投げ捨てた吸いかけの煙草は、薄闇の落ちた玉砂利敷きの庭をその一点だけ色づかせていた。 微かな赤を灯すその先が、じり、とひそやかな音を残して冷めていく。 「・・・なんだってえんだ。畜生・・・・・・・」 気勢に欠けた悪態をこぼし、憮然とした表情の土方は最後の火が消えていくさまを見つめていた。 咥え煙草の口許へ寄せた手にはライターが包まれていたが、さっきから火を灯すことなくカチカチと空回り続けている。 買い換えたばかりの新品だというのに。油切れってこたぁねえはずだが、何度打っても指先に細かな火花を散らすだけだ。 それともこの鬱陶しい夏場の夜気の湿り具合のせいで、煙草まで湿気ってやがるのか。・・まさか。 指を止め、人気のない廊下をざっと見回す。 一面に並ぶ障子戸はどこもぴたりと閉じて静まっている。この様子だ。通りすがりの貰い火も期待できそうにない。 役に立たない火種だけを懐に戻し、口端に差した煙草を噛みしめた。 それに――判っている。 今吸っても無駄だ。こういった時に限っては、湿気た煙草なんざいくら吸おうが何の足しにもなりはしない。 無駄なのだ。軽い苛立ちや鬱屈を紛らわせたり、煮詰まった頭の中に上手い機転をもたらしてくれるこの特効薬は 一人の女のせいで騒々しく右往左往させられる羽目に陥るたびに、嘘のように効きめを失くしてしまう。 いくら吸い込んでみたところでただの味気ない煙。苦い煙だ。ざわつく身体の中を澱ませる以外に何の効力ももたらさない。 さっきの酒宴でムキになって流し込み続けた温い酒を、ひどく味気のない重湯のように喉が感じていたのと同じように。 「・・・なんだってえんだあいつは。ったく、・・・・・・・・」 さっきから俺は、これをもう何度つぶやいたことか。数え起こす気にはなれねえが十回は下らねえはずだ。 どこか投げやりで影の落ちた、見ようによってはひどく不遜で物騒な表情にも映る苦笑いを浮かべた土方は 長らく立ち尽くしていた縁先に背を向け、ようやく一歩を踏み出した。 灯篭に照らされた藍色の庭を見渡せる、薄暗がりに包まれた回廊。 何度歩いても気安さや馴染み深さは芽生えないが、多少なりとも見慣れた料亭の廊下を進み始める。 足が速さを増していくにつれ、否応なしに活気づかされた血の巡りまで沸騰してきた。 頭を埋めているのはとっ散らかった複雑な感情と、ちょっと気を抜けば怒鳴り出してしまいそうなくらいの 腹立たしさに後押しされた衝動。何だこれは。煩わしいったらありゃしねえ。俺が煙を好きなように味わえずにいるのも、 こうも胸クソの悪い気分にされているのも、全部が全部あいつのせいときている。 ・・・・・そうだ。あのバカ。の奴。 結局てめえの言いてえことだけ投げつけて、人の説教も無視で堂々トンズラこきやがって。 畜生。なんだってえんだ。 あのバカが泣きながら逃げ出して以来ずっとだ。 あれ以来ずっと、同じ台詞と同じ葛藤ばかりが、もやもやと煮え滾った渦を巻いて身体中を巡り続けている。 悶々とした思案に業を煮やしながら数人の仲居たちとすれ違い、回廊の端に辿り着く。 急に湧いた癇癪を我慢しきれなかったような激しさで、ガッ、と曲がり角に建つ柱の根元を蹴り上げた。 「・・・・・・・ざっけんな。何が全部忘れろ、だァ?」 ふざけんな。どう忘れろってんだあれを。 全部だと。てめえの言う全部ってえのはどこからどこまでだ。 そもそも何が忘れろだ。何が全部忘れてくださいだ。 あれがそう容易く忘れられるもんなら、こっちだって苦労はねえ。んなもんとっくの昔に忘れてるに決まってんだろうが。 人の気も知らねえで無茶言いやがって。こっちは忘れようがねえから困ってんじゃねえか。 二月経ってもまるで昨日のことのように鮮明に、目の前にありありと浮かんでくるあの姿を―― 肌身を晒した女の泣き崩れた姿や。風呂場から押し寄せてくる湿った熱や。耳にこびりついたあの泣き声を―― 全部が全部、忘れようにも忘れられねえから困ってんじゃねえか。 それをあいつは。その位は朝飯前だろうくれえの調子で、いとも簡単に言ってのけやがって。 しかも全部忘れろだと。ふざけんな。 記憶の中からてめえの泣きっ面に四苦八苦させられた覚えだけを上手く探し出して、そこだけ抜いて捨てろとでもいう気か。 ・・・難儀なこった。んな神業級に器用な真似が、神だの釈迦だの以外にほいほいと出来るかってんだ! 冗談じゃねえぞ。いや、冗談も大概にしろ。 面と向かって言う気なんざ死んでもねえし、どうせ気づきやしねえんだろうがな。 あれからこっち、お前のおかげで迷惑のし通しだったんだ。我慢のし通しだったんだ。 お前が隣で笑うたびにうっかり伸ばしそうになる手を引っ込めるのに、どれだけのもどかしさを味わせられてきたか。 たまに見せるどこか沈んだ表情を迂闊にも目のあたりにするたびに、何ともいえねえ苦くてざわついた気分にさせられてきたか。 屯所の食堂に飛び込んできた見張り番の報告ひとつで、どうして俺が 寿命が一気に数年分は縮むほどの、背筋が凍る思いをさせられたのか―― 「・・・・・・・・・くそっ。知るか。もう知るか・・・!」 いまいましげに吐き捨て、咥えた煙草もかなぐり捨てる。元から早かった足取りがさらに勢いを増した。 そうだ、てめえがいくら悩もうがもう知るか。泣こうが困ろうが勝手にすりゃあいい。 俺はもうどうなろうと知ったこっちゃねえ。 このまま触れずにおけば自然と朽ち果てたかもしれねえ湿気た火種に、お前は何かを焚きつけた。おかげで燻ってたもんに 一気に火が点いちまった。 どうしてくれんだ。何なんだ。なんだってえんだてめえは。何かってえと人の腹ん中掻き乱しやがって。 降って湧いた柳生の身受け話に俺が似合いもしねえ落ち着かねえ気分になってんのも、 近藤さんの顔を潰しかねねえ態度しか取れねえようになってんのも。 元はといえばそれもこれも全部――、全部が全部てめえのせいだ。 心の中で散々当たり散らしながら、脇目もふらずに先を急ぐ。 すれ違う客や仲居たちを寄せつけない殺気を放ちながら、荒い足取りで突進した。 おかげで歩きつけない長い廊下はあっというまに視界を流れ過ぎ、目指すあの部屋は今や目の前だ。 わずか一部屋先の――近藤らしき肩の広い男の影を映した白い戸を、親の敵でも見つけたかのような目で睨みつける。 ちっ、と鋭く舌を打った。 ああ畜生。どの面下げてこれを開けろってぇんだ? 近藤さんへの言い訳も立たねえのに。柳生やあのバカ侍を遣り籠める算段すら、上手くまとまらねえってえのに。 止まろうにも足が勝手に動いちまう。腕が勝手に戸を掴みやがる。 これァもう茶番に持ち込む以外にどうしようがある。・・・どうしようもねえじゃねえか! 「!」 「・・・・・・・・っ、」 怒気を籠めた呼び声は部屋を突き抜け、宴席にいる全員を振り向かせた。 真っ先に振り返った近藤に、九兵衛にお妙、万事屋の子供二人――その場のすべての視線が土方へと注がれていく。 一拍置いてから何気ない視線を横目に流してきた銀時が、軽く眉を曇らせた。 はっとしてその胸から顔を上げたがこわごわと障子戸のほうへ振り向く。涙で濡れた悲しげな瞳が、 何か見たくなかったものを見てしまったような後悔を含んだ目つきで土方の姿を捉える。 すぐに彼の視線を振り切ると、銀時の白い着物の胸元に再び顔を押しつけた。 自分を睨み据えている男の視線を怖がっているかのように、何度もかぶりを振った。乱れた髪がはらはらと揺れる。 「。大丈夫だって。ほら、顔上げてみな」 頬に散ったの髪に手櫛を入れて撫でつけてから、銀時が土方の目を見つめながらにんまりと笑う。 緩んだ口端にわずかな嘲笑が浮かぶ、あからさまな挑発を孕んだ表情。あの野郎がお得意の、 人を小馬鹿にしきったふてぶてしい笑いだ。 かっとした土方は目の色を変え、掴んでいた障子戸をぎりっと握り締めた。 畜生。最悪だ。最悪な女だ。 頭抱えて悔むにも今頃だが。――何で俺ぁあの夜に、こんな面倒な馬鹿を拾っちまったのか。 いっそ猫でも拾っておけば、ここまで手を焼かされるこたぁなかったものを。
片恋方程式。 23
「近藤さん。それから柳生の」 周囲を一通り見回した土方が、近藤と九兵衛に目を留める。 突然飛び込んできた彼に一番心配そうな目を向けていた相手と、逆に一番辛辣な視線を向けていた相手だ。 それから身体を竦ませて銀時に縋りついているの様子を確かめると、口を固く引き結ぶ。 一呼吸の間を置いてから、近藤と九兵衛に向き直って言った。 「整いかけた話をぶち壊すようで済まねえが。のこたぁ一旦白紙に戻してくれ」 物言いこそそれなりに下手に出ている。だが、どうか頼む、というような下手に出た態度には程遠かった。 強めた口調といい、九兵衛に挑むような目を向け、頭を下げることもなく言い切った姿といい、これではどう見ても 柳生の次期後継者である九兵衛に――ひいては名門柳生家を相手取って、真っ向からの喧嘩に打って出たも同じだ。 それを眺め、まるでこうなることが判っていたかのような顔をした銀時が、フン、と小さくせせら笑う。 驚いたが白い着物の胸から顔を上げ、絶句して土方を見つめる。 土方の行動を黙って見守っていた近藤は、どことなく嬉しそうな色を浮かべていた。 隣に立つ九兵衛の反応を気にする様子を見せながらも、その口端は隠しきれない笑みに緩み始めている。 九兵衛の穏やかに澄んだ隻眼の瞳に、びりっ、と電流のような何かが走る。冷静ではあるが厳しい声で土方に詰め寄った。 「言ったはずだ土方くん。君に口を挟む権限はない」 「こっちも言ったはずだぜ。てめえの御託を聞くつもりはねえってな」 言い返しながら土方が数歩進み出る。その足はに向かっていて、怯んだはびくんと肩を竦めた。 詰まっていく二人の距離。それを絶つようにして、九兵衛が彼女の前へと素早く踏み込む。 凛々しく立ち塞がってきた、迷いのない目をした男装の剣士。その姿はが気に入りの、あの他愛もない 与太話の挿し絵で見た長髪の少年にどこか似ていた。あれが昔の知り合いに似ているとは言っていたが―― ちらりとそんなことを思い返しながらも、土方は九兵衛の姿にはろくに目もくれなかった。 激しく一点に睨みつける。男装の剣士の細い背中に庇われている女。瞬きも忘れて彼を見つめている女を―― 「こいつぁ俺がパシリに使ってんだ。どーしようもねえバカはバカだが、そんな奴でもいねえと仕事に障りが出る。 てめえんとこにはやれねえよ」 「傲慢な言い草だな。真選組と柳生家と、どちらを選ぶかを決めるのはさんであって、君には関係のないことだ」 「フン、いいのかよ」 「・・・・・何が可笑しい」 「人を口で遣り籠めようって時はてめえの足元も見といたほうがいいぜ。 なあ、その道理でいったら、こいつはてめえにも関係のねえ話だってことにならねえか」 議論を持ちかけてきた九兵衛を一笑に伏し、土方は「どうだ、言い返してみろ」と言わんばかりな挑発を込めた視線をぶつける。 すっと表情を消した九兵衛は口を閉ざした。不快そうに歪めていた細い眉がぴくりと浮き上がる。 かかった、と土方は内心でほくそ笑んだ。 相手の言葉尻を取ってひやかすだけの単純な屁理屈。だが、生真面目で純粋な奴ほど他愛もなくこの手にかかる。 「・・・決めたよ」 九兵衛がぽつりと声を漏らす。 荒れ始めた感情を腹の中に呑み込んで抑えつけようとしているような、低く潜めた声だった。 「さんには何があっても、必ず僕のところに来てもらう。彼女は、・・・さんは、 苦しんでいた昔の僕を癒してくれた人だ。今でも特別な人なんだ。そんな人を君のような身勝手な男の傍には置いておけない」 「来てもらうだ?・・・ありえねぇなそいつは。こいつがてめえんとこに行くわけがねえ」 口端が自然と笑いに歪んだ。当然だ、とでも言いたげな、秘めていた自信をわずかにその表情に漏らしたような ふてぶてしくて薄い笑みが、土方の纏う気配を攻撃的なものから幾分和らいだものへと変えていく。 彼の言に顔色を変えた九兵衛をよそに、呆然としているを見据え。竦めた肩を小さく揺らし、半ば笑いながら言い放った。 「柳生だろうがどこだろうが、こいつが他に行こうなんてありえねえ。俺から離れたがるはずがねえからな」 九兵衛が凛々しく引き締まったその顔つきを、珍しいほどにぽかんと緩ませる。 彼女にとっては想像外だった。こんなにあからさまに女への自惚れを口にするような男だったとは。しかもこれだけの人前で。 ――いや、剣先を交えた時に受けた印象は、まったくといっていいほど逆だった。 感情を表に出さない、斜に構えた印象。を渡したくない気持ちはあるだろうに、宴席では口も開かず徹底して「我関せず」な態度。 そこに加えて、東城に前もって調べさせていたと土方の身辺調査をも踏まえ、この一途で真摯な男装の少女は ある程度勝機を掴んだ気にさえなっていたのだ。 さんを柳生に迎えるにあたって、最大の障害はこの男。だが、この男がさんを引き止めることはないだろう。 少なくともこんな大勢の人前で、彼女を力ずくで自分に引き寄せるような真似はしないはず。そうなるはずだったのに―― 澄んだ瞳が焦りの色を浮かべ、の様子をちらりと窺う。しかしに至っては、絶句して石像のように固まっていた。 銀時が心底嫌そうに舌打ちする。ずっと土方を睨みつけていた神楽は、ぞわわああっと紅いチャイナ服の背筋を逆立てる。 この言い争いを止めようかどうしようかと出方を迷っていた近藤と新八はというと、二人揃って土方に見入っていた。 近藤は満足げに目を細めている。憤る神楽を後ろから抑えている新八はやや頬を染めていて、なんとなく土方が 羨ましそうでもあった。 「まあ。相当の自信がおありなのね」 そこへ、ふふっ、と上品に漏らした女の笑い声が響く。沈黙を静かに破ったのはまたしてもこの人。 やや傾げた頬に軽く手を添え、あたかも菩薩のような非の打ちどころのない微笑を浮かべていたお妙である。 「モテる方にはありがちなことだけれど、ご自分でそこまで言うのはさすがに自信過剰じゃないかしら」 「過剰すぎヨ!自信もマヨもキモさも盛りすぎネ!!よくも言えたな妖怪ニコチンコ!マヨラー税金泥棒の分際で!!」 「つっ・・・つまり。君は、さんを僕に渡す気はないのだな?・・・そうか、そう出るのならここは武士らしく真剣勝負で――!」 「はいはいィ、はいそこまでー」 細い指に刀身を押し出され、かちりと鍔口が鳴った九兵衛の刀を、頑丈そうな男の手が抑える。 抜きかけた刃を鞘へ留めたのは、いつの間にか九兵衛の傍に回っていた銀時だ。 組んだ指をボキボキ鳴らし、今にも土方に噛みつきそうな顔で歯ぎしりしていた神楽の後ろ首も、ついでのようにひょいっと掴む。 「なんで止めるネ銀ちゃん!こんな奴の味方するアルか!?」 「バーカ、そんなんじゃねーって。つーか神楽ぁ、次やったらメシ抜きだって言ったろーが。ああ、九兵衛くんもさー、 メシ食う場所で刀振り回すのはやめよーぜ。んな物騒なもん見せられっと、旨めーもんもマズくなっちまうからよー」 九兵衛の身体には極力触れないように器用に避けながら、銀時は腕を横に広げ「はいストーップ」と不満そうな彼女を制した。 「死んだ魚のような」と称されるいかにもやる気のなさそうな目つきはひどく面白くなさそうなのに、その顔は少しにやけている。 多少自棄になっていて、こいつはもう笑い飛ばすしかねーな、とでも思っているような表情だ。ちらりと一瞬、土方へと目線を流す。 「おい、そこのヤニ臭せぇ税金泥棒」 「あぁ?」 「さっさと連れてけや」 ほらよ、との肩を押し、銀時は素っ気なく言い捨てた。 その手の感触でがようやく我に返り、ぱっと振り返る。醒めた半目で土方を睨んでいる銀時を、不安げに見上げた。 「だっ、・・・旦那?」 「来んのが遅っせーんだよてめーは。けっ、なんやかんやといちいち勿体つけやがって」 「うるっせえ。俺ぁてめえほど気楽にやりてえ放題ぶちまけられる立場じゃねーんだ。おい、さっさとそれをこっちに寄越しやがれ」 「それを寄越せって、な、・・・・ひっ、人を物みたいに・・・・・って、寄越すって、・・・ぇえ!?」 「寄越しやがれだぁ?言うじゃねーか。いいか、今日みてーに泣かしやがったら今度こそてめーをぶっ殺すからな」 とん、と背中を押され、の身体が土方の前まで突き出される。 足を縺れさせて畳目でつんのめりかけた彼女の手は、誰かに素早く奪われた。 驚く間もなくその手に部屋から引っ張り出される寸前に、小さく手を振る男の眠たげで気抜けした笑顔が視界の隅に入る。 「じゃーな、また暇な時でも遊びに来いや。俺もこいつらも楽しみに待ってっからなー」 「ちっ、誰が行かせるか。二度と気安く声掛けんじゃねえ!」 「は、はいあのまた行きま、・・・えっ、旦那?九兵衛さま!?」 さんっ、と叫んだ九兵衛の声が追ってきたが、それ以上そこに留まる時間を土方はくれなかった。 ぐんっ、と肩が抜けそうになるほど強い力で、前へ前へと身体が引かれる。 自分を引きずる勢いで歩き出した隊服の背中を呆けきった顔で見つめ、はわけもわからず廊下を歩いた。 なぜか力が入らず、小走りで急ぐことすら覚束なくなった足を、左右によろよろとふらつかせながら。 「ひっ。土方さ、っ、ひゃ、」 「ぁんだお前、酒でも入ってんのか。陸に揚げられたタコでもあるめーし、もっとシャキシャキ歩けねーのか」 「ちが、お酒は呑んでな・・・!じゃなくて土方さんっ、どっ、どこ行、」 「帰るに決まってんだろ。今頃なぁ、屯所は総出で誘拐された馬鹿女の身を案じてんだ」 「はぁ?・・・なんですか誘拐って、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ、えぇえええ!?あたしが?なんで!?」 「知るか。あとで近藤さんにでも訊いておけ」 悔しげに眉を顰めて女の手をきつく握り直し、廊下を突進する土方。危なっかしい足取りで手を引かれるままに歩く。 薄暗い廊下に乱れた大小の足音が重なる。小さくなってゆく二つの背中が、長く伸びた互いの影を一つに重ねながら去っていく。 戸口から顔を出した近藤と銀時に見送られながら、角を曲がって見えなくなった。
「 片恋方程式。23 」 text by riliri Caramelization 2010/12/16/ ----------------------------------------------------------------------------------- next