「助けていただいたお礼がしたいんです。あたしに出来ることだったら、何でも言ってください」 そう言ってきた女が、若くて綺麗な女だった場合。 言われたほうがノーマルで、健康な男であれば。十中八九、いや、ほぼ全員が間違いなくこう思うだろう。 「んじゃ、一回ヤらしてくんね?」
その男、看板に偽りあり 1
それを実際に、若くて綺麗な女に面と向かって、口にするかどうかは別としても。 はやる期待と不埒な考え。その両方が、ほぼ全員の胸中を掻き毟るだろうことは間違い無さそうだ。 そうはいっても、素っ裸でアラレもない男の欲望をそのまま口にするような奴など、まあいない。 男たちとて経験上、イヤというほど知っているのだ。 女の言葉をそっくりそのまま真に受けるなど、愚の骨頂。 不埒な思いを遂げるには、それなりの修辞やテクニックが必要なのだと。 鉄は熱いうちに打てと云う。ご飯の旨さは、炊きたてに勝るものはない。 綺麗な女の熱いまなざしが醒めないうちに、彼等は事を成すべきなのだ。 いかに上手く女を誘導し、ムードを盛り上げ、美味しく女を頂くか。 その姑息ともいえなくもない小技テクニックの数々を、自分のものとして習得出来たなら。 その男の進む未来は、せいぜい蛍光灯二本分くらいの明るさを増したことにはなるだろう。 ところで。ここに一人の男がいる。彼の名前を、坂田銀時という。 死んだ魚のような目をしている。 ありとあらゆる人々からそう言われ続けている、見た目なんだか怪しい男。 恋愛事情に対して豪快なわけでもない。どちらかといえば女に不自由している今日このごろ。 しかし、彼は口にした。 素っ裸でアラレもない台詞を、そのままに。 彼の場合、それは単に面倒くさがりな性分の問題と、女の趣味の問題である。 目の前の若くて綺麗な女に、たいして興味が無かったのだ。 欠伸混じりで遠目に眺め「あのねーちゃん、一回ヤらせてくんねーかなァ」とたまに思う程度にしか。 「・・・・い・・・・っかい、・・・ですか」 わずかに吊った大きな目をぱっちりと見開いて、女は銀時の前で絶句した。 彼にそう言ってきた女は、真選組の新入り隊士。 今まで言葉を交わすこともなく、遠目にしていたその女。 声を掛ける気にならなかったのは、つんと澄まして高慢そうな印象に興を惹かれなかったから。 もうひとつには、新入りの彼女がまるで子犬か何かのように後を追いかけ、常に付き従っている男。 何が気に食わないのかは知れないが、顔を合わせるごとに自分につっかかってくる、あの無愛想な男。 どうやら女は、あのいけすかない男の所有物らしい。と思えば、食指の動きも自然と鈍る。 だが、彼としてはこの女に「一晩付き合え」以外を求める気はなかった。 礼ならカラダで返してくれ。 俺が真顔でそう言い出したなら。女本人はどうでもいいとして、あの男はどんな顔をするものなのか。 野郎の困惑顔など、見たところで面白くはない。だが、今夜の酒の肴にあげつらうには面白い。 女のことなどどうでもいい。だいたい元から興味が無いのだ。自分にしてみれば、どうでもいい女なのだ。 そんな女に、いったい身体以外の何を求めろというのか。探したところで何も無い。 「あのよォ、姉ちゃん。別に礼なんていらねーよ。 だいたいよォ、俺ァ、あんたを助けたわけじゃねーからな?あれァただの偶然だ、偶然。」 「・・・はい?」 「いただろォ?さっき、姉ちゃんの後ろにもう一人。メガネかけた存在感の薄ーい地味なガキが」 「え、・・・ああ、はい」 「アレだよアレ。あのメガネ、ウチの助手なんだよ。 姉ちゃんの後ろで、アレが斬られそうになってたからよー。 アレを突き飛ばしたついでに、姉ちゃんの背中を狙ってたヤツをアレしただけだから、俺。」 面倒そうな口調の適当な説明には、何の誇張も謙遜も含まれてはいない。 話の発端はといえば、万事屋として引き受けた仕事で、事件の現場に巻き込まれたこと。 見飽きた顔ばかりの悪徳警官どもが、ドヤドヤと出張ってきての乱闘中。 新八を助けようとした銀時は、ついでのようなカタチで木刀を奮った。 その一振りが、たまたま彼女を助けてしまった。それだけだ。 ところが、それを聞いてもなお、女は食い下がった。引き下がろうとはしなかった。 「いえ。それでも、助けてもらったことに変わりはありませんから。 あたし今、お金があんまりなくて。お礼といってもたいしたことは出来ないんですけど。 けど、あの。一回ヤ、・・・それだけは、ちょっと。他の事にしてもらえませんか」 綺麗な顔を引きつらせ、それでも女は礼がしたいと食い下がる。 ったく、しつけえ女だなァ。こっちがいいって言ってんじゃねーか。 素直に「ハイそうですか」くれえで引き下がれないもんかねェ。 これだから、ポリ公ってのは気が合わねえ。 「!!」 「っは、はいィィ!!!」 びくっと肩を震わせた女が、条件反射のように上擦った声で返事をする。 返された男は、足早にこっちへ寄ってきた。 真選組のNo.2、土方十四郎。何かといえば、やたらとムキになってつっかかってくるあの男。 「てめ、いつまで油売ってんだ。さっさと戻ってこねえか」 「はい、え、あの、でも土方さ」 「いいから来い」 女の背後に立ち、土方は銀時を睨み据えている。 不穏な空気の真っ只中に立たされた女は、険しい顔でメンチを切っている上官を見上げた。 ああまた、この人は、とでも言いたげな顔で口を尖らせる。すると、綺麗な姉ちゃんの顔は途端に子供っぽくなった。 案外色気の無えツラするなあ。黙ってりゃあそそるのによ。ま、黙ってるぶんにゃ何の面白味も無ェツラだが。 傍目には土方と目線で火花を散らし合っているのだが、実は銀時が考えているのはそんなことだったりする。 「すみませんっっ。あのっ、お礼のことは、また後でっ」 女は銀時に向かって、済まなさそうな顔でペコペコと謝った。 「や、だから要らねーっつってんだろ?」 「でも」 「ほら見ろ。だから言ったじゃねえか」 「たァっっ!」 真上から拳骨を振り下ろされ、女は涙目で頭を抱え、呻いていた。 隊士とはいえ仮にも女。ここまで手荒に扱うか。 こんな様子だ。この二人、色気の無い間柄だろう。 てっきりこの男の手がついていると思っていたが、どうやらそうでもなさそうだ。 だが、表向きにはモタついている部下を拾いにきたような顔をしながら、野郎はこっちに牽制をかけてくる。 女はどうだか知らないが、男にはその気があるとみえる。俺の深読みしすぎ、てことも無いだろう。 「んな野郎のこたァ、恩に着るこたねーんだよ。行くぞ」 「だからあっ、そんなにボコボコ殴らないでくださいって言ってるじゃないですか! 土方さんっ?聞いてます!?ちょっ、聞いてないでしょ!!」 あからさまにこっちを睨みつけ、うっとおしい一瞥を残して、野郎がわめく女を引きずるようにして連れて行く。 やれやれ、とダルそうに肩を回して鳴らしながら、銀時は彼等に背を向けた。 歩きながら思い返した。 意外といえば意外だった。 こうして口を聞いてみれば、あの女。 こっちが思っていたほど高慢でも、澄ました女でもないらしい。
「 その男、看板に偽りあり 1 」text by riliri Caramelization 2008/10/10/ ----------------------------------------------------------------------------------- next