃったみたいだ。
ミイラ男さ・・・じゃなくて副長さんは、気まずそうに軽く頭を下げてくれた。
「俺は真選組の土方って者で、あんたに迷惑掛けてる沖田の上司だ」
「あっ、はいっ、初めまして、と申します。
ええと・・・副長さんですよね、存じ上げてます。何度かお姿を見かけたので」
「へぇ。いつの話だ」
「えっっ。ええっと、」
返答に詰まったあたしはふらふらーっと、不自然に視線を泳がせた。
いや、本当はしっかり覚えてるんだけど。実はいつどこで見かけたかよく覚えてないとか、そういうあれじゃないんだけど。
・・・なんていうか、こういうのも巡り合わせが悪いっていうのかな。
真選組一のイケメンとして名を馳せてるこの副長さんを見かけた瞬間っていうのが、どういうわけかどれもこれも、初対面の人との話題にするのが憚られるような瞬間ばかりなんだよね。
ええと例えば・・・銀ちゃんとぎゃーぎゃー喚いて子供みたいな口喧嘩してたとか、すまいるで酔っ払ってお妙さんにボコボコにされてもクダ巻いてた局長さんをうんざりした顔して背負ってよたよたしながら連れ帰ってたとか、見てるこっちがぎょっとするくらい怖い形相で沖田さんや山崎さんを怒鳴って追いかけてたとか、銀ちゃんも行きつけの定食屋さんで銀ちゃんの大好物の宇治銀時丼に負けず劣らず気持ち悪いマヨネーズ丼を一心不乱にがつがつ食べてたとか。
うーん、どうしよう。正直に答えちゃっていいのかなぁ。
曖昧な笑顔で場を濁しながら頭の中では悩んでたら、ばっ、っていきなり目の前が闇夜みたいな真っ暗に。
続いて顔や上半身があったかくて固い感触に包まれて、背中まで回された太い腕に、ぎゅ、って手加減もなく抱きしめられて――
「はいはいはいはーい、はーいそこでストップ挨拶終了!てめーももっと離れろや、これ以上は接触禁止な!」
全く大人げのないことを堂々とほざいた銀ちゃんの怒鳴り声が、頭の上のあたりで響く。
・・・情けない。情けないよ銀ちゃん。こんなの大人のすることじゃないよ。
変なところで嫉妬深い彼氏の大人とは言い難い行動のせいで心底疲れ果てちゃって、マントで覆われた狭い中でがくりとうなだれて溜め息をついた。
「はいはいも離れて離れてっ、これ以上こいつに近寄るとマヨラー菌っていう人に言えない恥ずかしい病に冒されっからな。
お嫁に行けねー恥ずかしい身体になっちまうからな!?」
「銀ちゃんやめて、今すでに恥ずかしすぎてしにそうだからもうやめて。ていうかやめないとぶっ殺す・・・!」
「いでっっ、いででででででっっやめてちゃんっ腹抓んのやめてっっ」
「おい、マヨを愚弄した罪は見逃してやるからとりあえず黙れ。これ以上てめえの女に恥かかせんな」
はーっ、と呆れきったような溜め息が響いて、同時にぱっと周りが陽射しに照らされる。
あれっ、って真上を見上げてみれば、包帯ぐるぐる巻きなミイラ男さんの手が銀ちゃんのマントを避けてくれたところだった。
「ありがとうございます」って頭を下げたら、憐れみが籠った複雑そうな目つきがあたしを眺める。
それから銀ちゃんに視線を送って、ふぅ、と薄く煙を吐き出しながら、
「あんたのこたぁうちでも噂になってたんだが・・・思ったよりひでーな。こりゃあ相当の重症だ」
「は、はぁ・・・?」
「よくこれとやっていけるな。この馬鹿いつもこの調子なんだろ」
「ぇえと、えぇ、はい。お察しのとおりだいたいいつもこの調子ですすみません・・・」
「おいおい土方くん聞こえなかったんですかぁ?うちの嫁の半径1メートル以内に入ってくんじゃねーよつーか話しかけんなっつってんだろ殺すぞコノヤロー」
「銀ちゃん股間蹴り上げられたいの。ていうか人を勝手に嫁呼ばわりするな」
「・・・。大変だなあんたも」
苦笑いしてそう言うと、副長さんは今にも掴みかかりそうな顔した銀ちゃんを無視してさっさと離れて行ってしまった。
・・・もう、銀ちゃんが邪魔するから尋ねられなかったじゃん。
今の副長さんの話、よくわかんない部分がけっこう多かったのに。
例えばほら、あたしがなぜか真選組で噂になってたとか、相当の重症だとか何とか。
「・・・今のって何だったんだろ。ねぇ、あたしが真選組で噂になったって何のことかなぁ」
「知らね。つか行くぞ、エントリー間に合わねーし」
「・・・・・・ぅ、うん。ええと・・・あのね、そのことなんだけどね。
今頃言い出して悪いんだけど・・・やっぱりあたしも出なきゃだめ?」
仲が悪い副長さんと顔を合わせたせいで、さらに不機嫌さが増しちゃったみたい。
あたしの肩を抱いて人混みを掻き分けていくヴァンパイアさんは、牙が見え隠れする口端を面白くなさそうに引き下げて遠くを見てた。
・・・・・・だって。だってさ。
出たくないから言い訳してるとか、そういうあれじゃないんだけど。
あくまで客観的な意見なんだけど、チーム万事屋の主戦力はどう考えてもあたしじゃないよね。
どう考えてもあたし以外の女子3人だよね。
万事屋のアイドル神楽ちゃんに、すなっくお登勢のアイドルたまさん、物静かでちょっとミステリアスな雰囲気もある陸奥さん。
可愛い系と清楚系とクールビューティー系、それぞれ違うタイプの美人が3人も揃ってるなんて、普段は女の子が神楽ちゃんだけ、っていう万事屋としてはかなりゴージャスな布陣だよ。
だけどそこにあたしが入ったら、どうなると思う?
地味で貧相で沖田さんに嫌味を言われちゃうくらいコスプレが似合ってない手のひらサイズ女のせいで、せっかくのゴージャス感が損なわれちゃうじゃん。
「だめー」
「えぇえええ。ほ。ほんとに?どーしても出なきゃだめ・・・?」
「ってよーあのコンテスト、どーせ審査員は町内会のジジイどもだぜ。
ジジイが採点握ってる大会でムサいおっさんと童貞と馬鹿犬が出たって、何の得点力にもならねーだろ。
ここは魔女っ娘4人の得点力でカバーしねーとよー、優勝賞品狙えねーじゃん」
「はぁ?意味わかんない。優勝狙うならあたしなんてますますいらないでしょ。むしろいたら邪魔でしょ。
・・・ていうか、どーしたの。銀ちゃんめずらしくやる気だよね。やたらと優勝にこだわってるよね。なんで?」
「あー?んだよお前、これ見てねーの」
意外そうに瞬きした銀ちゃんが、ドレスシャツの胸ポケットから折り畳んだ紙をがさごそ引き抜く。
チラシっぽいその紙を手早く広げてしまうとすっとぼけた顔がこっちを向いて、ん、って目で合図してきた。
これ見ろ、って言いたいみたいなんだけど――
『 第1回 かぶき町はろうぃん仮装コンテスト 』
ジャック・オ・ランタンとこうもりと魔女さんが交互に並んだイラストの下には、黒で縁取ったオレンジの文字でそう書かれてる。
ここ1ヶ月ほどの間、かぶき町のあちこちでコンテスト参加者募集のポスターを見かけたけど、これはそのポスターとほぼ同じ内容の宣伝用チラシみたい。
でも、これがどうしたっていうんだろ。
ポスターのほうは駅でもスーパーでもうちの近所でも見かけたけど、内容に特に変わったところはなかったよ。
ふつうに日程や参加要項が載ってるだけだったよーな・・・?
おでこがくっつくくらいに顔を寄せ合って、銀ちゃんが適当に畳んだせいか右上の角がぐしゃぐしゃによれてる紙を二人で眺める。
これまでまともに目を通してなかったその文面を、じっくり読み始めてから十数秒後――
「――・・・・・・う、うそっっ。〜〜ちょ、えっ、ええぇ!?こ、これって・・・!」
「な?これならもやる気出るだろ?優勝狙いたくなっただろぉ」
チラシの最後に少し小さめに記載された、「受賞チームへ進呈される豪華賞品はこちら!」の説明文。
つん、つん、てその下の一行を指先で突いた銀ちゃんは、吊り上げた口端から牙を大きく覗かせた不敵な表情でにやにやしてた。
ごつごつした指の先が示してるのは、優勝チームの賞品だ。
あたしはちっとも言葉が出てこない口をぱくぱくさせて銀ちゃんを見つめて、それからもう一度、チラシに穴が開きそうなくらいじいっと見る。
無意識に力が入った手でチラシをぐしゃって握りしめて、
「〜〜っで、出た!やる気出た!ぜったい優勝しようね銀ちゃんっっっ」
興奮しきって我を忘れてすっかり浮足立っちゃって、銀ちゃんの腕にひしっと抱きつく。
賑わう大通りの人混みの中で人目も構わず抱きついちゃってる自分の大胆さにようやく気づいたのは、いつのまにかスカートの奥まで無断侵入してきた彼氏の手に太腿をやらしくなでなでされて「ぎゃーーー!」って悲鳴を上げて飛び上がるはめになった後だった――