子供にキャンディを配ってるシフォンドレス姿の妖精さんは、普段は高級クラブで高いお酒をお酌してるとびきり綺麗なお姉さんたち。
ころんと丸いお化けの風船を配ってるのは、コウモリっぽい羽が生えた半被で揃えた商店会のおじさんたち。
大勢の人が詰めかけたにぎやかな大通りには屋台がずらりと並んでて、スイーツ好きな女の子たちがお店巡りを楽しんでたり、可愛くデコレーションされたお菓子を写真に撮ってたり。
りんご飴屋さんにわたあめ屋さんにアイスクリーム屋さん、フレーバーやトッピングが選べるポップコーンのお店もあれば、その奥で行列を作ってるのは甘いバニラの香りを漂わせてるクレープ屋さんだし、景品がぜんぶお菓子の射的のお店は子供たちに大人気だ。
そんな屋台の列から上へ視線を向けたら、青空に浮かぶオレンジ色のかぼちゃのお化け――ジャック・オ・ランタンのバルーンが、あちこちで笑顔を振りまいてる。
――どこを向いてもあやしげなお店とあやしげな人たちで溢れ返ってる、眠らない夜の街かぶき町。
街のイメージを尋ねられたらほとんどの人がそう思い浮かべるように、未成年の方のご入店をお断りいたします的ないかがわしさが前面に押し出されてるこの街だけど、今日はオレンジのハロウィンカラーに染まり尽してる。
18歳以下お断り、アダルト感200%なかぶき町の空気もちょっとだけ可愛いムード優勢なかんじだ。
「っだよぉ、仮装っつってもむさ苦しいバケモン野郎ばっかじゃねーかよ。出店に群がってんのはガキばっかだしよー」
人混みの隙間から露店を眺めてつまらなさそうに文句を垂れたのは、隣を歩いてる銀ちゃんだ。
踏み出すたびに翻る黒いマントの下からは、袖口がひらひらしたゴシック風なドレスシャツや、深紅の蝶ネクタイが覗いてる。
いつもは毛先が暴れ放題の無法地帯な天パ頭も今日はヘアワックスで抑え気味に仕上げたし、口を開けば鋭く尖った牙まで見える吸血鬼コスプレは、銀ちゃんのめずらしい白銀色の髪や正体不明な雰囲気に思った以上にハマってた。
銀ちゃん独特のふしぎな色気っていうか――ふとした時の表情に漂ってる、ちょっと危ないかんじの色っぽさ、っていうのかな。
普段は全身からだだ漏れてるチンピラ感のせいで台無しになっちゃってるそんな雰囲気や、スーツなんかもかっこよく着こなせちゃうがっしりした身体つきが、今日は余すことなく生かされてる。
ヘアスタイリング担当したあたしとしても鼻が高いよ。
・・・まぁ、そうはいってもかっこよく変わったのはあくまでも見た目だけなんだよね。
人目をまったく気にしないダメ男全開な言動は、いくらかっこよく変身したって隠しきれるものじゃない。
ほら、今もアイスクリーム屋さんに並んでる女の子を指しながら、前を歩くお友達にこそこそひそひそ話しかけてるし。
「なーあの子乳デカくね。ダボッとした服で隠してっけど巨乳じゃね」
なんてやらしいこと言いながら二人揃ってにやにやにやにや、やらしい目つきで舐めるよーに眺め倒してるし。
「つーか女の仮装がどれもいまいち露出度低めなんだよなぁ。
これじゃあ男共が盛り上がんねーよ、水着のねーちゃんとかトップレスのねーちゃんとかいねーの」
「銀ちゃん、それどっちも仮装じゃないから」
トップレスの人なんているわけないじゃん、ばっかじゃないの。
呆れて独り言をつぶやいたら、こんな賑やかな雑踏の中でも銀ちゃんの耳はあたしの声を拾い上げたみたいだ。
くるりとこっちへ振り向いた顔が何かに気付いたみたいに目を細めて、
「どーしたぁちゃん。なんかお前怒ってね」
「は?別に怒ってないし。怒るよーなことなんて何もないし」
ばっかじゃないの、ふん。
醒めきった顔でじとりと睨んで、馬鹿にしきった笑いまで浮かべて素っ気なく返した。
なのに銀ちゃんはにやにやにやにや、ただでさえ緩みがちな顔を可笑しくて仕方ないってかんじに緩ませながらあたしの肩に腕を乗せてきて、
「はは、やっぱ怒ってんじゃん」
「怒ってないってば。ていうか腕重い、ウザい」
「えー、怒ってねーの。いやいや実は怒ってんだろぉ」
「違うし怒ってないし。怒ってるんじゃなくて呆れてるの、銀ちゃんがウザいことばっかするから」
「いやいや怒ってんだろぉ、ぷーって膨れてんじゃんほっぺたが」
ぽん、ぽん、ぽん。
まるで子供を宥めるような調子で、後ろ頭を叩かれる。
だけど被ってる帽子が大きめサイズであんまり頭に合っていないから、広いつばがぽんぽんされるたびに下へ下へと傾いていっちゃう。
視界は自然とまっくらになって、これじゃあ足元だってよく見えないよ。
「もう、やめてよ」ってあわてて帽子のつばを持ち上げようとしたら、目の前にひょいっと、首を傾げた黒マント姿のヴァンパイアが迫ってきた。
細い牙を覗かせて笑う顔は、何が楽しいのかしらないけどあたしをしげしげと眺めて眠そうな目を光らせてる。
「・・・な。なに」
「んー?」
不満たっぷりに睨みながら喧嘩腰に尋ねても、銀ちゃんたらわざとらしく首を傾げてへらへらとごまかしてみせるだけ。
だけど前に立ち塞がったままで、あたしのちょっとした表情や態度が面白くてたまらないって顔で笑ってる。
・・・なんなのその顔、やなかんじ。
ばーかばーか、銀ちゃんのばーか。
人の気も知らないでへらへらにやにや笑っちゃって、何がそんなに面白いの。
ていうか女の子の顔見て面白がるとかほんっと銀ちゃんってデリカシーないよね、そういうところもモテない原因のひとつだってどうして気付かないんだろ。
こんな銀ちゃんだもん、さっきの隠れ巨乳っ娘さんにもどうせ相手にされないに決まってるよ。
なのにでれでれ鼻の下伸ばしちゃってばっかじゃないの、ていうか間違いなくばかだよね。ばーかばーか銀ちゃんのばーーーか。
そんなかんじでぺらぺらと頭の中では10個くらい文句をぶつけまくったけど、悔しいからぜったい口には出さない。
あたしがこんなこと思ってるって知ったら、銀ちゃんもっと面白がりそうだし。
だけどそんなことを考えるうちにお腹のあたりにムカムカした気分が広がってきて、頑張ってキープしてた表情もどんどんぎこちなくなってくる。
うぅ〜、って小さく唸ったあたしは、ぷいっと思いきりそっぽを向いた。
そしたら帽子の後ろを抱えた大きな手のひらに力が籠って、くい、って軽く前へ引き寄せられて。
目尻を下げてにやついてる顔が、ないしょ話でもするような小さな声でささやいた。
「大丈夫だって心配すんなって。銀さん他の女に目移りとかしねーし」
「・・・〜〜〜っ!」
肩を抱かれてるあたしにしか聞こえないような、含み笑いが混じった声。
それが耳に入った途端、かーーーっ、って頭に血の気が昇り詰めていく。顔が一瞬で真っ赤になったのが自分でもわかるくらいの勢いだ。
なのに銀ちゃんてばいじわるだ。沸騰しちゃったあたしの頭を、よしよし、って拗ねた子供のご機嫌を取るみたいにぽんぽんしながら、さらに追い打ちをかけてきた。
「いやいやちげーって、あんなん別に気にすることねーって。
さっきのは野郎同士のよくある猥談てやつだからね、隠れ巨乳っ子とかこれっぽっちも眼中にねーからな?」
「〜〜〜〜〜〜っなっっ、ばっっっ、っなな、なっっっ!」
な、なにそれ。ばっっ、ばっかじゃないの?
なんなの銀ちゃんその自慢げな笑顔、何でそんなに得意そうにドヤってんの?
いつどこの誰がそんなことを心配したって言いましたか!
なんてかんじで沸騰した頭の中には文句がぽんぽん飛び出してくるのに、あわあわと震えっ放しな口からは「ぅぁ、っ、ぅぐ、ぅう、っっ〜〜〜〜っ!!?」って銀ちゃんがたまに見てる昔の格闘技系アニメでお腹にパンチを連続で喰らって悶絶してる人みたいな呻き声しか出てこない。
ぅうう、って唇を噛みしめて両手でばっと覆ったあたしは、自分でもしらないうちに丸く膨れてた顔をぷいっと逸らす。
黒マントで見えない脇腹あたりを肘で思いきりどすどすどすどす、悔しまぎれに何度も突いたけど突けば突くほど理不尽な気分になってくる。
だって銀ちゃんたら、いくら攻撃しても痛がらないんだもん。
痛がるどころかビクともしなくて、脇腹の鉄板みたいな硬さのせいで攻撃したあたしの肘のほうがダメージ受けちゃってるくらいだ。
なにこれ腹立つ。攻撃すればするほどじりじりして歯痒くなるよ。ムカムカが解消されるどころかよけいにムカムカさせられるよ。
せめて何か文句でも言ってやろうと顔を上げて睨んだら、「うへへ〜」ってキモい声出して余計に嬉しそうに顔中崩れさせてキモさ全開でにやにやしてるし。
なんなのその「俺幸せいっぱいです!」ってかんじの満面笑顔。あまりに嬉しそうで逆にこわいんだけど、鳥肌立ってきたんだけど!
「銀ちゃんキモいっ、キモいキモいキモいぃ!
攻撃されて痛がるどころか心底幸せそうっておかしくない、人として絶対おかしいよね!?
まさかドSに飽きたから次はドMの境地でも開拓する気!?」
「まぁまぁ落ち着けって、大丈夫だって気にすんなって。俺はのすべすべぷるるんで触り心地抜群な手のひらサイズに大満足してっからぁ」
「ぅぎゃぁあああああああああ!」
信じらんないっ、信じらんないぃぃぃぃ!こんなところで人の胸のサイズを暴露するなんて!!
左右の手で持ち上げた何かをキモい指使いでむにゅむにゅむにゅむにゅ、揉んでるみたいに動かしまくってる銀ちゃんのだらしなく緩みきったほっぺたを、左右からむぎゅううっと引っ掴む。
おもちみたいに伸びるお肉をぎゅーぎゅーぎゅーぎゅー引っ張りながら、
「〜〜っゃだやだもうやだっっししっしねばいいのにっ、しねばいいのにいいぃぃ!!」
「けどまぁあれだわ、お前がそんなに気になるってぇなら銀さん全面的に協力するけど。
ぽよんぽよんのばいんばいんになるまで日夜揉みまくって育ててやるけど。
ああ、とりあえずそこの角曲がったとこのパチンコ屋の裏でどーよ」
「誰がそんなとこで揉ませるかあぁ!」
「――銀さーん、さーん、急がないと時間に遅れちゃいますよー!」
「っっ!」
背後から掛けられた大きな声に、肩がびくっと跳ね上がる。
あわてて振り返ったら、一緒に歩いてたはずのみんなは早くもわたあめ屋さんの前に。
頭にはツノ、長いローブの腰のあたりには矢印のしっぽが付いた悪魔コスプレの新八くんが、早く早く、って手招きしてる。
「あー?まだ平気だろぉ」
「平気じゃありませんよ、2時までに会場に着いてエントリーしないと出場出来ないんですよ。
銀さん自分で申し込みしたくせに参加要項読んでないんですか」
「へ、2時ぃ?マジかよやべーよ、急ごうぜ」
肩を抱いた腕に前へ押し出されて、そのまま銀ちゃんの横を歩く。
だけど数歩進んだあたりからあたしはそわそわ落ち着かなくなって、新八くんたちに追いついた頃には、真下を見つめてもじもじしながら歩く羽目になってしまった。
二人とも仮装してるせいなのか、それとも昼間の往来で肩なんか抱かれて傍目にはいちゃついてるようにしか見えないからか――
どっちなのかはわからないけど、肌にちくちく刺さってくるような好奇心たっぷりな視線を全身に感じちゃってしょうがない。
試しにちらちら左右を盗み見てみたらたちまちに数人と目が合ってしまって、あたふたと足元に視線を戻す。
マントの内側に隠れた手で、中に着てる服の裾をぎゅうって思いきり押さえつけた。
・・・・・・やだなぁ、やっぱり注目されちゃってるよ。
やだやだ、もうやだ、銀ちゃんのばか。
慣れない衣装のせいで腰から下がすーすーしてて、ただ歩いてるだけで人目を気にしてそわそわはらはらしちゃうのに。
ただでさえ心細い気分なのに・・・!
「しっかしつまんねー祭りだなぁ、どっち向いても色気のねー格好の女ばっかでよー。
もっと大胆でムラムラしちまう肌色多めな子とかいねーの、レースクイーン的な」
「・・・銀ちゃんぜったい誤解してるよね。ハロウィンを一体何だと思ってんの」
「知ってるって異国の祭りだろぉ、カボチャ被って顔隠した男と女が街中で誰彼構わず見境なしにアレとかコレとかヤリまくるえげつねーやつだろ。
長谷川さんに借りたAVで見たわ」
「違うから、そんないかがわしい18禁イベントじゃないから。もっと健全なパーティーだからねこれは」
乗せられてるだけで身長が縮みそうな気がする重たい腕を必死でぐいぐい押しのけてから、通りの真上を指差した。
「第一回 かぶき町はろうぃんパーティー」
小さなお化けやジャック・オ・ランタンが描かれたオレンジの横断幕がぱたぱたぱたぱた、晴れやかな青空にはためいてる。
今日行われるこの街初のハロウィンイベントは、このあやしい街に若い女性客を呼び込みたい商店会のみなさんが一念発起、女性向けな可愛らしさをふんだんに盛り込んだかぶき町初の試みだ。
これもいわゆる今流行りの「町おこしイベント」になるのかな。
屋台の他にもいくつか催し物が企画されてるんだけど、これから行われるその中の一つにあたしたち「チーム万事屋」が参加することになってる。
メンバーは銀ちゃんに新八くんに神楽ちゃん、もこもこしたかぼちゃの帽子を被ってハロウィンぽくおめかしした定春に、銀ちゃんにしつこく泣きつかれて仕方なく魔女っ娘コスプレしてるあたしと、「こういうのは年頃の可愛い娘が多いほうがウケるんだよ」ってお登勢さんの助言で参加することになったもう一人の魔女っ娘たまさんと――
ええとそれから、もう二人。今日になって急遽参加が決まった助っ人さんがいて――
「――はろうぃんパーティー・・・?おい、どういうことじゃ。江戸では祭りをパーティーと呼ぶがか」
魔女っ娘コスプレの鉄板アイテム・黒のとんがり帽子を深く被り直しながら尋ねてきたのは、江戸での大きな商談のついでに万事屋に寄ってくれた陸奥さんだ。
乗組員の大半が地球の出身、ていう快臨丸で過ごしてる陸奥さんは地球独自の文化や風習に前から興味があったそうで、特に「お祭り」は夜兎族には無い文化だから一度体験してみたかったんだそうだ。
そんな陸奥さんは、今日のイベントがどんなものなのかを知らないままここまで連れて来られたみたい。
本人が言うには「江戸の祭りの一種じゃ」なんてものすごーくアバウトかつ適当な説明を受けただけで、それでも江戸のお祭り風情が味わえるなら、って昨日から楽しみにしてたんだそうだ。
とはいえハロウィンは異国生まれのお祭りだから、江戸っぽさなんてほとんど無い。
江戸のお祭りを見たことがない陸奥さんの目にも、そこが違和感ありまくりだったんだろう。
派手めでちょっぴり毒々しいハロウィンカラーで埋め尽くされたこの通りを歩き始めた時には、「何かがおかしい」って勘付いたみたい。
つばが広いとんがり帽子の陰で眉をひそめた魔女っ娘さんは、今もすれ違う人たちをしげしげと眺めては意志の強そうな大きな瞳を疑わしげに細めてる。
「はろうぃんは江戸の祭りの一種じゃと辰馬の奴は言っておったが、どうも解せんの。
この通りときたら、化け物や物の怪に扮したおどろおどろしい奴ばかり。祭りというよりは百鬼夜行じゃ」
「ああ、言われてみればそうですねぇ。特にあそこの血まみれな死神さんたちとか、かなり百鬼夜行感漂ってるかも」
さっき銀ちゃんに持たされたおもちゃの魔法少女きらきら変身ステッキで、クレープ屋さんの向こうからぞろぞろ歩いてくる人たちを指す。
黒や紫の大きなツノが生えてるフード付きの衣装からがっちり鍛えた胸筋をどどーんと主張させてる男の人たちは、よく見れば大きな鎌まで装備した本格的なコスプレ集団だ。
ええと全部で6、7、8・・・十数人のグループみたい。
サングラスやピアスやゴツめなアクセサリーなんかでEXILE風のビジュアルに仕上げた「チーム百鬼夜行」さんたちの後ろには、猫耳つきの被りものとしましまの尻尾で黒猫に扮した女の子三人。
あたしたちの先頭を歩くたまさんの前を優雅に横切っていったのは、頬に蜘蛛の巣をペイントした紫色のロングドレスの女王様。
顔まで包帯でぐるぐる巻きにされたフランケンシュタインや、お揃いの狼男の被りものをしたカップルもいれば、全身血まみれな上にTシャツにも血文字で「LOVE」って書いたゾンビさんのカップルもいる。
最近のハロウィンコスプレの傾向なのか、血まみれゾンビのグループはけっこう多いみたいだ。
ああ、そういえば――大江戸マートの前でばったり会ったかまっ娘倶楽部のアゴ美さんたちも、でっかい注射器を抱えた血まみれゾンビナースのコスプレで揃えてたよね。
あれは個性的な仮装の人が多い中でもひときわ異彩を放ってたっていうか、子供が見たら怖がって泣きじゃくりそうな集団っていうか・・・いつもクールで物事に動じない陸奥さんも、目を丸くして絶句してたし。
「意外じゃのう。江戸の人間は日頃は平穏を好むくせに、祭りとなればを血を好むらしい。
どこを歩いても血まみれの化け物だらけじゃ」
「ええと陸奥さん、そういう訳じゃなくて・・・ハロウィンはね、クリスマスやバレンタインデーと同じっていうか、元々が異国のお祭りなんですよ」
「異国の・・・?なんじゃ、他所の国の祭りをこげん派手に祝うがか」
呆れたもんじゃ。酔狂じゃのう、江戸の者は。
皮肉っぽく目許を細めた魔女っ娘さんが黒いマントを羽織った肩を竦めると、
「いいんだよそれで、そもそも祭りなんてもんは大方が酔狂で出来てんだからよー」
横から口を挟んできたのは銀ちゃんだ。
しれっとした顔でそろそろーっと腕を伸ばしてあたしの腰に絡ませながら、
「つーか江戸じゃそーいうのは酔狂たぁ言わねーの、懐が深けぇって言うんだよ」
「ほう。他所のもんを丸パクりすることのどこが懐の深さに繋がるんじゃ」
「あーだからあれな、さっき昼飯でカレー食っただろ、あれみてーなもんだよ。
インドカレーを丸パクりしても辛すぎてガキは食えねーし、ジジイババアの口にも合わねーだろ。それじゃあ食文化として定着しねーだろ。
だから具材変えてルーも辛さも変えて、この国の奴らの好みの味になるように工夫してんの。なー、そーだよなーー」
「その例え適当すぎ。さっきのカレーなんて引き合いに出されても、陸奥さんはピンとこないんじゃないの」
「そうでもないぜよ、ちゃん。どこぞで見聞きしただけの事より我が身で味わった事のほうが、誰しも興味を持ちやすいしのー」
なんて言いながらこっちへ振り向いてにこにこ笑いかけてきたのは、前を歩いてる銀ちゃんのお友達。
銀ちゃんと同じヴァンパイアに変身してる坂本さんだ。
「まして食い意地が張っちょる陸奥なら、例えが食い物のほうがわかりやすいと思うたんじゃろ。なぁ金時」
「金時って誰だよ。つーかお前いつになったら俺の名前覚えんの」
ぼそっとツッコんだ銀ちゃんの嫌そうな表情は完全に無視してがばっと肩を組んだ坂本さんが、「アッハッハッハッ」と豪快な笑い声を張り上げる。
いつも陽気でおおらかで周りの空気を明るく変えちゃう銀ちゃんの悪友さんは、最初に会ったときはその声量にびっくりしたくらい声が大きい。
特に笑い声がすごい。今も周りの人たちが思わず振り向いちゃってるし、声を発しただけでどこにいるか判るくらいにはよく目立つ。
――というか坂本さんて、敢えて声を出さないようにしても目立ちそうな人なんだよね。
周りの人を軽く見下ろす長身のヴァンパイア姿は堂々としてて迫力があって、ただ歩いてるだけで人目を集めちゃうような存在感がある。
そんな坂本さんが同じ格好の銀ちゃんと並ぶと、よりいっそう人目を惹くみたい。
その証拠に、すれ違う女の子たちがこの二人にちらちら視線を送ってる瞬間をあたしはもう5回も目撃してしまった。
まぁ類は友を呼ぶっていうか、どっちも似たようなもじゃもじゃ頭だけあって頭の中身の残念な部分まで似通ってそうっていうか・・・坂本さんも銀ちゃんも女の子の好意や微妙な反応をさっぱり感知できないらしくて、いくらあのそわそわふわふわした視線を浴びても男同士の卑猥な話で盛り上がってばかりいるんだけど。
「ほれ見い、陸奥」って坂本さんが近くを歩くゾンビ姿の人を指して、
「この祭りでも、洋装しとる者に混じって着物や袴姿のゾンビもおるき。
クリスマス然りバレンタインデー然り、この国の人間はそうやって異国文化を受け入れてきちょる。
異国のもんは好みに合わんと撥ねつけてしまえばそこで終わりじゃが、好みに合わんもんも自分らの好みに合うように変えながら自国の文化として懐に納める。
そういう試行錯誤が昔も今も繰り返されとるわけじゃ」
「そうそう、そーいうことな。
そーやって人ん家の飯も文化も柔軟に吸収してきたからこそ、江戸の文化はここまで発展を遂げたわけよ。
なーそーだよなー、そーいうもんだよなーちゃん」
「銀ちゃん、もっともらしい説明しながらお尻触るのやめて」
「〜〜〜っぃでっっ痛てぇいでででで!」
スカートの裾からこそこそっと潜り込んで人のお尻を何の断りもなくすりすりなでなでしてた手の甲を、ぐりゅっっっ。
親指と人差し指に全力籠めて抓ったら銀ちゃんが甲高い悲鳴を上げて、
「っっっちょっやめっやめろってぶちって切れるっ皮膚千切れるうぅぅぅ!」
「大丈夫だよ千切れないよ、銀ちゃん面の皮も手の皮も分厚いんだから」
「いーのちゃんっやめねーと銀さん後で吸血鬼プレイするよ!?が泣いて謝っても噛みつくよ全身ちゅーちゅー吸いまくるよ!?」
「うるさい黙れ変態吸血鬼」
「アッハッハッハッ!なかなか手強かおなごば捕まえたのー、金時ぃ」
ゾンビを数十倍速くしたみたいなキモい動きで暴れる彼氏という名の痴漢常習者の腕ごと押さえ込んでぎゅーぎゅー捻り続けてたら、相変わらず名前を間違いっぱなしな坂本さんが仰け反って大笑いする。
ひーひー呻いて地面に転がる銀ちゃんの傍にしゃがむと、情けない涙目で絶叫と悶絶を繰り返す痴漢吸血鬼を氷のよーに凍てついたまなざしで見下ろしてた陸奥さんが、
「、おまんよくこの男とやっていけるのう」
感心してるのか呆れてるのかそれとも同情してるのか、よくわからない淡々とした口調で言われてしまった。
うん、そうだよね。情けないけど全く否定できないよ。
自分で言うのもなんだけど、場所も人目も憚らずに好き放題お触りしてくるこの油断ならないケダモノ相手にあたしってよくやってるほうだよね。
なんてことを思っちゃって複雑な気分で苦笑いしてたら、
ぎゅるぎゅぐぐぐっっ、ぐるぎゅごぎゅぎゅっっっ、ぎゅるるるるるーーーーーーーっっ。
坂本さんの笑い声にも負けないくらい大きい、不気味な音が鳴り響く。
「んー?何じゃあ、今の音は」
坂本さんと陸奥さんが不思議そうに左右を眺める。あたしも思わず銀ちゃんの手の甲から指を離したら、
「・・・・・・何アルかこの匂い・・・腹ペコの私にケンカ売ってるアルか・・・?」
ぐぎゅごりゅんぎゅっっごきゅっっぎゅるるるるるるっっ。
何かすごーく大きなものをすり潰しながらバキュームで吸い込んでるみたいな騒音と、恨めしそうな女の子の声が同時に耳に飛び込んできた。
よろよろ起き上がった銀ちゃんを含めた全員がそっちへ振り向けば、
ぎゅぐるぎゅるるぎゅるんぎゅるるるんっ、ぐるるるるるーーーーーーっ。
そこには謎の音の発生源――大通りに流れるハロウィンBGMも消し去るくらいのものすごい大音響で空腹を訴えてるお腹を両手でむぎゅっと押さえながら、地面にうずくまってる女の子が。
頭にはあたしたちと同じ赤いリボン付きのとんがり帽子を被って、フリルとリボンがたっぷりあしらわれた赤と黒のワンピでゴスロリ風魔女っ子に扮した神楽ちゃんだ。
遠くに見えるクレープ屋さんをかあぁっと睨んでよだれを垂らしてる神楽ちゃんは、すっかり表情が荒んじゃってる。
ちょっとメイクしたら美少女度が跳ね上がったお顔もお人形みたいな可愛いゴスロリコスプレも、これじゃあまるっきり台無しだ。
「〜〜〜〜あああああもう無理ヨもう我慢できないヨ!
どれもこれも美味しそうな匂いばっかで腹の虫が暴れっ放しネよだれが滝のよーに溢れてくるネ・・・!!」
「か、神楽ちゃんっ大丈夫!?」
叫んだかと思ったら、ばたっ。
神楽ちゃんは直後に地面に倒れて、駆け寄って抱え起こしたら、
「おなか・・・おなかすいたヨ助けてヨ・・・このままじゃ私干からびちゃうヨ・・・」
ちょっと芝居がかったかんじで弱々しくつぶやいた女の子が、震える指であたしの腕に縋りついてくる。
ああどうしよう、もっと気を使ってあげるべきだったよ。
ぐーたらな保護者代理のせいでいつもお腹を空かせてる食べ盛りの14歳にとっては、この通りにふわふわしてるスイーツの匂いが耐えがたい拷問だったんだ・・・!
「しっかりして神楽ちゃん、お顔がゾンビみたいだよ、千年に一人の可愛さが台無しだよっっ」
「千年に一人は別の人ですさん。まぁそれはともかく、ちょっと落ち着きなよ神楽ちゃん」
集団の先頭から戻ってきた悪魔コスプレの男の子が、長い槍を持ってた左の掌をぱっと開く。
新八くんが苦笑い気味に差し出したのは、この通りに入ったところで天使コスプレのお姉さんから貰ったピンクのロリポップキャンディだ。
「とりあえずこれでも食べなよ。仮装コンテスト終わったら好きなもの食べさせてあげるからね」
その手が視界に入ったのか、かぁっと目を剥いて飛び起きた神楽ちゃんが目にも止まらない速さでキャンディを強奪。
わずか1秒でべりべりっと包装を破り捨てると、はむっ、と思いきり齧りつく。
その途端にぱぁあああっと大きな瞳を輝かせた女の子の顔は、強奪したお菓子の甘さに満足したのか一瞬できらきら眩しい美少女オーラを取り戻した。
・・・まぁ、そんな神楽ちゃんの豹変ぶりを目の当たりにした新八くんとあたしは、ドン引きしてすっかり固まった顔で乾ききった笑い声を漏らすしかなかったんだけど。
「・・・う、うん、まぁ・・・いいんですけどね・・・ひょっとして僕、また視力が落ちてるのかなぁ。
たまに神楽ちゃんが小さい銀さんに見えるっていうか、今もそっくりに見えてるんですけど・・・」
「あたしもだよ新八くん・・・」
ロリポップの端っこをがじがじ齧りはじめた神楽ちゃんを見つめながら、二人同時に溜め息をつく。
こういう時の神楽ちゃんの意地汚さや傍若無人っぷりときたら、まるでちっちゃい銀ちゃんだ。
食べ物手に入れた途端に元気になっちゃう変わり身の早さなんて、銀ちゃんに瓜二つだよ。似すぎてこわいくらいだよ。
これじゃあ神楽ちゃんの将来が不安だよ・・・!
「〜〜ま、まぁでもっ、神楽ちゃんは仮装コンテストの重要な戦力ですもんね、今は元気になってくれたらそれでいいですよね、はは、ははははは」
「そっ、そーだよねっ。千年に一人の可愛さをキャンディ一個で発揮してくれるなら安いもんだよね、はは、あはははは・・・」
「んだよずりーよ神楽にばっか、新八ぃ俺にも寄越せよぺろぺろキャンディ」
「ロリポップキャンディ」って呼称を知らないいい年こいた甘党のおっさんが、大人げなく手を出してくる。
そんな銀ちゃんを存在ごとすっぱりきっぱり無視すると、新八くんは神楽ちゃんに手を差し出しながら深い溜め息をついた。
「とにかく立ってよ神楽ちゃん。せっかく可愛い格好してるのに、服が汚れるよ」
「いやアル、何か食べるまで動かないネ。そんなに私を動かしたいならそこの屋台でポップコーン買ってこいヨ」
「いやいやだから、買い食いしてる時間がないんだって。ポップコーンなら後で買ってあげるからさ、ね?」
「えっと・・・ごめんね神楽ちゃん、お昼ご飯足りなかったよね。
いつもはいっぱいおかわりするのに、今日はカレー1杯しか食べれなかったもんね」
万事屋でカレーを作るときは、大鍋一杯になみなみと超大量のカレーを作ってるんだけど――
今日は想定外なアクシデントがあって、神楽ちゃんのぶんもいつもより少なくなっちゃったんだよね。
「晩ご飯はたくさん作るからね」
頭を撫でながらそう言ったら、マーブル模様のロリポップをむぐむぐ頬張ってる女の子が丸くてあどけない目を不思議そうにぱちぱち瞬きさせて、
「が謝ることないネ、私が油断して食いっぱぐれたからヨ。
まさか台所に福神漬け取りに行ってる間に陸奥姐がカレー鍋と炊飯ジャーごと一気飲みするとは思わなかったネ」
「うん、あれは衝撃だったね。止める間もなく一瞬で、ブラックホールに吸い込まれるがごとく消えていったからねカレーもご飯も・・・」
「こんなに小柄な人のどこにあれが入ったんだろ…」って陸奥さんをチラ見した新八くんが、ほっぺたをひくひく強張らせてこわごわとつぶやく。
うん、あれには度肝を抜かれたよ。
いくら夜兎さんが食欲旺盛とはいえ、まさか大鍋一杯に作ったカレーを丸ごと全部、しかも水でも飲むみたいに軽々とごくごく飲み干されるとは思わなかった。
その直後に何事もなかったような表情でカレー鍋から顔を上げた陸奥さんに「悪いがもう一杯、いや、もう二杯貰えるか」って尋ねられたときには、坂本さん以外の全員がスプーン落として固まったし。
「おい辰馬。何じゃ、仮装コンテストちゅうんは」
わしは聞いとらんぞ。
きっと前を睨みつけて低く唸った陸奥さんが、背の高いヴァンパイアさんの背中を黒のハイヒールブーツでがしっと蹴る。
がしっ、どすっ、ごっっ、どかっ、どごっっっ。
「〜〜〜っっいでっ、痛い痛い痛いやめいやめんか陸奥っっっ」
鋭い足技で蹴り続けられて悲鳴を上げた坂本さんが定春を盾にして逃げ出せば、陸奥さんも無言で追いかける。
くぁぁぁぁ、って眠たそうに欠伸をしてる定春の影からはみ出してる真っ黒な癖っ毛頭を、がつがつがつがつがつがつがつがつ。
膝上丈のマントとスカートが大胆に捲れるのも構わずに容赦なく真上から連続攻撃を浴びせ続けて、
「いででででででいでっっ痛いゆうちょろうがサングラスが割れ・・・っっやめいこらっっ、やめんか陸奥っっ!
あまり足を上げるなパンツ見えるぜよ!」
「フン、しらじらしい。都合が悪いと大袈裟に喚いて話を逸らすんはお前の癖じゃ。やっぱりわしを騙しおったな」
「あーもうおまんは、めかしこんだ時くらいおしとやかに出来んがかっ。ほれ横を見い、少しはちゃんを見習わんかっ」
「え、あたし?えぇ?」
頭を庇ってうずくまってる坂本さんに、なぜかびしっと指されてしまった。
はぁ?って首を傾げたあたしも、ぽかんと口を開けたまぬけな顔で自分を指す。
・・・ええ?見習う?あたしを?陸奥さんが?えええ?どーして?
「あたしに見習われるところなんてないですよー。陸奥さんのほうが断然女らしいじゃないですか」
だって、坂本さんが言ってることっておかしいよね。ぜんぜん意味がわかんないよ。
――あたしを見習う?こんなに颯爽とした美人さんが?
しかもさっき着替えた時に偶然見ちゃったブラはあたしよりも数サイズ上、あたしと同じ魔女っ娘衣装でもまるで別物に見えちゃう銀ちゃん好みの隠れ巨乳っ娘陸奥さんが、こんな地味で見どころのない手のひらサイズ女のどこをどう見習うと・・・?
いやそれ以前にあたしって、人に見習われるようなところなんてあったっけ・・・?
なんてことを考えながら問い返したら、なぜか「は?」って唸った坂本さんがぽかんとした顔でこっちを向く。
それとほぼ同時で、白いシャツの胸倉を掴みかけてた陸奥さんの腕もなぜかぴたりと止まってしまった。
二人揃って怪訝そうにあたしを眺めて、かと思えば坂本さんが黒いサングラスの下で目を細めて。
大きくて頼りがいのありそうな印象とは真逆の、無邪気で人懐っこい表情でけらけら笑って、
「何じゃあ、謙遜しちゅうがかー?
まっことちゃんは奥ゆかしいのー、そげん陸奥に気ぃば遣わんでええきー」
「は・・・?」
なんて言われて、今度はあたしがぽかんとさせられてしまった。
いや、いやいやいやいやいや。まったく気は使ってませんけど。
思ったまま、見たままの感想を口にしただけなんですけど・・・?そんなことを言おうとしたら、
「そうそう、はもっと自分に自信持っていーんだって」
後ろから余計な口を挟んできた銀ちゃんが、あたしの肩を両手で掴む。
そのままぐいぐい前へ押し出されたら、坂本さんの顔にブーツのヒールをぐりぐり突き刺した女王様ポーズが妙に様になってる魔女っ娘さんの隣に並べられちゃって、
「ほらな、比べてみりゃあ一目瞭然だろ。女らしさならの圧勝だわ、比べるまでもねーよ」
「黙ってっ、銀ちゃんちょっと黙っててっ。き、気にしないでくださいね陸奥さんっ」
「・・・ああ。別に気にしとらんき」
なんて言いながら軽く頷いた陸奥さんは、いつもとあまり変わらないポーカーフェイスだ。
だけどぼそりと答えた声色は、さっきまでよりも素っ気なさが増していた。
・・・ああ気まずい。陸奥さんのこの、徐々に眉が吊り上がっていきそうな雲行きのあやしい表情が銀ちゃんてば目に入ってないの!?
「〜〜も、もぅっやだなぁ何言ってんの銀ちゃんっ。
銀ちゃんてほんっっとに女性を見る目がないんですよねっ、なにしろあたしと付き合うくらいだしっ」
「そーじゃ金時の言うとおりじゃー、というか陸奥をちゃんと比べるなんぞおこがましい話ぜよ。そもそも陸奥は女じゃないきー」
「えぇ!?いやいやいやいや!どう見ても陸奥さんはれっきとした女性ですよっ、あたしよりずっと女らしいし!」
全身に鳥肌が立つくらい冷えきった怒気が隣から流れてくるのにおびえながら、あたしはあわてて言い返した。
だけど「はぁ?何言ってんのこの子」って顔できょとんとしてる銀ちゃんと坂本さんどころか、当の陸奥さんまでピンとこないって顔してる。
・・・困ったなぁ。いっそのこともっと具体的で、視覚に訴えた説明ができたらいいんだけど。
ええと例えば陸奥さんのマントをぱぁっと大胆に捲り上げて、
「はーい全員注目してくださーい!ここです、ここが注目ポイントです!あたしの3倍はたわわなこれ!女性らしさ満点なこれ!」って、その下に隠れてる大きな膨らみを指しちゃえたら話は早いんだけど・・・、
・・・・・・いやいやいやいやだめだめだめ、何考えてるの落ち着こうよあたし。
いくら何でもそれはだめ。それってまごうことなきセクハラだよ。銀ちゃんみたいで最低だよ。
ここでそんなことしてみなよ、お互いに女性同士とはいえあたしの人間性が疑われちゃうよ!
「――お待ちください皆さん。どうかさまの複雑な胸中を汲んでさしあげてください」
透明感のあるやわらかい声を響かせながら近寄ってきたのは、お登勢さんが貸し出してくれた助っ人さん。
いつも一つに纏めてる三つ編みをツインテに変えて、身に着けてる赤と黒のワンピと同じ色使いのリボンで可愛らしくアレンジしてるたまさんだ。
神楽ちゃんとお揃いのゴスロリ風魔女っ娘に扮して、箒の代わりにデッキブラシを肩に担いでるからくりメイドさんは、労わるような優しい手つきであたしの肩に手を置いた。
迷いのない視線をすーっと、陸奥さんの首から下へ走らせながら、
「私の中に蓄積されたさまの個人データや思考パターン等から分析した結果、今のさまのお考えはおおよそこんな内容になるかと思われます。
さまが思う陸奥さんの女性らしさとは外見的なものであり、さまが常日頃から多大なコンプレックスを感じておられる、女性としての象徴的な部分であるはずだと。
つまり陸奥さんのマントの下にある豊かなバス」
「ぎゃーーー!!いいっ、もういいっっ!いーからたまさんは黙ってておねがいぃぃ!!」
真っ赤になって叫んだあたしがあわててたまさんの口を塞いだら、「アッハッハッ」って大きな笑い声が上がる。
たまさんが言おうとしてたことに勘付いたのかお腹を抱えて声も高らかに大笑いし始めた坂本さんが、「いやいやいや!」って顔の前で手を振りまくると、
「わしが言っちょるんはそがなことじゃないき。
まぁちゃんは陸奥の本性を知らんからのー、これの見た目に騙されるんも解らんではないのう。
じゃがこいつは見かけによらず物騒な奴で、地球基準で考えると到底女とは呼べんぜよ」
「そーだよパンチ一発で小型艇爆発させる奴を地球じゃ女とは呼ばねーよ。
そんな奴ぁワンパンマンかメスゴリラで充分だっつーの」
「そうか、おまんらそんなにその軽い頭をワンパンで爆発させられたいがか」
この腐れWモジャモジャが。
聞いたこっちがぞっとするくらい冷ややかに言い放つが早いが、がしっっ。
お祭りの人混みに埋もれちゃうくらい小柄で細身な陸奥さんが自分よりもうんとでっかい図体した二人の後ろ首を鷲掴みして、
ぶんぶんぶんぶぅううんっっ、ぶぅぅんっっ、っごっっっっっ。
混み合った大通りのど真ん中から生まれた風を切る音が、通りの端まで鳴り響く。
陸奥さんはまるでスーパーの買い物袋でも振り回してるような軽々とした手つきで、しかもあの細い腕で、重たい男の人二人を何度もぐるぐる旋回させまくった。
ぎょっとしたあたしが目を剥いて固まってると、まるで「最後の仕上げ」だとばかりに遠心力作用で戻ってきた二人の頭をオーケストラのシンバル奏者みたいな動きで勢いよくがつんとぶつけ合って、
「うっっっごおぉおおおおおおお!!!!」
頭の天辺を思いっきり突き合わされた衝撃でおかしな呻き声を上げた二人が白目を剥くと、陸奥さんもようやく気が済んだみたい。
ぱっ、と唐突に手を離せば、こんなお仕置きされても自業自得な二人は当然どどうぅっっと砂埃を上げて地面に沈んだ。
「〜〜っゎわ割れるうぅぅ頭割れるうぅぅっ!
ちょっっっ、お前も見ただろ今の見ただろ!ひでーだろこのメスゴリラ!こんな奴のどこが女だよ!!?」
「ひどいのは銀ちゃんのほうでしょ。今のは当然の報いだよ」
「そうですね。今のは女性に言うことじゃありませんよ」
お妙さんの教育の賜物なのか女子を大切にする習慣が自然と身についてて銀ちゃんの100倍は紳士な新八くんがきっぱり断言、メガネの奥から冷ややかな目線を銀ちゃんに突き刺す。
頭を抱えて地面でじたばたごろごろしてる吸血鬼のマントの後ろ衿を引っ張り上げると、
「それより今はコンテストでしょ、まずは起きて下さい。エントリーに間に合いませんよ」
まだぶちぶちと文句ばかり言ってる情けない大人に「はいはい」って相槌打ちながら付き合ってあげてる姿は、最初に会った頃に比べたらずいぶん大人びてきたと思う。
うーん、すごいなぁ。こういう時の新八くんて、下手すると銀ちゃんよりもお兄さんに見えるよ。
この年頃の男の子って日に日に成長してるっていうか、こうしてしょっちゅう会ってても知らない間に大人になっていくんだなぁ。
「まぁまぁ新八くんたら、すっかり銀ちゃんの扱いが上手くなっちゃってぇ」なんて日に日に頼もしくなる成長期の男の子を見守るご近所のおばちゃん気分で眺めてたら、
「ねぇねぇ銀ちゃん、何か買ってヨ!飴ひとつじゃ腹の足しにならないネ!」
そこへたたっと走ってきたのは、ロリポップキャンディを咥えたゴスロリ風魔女っ娘神楽ちゃんだ。
銀ちゃんの傍でしゃがみ込んだ神楽ちゃんは、黒マントの衿からちょっとだけ覗いてた耳たぶをぐいぐいぐいぐいぐいぐいぐいっ、今にも耳が千切れそうなくらいの容赦の無さで引っ張りながら、
「ねぇねぇ銀ちゃん聞いてるアルか、私もう腹ペコすぎて動けないネ、今すぐ何か食べないと死んでしまうネ!」
「ぃっっででででで!いやいやいやっっ、後にしてくんない!?今お前より俺の方が死にそうになってるからね!?」
「銀ちゃん死ぬアルか、死にそうアルか?そんなのダメヨ、死ぬなら私に何か食わせてから死ねやこの甲斐性なしが」
ぐぎゅるぎゅぎゅぐぐぐぎゅっっ、ぐるごぎゅごぎゅぎゅっっっ、ぎゅりゅるるーーーーーっっ。
お腹の虫を盛大に合唱させながらロリポップをがりがり齧ってる神楽ちゃんが、膨れた顔で言い返す。
するとその背後に、細身な男の子が近づいてきて――
「――何でェ。腹の虫大絶叫させてる奴がいるかと思やぁ、てめーかよ」
頭に被った白いフードで顔がよく見えないその子が、フン、って口端を上げて皮肉っぽく笑う。
紫のツノが生えたフードが付いた、もこもこなボア素材のロングコートっぽい衣装。
胸元がちらっと覗く程度にダメージ加工したTシャツと、長い脚を引き立てる黒デニム。
足元も黒のブーツで、左の肩に担いでるのは柄の長い大きな鎌。
さっき見かけた「EXILE風なチーム百鬼夜行さん」たちが持ってたのと同じものだ。
反対の手にはお団子みたいに串に刺したドーナッツを持っていて、水色やピンクのアイシングがかわいいそれをもごもご頬張りながら、男の子はフードの影から顔を見せる。
お、って銀ちゃんがつぶやくのと同時で、げっ、って唸った神楽ちゃんが敵対心剥き出しなかんじに表情を変える。
ぱさりと肩に落とされたフードの中から現れたのは、銀ちゃんたちだけじゃなくてあたしも知ってる顔だった――