「――うーん・・・、あのー。わかりましたよ?だいたいの事情はわかりましたけどー・・・」 別に飛び込み台が設置されてるわけでもないのに非常識にも高々と宙を飛んでプールに墜落した旦那たちが、 監視員のお兄さんからこってりと十数分は叱られた後。あたしたちは場所を移して、お昼前なのにもう混み始めた フードコートに来ている。 あたしの隣には、眉間にぎゅっと皺を寄せた仏頂面でテーブルに頬杖ついてる土方さん。 向かいの席には、斜め向かいに座る土方さんと顔を合わせたくないのか、そっぽを向いてソフトクリームを舐めてる旦那。 そしてその隣には、亀甲縛りのロープを外して普通の水着姿になった山田さんが。 山田さんはうっとり頬染めて旦那だけを見つめてるのに、そんな彼女を旦那は相変わらず無視してる。 ここに座ってからずっと、すっとぼけた顔で椅子にどっかり座ってソフトクリームをぺろぺろぺろ。そんな旦那に 土方さんはしびれを切らしたみたいで、旦那に代わってあれこれと、山田さんの人となりについてを説明してくれた。 職務上仕切り癖がついてるっていうか、苛々しながらもしっかり説明してくれるあたりが土方さんの律儀さだ。 おかげであたしにも、この状況のおおよそが理解出来てきたところで。 例えば―― どうして土方さんが山田さんを知ってたのか、とか。山田さんのSMプレ、 ・・・・・・・・・・・・あ、あの大胆な格好は決して旦那が山田さんに強要してる訳じゃない、ってこととか。 それだけじゃなくて、他にも色々と判ったことはあるんだけど。でも―― 「わかりましたけどー、・・・うーん、なんだかすっきりしないっていうかぁ、やっぱりわかんないんですよねぇ」 「おい。どーなってんだお前の耳は」 むにーっ。 耳たぶが伸びそうなくらい引っ張られて、あたしは横に座るひとを抗議の目で睨みつけた。 もっとも、眼光鋭く睨み返してくる顔が楽しいレジャー施設に来た人とは思えない荒みようだったから、 3秒足らずで負けを認めてつーっと視線を逸らしたんだけど。 「この女については逐一説明してやっただろーが。それともこいつはただの飾りか、引っ張りゃ外れんのか、あぁ?」 「えーっ違いますよー、ちゃんと聞いてましたよー土方さんの説明は。 だからこういうことでしょ?つまり山田さんは旦那のストー・・・、〜〜〜〜っじゃなくてっっ、ぇえとそのっ、」 途中まで言いかけて、冷たく光るレンズ越しの視線にはっとした。 山田さんが怖すぎる。くい、と眼鏡の赤いフレームを指で押し上げて、 「それ以上口にしたら殺すわよ」ってかんじの無言の圧力をかけてくる・・・・・・!! 「・・・っっつ、つまり山田さんて、ちょっと変わった愛情表現を好むところはあるけど、 ひたむきに旦那に恋する一途な乙女だってことですよねっ。ねぇ山田さんっ、そうなんでしょ・・・!?」 「ええ、まぁそんなところかしら。ねぇ、そうよね銀さん」 「んぁー・・・、まああれだわ、このメス豚の普段の生態知ったらよー、がびっくりしちまうからなー。 だから今日のところはそーいうことにしといてやるわ」 「はっ、何が乙女だ。実態は悪質ストーカー以外の何物でもねえだろ」 「んぁー、まーな。てめーんとこのケツ毛ゴリラも同レベルだけどな」 馬鹿にしきった薄笑いで付け足した旦那を、土方さんが横目に睨む。 ゴホン、と気まずそうに咳払いして、 「つーかこの女の名前は山田某とやらじゃねえぞ。・・・あー、あれだ。何つった、あんた。確か猿飛とか言ったか」 「フン、ろくに話したこともないチンピラ警察風情に気安く呼ばれたくないわ」 話しかけないで、とばかりにそっぽを向いた山田さ・・・、じゃなかった、――本名猿飛さんは、 つんと澄ました表情で顎を逸らす。大きな胸を下から持ち上げるようなポーズで腕を組んで、 「それに間違えないでちょうだい。今日からの私の正式名は猿飛・メス豚・あやめよ!」 「・・・!?」 わ・・・・わからない・・・!役所で改名申請したら間違いなく却下される名前をこんなに堂々と、 いっそ清々しいくらい誇らしげに言い切る彼女がわからない! 食べかけのアイスクリームが溶けて手までたらたら流れてくるのも放置して、あたしは知り合ってまだ二週間の バイト仲間にまじまじと見入る。目に光り輝くハートマークを宿した猿飛さんは、「私、生まれ変わったらソフトクリームに なりたいわ、そして銀さんに食べてもらうの!銀さんの舌で全身くまなくぺろぺろ舐め舐めされてとろとろに蕩かされ、っっ」 聞いたあたしが赤面しちゃうことを興奮気味に早口で語ったせいで、旦那に無言で殴られていた。 椅子から転げ落ちた猿飛さんは、それでもめげずに旦那の脚に縋りつく。 ――す、すごい。この人本物だ。まごうことなき本物、純然たるその道の人だったんだ、猿飛さんて・・・! こめかみにつーっと汗を流した土方さんも「おい。あれと目ぇ合わせんな、変態がうつる…!」って恐れ戦いた声で唸ってる。 旦那だけはこんな状況に慣れているのか、ソフトクリームのコーンをだるそうな顔してさくさく齧ってるけど。 「・・・。お前がいかに鈍かろうが、さすがに今ので判っただろ。 要はこの女、ド腐れ野郎のケツを年中無休で追い回してるド変態だ。それ以上でもそれ以下でもねえ」 うんざりしきった様子の土方さんが彼女を指して断言する。 「これ以上こんな奴とは関わりたくねぇ」って思ってそうな拒否オーラが、全身からもやもやーっと発散されてるし。 「だからー、そこじゃなくてー。そこはもうわかってるんですってばー」 「ぁんだ、これ以上何があるってんだ」 「山田さんだと思ってた人が実は猿飛さんで、旦那のことが大好きだっていうところまでは判りましたよー。 でもね、疑問はそれだけじゃないっていうかぁ・・・結局何者なんですかぁ、猿飛さんて・・・?」 ――コスプレカフェのバイト中も気になってたんだよね。 猿飛さんって、他の人とは何かが違う。 動きがさりげなく俊敏だったり、身のこなしがやけにしなやかだったり、たまに気配が無かったり。 あの身のこなし、最初は何か武芸を修めた人の訓練された動きだと思ってた。だけどそれとなく見ているうちに、 猿飛さんの動きは武術や体術の修練を積んでる人とはどこかが根本的に違う気がしてきて―― 「――前から思ってたんですよー。猿飛さんって、実はただ者じゃなさそうだなぁって。 だからね、旦那に対して一途すぎるってところは抜きにしても、なんていうか・・・普通の人とは思えないんですよねぇ」 お店での猿飛さんの様子を思い返しながら、三人に尋ねてみた。 するとなぜか、三人の表情はすうっと消えた。土方さんが妙に焦った様子でアイスコーヒーを一気飲みして、 「――あ〜〜〜〜、ま、まぁあれだ、 んなとこでいつまでも顔付き合わせてんのも何だからな、とりあえず向こうのあれでも行くか」 「そうね、来たからには楽しまないとね!じゃあさっそく泳ぎましょうか、銀さんっ」 「だな、ここは楽しまねーとな!よっしゃ行こうぜっ、」 「あ、はい。でもちょっと待ってください、まだ聞きたいことが――、っっ、ちょっと、土方さんっ」 急に二の腕を掴まれて、椅子から引っ張り上げられた。 えっ、と目を丸くしてる間に猿飛さんと旦那に後ろから押されて、 「〜〜ちょちょ、ちょっと待ってくださいっ、まだ話は終わってな」 「んなことよりよー、こんな奴ら放っといて銀さんとビーチバレーしよーぜ! 何なら別のタマ遊びでもいーんだけどぉぉ。のぽよんぽよんでスウィートなそれで銀さんの顔を ぱふぱふして遊んだりー、逆に銀さんのアレでが遊んでくれてもいーんだけどぉぉ」 「却下だ。んな薄汚ねぇタマ遊び、誰がさせるか!!」 蕩けきった笑顔の旦那を、土方さんが顔中にびしびしと青筋を浮かせて怒鳴りつける。 ぱしっ。 あたしの肩にそろそろーっと乗ってきた旦那の手を思いきり払って、 「つーかてめええぇ、ぁんだこの手は!ドサマギで触ってんじゃねえ!」 「そうよ銀さん、そんな子に触るくらいなら私に触ればいいじゃない。思う存分ぱふぱふしてもてあそべばいいじゃない!」 「黙れ変態、調子に乗ってんじゃねーぞ。あそこの飛び込み台から吊るされてーのか」 「えぇっ・・・!」 遠くに見えるプールとそこにそびえる高ーい飛び込み台を指されて、驚いた猿飛さんが立ち止まる。 途端にぽうっと頬を染めて、睫毛を伏せた色っぽい目つきで旦那に見惚れた。 白ビキニのナイスバディを両腕で抱きしめながらもじもじと腰をくねらせて、 「ひ、ひどいわ銀さん。こんな大勢の前でそんな、そんなひどいお仕置き・・・・・興奮するじゃないのぉおおおお!!」 裏返った声の大絶叫カミングアウトで、フードコートのお客さんたちが一斉に振り向く。 頭の中が真っ白になってアイスクリームを落としたあたしに、眉間を抑えてげんなりしてる土方さんがぼそりと命じた。 「おい、今日限りでこいつたぁ縁を切れ」 ・・・・・・・い、いや正直あたしも一瞬そんなこと考えたけど、それよりも・・・! 「いやあのそーじゃなくてさっきの話の続きをもっと詳しく・・・・・・、 って土方さぁん、旦那ー、猿飛さぁん!無視しないでくださいよー、ねぇっっ」 「何言ってんだ、誰も無視なんざしてねぇぞ」 「そうそう無視なんてしてねぇって、するわけねーじゃん!俺なんてむしろの声以外は耳に入ってねーからね!?」 「フン、ならその耳後で削ぎ落してやる・・・!」 「ふ、ふふふ、うふふふふ・・・!銀さんの海パン銀さんの海パン銀さんの海パン銀さんの海パ」 旦那に間近まで迫ってあーだこーだと罵声を飛ばす土方さん。そんな土方さんを罵声ごと無視してすたすた歩いていく旦那。 その赤い海パンの腰には、目を閉じた顔を幸せそうにすりつけて縋る猿飛さんが。 歩いてるだけで悪目立ちしちゃう妙な三人組に置いてきぼりにされて、あたしは口を尖らせる。 ・・・違う。この三人に上手くごまかされたような気がするのは、きっとあたしの気のせいじゃないはずだ・・・!
似 て る 二 人 の 楽 園 協 定 *2
「・・・ちょっと、二人ともいい加減にしてくださいよー。ここをどこだと思ってるんですかぁ、プールですよ?」 左右の両側から腕をぐいぐい引っ張られながら、左右にじとーっと白い目を向ける。 プールといえば――広い空間で開放的な気分になって気持ちよく水と戯れて、 和やかに和気あいあいと、きゃっきゃしながら遊ぶ場所。のはずなのに―― 「なのにおかしいですよ、こんな楽しいところでどーして喧嘩になっちゃうんですか。 二人ともここに何しに来たんですか?ていうかどーしてそんなに仲悪いんですかぁぁ!!」 左右それぞれに訴えたら、むっとした土方さんが口端をひん曲げる。旦那はへらへら笑ってる。 四人でフードコートを出てから、あたしたちは館内に十か所もあるプールやアトラクションをいくつか回った。 なのに――・・・・・・どーいうこと? ようやく楽しく遊べるはずが、まだ一度も満足に遊べてない。どこでも遊び放題の楽しい場所に来てるのに、 ぜんぜん楽しめてない。楽しむどころか空気は険悪になるばかりだ。 原因は例のあれ。いつものあれだ。顔を合わせれば喧嘩になっちゃう二人が例のごとくぶつかり合って、 どこへ行っても張り合おうとするから・・・! 特に旦那が何かしようとすると、土方さんがあらゆる手を使って阻止したがるから頭が痛い。みんなであの大きな滑り台に 昇れば、あたしと一緒に滑りたがる旦那を「ざっけんな!」って滑り台の天辺から突き落とすし。 じゃあ泳ごうか、ってことになってプールに入れば、深く潜って旦那の足を引っ張って溺れさせようとするし。 それなら、とプールを出てビーチバレーを始めれば、わざとボールを蹴り割るし! 「いいっ土方さんっ、今度旦那に喧嘩ふっかけたらもうレッドカードだから!退場だから!」 「びーびー喚くな、煩せぇぞ。次は黙って付き合やぁいいんだろ」 「けけっ、叱られてやんのー。おいおいどーしたよ土方くーん。鬼の副長ともあろう奴が形無しじゃねえか、あぁ?」 「旦那もですっ!ていうか二人とも離してくださいよっ、そんなに引っ張られたら腕痛いぃ!」 「ああ、すぐに離してやる。そこの天パ馬鹿が先に離しやがったらな」 「そーそー、すぐ離すって。ニコチン切れでイラついてるそこのマヨラーが離したらなー」 ほぼ同時で喋り始めた二人が、あたしを挟んでばちばちと視線の火花を散らす。さっきからこれの繰り返しだ。 二人の馬鹿力さんから引っ張られてみしみし言ってるあたしの腕は、今にも悲鳴を上げて泣き出しそうな状態。 もうやめて!って頬を膨らませて目配せしたら、土方さんはあたしの右手首を握り潰す気じゃないかってくらいに ぎゅぎゅーっと力を籠めてくる。違うぅ、そーじゃなくて!! 「〜〜〜〜ひ、土方さぁんっっ」 痛いっ、と涙目で睨んだら、フン、と面白くもなさそうに鼻で笑ってそっぽを向く。 ・・・ああ憎たらしい。あのふてぶてしい無表情が、とんでもない悪戯をしでかした後でもけろっとしてる 手がつけられないガキ大将みたいに見えてきた・・・!! 「――ちょっとさん、いつまでモタモタしてるの。早くどちらと乗るか選んでちょうだい」 後ろが詰まってるんだから。 ずっと黙ってた猿飛さんが冷えきった目つきを背後に向ける。視線で指したのは、同じ行列に並んで アトラクションの順番待ちをしてる人たち。あたしたちの目の前を流れてるのは 流れの早い川みたいな細くて長いプールで、ここの広い館内を半周するくらいの距離があるらしい。 二人乗りの手漕ぎボートに乗って川下りの景色を楽しむのがこの水上アトラクション、 「レインフォレストクルーズ」。二人でボートに乗って息を合わせてオールを漕ぐ、っていうところが デートでここを訪れたカップルに人気みたいで、行列は男女のペアがすごく多い。 最初はあたしたちもその行列に混ざって順番待ちをしてたんだけど、・・・順番待ちが終わって いよいよボートに乗る段になったらこの騒ぎだ。 「でも猿飛さん、猿飛さんは旦那と乗りたいんじゃないの・・・?」 「・・・。私は別に誰とでも構わないわ。誰と乗ったって同じだもの、こんな子供騙しな乗り物」 「そうそう、何も今日一日これに乗ろうってわけでもねーんだしよー」 「そうよ、銀さんの言うとおりよ。さあ、さっさと決めてちょうだい」 「・・・・・。でも・・・」 猿飛さんは答える前にほんの一瞬間を空けた。その時の猿飛さんの表情が、ほんのちょっとだけ曇って見えたから―― 何ともいえない気分で猿飛さんの目を見る。あたしを「捕えられた宇宙人」状態にしてた二人の手を 素早く払って、きゅっ、と色白な両手を握り締めて―― 「さ、猿飛さんっ。一緒に乗ってくれる?」 「・・・・・・・、なっ。どうして私が」 「ぇえええ!っだよ、俺と乗ってくんねーの!?ちょ、ってこたぁ・・・」 「ごめんなさい旦那っ、土方さんと乗ってくださいっ」 「〜〜〜っっ!ざっけんなてめっっ」 旦那は目を剥いて信じられないって顔してるし、土方さんにはすごい剣幕で怒鳴られた。 猿飛さんは意外そうにあたしを見てる。 ・・・余計なことしちゃったかな。 そう思ったけど、不満たらたらな二人に追いつかれないように猿飛さんを引っ張った。 プールサイドで待機してるアトラクションの係員さんにあたふたと駆け寄る。 黄色くて細長いゴム製のボートには、前後に分かれた二つのシートが。前のシートに猿飛さん、 後ろにあたしが乗り込むと、係員さんがオールを渡してくれた。 「こんにちはー、アクアパラダイスにようこそ」と元気に挨拶してきたその人からコースの説明を受ける。 「このコースは流れが緩いですし危険性も低いので、シートベルトがありません。ただ、水中に落ちると 後方から来たボートに巻き込まれる可能性もありますから、気を付けて楽しんでくださいね」 それではいってらっしゃーい、と水路にボートが押し出される。 笑顔で手を振る係員さんの後ろには、険悪な視線の火花を散らし合ってる土方さんと旦那が見えるんだけど、 ・・・・・・・・・うん、ここは見なかったことにしよう。見ていない、あたしはあんな物騒な二人組なんか見ていない! 引きつる顔で無理やり笑って、いってきまーす、と手を振り返す。 最初は左右にふらふら蛇行してなかなか進まなかったボートも、水路の流れに乗ってしまえば結構速い。 ボートが進んでいく水路の両側は、ジャングルとかアマゾン川とかを思わせるようなかんじ。 熱帯雨林を流れる肥沃な川の岸辺みたいだ。濃緑のマングローブの林に天然色の花、 水中からざばあっと顔を出すワニやカバのからくりに、フラミンゴみたいな色鮮やかな鳥の群れ。 江戸じゃ見れない南国の景色の中を、ボートは水面を切るように滑って進んでいく。 風を浴びて走るボートの乗り心地はすごく爽快。細かな水飛沫が肌に当たって、涼しくって気持ちいい。 さあっと風に靡いて浮き上がる髪を抑えながら、あたしはちょっとだけ視線を下ろす。うぅ、と眉を曇らせた。 ・・・暑いなぁ。パーカー暑い。 室温まで南国風に調整された暖かい館内だもん、羽織りものなんてぜんぜん必要ないんだよね。 汗掻いたから肌にべったりくっついてくるし、脱ぎたいなぁ。土方さんの言いつけがなかったらとっくに脱いでるんだけど―― 「――ねえ。あなた、おかしいとは思わなかったの」 「・・・、え?」 前方から流れてくる水音に混ざって、押さえ気味な猿飛さんの声が。 おかしいって、何の話だろう。身を乗り出して尋ね返すと、 「あの店に入って半月経つけど、私、あなたとは仕事上の会話と挨拶しかしたことないわ。 本音をいえば避けてたくらいよ。そんな遠い関係の人間にいきなり相談を持ちかけられて、不審に思わなかったの」 「・・・・・・。えっと、それは・・・、うん。おかしいなって思ってた」 前を向いたまま語る猿飛さんが肩越しに振り向いて、視線だけをあたしに向ける。うっ、とあたしは肩を丸めて やや怯みながらその視線を受け止めた。 冷淡に、どこか蔑むような目つきで見つめてくるレンズ越しの瞳。あんな目で見られると、ちょっとためらってしまう。 だけど、ちょっと嬉しいなぁ、…なんてことも思っちゃうんだよね。 お店での猿飛さんは、滅多に目を合わせてくれない。一緒にバイトしてる子たちに悟られないようにしてるのか、 それとなく、さりげなく、けれどきっぱりと、あたし一人を無視し続けていた。 そんな人にまっすぐに見つめてもらえることが素直に嬉しい。だから、精一杯に笑いかけた。 「でもね。話しかけてもらえて嬉しかったよ。 あたしね、よくあるのこーいうこと。今の店に入る前は、バイト先の人に・・・特に女の人から嫌われちゃうこと多くって。 だから猿飛さんが話しかけてくれた時はね、すごく嬉しかったの。さ、猿飛さんはあたしのこと、嫌いかもしれないけど・・・」 これをきっかけに仲良くなれたらいいなぁって思ったんだ。 ・・・なんて言ったら、押しつけがましいかなぁ・・・? なんだか恥ずかしい気がして肩を竦めていたら、赤いフレームの向こうから、冷えた目つきにじっと見つめられた。 たぶん猿飛さんは見抜いたんだろう。今、あたしが言いかけてやめたことを。 細い眉を不愉快そうにひそめて、ふぅ、と吐息みたいな溜め息をつくと、 「そうね。嫌いよ。あなたみたいにお気楽で頭が軽くて誰にでも愛想のいい女なんて、大っ嫌い」 「・・・・・・・。そ、そうだよねっ。あはは、だよねー、だと思ってたよー」 こんな風に言われちゃうことも初めてじゃない。だから平気なふりして笑うつもりだったのに、 頬や目元がびくびくと強張る。そう来ると思って身構えてても、それでも胸はちくんと痛む。 ・・・・・・わかってたはずなんだけどな。キツいなぁ、面と向かって言われるのって。 「・・・呆れたものね。あなた、よく真選組隊士なんて務まったわね。何でも顔に出すぎよ」 「う、うん・・・・・・土方さんにもよく言われる」 「それに、少しは頭を使って物を言ったらどうなの?どうしたら私たちが仲良くなれるっていうのよ。 私は銀さんが好きなのよ。あの人のためなら何でも出来ちゃうくらい好きなの。なのに恋敵のあなたと仲良くなんて」 冗談じゃないわ。 ぴしゃりと叩きつけられて、あたしはいっそう身体を竦めた。 「ぅ、ううああの、っ、・・・・・・・・そうだよね。無神経だったよねあたし、ごめんなさぃ・・・」 「はぁ?ごめんなさいって、・・・ちょっとどーいうことよ。ねえあなた、そんな呑気な顔しておいて実は腹黒キャラなの?」 「えっ。は、腹黒?」 「だってそうじゃないの。銀さんを追いかけても追いかけても振り向いてもらえない私に、あの人を振ったあなたが謝るって どういうことよ。何よそれ、その殊勝さはどこから出たのよ。それだけ銀さんに好かれてる自信があるっていうの、ねえ!」 「〜〜違う、違うよ猿飛さん!今のは猿飛さんに悪いことしたなぁっていう、心からの反省で!」 「その反省自体が上からじゃないの、愛され女子の余裕ってやつよ!きぃーーーっムカつくっっ、何よそれっっ」 「そんなつもりで言ってないよ!ただ、あたしが猿飛さんを嫌な気分にさせてるなら謝らなきゃって・・・」 「・・・・・・ああイライラする。呆れるほどお人好しねあなたって・・・!」 「う、うん・・・・・・・それもよく言われる・・・」 へなへなと深くうなだれる。オールを漕ぐ手も自然と止まった。 ううう、厳しいなぁ猿飛さん。同じ女の人だけに深く追及されるっていうか、ある意味土方さんより厳しいかも。 万事屋の旦那に対してはあんなに甘々だったのに、・・・って、それも当然だよね。あたしは嫌われてるんだもん・・・。 「まったく同情するわ。あのヤニ臭いチンピラ警察、案外と苦労させられてるのね」 「え。それって土方さんのこと?・・・な、何が?土方さんが何に苦労してるの・・・?」 「あなたのことに決まってるでしょ」 他に何があるのよ、と荒い口調で猿飛さんが言い切る。 きっ、と細い眉を吊り上げた色っぽい顔があたしをきつく睨みつけて、 「こんな警戒心も猜疑心も何もないふわふわフラフラした女じゃ、いつ銀さんに奪られたっておかしくないもの。 何かっていうと嫉妬丸出しで噛みついてくるあのウザい態度も、あなたを見てるとまあこれも当然かって気がしてくるくらいよ!」 「・・・・・は?」 きょとんと猿飛さんを見つめ返した。は?ってもう一度繰り返して思いきり首を傾げたら、 見るからに苛立ってた猿飛さんの目に、得体がしれないものでも見てるような困惑が浮かぶ。 ・・・・・・・・・しっと? ええと、『しっと』って―― 「ええとあの・・・英語かぶれな奥州の蒼龍さまが舌打ちするときの」 「それは『shit!』でしょ」 「編み物のことを」 「それはニット」 「じゃあ野球で塁に走者が」 「それはヒット・・・って、何をやらせるのよ何を・・・!嫉妬よ嫉妬、妬いてるってことよ!」 「ああ、なんだぁ。そっちのしっ・・・、えぇ!!?」 頭の中に「嫉妬」の二文字がどどーんと大きく出現した瞬間、ぼんっっ、と顔が火を噴いた。 すでに漕ぐことを放棄して水中から引き上げてたオールを、意味なく胸に抱きしめる。 ・・・・・・・・〜〜〜〜嫉妬!? ・・・いや待ってそんなまさかだって土方さんが嫉妬って、・・・・・・・・・ぇえええええええ!!? 「そうよ嫉妬よ。銀さんがあなたにちょっと触ろうものなら、 その場で斬り捨ててやりたいって顔してたじゃないの。あのわかりやすい態度を何だと思ってたのよ」 「し、しししししししししししっ!?」 「・・・・・まさか今頃気付いたの?あぁ信じられない。節穴もいいところねあなたの目って」 「ゃ、う、うそ、だってだって、まさか!〜〜〜〜っ」 ――だけど。 改めて思い返してみると・・・・・・・・・猿飛さんが正しいんじゃないかって気がしてきた。 今日のあのひとの態度の悪さや喧嘩っ早さは、あれもこれも全部、旦那とあたしの距離が近くなるような事が 起こる時に発動してたような―― なんてことに気付いたら、胸の奥がかーっと火照った。真っ赤になった頬を覆って、意味なくぶんぶんかぶりを振って、 「ぅ・・・うそ。・・・・・・・・ほんとに?」 まだ信じられないよ。でも嬉しい。だけど、なんだか無性に恥ずかしい。 このままプールにざぶんと飛び込んじゃいたいような、何かとんでもなくお馬鹿なことをしでかしたくなるような、 ・・・・・・・・・・何なの、この身体中がむずむずそわそわしちゃうかんじ。いきなり叫びたくなるよーな落ち着かないかんじ! 「・・・ほんと、救いようがないほど警察向きじゃないひとね」 眉間を寄せた猿飛さんが皮肉な目つきを向けてくる。 〜〜〜ああっ、もうじっとしていられない。ぼちゃんっ、と抱きしめていたオールを水に突っ込む。 めちゃくちゃに振り回して思いきり水を掻いて、ばちゃばちゃと跳ねる水飛沫で熱い顔を冷やしていたら、 「おいお前ら、何をちんたらやってんだ」 「っっっ!」 ろくに漕いでねーじゃねーか。 いきなり背後で声がして肩を跳ね上がらせて振り向くと、そこにはボートに跨った二人の姿が。 前のシートには眉を吊り上げながらがしがしとボートを漕いでる土方さん、後ろのシートには、 まったくボートを漕ぐ気がないのか「ぅお〜〜い、〜〜」って呑気に手を振る笑顔の旦那。 〜〜〜〜〜こんな時に限って、どーしてこんなに近くに!? 「っっひ、ひじ、〜〜〜〜っ」 「・・・?どーした、素っ頓狂な面しやがって。お前、やけに赤くねぇか」 「〜〜〜な、なんでもないぃ!こここれはあのっっ、〜〜〜っひ、日焼けして!」 「どう見ても日焼けって色じゃねえぞ。つーかこの屋内でどーやってそこまで日焼けすんだ」 じろじろと訝しげにあたしを眺めた土方さんが、さらに目元を細めて、 「まあいい、とにかくもっと急げ。お前らのせいで後がつかえて――・・・・・っっ、!」 「さんっ、オールが!」 「――え?」 鋭い声であたしを呼んだひとがなぜか血相を変える。急に声色が変わった猿飛さんの声にも驚いて、 えっ、とつぶやいて自分の手元を見下ろした瞬間、 がんっっっ。 強い衝撃がオールから腕に伝わる。緑が生い茂る水路に沈んだオールの先は、 固い何かで挟み込まれたみたいに動かなくなった。
「 似てる二人の楽園協定 *2 」 text by riliri Caramelization 2013/05/04/ ----------------------------------------------------------------------------------- next