「いらっしゃいませ、大江戸ドリームパークへようこそ!何名様でご来場ですかー?」 「大人二人。ああ、面倒くせーからどれでも乗れるやつで」 「はいっ、ワンデイパスポートを二枚ですね!ありがとうございまーす!」 「あのー、ここの割引クーポン持ってるんですけど。これ、使えますか?」 「はいっ、お預かりしまーす!」 テンションも声も高めなチケット売り場のお姉さんに、ガラス越しにクーポン券を渡す。 冬場は空いてる、って言ってた全ちゃんの言葉どおり、お昼すぎに着いた遊園地の入場口は がら空きだった。並ぶこともなくすぐにチケットを買えるのはいいんだけど・・・ すごーく気になることがある。三か所あるチケット売り場のお姉さんたちは、不思議なことに なぜか全員メイド服姿。黒いワンピに白のエプロンドレス、頭には白いフリルつきの カチューシャみたいなあれ。たしかあれってホワイトブリムっていうんだよね。 それにしても遊園地でメイド服って、・・・これ、何の演出なんだろう・・・? 不思議に思いながら着物の袂をごそごそしてお財布を出そうとしたら、土方さんの手に遮られて。 「いい。ここは奢ってやる」 「ぇえー、そんなぁ、いいですよー。あんみつもご飯も全部奢ってもらったんだもん、このくらい自分で出しますよー」 「いいからそのガキくせー財布引っ込めろ。そもそも全部奢れっつったのはお前じゃねーか」 「やだなーあれは冗談ですよ、今日は自分で払う気満々ですよ? その証拠にほら、見て見て!ちゃんと大金が入ってるんですよ、ほらぁ!」 かぱっと開いたお財布には五千円が一枚、あたしの半月分のお小遣いに相当する大金だ。 それを見た土方さんは目頭を抑えて、頭痛をこらえるような顔になって、 「・・・おい、もういい、いいから仕舞え。どうもてめえの財布は見ると無性に泣けてくる」 「ちょっ、なんですかそれぇ。そーいう同情のしかたってあたしに対して失礼ですよっっ」 ムキになって羽織の袖をぎゅぎゅーっと引っ張りながら言い返したら、 お財布から一万円札を抜き出した上司さまの目に、何か小馬鹿にしてるよーな、取るに足らないものを 憐れんでるような色が。そして片方だけ微妙に吊り上った口端には、皮肉たっぷりな失笑が。 ・・・ええそうですよ、そりゃああたしは副長さまに比べたら貧乏ですよ。副長専用パシリの半人前だから お給料は少なめだし、お財布の中身は入ってても千円札オンリーだし、「泣けてくる」なんて 厭味言われちゃっても仕方ないよーなお財布事情なんだけどさ。だけど今日はちょっとリッチに、 大奮発して五千円も入れてきたのに!めいっぱい見栄張って「自分で出します」宣言してみたのに! そんなことを、横できゃーきゃーと喚くあたしは無視してさっさと支払いを済ませようとするひとに訴えると―― 「――いいからすっこんでろ馬鹿パシリ。そんなに殴られてーかコルぁあああ」 怒ってるんだか笑ってるんだかわかんない不気味な表情で頭の上に拳を構えられたから、 あたふたと頭上をガードして引き下がった。 「おら、お前の分だ。持っとけ」 ぺち、と頭の上に貼り付けるみたいにして、土方さんが場内パンフレットと定期券サイズのチケットを寄越す。 チケットは前にここへ来たときも買って貰った、何でも乗り放題の一日フリーパス。某有名チェーン店の 牛丼に換算すると余裕で十杯は食べられる、根っから貧乏育ちなあたしには震えがくるほどのお値段だ。 ・・・いいのかなぁ、こんな高いチケット買って貰っちゃって。今日はあたしから誘ったんだから、 出せるところは自分で出すつもりだったのにな。頭から下ろしたそれを、ぷーっと頬を膨らませて眺めてたら、 「お前の懐具合は関係ねえ。こういった時はこっちが払うのが相場だってだけの話だ」 「・・・・・・・・。でも」 「いいっていってんだろ。んなとこで男に恥かかせんな」 さらりとそう言われたら、何も言えなくなってしまった。 うつむいて口籠ってると、土方さんの手が肩に降りてきて。 「行くぞ」 ぽん、と軽く肩を押される。軽く押されただけなのに、大きな手のしっかりした感触にどきっとした。 おずおずと顔を上げていくと、しょうがねぇな、って表情であたしを見下ろしてるひとの うっすらと笑ってる顔に視線を吸い込まれてしまう。 屯所のみんなが一緒の時とは、どこか、少しだけ違ってる顔。土方さんが時折、こんな表情を見せてくれるように なってから一ヶ月。いつも冷静で表情が薄いこのひとの顔つきのどこがどう違ってるのか、 あたしにはまだわからないけど。 でも、どことなく甘いっていうか、優しいっていうか・・・。こういう表情を見せてくれるときの土方さんって、 普段よりもあたしのことを甘やしてくれてるときで。だからなのかな、この顔を見つめていると自然と胸が高鳴ってくる。 ちょっと皮肉混じりなあの笑顔にすぐ手が届くくらいの近さから見つめられていると、なんだか自分がこのひとに 特別大事にしてもらってるような気がして。 ――うっかり自惚れそうになる。ありえない勘違いをしそうになる。ぽーっ、と頬が火照ってきて、耳まで熱くなってくる。 ――なんだか夢でも見てるみたい。 土方さんが――あの土方さんが、あたしのことを女の子扱いしてくれてる。 こんなこと言ったら「いい加減に慣れろ」って笑われるかもしれないけど、実はまだ信じられないんだ。 上司と部下の関係でしかなかったこのひとと二人で出歩いたり、遊園地の前でこんなやりとりをするような関係に変わったなんて。 今だって目の前で起こってることにぜんぜん実感が湧かないから、すごくズレた感想が浮かんでる。 こういうやりとりって、まるで本物のデートみたいだなぁ、…なんて。 「いつまでつっ立ってんだ、置いてくぞ」 「・・・・・・え?あ、はいっ、」 はっと我に返ったら、土方さんの姿が遠ざかっていた。 駅の改札口みたいな入場ゲートの少し手前で、足を止めて待ってくれてる。急いで走って隣に並ぶと、 「で、どーすんだこの先。何に乗りてえんだ」 「えーと、ジェットコースターとスプラッシュフォールとゴーカートとコーヒーカップと観覧車と フライングカーペットとスクリューコースターとスーパーバイキングとマジカルシューターとウォーターライドと」 「どんだけ乗る気満々だ。少しは絞れ」 「うーん、最初はどれにしようかなぁ…とりあえずジェットコースターかなぁ、それとも」 「おいコラ。人の話聞いてんのか、てめ」 パンフレットを開きながら考えてたら、「――げっ、」と、隣から低い呻き声が。 うんざりしたようなその声の響きが気になって顔を上げると、ゲート前にものすごく目立ってる人がいた。 しかもその人、おーい、とこっちに手なんか振ってるんだけど・・・なんていうか、あまり関わり合いには なりたくないっていうか、出来ればこの場で回れ右して帰りたくなるような格好の人だ。 M78星雲からやって来た宇宙人みたいな作りの被りモノに、ぴかぴかした銀色のサウナスーツみたいな衣装。 「コスプレ大会か何かの帰りですか?」って尋ねたくなる、そんな人。土方さんとあたしだけじゃなくて 周りの人たちの目まで釘づけにしたその「宇宙規模で正義の味方」みたいな人が、上げた手をひらひらと振る。 軽い調子で挨拶してきた。 「よぅ、やっと来たか。思ったより遅かったなぁお前ら」 「ちっ。今度はてめえか・・・!」 「はは、相変わらずつれねーなぁ副長さんは。開口一番で舌打ちはねーだろ、舌打ちはぁ」 「・・・全ちゃん?・・・え、全ちゃんなの?全ちゃんだよね?なにそのまぶしい格好、ヒーローショーの衣装…?」 「おぅ、お前らも今日来るっつーから待ってたんだぜ。もう少し早めに来てくれりゃあよかったんだがな」 入れ違いになっちまうな、と正義の味方…じゃなくて全ちゃんの指が、後ろを指す。 ・・・入れ違いって何のことだろう。 全ちゃんの言葉に眉をひそめた土方さんと目を見合わせてから、銀色スーツの背後を覗き込んだら―― 「――お姉ちゃーん!お姉ちゃあん!」 入場口を抜けてこっちへ、おかっぱ頭の小さな女の子が弾んだ足取りで駆けてくる。 満面の笑顔で手を振っているその姿を目にして、あたしもそっちへ駆け寄った。 かたかたかた、と下駄の軽い足音を響かせながらあたしの胸に飛び込んできたのは、警察病院にいるはずの美代ちゃんだ。 「――美代ちゃん!えっ、何で?どうしてここにいるの?」 「あのね美代ね、今、かんらんしゃに乗ってきたんだよ。小さなお部屋がね、ゆっくり上がっていくの、 お空が近くなってね、すごーく高くなるの!遊園地の人たちがみんなみんな、お人形さんみたいに小さーーくなるの!」 ふっくりした小さな手に着物を掴まれ、全身でぎゅっと抱きつかれる。無邪気に抱きついてきた 美代ちゃんの後ろには、お兄ちゃんの爽太くんの姿が。 あたしと土方さんに「こんにちは」と礼儀正しく頭を下げる細身な男の子は、身体の左脇を松葉杖で支えてる。 どうしてこの二人がどうしてここにいるんだろう、と目を丸くしていたら、こっちへ寄ってきた全ちゃんが 美代ちゃんの頭を親しげに撫でて。 「招待したのさ、俺が。あの事件以来、ちょいちょいこいつらの見舞いに通ってたからな。なぁチビ子、そーだよな」 「チビ子じゃないよ美代だよー。いつになったら美代の名前覚えてくれるの、忍者のおじちゃん」 「まあまあ、いーじゃねーかよ細けーことは。お前だって俺の名前覚えてねーだろ」 「全ちゃんが招待・・・!?珍しーい、ボンクラ全ちゃんがこんな気の利いたことするなんて・・・!」 「まぁな、俺はガキには優しいからな。お前だってガキの頃連れてきてやっただろーが、ここに」 「そんなのあれ一回きりだったじゃない。 それ以外はあたしが全ちゃんに貢いでたんだよ、お小遣いで買った駄菓子とかジュースとか」 そう言い返したら、全ちゃんが気の抜けた声で笑う。そーだったかぁ?と、銀色の被りモノをもぞもぞと脱いで、 顎のところをぽりぽり掻いてすっとぼけていた。あたしたちのやりとりを見てた土方さんが、 「つくづく男を見る目がねえなお前は」って、とんでもなく残念なものを見る時の冷えきった目つきでぼそっと唸る。 「えー、じゃあ、そーいうあたしに懐かれたってことは、土方さんも全ちゃんと同じダメ男ってことですねー」って 思ったそのままをへらっと笑って言ってみたら、 ――言い終わらないうちにガツンと拳骨を落とされた。正直に言ってみただけなのに・・・! そこへ爽太くんが杖を突きながらやって来て、 「副長さん、さん、この前は美代に美味しいお菓子をありがとうございました」 「お姉ちゃんありがとう!すごく美味しかったの、あの猫さんのケーキ!」 「猫さんのケーキ」っていうのは、先月病院へお見舞いに行ったときのお土産のことだ。 屯所の近所のお店で売ってる動物型のデコレーションケーキは、子供にすごく人気らしい。 子供連れのお母さんがお店に入って行く姿をよく見かけたから、あのお店の前を通るたびに気になってたんだよね。 だから、あれをお土産にしたら美代ちゃん喜びますよ、って土方さんに薦めてみたんだけど。 「あれは土方さんが買ってくれたんだよ、可愛くて美代ちゃんが喜びそうだったから。ねぇ土方さん、そうですよねっ」 「ああ。半分はどっかのバカが食いてー食いてーって店先で騒ぐから買ってやったよーなもんだがな」 「どーして言うんですかぁ、そういうことは言わなくていいのにぃ!」 あんまりしれっとバラすから腕をべしべし叩いて抗議したけど、土方さんは「ぁんだ、何か文句でもあんのか」って顔して 頭にグリグリ拳を捻じ込んできた。こっちも負けじとやり返していたら、それを見ていた全ちゃんが、 「おいおい何だよ、無言で会話しちまってまぁ。すっかり通じ合ってんなぁお前ら」 なんて、わざとらしく覗き込んでくる。いまいち意味が判っていないらしい美代ちゃんと爽太くんが きょとんとしてるからなんだか恥ずかしくなってきて、あたしはあわてて土方さんから離れた。 ――土方さんと付き合うことになった、ってこっそり報告して以来、全ちゃんたらいつもこんな調子だ。 誰かにひやかされると恥ずかしくてどう反応したらいいのかわかんないあたしと、まったく正反対に堂々としてる 土方さんの組み合わせが可笑しいらしい。・・・まぁ、あたしにとってはお兄ちゃんみたいな存在の全ちゃんが 土方さんとのことをすんなり認めてくれて、何かというとひやかしたがるくらいに喜んでくれてることは正直嬉しい。 元御庭番だけに、警察の内部事情にも詳しい全ちゃんだ。土方さんとのことを知ったら反対されるんじゃないか、って思ってたし。 ――そこへ付き添いの婦警さん二人が合流してきたから、三人で警察病院に戻る美代ちゃんたちを 見送ることにした。ここに来た時はパトカーで送ってもらったらしいんだけど、帰りは爽太くんのリハビリも兼ねて 電車に乗って帰るそうだ。婦警さんたちに囲まれた二人が駅へ向かって歩き出した途中で、なぜか美代ちゃんがこっちへ戻ってくる。 顎のところで切り揃えられたおかっぱ頭を揺らしながら、見ているこっちまで嬉しくなるような、楽しそうな笑顔を浮かべて。 「あのね、これ、メイドのお姉さんにもらったの。でも全部集められなかったから、お姉ちゃんにあげる」 小さな手で差し出してくれたのはピンク色のスタンプカード。リボンのかたちの判子が三つ、押してある。 横から口を出してきた全ちゃんの説明によると、今月は遊園地内でスタンプラリーを開催中なんだって。 場内のアトラクションに一つ乗るごとにスタンプ一個、七ヶ所回るとコンプリートで、 この遊園地のオリジナルグッズが貰えるらしいんだけど・・・。 「美代ちゃん、メイドさんに会ったの?遊園地なのに?」 「うん、会ったよ。いっぱい、いーっぱいいたよメイドさん。みんなふりふりでひらひらの可愛いお洋服着てるんだよ」 「・・・?そういえばチケット売り場のお姉さんもメイド服だったけど、・・・・・・?」 美代ちゃんが下駄を鳴らして走って行く。立ち止まって美代ちゃんを待っていた爽太くんと手を繋ぐと、 もう一度笑顔で振り返る。背伸びするみたいにしてうんと高く上げた手を、ぶんぶんと大きく振っていた。 「ばいばいお姉ちゃん、副長のおじちゃん!忍者のおじちゃんも、ばいばーい」 「おう、気ぃつけて帰・・・・・・いや待て、誰がおじちゃんだ誰が」 「ははは、そう怒りなさんなって。ガキの言うことだし堪忍してやれよ、おじちゃん」 「てめえが言うな、俺よりおっさんくせー風体した奴が!」 「じゃーなーチビ子、爽太ー。いつでも案内してやっから、また来いや」 隣で怒鳴ってる土方さんの声なんて聞こえてもいないようなすっとぼけた態度で、全ちゃんは二人に手を振る。 あたしも大きく手を振った。ずっと手を振り続けてる美代ちゃんの隣で、爽太くんが深々とお辞儀する。 そんな爽太くんを、美代ちゃんは顔をほころばせて見上げていた。無口で大人しいけれど芯が強くて優しい爽太くんは、 美代ちゃんの自慢のお兄ちゃん。お互いがお互いを思い合って大切にしてる、本当に仲のいい兄妹だ。 「行くぞ」 「・・・、はい」 素っ気なく言った土方さんが歩き出す。すぐに全ちゃんも踵を返した。 それでもあたしはその場に突っ立ったまま、遠ざかっていく二人を見つめていた。 寄り添うようにして歩いていく、二つの小さな背中。見送るうちに、すこしだけ胸の奥が冷えてせつなくなった。 あたしにも美代ちゃんのような頃があった。 ――きゅっと握れば握り返して応えてくれる優しい手が、いつでも隣にあったんだ。 ――それからあたしたちは、三人で遊園地の入場口へ向かった。 全ちゃんはこの後もう一度ヒーローショーの出番があるそうで、さっき脱いだ被りモノをもぞもぞと被り直してる。 入場口が近づいてきて、なんとなくチケット窓口のほうを眺める。そこでは背が高くて体格のいい 女子プロレスラーみたいな女の人三人組がチケットを買っていて、あたしはさっき不思議に思ったことを思い出した。 「――ねえ全ちゃん、あれ。さっきから気になってたんだけど、どうしてみんなメイド服なの?」 チケット売り場のお姉さんたち――お揃いの黒のメイド服姿を指して尋ねる。 全ちゃんは銀色スーツの首のファスナーを締め直してから、 「ああ、あれな。まぁちょっとした趣向ってやつでな。今月は機械(からくり)メイドを大量導入したイベントやってんだ」 なんて言って、子供向けヒーローショーの正義の味方に戻った姿で頭上を指す。 黄色とかピンクとか水色とか、子供が喜びそうなカラフルな動物たちのマスコットキャラが 笑顔でお出迎えしてくれる入場ゲート。そこに掲げられた長ーーーーいピンクの看板には、 ころころと丸くて可愛い書体でこんな文字が。 『小さなお友達も大きいお友達もみんな集まれー!おかえりなさいご主人さま・からくり美少女メイドパーティ!!』
L O V E & R O L L *4
入口前では――ここのアトラクションに出てる人、なのかな。ピエロの恰好をした人が、 ふわふわと揺れる色とりどりの風船を来場者に配ってた。赤と白のユーモラスなお化粧に、メイクと同じ配色の服。 お茶の間コントのお父さん役みたいなつるっとした禿げ頭のその人は、あたしにもオレンジの風船を差し出してくる。 ありがとう、とお礼を言って受け取ると、ピエロさんはあたしたちに続いて入って来た数人の女の子たちのほうへ。 なぜか土方さんはその人が気になったらしくて、まるで取り調べでもしているような油断のない目つきで見送っていた。 「・・・?どっかで見たような面じゃねえか、あのピエロ」 「そーですかぁ?でもあんな人が知り合いだったら絶対見逃しませんよー。あんな特徴的な、ハゲ散らかった頭の人」 「いや違げーだろ。あれのどこが天然もんだ?どう見たってヅラだろーが」 なんてひそひそと言い合ってたら、ピエロさんがくるっと勢いよく振り返る。 来場者を楽しませてくれるはずの道化役は、なぜかあたしたちを睨みつけてた。かぁっ、と目を見開いて、 「ヅラじゃない!か―――っ、んごふふふぉっっ」 何かを言いかけたピエロさんが、ばっっ、と口を塞がれ、ずるずるずる、と大量の風船ごと 引きずられながら後退していく。ピエロさんを引っ張っているのはこの遊園地のマスコットキャラ、 白黒ツートンカラーの大きなペンギンの着ぐるみだ。土方さんが怪訝そうに「何だありゃあ」とつぶやいて、 ぴゅーっ、と快速で入場口の向こうへ逃げていった二人を疑いの目で追っている。 ・・・何だったんだろ、今の二人は。それにしても大きかったなぁあのペンギン。ちょっと驚いちゃうくらい 巨大だよね、あの着ぐるみ。こういう場所でよく見かけるマスコット着ぐるみの倍くらい横幅があった。 身長も軽く2メートルはありそうなかんじだ。きっと中に入ってる人も大きい人なんだろうな。この前テレビの バラエティ番組で見たご当地ゆるキャラの着ぐるみも、あのくらい大きかったけど…、 なんてことを思い出しながら、まずは入口から一番近いお化け屋敷に向かってみる。 ちょっとしたお屋敷くらいの大きさがある建物は、廃墟風の真っ黒な洋館だ。 正面にある大きな扉が入口みたい。今、カップルっぽい雰囲気の二人が入っていったし。 「――・・・・・・・おい」 「はい?」 「・・・まさかたぁ思うがお前・・・・・・・・あれに入る気か・・・?」 「え?だめですかぁ?」 「い。いや。駄目たぁ言ってねえ。言ってねえが、・・・」 ・・・どーしたんだろ、やけに土方さんの歯切れが悪いよーな。 振り返って表情を確かめてみたら、――あたしの気のせいなのかなぁ。顔色まで悪い気がするんだけど。 それに、目元が引きつり気味なあの表情。・・・見ようによっては緊張してるよーに見えるんだけど。 隣のひとをちらちら見上げては首を傾げながら入口まで行くと、おどろおどろしいゾンビの絵が描かれた看板を 持った係員さんが、ずらりと十人くらい並んでた。窓口のお姉さんたちと同じで、全員がメイド服姿。 ただし全員が真っ黒や紫のゴスロリ風メイドで、中には眼帯をしていたり、顔や手足に包帯を巻いてたりする人も。 凝った演出だなぁ、なんて思いながら近づいて行くと、その中の一人がこっちへ向かってくる。 いちごミルクみたいなピンク色の髪をしたそのメイドさんは、遠目にもすごく目が大きい。 思わず視線が釘付けになってしまうくらいの大きさだ。土方さんとあたしににっこり微笑んで、 『怪奇の館へようこそ、ご主人さま、お嬢さま。チケットを拝見してよろしいですか』 すらすらと澱みのない、平坦な口調で尋ねられる。チケットを渡す時に係員さんと目を合わせて、 えっ、と目が点になった。 よく見ればそのメイドさん、人間じゃない。人間そっくりに作られたからくりだ。 入口前に整列してる他の子たちも、全員がからくりメイドさんだった。髪型や髪色は一人一人違ってるけど、 全員が同じ顔してる。どの子もぱっちりした目が特徴的で、ちょっと昔の少女向けアニメの主人公が テレビの画面からそのまま抜け出てきたような―― 「・・・なんだあのカラクリ、顔の半分は目じゃねえか。 お前の目のデカさも相当なもんだが、ああもデケぇと薄気味悪りぃだけだな」 「そうですかぁ?あれはあれでマンガっぽくて可愛いじゃないですか。まぁ、同じ顔がこんなに揃うと 圧巻だけど・・・。それにしてもよく出来てますよね、あのメイドさんたち。動きもかなり人間っぽいし」 「そうか?出来過ぎだろ。余計に薄気味悪さが増すだけじゃねえか」 入り口前で笑顔を振りまくメイドさんたちを細めた目で胡乱げに眺めると、土方さんは軽く肩を竦めた。 そうかなぁ。土方さんは気に入らないみたいだけど、あたしは単純にすごいと思っちゃう。 ここにいるメイドさんたちは、見た目も動きも喋り方もすごく滑らか。表情もびっくりするくらい人間っぽい。 『ありがとうございます』ってチケットを戻してくれたときの笑顔も、自然でやわらかい感じだったし。 万事屋の下のお店で働いてるからくり家政婦のたまさんだって、かなり人間っぽい見た目してる。だけどここの メイドさんたちは、たまさんよりもうんと表情豊かに笑いかけてくる。最新型のからくりなのかな、このメイドさんたち。 「そういやあ美代の奴が言ってたな。中にメイドが大勢いるだ何だのと」 「ああ、看板にも書いてありましたね、からくり美少女メイドパーティーって。全ちゃんもイベントがどうとか言ってたし」 「てぇこたぁ、だ。…この先どこに行こうが、あれの集団が雁首揃えて待ち受けてるってえことか」 ぞっとしねえな。 苦々しげに眉を寄せた土方さんが、ちら、とあたしを何か言いたげな様子で見下ろして。 「いや、この際カラクリなんぞはどーでもいい。・・・それよりだ、お前、・・・いや、その、あれだ。こーいうもんは 一度入ったら最後、途中で引き返せねーんだぞ。いいのかお前、それでいーのか?・・・い、いや、俺はな、俺ぁ勿論平気だがな!?」 「ぜんぜん平気ですよー、あたしこーいうの結構好きだから。土方さんこそいいんですかぁ、入っても」 「なっっ、・・・・・〜〜ぁに言ってんだてめ、俺がこんな作り物にビビるとでも思っ」 「いえ、そういう意味じゃなくてー。この中たぶん禁煙ですよ?いいんですかぁ、入ったらしばらく吸えなくなりますけど」 「・・・・・・・・・・・・。」 「あっ。ちょっとー!どうして置いていくんですかぁっ、一緒に行きましょーよ、一緒にー!」 無言であたしを見ながら目元をぴくぴく引きつらせてた土方さんは、なぜかごくりと息を呑む。 かと思ったら、一人で勝手にドカドカと中に入って行った。 あわてて後を追って真っ黒な扉を抜けて、脇目もふらずに猛スピードで突進していく背中にひしっと縋って、 「ねえ土方さぁん、土方さんってばぁ!もっとゆっくり歩いてくださいよー、これじゃ何も見れないぃ!」 お化け屋敷の中はひたすらに真っ暗な細い通路が一直線に続いていて、空気がやけに冷えきっていた。 まるで冷蔵庫の中みたいな寒さだけど、これも演出の一つなのかな。なんて思ってたら、遠くから女の人の 「きゃあああ〜〜〜っ、ぃやぁあああ〜〜っ!」ていう絹を裂くような悲鳴が。土方さんがずんずん進んで行く 通路の両側には、壁に沿って色んなものが陳列してある。西洋風の鎧、剣に槍、その他の武器がたくさん、 処刑用らしい刃物や使用方法がわかんない大きな装置みたいなものあれこれ、古いお人形とか人間大の彫刻像とか、 何を入れるんだろう?って不思議になるくらい大きな壺とか、お爺さんやお姉さんの肖像画とか。 土方さんの足が速すぎるせいで、どれもあたしの目にはどう頑張っても残像程度にしか映らないんだけど、 あの一つ一つにも、何か怖さが増すような仕掛けがしてあるみたいだ。だってあたしたちの背後で、 ガチャガチャ、とか、ガタガタガタガタ、とか、ギギギーーーっ、とかメキメキバキバキバリバリとか、 男の人の皺枯れたうめき声とか女の人のさめざめした啜り泣きとかそれっぽい効果音が大合唱で鳴ってるし―― 「〜〜〜〜ストップ!土方さぁん、ストーーップ! こんなに早く歩いたらここに入った意味ないですよっ、お化け屋敷のスリルが味わえないじゃないですかぁぁ」 「〜〜〜〜〜ぁ。ぁに言ってんだてめっ、スリルだぁ!?んなもん充分味わってんだろーが!」 「はぁ?」 「この手の場所はその手のアレが集まってくんだ、上下左右、アレの気配がうじゃうじゃしてやがる。 鈍いお前にはさっぱりだろうが、ほんの一瞬立ち止まろうもんなら充分見えんだよ俺には・・・!!」 「えぇっ。見えるんですかぁ、この速さで?」 すごい。こんなに暗い中で、しかもこのスピードで突き進んでるのに、それでも周りが見えるんだ。 さすが土方さん、野生動物並みの動態視力だ。へえ〜、と感心しながら斜め上の顔を覗き込むと、 ・・・・・・・あれっ。どーしたんだろ。 目だけは細い通路の先を睨んでかぁっと見開いてるけど表情がガチガチ、まるで必死の形相だ。 めっきり肌色が悪くなった顔にも首筋にも、汗がダラダラ流れてるし。 「・・・?どーしたんですかぁ、汗だくですよ。まるでお風呂から上がった直後みたいですよ?どこか具合でも悪いんですか」 「〜〜〜〜〜〜〜っっな、何でもねえ、何でもねえから放っとけ!」 なんて歯痒そうに怒鳴ったくせに、なぜか声には震えが走ってる。 どうしたんだろ、って首を傾げていたら目の前に曲がり角が。スピードをほとんど落とすことなくドカドカと 突き進んだ土方さんがそこを折れた途端、なぜか急に立ち止まった。わなわなと肩を震えさせて、 「〜〜〜〜〜っっっで、ででででででででで出た。出やがった・・・!!」 震える指で指してるのは、ちょっと先にある広間みたいな場所に置かれてるテーブルみたいなものだ。 何だろうあれ、ここから見ると正方形のテーブルみたいだけど。土方さんと違って 普通の視力しかないあたしには、暗闇の中でそれだけがぼんやり浮き上がってるようにしか見えないんだけど。 ――あそこに誰かいるのかなぁ。よく見えるなぁ、こんなに真っ暗なのに。
「 LOVE & ROLL *4 」 text by riliri Caramelization 2012/12/12/ ----------------------------------------------------------------------------------- next