『――・・・・・・いさん、兄さん・・・!どこ、どこに、いるの、返事して、兄さん・・・!』

荒れ狂う焔の向こうに見えたあの少年の姿も、いつしか消えてしまっていた。
燃え盛っていく火の壁に逃げ場もなく阻まれ、果てしなく温度をせり上げていく灼熱に肌を溶かされてしまいそうだ。 熱い旋風に舞い上がった髪が、めらめらと吹き上がる赤光に焦がされ飲み込まれていく。 兄がいたはずの方向へと必死に伸ばした手の先が、どろりどろりと、蝋のように形を失いこぼれ落ちていく。 直視するのもおそろしいその光景を見たくないのに、大きく見開いた瞼はまるで凍りついてしまったかのように動かない。

こわい。逃げたい。こんなところに居たくない。全身の震えが止まらない。
それでもは怯える自分を奮い立たせ、嗄れた喉が張り裂けそうになるほどに兄を呼ぶ。 兄さん、どこ、と悲鳴のような声で叫び続け、気がふれたかのように泣きじゃくり続けた。 そのうちにゆらりと視界が歪み、渦巻きながら隠れ家を舐め尽していく火の中に人影が幾つか現れた。 躍るように揺れ動く劫火の中で、その人影も猛暑日の路上に現れる陽炎のようにゆらゆらと儚く揺らめいている。 二人の女性と一人の男性だ。三人ともどことなく古めかしい印象の服装で、よりも一回りほど年上に見える。 女性の一人は美しい顔を歪ませてしきりに喚き、結い上げた髪を振り乱さんばかりに激昂している。 もう一人の女性と男性は顔こそよく見えなかったが、彼女をどうにかして落ち着かせるべく説得を繰り返しているようだった。
あの隠れ家でこんな人たちを見た覚えはない。誰だろう。
突如として現れた三人を前にが目を見張っていると、陽炎のように揺れていた姿は次々と焔に溶かされ消えていく。 それと入れ替わるようにしてふらりと現れた小柄な姿に、あっ、と彼女は息を呑んだ。

『にいさん・・・!』

義兄の千影だ。けれど今の兄ではない。優し気な面立ちの、悲しさをこらえているような表情の幼い子供。 にとっては、白石家の数少ない家族写真が貼られたアルバムの中でしか会ったことのない姿。 がまだ赤ん坊だった頃の兄の姿だ。
幼い子供に戻った兄は、なぜか虚ろな目つきでこちらをぼんやりと眺めていた。 右手には光る何かを手にしており、左右にふらつきながらも焔の中を歩み寄ってくる。 時間が遡行した光景の異様さに構う余裕もないは、肘まで赤く焼け爛れた腕を夢中で兄へと差し伸べた。 ところが直後、先の三人と同じように兄の姿が火に浚われる。 あと少しで手が届きそうだった少年を、紅蓮の渦が飲み込んでいく。 あっけなく燃え上がった兄の身体が赤く輝く火の粉へと変わり、熱風に煽られ灰塵となり宙高く舞い散っていく。
『・・・・・・ゃ、いや、いや、ど・・して、にぃ、さ・・・っ、あ、〜〜ぁああ、あぁああ・・・!』
あと少しで――あと少しで届いたのに、助けられたのに――
心臓が止まりそうな衝撃と深い絶望に打ちのめされ、は狂ったような悲鳴を上げた。 無残に溶けた腕を兄を焼き尽した焔へと伸ばし、激しい嗚咽に全身を震わせ涙を流す。 彼女の眼前に残されたものは、四方を取り巻く赤い壁。 ばちばちと音を上げ弾ける火の粉と共に、どこまでも高く燃え上がっていきそうな焔の海だけだ。 なのにそこから、、と彼女を呼んで啜り泣く兄の声が聞こえる。
いや、いや、いかないで、どこにいるの、兄さん。
は焔へ手を伸ばしながら喉を震わせ叫ぼうとしたが、どうしてか声が出なかった。 身体もなぜか動かせない。頭から足先まで、見えない糸できつく縛りつけられているかのようだ。 じっとりと肌を濡らす汗が嫌だ。吹き荒れる熱風のせいで息もつけない。痛みはないのに苦しくてたまらない。 身体が融かされていく感覚が気持ち悪い。嫌だ。いや。死にたくない。誰か。 どこ。兄さん、火の中にいるの。誰か助けて。兄さんを助けて。あたしだけじゃもう、どうにもならない。兄さんを救ってあげられない。 おねがい誰か、兄さんを――兄さん、兄さん、兄さん、




「・・・・・・ぃ、さん・・・〜〜っっぃや、いやあぁっ、おねが・・・っ、けて、だれか、にいさ・・・!」
「――さん、さんっ。起きてください、さん・・・!」


肩を掴んで揺さぶっていた誰かの手を振り解き、真上へ向けて腕を伸ばす。
はっとしたが目を見開けば彼女を包んだ焔の海は跡形もなく消え、死にもの狂いで掴もうとしていた兄の姿もどこにもなかった。 虚空を掻いた指先はぶるぶると震えが止まらなくて、その向こうには見覚えのある薄明るい天井が広がっている。 はぁっ、はあっ、と肩や胸を大きく上下させて荒い呼吸を繰り返しながら、は呆然と天井を見つめた。
苦しい。どうして。息が上がって苦しくて、苦しすぎて上手く呼吸できない。 身体は火照って汗まみれなのに、手足の先は凍りつきそうな冷たさだ。 気持ちが悪い。吐きそうだ。背中や腰に纏わりついている布の感触が、汗でぐっしょりと濡れている。 胸の奥ではどくどくと鳴る心臓が破裂しそうな勢いで暴れている。
「よかった、やっと気が付かれましたね」
深い安堵が籠められた声と、控えめな溜め息が頭上から響く。 そちらのほうへ視線を向ければ、白髪をきっちりと纏めた女性の顔が目に入った。 浅縹色の着物の上に白い割烹着を身に着け、の眼前に影を落とすようにして身を乗り出している人。 屯所へ来た当初からを世話してくれている女中頭は、心配そうに眉をひそめて彼女の傍に座していた。

「・・・にぃ・・・さ・・・・・・?・・・あぁ・・ど・・して、ここ、は」
「大丈夫、大丈夫ですよ、落ち着いて。ここは屯所のあなたのお部屋です」
「〜〜で、でも、にいさん、にいさんが、」
さん、あなたは夢を見ていらしたのです。お兄さまには夢の中でお会いした。そうでしょう?」

大丈夫ですよと言い聞かせつつ、女中頭がを布団から抱き起こす。 でも、でも、と涙声でうろたえる彼女をしっかりと抱きしめ、全身を流れる冷や汗で湿った浴衣の上から背中をさすった。

「は、はなして。行かなきゃ、家が、あの家、燃えてるの、兄さんが、中に・・・!」
「燃えて・・・?いいえ、それは夢の中の出来事です。あなたが心配するようなことは何も起こっていませんよ」
「ゆ、め・・・・・・?」

ぽろぽろと涙をこぼしながら尋ねれば、「ええ、夢です」と女中頭が微笑み頷く。
だから何も心配しないで、と労わるように背中を撫でてくれる、温かくやわらかな手の感触。 その手の動きが懐かしい。物心つく前からを見守り愛情を注いで育ててくれた、明るく賑やかな老女の手つきを思い出させる。 撫でられるほどに心地よくなって安心して、なのにほろほろと涙がこぼれた。 恐怖で手の先まで強張りきっていた身体が、少しずつ、ゆっくりと緩んでいく。 ようやく自分が夢を見ていたのだと理解したは、夢、と口の中でつぶやいてみた。 するとなぜか、息苦しさがわずかに消えた。わなわなと震える唇をぎこちなく動かし、何度も何度も繰り返しつぶやく。 錯綜する苦い記憶と兄の残像に追い詰められて今にも泣き叫びそうになっている自分に、何度も必死に言い聞かせた。 違う。違う。違う。あたしはもう人殺しじゃない。あれは夢。悪い夢だ。あの家で火事なんて起こらなかった。 兄さんだって、きっと無事だ。きっとどこかで生きている。 違う、ここはあの隠れ家じゃない。違う。 あたしはもう、誰も殺したりしていない。違う。違う。
あたしは戻ってきた。ここはあの監獄のような家じゃない。
次はどんなことを命じられるのか、と怯えて過ごす必要のないところへ――あの頃のあたしを誰も知らない場所へ、戻ってこれた。 見捨てられて、逃げ出して、抜け出せたんだ。小父さまやあの男の言いなりになって、人を殺め続けるだけの毎日から。 誰かの命を奪うことと引き換えに、兄さんを護っているつもりになっていた自分から。 恐怖から逃れるために心を閉ざしてたくさんの人の血に手を染めた、弱くて愚かで最低だった自分から――

「そうですよ、全部悪い夢です。ここはあなたのお部屋でしょう?」

見てごらんなさい、と促された彼女は、涙に濡れた顔をおそるおそる上げて辺りを見回す。
縁側から差し込む白光が、まだあまり物の無い室内を照らし出している。 他の隊士達が住む宿舎棟とは別棟にある、こじんまりしているけれど陽当たりが良く明るい部屋。 隊士になってから宛がわれた部屋だ。 障子戸を透かす早朝のまばゆさの向こうで、ぴちち、ちち、と庭に舞い降りた鳥たちが気ままにさえずっている。 のために用意してきてくれたのか、女中頭の膝元には水差しとグラスを乗せた小さめなお盆が置かれていた。
「まぁ、汗がこんなに・・・よほど怖ろしい夢を見られたのですね」
浅縹色の袂から出された白いハンカチが、冷えた汗でじっとり濡れた額を優しく拭ってくれる。 瞳を細めて彼女を見守る女中頭の袖元から、石鹸のようなほんのりした匂いが漂ってくる。 何度かそうして拭われるうちに脱力感と眩暈を覚えて、はもう一度布団に横たわった。
目が醒める前も自由にならなかった身体だが、今は鉛のように重くて怠い。頭の中や喉がひどく火照っている気がする。 ぐったりと布団に身を沈めて目を閉じた彼女は、されるままに汗を拭われながら呼吸を整える。そのうちに、どこか遠くから笑い声が聞こえてきた。 この棟の傍を通って道場へ稽古へ向かう隊士たちの声だ。 誰かが何か声を上げると、野太い笑い声が楽しそうに重なる。 それまではぼんやりしていたはぱちりと目を開け、縁側のほうへ視線を向けた。
重なる声の中からただ一人の声を拾おうとして、外からの音に耳を澄ます。
笑い声が上がる直前に聞こえた、一人の男の声。 口調も声音も淡々としているのになぜか耳に残るその声に、は聞き覚えがあった。土方の声だ。 直属の部下として毎日付き従っている人の声を、他の人とは間違えようもない。 笑い声を振り撒く集団は、ゆっくり遠ざかっていく。 屯所に住むようになって以来、こんな笑い声を常に耳にしてきたからだろうか。 離れていくその響きに耳を傾けているだけで気分が和らぎ、激しく脈打っていた心臓の鼓動は自然と落ち着きを取り戻していった。


「・・・このところ、毎朝うなされていらっしゃいましたね。まるで時間が戻ってしまったようだわ」

え、とつぶやいたが目で尋ね返せば、女中頭は皺の刻まれた目許をふっと緩めて苦笑を浮かべる。
「覚えていらっしゃらないかもしれませんが」と前置きすると、

「二ヶ月前――土方さんに連れられ屯所へ来られたばかりの頃も、あなたは毎日のようにうなされておいででした」
「・・・」
「何か悪い夢を見ていらしたようです。いつもお兄さまを繰り返し呼んで、苦しそうに叫んで・・・ この部屋の前を通りかかるたびにそんなご様子でしたから、わたくしも心配で。揺さぶって起こしたことも何度かありました」
「・・・兄さんを・・・?」

はい、と女中頭が頷く。しばらくじっとを見つめて、

「やはり覚えていらっしゃらないのですね。ええ、いつも呼んでおられましたよ。 ですが最近はそういったお声が聞こえることもなくなり、内心ほっとしていたのですが・・・」

のこめかみに滲んだ雫をハンカチでそっと押さえ取ると、女中頭は手を止める。 柔和そうな顔立ちの初老の女性は暫し何かを考え込むと、枕元へと視線を移した。
そこには畳まれた黒い隊服が置かれ、その横には、隊士の誰もに支給される一振りの刀が並んでいる。 の小さな手に合わせて誂えられた柄は、他の隊士が携えているものよりも少々細身だ。 刃の部分も細めで軽く、男に比べて腕力に欠ける彼女にも扱いやすいように鍛えられていた。 まだ傷も無く真新しい鍔元が、朝日を浴びて澄んだ光を放っている。

「先月の立て籠もり事件で、あなたは初めて現場で刀を抜かれたそうですね」
「・・・はい」
「テレビの報道で拝見しましたが、その場に居合わせただけの方が幾人も命を落とされて・・・とても痛ましい事件でしたね」

憂鬱そうに瞼を伏せたは、大きな瞳を曇らせ頷く。
忘れたくても忘れられない事件だ。その日はの初陣だった。 先陣を切る沖田の背を追い踏み込んだ時には、すでに現場は血の海だった。 あの光景を思い出しただけで、そう広くはない屋内に充満していた濃い血の匂いが鼻先に漂う。 それはただの錯覚だと判っていても、どこからともなく漂ってくるのだ。 きっとあの吐き気がするような血生臭さは、あの事件の記憶と共にあたしの身体にこびりついてしまっているんだろう。 だったらこの錯覚の匂いは、一生消えることがないのかもしれない。 見も知らぬ男たちを言われるままに斬っていた頃の記憶と重く圧し掛かってくる後悔の念が、あたしの中から一生消えてくれそうにないのと同じように。

「覚えていらっしゃいますか。あの現場の最前線で奮闘なさったあなたは、その夜熱を出されました。 次の朝も熱が引かず、心配された沖田さんとわたくしは一日休むようにとお引き止めしましたね。 それでも無理をして任務に就かれて、暫くの間体調を崩し気味で・・・ちょうどあの頃からです。 あなたの表情が曇りがちになったのも、また夢にうなされ始めたのも」
「・・・・・・っ」

何も言えずに女中頭を見つめたは、泣き腫らした瞳を戸惑いに揺らす。 萎れきった表情で掛け布団の中に顔を埋めれば、さん、と穏やかな声に呼び掛けられた。 しかし再び脳裏に甦ってきた悪夢に怯え唇を震わせていた彼女は、どうしても顔を上げられなかった。

「あなたが抱えているご事情を、あれこれと詮索するつもりはありません。 けれどわたくしは常日頃から、屯所の皆さんを我が子と思いお世話しております。 親というものは子が幾つになろうと子供の心配をいたしますし、ましてやその子が体調を崩していれば黙って見過ごせないものなのです」

の刀を見つめながら女中頭はゆっくりと語り、布団に隠れて顔を見せない娘のほうへと視線を移す。
温かく慈愛に満ちた母の手が、小刻みに震えるの肩をそうっと撫でた。

さん。あなたは、あれを手にするのがお辛いのではないですか。剣を手にすることに、迷いや不安を感じていらっしゃるのでは」
「・・・・・・っ」

唇を噛みしめ背中を丸めて、湧き上がってくる嗚咽をこらえる。
女中頭の問いかけに答えられない自分が――こんなに親身になってくれる人に何一つ明かせない自分が、申し訳なくて嫌になってしまう。 この人の心遣いには幾度となく励まされ、救われてきたというのに。
(誰が何を尋ねても喋ろうとしない、身元不明で得体のしれない不審な娘。)
土方さんに拾われて屯所で保護された頃のあたしを、屯所中の誰もがそう感じていたはずだ。 記憶の一部を失くすほど憔悴していたとはいえ、気味が悪いと厭われても仕方がない態度に見えたはず。 自分でもそう思うくらいなのに、そんな娘に嫌な顔ひとつせず接してくれて、根気よく面倒を見てくれたのがこの人だった。 今も心から心配してくれているのだろう。 思い詰めている様子を見るに見兼ねて、口にした問いかけだったのだろう。けれど――

「・・・・・・わかりません・・・」

そうつぶやくのが精一杯で、は涙を溢れさせた目をきつく瞑る。
瞼の裏には夢で見た焔の色と兄の姿がまだ焼き付いていて、陽炎のようにゆらゆらと儚く揺れ動いていた。






 #03




「あー?何だって?聞こえねぇなぁ、もう一遍言え。・・・ああ、いや、ちょっと待て、
――おい、あれが邪魔だ、片付けろ。潰れた連中ごと下に落とせ!」

舞台を指した彼の命令に「へーい!」と即答した手下たちが、オーケストラピットの左端に設置された階段をばたばたと駆け上っていく。 落下したスポットライトと、その直撃を受け圧死したオペラ歌手たちの無残な亡骸。 きらびやかな衣装に身を包んだ出演者たちの姿を眩しく輝かせていた照明灯は、彼らを襲った賊の手により無遠慮に押され、床が血で赤黒く染め尽くされた舞台上から乱暴に蹴り落されていった。 鋼鉄のレールで連結された全長10メートルほどの照明装置が、どぉん、とホール中を震わす轟音を上げて真下のオーケストラピットに沈み込む。 粉々に砕けて血にまみれた照明灯のガラスのかけらが、赤く光る砂粒のように遺骸の上へと降り注いだ。

二時間ほど前までは異国の歌劇が上演されていた華やかな劇場の大ホール内は、今や至る所に遺体が転がり地獄の様相を呈していた。
襲撃直後にほとんどの光源が落ちた広い空間は、子分たちに運ばせた発電機で照明を点けた今も薄暗い。 吐き気がするような異臭を立ち昇らせる観客席は、右目の視力が無いに等しい彼の視界には、江戸中心街の真下で蟻の巣状に広がる昼でも暗い地下街のように映った。 同じく地中に張り巡らされている排水路からの腐臭に、これと似た匂いが混じっているせいだろうか。 左目に装着した義眼のスコープで焦点を合わせ、さらに光度センサーも作動させれば、どの列にも血みどろの遺体が倒れ伏し、どの通路にも人が物のように転がる様が見て取れるが。
靴の踵が沈み込むほど分厚く、いかにも値が張りそうな白い絨毯が敷かれた観客席の中央通路。
総重量百数十キロを超えるキャタピラ付きの砲台が、腹から内臓をぶちまけた女の身体を容赦なく砕きながら移動していく。 すり潰した臓物の赤黒い跡を引きながら牽引されるガトリング砲と、昨日行った飲み屋の女にぼったくられた、などと気楽な話題で盛り上がりつつ砲台を押す子分たち。 そんな景色を横目に眺めてから、彼は耳に押しつけた携帯に向けて「おう待たせたな、で、何だって」と酒嗄れした声を張り上げた。

「ん?運転手?運転手がどうしたって?あぁ?・・・いやだからな、お前の声がさっぱり聞こえねぇんだって! こっちは音が煩すぎてよー」
「兄貴ー、ロビーから伝令が来たぜー。サツどもが増えて旗色が悪い、こっちに大砲貸してくれだとよー」
「けっ、玄関突破されて30分でもう泣き言かぁ?これだから黒鉄の下っ端どもは」

頼りになる助っ人だぜ、と深い傷跡が刻まれた顔の右半分を不気味に歪めて失笑すると、彼は背後を振り向いた。
ホールを縦に二分する中央通路の行き止まり。彼が視線を注いだそこは、観客用の入場扉だ。
分厚く重い防音扉には、舞台袖に置かれていた劇中用の大道具を幾つも立て掛けてある。警察の侵入を防ぐための、いわば即席のバリケードだ。 あのバリケードの向こうで警察との攻防戦を繰り返している奴の多くが、今回の助っ人として手配した黒鉄組傘下の三下ども。 奴等には充分すぎる数の武器弾薬を与えているが、相手は装備が豊富で統率のとれた警察の部隊、しかも相手側の駒数は時間を追うごとに増える一方だった。 圧倒的な人数の差が形成されていくこれからは、攻めるどころか防戦も追いつかなくなるだろう。 となればどちらに軍配が上がりそうか、自分がどれだけ危うい場に配置されたか、いかに黒鉄組の三下どもが間抜けでも想像がつくというものだ。 奴等はようやく助っ人である自分たちが最前線に置かれた意味を悟り、刻一刻と劣勢へ転じていく戦況に焦り慄き始めたらしい。 皮張りのソファだの金のテーブルだので隠された分厚い防音扉の向こうでは、どいつも全身に冷や汗を流しながら無闇に銃を乱射していそうだが――

「どうします兄貴。あいつらに貸してやるんですか、ガ・・・ガト・・・?兄貴ぃ、何でしたっけあのゴツい大砲」
「ガトリング砲だ。貸すわけねーだろ。あれは整備が面倒な最新式だぜ、ドスとチャカしか握ったことがねぇ連中に扱えるかよ」

「兄貴ー!聞いてますか兄貴ー」と携帯からしつこく呼びかけてくる声を聞こえないふりでやり過ごしながら、彼は子分の一人に答えた。 どどど、どどどどど、と絶え間なく扉を震わせているロビーでの銃撃戦の振動は、黒のエンジニアブーツで固めた彼の足許まで届いている。 扉の向こうの騒音から読み取る限り、大半の奴がまだなんとか粘っているらしい。
この調子で、せめてあと20分――いや、最低でも30分。
頼むからそのくれぇは凌いでくれよ、と念じつつ、彼は正面に位置する入場扉を睨みつけた。 外の連中を雇うための前金として、黒鉄組本部には異星人のジジイどもからせしめた軍資金から相応の額を支払っている。 せめてあいつらには、あの前金に見合う働きをしてほしいところだ。 「おい弾切れだ、お前が行け」「冗談じゃねぇ、てめえが出ろ!」などという殺気立った罵り合いの声がたまに扉を突き抜けてくるあたり、「この調子であと20分」どころか、戦況はすでに末期的な混乱を来しているようだが。 まあいい、と彼は刺青が入った太い喉元をぼりぼりと掻きつつ独り言を漏らす。 ガトリング砲が十人がかりで運び上げられようとしている舞台のほうへと向き直った。
「仕方ねぇ、お前ら加勢に行ってやれ」
オーケストラピット前で待機していた数人に目で合図し、ロビーでの激しい銃撃戦の振動に揺れる家具のバリケードを顎で指す。 子分たちは即座に顔を見合わせ腰に提げていた銃をそれぞれに手に取り、通路の途中にある階段を駆け上がって入場扉を目指す。 扉の中央に立て掛けられたソファを避けると、薄く開けた扉の隙間から身を滑らせるようにして出ていった。

「・・・フン、だから黒鉄は信用ならねぇんだ。使えねぇ雑魚ばっか寄越しやがって」

砲撃で全身を蜂の巣にされた年増女が横たわる観客席の足許を蹴りつけ、唸るように吐き捨てる。 とはいえ、口調ほどに苛立ってはいない。 ロビーで狼狽えている雑魚どもと違い、警察を相手に苦戦を強いられる状況は元より想定済みだった。 黒鉄組が寄越した助っ人が揃って役立たずばかりでも、そのせいで予定外な人員を割くことになっても、彼が立てた襲撃計画に致命的な狂いは生じない。
それに――ものは考えようってもんだ。 腰抜け揃いな黒鉄の下っ端どもは確かに足手まといの役立たずだが、だからといって何の役にも立たないわけではない。 雇用主に指図しやがったあの連中がどいつもクソで使えないおかげで、俺の手を煩わせる「最後の後始末」が少しは減ってくれそうだ。
表情には一切出すことなく冷淡な計算を弾き出しつつ、再び携帯を左の耳に押し当てる。 高めに上げた左肩との間に挟むようにして固定すると、腰元に捻じ込んだ拳銃を引き抜く。 空になった弾倉を外して放れば、背後の血溜まりからぱしゃっと赤黒い飛沫が跳ねた。 懐から探り出した替えのカートリッジをがちゃがちゃと手荒に差し込みながら、「おう、待たせたな」と通話中の子分に呼びかける。

「・・・ああー?この歌かぁ?酷でぇ音だろ、二階の見張りに何か鳴らしとけっつったらこれだ。 こういった音は嫌いじゃねぇが、ここまで鳴り響いちまうといただけねぇな」

客席の足許に転がる下駄。楽団員が演奏に使う歌劇の譜面。
血みどろに汚れた下駄、銃弾にぶち抜かれた女物のバッグ。踏まれて割れた携帯電話、撃たれて千切れ飛んだらしい誰かの指。 血みどろに染まった上半身を客席に投げ出し、でっぷり肥えた下半身は通路に投げ出して絶命したオヤジの足。
歩みを妨げる汚らしい障害物を適当に蹴散らしながら、彼は一直線に舞台へと歩く。

「・・・はは、まったくだぜ。 何しろここは、幕府が無駄金注ぎ込んでおっ立てた国一番の大劇場さまだからな。 音の鳴りが良すぎて内緒話も出来ねぇときてやがる」

左右の壁に数台ずつ埋め込まれたスピーカーを睨みつけながら愚痴り、通路に四肢を投げ出した華奢な遺体――年幼い少年の後ろ首を片手でぐいと鷲掴む。 そのまま五指に力を籠めれば寒気が湧くような音が鳴り、細い頸部はたいした手応えもなくぐしゃりと潰れた。
首が不自然に折れ曲がったせいで壊れた人形のようにも見える遺体は、ぶんっ、とそのまま天井近くまで放り投げられ、一瞬後にはホール右端の客席に激突。 落下地点の傍にいた子分たちが突然の衝撃に驚き振り返ったが、彼がそちらに目を向けることはなかった。 舞台上で大砲の砲身交換を行う子分たちのおぼつかない仕事ぶりに目を配りつつ、ところどころに黒い血溜まりが出来た絨毯を踏みしめさらに進む。 しかし途中で立ち止まり、ん、と眉間を狭めて唸る。
ぼとり、とやわらかい何かが落下してきたような重みを不意に靴先に感じたせいだ。 真下を見下ろし、彼はぎりっと音が鳴るほどに歯噛みする。 目に飛び込んできたのは、思わず唾を吐き捨ててしまうほど不愉快な事態だった。 2年かけてようやく履きこなれ、良い風合いが出てきた上物の黒革のブーツの先に、筋張った血塗れの手が乗っている。 老人の手。彼等が持ち込んだガトリング砲の爆撃で深手を負い、床に這いつくばり痛みにのたうち回っている死にぞこないの爺さんの手だ。 灰色の髪を血に染めた燕尾服姿のその爺さんは、舞台と観客席に挟まれた半地下部分の手前で倒れ伏していた。 うぅ…、と弱々しく呻いた老いぼれの指が、最後の力を振り絞るようにして彼の靴先を握り締める。 苦しそうに悶絶しながら寝返りを打てば、ひゅうひゅうと呼気が漏れる口からこぽりと鮮血が溢れ出た。 歌劇の伴奏をしていた演奏者の一人らしい。 見れば爺さんが転がる奥には同じ服装の男と黒のドレス姿の女数人が倒れており、彼にはあまり馴染みのない異国の楽器や楽譜が散乱していた。 砲弾から逃れようと舞台裏へ繋がる通用口へと殺到したのか、狭いピット内に隙間なく配置された椅子や譜面立て、大きな楽器などを巻き込んだ屍の山も築かれている。
老人はすでに意識を失いかけているようだ。この様子だ、目も見えてねぇだろう。
「ちょっと待ってろ」と携帯の通話相手に命じながら、彼は足許に縋る爺さんを睨む。 びくびくと弱々しく痙攣する手に、この期に及んでまだかすかな力が籠められているあたりが腹立たしい。 黄色っぽく濁った瞳からは涙が流れ焦点が合っておらず、ほんのわずかな生気すら宿っていない。 このホール内の惨状も、先に逝った楽団の仲間の亡骸も、冷えきった目つきで自分を見据える男の姿も映っていなさそうだ。
(保ってあと数分、てとこか。)
多くの人間の死に様を見てきた彼の目は、老人の命の残量に対する見積もりをほんの数秒で導き出した。 どうしてなのかは知らないが、どいつも皆そうだった。すぐ目前まで死が迫っている人間は、どれもこのジジイと似た面になる。 十代の終わりを過ごした戦場でも、そこで瀕死の重傷を負って野戦病院に収容された頃も、シケたヤクザの組織に飼われていた頃も、大勢の子分を率いる賊の首領となってからも――彼の前で命を落とした奴等は、どれもこんな顔をしていた。 例外など一度として見たことがない。 栄耀栄華を極めた大金持ちだろうと、貧乏人や社会的弱者の救済に生涯を捧げた聖人君子だろうと、彼が注文したガトリング砲に相場の二倍値を吹っ掛けたために口に銃口を突っ込まれ、無様に泣き喚いて命乞いする羽目になった業突く張りの武器商人だろうと同じ。 どいつも最期はこれと同じ顔を晒し、同じ結末を辿っていく。 一か月前に強盗に入った店で射殺した店員の女たちも同じなら、そいつらを嘲笑いながら撃っている最中に流れ弾で頭をぶち抜かれたシャブ中の弟分も同じだった。 どんな善人であれどんなクズであれ、最期の最期はなぜか揃ってこんな顔つきになるのだから皮肉なものだ。 まぁ、生きてるうちは幸不幸の差があってもせめて最期くれぇは平等に、ってのが天上の神様とやらの采配なのかもしれねぇが――
虚しいもんだぜ。俺もいつかはこの爺さんみてぇな、涙だの涎だの垂れ流しただらしのねぇ面でくたばるのかねぇ。
そんなことを考えて感覚がほとんど無い右の瞼をひくつかせながら、手にした銃の安全装置を外す。耳元に挟んだ携帯に呼びかけた。

「――で、車の中の奴等がどうしたって?・・・あぁ?やっぱ聞こえねぇなぁ、もう一遍言え」
「兄貴ー、砲身の交換終わりましたぁ!次はどうしやすかぁ」

爆煙の煤で薄汚れた顔を拭いながら、舞台上に立つ砲手役の弟分が大声で尋ねてくる。
大きく分厚い身体を屈めて老人を覗き込んでいた彼は、ちっ、と大きく舌打ちを鳴らす。 座席のシート部分に掛けた脚を立て直し、舞台上をぎろりと睨んだ。

「あぁ!?んなもん決まってんだろ次は弾の装填だろうが、弾帯の箱はどうした、ありったけ持ってこい!」

ホール中の空気を震わせるようなダミ声で怒鳴りつければ、砲手役の傍にいた新入りの少年二人がぎょっとした表情で固まった。 罵倒された当人の砲手役はといえば、「さすが兄貴だ、おっかねぇなぁ、チビりそうだぜ」と気にした風もなく笑っているが。 砲手役は少年二人の脚を蹴りつけると「おらてめえらボケっとしてんじゃねぇ、さっさとタマ持って来い!」と声を荒げ、場慣れしていない新入り二人はあわてて舞台から飛び降りる。 観客席後方に積んだ金属製の箱の山を目指し、おたおたと慌ててすっ飛んでいった。 その様子を横目に眺めながら老人の頭頂部にぐいと銃口を押し付けた彼は、はっ、と面白くもなさそうに鼻で笑う。
「・・・ったく、そのくれーのこたぁ言われなくともわかんだろうが」
呆れたように言いながら撃鉄を押し上げ、何の躊躇いも無く引き鉄を引く。
一発、二発、三発。
短く鋭い銃声が、擂鉢状の大きなホールの高い天井に吸い込まれていく。 愛用する45口径銃は、威力も大きいが撃った瞬間の反動も大きい。 9ミリ銃さえ持て余している子分たちなら銃口がぐんと跳ね上がり、弾道も跳ね上がってしまうだろうが、分厚い筋肉を浮き上がらせた彼の腕は容易くその衝撃を押さえ込んだ。
金の薬莢の三つ目が彼の手許で跳ねた頃には、老人の頭蓋は上半分が割れ、そこからどろりと溢れた鮮血と臓物は、蔦模様の分厚い絨毯にぐちゃぐちゃに撒き散らされていた。 それでも老人の手はブーツを掴んだままで、彼の足を離そうとしない。 おかげで生々しい匂いを放つ血の飛沫や脂っこそうな臓物、桃色の肉の欠片が靴先にべっとりと飛び散ってしまっていた。
鬱陶しくしがみついた指先を睨みつけて再びぎりっと歯噛みすると、彼は不愉快そうに老人の手を蹴り払う。
ブーツに付着した汚れは観客席の椅子の足元に擦りつけ、やれやれ、と嘆かわしげな溜め息混じりに口を開いた。

「どいつもこいつも俺頼みかよ、まったく世話のかかる弟どもだぜ。 たまには頭使って兄貴に楽させようって気にならねぇのかぁ?」
「いやぁ、そいつは無理ってもんですぜ。俺らがいくら頭使ったところで兄貴の足引っ張るのがオチだ」

荷台を押しながら彼の傍を通った古株の子分が、げらげらと笑いながら口を挟む。
三人がかりで押される荷台には、茶色く錆びた大箱が二つ。ガトリング砲に装填する弾帯の箱だ。 荷台が舞台の前へ着けば、周囲の数人が寄っていく。 金属製の帯で連結された銃弾の束を舞台上まで運ぶリレーが始まると、舞台上に立つ砲手役の男が「そうそう」と軽い調子で相槌を打って、

「足りねぇ頭で考えるよりは、頭空っぽにして兄貴に従ってるほうが百倍上手くいくしよー」
「そうですぜ兄貴。悪りいけど俺達ぁ好きなように暴れるのが性に合ってるんで、小難しいこたぁ利口な兄貴にお任せします」

荷台を運んできた奴がおどけた調子でそう言えば、舞台上の奴等からも、ホール中央に立つ彼の周囲で指示を待っている奴等からも、客席後部で入場口を見張っている数人からもどっと笑いが湧き起こる。 彼が振り向き背後を見れば、どの顔も「その通りだぜ」とでも思っていそうな気楽そうな顔で笑っていた。 どいつの手にも鈍器や刀が握られ血が滴り、やけに明るく笑う顔にも赤黒い返り血が滴っている。
(・・・まったく、どいつも無邪気な面しやがって。 いくら頭空にして暴れんのが好きとはいえ、百人単位でぶち殺しといてその面はねぇだろ。)
自分を取り巻く子分たちをひととおり見回した彼は、灰色の義眼を入れた目許を乾いた笑みに歪ませる。 最初のうちは強盗や襲撃を命じても尻込みするばかりだった暴走族上がりの若者たちは、彼の手引きで手当たり次第の殺戮を繰り返すうちに、心身ともに人殺し稼業に慣れきっていった。 この鼻が曲がりそうな強烈な血の匂いにも、ざっと見渡しただけで百体以上の遺体が散乱するホール内の異常さにも、本人たちが思う以上に無関心になっている。

どうして奴等がこうも頭を空にしていられるかといえば――そりゃあ決まってる。
地元でイキがっているのがせいぜいだったこいつらを、江戸で最も名が売れた盗賊団にまでのし上げた俺を信じきっているからだ。 奴等はどんな苦境に立たされても必ずこう言う。「兄貴に任せておけば間違いねぇ。俺たちは無敵だ、俺たちは自由だ」と。 そして、事あるたびにこんな台詞を口にする。「何にも囚われず好きなように暴れて、やりたいようにやっていくのが俺達の流儀だ」と。 正気かてめえら、と頭の中身を疑いたくなる箍の外れた思考回路だが、正気の沙汰とは思えないこのイカれた言い分が、奴等にとっては絶対の不文律であるらしい。 奴等は今や本気で俺を信じきっていて、いつだって当然のように俺に全権を委ねてくる。 奴等が信じる一味の頭がどこで何をしてきた男なのかも知らないままで、盲目の信頼を寄せてくる。
(国一番の劇場で無差別大量殺人に興じた自分たちの身の安全なら、兄貴に任せておけば大丈夫だ。)
(きっといつものように上手く逃がしてくれるはずだ。)
(この襲撃が終わった後で舞い込むはずの報酬も、一味の頭である兄貴が簡単に分捕ってくるはずだ。)
――たまに不思議になるほどだ。あいつらの目に、現実の俺はまともに映っているんだろうか。
いや、俺に限らずか。奴等はきっと何一つまともに見ていない。
今だって周りの状況など見たがらず、自分では何も考えたがらず、自分に都合の悪いすべてから耳を塞ぎ、とにかく自分を肯定したがっている。 そのために「俺たちは無敵だ」などと自分を鼓舞し、「俺たちは自由だ」などと拳を振り上げ叫びながら、似たような境遇の似たようなクズと群れて離れたがらない。 羽振りはいいが正体不明な賊の頭の口車にいつのまにか乗せられ、一生を獄中で送れるくらいの重い罪状をいつのまにか稼ぎ出し、それでもまだ危ない綱渡りを繰り返させられている今の自分は決して直視したがらない。

――ひとたび我に返ってみれば焦燥と不安が噴き出してくるだけの自分と、決して目を合わせないために。 このホール中の至る所に落ちている薄汚いゴミ同然な、自分の現実から目を背けるために――


「それでどうします、この砲台。適当に置いちまったけど位置はここでいいんですか」

そう尋ねてきた砲手役が、舞台の手前に据え付けられた鉛色の大砲をぱんぱんと叩く。 彼は舞台に駆け上がりつつ、短銃の先で弾帯を指した。

「後で指示する、とりあえず装填しとけ。ああ、くれぐれもそいつを床に下ろすんじゃねぇぞ、汚れると弾が詰まる。 それとあれだ、あれ。あのバカデケぇ音をどうにかしねぇとな」

早口に指示を出してから、観客席後方へと振り返る。
ステージから見て真正面、壁面のやや上方に位置する前面ガラス張りの部屋。 大きな卓状の機械がずらりと並ぶそこはガラスも大破し、中の様子が鮮明に見えた。 突入とほぼ同時で占拠したその部屋――二階の音響調整室には見張りを二人置いていたし、周囲の通路や階段にも手下たちを配置していたが、ほんの少し目を離した隙に警察の手に落ちたらしい。 現場を見ていた訳ではないが、あそこからマイクを使ってこちらに呼びかけ、「死出の花道を飾ってやる」などと大言を吐いた黒服の小僧の仕業だろう。 そういえばホール中にぐわんぐわんと歪んだ響きで反響している、この耳が割れそうな大音量も奴のせいだ。
荒々しいバンドアンサンブルと怒鳴るような男の歌声をエンドレスリピートで吐き出し続ける、舞台の左右に配置された巨大なスピーカー。 それらを交互に、ひどく鬱陶しそうに眺めた彼は、銃を握る右手で灰色の短髪をがしがしと掻く。鼓膜が破れそうなほどのドラムの爆音に眉を顰めた。

「・・・はっ、面白れぇなあのガキ。面のわりにいい性格してやがるじゃねぇか」

たしか「一番隊隊長」だのと名乗っていたが――ガキのおふざけにしちゃあ悪辣というか、なかなか嫌な手を使ってきやがる。 この音のおかげで、ちょっとした指示を出すにもいちいちがなり立てなきゃならねぇ。 激しい耳鳴りや頭痛を起こして立っていられなくなり、顔を青くして客席にへたり込む子分まで出てくる始末だ。 さて、どうやって音を止めるか。 スピーカーを片っ端からぶっ壊しちまうか、と彼は一瞬考えたが、生憎と場内に設置されたスピーカーの数はそれなりに多い。 大きなものだけでも舞台上に2機、左右それぞれの壁面に等間隔で5機ずつ。 他にも場内アナウンス用だろうか、天井近くに小さなサイズの黒い箱が等間隔に幾つもぶら下がっている。 あれを全て潰すために、残弾に限りがあるガトリング砲を使う、…なんて案は考えるまでもなく愚策だ。 他に何か――もっと楽で手っ取り早い方法は――
「兄貴ー、二階の見張りに持たせた携帯、どれも繋がりません!」
そこへ声を掛けてきたのは、二階に配置した連中に繋ぎをつけるよう命じておいた奴だ。 舞台袖を隠すカーテンの影から顔を見せたそいつは二台の携帯を握っており、大音量が頭に響いてたまらないのか、その携帯で耳を押さえて駆けてくる。

「さっき新入りに様子を見に行かせたんですが、そいつも戻って来ねぇんです。どうも真選組にやられたようで」
「例の爺さんはどうした」

すると傍で控えていた一人が「あの奥です」と、音響調整室の右奥を指し示してきた。
暫く目を離していた間に、小僧は奥へ姿を隠したらしい。 彼は舞台の最奥へ向かい、そこへ設置された大きな舞台装置――裏側が階段になっている、白いバルコニーのセットを駆け上がった。 建物の二階に相当する高さの窓から、ホール後部の壁面に張り付いたような外観の部屋に視線を注ぐ。 硝子が砕けた窓の辺りには誰の姿もない。大きな机のような形状のミキサー卓が幾つも並んでいる辺りも同じ。 そこから奥へと目を移し、彼はにやりとほくそ笑んだ。見つけた。さっきの小僧と、もう一人。 宇宙の果てからやって来たジジイどもに見せられた、ホログラム映像と同じ顔だ。
褐色の肌に白い髭、骨と皮だけで出来ていそうな痩身。足元まで包み隠す灰色の民族衣装。
どちらかを必ず拘束しろと命じられている対象の片割れ。 出来れば生け捕りにしてほしい、と依頼主から口酸っぱく言われている、二階で捕らえたはずの爺さんだ。 アンプか何かの音響機器らしき黒い箱の影で、奴等は顔を突き合わせて何か話し合っている。 窓からやや身を乗り出す格好で観察していると、小僧はこちらの視線に気づいたらしい。 生意気そうな薄笑いで振り向いた女面を眺めるうちに、振り向いた少年の向こうで何かが動く。 彼はそこへと意識を集め、宇宙で手に入れた電子制御式の義眼が発揮する視力全てを傾けた。 ガキの向こうに、さっきは見えなかった姿を二つ発見したせいだ。
どちらも黒い制服を着ている。あれも真選組の奴か。男が一人、女が一人。 女顔の小僧ほどではないが、どちらも若い。 そうして観察しているうちに、彼は二人のうちの一人――髪の長い女のほうに目を留めた。 爺さんの足許で跪いた女の顔つきを暫くまじまじと注視し、「おぉ」とつぶやく。
(・・・へぇ、こりゃあ驚いた。
まさかここで、あれにお目にかかれるとはな。しかもあの女、とんでもなく予想外なナリしてやがる。)
驚いた彼はかろうじて動く左の瞼を何度か瞬かせ、足許がみしみし軋む頼りない木板製のセットから分厚い上半身を大きく乗り出そうとする。 しかしその瞬間、「兄貴、まだですか」と携帯から焦った声の催促が入った。 その存在すら忘れかけていた通話相手に邪魔をされてしまい、灰色の眉をきつく吊り上げて肩に挟んだ携帯を見下ろす。

「おう悪い、待たせたな。 ・・・んー?何だって?やっぱ聞こえねえってお前の声、もう一遍・・・あぁ?救急隊員がどいつも暴れて煩せぇ? 何だそりゃあ、お前なぁ、・・・・・・ん?そういやぁ・・・・・・ああ、いや、こっちの話だ」

外で行動中の子分の話を聞くうちに、彼はこの舞台に上がった本来の目的をふと思い出した。 気になる女の様子はもう少し確かめておきたかったが、仕方なくバルコニーを駆け降りる。
照明装置や遺体を下へ落としてスペースを空けた、舞台の中央。
たった数歩で辿り着いたそこで、彼は注意深く床を見据えた。 子分の話に相槌を打ちつつ、だん、だんっ、と血染めの床を強く踏みしめては靴音を鳴らす。 そこを中心にした半径1メートル足らずの位置も同じように踏み鳴らしていったが、途中で急に顔を顰めて足を止めた。 「はぁ!?」と携帯に向けて呆れきった声を上げて、

「お前ら、車の中にいた奴らをまだ生かしてんのか? 何やってんだよ言っただろうが、邪魔な奴は・・・ああそうだ、怪我人だけじゃねぇ。そこに乗ってる奴全員、息の根止めろ」

殺った奴から適当に放り捨てていけ。
そう指示してすぐに切ろうとしたのだが、面倒なことにそうもいかなかった。 子分はまだ何か不安に感じているらしく、あれこれとつまらない質問ばかり繰り返す。なかなか電話を切ろうとしない。 そんな様子を疎ましく思いながらも、彼はしばらく黙って話を聞いてやった。 ようやく向こうの声が途切れたところで、笑い混じりの砕けた口調で話しかける。

「判った判った、言い分はよく判ったぜ。けどよーそこまで疑われるとはなぁ、情けねぇなぁ。 まさかとは思うがお前、まだ俺を信じてねぇのか?」

なぁ、これまで俺に任せて駄目だったことが一度でもあったかよ。
声を低めてそう言ってやれば、途端に怯んで言い澱んだような向こうの気配が伝わってきた。

「・・・ああ、判ってんならいいさ。外の奴らとはもう合流したな? ・・・・・・ああ、ならいい。この仕事の成功はお前らに懸かってんだ、サツなんざ軽く吹き飛ばしてこい。 お前らが首尾よくやり遂げれさえすれば、後は耄碌ジジイどもの用意した船で宇宙へ高飛びするだけだ」

じゃあな、とだけつぶやくと、一方的に通話を切る。 うんざりしたような苦い顔で肩を落とし、耳元から滑り落ちてきた携帯を受け止め腰元に手荒く突っ込んだ。
通話時間は2、3分ほど。危ないところだ。 この劇場がすでに警察に包囲されている以上、俺たちの携帯の回線もそろそろ奴等に拾われ始めるはず。 会話の内容まで傍受されては、いくら意味のない無駄話でも命取りになりかねない。 こんなこたぁ悪党の道に足を突っ込んだ輩にとっては常識中の常識、…というか、ガキでもちょっと頭を捻れば判ることだ。 ところが不幸にもというか幸いにもというか、生憎と俺の元に集った「弟分」たちは、そんなことにすら考えが及ばない奴ばかりときている。 こいつらは総じて怠惰で何かといえば人任せで、よほど危険な状況に陥らない限りは自分の頭を使いたがらない。 滅多に頭を使いたがらないこいつらは他人のことはとやかく言いたがるが、肝心な自分のことについてはろくに考えた試しがない。 自由になりたいと口癖のように言ってはいるが、肝心の自由の在り方については明確な定義など持ち得ないだろう。 そのせいか奴等の大半が大きな思い違いをしていて、その思い違いを宗教的な教義のように仕立て上げ、無邪気に信じ込んでいる。
『自由にやりたい、自由に生きたい、俺たちの邪魔をする奴はぶっ潰してやる』
こいつらは暇さえあれば、そんなことを声高に息巻く。 だが奴等を真の自由から遠ざけている敵は、実は頭の中で曖昧に仮想している他者などではない。 それどころか、こいつらにはぶっ潰すことなど出来ない相手のはずだ。 奴等が自由になりたいと願っているのは――解放されたいと願っているのは、奴等を不要なはみ出し者扱いしている社会からではない。 はみ出し者のこいつらを見捨てた身内からでもない。 こいつらが毎日のように目にしている奴。 ふと鏡を目にした瞬間に、同じタイミングで自分を見返してくる相手。 社会に疎外され身内の誰からも必要とされておらず、誰にも相手にされない厄介者。 つまり、当の本人の自分ですらまともに向き合いたくないと感じている、クズのような自分からだ。
――間抜けな話だ。間抜けな奴等だ。憐れすぎて笑う気にもなれねぇな。
乾ききった心の底ではそう思い、わずかな同情まで感じておきながら、感覚の無い顔の右半分を奇妙に引き攣らせた不気味な薄笑いを彼は浮かべる。 自分を排除した不特定多数の他者からではない。 異国の侵略を受けても何の屈辱も感じずにのうのうと暮らす奴等が蔓延る、このどうしようもなくお目出度い街からでもない。 こいつらは自分自身から――自分そのものから自由になりたいのだ。 この国の体制や社会秩序から解き放たれたいようなことを言うが、実際はこの街のすべてから見放されるほどのクズとなり果てた自分自身の、どうにもならない現実からケツをまくって逃げ出したがっているだけだ。

「――どうしたんです兄貴、床眺めて黙りこくっちまって」
「ああ、どこにしようかと思ってな。砲身の交換も済んだことだし、試し撃ちする場所を決めねぇとな」

兄貴分の挙動を不思議そうに見ていた子分の一人に尋ねられ、彼は床を見下ろしたまま答える。 やがて顔を上げ、子分たちと鉛色の砲台が待つ舞台前方へ禍々しい笑みを投げかけた。










「――ええ、そうです、爺さんは右足を負傷。今うちの隊の奴が手当してます、どうぞー」
『そこから動けそうか侍従長殿は、どうぞー』
「さっきはそこそこ歩けてたし、大丈夫じゃねーですか。 見た目よりしぶとそうなジジイだし、あの程度の出血でくたばるこたぁなさそーですぜ」

赤黒く汚れた銃や鈍器、折れた刀、切断された腕の痛みにもがき苦しむ男たちに、急所を狙った無駄の無い斬撃によって絶命した男たち。 それらがあちこちに、見渡す限りに床に転がる、劇場二階の広い廊下。
壁や天井まで血飛沫が飛び散り濃い血生臭さと硝煙の匂いが充満するその空間で、自分の足で立っている者は唯一沖田だけだった。 音響調整室を出た彼は、外で指揮を執る近藤に無線機を通して話しかけている最中だ。 救出した天人の爺さんの様子や、音響調整室から目にした大ホール内の状況。 襲撃者たちを率いる頭目らしき奴を遠目に確認したことや、爺さんの話から得た奴等の動向。 他にも緊急性と重要性が高そうなことを優先し、簡単な報告を終えたところだった。 ――ただし、彼が現在最も気に掛けていること――共に作戦行動中のが発熱しており、目に見えて具合が悪そうなことは伏せておいたが。
(姫ィさんには口止めされちまったが、せめて近藤さんには報せておくべきかねェ)
報告前にはそんな考えも過ったが、沖田は結局口にしなかった。 近藤さんの隣には多分あの男が居るはずだ。居るなら俺の報告に聞き耳を立てているだろうし、奴にバレれば俺がに恨まれちまう。
そんなことを思って面白くなさそうに薄い唇の端を下げながら、近藤が伝えてくる情報を頭に焼き付けていく。 隊服の腰ポケットにも納まる小型の機械を通すと、傍で聞けば耳にはっきりと大きく響く男の声は、ざざ、ざざ、と周期的に混ざるノイズ音で霞んで聞こえた。 言葉が聞き取れないほどではないが、どうもここは電波の入りが良くない場らしい。 話が一旦途切れたところで「ああ、そーいやぁ」と思い出し、彼はつい今しがた耳にしたばかりの爺さんの発言も付け加えた。 側部の小さなスイッチを弾いて送信から受信へと切り替えれば、無線機の向こうの近藤が「そうか、なるほどなぁ」と感慨深げに唸って、


『つまり国王様にとって、侍従長殿は実の兄に当たるってことか。 それで自ら衛星回線で兄上の救出を懇願された・・・と』
「ええ、そーいうことじゃねーんですか。 さっきの態度から察するに、国王さんがそこまでやるとは爺さんも思ってなかったみてーだけど」
『しかし妙な話だな。王様の兄上が何でまた、皇子の側近なんてやってんだ?』
「さぁねェ、どんな事情なんだか。あれから爺さんはうんともすんとも言わなくなっちまって、今も暗い面して黙りこくってまさァ。 つーか一階の制圧にいつまでかかってんです、五番隊と十番隊は」
『それが思った以上に手古摺らされちまってるらしい。 このまま向こうの弾切れ待ちってわけにもいかねーから、例のあれを源さんに頼んだんだがなぁ。どうも準備に手間がかかるらしくてな』

細けぇ気象条件だの正確な座標の打ち込みがどうこう言われたが、俺にゃ何が何やらさっぱりだ。
語尾に苦笑めいた響きが混じった近藤の声を聞きながら、沖田はふっと表情を緩める。

「なら源さんにとっとと終わらせろって言ってくだせェ、俺ぁもう腹減っちまったんで早く帰りてーや。 そーだ近藤さん、終わったら飯奢ってくだせェ。今日は焼肉が食いてーって朝から思ってたんでェ」
『――飯の話なんざする余裕があんなら一階も制圧して来い。それと総悟、お前は近藤さんに奢らせすぎだ』

近藤との会話に割り込んできたのは、無愛想で不機嫌そうで聞くだけでムカつく男の声だ。
やっぱり聞き耳立ててやがった、と沖田は嫌そうに顔を顰めた。

『おい、あれはどうしてる』
「何です、あれって」
だ。どうしてる』
なら爺さんの傍に付いてます。 今日も大活躍してますぜ姫ィさんは、二階に上がるまでに十人以上仕留めてらぁ」
『そういう話を聞いてんじゃねぇ』
「はぁ。ならどーいう話です」
『様子はどうだ。変わりはねぇか』

耳障りな甲高いノイズと重なった男の声は、落ち着き払った冷淡な口調だ。
部下として教育中の新人隊士の働きぶりを、私的な感情など何ら挟むことなく、ただ彼女の上司としての監督責任上から尋ねているだけ。 そう言わんばかりな口ぶりが癪に障った沖田は、目の前の窓から外の眺望を睨みつける。 この二階フロアを制圧した直後にも一瞬だけ目にした正門前は、その時に比べて見物人が倍増していた。 特にテレビ局など報道関係の大型車が居並ぶ周辺がひどい。大半はテレビの報道で騒ぎを知った野次馬だろうが、まさに黒山の人だかり。 参拝客が押し寄せる元旦の神社よりほんの少しマシな程度だ。 そんな正門前から数十メートルの距離を置いた劇場の玄関口前には、負傷者を収容しては慌しく発車する救急車の行列が出来ている。 その横には待機中の消防車が二台。 真選組のパトカー数台が玄関口に最も近く位置しており、端にはトレーラー型の通信車両も停められていた。
姿が見えない近藤さんやあの野郎は、あそこで指揮を執ってんのか。 『おい、聞いてんのか総悟』と痺れをきらして声を荒げた土方を平然と無視し、館内の空調が全滅したせいで白く曇った窓ガラスに背を向ける。 無線機のスイッチを受信から送信に変え、沖田はすぅっと深呼吸した。 芝居めいた空々しい口調で、廊下中に響き渡る大きな声を張り上げる。

「あれっ、土方さーん?土方さーん!・・・何でェ急に聞こえなくなっちまった、聞いてますかィ土方さーん、土方死ねコノヤロー」
『うっせぇお前が死ねクソガキ。それより何だ、聞こえねぇってのは。こっちはしっかり聞こえ』
「おーい返事しろィ土方ぁ醤油1リットル飲んで死ねコノヤロー」
『あぁ!?っっだとざっけんな、醤油1リットル飲ませて死なすぞコルぁぁぁ』

落ち着き払った口調は一瞬で崩れ、沖田の挑発にまんまと乗った土方は張り合うようにして凄んでくる。
ふ、と口許に意地の悪い笑みをひらめかせた沖田は無線機を耳から大きく離して、

「あーあーいけすかねー陰険ニコ中野郎の声も何も聞こえやしねーや、無線機が壊れちまったみてーだ」
『はぁ?ちょ、待て、まだ話は終わってねぇぞ!総――』
『つーことですいやせーん、もう切りやーす』

スピーカーからの男の声は冷静そうな外面もどこへやら、すっかり感情的だった。
――いいザマだ。こっちはてめえのせいで面白くねぇ思いをさせられたばかりだ、あんたもその調子でもっとイラつけばいいんでェ。

「・・・そんなにが気になるなら自分で確かめに来やがれ」

苛立ちも露わな表情で吐き出すように口にすると、沖田は音響調整室へと踵を返す。 壁沿いに幾つかドアが並ぶ中、そこだけ扉が無くなってしまった部屋へと踏み入った。 すると、そこに居る隊士二人―― 一番隊の新人とが一斉に振り向く。困りきったような目つきを揃って彼に向けてきた。




「 狼と踊れ #03-1 」
Caramelization *riliri 2016/09/10/     next →