江戸の治安を護る特別警察・真選組において、そのあやしげな会合が開かれるのは月一回。 男たちが集うは屯所の食堂。彼等に温かな食事と笑顔を提供してくれる調理場のおばちゃんたちもとっくに帰り、 遅番の隊士たちすらほとんど姿を見せることのない時間帯――深夜零時以降に催されている。 毎回ひそやかに催されてきた定例の会合。 いや、「大人の男のひみつのお楽しみ会」とでも呼ぶべきか。今宵も部屋の隅に置かれた大画面テレビの前には、 再生されているDVDに目を釘づけにされながらも互いに意見を交換し合う、ニ十数名の熱心な野郎どもが集っていた。 回を追うごとに参加者も増え、今宵もなかなかの盛況だ。とはいえどいつも声は抑え気味。 活動の時間帯が深夜ということもあり、また、あまり表立った活動は出来ない、というこの会の性質上の問題も あるためだ。それでも彼らは大いに盛り上がっていた。この場の空気をこよなく楽しんでいた。 趣味を同じくする同好の士と気兼ねなく語り合える場の楽しさは、それがどこであろうと、 どんな時であろうと、格別の昂揚感と癒しを与えてくれるものだ。そこに加えて深夜特有のハイテンションな 気分も作用してか、彼らは時が過ぎるのも忘れて熱く語り合う。愛好する作品についてのよもやま話に、 やんやと花を咲かせていた。 ――そう、彼らはその夜、楽しんでいた。 仲間と好きなものを囲んで語り合うこころよさに酔っていた。 気のおけない奴同士でくつろいでいた。言い換えるならば、ひどく油断しきっていたのだ。 だから彼らは――戦場では数々の死線を潜り抜け、人一倍鋭い危機への嗅覚を備えているはずの彼らは、 ことごとく気付くことが出来なかった。 深夜零時を過ぎた暗い食堂の片隅。 そこに集った男たちの背後にそろりそろりと忍び寄っていた、とある珍客の襲来に。 「・・・・・・?あのーう、・・・どうしたんれすかぁ?こんな時間になにしてるんれすかぁ?みなさぁんんん」 いかにも眠たげで呂律も回らないその声に、彼らは揃って耳を疑った。 いやまさか。そんなはずはない。今のは空耳であってほしい。全員がごくりと息を詰め、 急激に湧いた汗で額をダラダラと濡らしながら、悶絶しそうな気分で祈りながら声のほうへ振り向くと。 「・・・・・・?あれっ。どぅしたんですかぁー、みなさぁん。 おかしいですよ全員揃って顔色悪いだなんて。いったい何があったんですか?」 もこもこしたくまさんスリッパの裏をぺたぺたと鳴らし、目をこすりこすりして近づいてきたのは。 白の寝間着姿に緋色の羽織を重ねた彼女には、入隊時から付いていた「副長直属隊士」の肩書きに加え、 三ヶ月ほど前からは「全隊士公認の副長の女」という、真選組設立以来、前代未聞の肩書きがついてしまっている。 突然背後から声を掛けてきた彼女の登場に野郎どもは慌てに慌て、うろたえた。 なぜだ、なぜこんな時間に、夜勤番でもない彼女がここに。 テレビの前におたおたと立ち塞がり、右往左往する二十数人。全員が全員、にテレビ画面を見せまいと 必死になっての行動である。しかし最初に気を取り直した奴が、顔中にたらたらと汗しながらも意を決して疑問をぶつけた。 「え?はい、あの、お手洗いに行った帰りなんです。 渡り廊下から見たらここの窓が明るかったから、電気の消し忘れかなあと思って・・・」 男たちは顔を見合わせた。お手洗いの帰り。それで渡り廊下を通って自分の部屋に戻るとは、 ずいぶんと遠回りな寄り道ではないか。 ・・・ということは。彼女の部屋よりも食堂寄りな、副長の部屋に戻るのか。 最初に質問してきた奴が、緊張に顔を強張らせながらもずばりと尋ねる。すると彼女は細い肩をびくんと震えさせて、 「・・・っ、え、ええっ、戻るって、いうか、え、そ、それは、〜〜〜〜っ、」 途端に真っ赤になってもじもじとうつむき、長い髪で顔が隠れる。 少し経ってからおずおずと、蚊の鳴くような小声で答えた。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・はい、」 恥じらいを込めたしおらしいひとことで、男たちの脳内が生々しいピンク一色に染め上げられる。 (畜生っ副長の野郎ぉぉぉ、一人でいい思いしやがって・・・!) どいつもこいつもあれやこれやと発散しようのない想像力を掻き立てられ、不満とやっかみが めらめらっと炎のように燃え上がる。だがしかし、全員が全員、それを口にはしなかった。 それ即ち、鬼と呼ばれる男が圧政を布く屯所においては死に直結する愚行である。…誰しも命は惜しいものだ。 「・・・あれっ、これ。映画?映画じゃないですか。なんだぁ映画観賞会だったんですね。でも、なんでこんな時間に?」 しまったぁぁぁ、気付かれた! にとっては何の悪気もない一言だ。ところがそれで、全員がびくーっと、飛び上がらんばかりに慄いた。 男たちのビクついた態度など意にも介せず、は呑気にテレビの前まで進み出ようとする。 あわてた一人がおどおどと、彼女の行動を止めに入る。続けて数人が立ちはだかり、自らの身体で壁を作ったが、 「えっ、ちょ、なんで隠すんですかぁ?いいじゃないですか見せてくれたって! そういうことされるとさみしいですよー、仲間はずれにしないでくださいよー!」 拗ねた顔で抗議したは、ささっと左に移動する。すると壁も彼女に合わせて、ささっと横這いに移動して―― なんて、バスケのディフェンスオフェンスみたいなことを繰り返すうちに、彼女は男たちの壁を すばしっこく突破してしまう。そのまま、ささっ、とテレビ前まで進み出たのだが―― 「・・・?誰ですかぁこのひと。見たことないけど、女優さん?」 その道では今年の注目株とされている新進気鋭の女優だ。 なんてことを一人がしどろもどろに答えれば、は大きな目をさらに大きく見開いた。 「なんですかぁその道って。何の道?・・・・・あのー、それにしてもこれって、ちょっと変わった映画ですね。 画面のかんじが映画っぽくないっていうか。家庭用のビデオカメラっぽいっていうか、ドキュメンタリー映画みたい・・・」 は途中で喋るのを止め、まじまじと画面を見つめはじめた。 それは比較的映画好きな彼女にも見慣れない、どこか妙な雰囲気を醸し出している映像だった。 出演者はと同じ年頃と思しき、やたらに薄着な若い女性が一人きり。 カメラは真正面から屋内にいる彼女の姿に固定されている。が、たまに画面がブレたりボケたり、 とても映画館で上映できるとは思いがたい、お粗末レベルな映像なのだ。 主演女優だって美しいには美しいが、演技は控え目に言っても素人芝居程度。お世辞にも「注目株」なんて 称賛されるようなものではない。 (・・・このひとのどこが注目株なんだろう?) なんて思いながら首を傾げているうちに話の流れはふつりと途切れ、 何の脈絡もなく次の場面に移り。その瞬間、は度肝を抜かれてしまった。 なぜかその女性が、ものすごく唐突に、下着同然な衣装を脱ぎ始めたのだ。 誘うような上目遣いをカメラに向けた彼女は、厚めの唇をちろりと舌で舐めてから 衣装を自らの手で床に落とす。さらには、カメラに見せつけるようなゆっくりした手つきで 残されていたブラの肩紐を外し、豊かに盛り上がった胸元が―― 「〜〜〜っ!え、ひゃ、な、や、う、うそぉっっ!!!!?こ、ここっっこれって、これって・・・っっ!」 広げた両手で顔をばばっと隠し、は一言も喋らなくなった。 急に黙りこくった彼女が心配になったらしい。一人、二人と男たちが寄っていき、横から顔を覗き込む。 するとは、指の隙間から覗かせた目をかぁっと剥いた状態で、かちんと固まりきっていた。 しかし無情にも、テレビ画面の中では彼女をさらに絶句させる出来事ばかりが次々と繰り広げられていくのだ。 どれもが男たちにはお馴染みなシーン。しかしこの手の映像を見たことがないには理解不可能な、 想像を絶したシーンばかりである。そのうちに、いきなり画面にカットインしてきた上半身裸の男が なぜか突然女優を組み敷き、男があやしげな手つきを施すたびに女優が大袈裟なまでにあられもない声を上げ、 画面から飛び出たその声が、暗い食堂の片隅を桃色に染める。大型テレビの大画面内をふにょふにょと動き回る 肌色のモザイクが、18禁作品としての確固たるレーゾンデートルをこれみよがしに主張してくる。 「ひ、う、ぁあ、え、や、ちょ!!?」と切れ切れな奇声を上げつつ真っ赤に顔を染めていく女をよそに、 深々とした失望の溜め息があちこちから漏れる。 なぜだ。なぜこんなことに。今夜も会員限定でこっそり楽しむはずだった。なのにどうして こんな不慮の事故が起きてしまったのか。 全員が全員、深いショックを受けていた。一部には――おそらく彼らはに特別な感情を抱いていたのだろうが、 今にも泣き出しそうな涙目になっている者までいる始末だ。 なんてこった。最悪の事態だ。 鬼と呼ばれる男の手に落ちてしまったとはいえ、は今でもまごうことなき屯所の男どものアイドルである。 彼女にだけは――日々の激務の疲れを潤してくれる癒しの花にだけは、深夜に集団でこんなものに耽る 恥ずかしい俺たちを見られたくなんてなかったのに! だがしかし、・・・しかしだ。 いつまでも悔やみ、落胆したところでもうすべてが間に合わないのだ。 すでに彼女はテレビの目の前、見られてしまったものは仕方がない。そうだ、そーだよ、今さらどーにもなんねーし! テレビのド真ん前に新たに用意された一脚の椅子。 人形並みにカチコチに固まっているをそこに導き、とすん、と肩を押して座らせる。 こうして彼らはすべてをころっと諦めた。 一度覚悟さえ決めてしまえば、男たちの切り替えは瞬速を謳われる沖田の抜刀以上に速かった。 翌朝に待っているだろう副長からの罵声も怒号も鉄拳制裁もなんのその、怒られると覚悟してしまえばそれだけのことだ。 後は怖いものなどあるものか、…なんてかんじで、彼らはいっそたくましいまでに開き直った。 …というか、翌朝に待ち構えているだろう惨事に対する恐怖感をどーにかこーにか忘れたかっただけなのかもしれないが。 かくしては野郎どもにぐるりと囲まれ、深夜のあやしい映画観賞会に半ば強制参加させられることとなった。 男という生き物の生態を無邪気なまでに知らなすぎた仔羊は、なまめかしい肌色のモザイクに揺れる テレビ画面の前へと導かれ。罪深き男たちの一夜の聖餐として捧げられてしまったのである。 ・・・あぁ神よ。 どうか彼女を――この一匹の、いたいけな仔羊を導きたまえ。

お お か み さ ん と ま よ え る こ ひ つ じ

「――で。 そのままこいつにその素人本番もんを三十分ほど見させて、 てめえらのしょーもねー性癖ぶちまけてガチガチになった使用済みティッシュみてーな汚ねぇAV談義をさんざん聞かせて、 その手の話に免疫がねえこいつが許容範囲を超えてぶっ倒れて、挙句がこれ、と。・・・・おい、そういうことで合ってんのか」 「はっっ、はいいぃぃっっ。おおっおおおおおよそはそそっそんな感じでででっっっ、」 「――そうか、判った」 ふぅ、と男は軽い溜め息のような煙を吐いた。 照明を薄明かりに落とした深夜の部屋を、細々とした白いらせんが昇っていく。 恐怖と緊張で顔面が痙攣しまくっているAV愛好家たち数名を目の前に正座させ、文机の前で胡坐を掻いている部屋の主。 眉間にきつく皺を寄せて男たちの話を聞いていた、整った面立ちの中にも鋭さが際立ってみえる男、 ――彼こそが真選組副長、土方十四郎である。 息を詰める部下たちを冷えた目で眺め回した土方は、ふぅ、ともう一度煙を吐き。白いシャツの袖を 肘まで捲くった腕を灰皿に伸ばし、煙草を揉み消す。それから、すーっ、とおもむろに深呼吸して、 「・・・なんて言うとでも思ったかコルぁああああ!! そこまでガクブルで報告しに来るくれーならなぁ、最初っからこいつにんなもん見せんじゃねええええ!!!」 耳を痺れさせる重低音が深夜の屯所を突き抜ける。べしべしべしべしべし、べしいいっっっ。 突如としてキレた土方が彼らの頭を端から順に書類ファイルで殴打、隊士たちは畳にひれ伏して謝るのだった。 あとはただひたすらに土下座土下座、一から十まで土下座である。あの集いに参加していた全員が全員、 やりすぎた、と反省しているのだ。なにしろ、彼らが強制的に見せたあのAVでが放心状態に陥ってしまったのだから。 さっきから誰が話しかけようとまったく反応がなく、口も目もぽかんと開きっ放し。土方の部屋へ連れ戻るにも、 二人が両脇から支えて歩かなければならないような状態だ。そんな彼女をこの部屋に戻したら戻してみたで、 こんな遅い時間だというのにまだ仕事中だった土方が、当然、彼女の異変を見逃してなどくれるわけもなく。 結局、男たちはその場で十分ほどの説教を喰らい、それでも憤懣収まらない土方にさらに一発ずつ喰らわされ、 血の気の引いた顔でよろよろと副長室を後にした。 部屋に戻る隊士たちを呆れと怒りが渦巻く目つきで見送った土方は、ぴしゃりと障子戸を閉め切った。 それから背後を振り返り、部屋の中央に敷かれた布団の方へと向かう。 こんもりと丸く盛り上がった掛け布団の中には、放心状態でこの部屋へ戻された女が籠っている。 布団から少しだけはみ出している小さな頭の許にしゃがむと、土方はぼそりと問いかけた。 「おい。いつまで続けるつもりだ、その狸寝入りは」 「・・・・・・っ。な、なんで、わかった、の・・・?」 布団がもぞもぞと落ち着きなく動き出す。は顔を出そうとはしないが、その動きだけであわてぶりが見てとれた。 最初からだ。布団から聞こえる息遣いに微妙な強張りがあった。 まあ、なぜそれだけで判断出来るのかと言われれば、寝息だけで彼女の不自然さに気付けるほどに、 普段からの寝顔をじっくりと眺め倒しているから、なのだが。 …そんな恰好つかねぇ裏事情、誰が白状してぇもんか。土方は何気なく煙を吐く。そのまま無言を通してごまかした。 「だってぇえ。あんなすごい話聞いた後なんですよ・・・?どんな顔したらいーんだかわかんないぃ・・・!」 「フン、面と向かって「下衆野郎」とでもこき下ろしてやればいいじゃねえか。 つーか、んなこと気にしてんのぁお前だけだ」 どーせあいつらは微塵も気にしてねえぞ。 慰めるつもりでそう言い聞かせてみた。だが、それが逆効果だったらしい。 の頭は布団の奥へずるずるっと引っ込んで隠れてしまう。 「。おい、」 枕元には隠れきれなかった長い髪が広がっている。おい、ともう一度呼びかけると、 その髪までもがあわてた動きでするするっと引っ込む。 フン、と鼻先でわずかに笑うと、土方は煙草を挟んだ指を布団に伸ばす。 その上からとんとんと、小さな頭が隠れているあたりを突いてみた。それでもは顔を出そうとはしなかったが。 「あいつらに何を聞かされたか知らねえがな。んなもんは大方が、男の独りよがりな願望ってやつだ。 いちいち真に受けてねえで適当に受け流せ。犬に噛まれたとでも思って、さっさと寝て忘れりゃあいいんだ」 いいな、と繰り返し言い聞かせ、宥めてみる。それでもは出てこない。 いつまで経っても出て来ない女を待つうちに、自然に笑いがこみ上げて口許が緩んだ。 なんだこいつ。あれ一本見せられただけで本気でしょげてやがるのか。 そう思うとおかしくて、小刻みに肩を揺らして忍び笑いをこらえる。 しかしこの落ち込みぶりを目にして可笑しくなる一方では、この反応もまぁ当然か、とも思うのだ。 は男と女の色事がどういうものかを呆れるほどに知らない。未だにほんの子供並みな知識しかないのだ。 だのに突然、あの手のもんに目が無い奴らにとっては垂涎もんの、それこそとっておきの一本を突きつけられたのだ。 その瞬間を思うとやはり可笑しいし、AVひとつで動揺する女を真面目に宥める破目になっている自分も可笑しい。 最初は部下を呆れ気味に諭すようだった彼の声音は、しだいに、昼間に隊士たちに聞かせているそれとは違う、 どこか和らげた、甘さの出た声になってしまう。しばらく枕元でぽつぽつと話しかけていると、 土方の努力の甲斐あってか、も気分を取り直したらしい。引っ込んでいた頭がもじもじと動いて、 恥ずかしそうに顔を出す。まだ半分隠れている頬は、うっすらと桃色に染まっていた。 「・・・うん。そうする。・・・・・・・・・・・土方さんは?」 「俺ぁまだ寝れそうにねえな。かれこれ三十分は無駄にしちまったからな、てめーらのせいで」 「・・・・・ごめんなさい邪魔して。あたし、自分の部屋に戻ればよかった、です、よね・・・?」 眉がへなっと申し訳なさそうに下がって、潤みかけた大きな瞳がおずおずと彼を見上げて謝ってくる。 がこの部屋で夜を過ごすようになってから三か月。 態度や言葉遣いはそれなりに砕けてきてはいるのだが、まだ何かと遠慮が抜けないらしい。 土方はわずかに目を細め、無言で頷く。髪の乱れた頭にぽんと手を置き、さらさらと滑る流れを 掻き乱すようにして無造作に撫でると、すぐに立ち上がって文机まで戻った。 机上で待っていた年度末締めの書類をふたたび手にする。 一日部屋に籠れば終わる程度の仕事量なのだが、昼間は通常の職務をこなしながらの深夜の作業となれば これがなかなか終わらない。 ったく、あの人もあの人だ。せめてあと二、三日早く泣きついてくれりゃあいいもんを。 なんてことを思って頬杖をつき、浮かない顔になりながらも、一枚、二枚と片付けていく。 も眠りについたのか、背後の気配も静まり返った。ところがしばらく経った頃、ざわざわ、と衣擦れの音がして。 「・・・・・・ひっ、土方さんっっ!」 「あぁ?」 緊張しすぎて裏返ったような硬い女の声がして、不意を突かれた土方の手が止まる。 寝言にしては大きすぎる声だ。片眉を吊り上げて振り向けば、なぜかは起き上がっていた。 なぜか困ったような顔をしていて、寝間着の袖が捲くれた細い腕は掛け布団を心細げに抱きしめている。 「何だ。悪りぃ夢でも見たか」 「・・・・・・・・・・っ。なんでも、ないっ。おやすみなさいっっ」 何か言いたげな目つきでじーっとこちらを見ていたくせに、はまるで彼の視線から逃げるようにして ぱふっと布団を引き被る。頭まで隠して籠ってしまった。 「・・・・・・?」 何なんだ? 半端に静まった空気の中に一人取り残された土方は、丸く膨らむ布団を訝しげに眺める。 しかしそれもほんの数秒のことだ。すぐさま何もなかったような顔に戻り、再び机に向き直った。 という女はやたらと浮き沈みが激しい。素直で人を疑わない性分のせいもあってか、妙な思い込みはもっと激しい。 たまに飛び出す素っ頓狂な奇行をいちいち気にしていては、あいつの手綱は操れないのだ。 ・・・・・ごそごそ、もぞもぞ。 今度こそも眠っただろう。そう思っていた頃に、布団が動く音がした。 それから、ず、ずずず、と畳を這うような音が。 息遣いを押し殺したような気配がじわじわと近づいてくる。 土方が灰皿に吸いかけを押しつけ、振り向こうとした瞬間、ごんっ、と後ろ頭に衝撃が。 うっ、とうめいて机に突っ伏した背中に、がばっ、と温かいものが飛びついてくる。 ・・・・・・・、だから何なんだ。 後ろ頭でズキズキと鳴る頭突きの残響を眉をしかめてこらえつつ、肩越しに背後の女を睨みつけた。 「・・・さっきから何なんだ。おい、お前、眠れねーほどすげえもんでも見せられ、」 「飽きた、・・・んです、か?」 「は?」 振り向いたそこには、今にも泣き出しそうな女の顔が待っていた。 飽きた、だと?何の話だ。夢にうなされて出た寝言か何かか。 いや、それにしては口調がいやに真剣だ。しかもこの行動、どうもこいつらしくない。 俺がちょっと手を出そうとすればいまだに恥ずかしがって暴れる奴が、自分から抱きついてきやがった。 「あ。飽きた、・・・んです、・・・よね?・・・あ。あたしに」 「はぁ?」 「あたし。もう。土方さんに。飽きられちゃった、んです・・・よね?」 そうなんですよね? じんわり目元を潤ませたが、ひどく心許なさそうな、はらはらと落ち着かなさそうな声で念を押してくる。 「そうなんでしょ。やっぱりそうなんですよね? ・・・ひ、土方さっ、・・・あたしのこと、もう、いらなくなっちゃったんでしょ?」 「・・・・・・・・・・、」 「そうならそうって、はっきり言ってくださいっ」 は唇を噛みしめ、転んだ子供が必死に涙を我慢しているような顔で同意を求めてくる。 しかし問われた土方はといえば、彼女に目を見張ったままだ。いきなり飽きただの飽きられただのと、 話が唐突すぎてついていけない。とりあえず彼は身体の向きを変えようと、首にしっかり巻きつけられた の腕を外そうとした。ところがはなぜか彼から離れたがらない。一体何なんだ、と戸惑ううちに ばっと手で口を塞がれてしまい、しかも必死の勢いで縋りつかれたものだから、背中がぐらりと傾いた。 おかげで背骨を机の縁でがつんと派手に打ってしまい、土方は痛みをこらえながらげほげほと、 喉奥にまだ残っていた煙草の煙にむせ返り、 「〜〜っってえなこのやろ、っっっ」 「やだぁああっ、いいですっ、やっぱり何も言わないでえぇ!土方さんの口からそんなこと聞いたらもう立ち直れないいぃ!」 「っっ、いやちょ、って待てコラ首締めんじゃねえ、おいィ!」 「ひ、ひどいいぃ。ひどいですよぉそんなの。なんなんですかぁ、は、初めてしてから、まだ、 半年もたってないのにぃぃ。なのにあたし、もう飽きられちゃったんですか?もう賞味期限切れってことですかぁぁ・・・!?」 「・・・、はぁああ!?」 いよいよ訳がわからない。いやそれ以前に、の頭の中身が疑われてならない。 いかにも土方の本音を代弁しているかのようには言うが、・・・どれもこれもが彼にとっては初耳な話だ。 深夜の静けさを破るような大音量で叫んだ土方だったが、あまりに心外すぎて、それ以降は返す言葉も出て来なかった。 ところがの目には、急に黙りこくった彼の態度がかえってあやしく思えたらしい。 ひどく傷ついたような顔になり、感情豊かで大きな瞳はあっというまに涙に包まれ、ぽろぽろと透明な雫がこぼれ落ち。 噛みしめていた唇からは、ふぅぇええええ、と震えた泣き声が飛び出てきた。 「ほらぁっ、そーなんだ、〜〜〜やっぱりそーなんだぁあ、飽きたんだぁああ!!」 「!おい待て聞け、そもそも俺ぁ飽きたとは一言も!」 「だってえっ、言ってたのっ、みんな言ってたもんっっ。してもらうばっかりで自分からは何もしない子って、 刺激がなくってつまんないって。そういう子はすぐ飽きるって。・・・だ、抱いても、楽しく、ないって・・・!」 ぼろぼろとこぼれる涙が薄桃色の頬を転がっていく。 は唖然としている土方を見つめたまま、ひっく、ひっく、と嗚咽に合わせて肩を揺らしながら泣きじゃくった。 「気になってたんだもん。・・・・最近の土方さん、あたしに興味なさそうっていうか。いつも先に寝てろって言うし」 「・・・はぁ?」 と、土方が眉をひそめる。最近の自分の行動を思い起そうと、ほんの数秒だが黙り込んだ。 するとの表情はさらに曇って、土方は慌て気味に口を切った。 「そっ。そりゃあその、あれだ、・・・時間がねんだよ時間が! 溜まってんだよ近藤さんが押しつけてきた年度末締めの書類仕事が!んなこたぁお前だって判ってんだろぉが!」 「先週なんて毎日一緒に寝てたのに、土方さん、あたしに触ろうともしなかったし・・・!」 「触りたくても触れなかったじゃねーか!先週はお前っ、月のもんが来てただろーが!」 「昨日だって冷たかったじゃないですかぁ!あたしのことお布団に押し込んで、うるさいから先に寝ろって!」 「それぁお前がビール一本で泥酔してっからだろーが!あんなべろべろに酔ったへべれけ女、襲えるかぁぁ!!」 「みんな言ってたんだもんっっっ。そういうつまんない子は適当に遊ばれて捨てられるのがオチだって。 いいように遊ばれて飽きられて、ぼろっぼろにすり切れたボロぞーきんみたいにされて捨てられるって!!」 「おい待て誰だ。それ言った奴ぁどの隊の誰だ!?」 かぁっと目を剥いて土方が問い質す。言うに事欠いてボロ雑巾だぁ?要らねぇ例え話吹き込みやがって! つーかおいっ、どーすんだこれ、どーしてくれんだこれ!? 思い込みの激しいこいつがすっかり真に受けちまったじゃねーか!! 「ちっ、誰だか知らねぇが覚えてろ・・・!後で所属と名前聞き出してそいつをボロ雑巾にしてやる・・・!」 なんて不吉な輝きに目を光らせ、恐ろしげな笑いに肩を揺らしている土方の独り言を は耳に入れてすらいなかった。ひっきりなしに手で拭われ、それでもぽろぽろと涙を溢れさせている目は、 すでに「涙に暮れている」というよりは「涙で溺れている」といったほうがぴったりくるような状態だ。 「・・・っ。そりゃあ土方さんは、モテるからっっ、今まで色んな女のひととすっごいことしてきたんだろーからっ、 そーいうこと、何にも知らない、あたしなんかじゃ・・・、ぜったい物足りないだろーなって思ってたけど・・・!」 は口籠り、土方からやや顔を離し、闇雲な勢いで縋りついていた腕の力を緩めた、・・・かと思えば、 涙の染みが点々と落ちた白シャツの胸に、がばああっ、と飛びついて顔を埋める。ふぇえええええん、と 二部屋隣で寝ている近藤まで目を覚ましそうなほどの大きな声で泣きじゃくる。ひっくひっくと 嗚咽が続き、濡れた顔をぐりぐりと擦りつけられ、シャツの胸元がぐっしょり濡れる。 さすがにげんなりしてきた土方だが、困ったことにそれでもを振り払う気にはなれないのだ。 胸元にぺたっと貼りついた女の頭を、かなりむっとしながらも仕方なく撫でてやった。 撫でるうちに、脚の間に収まっている細い腰の丸みを帯びた感触や、ぴったりと押しつけられた身体の弾力に富んだ 柔らかさが気になってくる。さらに複雑な気分に陥ってしまい、眉間の皺がきつくなった。 いや、何もこの状況が嫌なわけではない。 抱きしめただけで真っ赤になるほど初心な女が、自ら胸に飛び込んできたのだ。これが普段であれば、 こいつをこのまま畳に押し倒すこと間違いなしな、なかなか美味しい状況のはずなのだが。 …今は正直、こいつの誤解に腹が立って、まったく、これっぽっちも嬉しかねぇ。 ――物足りねぇだ?飽きただと?ざっけんな。 すぐに飽きちまうほど物足りねぇと思ってる女の癇癪に、誰がここまで黙って我慢してやるものか。 「ふぇええん、やだぁぁあ!そんなことで捨てられるなんていやですぅぅ!」 「誰が捨てるっつった誰が!!つーかお前が捨てろ、その妙な思い込み癖を今すぐ捨てろ!!」 「あ、あたしだって、が、頑張れば、出来るもん・・・っ。 あの女優さんがしてたことくらい・・・あ、あたしだってあのくらいっ、土方さんにしてあげられるもんっっ」 「話を聞けええぇぇ!!!!」 とにかくあれだ、落ち着け、と、土方はの肩を抱き、躍起になって言い聞かせる。 さっきから一方的に話し続けている彼女ときたら、今や土方を見る目の焦点が合っていない。 違うどこかを見ているというか、軽いトランス状態とでもいうか、すっかり目が据わってしまっているのだ。 「大丈夫だもん、我慢出来るもんっっ。や、やったことはない、けど、・・・平気だもんっ、ロープで縛られても!」 「はぁ!!?」 「口塞がれてもへんなもの入れられてもムチでぺんぺん叩かれてもっ、が、我慢出来るもん、頑張るもんっっっ!!」 「おい待て、いつ求めた?俺がお前にいつそこまでの頑張りを求めた!!?」 呆れも最高潮に達した土方が叫び、掴んだ女の肩をガクガクとやや乱暴に揺する。 それでもの妙な興奮状態は冷めることがない。ふぇえええ、と泣きながらかぶりを振って錯乱状態になったり、 かと思えば、見えない何かに怖れ慄いているかのような、震えたつぶやきを漏らしたりする。 それが「おしりにろうそくがぁぁ」だの「天井から吊るされて!」だの、「そこは人間がそんなもの入れるところじゃない ですようぅぅ、いやあああっ、痛いのはいやぁあああっ」だのと、聞いている彼までもが唖然とさせられ、 開いた口が塞がらなくなるようなエグい内容ばかりなのだ。 の独り言を聞くうちに、土方が凄まじい形相になっていく。ぐぐぐ、と低く唸る声とともに、 奥歯がぎりっと噛みしめられる。畜生あいつら、まんまと俺を謀りやがった。何が「ソフトな素人本番モノ」だ!? あの馬鹿ども、こいつに調教もん見せやがった・・・! 「なんつーもんを見せられてんだお前は!つーかおいっ、冷静になれ、いいかあの手のもんを真に受けんじゃねーぞ!? あれぁあくまで男の勝手な性欲処理用の造りもんであってだな、女のこたぁ一切考えてねーんだよ! 第一なぁ、無理に決まってんだろ!?ガキ並みの知識しかねーお前が、どーやってAV女優並みの頑張りを、・・・・・・・・・・」 と、泣きじゃくる女の頬を両手でむにっと挟みつけ、真正面から早口に畳みかけたのだが―― 土方はなぜか、途中でぴたりと口をつぐんだ。涙で濡れた悲しそうな顔から視線を逸らし、ややうつむき、 広げた右手で口許を抑える。何かを考え込んでいるような顔になった。 それからに、少しばつの悪そうな、わずかに細めた目つきを向ける。が、程なく、ふいっ、と目線を下に逸らして。 「いや。その。あれだ。・・・・・」 「・・・・・・?」 「まぁ、こいつは、その。もしも、・・・もしもの場合の、話だが。 もしこの先、俺が、お前に飽きちまうようなことになったら。その。お前。・・・・・・・・・・・・・・どーすんだ?」 何事もはっきりと簡潔に口にする彼にしては珍しく、途中で言葉を選びあぐねながら、 実に言いにくそうにぼそぼそっと尋ねる。 すると、それまで土方に顔を挟まれ泣きじゃくっていたは、ぴたりと沈黙したきり動かなくなってしまった。 そのまま数十秒たっぷり黙り込み――、突如として彼の胸元をぐぐいっと引っ張り、わなわなと唇を歪めて叫んだ。 「やっぱりぃぃぃっ!やっぱりそうなんだぁ、飽きたんだああぁぁ!!」 「飽きてねえ!」 だから違うってぇんだ、この野郎!! なんて彼女の腕を掴み上げて怒鳴ってみたところで、興奮冷めやらぬの耳には届かない。 いやいやいや、とぶんぶんとかぶりを振り、涙目で彼を責めてくる。わずかに吊った目元は赤く、 涙に溺れた大きな瞳が蕩けそうだ。寝間着の衿元は寝乱れて広がっていて、がかぶりを振るたびに、 そこから淡い色の胸元や下着がちらちらと覗く。頭を振るたびにはらはらと散る髪から漂う、甘い匂いに鼻先をくすぐられる。 ――ああ、畜生。これだからこいつには手を焼かされる。 諦め混じりの溜め息を漏らしてを見下ろした土方は、苦笑いを浮かべた口の中でつぶやいた。 「。聞け」 「やだぁ痛いぃ、土方さんのばかぁっ、」 「聞け。聞かねぇともっと痛てぇ目見るぞ」 「――っ、・・・ぇ、あ、」 暴れるに構わずそのままぐいっと引き寄せ、一瞬にして距離を詰める。 細い両の手首を握った指にゆっくりと力を籠めながら見つめると、の身体が強張った。 「おい。要はお前、俺がお前に飽きたかどうか、知りてぇんだろ」 「・・・っ、だ、だからぁ!さっきからそう訊いてるじゃないですかぁっ」 「なら自分で確かめたらどうだ。俺がお前に物足らなくなってんのかどうか、確かめてみろよ」 「え・・・」 濡れた瞳がぱちりと丸く見開かれ、緊張気味な戸惑いを浮かべて見上げてくる。 土方は何も言わずに顔を重ねて、唇を軽く――素っ気なく掠める程度に触れ合わせた。 反応を見たくて少し離れてみると、の表情はさっきまでとは違う類の戸惑いに染まっていた。 濡れた瞳は相変わらずに戸惑ったままだが、緊張や硬さが消えている。噛みしめられてばかりだった唇は、 ほんわりと緩んだ半開き。ほんのりした薄桃色だった頬は、少しずつ、少しずつ、彼女の身体中に 昇ってきた血の気を透かしたような、鮮やかな赤みを帯びてくる。充分すぎる変化に満足して、土方は薄く笑って唇を歪めた。 「どうした、もう顔が赤けーぞ。さっきまでの威勢はどこ行った」 「〜〜〜〜っ。ち、違うぅ!今のは、・・・っ、ひ、土方さんが、急に、するから・・・!」 「まあいい。今日はお前から誘ったんだ。いつもみてえに嫌だなんだとぬかすんじゃねえぞ、いいな」 「んっ、――っっ、」 言いながらの唇を塞ぎ、わずかな唇の隙間に舌を割り込ませて温かな口内を味わう。 びくんとの肩が跳ねて、驚いた身体が固まった。しかしすぐに驚きから解かれて、 自分を絡め取ろうと蠢く強引な熱を、あわてて押し返して抵抗をみせる。 またこれだ。土方は内心、ちっ、と舌を打ちたい気分になった。 俺はこれに何度こうして拒まれたことか。 むっとしながらも本人に理由を問いただせば、はいつも真っ赤になってうつむき、「恥ずかしいから」という、 何度聞いても気抜けしてしまう、お決まりの言い訳を返してくる。まったく、何度聞いても納得がいかない理由だ。 フン、と口端を下げて腹立たしげに唸った土方は、まずは逃げられないようにと腰のくびれを抱きしめる。 ぎゅっと腕に力を籠めれば、それだけでいつも、こいつはあっけなく怯むのだ。押し返していた舌がすぐに動かなくなる。 その隙をついて、簡単には逃げられないよう、深く強く絡みつく。濡れた音を立てながら舌先で粘膜を撫で、 この男慣れしていない口内が覚え始めたばかりの官能を引き出してやれば、はかすかに身体を震えさせ、 拙い反応を示すようになってきた。 「ふ・・・・・、く、・・・ふぅ、っ」 互いの吐息や唾液が喉の奥でとろりと熱く混ざっていく。組んだ脚の間に収まっていた細い腰を繰り返し撫でれば、 ぴったり閉じた太腿をもじもじと、恥ずかしそうに擦り合わせるようになった。 そのぎこちない動きと服越しに触れ合えば、身体の芯で燻り出していた熱がびくりと疼く。 湧き上がってきたもどかしさに息を詰めながら、土方はゆっくりと唇を離す。白い寝間着の衿を掴んだ。 斜め下へ引きずり下ろすようにして着物を肌蹴けさせる。ブラはすでに肩紐がずり落ちていて、 帯の上で窮屈そうに収まっていた淡い色の膨らみは、半分ほど露わになっていた。すぐにそこへ触れようとしたのだが―― 「やぁ、ま、待って、土方、さ・・・っ!」 あわてた仕草で胸元を隠したが、あたふたと彼を押し返してくる。 拒まれた土方は憮然と彼女を眺めると、またかよ、と小さく舌を打った。 「・・・おい。ここで音ぇ上げるたぁ早すぎだろ」 「ち、ちが、だ、だって、これ、まだ、・・・慣れないんだもん。見られるといつも心臓が、どきどき、しすぎて・・・」 は恥ずかしそうに唇を噛み、ぷいと火照った顔を逸らした。 肌蹴た胸元を見られないようにと腰を精一杯に捩り、着物をずり下ろされて露わになった背中を土方に向けて。 「・・・は、恥ずかしくて。死んじゃう、・・・」 子供っぽくてか細い涙声と、うなじや背中から匂い立つ色香の落差にどきりとさせられた。 しかしその昂揚を顔には出さず、黙ってに手を伸ばす。 こちらを向かせて胸元を守っていた腕を掴み、脇へと力任せに押しやった。 「あ、やだ、待って、それ、やだ、待っ・・・!」 現れた膨らみを下着ごと手のひらに包めば、はそれだけで背筋をわずかに震わせた。 手のひらの中で揺れる胸を、強弱をつけた手つきで揉みしだいた。たまに下着の奥に指を差し入れ、 まだ柔らかい先端を焦らすように指先で撫でてみる。ぐにゅりと強めに押してみたり、下着を指で避けて先端の近くまで 肌を露わにして、唇で強く吸いつき、血を透かした紅い痕を刻んだりもした。 「ぁ、そこ、だめぇ、ん、ぁ、ぁあ・・・っ、」 唇から短くこぼれていたの吐息が、こらえきれずに乱れ始める。 土方の手や唇に愛撫を受ける自分の胸を恥ずかしそうに見下ろす顔が、はぁ、はぁ、とせつなげな呼吸を漏らしながら ぼうっと朱に染まっていく。普段は透きとおるような肌色をした耳や首筋が、与えられる快楽でほのかに色づいていく。 蕩けはじめた彼女の表情を深く伏せた目で眺めながら、土方は可笑しそうににやりと笑った。 「ひ、じかた、さぁん・・・、めぇ、待っ、」 「誰が待つかよ。お前が慣れるまで待ってたら朝になっちまう」 「ん、っう、・・・っ」 胸に這わせた手の動きはそのままに、顔を寄せて唇を奪った。 さっきのような抵抗に遭う前にと、押し込んだ舌でうんと奥まで割り入る。 戸惑っているに絡みついてねじ伏せ、唾液を混ぜて吸ってやる。歯列の裏側をなぞるようにして撫で、 もっと侵入して上顎の奥までくすぐってやれば、シャツの袖に縋りついていたの腕から力が抜けて、 口内に広がるくぐもった声が甘えた鼻声に変わっていく。それを確かめると同時に、つんと尖った乳房の先を捕らえ、 指先に挟んで捏ね回した。んんっ、と高い喘ぎが口内で跳ね、の腰がびくびくと震える。 「ん、・・・ふっ、・・・・・・んん、ぅっ」 密着していた唇をわずかに離して隙間を作ると、とろりと濡れた唇が、ふぁ、と苦しそうに息を吸い込む。 幾度も唇を重ねるうちにようやく覚えた仕草だ。 口吻けの最中に喘ぎ声を上げるようになったのもつい最近のこと。それまでは どんなに苛めてやっても真っ赤になって身体を震わせ、声が漏れるのを我慢していた。 「・・・ほらみろ。だから無理だっつっただろ。これだけで息が上がっちまうガキが、俺をどうこう出来んのか」 の背中がぐったりと崩れ、すっかり脱力しきった腕がシャツの背中に縋りついてきたところを見計らって、 土方は顔を離して問いかけた。長い口吻けにのぼせてうっすらと汗ばんだ女の額から髪を掻き上げ、 宥めるつもりで濡れた肌にそっと唇を落とす。 今はどんな顔をしているのかと、なんとなく下に視線を落とした。すると――は赤く染まった頬を 子供のように脹れさせ、涙目で悔しそうに彼を睨んでいるのだ。 平然とした表情の下ではおかしさをこらえながら、土方は片眉をわずかに吊り上げを見据えた。 余裕たっぷりに自分を見下ろし、「さっさと降参しろ」と言っているような彼の態度が、 には何かからかわれているようで悔しかったらしい。身体に力が入らなくて必死で縋りついてくるくせに、 妙な片意地は張ろうとしている。そこまでして俺に目に物見せてやりたいのか。というか、俺がこいつに飽きたんじゃ ないかと、本気で不安がっているのか。 ・・・・・・てぇことは、だ。 何だ、このバカ。――ここまでしてやってもまだ、俺が自分に飽きたんじゃねえかと疑ってやがるのか。 「で。・・・出来るよ。・・・・・・っ、出来るもんっ・・・!」 ムキになってそう言い切ったくせに、はしばらく自信がなさそうに視線を彷徨わせたり、 おろおろと土方を見つめたりしていたのだが。 やがてきゅっと拳を握りしめ、何か意を決したような顔つきになる。 そろそろとおっかなびっくりに手を伸ばし、彼のシャツの第ニボタンに手を掛けてきた。 そうきたか、と胸元に掛けられた細い手をわざと皮肉気に醒めた目で見下ろしながらも、思わず笑いそうになる。 片手は軽く握って心細げに口許に当て、もう片手では男のシャツのボタンを外そうとしている。 行動がちぐはぐで頼りない女の姿が、土方の目にはひどく可愛く映るのだ。 ぎこちない手つきでどうにか第二ボタンを外し、続けて第三ボタンも外してしまうと、 当然そこからは引き締まった胸板が覗く。はひゃあっと悲鳴を上げ、 元から赤かった女の顔は、まるで火がついたかのようにかあっと、真っ赤になって燃え上がった。 そんな彼女のうつむいてあわてふためく仕草を眺め、土方はついにこらえきれなかった忍び笑いに吹き出したのだった。

「おおかみさんとまよえるこひつじ 前編」 text by riliri Caramelization 2012/01/03/ -----------------------------------------------------------------------------------        next