「・・・すごいわ、もう見えなくなっちゃった。お姉さんって足が速いのね」 脱兎のごとき勢いで逃げていったを捕まえるべく、土方が床から立ち上がりかけたその時―― 外をちらちらと振り返りつつ温室の中へ入ってきたのは、庭木を刈り込んでいた使用人の一人。 麦わら帽を目深に被り、肩の部分がずり落ちるほどオーバーサイズな作業着を着込んだ小柄な庭師だ。 帽子のつばを引き上げたその女が悪戯っぽい表情で微笑むや否や、土方はあからさまに ムッとした表情で口端を下げる。すると彼女は可笑しくてたまらないと言わんばかりに 薄い肩を震わせ、薔薇色の唇を覆って笑い始めた。 ――被っているのは洒落っ気の無い園芸用の麦わら帽。手にしているのは 土がこんもりと盛られたバケツと小さなスコップで、古びた作業着の至る所に 泥をこびりつかせた、垢抜けない格好の垢抜けない女。 一見しただけなら、大抵の者が彼女をそう判断するだろう。 しかし帽子の影から現れた面立ちを目にすれば、誰もがその光り輝くような美貌に驚くはずだ。 まるで聖女のような気高さや清らかさを感じさせる澄んだ微笑を浮かべ、女は歩み寄ってくる。 土方を見つめる深い色合いの瞳は、数多の星の光を宿した夜空のように煌めいていた。 沈む直前の夕陽にも似た金褐色の髪は腰まで覆う長さのはずだが、 今日は帽子の中へ押し込め隠しているらしい。 ただし全部は隠しきれなかったようで、ゆるやかに波打つ一房が作業着の首元へと流れ込んでいた。 「ねぇ、あまりお姉さんを怒らないであげて。 あれって指輪にびっくりしただけで、お兄さんを嫌がって逃げたんじゃないと思うわ」 「・・・んなこたぁ判ってる」 溜め息混じりにそう答え、土方は椅子に放り出していた借り物の上着を引っ掴む。 土埃にまみれたシャツの袖や腰の辺りもぱしぱしと払い、 「別に怒っちゃいねえよ。あれに張り飛ばされんのは今に始まったことじゃねぇしな」 「あら、そうなの?それにしてはものすごい声で怒鳴ってたじゃない」 「それも今に始まったことじゃねぇ。つーか何の真似だ、その格好は。 名家の奥方が庭師に紛れて覗き見か?金持ち夫人の道楽にしたっていただけねぇ趣味だな」 「もう、ひどいわ覗き見だなんて」 などと拗ねたような口調で土方に文句を言いつつも、女の顔からは笑みが絶えない。 背後に見える温室の入口をスコップの先で指し示して、 「お兄さんがドアを閉め忘れていたから、代わりに閉めに来てあげたの。 そのついでにちょっと二人のお話を聞かせてもらっただけよ」 「けっ、どこがちょっとだ。一部始終漏らさず聞いたの間違いだろ」 「ええ、淑女として恥ずべき振舞いだったことは認めるわ。でもね聞きたくなるのも当然よ、 これまで女性に口説かれてばかりだったお兄さんが女性を口説いてるなんて、世にも珍しい場面じゃない?」 姐さまと手鞠ちゃんにも見せてあげたかったわ、と肩を小さく竦めた女が、 長い睫毛に縁取られた瞳をふわりとやわらかく細めてみせる。 清らかなのにどこか小悪魔的でもあるこの笑みには、どうやら生まれつきに 男どもを虜にする魔力が備わっているらしい。今とは違う名を名乗り、 今とは違う環境に閉じ込められていた少女時代も、彼女は自身が置かれた逆境に この優雅な笑み一つを武器にして敢然と立ち向かっていたのだが、 そんな姿を目にしただけで心を奪われてしまう輩は後を絶たなかった。 そのうちの一人がこの豪邸の主であり、彼女の伴侶となった男だ。 その男は若くして今の地位を築いた傑物で、彼女が嫁いで暫く経った今でも 美しく魅力的な妻を溺愛している。真選組にこの屋敷を臨時の拠点として提供しているのも、 愛する妻が「お兄さん」と呼び慕う土方からの要請であったところが大きいはずだ。 「ところでお兄さん。わたしね、あれはないと思うの」 「あぁ?」 「あれよ、あれ。あれを見たら誰だって判るわ、お兄さんがいつもプロポーズに失敗する原因が」 「・・・・・・」 「特に指輪を渡した時のあれ!なぁにご褒美って、お兄さんってお姉さんに対していつもあんなかんじなの? だめよ、あんな誤解を生むような言い方じゃ。 例えばもっと率直に、紳士的にいくのはどうかしら。「君にこれを贈りたい、どうか受け取ってくれ」とか」 芝居がかったかんじで跪いたり指輪を捧げる動作をしたりと 身振り手振りも盛り込んでの熱心な指導を始められ、土方はうんざりしたように口端を下げて黙り込む。 ・・・ほら来た、さっそく始めやがった。 こいつら三人姉妹の十八番、いつもの長げぇダメ出しだ。 「ねぇ聞いてる?あのねお兄さん、お兄さんはもう少しやり方を改めるべきよ。 お姉さんみたいなタイプの子に遠回しなアプローチは効かないわ、 そうね、もっとずばっとストレートに切り込んでいくのはどう? 俺の妻になってくれとか愛してる結婚してくれとか君がいないと生きていけないとか」 「俺ぁてめえの亭主じゃねぇんだ、んな歯の浮く台詞がほいほいと言えるか」 そもそもだ、その手の台詞をほいほいと気安く言えたなら俺はここまでの苦労はしていない。 心中でそんなことを自嘲気味につぶやき、さらにうんざりした気分になりながら 土方は彼女の頭に手を伸ばした。 「それよりお前、んなとこで人の世話焼いてる場合か」 「え、わたし?」 女の被る麦わら帽の大きめなつばを引っ掴み、ぐい、と目深に被せ直す。 意外そうに見上げてくる女の視線を躱すため、黄薔薇の蔓が這う硝子の向こう―― この豪邸の本棟のほうへと顔を背けて、 「さっき執事の爺さんに頼まれた。せめて庭仕事は極力短い時間に留めてくれるよう 若奥様を説得してほしい、だとよ。 あの忠義者の年寄りが心労で倒れねぇように、本宅に戻って旦那の機嫌でも取ったらどうだ」 淡々とした口調で言い聞かせながら、窮屈さが気に食わない借り物の上着を翻す。 羽織ったそれに袖を通しながら、土方はサイズの合っていない作業着に 身を包んだ女の様子をそれとない視線で確かめた。 そんな些細な仕草から何かを見抜いたらしい女が、優しげに垂れ下がった目尻をさらに緩める。 ふふ、と嬉しそうに微笑んで、 「お兄さんのそういうところ、わたしとっても好きよ。心配してくれてありがとう」 「心配なんざしてねぇよ。まぁ、爺さんのほうは多少心配だがな」 「ふふっ、そうね、それはわたしも心配だわ」 彼女のお目付け役として今も屋敷で待機中の執事の姿を思い浮かべたのか、可笑しそうに 声を上げて女は笑う。それから何かに気付いたかのように表情を変え、くるりと彼に背を向けた。 花々で彩られた美しい通路を少しだけ進み、泥まみれな長靴を履いた足を止める。 まるで深緑のカーテンのように枝葉を壁一面に生い茂らせている、薔薇の大樹 ――そこに一輪だけぽつりと残った、遅咲きの花を手のひらに包んだ。 軍手を嵌めた細い手で腰に提げていた鋏を掴み、刃先を枝の途中に当て、 ぱちん、と小気味よい音を立てる。本職の花屋にも劣らない手際の良さで枝から棘を切り落としながら、 「でもわたしは大丈夫よ、お兄さんも知ってるでしょう? これでも体力には自信があるの。それにわたしの旦那さまは、いつでもわたしの 意志と自由を尊重してくれる世界一素敵な旦那さまよ」 「フン、そうかよ。あの変人が世界一ってぇのは同意しかねるが、まぁ円満そうで結構なこった」 「それよりお兄さん、人の心配なんてしてる場合? ほらほら早く行って、これも渡して!そして今度こそプロポーズよ!」 「・・・おい何だその意気込んだ面は。てめえ、また覗き見する気だろ」 瑞々しく香しい摘みたての一輪が、土方の目前に差し出される。 余分な葉も切り落とされて美しさが際立つ姿に整えられた薔薇の花と、 それを押しつけてきた女の期待と好奇心が溢れ出さんばかりなとびきりの笑顔。 その両方を酷く嫌そうに眺めてから、彼は渋々で花を受け取る。 作業着姿の女の横を擦り抜けながら、 「言っとくが、俺の後をつけてきたってお前が期待するようなこたぁ起こらねぇぞ」 「あら、プロポーズしないの?あんな指輪まで用意したのに?」 「しねぇよ。あれぁただの小道具だ。 ・・・・・・そのほうがいいだろう、あの馬鹿にはな」 そう告げれば女の柳眉はわずかに曇り、黙って彼の背中を見つめた。 薔薇を軽く振りかざしながら「じゃあな」とだけ言い残し、土方は通路を急ぎ気味に進む。 噎せ返るような甘い香りが立ち込める硝子の館の扉を開けると、どこへ行ったのかも わからない女の姿を思い浮かべながら夕陽に染まる庭を後にした。 「――あぁさん、ちょうどいいところに。 副長探してるんだけどどこ行ったか知らなんごっっぶっっっほぉおぉぉ!!」 「きゃああああぁぁああああああぁあああああああああああああああああ―――――!!!」 ―― 一方、その頃。 温室を飛び出し広大な庭も一瞬で突っ切り、パニックに陥って すっかり周囲が見えなくなったのがむしゃらな全力疾走はすでに屋敷内へ到達していた。 そんな彼女に運悪く遭遇した第一の犠牲者が、土方を探すために玄関前を うろついていた山崎だ。只事ではない速度の足音と聞き慣れた女の声に気付いて 彼が振り向きかけた瞬間、やたらと大ぶりなフォームで走ってきたの肘にどかっと喉を抉られる。 強烈なエルボーを喰らって目を剥き吹っ飛んだ監察の腕は玄関ホールを飾る花瓶を薙ぎ倒し、 さらに後頭部が壁の絵画をぶち破る。普段は閑静な豪邸に、陶器が派手に割れる音と鈍い地響きが鳴り渡った。 「――おぅちゃんおかえり、どこ行ってたのさ。副長とデートかぁ?」 次に彼女と遭遇したのは、自分の隊に属する隊士を引き連れて 豪邸の主が本宅から寄越したメイドたちをナンパしていた藤堂だ。 すらりとした長身で人当たりが良く女の扱いは土方以上にそつがないと評判なこの隊長は、 喚きながら突進してくるを発見しても全く動じることがなかった。 動じるどころか普段通りにどこか食えない笑みを浮かべ、の視界に入るようにとひらひらと手を振る。 ところが我を忘れて全力疾走するには、他の隊士たちより頭一つぶん背が高くて そこそこに目立つはずの男の姿すら認識できない。進路上にたまたま居合わせた メイドと隊士の集団のど真ん中に「んぎゃあああぁああぁああああ!」と奇声を上げながら突っ込んでいき、 「あーそうそう、そういやぁ山崎が副長探して・・・――おぉっと、」 「ぅにゃあああぁぁああああぁぁひぃゃあああぁああぁあああ!!!」 「きゃぁああああっっ」 「っっんがっっっっっ!!」 まるで弾丸のごとく突進してきた女をさらりと躱した藤堂が、と衝突しそうになり 悲鳴を上げたメイドの肩をさりげなく抱き寄せ彼女を庇う。隊長職を命じられるだけあって 山崎よりも身体能力に優れる彼は、女性のスマートなエスコートおいても山崎より数段役者が上だった。 「いやーごめんな、うちの子が驚かせちまって。大丈夫か?」 彼に庇われた若く純朴そうなメイドの娘が、愛想のいい男の笑顔に頬を染めてぽーっと見入る。 ・・・しかしそんな隊長の抜かりない行動のおかげで、被害を被った者がいた。 藤堂の真後ろで別のメイドに話しかけていた八番隊隊士だ。逃げ遅れた彼は に渾身の体当たりを食らわされ、どうっっ、と音を響かせて背後の壁まで吹っ飛んでいた。 「おーいどうしたぁ、ちゃん?ちゃ・・・・・・ダメだ、ありゃあ何も聞こえてねーな。 ――ん?おぉ?お前もどーしたんだよ壁にめり込んじまってよー、大丈夫かぁ」 「〜〜いや隊長っっ、あんた後ろに俺がいるの判ってて避けましたよね!?」 メイドの肩を抱いたままへらへらと笑う隊長と身代わりになった不運な隊士の間では そんな一悶着があったのだが、その頃すでにの姿は彼らの前から消えていた。 廊下の角へ差し掛かる手前で無意識に跳躍しこれまた無意識で壁を蹴り、 直角な曲がり角をスピードを一切落とさず曲がり切る、という人間離れした大業を これまた全く無意識にやってのけた彼女は、毛足の長い華やかな絨毯が敷かれた 数十メートルほどの直線トラックを風を巻き起こしつつ疾走する。 そんな彼女の爆走コース上に偶然居合わせたのは、屋敷の執事と今後の予定を打ち合わせ中だった井上だ。 彼もの姿を認めると、常に穏やかで温厚そうなその顔に笑みを浮かべ手を振る。 同じように彼女に気付き「おかえりなさいませ」と頭を下げる執事に続いて口を開いたのだが、 「ああさん、おかえりなさい。どうでしたか温室は、楽しめましたか」 「ひぇゃあぁぁあああああぅぅぁあああぁぃあああああぁぁんぎゃあああぁぁああああ!!!」 ひゅんっっっ、と空を切る音と裏返った絶叫を轟かせ、は二人の隙間を見事に擦り抜け逃走する。 似たような糸目顔の二人が珍しく薄目を開けて彼女の姿を見送っていると、そこへ藤堂が姿を見せた。 彼が井上のほうへ寄って来たのとちょうど同時で、人騒がせな彼等の元同僚の娘は 最奥に構えた幅の広い大階段へと、どどどどどどど、と靴音を響かせ走り去る。 階段へ向かい上階を見上げた井上がにこやかな表情で何度も頷き、 「――いやぁ、さすがさんです。沖田さんに匹敵するあの俊足、今も健在のようで何よりですよ。 まぁパニック起こした時のあの症状も健在みたいですけどねぇ」 「ははは、そーだよなぁ、あの子が除隊するまでは屯所でちょいちょい見てたよなぁあの光景」 今見るといっそ懐かしいわ、と藤堂が笑い、はい、と井上が相槌を打つ。 二人は暫し何か考えているような顔つきで階段を眺めていたが、ゲホゲホと苦しそうに咳込み メイド服の腰のあたりも痛そうに擦っている仲間の一人が追いつくと、二人揃って振り返った。 「ザキー、やっぱあれかぁ?副長と何かあったのかねぇ」 「だと思うよ。さんがああなっちまうのはだいたい副長絡みだろ」 「そういえばさん、左手に見慣れない指輪を付けてましたねぇ」 ふと思い出した井上が口を開けば、頭の後ろまでズレてしまったホワイトブリムを直していた山崎が顔を上げて、 「指輪?そんなもの付けてたかなぁ」 「付けてましたよ。昼にお会いしたときには付けていなかったように思いますがねぇ」 「ああ、そういやぁあの子の手元で何かちらちら光ってたような・・・。 つーか源さん、よくあの一瞬でそんな細けーとこに気付けるよなぁ。どーやって見てんすかその細せー目で。 ・・・ん?待てよ。・・・左手?」 「ん?それって・・・」 ブツブツとつぶやいた藤堂が首を捻って考え込み、「あぁ!」と叫んだ山崎が驚きに表情を変える。 じきに藤堂も「おぉ!」と手を打って、 「おおおぉっマジかよ、てぇことは、ついに!」 「ええ、ついに行動に出られたんでしょう。・・・おっと、噂をすれば何とやらですよ」 そう言いながら井上は二人に目線で合図を送り、窓から外を見下ろした。 窓辺に寄った三人が目にしたのは、屋敷の玄関方向へ足早に直進する男のどこか浮かない顔つきだ。 目つきが据わったその表情をまじまじと眺めた井上が、おや、と意外そうにつぶやき、 藤堂は顔を引きつらせごくりと大きく息を飲む。同じく顔を引きつらせている山崎の腕を小突きながら、 「・・・やべーよあれ、ぜってー機嫌悪りーよなぁ、あれ。 迂闊に声掛けるだけで殴られるか刀抜かれるか士道不覚悟で切腹迫られるパターンじゃん」 「決めた。今日は出来るだけ副長の傍に寄り付かねーようにするわ」 「いやぁどうも、人生ってのは本当に何が起こるか分からないものですよ。 まさかあの土方さんが、女性相手にここまで苦戦を強いられるとはねぇ。ははは」 げんなりした顔で外を見つめる山崎に、何かと目敏い副長にこの覗き見がバレやしないかと カーテンの影に隠れる藤堂、土方との付き合いが長いだけあって鬼の不機嫌にも慣れているのか、 呑気そのものな笑い声を上げる井上。 それぞれ違う表情で土方の様子を窺う三人の間に、何気なくて短い沈黙が下りる。 やがて硝子に貼りつくようにしていた山崎が、ぽつりと小声で口にした。 「・・・今でもたまに思いますよ。本当にこれでいいのか、って」 美しい木彫が施された窓の桟を握りしめ、半ば独り言のような声音を漏らす。 そんな監察の顔には、無力感でも噛みしめているかのような苦笑いが浮かんでいた。 硝子の向こうを見つめるその目には、屋敷の広いエントランスの手前で立ち止まった男の姿が映っている。 どこからか着信があったらしい。ややうつむいた土方は、上着の懐から抜き出した携帯の表示を確認していた。 「ほら、俺は副長と違って半端者だから、あの人みたいには割り切れなくて。 今日みたいな日はね、つい思っちまうんですよ。いっそこのままのほうがあの子は幸せなんじゃないか、ってね」 ぽつぽつと語る山崎の沈んだ声を聞きながら、二人の隊長が顔を見合わせる。 互いに困ったような表情で笑い合うと、井上は山崎の肩を叩いた。 「山崎さん、割り切れていないのはあなただけじゃありませんよ。私だってそうです」 「俺も。つーか事情知ってる奴はどいつもこいつも、全員割り切れてなさそうだよなぁ」 「そうですねぇ。局長も、沖田さんも・・・皆が迷っているんじゃないでしょうか。 これは真選組の頭脳と謳われる土方さんでも、確かな答えなど導き出しようがない難問ですから」 彼女にとって何が最善かなんて、誰にもわかったもんじゃありませんからね。 そう言いながら階段を見上げていた井上が、硝子の向こうへと視線を戻す。 手入れが行き届いているためなのか、晩秋も近いこの季節でも青々と広がる豪邸の芝生。 そこに佇み、携帯で何か打ち合わせをしている様子の男の姿をじっと見つめて、 「土方さんは今も、我々よりもっと多くの葛藤を抱えておられるはずですよ。 それでもこうして決意を固められたのだから、我々も彼を信じてやってみるしかないでしょう」 「そうそう、源さんの言うとおりだな。 まぁそんなに心配なら俺もちょっとだけ付き合ってやってもいいぜ、お前の地味な願掛けに」 励ますように語りかけてくる井上と愛想笑いが板についた藤堂、二人から同時に肩をぽんと叩かれる。 そんな二人の慰めにくすりと笑った山崎は、「うるせーよ」と泣き笑いのように表情を情けなく崩れさせた。
「 おおかみさんとおままごと *3 」 text by riliri Caramelization 2017/07/16/ ----------------------------------------------------------------------------------- 六番隊隊長と八番隊隊長は「片恋…」*55と*56その他に 庭師さんは番外編の「花と方舟」にいます next →