L O V E  & R O L L

*5

「ねぇ土方さぁん。出たって、何が?あそこに誰か――」 誰かいるんですか。そう尋ねようとして羽織をくいくい引いて、土方さんを見上げて、 ――あまりの衝撃に、かぱーーっと口が縦に開いた。 ・・・滝だ。お風呂上りじゃなくて、滝になってる。 原因不明な土方さんの大汗はさらに勢いを増していて、今やだだーーっと、滝のように流れてる・・・! 「土方さんんんん!?どっっ、どーしたんですかその汗っ」 「〜〜〜なっっ、何でもねえ。何でもねえって言ってんだろーがぁああああああ!」 「どこが何でもないんですか、顔真っ青じゃないですかぁ!ねえ、出たって何が?誰かいるんですか? どこも真っ暗で何も見えませんよー、あそこにテーブルみたいなものがあるだけで」 「だからそこだ、そこォォ!見ろ、そのでけー目全開にしてよーーーく見ろ!」 顔をむぎゅっと掴まれて、棺がある広間のほうに無理やり方向転換される。 かちかちと歯を鳴らしながら硬直した顔で広間を睨みつけてる土方さんが、まるであたしを盾にしてるみたいに背後に回る。 いつも強気な真選組副長の不審なくらいガクブルな態度を怪しみながら、そろそろと広間へ近づく。 ゆっくりと数歩、痛いくらいがっちりと肩を掴んでくる後ろの人の手の震えを気にしながら進んだら。 ――あ、いた。人がいた。 暗さに紛れて見えなかったけど、テーブルの周りに三人いる。 一人は外で目にしたのと同じ顔でゴスロリ風ドレス、紫色のツインテールのからくりメイドさん。あとの二人は、 ・・・あたしたちの前に入っていった人たちだ。この二人ってやっぱりカップルだったんだ、しっかり腕なんか組んでるもん。 壁に処刑道具っぽいぶきみな刃物や槍なんかが並んでる真っ暗な広間で、三人は例のテーブルを囲んでる。 もっと近づいてよーく見ると、それはテーブルじゃなくてなぜかコタツ。なぜか天板の真ん中に、十字架の飾りがついている。 あのコタツについて、メイドさんが何か説明してるみたい。 「すごーい、よく見えますねぇ。いましたねぇ人が、三人も」 「そいつらじゃねえ!!いるだろ、いるじゃねーかコタツの中に!捲れた布団から顔出してんだろーが!」 「は?コタツの、中ぁ?」 「中からちろちろ顔出してんだろーが、半透明で恨めしそーな目ぇしたアレが! 生っ白いツラしてこっち見てんだろーが、なんかフワッフワしたアレが!!!」 「・・・あのー土方さぁん、頭でも打ったんですか?甘味屋で旦那に両足蹴り喰らったときに」 「打ってねぇ!俺ぁ正気だ、今んとこかろうじて正気だ!!」 「いやだって半透明って・・・なにそれぇ、わけわかんないですよー、何ですかぁ半透明って、フワッフワしたあれって。 ・・・・・・ああ、ほんとだー。確かに布団はめくれてるけど」 もっとよく見えるようにと前に出たら、土方さんに引き止められた。 肩に指が食い込みそうなくらいがっちり縋ってきたひとが、瞳孔全開で汗ダラダラの鬼気迫る顔で あたしの肩をぶんぶん揺すって、 「おい行くぞ。もういーだろ充分見ただろ!とっとと出るぞ!!!」 「えぇー、いやです、やだー!まだ何も見てないのにぃ」 「見た、俺ぁ見た、嫌ってぇほど見た!!」 「見てないですってば!あたしは何も見てないですー! せめてあのコタツだけでも見せてくださいよー、ねっ、ちょっとだけ。ちょっとだけでいーですから」 つまんない、つまんないよ、どこにも立ち止まらずに全部素通りなんて。「きゃー!」って悲鳴上げて 心臓ばくばくさせる暇もないなんて。これじゃお化け屋敷の醍醐味も何もないじゃない。 ぷーっと膨れて黒い羽織をぐいぐい引いて「つまんない。こんなのつまんないぃ」って愚痴ったら、 全身汗だくで真っ青な土方さんの表情が変わる。動揺気味で血走ってる鋭い目がじとーっとあたしを眺めて、 苦虫を噛み潰したよーな顔で黙りこくって、 「・・・さ。三分だけ待ってやる。いいなきっかり三分だからな、それ以上は一秒たりとも譲らねぇからな!!?」 「いいんですかぁ!わーい!ありがとう土方さんっっ」 ああ、ってぼそっと漏らした土方さんが、壊れかけたカラクリみたいなぎくしゃくした動きでじりじりコタツに寄って行く。 よかった、気を取り直してくれたんだ。・・・なんて思ったけど、よく見たら違った。 一見冷静さを取り戻したように見える土方さんの汗は相変わらずで、かあっと剥いた目でコタツをガン見しながら、 口の奥ではボソボソとブツブツと震える声で唱え続けてた。 「見えてねえ俺ぁ何も見えてねえ、見えてねーったら見えてねえ、あれぁ目の錯覚だ、寒気がすんのは風邪の前兆だ・・・!」 ・・・・・・・・・・・・・・・・あきらかに挙動不審だ。街中で見かけたら任意同行をかけたくなるくらい ヤバい人だ。しまいには羽織の袂をガサゴソ探って煙草を出そうとするから、腕に飛びついて必死に止めていたら、 『――というわけで嘆きの天使は、堕天して女性を食い物にする悪徳ホストへと変貌したルシファーに騙され、 都合のいい女として散々もてあそばれた挙句にリサイクルショップへ売り飛ばされ、身も心もすりきれるまで 転売を繰り返され、ズタボロなアバズレ中古品として使い倒されたのでした。 我が身の不幸を儚んで自ら翼を焼いてしまった彼女は、神が与えたもうし聖なるコタツで千年の眠りについたのです』 「・・・・・・・・・・」 顔だけはあくまでもにこやかに、けれど抑揚なく淡々と語りつづけるメイドさんの説明が耳に入って、 思わずそっちに目が行ってしまう。 ・・・不条理だ。途中から聞いたから一体何がどうなってそんなことになってるんだか不明だけど、 子供が集まる遊園地のアトラクションとは思えない不条理設定だよ。しかも登場人物は天使とかルシファーとか 神々しい名前ばかりなのに、あらすじが妙に昼メロ的というか下世話なのはどーしてなんだろ。 ほら、あのカップルも微妙な反応してる。何かボソボソ囁き合いながら、怪訝そうな顔つきになってるし。 「ちょーっと〜なにーこの話〜、神とか天使とかなーんかダッサいんですけど〜。てゆーかつまんねーし、飽きたし〜」 「よーよー、なーんかよー、ビジュアル系バンドのメンバーにいそーじゃね?ルシファーってよー」 「えーあたしそーいうの興味ないんだけど〜。でもかぶき町のホストクラブにそんなホストがいたよーな〜、いなかったよーな〜」 「っだよ公子、お前まだホストクラブなんか通ってんのかよ!やめろって言っただろぉ」 「行ってないって、行ってないから〜。も〜〜やーだー太助ウケる〜、すーぐヤキモチ妬くんだから〜」 やーだ〜〜、って鼻にかかった声で笑った女の子は、くるくる巻いた長い金髪をしきりに指で弄ってる。 肌がチョコレート色でぽっちゃりめなその子は、同じくらいぽっちゃりしてるもじゃもじゃアフロヘアの 彼氏の頬をつんつんしたり、かと思えばあたしたちを眺めて、ひそひそ耳打ちしてみたり。 ・・・仲が良いなぁこの二人。見てるこっちが赤面しちゃうくらいラブラブモード全開だ。 そりゃああたしだって一応、「お付き合い」を始めたばかりだ。だけどあんなふうに腕を組んだり、 ましてやほっぺたをつんつんしてみたり、・・・なんて。 ――ちらり、と横のひとを見上げてみる。遊園地に遊びに来ている人とは到底思えない 恐ろしい形相になっちゃった土方さんは、なぜかぎりぎりと歯を噛みしめ、血走った目でかあぁっとコタツを睨んでる。 なぜかぶるぶる震えてる手が、刀の柄をがっちり握ってるあたりも洒落にならない。 ・・・・・・うん無理。無理無理無理。ないないない、考えられない。 土方さんとあたしじゃ、あんなラブラブシチュエーションはありえないよね。 ははは、なんて諦めの笑いを浮かべてたら、 『――今宵はちょうど、彼女が眠りについてから千年目。 千年ぶりの復活を遂げる嘆きの天使のために、聖餐――つまりは生贄を捧げなくてはなりません。 そこで天使再臨の聖なる夜にこの館へお集まりくださった皆様に、復活の儀式をお手伝い頂きたいのです』 あたしがカップルに気を取られてる間になんやかんやの説明を終えたツインテールメイドさんは、 コタツ布団に手を掛ける。ゆっくりと上げていくと、中ではほっそりした女の子の天使が眠っていた。 ――とはいっても天使さんは人間でも人形でもなくて、こういうアトラクションではおなじみの3Dホログラム映像。 さっき土方さんが言ってたとおり半透明で背中には白い翼、頭や顔に包帯を巻いていて、ショートボブくらいの 青い髪は前髪が長めだ。 「〜〜〜〜っっ!!」 横で土方さんが声にならない悲鳴を上げる。何でそんなに驚いたのかわからないけど、 だだーっ、と一気に壁際まで逃走していた。変なの、背中を壁にびたっと貼りつかせてガクガク震えてるのに、 それでも血走った目だけはコタツから離そうとしない。 ・・・本当にどうしちゃったんだろ。あんなに取り乱した土方さんなんて久々に見たよ。 まさかこの短時間でニコチンの禁断症状が出てきたとか・・・? 「〜〜〜〜〜〜でででででっ出たぁぁ!!!、おィィィィィっっっ、ここ出るぞ、出たから出るぞ!!」 「えぇー」 顔面蒼白で絶叫するひとをじとーっと眺めて、あたしは口を尖らせた。 「ずるいですよー土方さぁん、まだ三分経ってないのに。土方さんが言ったんですよー、三分って」 「んなこたぁどーだっていい!いーから来い、こっち来いィィィ!!」 「えーっやだぁ、やですー。この変な話のオチを聞いておかないとすっきりしないじゃないですかぁ」 「やですー、じゃねえぇぇぇ!!っ、おいコラ無視すんじゃねえこっち来いっっ、おィィィィィ!!!」 背中にぶつかってくる震えた大声は無視して、コタツのほうへ向き直る。 土方さんと言い合ってた間に、ホログラム映像の天使さんを起こす儀式は始まっていたみたいだ。 ぽっちゃりカップルさんの彼女のほうが、なぜか手にケンタッキーフライドチキン的なあれを持ってる。 ・・・もしかしてあれがメイドさんが言ってた、天使を目覚めさせるための「聖餐」なんだろうか。 だとしたらますます意味がわかんないよ・・・! こんがりキツネ色のそれを、ぽっちゃり彼女が横たわってる天使さんの口元へ。すると右側が包帯で覆われてる 天使さんの顔がふっと揺れて、ぱち、と大きな左目が見開かれて。青白い唇がゆっくり動いて、 『私は嘆きの電脳天使、ブルー霊子。私を目覚めさせたのはだぁれ・・・?』 弱々しい掠れ声で彼女に尋ねる。ホログラムの青白い手がすーっと差し出されて、 フライドチキンを取ろうとする。ひいっ、とびっくりして叫んだぽっちゃり彼女さんは チキンを投げ出して彼氏のところまで逃げ帰って、 「うっわキモっっ。なにこいつっ、映像じゃないし!なんか感じたんだけど、手に触られた感じがしたんだけど!!?」 「げっ、マジかよ!?」 二人が怯えてるみたいに目の色を変える。あたしも目を丸くして天使さんを眺めた。 よろよろと頼りない動きで起き上がった天使さんは、驚いたことに落ちたチキンを拾い上げた。目を閉じて匂いを嗅いで、 『・・・わぁ、香ばしくっていい匂い・・・コタツで居眠りして翼が焼けたときも、こんな香ばしい匂いがしたっけ・・・』 沈んだ表情でちまちまと、うさぎみたいに少しずつ食べ始める。・・・!うそっ、ほんとに食べてる、チキンが減ってる! もう驚きの連続だ、すごーい、ホログラムなのにあんなことまで出来るなんて・・・! からくりメイドさんといいこの天使さんといい、最先端な仕掛けばっかり。とても遊園地のお化け屋敷とは思えないよ。 ――なんてわくわくして見入ってる間に、天使さんは青白い頬を丸くしてチキンをむぐむぐ噛みしめて、 『・・・そう、千年もの長き眠りと聖なるコタツによって癒された私の身体は、今宵復活を遂げようとしています。 悪い男にもてあそばれて身も心もすりきれ、実体の無い電脳天使という存在におちぶれていた私は、 不安定ながらも仮の肉体を得たのです。 そして今はまだ透き通っているこの身を完全な実体とするためには、あなたたちの協力が必要なんです・・・』 よろよろと立ち上がった天使さんが細い両腕をカップルへ差し出して、 『・・・さあこちらへ来てください、そこの見苦しいバカップル。あなたたちはここで私にその身を捧げ、聖なる贄となるのです・・・』 「ちょ、なにこいつ。今バカップルって言ったよね、見苦しいとか言ったよね!?」 「っだよこのホログラム、バグってんじゃね。 おいバカ天使、いーかげんにしろよ。俺達人間さまはおめーの食い物じゃねーっての」 『・・・いいえ、そんなはずはありません。悪徳ホストにもてあそばれるという俗世の苦界を超えた私の目は、 あなたたち程度にはごまかせませんよ。さあ正直に懺悔してください。そして大人しく私の食料として身を捧げるのです・・・。 人間のフリをしても駄目ですよ、あなたたち本当はアレでしょう、ハム工場的なところから脱走してきたアレでしょう・・・?』 「なにこの天使っっ、ちょーーーームカつくんだけどォォォ!!」 ハムの原料扱いされたぽっちゃりカップルがぎゃーぎゃーと凄まじい勢いで言い返しても、天使さんは 憂鬱そうな顔してチキンをもぐもぐ。 すっかり取り残されちゃったあたしは、呆然と三人を眺めてたんだけど―― 「・・・っ!?」 心臓が跳ね上がるくらい驚いて、びくんと大きく肩が弾んだ。 誰かの手だ。ひやっ、と冷たい、けれど柔らかい何かが、気配もなく手の甲に触れてきた。 冷たい何かはあたしの手首をむんずと掴む。しっかりして力強い感触。――男の人の手だ。 「――・・・・・っ、ひ、ひじかた・・・さ・・・?」 ぎゅっと、痛いくらい強く握ってくる手の感触はすっごく冷たい。 ――だけど、土方さんだよね?この手。・・・そうだよね、他に誰もいないんだし。 「・・・つ。つめたいですね、手。・・・・・・・・土方さんの手、いつもあっついのに・・・」 ・・・・・・どうしよう。心臓の鼓動が手まで伝わっちゃいそう。最初は小さくひかえめに弾んでいた 心臓の音は、土方さんに手首を掴まれたせいで、大きく、高くなってきた。 後ろから、急に握られたせいかな。なんだかすごくどきどきする。顔や耳が、かーっと熱く火照ってきた。 これじゃあ恥ずかしく隣が見れないよ。 それにしても土方さん、・・・どうしたんだろ急に。 ・・・・・・・・・・・・でも。でも。別に嫌じゃないけど。・・・むしろこういうのって、憧れだったけど。 「・・・・・・そ。そういえば。覚えてますか・・・?前にこの遊園地に来たときも、土方さん、 あたしの手首掴んでましたよね。あれ、すっごく痛くて・・・っ、で、でも、あのっ、嫌とかじゃ、なくて・・・!」 うつむいておろおろと口籠ってたら、冷たい手はすうーっと消えるみたいに静かに離れていく。 少しほっとしたのも束の間、土方さんはもっと大胆なことを仕掛けてきた。 ふわ、と軽い感触で肩を抱かれる。えっ、と目を丸くした時には両腕を胸のあたりに回されて、 後ろからぎゅーっと抱きつかれてた。ここの空気が冷蔵庫並みに冷えてるせいなのか、抱きしめられたのに 肌寒さがひゅうっと身体を包む。どきん、と心臓が大きく弾んで、ひゃあっ、と口からあわてふためいた悲鳴が飛び出て、 「ひ!!土方さんんんん!?」 「・・・・・・・・・・」 「ぇ、や、やだっ、ちょっ・・・!?ぁ、あのっ、どどど、どーしたんですかっ急に・・・!?」 「・・・・・・・・・・」 「って、こ、ここじゃ、あの、人が、見てるし・・・!だっ、だから、〜〜は、恥ずかし・・・・・・っ」 「・・・・・・・・・・」 「〜〜〜っっの馬鹿女っっ、ぁにやってんだコルぁああああ!!俺の目の前で何を好き放題されてんだ!!?」 「――え?」 びゅんっっっ。 顔の横を空気を裂くような強風が通過、ひゅわぁあっ、と肩に垂らしたままの髪が翻る。 驚いて振り向いたら――目の先すれすれの近さを、びゅんっっっ、と何かが唸りを上げてコタツのほうへ飛んでいく。 ・・・えっ、何。今のは何? ぽかんとしたまま背後の壁のほうへ振り向くと、そこにはとんでもないことをしてるひとが。 顔面蒼白であたしの方を睨みつけてる土方さんが、手当たり次第に投げてくる。びゅんびゅんとあたしの左右で 風を切って、広間の壁一面に展示してある処刑用らしい物騒な刃物をあれこれと、片っ端から!! 「っっ!!?ちょっとぉぉぉぉ!なななななっなにしてるんですかぁっ、気でもふれちゃったんですか!!? ここは遊園地ですよ遊園地っっっ、攘夷浪士のアジトでもなければヤクザの組事務所でもないんですよ!!?」 「っっだコルぁああ、誰がキ×ガイだ誰が!!誰のためにんな真似やってっと思ってんだコルぁああ、 いーから来いさっさと来いっ、そこはやべえんだそこは!!四の五の言わずにさっさとこっちに逃げて来いィィィィ!!」 「――あ?何、今の。ちょ、太助ぇ、今何か飛んでったよね、見た?」 「あぁ?知らねーよ何をだよ」 「だーかーら〜、目の前をびゅんって、すっげースピードであっちに、 ――・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ひいィィィィィィィィィ!!」 ドスドスドスッッ、とコタツの天板に連続で突き刺さった光る凶器に、ぽっちゃり彼女が悲鳴を上げる。 続いてぽっちゃり彼氏も野太い悲鳴を上げて、がくっと腰を抜かして床に座り込んで、 『エマージェンシー、エマージェンシー、こちらお化け屋敷担当、くりんちゃん参 ― 弐壱丸玖號。 システム管理本部、応答下さい。セットを破壊する凶暴な不審者が一名出現。至急、応援部隊の出動を要請します』 ツインテールのからくりメイドさんは、何の危機感もないにこやかな顔。耳に着けてる大きなヘッドフォンみたいなものに、 淡々と現場の状況を伝えてる。壁から剥がした凶器をブンブン投げてくるどう見ても危ない人(=土方さん)に、 カップルは揃って絶句していた。「なななっなにあの男っ、ヤバくね!?」と叫んだ彼女が腰を抜かした彼氏の 襟首をがしっと掴んで、ずるずる引きずって逃げていく。途中でぽろっと、何かが床に転がり落ちる。何かと思ったら、 ――彼氏のもじゃもじゃアフロヘアだ。 『・・・あぁ、逃げられちゃった。・・・脂が乗ったおいしそうなハムだったのに・・・』 悲しげにつぶやいた青白い電脳天使さんは、『・・・いけない。コタツの電気、切ったかな・・・』と小声で言うと、 残りのチキンをむぐむぐ噛みしめながらコタツの中へするする潜っていって。 「・・・・・・・・な。なにこれ・・・・・。え、何これ。どーなってるのこれ、・・・」 どどどどど、と大群で迫ってくる足音が、暗い通路の向こうから聞こえ始める。 もしかして、さっき応援要請されてたメイドさん軍団だろーか。 だったら逃げなきゃ、土方さんが捕まっちゃう。でないと明日の朝刊の一面記事にどどーんと、 ――『真選組またしても不祥事 乱心した副長を遊園地で逮捕』―― そんなのダメだよ洒落にならないよ、ああっ早く逃げなきゃ・・・! なんてことも思うんだけど、頭が混乱しきってるせいか身体がびくりとも動かない。 はは、ははは、と意味なく笑いながら呆然と突っ立っていると、ばっ、とまた手首を掴まれる。 「〜〜〜っの馬鹿が何をボケっとしてんだ、来い!」 強引なその手にぐいぐいと容赦なく引っ張られて、半分引きずられるようにしてよたよた走って―― ――気づいた時には外だった。 闇色一色だったお化け屋敷から飛び出て、昼間の太陽のまぶしさに照らされながら走る。 前を走る黒い羽織姿がようやく足を止めたのは、お化け屋敷の出口から少し離れた緑の植え込みの前。 その裏に回り込んだ土方さんはあたしの頭を抱きかかえて、身を低くしてその場に隠れた。 隠れたのとほぼ同時に、あたしたちを追ってお化け屋敷から駆けてきたからくりメイドの大群が、 お揃いのエプロンドレスの裾を翻らせながら植え込みの前をどどーっと通過。隣接してるメリーゴーランドでは、 軽やかなBGMをバックに馬車や馬に揺られてる人たちが『何?何があったの??』って驚きの顔でざわついている。 よかった、なんとか巻けたみたい。ほっとして一息ついたのも束の間、 横でぜぇはぁと息を切らしてた死人みたいな顔色のひとに、頭のてっぺんから固い拳骨をグリグリ捻じ込まれて、 「〜〜〜〜〜〜痛いっ、痛い痛いぃぃぃ!ちょ、やめてくださっ土方さっっっぃだだだだ!!」 「〜〜〜〜〜〜〜ったくてめえは、何やってんだ!?」 「はぁぁあああああ!!?それはこっちの台詞ですけど!!!?」 「っっっだこの野郎っ、口答えか!!?常識ってもんを知らねえのかてめーは!」 「はぁあ、何が!!?何ですか常識って、よく言えますね、あーんな非常識な真似しといてよく言えますよね!!」 「あんだろーが常識っつーか最低限の礼儀が!!俺ぁ物分りの悪い馬鹿女をどーにかを助け出そうと 躍起になって醜態晒してやってんだぞ、だってえのにてめーときたら礼の一言もなしかゴルぁああああ!!」 「知りませんよそんな常識っっ。あんなところでダーツの矢みたいに凶器投げつけてくる人に常識説かれても、 何の説得力もないっつーのォォォ!!そっっ、それに、・・・それに!・・・・・・・・〜〜〜〜〜っ」 羽交い絞めしてくる腕に顔が埋もれるくらい深くうつむいて、じわじわ赤くなってきた頬を隠す。 もじもじと指を擦り合わせて、 「・・・ど。どーして。あんなところで・・・・・・・・・・したんですかぁ」 「あぁ?っだコラ聞こえねえぞ、もっとはっきり言わねえか」 「しっっ、したじゃないですかぁっ。・・・・あの、その、ぅ、後ろから、・・・・・・・・・・ぎゅーって。 そっ、それから、ほら、手首も!手首もぎゅぎゅーってしたじゃない!結構痛かったんですよあれっ」 顔が真っ青で汗だくな土方さんが、耳まで真っ赤なあたしを見つめて押し黙る。 吊り上り気味な眉をぎゅっと寄せて、ごくりと生唾を呑み込んで、 「・・・俺じゃねえ。俺ぁずっと壁際にいた」 「・・・・・・・・・・・・・・・・、へ?」 「やっぱり気づいちゃいねえな。・・・お前、コタツん中から出てきたアレに憑かれそーになってたんだぞ」 「・・・・・・・・・・・・・・。はぁ?・・・な、何ですか憑かれるって。何ですかアレって」 「・・何か知らねえが頭にスカウター付けた奴だった。ランニングシャツにトランクス姿、半透明で脚が無ぇハゲ親父だ・・・」 はーっ、と溜め息混じりにボソボソと語る土方さんを、顔を引きつらせて見つめる。 黒い羽織の腕がおそるおそる手を伸ばしてくる。無言であたしの腕を取って、コートの袖を捲り上げた。 ひぃぃぃぃっ!――と叫んだはずが、恐ろしすぎて声にならなかった。 ぞぞーーーっ、と背中をおぞましい悪寒が走り抜ける。 そこにはありえない痕跡が残っていた。――手首にぐるりと一周、強く握られたときに出来る紫色のアザが。 「〜〜〜〜えっっっ。ぇ、ええええええぇえ!?だって、だって半透明って、 あの天使さんのことじゃなかったんですか!?じ、じゃあ、さっきの、あれって・・・!」 「あれぁ作りもんだろ、同じ半透明でも所詮はカラクリだろーが!俺が言ってんのはあれじゃねえ、他の奴が コタツから顔出してやがったんだ!〜〜〜〜だから何遍も言っただろーが。さっさと出ろって言っただろーが!!!」 こめかみをぴくぴく引きつらせてるひとと涙目で見つめ合い、それからお化け屋敷の真っ黒で おどろおどろしい建物を見つめて、数秒が経過。ぅああ、うぅぅあぁぁっ、と意味不明な何かを口走って ブルブル震えたあたしは、先に全力疾走でダッシュした土方さんを泣きながら追う。 かちかちと鳴るばかりで歯が噛み合わない唇から、裏返った絶叫が飛び出した。 「っっっぎゃああぁああああああああああぁぁ!!!!!」

「 LOVE & ROLL *5 」 text by riliri Caramelization 2012/12/12/ -----------------------------------------------------------------------------------       next