蜜 月  *3

――それから数分後。 すっかりのぼせ上がったあたしは、湯気で曇ったお風呂の扉をからからと開けた。 うっかり思い出した恥ずかしい記憶をどうにかして振り払おうと、雫が滴る頭をぶんぶん振りながら脱衣所へ入る。 ああ勿体ない。なんだかすごく勿体ない気分だ。 もっとのんびりとゆったりと、めったに入れない豪華なお風呂で優雅な気分に浸るつもりが、 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ひ。土方さんのことなんか思い出したせいで。 こんなところで絶対にありえないよーなことを、ちょっと想像したせいで・・・! 真っ赤な顔をぱたぱた扇ぎながら脱衣所を突っ切っる。洗面台横の棚へ向かって、 分厚いタオルが積まれた籠から白のバスタオルを一枚取った。 ふわふわ柔らかいそれを頭に被せて、髪の水気を拭き取っていたら―― 「――何だ、もう上がったか。案外と早ぇえな」 「あ、はいっ、上がりまし、・・・・・・」 「いついかなる時でも絶対服従」が大前提な、副長専用パシリの悲しい性だ。 条件反射で返事をしてから、えっ、と目を丸くする。被ったバスタオルからおそるおそる顔を出して、 なんだか面白くなさそうな声がしたほうに振り向いてみると。 そこには、血の痕が点々と染みた白いシャツの後ろ姿が―― 「〜〜〜〜っっ!っ、ふぇえ!!?」 膝からかくりと力が抜けて、背後の洗面台の上によろよろっと座り込む。 驚きすぎてあの後ろ姿から目が逸らせない。 ボタンを外し終えたシャツが、肩甲骨が浮き上がる肩をさらりと滑り落ちていく。 男のひとの引き締まった二の腕が、薄い筋肉で覆われた背中が、見る見るうちに露わになって・・・! 「〜〜〜〜っっっぎゃあぁああああ!っっっなっ、ななななな、な!」 「あぁ?・・・・・おいどうしたその面、異様に赤けぇぞ」 土方さんは振り向いた。「湯当たりか」と怪訝そうに尋ねてきたひとの鋭い眼が、 裸で座り込んだあたしをまっすぐに捉える。無遠慮すぎる視線のおかげで、 のぼせかけていた頭が一気にかーっと沸騰した。頭を拭いていたバスタオルで あたふたと胸から下を隠しながら洗面台の上を後ずさって、わなわな口を震わせながらびっと指を向けて、 「ちちょっ、なななっ何をしれっと脱いでるんですかぁ!!〜〜ここ女湯ですよ!!?覗き魔痴漢変態いいぃぃ!!!」 「女湯じゃねえ、混浴の貸切湯だ。つーか何度も言ってんだろーが、人をそう気安く犯罪者に仕立て上げるな」 「ひぇええ!!?〜〜〜っちょっとぉお、ゃやややめてぇっ、ししっ下まで脱がないでぇぇえ!」 「はぁ?無茶言いやがる。着たまま湯に浸かれってのか」 「っっ!?ゃ、ゃややややあぁっっ、ゃだあこっち見ないでぇぇえ!!こっち来ないでぇっ、ばかぁっっっ」 脱いだシャツを脱衣籠に放った土方さんは、上半身がすべて剥き出し。どこを見ていいのかわかんない 姿だけど、かろうじて半裸だ。ところがあたしは、半裸どころかまごうことなき全裸だ・・・! ど。どどどどどどどどど、どうしよう。こんなに明るい場所で裸を見られるなんて。 いやだ。恥ずかしい。恥ずかしすぎて頭がぱーんって破裂しそうだ。こんなこと、一年前のお風呂場以来なかったのに・・・!! 胸元からずり落ちかけたバスタオルの端をぎゅっと握る。「出てって!服着るから出てってぇええ!」と裏返った声で 泣き叫びながら、棚のタオルをぽいぽい投げつけていたら、――土方さんは腰のベルトを外す手を止めた。 醒めきった目で睨んでくるひとの片眉が皮肉気に上がる。「呆れて物も言えねぇ」って顔で溜め息をついて。 「馬鹿か、裸程度で狼狽えやがって。俺ぁとっくに見てんだぞ、お前の裸どころか、――っんがっっっ!!」 「ぎゃああああ!!真顔でそーいうこと言うなぁあああ!!!」 恥ずかしさのあまり絶叫して、洗面台のドライヤーをぶんっと投げる。 夢中で投げたそれは意外な攻撃に目を剥いた人の顎にドカッと命中、仰け反った土方さんがどどっと倒れる。 それでも洗面台に備え付けられた化粧水や乳液やヘアブラシや歯ブラシなんかを 掴んでは投げ、掴んでは投げる。もうすっかり涙目だ。何をやってるんだか、自分でもわけがわからないよ・・・! 「〜〜〜ふぇえええ!!ごめんなさいごめんなさいぃ、でもやだぁぁこっち見ないでぇええ!!」 「・・・痛ってぇなこの・・・!」 痛そうに顎を押さえたひとがむくりと起きる。傍に落ちていたタオルをわしっと掴む。 広い脱衣所を覆い尽くすくらいの、凄まじい殺気と怒気を発しながら腰を上げた。のしっ、のしっと 一歩ずつを踏みしめながらこっちへ近づいて・・・・・! 「・・・おいそこの馬鹿女。てっめぇええ、いい度胸じゃねえか・・・? 人の顔面砕きかけたんだ、どうなるか判ってんだろうなあぁあああああ!」 「〜〜〜ひぃいいいい!! っっそうですバカです馬鹿女ですぅぅ!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい許してぇええ!!」 震える歯をかちかちと鳴らしながら、身体ごと乗り上げた洗面台の奥の方――壁一面に備えられた鏡の前まで、 お尻で滑って引き下がる。痛めた顎をさすりながら眉間も険しい形相で迫ってくるひとの姿は、 見てるだけで背筋に震えが来るほどの怖さだ。 ていうか怖すぎて夢に見そうだ・・・!今の土方さん、頭も顔も血を被ったままなだけに半端なく怖い。 この前総悟と遊んだゲームの悪役キャラ「攻撃しても攻撃しても血みどろで追いかけてくる猟奇犯」の百倍怖いよ!! 「ひぃやぁあああ!こここっ、来ないでぇええ!!」 「うっせえ黙れ、・・・ったく、だからてめえはガキだってぇんだ。んなとこ来てまで手ぇ焼かせやがって・・・!」 「が、ガキじゃないですよっ、もう立派な大人だしっっ。これでも明日でにじゅう、」 「フン、ぬかしやがる。これのどこが大人の女の行動だ」 「んぅ!」 急に伸びてきた土方さんの手が、目の前を一瞬で暗くした。 大きな手のひらと分厚い高級タオルに、突然口を塞がれる。いっそ手で振り払ってしまいたいけど、 ここで手を使うとバスタオルが落ちてしまう。そうなったら身体中、余すところなく丸見えになっちゃう・・・! むごむごむごっっ、と左右に頭を振って嫌がると、土方さんは苛立たしげに舌打ちした。 むんずと片手で掴まれた頬や顎にぐっと力を籠められて、 「お前ここがどこだか忘れてねえか。旅籠だぞ。外に音が漏れでもしたら仲居どもが飛んで来るぞ。どう言い訳する気だ」 「んぐ、っ、そっっ、そんなの決まってるじゃないですかぁ、変態覗き魔に襲われたって言っ、〜〜〜ふごぶふぉっっ」 ふっ、と片方だけ高く口端を上げた物騒な笑顔になったひとのこめかみに、びしっと青筋が浮き立った。 ぼふっ、と馬鹿力でタオルを口に押し込まれる。息がつけない、く、くるしいぃ! 「っっんぐぐぐぐぅぅ!」 「んだとコルぁああ、もう一遍言ってみろ。何で俺が覗き魔呼ばわりされなきゃなんねーんだゴルぁあああ」 「ふむむむっ、〜〜ふ、ふぁってぇぇ!」 「おい言ってみろ馬鹿パシリ。お前、誰のおかげで貸切風呂三昧出来たと思ってんだ?あぁ!?」 「〜〜〜っ。そ・・・・・・・それはぁ・・・・ゃ、やさしひ、ふ、副長ふぁまの、おかげ、れ、ふっ」 ――そうだ。そういえば、まだここに連れてきて貰ったお礼も言ってなかった。 はっとして、お礼も兼ねてコクコク頷きながら土方さんを見上げる。すると険しかった表情が少し緩んで、 上がり気味な口端に皮肉っぽい失笑が上って。 「・・・フン、何だ判ってんじゃねえか。で、どうだった。風呂は堪能出来たか」 「はぃぃ。す・・・・・すっごく、きもち、よかった・・・れ、うぅぅ、ふぁ、ありがと、ございまひたあぁっ」 こくこくこく、と口に突っ込まれたタオルのせいで涙目になりながら何度も頷く。 すると、顔を掴んでる手の力がすっと緩んだ。タオルを口から抜かれて、やっと楽に息が出来るようになる。 ほっとして溜め息をついたけど、 ・・・・・・・・・・・かろうじて前をバスタオルで隠してるだけの自分のあられもない姿を見下ろして、一気にがくりと脱力した。 そうだ。そうでした。なんか今、一瞬、これで全部終わったよーな気になったけど、実際は何ひとつとして解決してないんだった・・・! 「〜〜〜じ、じゃあ、あの、・・・・・・・服着るまでの間、外に出て、待ってて・・・?」 「またそれか。やなこった、面倒臭せぇ」 「ぇええ〜〜!」 「ぇええ、じゃねえ。お前、この格好の奴を旅籠の廊下に放り出そうってのか」 「そそ、それは、〜〜ほ、ほら、脱いだシャツをもう一度着て」 「だからそれが面倒臭せぇってんだ」 溜め息混じりに言うが早いが、土方さんはこっちへ身を乗り出してきた。 ばさ、とあたしの頭にバスタオルを被せる。かと思ったら、背中を這い降りてきた手で腰をぐいと捕まえて、 「うだうだ言ってねえでこっち来い」 「ひゃ・・・!」 洗面台の奥で縮み上がってる女が、待つのが嫌いなこのひとにはじれったかったのかもしれない。 ぐん、と勢いよく、乱暴な手つきで前に引かれた。 裸の腰がなめらかな洗面台の上でずるりと滑る。姿勢を崩して横に倒れかけたら、支えるようにして背中を抱かれて。 そのままあたしは、前のめりに土方さんの胸へ飛び込んでしまった。 「〜〜っな、なななななな、な!」 「叫ぶな黙れ。言いてぇこたぁ山ほどあるが…」 ばさっ。頭からタオルを被せられて、柔らかくて少し湿った感触で肩までが覆われる。 土方さんは何かを渋々で観念したかのような、悩ましげな溜め息を吐いて。 「とりあえずだ、お前は湯冷めする前に頭ぁ拭け」 「え、ぅあ、ちょっ・・・」 ふわふわした感触越しに、濡れた髪の奥まで手が潜ってくる。髪を揉むみたいにしてわしわしごしごし、 力強い手つきで拭いてくれた。バスタオルの中でゆらゆらと頭を揺らしながら戸惑っていたら、 「・・・っ!」 とん、と顔が熱い素肌にぶつかった。微かな血の匂いと、煙草の香りと――最近ようやく慣れ始めた、 男のひとの匂いにふわりと身体を包まれる。頬がふにっと、硬く引き締まった胸に密着する。 直に触れ合った温かさと心臓の鼓動まで聞こえそうな近さにどきっとして、胸の奥がかぁっと熱くなった。 かろうじて胸とお腹を隠しているだけの湿ったタオルを、もじもじと所在なく弄る。前を向くと目の遣り場に困ってしまうから、 深くうつむいてひたすらに弄った。 ・・・・・・・・・なにこれ。なんだか恥ずかしいよ。 こんなふうに、土方さんに子供扱いされるのはいつものことだ。だけどこれじゃあ、 子供を通り越して飼い犬扱いされてるみたいだし。しかもこんな至近距離だもん。バスタオルで隠してるところ以外の全部、 ありとあらゆる部分がじっくり観察されてそうだし・・・!! 「・・・ぅううあ、あっ、あのっ・・・。こっち、あんまり、見ないで・・・、っ」 「ああ。極力見ねえようにしてやるから安心しろ」 なんて、澄ました口調で請け負ったくせに、――しばらくしてから目の前のひとをちろりと窺ったら、 あの切れ上がった目と途端にばちっと視線が合って、 「〜〜〜!見てるじゃないですかぁぁ!〜〜〜うそつきぃぃ。土方さんのうそつきぃぃぃ」 「・・・違う。見てねえ。今のはあれだ、・・・あー。まぁ、だからその何だ。つまりだな、・・・魔が差したっつーか」 頬を指先でぼりぼり掻きながら、滅多なことでは無表情を崩さないひとがきまり悪そうに視線を逸らす。 「・・・仕様がねえだろ、目の前にこんなあられもねえ格好の女ぁ据えられてんだぞ。 意識しねえうちについ目線がいっちまうだろーが」なんていっそ堂々と、むっとした様子で開き直っていた。 「・・・それってよーするに、しっかり見てたってことですよね」 「・・・・・・・・」 「うそつきぃぃ・・・!見ないようにするって言ったくせに!言ったくせにぃぃ!!」 ぶーっと頬を膨れさせて怒ると、この場は無言で誤魔化したかったらしい土方さんは眉をきつく吊り上げた。 あたしの頭をわしわしと馬鹿力で拭きながら拗ねたような目でこっちを睨んで、 「はっ、何だってんだ。部屋が明るいか暗れぇかってだけじゃねえか。たいして変わりゃしねえだろ」 「ち・・・違うじゃないですかぁ。こんな明るいところで見られるのと、・・・明かり消した部屋の中とじゃ。 ・・・・・・・・・ここじゃ、ぁ、あのとき、みたいに、いっぱい、見えちゃうし・・・」 「あぁ?」 短く唸ると、土方さんはあたしの顔を隠していたバスタオルを捲り上げた。 見られる側に隙を与えようとしないきつい目つきに、間近からじっと眺められる。 おかげで湯冷めしかけていた頬にぽうっと火が点いてしまって、そのうちにじわりじわりと、身体全体が赤らみ始めた。 ・・・ああぁぁぁ、また思い出しちゃった。土方さんの乱入で忘れかけてた例の記憶が、また・・・・・・!! 「・・・?あの時だぁ?いつの話だ」 「〜〜だ。・・・だからぁ・・・・・・・・・・。・・・・ゃ。やっぱり、いいです。い。言えませんっ」 「はぁ?」 怪訝そうに眉を曇らせたひとが、洗面台に両手を突く。その動きでさりげなくあたしの左右を塞いでしまった。 目の前に影を作るほど近くまで迫ってる。眼光が強い瞳から放たれるどこにも遠慮の無い視線は、 あたしにじっと注がれたままだ。ああもう、なんだかいたたまれない。 「〜〜〜も、もういいですっ・・・、もう自分で拭きますからっ」 ごにょごにょと口の奥でつぶやきながら身体を小さく竦めると、くっ、と籠った声がして。 「――あぁ。あれか」 「っっ・・・!」 「そういやぁ、・・・あったな、これと似たような事が。あれも風呂だったか」 見ると土方さんは笑いに歪めた顔を伏せて、口許を手で覆って。しきりに肩を揺らしていた。 たまにこっちを見上げてはまた顔を伏せて、笑いをこらえて、またこっちを見て――。 可笑しくてたまらねぇ、って態度で同じ仕草を繰り返すから悔しくって、あたしは頬を丸々と膨らませて睨んだ。 すると土方さんは腕を伸ばしきた。黒ずんだ血で染まった指先に、こめかみのあたりに触れられて、 「〜〜っ。ゃ・・・」 指の感触にたじろいで、腰をくねらせて後ろへ下がる。土方さんはそんなあたしを、 からかうような笑みを含ませた表情で眺めていた。 真っ赤な風船みたいに膨らんでいる頬を、ごつごつした固い手のひらでゆっくりと撫でられる。 いつになくそっと触れてくるから、なんだかすごくくすぐったい。びくんと肩が竦み上がった。 「そういやぁそうか。・・・よく見りゃあ、まんまあの時と同じじゃねえか」 「ひじかたさ・・・っ、やだぁ、も、こっち、み、見ないでくださ、って・・・・・・わ、ちょっっ!」 目の前まで近づいてきたひとの胸をあたふたと押し返していたら、逆らうな、と言わんばかりの強い仕草で 腰に腕を回された。なめらかで冷たい台の上をずるりと滑り落ちた裸の腰が、ぐい、と熱い手に引き寄せられて―― 「〜〜ひゃぁあ!」 むに、と男のひとの固い指がお尻に食い込んでくる。その感触に悲鳴を上げた。 それでも土方さんはおかまいなしに腰を引いて、あたしを背中から抱きしめる。あっという間に腕の中に閉じ込められた。 冷えたしずくが滴っていた肩も、背中も、腰も、――今はもう、熱いくらいだ。身体の後ろ側が全部、 熱くしなやかに張りつめた筋肉に覆われてる。そこから直に伝わってくる体温や、逞しい胸の感触が恥ずかしい。 逃げようとしてもがいたら、腰を片腕で抱き止められて。…あたしが離れることを許そうとしないその仕草に、どきっとした。 「・・・まったくあの時ぁ、えれぇ目に遭わされた」 「っ・・・!」 唇を耳に寄せられて、びく、と背筋が飛び跳ねる。あたしの反応がおかしかったのか、土方さんは苦笑いを漏らしていた。 「――おい。どうした」 低く抑えた声に問いかけられて、その声にうなじを軽く掠められる。ぞくりと肌が粟立って、もう一度背筋が飛び跳ねた。 ・・・どうしよう。こんな時って、どうしたらいいのかわからない。 「・・・ね、ぁ、あの。もう、離し・・・、ひ、土方さ・・・っ」 「誰も居ねえと思ってた風呂から、面ぁ赤くした奴が出てきやがって。・・・丁度こんな風に、 身体中からぽたぽた雫垂らして。湯気ん中から現れて」 「ゃ、・・・っ」 身体を離そうと背筋をちょっとだけ逸らしただけで、腰を抱いた腕に引き戻される。 肌を濡らす柔らかい熱が、うなじにきつく吸いついてくる。ちゅ、と弱い音を立てて肌から離れていく。 すっかり火照ったあたしの肌には、かすかな痛みと、肌の奥まで熱くするような口づけの感触が残った。 「・・・肌もこんな色だったが。今日は匂いが違うな」 「〜〜っ。だ。・・・って。あの。・・・・・・し・・・シャンプー・・・ぃ、つもと、ちがっ・・・・・」 「ああ」 「ん・・・・・・、や・・・、やだ、っ・・・」 背後からのキスはそれからも続いた。 うなじに、耳の下に、肩に、背中に。濡れた肌のあちこちに、ひりついたちいさな痛みを落とされる。 弱いところを確かめるように、ゆっくりと腰や太腿を撫でられる。そんな手の動きのせいで、肌だけじゃなくて 身体の芯からも火照らされた。 はあ、はぁ、と零れてしまう乱れた吐息を止めようがない。頭の中がぼうっと霞んでくる。 ここがどこなのかも忘れて、後ろから浴びせられるキスの感触だけを追い求めることに夢中になってしまいそう。 肌に残された口づけの痕が、まるでそこだけ焦がされたみたいに熱を持ってる。小さな何かに刺されたような、 肌が微かにひりつく感覚。・・・こんな感覚、土方さんに抱かれる前は知らなかったのに。 「・・・・・・・・ぁ、・・・んっ、もぅ、・・・ひ、ひじかたさ・・・っ」 「昼間で人気は無ぇとはいえ、屯所の中だ。あの場で金切り声でも上げられたんじゃ叶わねえ。 仕方なしに抑えつけたが・・・あれぁ地獄だったな。人の気も知らねえで、身体押しつけて暴れやがって・・・」 「ゃ。やめて、ねぇ、・・・・・・ん、んん・・・っ」 はぁ、はぁ、と浅く乱れた呼吸を繰り返しながら、固く回された腕の中で目を閉じる。 わからない。耳元に唇を押しつけるようにしてつぶやく声が何を語ってるのか、わからない。 このひとが与えてくるキスと手の動きに感覚のほとんどを奪われてしまっているせいで、ちっとも頭に入らなかった。 「――どうした。もう逆らわねえのか」 「・・・んっ、だ、・・・だって、・・・・・・・・あっ、」 胸を隠していたバスタオルを、ぐいと引き落とされる。 露わになった左右両方の膨らみを、下から掬い上げるような手つきに持ち上げられた。 「ぁ・・・・・・・っ」 熱くなった瞼を伏せて、今にも泣きそうに歪んだ顔でその手をぼんやりと見下ろした。 膨らみに食い込むあのひとの指を見下ろすうちに、胸の奥がきゅんと疼いて。ゆるゆると回すようにしてそこを揉まれて、 ぎゅっと唇を噛みしめて声をこらえたけれど―― 「・・・あぁ。んっ、だ、だめぇ・・・っ、・・・・・・・ぁ、あぁ・・・」 つんと尖ったところを爪先で弱く撫でられたら、それだけで鼻にかかった声が止まらなくなる。 微動だにしない腕に抱かれた腰が、きゅうっと太腿を擦り合せながら身じろいでしまう。 身体を痺れさせるような心地良さを与えてくれるのは、古傷がいくつも刻まれた手。 固くて大きい、男のひとの手。土方さんの手。 煙草の匂いがする節くれ立った長い指が、あたしの胸を弄ってる。あたしの柔らかいところに埋もれてる。 こんなところを目にすると、ああ、あたし、土方さんに触れられてるんだって意識してしまう。 これが土方さんの手だと思うと、それだけで恥ずかしい。――恥ずかしいのに、 これが土方さんの手だと意識すると、よけいに身体が熱くなる。 ずっと好きだったひとに。好きでたまらなかったひとに、抱かれてる。 そう思っただけでどきどきして、膝からかくりと力が抜ける。身体の一番奥深くから、とろりと熱が溢れ出して―― 「あぁ。ふぁ、・・・・・ぁん・・・っ」 「・・・あぁ。そうだ。思い出してきた。あん時ぁお前に押しつけられるばかりだったな。――なぁ。覚えてるか、」 「っ、あ、ゃあ・・・・、ゎ、わかんな・・・・っ」 「もっともあん時ぁ邪魔が入って、・・・まぁ、どっちにしろこんな真似は。出来やしなかったが・・・」 「も、もう、やぁ、ぅ・・・」 たっぷり撫で回されて感じやすくなった膨らみをやんわりと握り、濡れ髪を啄むキスを落としながら、 土方さんは顔を寄せてくる。あたしの肩に顎を乗せる格好で後ろから迫ってきたひとは、 うっすらと汗が滲んできた肌を手のひらで辿りながら、ゆっくりと左腕を下げていった。 「・・・ぁっっ。・・・・・・・・やぁ、そこ、だ、めぇ・・・っ」 這っていく手の先がどこへ向かっているのかに気付いて、力の抜けた腰を必死に捩る。 頼りなく抵抗するあたしの仕草を、土方さんは容易く抑え込んだ。 固い手のひらが降りていく。 お腹を滑ってお臍の下へ。下腹部の丸みを楽しむみたいに撫で回してから、またその先へ―― そんな感触に感じてしまって、土方さんの手が目指す先にある熱いところがきゅうっと疼く。 肌をさざめかせる弱い痺れが、ぞくぞくと背中を這い上がっていく。 「んんっ・・・、ぁ、ひ、土方さぁ・・・、も、やめ・・・っ」 やめて、と身じろぎしても土方さんは応えてくれない。ただ腰を抑えた腕に、黙って力を籠めてくるだけ。 それと同時に、あたしの一番熱くなったところに指の腹で触れて。大丈夫だ、って宥めるように頬に唇を落とすと、 横から視線を合わせてきて、薄く笑った。 「外に声が漏れねぇ程度に手加減してやる。・・・力抜け。こっちに身体預けろ」 「・・・っ。で。でも・・・・・・っ」 ほんとはあたしだって判ってる。身体はこのひとの手を欲しがってるんだって。 ああ、だけど、こんなところじゃ―― どうしよう、と涙目になって唇を噛む。 潤んで視界がぼやけた目線の先には、壁一面を使った大きな鏡が待ち構えていた。 「・・・〜〜〜っっ。だ。だめぇえ・・・こんな、ところで・・・・・・っ」 やだ、と何度もかぶりを振って、目の前に映し出された淫らな光景から目を逸らした。 そこに映っているのは土方さんと、土方さんに抱きしめられたあたし。 肌がすべて露わになった、何一つ身に纏っていないあたし。 ぽうっと頬を染めて。唇をだらしなく半開きにして。苦しそうに眉を寄せて、 男のひとの腕の中にくったりと身体を委ねて、肌を撫で回される感覚に全身を蕩けさせている。 目を覆った涙の膜のせいで輪郭がブレているその姿を認めてしまえば、耳や首筋までかぁっと燃えるように熱くなった。 「泣くな、馬鹿」 「ぁ・・・」 「・・・てめえの泣きっ面で余計に煽られちまう」 「あっ。あぁ・・・っっ」 蕩けたところを浅く探っていた骨太な指が、つうっと中へ滑り込んでくる。 もう何度もこうして土方さんの指を受け入れているのに、身体はこの感触にまだ慣れていない。手足の先まで 強張らせて受け入れると、土方さんは荒い溜め息のような吐息を吐いた。いつもは仕草が乱暴な指が 壊れやすいものを可愛がるみたいにゆっくりと中を動いて、あぁっ、とあたしは仰け反った。 くちゅ、くちゅ、と籠った響きでひそやかに鳴る水音は、あたしの脚の間から上がってる。 固い異物に広げられてそこから身体中を操られてしまうような、自分じゃどうにもならない感覚が襲ってくる。 そこには自分の身体を操られる違和感だけじゃなくて、腰を疼かせる甘い快感も混じってる。土方さんが抜き挿しする 動きに合わせてびくびくと腰は揺れて、ぶる、と露わになった胸が弾む。今にも崩れそうな脚がかくかくと震えた。 「〜〜〜ゃ。やだ。見ないで。見ちゃ、やだ・・・っ」 やだ。恥ずかしいよ。もうこのまま消えちゃいたい。こんな――こんなあたし、恥ずかしい。 そう思うのに、どうしても鏡に映る姿から目を逸らせない。腰は勝手に揺れ動いてしまう。 くちゅくちゅと潤みを掻き出す指の動きは、少しずつ速さを増していく。もじもじと焦れて動く太腿の内側に、 とろりと粘液が伝い落ちていく。そのうちに中を弄る指が二本に増えて、じゅぶ、じゅぶ、と 激しく中を擦られるようになって。頭の天辺まで痺れさせるくらいの強い気持ち良さでいっぱいにされて、 甲高くて甘えた泣き声が脱衣所中に響いてしまって―― 「あぁっ・・・!あ、あっ、ひ、ひじか、さぁ・・・っ」 「。こっちだ。手ぇ突け」 「あっっ。・・・・・・だめぇ・・・!」 目の前の洗面台に手を突かされる。鏡との距離が近くなって、 ぼやけていた自分の姿が輪郭までくっきりと目に入るようになった。 恥ずかしくって、でも恥ずかしさなんて忘れてしまいそうになるくらい気持ちがよくて、どうしたらいいのか判らない。 泣きじゃくりたいような気分でかくかくと膝を震わせていたら、 「あぁ・・・っ!」 濡れた中を深く貫いた指に埋められたまま、ぐいと後ろに腰を引かれる。脚も大きく開かされて、 高く上げたお尻を土方さんに突き出す格好にされた。 あたしの腰を支えていた右手が、もっと下まで降りていく。とろとろと雫を滴らせているところへ、指が潜っていく―― 「っっ!〜〜ぁ、あぁんっ、や、ゃだぁ・・・、こんな、とこ・・・で、やぁ・・・っ。だれ、か、来たら・・・っ」 「来ねぇよ。・・・怖がらねえで声出せ。いつもみてぇに甘ったりい声で啼けよ、ほら――」 「ふぇえ・・・だ、だめぇ、あっ、やぁんっ」 二本の指をぐちゅぐちゅと押し込まれ、濁った厭らしい水音に強くせり上げられながら、 右手の指先には奥に隠れた芽を責められた。固い指先に柔らかい動きで、捏ねるようにして撫で回される。 たったそれだけで、どろどろに蕩けた身体の芯で何かが弾けた。 頭の中が真っ白になって、鏡に映った自分の姿もぱあっと弾けて。 だらしなく開いた唇を大きな手に覆われて、上がりかけていた甲高い声を閉じ込められる。 めまいがするような強い煙草の香りを感じた瞬間、一番感じやすいところをじゅぶりと突かれた。 そこから手足の先まで快感が突き抜けて、全身がぶるりと反り返って―― 「〜〜〜ぃっっ、ぅ、ふ・・・うっ、っんんん・・・・・〜〜〜っ!」 がくりと膝が折れる。洗面台に縋りついていた腕が一気に脱力する。 床に崩れ落ちる寸前で抱き止められて、優しくてあったかい感触に、こめかみのあたりをふっと掠められて。 「、」 「・・・・・ん・・・」 指を掛けられた顎を、くい、と後ろへ逸らされる。 伏せ気味にした瞼の奥から、土方さんはあたしの表情を窺っていた。 どこか熱を帯びた目が。薄い影が落ちた顔が。ゆっくりとこっちへ近づいてくる。 顎に触れた指の動きに自然と導かれながら、何も纏っていないお互いの胸がふわりと触れ合う。 身体を乱されて体温が上がってるあたしだけじゃなくて、土方さんもうっすらと肌が汗ばんでいた。 はぁ、はぁと息が上がる唇を、労わるようなキスで塞がれる。ほんの一瞬の軽いキスなのに、 心まで融かされてしまうようなキスだった。 ・・・もしかしたら土方さんて、あたしが思うよりもずっと、あたしのことを大切にしてくれてるのかな。 そんな何の根拠もないことを全身で感じてしまうような、優しい触れ方をされたから。 、と呼ばれて、もう一度顔を寄せられる。夢の中にでもいるような気分で ぽーっと土方さんを見つめていたあたしは、とろんと落ちてきた熱い瞼を伏せようとして―― 「・・・・・・ちっ。またか、畜生・・・!」 ――心地良い脱力感に浸りながら、唇が重なる瞬間を待っていた時だ。 なぜか急に気配を引き締めた土方さんが、ぼそりと低く唸った。しかも、いまいましげな舌打ちまでして。 「え・・・?」 「また来やがった。邪魔な奴が・・・!」 「ふぇえ・・・?」 邪魔な奴って、誰が? そう尋ねる前に、がらっ、と引き戸を大きく開けたような音が遠くで鳴る。 え?とあたしが目を丸くしている間に、土方さんは早くも行動に出ていた。 何だか厭そうに、不満そうに腰を屈めて、手近に落ちていたバスタオルをがっと掴む。 それをばふっと、状況が飲み込めずに面食らってるあたしに頭から被せた。 そこへ勢いのある足音が迫ってきて、朱色の暖簾をばばっと派手に捲り上げて、誰かが脱衣所へ飛び込んできて―― 「姉さーーーーん!夕飯の支度が出来たよー!着物も似合いそうなやつを揃えたからね、さあこれに着替え――」 「ぅ、ひぁああああああああああっっっ!!!」 ぼんっ、と顔を発火させたあたしの絶叫は、広い旅籠の廊下の端まで突き抜けた。 着替え一式を手に、元気よく脱衣所に飛び込んできた人。――それは、この旅籠の前で会った あの赤ジャージの女の子だ。彼女の登場に激しく動揺してしまい、あたしはパニックに陥ったらしい。 一体何をとち狂ったのか、抱き合ったひとの顎にガツンと頭突きをかましてそこから逃げた。 よろめく脚で必死になって豪華なお風呂場まで猛ダッシュ、ぼちゃぁああんっ、と広い浴槽に飛び込んだ。

「 蜜月 *3 」 text by riliri Caramelization 2013/03/14/ -----------------------------------------------------------------------------------       next