「待てコラ、逃げんじゃねえ!」 「やーだぁ!とーしろーがゴシゴシするとくすぐったいんだもんー!」 夕飯時以降はそこかしこで人が蠢き、隊士たちの声が飛び交っていた屯所も、夜空が暗さを深めると ともに静けさを深めつつあった。隊士たちのほとんどが自室に姿を消し、どこも灯りが消えかかった頃だ。 こんな時間ではあるのだが、副長室では元気な鬼ごっこが発生していた。 風呂上がりのはきゃっきゃと笑いながら部屋中をぐるぐる駆け回り、バスタオルを握った土方は 浴衣の衿がずり落ちて肩が丸見えな背中を躍起になって追い回す。敷いた布団や脱ぎ散らした着物の上を 踏み荒らし、は洗い髪からぴしゃぴしゃと雫を飛び散らせて逃げ回る。くるっと振り向いてあっかんべーをして、 「とーしろー遅ぉい!鬼さんこーちらー!」 と、浴衣の裾を翻らせながら逃げていく。呆れたもんだ。悪戯っぽく目を輝かせ、興奮しきったこのはしゃぎっぷりは 何なのか。テンションの高さもすばしっこい動きも、今朝に比べて衰えがない。まったく、ガキの体力とはいかに 無尽蔵なのかを思い知らされた一日だった。朝からずっとこの調子で振り回されっ放しで、さすがにこっちはバテてきた。 なのにこいつは深夜になってもこの元気さで、風呂から上がって部屋までぱたぱたと駆けてきた。しかも 信じられないことに、この姿で無邪気に廊下を走ってきたのだ。羽織った浴衣はかろうじて帯で括られているのだが、 花街の裏路地に潜む夜鷹でもここまでは、と目を覆いたくなるほどに胸元が大きく開いている。 こいつはこの部屋に戻るまでに何人の奴等とすれ違ったのか。それを思うと頭が痛い。 「こっっの野郎、ぼったぼた雫垂らしやがって・・・!」 「っっ!きゃー!!」 「暴れんな、乾くまでじっとしてろ」 「やーだー、とーしろー、首触ったらやーだぁくすぐったーいぃ、きゃはははは!」 「頭揺らすんじゃねえ!ったくてめーは、いい加減にしねーとシメるぞコルァァァ」 ようやく掴まえた女の頭を広げたバスタオルでぐちゃぐちゃと揉む。畳に座らせてドライヤーの熱風を当ててやる。 最初こその髪を面倒そうな様子で乾かしていた土方だが、途中でなぜかむず痒そうな顔になり、 視線をつーっと逸らしていった。目の遣り場に困るのだ。 肩の落ちた浴衣姿を背後から眺めれば、風呂で温まってほのかに色づいた胸元が自然と目に入る。 あれがどうも目に悪い。さらに都合の悪いことに、しっとり濡れた髪からは甘いシャンプーの香りが漂ってくる。 視覚と嗅覚の両方から刺激されるもどかしさを無視しようと努めながら、妙だな、と土方は眉をひそめた。 お互いの役割がいつもと逆転している。これが普段なら、ろくに頭も拭かずに風呂から上がってくるのは専ら土方のほうで、 彼の頭にタオルを被せて「ちゃんと拭かないと風邪ひいちゃいますよー」と小言を言うのがの役目だ。 部屋の中は物が散乱していた。敷いた布団は走り回る子供の脚で蹴散らされているし、 畳には女物の着物や帯が点々と落ちていてる。土方が脱いだ隊服の上着も、目を通していた捜査資料も、 が食べかけにしたスナック菓子も、さっきの鬼ごっこのおかげでそこら中に蹴散らされたままだ。 普段であればこうはならない。布団はが敷いてくれるし、土方が脱いだ隊服を畳んで仕舞うのも、 倉庫の書架から借り出した古い捜査資料を倉庫へ戻すのも、彼女が自分の役目として引き受けてくれている。 視線を横に流すと、部屋の隅の文机が目の端に入った。 その上にはこんもりと吸殻の山を作った灰皿が。これも普段はが何も言わずに片付けている。 それは付き合い始める前からの暗黙の約束で、土方もその習慣を当たり前として受け止めていたが、 ――こうなってみると改めて身に染みる。俺は日頃から、いかにの世話になっていたのか。 ふっ、と自嘲の笑いが口を突いた。 「何が手間だ。散々手間かけさせてんのぁこっちじゃねえか」 「・・・?ねーねーとーしろー、いまなんて言ったの?」 「何でもねえ。お前は黙って前向いてろ」 きょとんとこっちを見上げた鼻先に熱風をぶつけると、はひゃあっと叫び、 「あついー!」と腕をぶんぶん振って暴れる。ったく、ガキの世話ってのは兎角面倒が絶えねえ。 行動のひとつひとつが危なっかしくて未完成で、見ているこっちは絶え間なくはらはらさせられ、 あれこれと手を出して世話を焼かざるを得なくなる。質問は多いし何にでも興味津々、いちいち手古摺らされて煩わしい。 しかし、だからといって、子供の仕業に振り回されるこの状況が煩わしいのかというと、不思議なことにそうでもないのだ。 どれだけ手間を掛けさせられても、まあいいか、と思ってしまう。楽しそうに笑顔を振りまくを見ていると、 煩わしさなど忘れてしまう。あの笑顔を見ているだけで気分が安らぐ。慣れない子供の世話にも妙な楽しさを感じ始めていた。 熱風に髪を靡かせるの頭を苦笑いで見下ろしながら、ふと思う。 日頃から任務に忙殺され、それを理由にたいして構ってもやらず、だというのに身の回りの世話は押しつけている。 こんな俺をはどう思っているのか。 嫌な顔ひとつせずに――というよりはむしろ楽しげに、身の回りの世話を買って出てくれるだが――、 (・・・もしや俺はあいつに、図体のデカいガキみてえなもんだと思われてんのか?) そんな考えに思い至り、土方は眉を曇らせて憮然としたのだった。
おおかみさんとちいさなこいびと *4
「やだー、やだやだやだ、まだおやすみしないの、まだ起きてるのー!」 またこれか。 土方は眉をしかめ、クマのぬいぐるみが破裂しそうなほどぎゅっと抱きしめている女を見下ろした。 昨日も同じ目に遭ったのだが、子供は布団に入れるまでが一苦労だ。俺は仕事がある、先に寝てろ、などと言っても まず素直には耳を貸さない。それならば仕方がない、布団に押し込んでやる、と肩を掴んで立ち上がらせようとすれば、 手足をむやみに振り回し、拗ねた顔で拒まれる。しかしここで黙って手をこまねいてもいられない。 昨日今日の騒ぎの連続で心得たことだが、ガキに物事を呑み込ませるには、理詰めで説くより感情論が有効だ。 子供の聞きわけの無さに大人向けの道理や理屈は通用しないのだ。ガキの心の琴線に触れそうな それらしい理由をでっち上げ、宥めすかしながら納得させてやるのが手っ取り早い。 土方はの抱いたクマのぬいぐるみの頭にポンと手を置く。その場にしゃがみ、脹れっ面の女に目線を合わせてこう言った。 「おい、見ろよ。お前はそれでいいかもしれねぇがな、クマ公はもう眠たくて仕方がねえとよ。 お前こいつのダチなんだろ、一緒に寝てやらねえでいいのか」 は彼の言葉を真に受けたのか、抱きしめたクマの目をじっと覗き込む。 古びて色褪せた彼女の「友達」としばしアイコンタクトを取り合うと、 クマのぬいぐるみの顔を土方の目先すれすれに突きつけてきた。 「違うもん、くーちゃんまだ眠くないって言ってるもん。とーしろーともっと遊びたいって言ってるもん」 「いやそれァクマ公じゃねーだろ、お前の言い分じゃねーか」 「違うもん、くーちゃんそんなこと言ってないもん。だめだよとーしろー、知ってるんだよ、 とーしろーはね、に何かしなさいっていう時ね、いっつもくーちゃんのせいにするんだよ。ねっ、くーちゃん」 「・・・・・」 駄目だ、この手も通用しなくなった。 何でも覚えが早いのがガキの特性とはいえ、二日で通用しなくなるたぁ早すぎだ。 さらに眉間を強張らせた土方は無言で溜め息を吐き、がっくりとうなだれる。すると、その様子を 不思議そうに見ていたは、なにか思いついたような顔になった。 ぽうっと頬を赤らめると、抱いたクマに恥ずかしそうに顔を埋めてぽつりとつぶやく。 「じゃあちゅーして。とーしろー、にちゅーして」 「・・・・・」 顔を上げた土方は醒めた半目でを流し見て、ふたたびがっくりとうなだれた。 ・・・このませガキが。昨日のあれですっかり味を占めやがって。 「ちゅーしてくれたらいい子になるよ。くーちゃんとおやすみなさいするよ!」 「駄目だ。それぁもう無しだ。昨日も言っただろーが」 「ぇえー!やだぁ、やだやだやだぁぁ!」 「っておい、やめ、っっっ」 土方が絶句すると同時にびくっと背筋を固まらせる。脚と腰が蕩けるような温かさに覆われていた。 が突然彼の胴に腕を巻き付け、ばっ、と彼に抱きついてきたのだ。伏せた姿勢で飛びついてきた 女の顔は、ちょうど下腹に当たっている。多分、義父や義兄にも同じことをしてじゃれていたのだろう。 幼い彼女にしてみれば、これは家族へ向けるのと同等な親愛の情を土方に示している つもりなのかもしれない。土方にもそれは理解できる。とはいえいくらそれを頭で理解出来ても、 実際にやられてしまえばたまったものではなかった。 下腹に埋まった女の唇に温かい吐息を吹きかけられる。華奢な手触りが腿や腰をまさぐる。 柔らかな頬や唇をそこかしこにふわふわと押しつけられ、腰にもやもやした違和感が溜まり始める。 それだけでも充分な拷問なのに、足先には胸の膨らみが押しつけられているのだ。その心地良い弾力が気になって、 土方は身じろぎすら出来なかった。 「――っっ。おいっ、よさねえかこらっっ、お、女が何てとこに・・・!っっやめろ、放せ!」 「やだやだぁ、ちゅーしてくれるまでとーしろーから離れないー!」 「〜〜〜〜っ・・・!」 顔を上げたに、恨めしそうにじーっと見つめられる。いよいよ追い詰められた彼はごくりと大きく喉を鳴らした。 据え膳どころではないこの状態で、普段からして濡れたような輝きを放っている、あの大きな瞳に見つめられている。 ・・・ここで俺にどう目を逸らせというのか。こいつを布団にぽいっと放って押し倒したい衝動をこらえるだけで手一杯だ。 「・・・ねえねえ、とーしろー。どーして?」 「っっ、・・・・・・・・なっっ。何だ!?」 「ねーねーとーしろー。どーして急におおきくなったの?」 ちょこんと首を傾げ、あどけない表情でが問いかけてくる。何の思惑もなさそうな顔だ。 「・・・・・・・」 「ねえー、どーしてぇ?」 土方は表情を固まらせてを凝視、そこでたっぷり十秒に渡る沈黙が流れた。 「とーしろー。ねー、どーしておおきくなったの」 二度目三度目の問いかけは、彼には聞こえてすらいなかった。 屈託のない女の声が土方の脳裏をエンドレスで、大音量で、しかもぐわんぐわんと歪んだエコー付きで流れている。 『どーして急におおきくなったの。おおきくなったの。おおきくなったの。おおきくなったのおおきくなったのおおきくな』 「あのね、びっくりしたんだよ。すごぉくおおきくなったんだよ。どーしてぇ?」 「・・・・・・・・・・・何をほざいてやがんだこのガキは。てめーのせいだろォがてめーの・・・」 呆然自失な顔でぽつぽつと言いかけてから、彼の中にふと違う考えが浮かんできた。 いや待て。違う、そうじゃねえ、一旦落ち着け。 これぁ所詮ガキの暴言だ。どーせ悪気はねえんだろう。ガキってえのは見たまま感じたままを そのまま口の端に乗せちまう生き物だ。ああそうだ、悪気はねえんだ。そうに決まって、 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それにしたって女が男に、この状況でけろっと言うことか!? 日頃は人にデリカシーがねえ情緒がねえとうるさく文句をつけやがる奴が、「どうしておおきくなったの」だと!? と、そこまで考えて怒鳴ろうとした寸前で、また違う考えが沸騰しかけた頭をよぎる。 ・・・いやだが待て。叱り飛ばす前に訊いておきたいことがある。 土方はわなわなと震え始めた手での肩を掴み、ずいっと彼女に詰め寄ると、 「・・・おい。今のはあれか。・・・・・・・・・・俺をからかってんのか・・・!?」 「えー?なにが?」 「何がじゃねえぇえええ、とぼけた面して人をその気にさせやがっててっっめぇえええええ、わざとか?わざとやってんのか!?」 「あのねね、きのう起きたらね、急におおきくなっててびっくりしたの。ねえねえとーしろー、 どーして背が伸びたの?どーしてぐーんっておおきくなっちゃったの?」 「・・・!」 「その前はね、もっともっとちいさかったんだよ。ねえとーしろー。どーしてぇ?」 「〜〜〜〜〜しっっっ。知るかァァァ!!」 焦った口調で怒鳴った土方がの顔をわしっとつかみ、ぐぐーっと押して引き離す。 きゃあ、と悲鳴を上げたの身体は、ころんと彼の膝上から畳に転がり落ちた。 「畜生ぉぉぉ」と唸った土方は自分の膝をがしっと掴み、深く前屈みになった、不自然に力んだ体勢をとる。 食い縛った口許からは、ううう、と苦しそうな唸り声が上がった。は身体を起こして彼を覗き込み、 不思議そうに首を傾げた。 「とーしろー、どーしたの。どこか痛いの・・・?」 病気なの?くるしいの? ――心配そうにシャツの袖を引いてくる五歳の少女に、そう誤解されるのも無理はなかった。 今の土方の身に起こっている現象は、五歳の幼女には想像もつかない大人の男の非常事態なのである。 ああ畜生、怒鳴りてぇ!と心の中では叫びつつ、土方は不自然な姿勢で力みながらもを睨んだ。 『んなこたぁ知るか!お前のおかげでこっちまで非常事態だ。今のくだりでぐーんと大きくなっちまってんのぁ俺の方だ!』 ・・・などとどーして吐けたものか。いや死んでも吐きはしねえが。そこまで理性をすっ飛ばしているつもりは毛頭ない。 だが、怒りは理性で抑えられても、身体までは抑えが効かない。生殺しにされた辛さはしっかり身体に残るのだ。 ざわざわと騒ぐ全身の細胞に「静まれェェェ!」と一喝、隊士たちを統率する時以上の真剣さで命令しつつ彼は思う。 ああ畜生。野郎の身体とはどうしてこうも、不便極まりない出来をしてやがるのか。 正直言えばこの場で即座に押し倒したい。だが出来ない。あれはであってではない、 男を知るどころか初恋さえ知らない、たった五歳の無垢なガキなのだ。 無理だ。勝手に疼く身体はともかく、人道的理由というか人としての最低限の良心が断固として拒否ってやがる。 身体はだとしても、どうしてあれに手が出せる。まあ、さっきはついうっかり反応しちまったが、・・・・・・・・・ 「いや待て違う。違うぞ、あれァ違う、断じて違う!」 「・・・?」 低くドスの利いた独り言を切羽詰まった顔で漏らしつつ、土方は気味の悪い汗の流れるこめかみを引きつらせる。 違う違う違う違う違う違う、違うったら違う、あれは違う。心中でひたすらに唱えながら畳を正拳でドスドス突いた。 これだけは命を賭けて断っておくが、俺には断じてその手の危ねえ趣味はねえ。 こいつがだから身体が反応してしまう、ただそれだけのこった。それだけだったらそれだけだ。 それ以外にあるか、あるわけねーだろ。いや別に俺ぁ後ろめたさなんぞ感じてねえぞ、んなもんねーに決まって、・・・ 「ぁんだコラ何か文句があんのかコルァァァァ、ねーったらねえ、あるわけがねーだろーがこの野郎ォォォ!!!」 「?そっちは誰もいないよー?誰に怒ってるのぉ、とーしろー」 自分で自分に逆ギレし、壁に向かって怒りを撒き散らしてみたが無駄だった。いくら壁に怒鳴ったところで 「身体はともかく中身は精神年齢五歳の女にあらぬ劣情を催した」というやましさまでは消せたものではない。 無言で殺気を振り撒いている土方が、クマのくーちゃんの足をわしっと掴む。 凄まじく荒んだ目つきで捩じる、捩じる、全力で引きちぎらんばかりにぎりぎりと捩じる。 ・・・実に大人気のない姿だが、今の彼に許された行き場のない怒りの解消法といえば、何の罪もないクマのぬいぐるみを 怨念を籠めた馬鹿力でぎゅーぎゅー捩じる、という大人気ない八つ当たりくらいであった。 「ねえとーしろー、どーして?どーして、おおきくなったの?」 「ぅるっせーよ俺ぁ知らねーっつってんだろぉがぁああああああああ。 つーかお前あれだな、ガキんなっても人の話聞かねーとこは一切変わりゃしねーな!?」 「あのね、ね、こんなに大きくなかったんだよ。このくらいしかなかったんだよ」 は不思議そうに目を丸くして、あどけない視線を真上に上げる。 このくらい、と腕を上げて、水平に構えた手で自分の頭よりも少し上を示した。 「でも昨日お目々が覚めたら、、いーっぱい、いーっっぱいおおきくなってたの。ねー、どーして?」 「しつけーな。だから知らねぇって言って」 「ねえねえ、どーしてのおっぱい、こんなにおおきくなっちゃったのー?」 舌足らずな口調で尋ねながら、は土方に手を伸ばす。頼りなくて華奢な指が彼の手を取り、そっと持ち上げた。 取った手をすうっと自分のほうへ導いていく。ごくごく自然な手つきだったが、一瞬後に土方の度肝を抜く真似に出た。 止める間もなく胸の膨らみを掴まされたのだ。土方が全身を固まらせる。手のひら一杯に吸いついた布越しの感触は 触り慣れてはいるものの、触るたびに他の奴に触れさせたくないと思ってしまう、何ともいえない柔らかさだ。 頭の中が一瞬にしてその感触で埋め尽くされてしまった。ふたたびごくり、と喉の奥が大きく鳴った。 そんな彼の表情を黙って見つめていたが、上目遣いでおずおずと口を開く。 舌足らずな子供の声は、彼の機嫌を伺っているような控え目な調子で、半信半疑に問いかけてきた。 「とーしろー。のおっぱい、さわりたい・・・?」 「・・・っっ、」 「だってとーしろーさわってたよ。昨日の朝、お目々がさめたら、とーしろーのお手々がぎゅーってしてたよ」 「!!」 「ちゅーもしてたよ。いっぱいしたよ。ここと、ここと、あとねー、ここにも、ちゅーってしてた」 耳の下、首筋、肌蹴た胸元。は次々と自分の素肌を指で差し、最後に胸の谷間をつんつんとつついてみせた。 そこにはうっすらと血を透かした紅い跡が残っている。ぎりぎりと歯噛みしながらそこを見つめた土方は、 自分で自分に呆れ果てるしかなかった。あんな跡を残した始末の悪さは悔やまれる。だが、だがしかしだ、 我ながらこれはねえだろう。いったい何を考えてやがるんだてめえは。いや、俺の身体はと言うべきか。 ガキに証拠を言い募られるごとに全身の血の気は引いていく。なのに肝心な火照りがさっぱり引きやがらねえ・・・! 「違う!あれァお前に懸想したんじゃねえ!いやお前であってお前じゃねえっつーか、とっっ、とにかくあれはだな!!?」 「ねえねえ。とーしろー。もっと、・・・したい?」 昨日みたいに、したい? 小さな声でそう言って、は彼の手に自分の手を重ねた。その手で彼の手を自分の胸に押しつける。 押しつけられた土方の中指が、胸の頂を偶然に掠めた。 「ん、っ・・・」 初めての感触に驚いたのか、ぎゅっと目を閉じては肩を震わせた。それでも土方の腕を離そうとしない。 指にやんわりと力を籠めて、むにゅ、むにゅ、と彼の指をその弾力に食い込ませながら、ゆっくりと顔を近づけてくる。 睫毛を伏せた目元はうっすらと赤らんでいて、土方と目が合うのを避けているようだ。 全身を固まらせた土方は、呆然とを見ているしかなかった。思わず抱きしめたくなるような 扇情的で可愛い仕草を見せつけられて、心臓がどくどくと脈を速めてざわつき出した。 が耳元に顔を寄せてくる。温かな唇が耳たぶに触れて、汗が伝い始めた彼の背筋をぞくりと張りつめさせた。 「あのね。むにむにされるの、はずかしいけど。・・・とーしろーならいいよ。もっといっぱい、してもいいよ・・・?」 すでにに逆らえなくなっている土方にしてみれば、そのいたいけな告白は 心臓のど真ん中に手榴弾を放り込まれたにも等しい破壊力だ。しかも、聞いただけで全身を騒がせる くすぐったい声で、こしょこしょと耳の中に囁かれたのだ。いよいよ身体の収まりがつかなくなってくる。 「ねー、ちゅーして。してくれたら、こっちのおっぱいもさわらせてあげる・・・!」 「〜〜っっっっ、そういうこたぁガキには早ぇえっつってんだろぉーがァァァ!!」 「えーっ、やだぁぁー!してくれないと言うもん、とーしろーがのおっぱいにちゅーしたってみんなに言うもん」 「・・・!!」 青ざめた土方は最後のとどめに浴衣の奥まで手を引っ張られ、膨らみを直に掴まされた。男の手に自分の乳房を 惜しげもなくむにゅむにゅと揉ませつつ、は「ねーとーしろー、これ、すき?うれしい?」と恥じらった笑みを向けてくる。 あくまで彼女に悪気はないのだ。だいすきなとーしろーにもっと喜んでもらえることをしたい。ただそれだけの一心で、 は彼に迫っている。あの「みんなに言うもん!」も、土方にとっては洒落にならない脅迫でも、 五歳のにしてみれば、自分を相手にしてくれない彼の注意を惹きつけるための狂言のようなものなのだが――。 すっかり断崖絶壁に追い詰められた気分でいる土方には、生憎とそれが見抜けなかった。 どうする、と彼は眉をしかめた苦い顔でを見下ろし自問した。 ガキは大人の都合などおかまいなしに迫ってくる。おかげで身体は言うことをきかねえ。まったくどこにも後がない。 それでも彼は最後の抵抗を試みた。いくらのほうから襲っていいと許しが出たとはいえ、精神年齢五歳の女を 抱きたがっている自分が許せない。いわゆる「良心の呵責」というやつが、最後の最後に立ち塞がっていた。 (違う。違うそうじゃねえ、俺は違う、断じて違う、俺は絶対にロリコンじゃねえ!!!) などと苦しい言い訳を唱えながらも、土方は全身を疼かせるやましさと、最後に残ったなけなしの良心を グラグラと大揺れする頼りない天秤にかける。 ――額にタラタラと汗を流しながら畳を殴ったりのたうち回ったり、 いきなりに飛びつかれ、下腹のあたりを抑えて悶絶したりを数回ずつ繰り返した結果――、 ぐったりと畳に突っ伏し、く、くくく、と低く轟く不気味な笑い声を漏らしながらつぶやいた。 「・・・けっ、何がガキは天使だ、違げーだろ悪魔の間違いだろ。フン、どーなったって知るか。もう知るか。 知らねえからな、後でてめーが泣きっ面かいて嫌がったって俺ぁ知らねーからな!!?」 「とーしろー、どーしたの。お顔こわいよ。お目々とほっぺたがびくびくしてるよ?」 「・・・・・・・」 不思議がるを無言で抱き上げると、ドカドカと部屋の中を進み、ぽいっと布団に放り出す。 首元から白いスカーフをざっと引き抜く。シャツやベストのボタンをぱしぱしと、普段隊士たちに見せている 冷静沈着な副長の余裕などどこかへ放り捨ててしまったかのような、乱暴で投げやりな手つきで外していく。 眉をしかめてを見下ろす表情は、まるで喧嘩に負けた子供のように不貞腐れていて不満げだ。 こうして無邪気な悪魔にあっけなく陥落させられた土方は、あどけない表情で彼を見つめる女を 何の躊躇もなく組み敷いて。放っておくと何が飛び出すかわからない厄介な子供の唇を、すかさず塞いでしまったのだった。
「 おおかみさんとちいさなこいびと *4 」 text by riliri Caramelization 2011/05/23/ ----------------------------------------------------------------------------------- *5は全年齢版/大人限定版があります 全年齢版は * こちら * から 大人限定版は * こちら * からお入りください。