某月某日。 屯所に宅急便で届けられたものは、一見して何の変哲もないダンボール箱だった。 上に貼られた送状の宛先欄にはこう書いてある。 『真選組 沖田総悟様』 そして差出人欄には、こう書いてある。 『株式会社 ギャラクシー通販』 その日の夜。仕事を終えて深夜近くに屯所へ戻った沖田は、部屋に届けられたそれを目にした。 差出人を確認すると、ふっ、と少女のように端正な顔にはそぐわない、内面の腹黒さが滲み出たような 正体不明の笑みを浮かべる。無造作にバリバリと箱を開け、中から何かを引っ張り出した。 取り出されたそれは、透明な緩衝材に包まれている。 丁度彼の手のひらに収まる大きさの、赤い鉱石。楕円状の滑らかな石だ。 「鳩の血色」と称されるルビーの最上級品にも似たその色味。照らした光を透すことなく吸収し、 深く閉じ込めてしまいそうな暗い赤には、目にした者にどこか不吉な印象を抱かせる、得体の知れない輝きがあった。 沖田の手から、鉱石が宙に放り投げられる。 高々と放り上げては受け止めて、の一人キャッチボールを続けながら、彼は屯所内を鼻歌混じりにふらつき回った。 時間は深夜を過ぎている。殆どの者はとっくに寝床へ潜り込み、それぞれが夢の中を彷徨っているのだが。 ・・・まあ、苦悶するヤツをニヤつきながら眺めるのが趣味のこの男が、自分以外の人間の迷惑など 省みるわけはない。それこそ天地がひっくり返ったって省みるはずがないのである。 そこが局長室だろうと、同僚の隊長格の部屋だろうと、平隊士の部屋だろうとおかまいなし。 手当たり次第にあちこちを訪問、明りの消えた暗い部屋に踏み込んでは深夜の無差別攻撃を加えて回っていく。 気の毒なのは寝込みを襲われた男たちである。勝手に乗り込んでくる沖田の気配で目を覚まし 気づいた時にはもう遅い。 彼がその姿を後にした部屋からは、もれなく「どああぁあァァあぁ!!!」だの「うおおおおォォ!!!?」だのと 男所帯ならではの野太くむさ苦しい断末魔の悲鳴が上がることとなった。 「さあて、そろそろ本番といきやすかねェ」 と、楽しげな独り言をつぶやいて向かった先は副長室。 横を向き、掛け布団に顔を半分潜らせて眠っているのが、この部屋の主だ。 音もなく忍び込んだ侵入者、沖田の気配には気づかずに熟睡している副長の土方十四郎。 その案外と無防備な寝姿をにんまりと眺め、真夜中の侵入者は手にしていた赤い鉱石を布団の上から押し当てる。 聞き取れないほどの小さな声で、謎めいた呪文のような言葉を唱えた。瞬間、鉱石から目を焼くほどの 強烈な光が放たれる。石と同じに深く暗い赤の光。不気味で禍々しい閃光だ。 暗い室内はオーロラ状の赤い光のカーテンで一瞬にして染め変えられたが、部屋の隅まで照らしたその残光も わずか数秒で消え去った。 「おーい。起きなせェ土方さん。面白れェモン見せてあげますぜ」 布団の上からポンポンと肩のあたりを叩き、沖田は土方を起こしにかかる。 それはちょっとした珍しい光景だった。沖田が土方に叩き起こされることは数限りなくあっても、 逆に土方が起こされることは珍しい。しかも起こしにかかっている沖田の方は、珍しいまでの上機嫌ぶりだ。 普段だったら寝込みに乗じて気にくわない上司の命を迷わず狙うはずの男が、目を細め、嬉しげな笑みまで浮かべて 彼の布団を剥ぎ取る。 が、剥ぎ取ったとたんに上機嫌だった表情はすっと冷えた。中にいたのが土方一人ではなかったからだ。 掛布団に頭まですっぽりと潜りこみ、土方の腕に抱かれ、その胸元ですうすうと呑気な寝息をたてていたのは 名目上は「土方の元カノ」とされているものの、今でも彼の最も近くにいることを許されている女。 沖田も思いを寄せている元真選組隊士、だ。 真白な寝間着姿の彼女は、土方よりも先に沖田の気配に気がついた。 ぱちっ、と大きな瞳を見開いて彼を一瞥すると、眉を顰めてムッとした顔になる。 勢いよく身体を起こし、日頃は朗らかで気の良い彼女にしては珍しいほどの剣幕で手近の枕を投げつけた。 「うっせえぞコラ。何の真似だ。夜中に人の部屋勝手に上がりみやがって!!」 障子戸を突き破るような怒鳴り声で叱り飛ばされ、さすがの沖田も表情を固まらせて立ち尽くす。 ぶん、と豪快に放り投げられ、彼の顔に一直線でクリーンヒットした枕。 瞬時に寝間着の裾を大胆に肌蹴させて立ち膝になり、侵入者を鋭く睨みながら臨戦態勢を構えるその姿。 そのどちらもが、沖田を弟のように可愛がっている普段のなら、決してするはずのないことだ。 いや、本来その行動は、彼女の隣で寝ている男が真っ先に飛び起きて実行しそうなものなのだが。 「・・・・・んん・・・・・・」 眠たげな低い声がして、気配に気づいた男の肩が揺れる。ゆっくりとだるそうに起き上がった。 まだ眠気が覚めないのか、しきりに目元を擦り、黒の寝間着姿の背筋にしなを作ってフラフラと頭を揺すっている。 その姿を目にした沖田と、二人がそれぞれに、しかし二人とも何とも言えずに奇妙な表情で顔を強張らせる。 土方の様子が妙なのだ。普段とは別人のように妙だ。 何がそんなに妙なのかといえば、まず一見して目につくのはその身体の動きと仕草だろう。 仕草が妙に女っぽいというか、動きのひとつひとつがゆっくりしていて柔らかい。どう見ても手荒さで名を馳せる 過激派攘夷浪士たちにまで畏れられ、真選組鬼の副長と呼ばれている男の仕草ではない。 なのに姿はどう見ても土方だ。 いや、誰がどう見てもこの男は、姿かたちだけで言えば、土方以外の何者でもないだろう。 だがおかしい。どちらかといえば、このひどく寝起きに弱そうな、女のような仕草は――― 二人に凝視されているその男は掛布団の上で横座りになって、両手で猫のように目を擦り続けている。 妙にナヨっとした寝惚け声(しかし声自体は低音)でこう言った。 「ん〜〜〜・・・・なァにぃ、どーしたのォ土方さあん・・・えェ〜?なんで総悟がいるのォ・・・?」
ドSの錬金術師 *Sadistic Alchemist* 1
「・・・ですからねェ、よーするにこれァ、錬成石ってヤツなんでさァ」 「はァ?錬成石だァ?っとにてめえは、胡散臭せェもんばっか買いやがって・・・!」 布団に置かれた謎の石。赤い鉱石を手に取ると、は頭上で光る照明の明りで透かし見た。 寝間着の裾を下着が見える寸前まで捲り上げ、不機嫌顔の彼女は布団の上に堂々と胡坐をかいている。 口のほうは土方と対等な喧嘩を張るほどに悪いが、所作のほうは幼いころから躾けられた 行儀の良さが身についている彼女であれば、絶対にするはずの無いその豪快な座り方。 の前に座る沖田は、表情こそ澄まして崩さない。 だが、その視線はといえば、大胆に開かれた柔らかそうな太腿にずっと釘付けになっていた。 「いやァ。最近昼寝しすぎたんだか、どうも夜中に目が覚めちまいましてねェ。布団に籠ってたって眠れやしねーし 仕方ねーからテレビでも見るかと思って。夜中の『宇宙通販』見てたんでさァ」 「総悟。お前な、どうせつくならせめてもう少しマシな嘘つけねーのか。 いくら真夜中だろーと、テレビの通販でこんな胡散臭せェ、しかも物騒なモン扱えるはずねーだろ。 人の中身を一瞬で入れ替えちまうような物騒なモンを、不特定多数が目にするテレビ通販で売るわけねーだろが!」 「それが売ってましたぜ堂々と。今ならお買い得な二個セットで、19,800円。 しかもオマケで携帯にも便利なプチ藁人形付きのコンパクト呪詛セットまでついてくるんです」 「おい、そのオマケの呪詛セットとやらを今すぐ俺に寄越せ。今すぐテメーを呪い殺してやる」 「いやァ、そいつァ無理です土方さん。藁人形ならもう使っちまいました。 さっきアンタの名前書いて釘打っときやした」 「ぁんだよ、もうねーのかよ、チッ。って、どーしてテメーはこーいう時だけ仕事が早えェんだああァ!!?」 襟首を鷲掴みにして激昂するに向って、沖田が口元に人差し指を立ててみせる。 呆れたような目をして彼女を睨んだ。 「んな時間に怒鳴らねェで下せェ。近所迷惑ですぜ。まったくあんたときたら、騒々しくてかなわねェや」 「んだとコルァ。誰が怒鳴らせてんだ誰がァァ!!?」 「まァまァ、いーから落ち着きなせェ。怒鳴ってばかりじゃ話が進みゃしねえ。 つまりこいつは錬成石って言って、銀河系の外れにある石しかねえ星で採れる珍しい鉱物なんです。 地球からうんと離れた星では古くから使われてきた鉱物で、術者がこいつに触れてまじないの呪文を唱えると ある種の科学反応が起こるんでさァ」 「科学反応?」 「ええ。同じような成分で出来た物同士を合体させたり、変形させたり。手慣れた上級者なら、 成分の違う二つ以上を合体させてまったく違う何かを作ったり出来るらしいんですが。 まァ、夜中に通販で売ってるくれーだ。魔術系アイテムとしては、ガキの玩具に毛が生えた程度のもんでさァ」 「馬鹿野郎。んな物騒なもん、ガキの玩具にされてたまるか。 つか、この石が起こす科学反応とやらが実際にてめーの話通りだとしたら、筋が合わねェじゃねーか。 俺とは中身がすり替わってんだぞ。入れ物はそのままで、中身だけが互いにすり替わったんだ。 どういうわけで中身だけが替わったのか、てめーの説明じゃ納得がつかねえ。これァ一体どういうことだ!?」 「さあねェ。俺ァ説明書通りにやってみただけなんですが。なにしろ初心者ですからねィ。 手近なモンからやってみるかと思って、色々試しながらここへ着いたんですがね。 もう何と錬成させよーか考えるのも面倒くせーから、土方さんは手っとり早く布団と合体させちまおーかと」 「ちったあ考えろや!!つかテメ、いったい何考えてんだああ!!!?」 「いやー、も布団の中にいるたァ思わなかったんでさァ。しっかし不思議なこともあるもんだぜ。 布団と合体させちまうつもりが、まさかあんたの中身だけが一緒に寝てた姫ィさんと入れ替っちまうなんてねェ」 眉を吊り上げているが気付かないのをいいことに、沖田の視線はずっと彼女の太腿に注がれていた。 しばらくして、やっと視線に気づいたの口端が、ムッとして大きく下がる。沖田の頭に彼女の拳骨が 勢いよく振り下ろされた。 ここでこの紛らわしくもややこしい状況に、ある程度説明を付け加える必要があるだろう。 沖田の頭をすかさず殴ったのは、実は彼女であって彼女ではない。彼女の中にいる彼、なのだ。 沖田がテレビの深夜通販で買い求めた、この傍迷惑な謎の石「錬成石」のせいで、 なぜか中身がと入れ替わってしまった土方が、沖田に拳骨を振り下ろしたのである。 「ァにジロジロ見てやがる。テメーの腹黒い目線でこいつの脚が腐ったらどーしてくれんだコルァ。 つか、見んじゃねえ。誰のもんだと思ってんだ。人のもんガン見してんじゃねえ!!」 「いいじゃありやせんか土方さん、見るくれェは。どーせその身体、今や名実ともにアンタのもんですぜ。 これで他の野郎に奪られるこたァなくなったわけだ。いやァ、良かった良かった」 「っっせェバカ。女になったって嬉しかねんだよ。んなもん喜べるかァァァ!!!」 「いいじゃねーですか土方さん。そーだ、こんな機会は滅多にねえんだ、どーせなら楽しんでみたらどうですかィ。 考えてもみなせェ、女の身体になったってことは、男のアレはねえが違うアレがついてるってことですぜ」 「・・・・・・・・・・・・・」 沖田の言葉でふと気付き、無言の土方は、今は自分の身体となっている女の胸元を見下ろした。 たしかにある。男の身体にはないアレが、そこにある。しかもこれは今、自分のものだ。 押し黙って無表情のまま、とりあえず彼は触ってみた。本来の彼の身体には付いていない、女にしかないアレを。 おォ?なんか重てーなコレ、とか何とか、妙な感慨を抱いて眉をひそめつつ、グニュグニュと揉んでみたりする。 しかしその意外と無邪気な確認作業はすぐに中断された。 沖田がすっと手を伸ばして、彼の、・・・・ではなく、彼女の胸を触ろうとしたのである。 当然その手は本人によってビシッと払われた。本人、とはいっても、払った奴は 実は土方だったりするからややこしい。 「ちぇっ、いーじゃねーですか少しくれェ。ケチくせェなァ」 「うっせえ、誰がてめえに触らせるか!!これァ俺の、・・・・・・」 言いかけて腕を組み、うつむくと、しばらくの間厳しい顔で考え込んでから、土方は顔を上げた。 「いや。お前の出方によっちゃあ考えてやらなくもねーぞ。おい、まず手始めに 「お願いします土方さま」 っつってみろ。そうすりゃ触らせてや『触らせるなァァァァァ!!!!!!』」 言い合う彼等の傍で一人泣きじゃくっていた男が、沖田との頭に天辺から拳を振り下ろす。 その男の中身はでも、身体はもちろん土方なので、当然、その腕力はいつものままだ。 取り乱した男に力一杯殴られた二人は、当然、布団に頭から沈んでしばらく動けなかった。 「バカああ!こんなの、・・・・こんなの喜べるわけないじゃんっっ、総悟のバカあああ!!」 布団に伏せてさめざめと泣きじゃくっていた女が。 いや、中身は女なのだが、外見的にはどう見ても土方でしかない男が、潤んだ涙目で振り返る。 そこそこにガタイの良い、鍛え上げられた身体つきをした男が、背中をしならせた横座りで 悲しげにこっちを見ているのだ。 それは今現在、の目を通して自分の姿を見ている土方から見ても、おっっっそろしく不気味な光景だった。 彼がどれほど不気味だったのかは、その姿を見れば判る。 どうやら「全身の毛が一瞬で逆立つくらい不気味」だったようだ。 「・・・・・」 悲しげに泣きじゃくる不気味な男に、沖田は背後からそっと声を掛けた。 気づいた男が・・・いや、姿は土方だが中身はな男が顔を上げる。自分をじっと見つめている 沖田と目が合った。そして、声もないほどに驚いた。憂いを帯びた彼の目元に見慣れない輝きがある。 そこにうっすらと涙が光っていたのである。 「。・・・俺は、・・・・・、」 「総悟・・・や、やだ、どうしたのっ」 は慌てふためいた。驚きのあまり思わず彼に近寄り、その肩を抱きしめる。 他の奴ならともかく、あの沖田が泣いているのだ。 人を泣かせる真似をするのは日常茶飯事でも、決して自分の涙は見せない男が。誰にも弱味を見せないはずの サディスティック星からやってきたドS王子と呼ばれる、あの沖田が泣いている。 しかもよりにもよって、彼にとってはこの世で一番弱味を見せたくないはずの土方の腕の中で。 「だって、総悟ってばいつもと全然態度変わらないから・・・。 まさか、泣くほど気にしてたなんて思わなくって、・・・・・ごめんね、ね、泣かないで?」 「イヤ。違うんでさァ。このムカつく面の野郎が俺の姫ィさんかと思うと泣けてきちまって」 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 沖田は再び土方の拳に全力で殴られ、布団に沈む。 ざまあみろ、と楽しげにつぶやく大胆な胡坐をかいた女に、涙目の男が突然振り返った。 何かを急に思い出したような、どこか切羽詰まったような顔になって、ぐっと息を呑んでいる。 「ひ、土方さんっっっ」 「あァ?何だ」 「ヤバい。ヤバいよォ、どどど、どーしよう!!」 「だから。何がやべーんだ」 「どうしようっ、ト、トイレに行きたくなってきちゃったんですけどォォォ!!!」 「はァ!?・・・・・ったく。ァんだよ、どんだけ大事かと思やぁ。この非常時に、厠かよ」 「だっっ、だってええ!やだっ、やだよォ、男の人の身体でなんて出来な・・・ や、あの、だ、だからっっ」 「やだもクソもねえ。んなもんさっさと行きゃあいーじゃねーか。つか、今すぐ行け。 いいか。もし俺の身体で漏らしやがったら、お前にも同じ恥かかせてやる」 尿意程度では顔色一つ変えない土方に脅されたが、泣きながらヨロヨロと厠に向かった、五分後。 は、・・・いや、外見は土方で中身がな男は、しくしくと泣きながら部屋に帰ってきた。 自分の身体ではなく土方の身体で、これまでには一度も入ったことのない男性用に入って、 しかも男性用のソレの前で、当然立ったままで、さらには☆◎を★♪して×△○(以下省略)・・・・・ ・・・数え上げればキリがないが、にしてみればとにかく色々なことがショックだった。 それでなくても身体が男になってしまったことで、色々とショックを受けているのに。 そんなを、いや、自分の姿をした彼女を眺める土方(しかし外見は)もまた、 ある種のショックを受けていた。 あれでも中身がなのだから、俺以上に落ち込んでいても仕方がないといえば仕方がないのだが。 自分の姿をしたヤツが女のように畳で泣き崩れ、メソメソとしているのを眺める・・・、 一体これは何プレイなのか。こうなるとある種の拷問といえなくもない。 いや、正直言えば、さっきから寒気で背筋がゾクゾク疼いてたまらないのだが。 最悪だ。まるで悪夢だ。いや、願わくば夢であってほしい。 真夜中に叩き起こされ、怪しい術をかけられ。てめえの女と中身が入れ替わって、見たくもねえ自分の 情けねえ姿まで見せられて。しかもその元凶はすべて、この迷惑なクソガキのおかげときている。 これを悪夢と呼ばずに何と呼ぶのか。 になってしまった土方は、狭まった眉間をきつく抑えて肩を落とした。 口許から重苦しい、やたらに長い溜息をこぼす。 「・・・・ちっ。んな身体で、明日っからどーしろってえんだ。女だなんて冗談じゃねえぞ」 「いや。あんたはまだいいじゃねえですか、副長」 開いた障子戸の影から、誰かが声を掛けてきた。見ればそこにはいかつい十番隊隊長、原田の姿が。 「あんたは、ってえことは・・・・原田、お前もやられちまったのか」 「・・・運の悪りィことに、台所で沖田さんとバッタリ出くわしちまいました・・・・・」 土方の部屋に入るなり、巨漢の十番隊隊長はうなだれてしまった。 しかしその彼の姿はといえば、どこをどう見ても普段のゴツくて頑丈そうなスキンヘッド姿のままである。 いったいどこが、と疑問を抱いて眉をひそめる土方に、原田は悲愴な口調で訴える。 「あんたはまだいいさ副長。俺に比べりゃあまだマシなほうだ。 元の身体には何の変化もなく、中身だけがさんと入れ替わったんだからよォ。 俺なんて、・・・くっっ、俺なんてアレが、・・・・・・アレがっっ」 じわりと湧き上がってきた悔し涙に、巨漢の男が言葉を詰まらせる。 ゴツい拳を目元に当てて、その厳めしく強面な見た目に相応しい男泣きっぷりで号泣し始めた。 「ううぅぅぅ、ち、ちくしょォっっ・・・!! あんとき小腹が空いて目が覚めて「そーいや冷蔵庫に真選組ソーセージ残ってたよな、アレでも食っとくか」 なんてことを思いさえしなければあァァ!!!」 同情の籠った目で彼を眺めた土方が、重苦しい溜息をつく。何も言わずにポン、とその分厚い肩を叩いて慰めた。 どうやら不幸にも原田のアレ、つまり「男にとっては命に等しい大事な海綿体組織」は、ソレに似たような スポンジ状組織で構成され、かつソレに似たような形状をした冷蔵庫の残り物に ―― 空いた小腹に納めるはずだった魚肉ソーセージに、その座を乗っ取られてしまった模様である。 大きな背中を丸くして嗚咽を漏らし、滝のような涙を流し続ける十番隊隊長。 そんな彼には同じ男として同情を禁じ得ないのだが、しかしまた一方ではあまりのバカバカしさに匙を投げたくもなり。 どうにも掛ける言葉がない仏頂面の土方(見た目は)の背後に、また新たな訪問者が現れた。 原田を抜いて背が高く、同じくがっしりした体格の男。一室空けた向こうに自室がある、局長の近藤だ。 彼の気配に気づき、土方は振り返った。 「ああ、近藤さんか。悪りぃな起こしちまって」 「ウホッッッ!!!(同時通訳:トシいいいいい!!!)」 「こんな夜中にすまねえが、あんたも話に混ざってくれねーか。 いや、どうもはっきりとは説明しづれえんだが。総悟の奴がロクでもねえ騒ぎ起こしやがったんだ」 「近藤さんんんん!!近藤さんからも叱ってやってくださいよおっっ、土方さんをっっっ」 「ァあ!?んだとコラ。総悟はともかく何で俺が」 「ヒドいんですよ最悪ですよこのド変態いぃいい!! ヒトの胸使ってくっっだらない駆け引きしよーとするし男子トイレは強制するしいぃぃ!!」 「フン、馬鹿が。ヒトの胸だぁ?ぁに言ってやがる。 今、コレは俺の身体じゃねーか。そーなりゃ自然、てめーのコレも俺のモンだろーが。 つーか、人の身体乗っ取りやがったてめーにコレの扱いがどうこう言われる筋合いはねー!!」 「局長ォ!!!聞いてくださいよおォォォ!!アレがああ、俺のアレがぁあああ!!!」 「まぁまぁまぁ。落ち着けって、そう嘆くねィ原田ァ。今オメーのアレは折れやすくなってんだからよー。 下手に動くとすぐにポキッといっちまうぜ?ねえ、近藤さん。近藤さんからもこいつに言ってやって下せェ」 「ウホッ、ウホッ?ウホ?ウホオッッッ!?ウホオオオオォォォ!!?? (ちょっ、トシぃ?総悟ォ?え、うっそ無視ィ!?イヤ俺っ、なんか一番大変なことになってんだけどォォ!!)」 おたおたと慌てふためき、寝間着の袖が捲れた毛深い二の腕を振り回しながら、近藤は一心不乱に訴えかける。 野性味溢れる近藤の叫び・・・いや、正確に言うと近藤の「雄叫び」は、どう聞いてもケモノのそれである。 ところが彼がどれだけ必死に訴えても、土方を始め全員が、局長の声の変化に気付かない。 いや、それ以前に、元から人より毛深くはあったのだが、だからといってここまで毛深くはなかったはずの近藤の姿が 完全に毛むくじゃらな獣の姿に――完璧なゴリラの姿へとコンプリートチェンジされてしまっていることにすら、 誰一人として気づいていないのは何故なのか。さらに謎なのはゴリラに雄叫びで訴えられている土方だ。 いったい何をどうリスニングしてどう翻訳しているのか、彼は「ああ、そうだな」と、 人間の耳には難解なはずのゴリラ語をごく普通に受け止め、考え深げに頷き返しているのだ。 ゴリラ化を無視され、訴えたのにさっぱり気づいてもらえず、さらに声を張り上げて涙ながらに訴え続ける近藤。 布団に伏せて号泣し続ける原田と、その光沢の良い後ろ頭に油性ペンで 『哀れなソーセージ野郎にお勧めの泌尿器科を教えてください』と落書きして追い打ちをかけようとしている沖田。 そんな中学生の修学旅行の夜以下なアホ騒ぎの中。になってしまった土方は「変態いぃ」を泣いて連呼する の頭(とはいっても元々それは自分の頭なのだが)を一発殴り、呆れ顔で再び溜息をついていた。 見れば見るほど馬鹿馬鹿しさが増しやがる。ァんだ、この目も当てられねえ騒ぎは。 やってられるか、と投げやり気分もますます高まるのだが。かといって事態をこのままにはしておけない。 いつまでもこの姿でいては仕事に支障を来たすし、何よりのことがある。 土方の姿でいる限り、は彼の代わりに身を狙われることになる。真選組壊滅を目論む攘夷志士どもから 「真選組副長を殺った」というハクをつけて名前を売りたがっている街のチンピラまで、それこそありとあらゆる奴に。 それを思うと今から気が気ではないのだ。たとえ彼女の剣の腕が、そこらの男に余裕で勝るものだとはいっても、だ。 いや、ここはさっさと割り切るしかねえ。俺までいつまでもグダグダと嘆いていても仕方がない。 まずは現状打破からだ。とにかく少しでも早い解決を急ぐのが先だ。 なぁに、楽しみは最後にとっておけばいい。 涼しい顔のクソガキには、片付いた後でたっぷり痛い目をみせてやるまでだ。 涼しい顔のクソガキ沖田を鋭い視線で睨みつけ。のために、と、やや無理やりに気を持ち直し 土方(姿はだが)は平然と布団に寝そべる彼に食ってかかった。 「総悟。いい加減に戻せ、俺とこいつを元の身体に戻せ!!!」 「戻せと言われてもなァ。どーしよーもありやせんぜ」 「あァ?何だと」 「俺だって初心者でェ。戻し方までは知らねェや」 気楽そうに耳の穴をほじりながら言い切った沖田を見据えて、が、いや、の姿をした土方が 表情を硬く強張らせる。素早く動いたしなやかな腕が、枕元に置かれていた刀を瞬時に浚った。 凄まじい殺気を発しながら刀の柄を掴み、鍔口を緩め、寝転ぶ沖田に飛びかかろうとした彼女に 泣き顔の土方が背後から抱きついて止めに入る。普段の彼等と逆転した、不気味な役割分担。ありえない構図だ。 「っってっっめえええェェェェ!!!今日という今日はもう我慢ならねェェ!!」 「やだっ、やめてよ、ダメぇ土方さん!!あたしの身体で総悟を殺さないでえええ!!」 「うっせェお前は引っこんでろ、邪魔すんじゃねえ! 総悟ォてめっ、そこ座れえェ!そのニヤけた面ごと首から叩き落としてやらあああ!!」 「もォっ、やめてよォ!!それよりもまず、元に戻る方法探そーよ、ねっ!!?」 激怒する土方を・・・というよりは、激怒する自分の姿を見て、却って冷静になれたらしい。 頬に流れていた涙を弱々しい仕草で拭いながら、土方の姿をしたは常識的な解決策を提案した。 「今の時間じゃ、販売元に電話したって誰も出てくれないから・・・・ そーだっ、通販で買ったものなら普通は取扱説明書が付いてくるでしょ? まずはそれで調べて、元に戻る方法を探したらいいんじゃないの?」 「ああ。説明書なら俺の部屋でさァ」 とぼけた口調の沖田の言葉に、他の四人は息もぴったりに振り返る。 注目を集めた男は、天井のあたりを見上げて不思議そうな顔をしていた。 「ん?・・・・?あれっ。そーいやァ、あの説明書。数がやたらに多かったなァ。 いや、どのへんに置いたっけなァ。テキトーにポイポイ放り投げちまったからなァ。…あー?そーいやァアレ どーせ使わねーと思って半分くれー焼却炉に投げたよーな。・・・いやァ、ははっ、わっかんねーや」 ヘラヘラと笑う沖田は、本気で取説の在りかがわからないらしい。しきりに首を捻っている。 それを聞いた四人は、額に浮かぶ嫌な汗を感じ始めた。おそらくその捜索作業は難航を極めるだろう。 昼間であれば手遅れだったが、幸運にもこの時間に焼却炉は稼働していない。が、問題は沖田の部屋である。 片付け嫌いな沖田の部屋は、普段からあらゆる物が、しかも部屋中のありとあらゆる場所に やたらめったら散乱している。いわば魔窟のような、ゴミ屋敷に近いものがある部屋なのだ。 必死な四人が血眼になって、真っ暗だった空が白々と染まり始める時間まで探し回った結果。 一冊ずつがどれも百科事典並みに分厚く、しかも携帯電話の取説並みに数が多い錬成石の取扱説明書は なんとか全てが沖田の部屋と焼却炉から発見された。 ちなみに。捜索現場となった部屋の主はその間、他に誰もいない土方の部屋でしっかり安眠を貪っていた。 人の布団でのうのうと爆睡していた沖田を蹴り出し、土方とがやっと布団に潜った、そのわずか二時間後。 屯所には空が青くすっきりと晴れ渡った、爽やかな朝が訪れた。 どんなに辛い状況に於いても、誰の頭上であっても。無常にも朝は平等に訪れ、光で照らし出すものである。 見るからに寝不足な顔をした土方とは、久々の快眠で見るからにすっきりした沖田を前に苛立っていた。 「面倒臭せェなァ」と愚図る彼を見張り付きで副長室に押し込め、缶詰めにして 入れ替わってしまった彼と彼女は仕方なく仕事に出向くことにした。 一日あれば沖田もあの分厚い中から術の解き方を見つけ出すだろうし、仮に見つからなかったとしても 販売元に直接乗り込めば戻る方法も判るはず。それならお互いがそれぞれの役を演じて なんとか今日一日を乗り切ろう、という話になったのだ。 つまり、土方の姿をしたは他の隊士たちと市中の見廻りに。 の姿をした土方は、彼女がバイトしている屯所近くのとある店へ向うことになった。 中身の入れ替わった二人が、互いに複雑そうな面持ちで溜息をつきながら屯所を後にした、その数時間後。 のバイト先で騒ぎは起こった。
「 ドSの錬金術師 *Sadistic Alchemist* 1 」 text by riliri Caramelization 2009/07/31/ ----------------------------------------------------------------------------------- next