ああ。そうだ。 あの夜に屯所の庭を照らしていたのもあんな月。 見上げると目がくらみそうにまぶしい月。 冷たそうな光を放つ円い氷の塊のような。とても大きな月だった。
お お か み さ ん の ふ ゆ や す み *3
あれは・・・、 そう。あれは、春とも夏ともつかない頃だった。 季節の境目にだけ漂う曖昧な空気を感じていた。 緑の香りが夜毎に新しい季節のそれへとうつろっていく頃の、静かに更けていく夜だった。 頬に触れる風の孕んだ生温さまで、いまでも肌が憶えてる。 あの夜、あたしは屯所の縁側に一人で座っていた。 そこで見上げた白銀色の大きな満月。庭中に降り注いでいたその冷たい光。 じっと座っていた縁側の床板のざらついた感触。庭先へ伸ばした裸足の足先が踏んだ砂利の感触。 微かな風が通るたびに起こる、庭の木立の掠れたざわめきの音。 いつ帰ってくるのかも知らない人を待ちながら、落ち着かない気分ごと深呼吸で呑み込んでいた夜だ。 ――それは夢だった。最初から夢だと判っていた。 今でも目に焼きついているあの夜の光景が、そのときのあたしの姿を中央に据えたままで再現されていたから。 だから、けほっ、こほっ、と喉の奥から咳込んで、身体の揺れに意識まで揺さぶりをかけられて 暗い藍色をした水底から明るく透き通る水面まで、誰かに引っ張られて一気に浮かび上がっていくような感覚を 味わっても、それをどこもおかしいとは思わなかった。 「・・・・・・んん、・・・・・・・・・・・・・・」 唇の隙間から漏れた声は、鼻にかかって掠れていた。 ちょっとだけ喉が痛い。咳が出るたびにひりひりする。 すぐ近くから嗅ぎ慣れた匂いがする。咳込んだのはたぶんこの煙のせいだ。 渇ききって掠れた声しか出ない口の中に滑り込んで、喉の奥まで絡みついてくる。 あたしの意識が飛んでしまうまで唇を塞いでいた、あの長くて深いキスによく似ている。 熱い。頬も身体も。背中一面をじっとりと濡らした汗が、つうっと横に流れ落ちていった。 裸のままでぐったりと横たわっている。濡れた身体を包んだ温かさには煙草の匂いが染みついている。布団の中だ。 腕も、脚も、腰も、ひどくだるくて鈍っている。力が入らない。どこも思うように動いてくれない。 どうにか横向きにして、ほんの少しだけ薄目を開けた。 瞼がどんよりして熱い。たぶん、さっきのあれのせい。いやってほど泣きじゃくらされたせいだ。 眠りに落ちる前から手が掴んでいたものをふと眺めた。 敷いたときには皺ひとつなかった白のシーツは、今のあたしと同じくらい布団の中でぐちゃぐちゃに濡れている。 顔をまばらに覆う、乱れた髪のむこうに土方さんが見える。 隣でうつ伏せに寝転んで、枕の上で腕を組んでいる。 月明りも差し込まなくなった暗闇で、咥えた煙草の先にだけ灯る赤。そこから立ち昇る白い糸。 前髪に目元を隠された横顔。引き締まった肩や二の腕の線。 どれもが白っぽく霞んで見える。こうしてぼんやり見つめていると、まだ夢の中にいるような気分になった。 「・・・・・だめ、・・・・・・ょ、」 「あぁ?」 「・・・め。・・・ら、よぅ、・・・・・・・」 だめだよ。寝煙草、しないで。 言おうとした文句が口の中でふにゃふにゃと溶ける。 伸ばしかけた手の先が、冷えた汗の伝う肌に触れた。触れたところから手探りで土方さんの腕をなぞっていって、 ごつごつと硬い肘のところを掴む。指を掛けて引いてみても、薄い筋肉に覆われた腕はびくともしなかった。 ぽつりと火が灯った赤い先が揺れる。その光が少しだけ近くなって、土方さんがこっちを向いたのが判った。 ちょっと手を伸ばせば届きそうにも見える。指の先をひらひらさせながら思いきり手を伸ばした。 霞んで見える土方さんの口許に、ぼうっと灯るあの小さな明り。あとほんの少しで届きそうに見えるのに、届きそうで届かない。 なぜか小さい頃に神社の境内で蝶々を追って遊んでいた時の気分を思い出した。届きそうなのに届かない。 つかめそうなのにつかめない。翅に触れる寸前で決まってひらりと逃げられる、あの感覚。 「・・・・・からぁ。・・・ばこ。だめ、・・・すよぉ」 「ああ」 「・・・あぶな、・・・・・・から、・・・あ」 「ああ」 「・・・・・・・てな、・・いぃ。・・・んじ、・・・かり、ぃ」 「ああ?」 うそ。聞いてない。生返事、ばっかり。 微妙に眉を潜め、胡乱気な目つきであたしをじっと見ていたひとが、何だ、と口端を少しだけ上げて愉快そうに笑う。 このお布団の中でこんな顔を眺めさせられるのはいつものこと。いつものことだけれど、いつも決まってなんとなく悔しくなる。 ずるいと思ってしまう。 だって土方さんはずるい。つい数分前まであたしを虫の息にさせていたくせに。いろんなところを絡め合って、 同じことに同じように、夢中で耽っていたはずなのに。なのにずるい。 あんなことをしたすぐ後でも、このひとはいかにも悠々と、美味しそうに煙草を吸っていられる。 涼しい目で暗闇を見つめる横顔は、満足に声も出せないほどぐったりしたあたしにはもう用は無さそうな醒めた表情。 こんな様子を見ていると、あたしは必ず馬鹿なことを思う。このひとを煙草に盗られたような気分になる。なぜか焦れてしまうのだ。 煙草を挟んだあの手は。――あの長い指は、ほんの数分前まではあたしの身体を夢中で這っていたのに。 そう思って拗ねたくなる。なんだか淋しくなる。胸の奥がじりじりする。まるで煙草に嫉妬してるみたいに。 「寝言。・・・・・じゃねえらしいな」 煙草を挟んだ手が伸びてきて、真っ赤な先を近付けないようにしながら器用にあたしの頭を撫でた。 ぐしゃぐしゃになった前髪や、顔にかかっていた髪を撫でつけて。硬い手のひらを頬に這わせて、首筋まですぅっと撫でていった。 くすぐったさに首を竦めたあたしを眺めて、煙草を口端に戻した唇が一瞬だけやんわりと緩く微笑む。 思わずあたしの顔までほころびそうになった。 ああいう顔を見せて貰えるのは好き。いつも張りつめてこのひとを囲んでいる、あの厳しい気配の向こう側に ほんの束の間だけでも入れて貰えたような気がするから。 一瞬で終わったその嬉しさを反芻していたら、数分前に残された熱とざわめきの感触が身体の奥を奔った。 ぽうっと頬に火が点いた。もぞもぞと布団に顔を埋める。・・・うん。やっぱり悔しい。 半分八つ当たり、もう半分は急に湧いてきた恥ずかしさを紛らわすつもりで、煙が漂ってるあたりで手を振って ひんやりした室内の空気を引っ掻き回す。すると―― 「ああ、判った」 土方さんはぼそりと答えた。いかにも気がなさそうな声だ。 なにそれ。あたしはせめてもの意思表示に、不満げに頬を膨らませる。 うそ。判ってない。判ってないくせに生返事ばっかり。だってさっきからほとんど『ああ』しか言ってないよ。 「ああ」 ・・・なにそれ。まだ何も言ってないし。 どこを見ているのかもわからない、視線のきついこのひとにしては珍しく曖昧で意味の無さげな視線をあたしに投げると 土方さんはふいっとそっぽを向く。目を閉じて深々と吸った煙を、その美味しさを味わいつくしているかのようにゆっくり吐いた。 人差し指と中指の付け根近くで挟まれた、短くなった煙草のほうが、布団の中で顔を赤くして じっと待っている女と話すよりも大事みたいだ。 ・・・なんだ。あたしよりも寝煙草のほうが大事なんだ。 ・・・・・・・・・・・・・・。 そっか。そうなんだ。・・・。なんだ。・・・つまんないの。 へー。そうですか。そんなに、そこまで煙草が好きなんだ。 あなたをすごく心配して、心配のあまりに「全部自由にさせてあげる」なんて言い出して、けなげにも抱きついちゃう ちゃんに構ってあげるよりも、一人で自分の世界に浸りながらその傍迷惑なヤニ臭い煙吸ってるほうが好きなんだ。 それとももしかしたらあれですか。もうあたしには飽きちゃったってことですか。抱くのに飽きたらすぐにポイですか。 わあ最低。なにそれ、びっくりしちゃうよ。なに、なんなのこのひと。 しばらく休んで体力が回復したら、寝込みを襲って斬りかかってあげよーかなぁ。そこにある土方さんの刀で。 布団から半分顔を出し、じとーっと恨みがましく睨んだ目の端に、暗い枕元に置かれたガラスの灰皿が。 このひとはあたしのことまで、あの灰皿に高く積まれた吸殻の一欠けみたいに扱うんだ。 なんて、自分でも脈絡がなさすぎると呆れかえるような考えが起こる。 だってそれはない。いくらなんでも馬鹿みたいだ、煙草と自分を重ねたりするなんて。 なんて卑屈になってるんだろう、あたしは。そう思うのに、どうしても声に出して拗ねたくなった。 「・・・ばかぁ。」 土方さんのばか。 気持ち程度にしか開かない薄目で睨んでみたけれど、土方さんは気づかない。 声すら聞いていないのかそっぽを向いたままだ。 枕に乗せた腕に顎を落とした横顔から、はぁ、と深い溜め息のような声が。白い煙と一緒に暗がりの中を昇っていく。 ・・・なんだ。ほんとにつまんない。ばかばか。ばか。 不貞腐れながら煙の行方を目で追ううちに、意識がとろりとまどろんできた。 やだ。こっちを見て。さみしい。こんなに近くにいるのに一人にしないで。 胸の中にいるもう一人の自分がそう言っている。子供みたいに足をじたばたさせて拗ねている。 なんて聞きわけがないんだろう。でも。きっとこれがあたしの本音だ。 言ってやりたい。でも眠たい。眠すぎて声なんて出そうにない。欠伸すら出そうになかった。 瞼が重すぎて今にもぴったりくっつきそうだ。意識がすうっと遠のいて、身体の感覚が引いていく。 波に足元の砂を少しずつ浚われていくみたいだ。そんなことを思った時に、小さく笑う声が耳に届いた。 「おい。もう寝ちまう気か。」 つれねえ奴だな。 潜めた声のつぶやきがぼんやりと耳に響く。 じりっ。 頭の上で微かな音がした。煙草の火を消した音だ。隣にいるひとの腕が動く気配がして、 ざわりとシーツが擦れてざわめく。熱い感触が前髪にふわりと落ちて、閉じた瞼を擦るようにして探った。 煙草の匂いが鼻先をくすぐる。瞼を撫でた指の先に――あたしの頬を覆った手の全体に、強い匂いが染みついている。 肩に乗った腕が布団の端を掴んで、身体が冷気に晒される。肩口を覆っていた温かさが跳ね退けられて、 そこへ熱っぽい身体が割り込んできた。 肌を震わせる寒気と、それに似た何かがぞくりとこみ上げてくる。目を瞑っていても何が起きているのかが判った。 胸が急に押し潰される。苦しい、と声を漏らそうとした寸前で息遣いごと呑み込まれる。 素早く重なった唇に、一気に主導権を奪われた。肩を抱きしめられて、身体からふうっと力が抜けて、全身が萎えていく。 弱りきった掠れ声が唇の端から漏れ出た。 「ぁ・・・・、っ」 「・・・・・・なあ」 「んん、・・・・・・・っ」 「お前。・・・俺を。寝させてくれんじゃ。・・・なかったのか」 「ふ、ぁ・・・・ん、く、」 「もう少し付き合え。・・・なぁ。聞いてんのか」 入り込んできた舌先が熱い。言葉の合間にあたしを絡め取って、ぐっと奥まで押し込んで。 その後は途中に言い聞かせるような声音で口を挟みながら、じっくりと内側を荒らして。あたしを思うように扱い続けた。 煙草の香りが喉の奥まで浸透していく。濡れた舌先を介して混ざり合う。 抱かれた肩や圧し掛かってきた胸が擦れる。口の中を荒らしている間に、片手が首筋や胸元をゆっくりと撫で続けている。 両腕が背中まで伸びていって、ぎゅっ、と強く抱き締められた。お互いの肌を濡らしていた、冷えた汗が混ざり合う。 「っ。土方、さ、」 「ああ」 また生返事が返ってきた。うわごとみたいに気のない返事。なのに同じ口から零れる吐息は、さっきよりも荒くなっている。 布団の中であたしを跨いで、土方さんは上半身を起こしかけた。ふう、と短く吐いた吐息が胸の頂きを掠める。 「ぁん、・・・や、・・・・・」 押しつけられた唇がそこを覆う。熱くてざらついた感触が、ちろちろと、蛇の舌先のように舐めた。 さっきも同じように弄られて感じやすくなっていたその先は、ちょっと舌先に擦られただけでびくんと喘いだ。 「あぁ。やぁ、だ、・・・・っ」 「・・・またそれか。今日は言わねえんじゃなかったのか」 「・・・・って。やぁ。・・・・・・・」 だって。どうしても言っちゃうんだもの。 いや。やだ。だめ。やめて。 鼻にかかった甘え声で言いながら、身体を捩じって拒む。このひとの感触に流されていくあたしのせめてもの抵抗。 泣いて甘える駄々っ子の子供みたいに。他に言葉なんて知らない、歩き始めたばかりの小さな子みたいに拒む。 こうしているうちに身体の芯はすっかり蕩けて、土方さんが望むままの従順な反応しか出来なくなっているのに。 唇が咥えた先を離して、肩や首筋を撫でていた手がそこへ回ってきた。一杯に広げられた大きな手のひらが 左の膨らみを鷲掴みにする。強く掴まれて声が飛び出てる。もう片方の手が指先で右胸の先を弄り始めた。 両手を使って捏ねられるうちに左胸に舌先が這ってくる。尖った先を甘噛みされて、 そこから走った弱い震えに背筋をしならせた。 「ぁあ、っ」 「・・・」 「ん・・・・、あっ」 やぁん、と高く跳ね上がった声が喉を破って飛び出す。 土方さんの手が下半身を探り出した。太腿の内側を捉えた手がそこをまさぐる。 片手では胸を大きな動きで揉みながら、脚の強張りを溶かすようにゆっくりと撫でる。 そのうちに指が伸びてきて、まだ濡れているぐちゃぐちゃな部分を撫で上げられて。びくん、と膝頭が跳ねた。 「あぁ・・・」 土方さんの手が脚の間に埋まった。もうすっかり熱くなっている割れ目で指がぬるりと滑って、その奥を探ろうとする。 身体中の息を吐き出すような溜め息が漏れる。震える爪先にきゅうっと力が入って、背筋が勝手にしなる。 身体を小刻みに震わせながら、あたしはいつのまにか土方さんの腕にしがみついていた。 親指が迫った隙間を突いて、少しずつ、ぐ、ぐ、と中へ圧し入ってくる。人差し指が感じやすいところを捉えた。 指の腹で小さな部分を転がしながら、近付いた顔が唇を塞ぐ。 「ふ、く、・・・・・んんっ」 土方さんは乱暴にあたしを飲み込んで、逃れようと身動きした肩を大きな手が抑えつけた。布団に手酷く押しつけられて、 ざわっ、と大きな衣擦れが背中を包む。それと同時で柔らかい場所が深く突かれた。 「あぁ・・・っ!」 強張った嬌声と快感が全身に抜けていく。突かれた奥から脚の先まで、びりっと電流が走った。 「ゃあぁ・・・」 「・・・ぁんだ。さっきまでと変わらねえじゃねえか。これでも嫌か」 「あ、あぁん、・・・・・だめぇ、そこ、っ」 「嘘つけ。・・・・・こん中の。どこが。嫌がってるってぇんだ」 確かめるまでもなく濡れた中を、土方さんはじれったくなるような遅い動きで指を這わせて確かめる。 中を行き来するたびに、くちゅ、とあたしの中でひそかな水の音が鳴る。耳の中までその音に犯される。 やだ。だめ。もう。・・・・ちゃう。 半開きになった口の中で、声にならない声でつぶやく。ふっ、と微かに笑う声がした。 もうこの中に何度も受け入れていたから――馴らされていたせいなのか、快感が頭を一杯にするのがすごく早い。 意識が薄れかけている。またこれを繰り返されたら、それだけで頭の中が白くなってしまいそう。 掴んだ腕をわけもわからず、爪を立てて力一杯に握る。それでも土方さんはあたしを乱し続けた。 「・・・・・やめ、・・・・・・もぅ、・・・・・っ」 冷めかけていた身体が、内側で蠢く熱に馴らされていく。胸のふくらみや首筋にきつく吸いつかれて、軽い痛みが走る。 肌の上を舐めながら移っていった唇が頬に辿りついて、土方さんはそこに柔らかいキスを落とした。 耳許へ近づいた息遣いは、苦しげに抑えたものに変わっている。その苦しげな様子にきゅんとして、心臓が騒いでしまう。 髪を寄せて広げたおでこにも、涙の滲んだ目元にも唇が落とされた。いつになく優しい感触がじんわりと肌に染みていく。 そんなキスを落とされる間にも指の動きは激しくなっていく。全身で浸った気持ちよさに身体を奪われて、 かくん、としがみついた腕が折れて土方さんから離れる。喘ぎ声すら出なくなった。 白んでいく意識を捨ててしまいそうになった頃。脚を大きく開かれる。太腿を掴んだ手に逆らうような気力はもう萎えていた。 「・・・」 「ん、・・・・・・・」 ゆっくり撫でられた顔がいやに冷たい。気づけば涙が幾筋も頬を伝っていた。 熱い雫がまた目元からぽろりと零れる。だらしなく半開きになった唇から、土方さんの指がそっと割って入ってきた。 そのもどかしそうな視線と、あたしを急かそうとしているような感触が嬉しくて、胸の中が安らいだ気分で一杯になる。 その後で軽く、啄ばむようなキスをされた。何度か同じように、角度を変えて、遊ぶようなキスが落ちてくる。 嬉しさに浸って、うっとりした溜め息を吐き出した。その瞬間だった。脚が胸に圧しつけられて、硬い指に広げられる。 じれったそうに眉を寄せた表情が近すぎて見えなくなって。重みが圧し掛かってくる。はっきりと張りつめた熱さを 広げられた脚の間に押しつけられた。 「・・・・・・ん、!ひあぁ、んっっ」 深く打ち込まれて息が詰まる。背中が反り返るくらいの衝撃。だめ。やだ。受け止めきれない。 なんで。挿れられただけでこんなに感じてる。爪先がびくんと反り返ったままで固まってる。涙も唇の震えも止まらない。 さっきよりも強く。その前よりも、もっと強く。繋がった奥が土方さんを欲しがってる。 声も出せずに泣きじゃくりながら、被さってきたひとの胸元で大きくかぶりを振った。 振り続けていた頭が力ずくで抑えられる。髪を長い指で掻き寄せ、あたしの頭を抱いた土方さんは、ゆっくりと動き始めた。 最初は、泣くな、と宥めるような、あたしを気遣っているような弱くて遅い動きだった。 しばらくそれが続くうちに、頭の奥を痺れさせていた強い衝撃が緩んで消えていく。揺さぶられる動きに 引きずられるように、柔らかい気持ちよさが全身を充たしていった。あ、あ、あ、と、小さな喘ぎ声が生まれ出す。 土方さんの首に腕を回して、目を閉じて揺られていると、動きが一段階強めたものに変わる。途端に口から悲鳴が飛び出た。 「――あんっ、やぁ、・・・!・・・めえぇ、強く、しな、・・・っ」 「・・・・はっ。ここで、やめて。・・・・・どうすんだ・・・?」 ぐちゅ、ぐちゅ、と水音を鳴らして蠢いていたあたしの中が、土方さんをきつく締めつける。 弱い部分に指を添えた土方さんが責めるような手つきで弄り始めると、奥から縮んでびくびくと疼き出した。 「・・・!っっ」 ぎゅっと目を閉じて背筋を浮かせて、気持ちよくって上げそうになった乱れた声をこらえる。 伏せた目を繋がったところに向け、ぴたりと腰を止めて。土方さんは軽い痛みを感じたような表情で軽く眉を顰める。 それから涙と恥ずかしさで潤みきったあたしの目をわざとじっくり見つめてから、意地の悪い表情で口端を吊り上げて薄く笑った。 「あぁ。・・・そうか」 「・・・・・・・・・ふ・・・ぇ?」 「・・・・・・・・まだ足りねぇんだろ、お前」 「・・・っ、ち。ちが・・・、そんな、んじゃ、なっ、・・・ぁあ、やんっ、」 止めていた動きが再びあたしを揺り動かす。奥を抉るような動きになっている。 掴んだ腿を布団へ圧しつけて、加えられる激しさは一層強くて深いものへと変えられた。 ぐっ、ぐっ、と組み敷かれた背中の下で畳が軋んでいる。 いやぁ、と泣き叫んで、真上に伸ばした手。その手に熱が籠った手が絡みついて、指と指の隙間を埋めてあたしを握り締めた。 押し返そうとしたけれど、容易く布団に縫いつけられる。自分が何をしているのかもよくわからなくなる。 ずん、ずん、と響く重苦しさで埋め尽くされて、打ちつけられる。泣きじゃくっていないとおかしくなりそうだった。 からからに渇いた口の中で、ふにゃふにゃと泣きごとを繰り返した。だめ。もう。壊れそう。頭の中も。身体の奥も。 「ちが・・・んな・・・こと、な・・・っ、違っ・・・!」 「ああ。・・・まただ。・・・凄げえな、」 「あぁん、・・・お、ねが、止めてぇえ。やぁ、いっぱ・・・い、擦れ、あぁっ」 「・・・止めろだぁ?・・・はっ。ったく。強情な奴だな。・・・これだけ、啼かせても。まだ、口の、減らねぇ、・・・」 「やあ、だめぇ、動かな、・・・・ぁあっ、・・・触っちゃ、ゃぁっ、ひ、ぁあんっ」 「――っ。・・・・、っっ」 「・・・・・・・っ。ふぇえ、・・・っ。土方、さ・・・ひ・・・じかた、さぁん・・・・っ」 どうしようもなくなったあたしが自分でも腰を揺らし始めると、土方さんの動きは急に弱まった。 ゆらゆらと単調な律動で、濡れて冷えたシーツで上下に背中を擦られる。今までは死んじゃいそうなせつなさで 散々泣かされていたのが、今度は身体の奥を焼くような物足りなさに焦らされて涙が出てきた。 握られた左の胸の先に口吻けが落とされる。 荒げた低い呼吸が、あたしの火照りきったそこを舌先と一緒になってじわじわと甚振る。 ざらついた熱さが肌を這いながら舐めていった。たまに思い出したようにきつく吸いついて、紅い噛み跡を散らしていく。 左の胸から右へ。汗の滴る胸の合間や、着物の衿じゃ隠しきれない鎖骨のところや、息が上がって反り返った首筋にも。 あ、あ、あぁ、と断続的に喉から絞り出す甘えた声が自分でも恥ずかしい。 あたしの声じゃないみたい。 もっと欲しい、ってねだっているみたいな声。男のひとに委ねた身体で媚びている、厭らしい誰かの声に聞こえてしまう。 たまらなくなって目を閉じると、押し出された涙の粒がぽろっと頬に転がった。 「お前。・・・・・言ったな。・・・・・・・俺がしてえように。何でも。するって」 「・・・・・ん・・・、ぅ、ん、・・・・っ」 「・・・。なら。駄目だ嫌だはもう無しだ」 聞かせろよ。 浅く息を吐き出しながら、土方さんが身体を倒す。圧し掛かってきたひとはあたしの首筋に抱きついた。 耳たぶを軽いキスが掠めて、火照った囁きを耳の奥に注がれて。それから、一瞬息を止めて。 、と耳の中をその重みで満たすような深い声で呼んだ。熱い吐息と一緒に注ぎ込んだ言葉を、 あたしに催促しているかのように。 「、・・・」 「・・・・・・・やだぁ。・・・言え、な・・・恥ずかし、・・・っ」 「またそれか。・・・・・・なら。てめえから口走りたくなるように、するしか。ねえな、・・・」 「・・・・・・っ」 かぶりを振って拒んでも何にもならなかった。 繋がったそこから流し込まれてくるのは、熱い杭をぐちゃぐちゃな中に打ち込まれ、お腹の奥を抉られながら 身体の自由をその杭にすべて奪われていく感覚。 四肢がどんどん力を失っていって、視界が温かい露で滲んでいって。ここが何処なのかも忘れそうになるくらいぼんやりして。 自分と他のすべてとをはっきりと仕切っていた感覚の境界線がひどく曖昧なものに変わって、 最後には消えてなくなるようなおかしな感覚。 変なの。他のひとには何も感じなかったのに。土方さんとこうしていると、いつもこうだ。 誰かに抱かれて繋がると自分が消えて、身体ごと溶けてしまったような気になるなんて。変だ。・・・おかしいと思う。 でも。それが、身体ごと預けてもいいって思える誰かと繋がるってことの意味のひとつなのかもしれない。そうも思った。 今のあたしに判るのは――上に跨った土方さんが普段よりも少し乱暴で、少しだけ我を忘れてるってことだけ。 あたしの喘ぎ声なんてもう、このひとには欠片も届いていない。 それがはっきりと判るほど、あたしを見下ろした鋭い眼は熱を帯びていて、視線はあたしを通り越したどこか遠くを彷徨っていた。 強請られた言葉も、されていることも、一方的で強引な押しつけだ。なのに、その乱暴さと強引さに胸がきゅうっと締めつけられる。 泣いて拒みたいくらい恥ずかしくても、このひとに強請られてしまうとあたしは何も逆らえない。 あの声で身体中が感じてから、頭で考えることを放棄してしまっていた。 頭の先から爪先まで甘く蕩かすような痺れが走っていって、どうしようもなくぞくぞくしてしまった。 ・・・きっと、本音を見透かされてしまった恥ずかしさ以上のものを、身体も心も求めているんだ。 「・・・・・ぃ、っ、あ、ぁん」 「もう一遍。はっきり言ってみろ。・・・小さすぎて聞こえやしねえ」 「・・・・・・・・・・・・いぃ、っっ。」 「もっとだ。もっと。・・・でけぇ声で。ほら、喘いでねえで。聞かせろよ。・・・っ」 「〜〜〜ぁあっ、めぇ、っっ。あ、あん、土方、さ、っ、・・・きも・・・ち、い、・・・・・・・ぃっ」 首を抱き竦めていた腕が肩を撫で下ろして、背筋が強張るような強さで抱きしめる。 あたしの身体の自由を奪ってから土方さんはまるであたしを食べようとしているような仕草で唇を重ねて、 のめり込んできた舌と、熱さと、浅く乱れた呼吸で口内を一杯にした。 一杯にされた息苦しさに身をよじって抵抗した瞬間に、っ、と土方さんが大きく息を呑んで。 あたしを引きずり下ろして、ずん、と重たく杭を打って。腰を鷲掴みにして何度も、一番感じやすいところを狙って―― 「ふ、く・・・ふ、っ〜〜〜んんっ、ひ、ぁ、ぁんんっっっ」 やだ。だめ。やめて。もう。だめ。 泣き叫んで懇願した言葉は土方さんがあたしの舌ごと呑み込んでしまう。 このひとの背中の向こうで揺れている反り返った爪先が。男のひとを埋め込まれてはしたなく開いている脚の感覚が。 全部他の誰かのものになっているような違和感が湧いた。 全身を強い快感に組み敷かれて、泣き声で喘いでいるあたしとは違う、他の、誰かの。 「・・・はぁ、・・・っ、――く、っっ、」 「んんっ、〜〜〜〜、っっっ」 短く呻いた土方さんが腕にがむしゃらな力を籠める。痛みを我慢しているような苦しげな動作で動きが止まって、 ぐっ、と一番奥まで圧しつけられる。あ、と思った時には、あたしには知りようのない深いところを焼きながら熱が穿たれていて。 どく、どく、どく、と奔っていく。注ぎ込まれた中がびくびくと打ち震えている。背筋が布団から浮くほどしなった。 「ぁあんっっっ。やぁあっ、あぁ・・・、ぁあん・・・・っ」 ぱっと唇が解放されて、籠っていた喘ぎ声が長い悲鳴に変わる。部屋の宵闇を切り裂くような細くて甲高い声に。 その声の残響が部屋から消えて、お互いの速い息遣いしか聞こえなくなって。 いつのまにか狂ったみたいに強く抱きしめていた土方さんの頭が、胸元にがくりと崩れ落ちてきた。 はぁ、はぁ、はぁ、と、熱に浮かされて喘いでいるような呼吸が胸の谷間を撫でている。 そこに縋りついて何かをこらえようとしているような余裕の無さで、ぎゅうっと膨らみを掴まれた。 いたい、と消えそうな小声で漏らすと、ああ、と土方さんは呼吸の合間につぶやいて。 なのに力はちっとも緩まなくて、あたしは泣きながら拗ねた。 「やぁあ。ぃたぁいぃ・・・」 「・・・ああ」 ぼうっとした響きの生返事が返ってきた。大きな手に加えられた力は少しも緩まない。 ごつごつと硬い親指の先で、感じやすくなって尖った部分が転がされる。やだぁ、とあたしは震え声で泣きごとをこぼした。 繋がれたままでとろりとした熱い雫を溢れさせている部分は、まだ足りなくって欲しがっているみたいに震えて このひとに応えようとする。 先に呼吸を落ち着かせた土方さんの手は、紅い印を刻んだところをなぞるようにしてあたしの肌を這い始めた。 宥めるようにいろんなところを撫でられて。少し身体を起こした土方さんの いつになく優しげに和らいだ表情に、目をじっと見つめられて。こくん、と小さく頷いて―― ――いつまで続くんだろう。夜が明けるまでなんだろうか。 こうやって何度も、飽きるまで求められて。二人で布団にくるまってうとうとして、抱きしめられて。 ・・・そんな夢心地でひどく気だるい時間が、もしかしたら昼まで続くのかもしれない。 どうしよう。それは困る。そんなことになったら、終いには身体が砕けて布団の中でぐしゃっと潰されてしまいそうだ。 でも。それでもいいような気もしてしまう。このひとが欲しがってくれるのが嬉しいから。 この熱の高い腕の中にいられる時間が、あたしには他の何処にいるよりも安らげる、大切でかけがえのない時間だから。 そんなことを思いながら腫れぼったくなった瞼を閉じて、冷たい汗にまみれた背中をうっとりしながら抱きしめて。 身体ごと土方さんに投げ出したあたしは、いつしか夢の中に落ちていた。 触れたものや見えているものが夢と呼ぶにはやたらに鮮明で、生々しくて。なぜか煙草の香りまでする、不思議な夢だった。 夢の中で会ったひとは、布団にうずくまったあたしを抱きしめて、額を濡らした汗を手のひらで拭ってくれて。 耳に圧しつけるようにして唇を宛てて。 短い何かをひとことだけ、微かな笑いの混じった甘い響きの声でささやいていた。 『悪りぃ。』 深く静かな闇の中で注がれた言葉は、火照ったあたしの耳にはそう聞こえた気がした。
「 おおかみさんのふゆやすみ *3 」 text by riliri Caramelization 2011/01/07/ ----------------------------------------------------------------------------------- next