片恋方程式。

18

「さっっ、浚われちまったんです、さんが!!俺らの目の前で、車に連れ込まれて・・・!!」 「・・・・・!」 上擦った声の報告に土方が絶句する。勢いよく立ち上がった足元に、倒れた椅子が転がった。 無言のどよめきが土方の着いたテーブルを中心にして沸き起こり、和やかだった食堂の空気が そこから騒然としたざわめきを広めていった。 ぽろっと箸を落とした山崎は、「げっ」と呻きそうになった声をかろうじて呑み込む。 思考停止しかけた頭の中に、土方の部屋で会った男の姿がよぎる。その男に「伝えてくれ」と託されたあの忠告も。 表情を険しく変えた土方の動きを、ごくりと大きく息を呑みながら目で追った。 ――さんが?浚われたって、まさか――― 「つっ、連れ去った車は黒のリムジンっ、三軒先の屋敷の前から、Uターンして六町目方向に逃走しました! ナンバーは今、本庁に照会中っっ。申し訳ありませんっっっ、降りてきた奴が刀抜いたのが見えて、 俺らもあわてて駆けつけたんですが・・・、あっという間に乗せられちまって、追いついた時には、もう・・・!!」 顔色を変えた沖田が立ち上がり、銀時や神楽も丼飯を掻き込む手を止めている。 硬直した表情で喋り続ける隊士に、全員が目を奪われて固まっていた、その時だ。 人混みを割って小走りに近付いてきた一人の隊士が、「副長!」と背後から声を掛けてきた。 畜生、こんな時だってのに。土方は背後に激しい目線を向け、ぎりっと奥歯を噛みしめた。 「あぁ!?何だ!」 「すみません副長。さっき正門の見張り番が駆け込んできまして、さんが連れ去られたと 喚いていたものですから、ここはご指示を伺ってからと思いまして」 生真面目に一礼してから進み出たのは、通信室の責任者だった。 通信室とは、市民からの緊急通報を受けたり、仲間内でのみ使用する非常用回線からの連絡を受けたり、 パトカーや対テロ用装備車など、真選組の任務に使用される警備車両同士の連絡情報を管理したりする、 いわば裏方的な部署である。 既に周りの動揺を察知しているらしいその男は、抑えた声で土方の耳元に告げた。 「今も通信室で対応中ですが、通報用の回線に妙な男からの電話が―― さんを預かった、彼女の身柄を引き取りたい、ついては責任者と話をさせろ、・・・と」 目を見張った土方に小さく頷き、彼は怪訝そうに眉を寄せて続けた。 「いや、我々も、最初はタチの悪い悪戯だろうと取り合わなかったんです。そこへ門前の見張りが血相変えて 飛び込んできたもので、これはもしや、と思いまして。なんとか話を引き延ばさせている最中ですが、 時間を稼いで逆探知するつもりだろう、一分以内に責任者が出ないなら電話を切るぞ、などと強気な脅しを――」 報告の最後を待たずに土方が通路を走り出す。通信室長と山崎も慌ててその後を追った。 「何だ、何かあったのかぁ?」と、夕飯のお盆を手にして、興味本位に集まってきた奴等を手荒く押し退けながら、 混み合った食堂から飛び出し、長い廊下の奥にある通信室へ向かう。 通常は機密保持のために閉ざされているそのドアは、珍しく開けっ放になっていた。 飛び込んできた土方の姿を認めて、壁際でおろおろしていた長槍を抱えた隊士――見張り番についていた 九番隊の隊士が青ざめる。インカムを装着したオペレーターがパソコンのモニターから振り向き、 緊張を走らせた表情でこう告げた。 「申し訳ありません、通信はたった今切れました。 電話の男はさんの身柄引き取りについて交渉をしたいと。早急に指定の場所まで来い、と要求を残しています」 「通話は録音したな?再生しろ」 「はい、――」 室長に指示され、オペレーターが手許の録音機器を素早く操作する。 天井近くに設置されたスピーカーを通して、男の声が再生された。 『・・・ああ、そろそろ一分ですね、時間切れです。 悪いがこれ以上は待てません。主があなた方の返答をお待ちですし、我等もそう暇ではない』 微弱なノイズを被って流れてくるのは、若い男の声。 柔らかな声音ではあるが、声質から想像される年齢よりも落ちつきはらった印象を受ける声だ。 喋り口調もどこか泰然と構えている。 『それではもう一度、用件を繰り返しましょう。我らが主はあなた方にいたく不満を抱いておられます。 あなた方真選組という組織内における、殿の扱いについてです。しかし我が主はそのお立場上、 私的な用件での警察への出入りは憚られるお方。どうかそちらから、すみやかに出向いていただきたい。 場所は○☆町一丁目、楡の木通り交差点。そこに迎えの者を待機させておきます。では、宜しくお伝え下さい』 ブツッ。男の声が途切れた直後、耳につくノイズが走る。 そこで通信が途絶えたのだと悟り、駆け込んできた三人は目を合わせる。 険しい表情でモニターを見つめ、呆然と土方は繰り返した。 「楡の木通り交差点、・・・・」 「○☆町?楡の木通りの交差点?」 「!いてっ、・・・て、ぇえ、だっ、旦那ァ!?」 山崎の裏返った呻き声につられて、その場の全員が彼に振り返る。 そこにいたのは後ろにいる男に頭の上で腕組みされ、顎を乗っけて体重をかけられ、重さに困って「やめてくださいよぅ」と 訴えている監察と、そんな彼に覆い被さるような猫背の姿勢で立っている、だるそうな薄笑いの男。 その隣には、山盛りのご飯に顔を突っ込みそうなくらい夢中で丼飯を消化中の、チャイナ服姿の少女がいた。 「ぁんだよ、シケた誘拐犯じゃねーか。交差点だぁ?シチュエーションに雰囲気ってもんがねーよ雰囲気ってもんが。 拉致られたってーからどんだけ遠くかと思やぁ、ほんの隣町だしよー。ったくよー、少しは空気読めっての。 浚われた女をヒーローが助けに行くったら、人気のねー埠頭のデケえ倉庫って相場は決まってんだろーがよー」 「ムグ、もんくいうら、そういうころはたすけれからいふネ(文句言うな、そういうことは助けてから言うネ)!さいふふぁ しけふぁひーろーの銀ちゃんにはちょうろいいとおさネ(財布がシケたヒーローの銀ちゃんには丁度いい遠さネ)、ムグ、ムゴ」 土方も、通信室長も、オペレーターやその他、その場にいた奴全員が口を半開きにして二人を見つめた。 ドアが開きっ放しだったとはいえ、何の気配もしなかったのだ。 一瞬言葉が出なかった土方は、はっとして気を取り直し、バタバタと大股気味に詰め寄った、・・・のだが。 「お!?お前ら、いつの間にっ」 「んじゃ、ちょっくら行ってくるわ。俺のバイクで飛ばせば十分かかんねーし。おい、行くぞ神楽」 「ふォう、ふぁわたひたひが、ムグ、たすけふネ、ぎんふぁんっっ(おう、は私たちが助けるネ、銀ちゃんっっ)」 他人の家でタダ飯を堂々と、しかも牛が食べるくらいの大量の夕飯をたいらげても「あー食った食った」と 爪楊枝片手にシーハーいってられるほどマイペースな二人だ。を浚われて取り乱している土方の、 いつもより心もち迫力の抜けた声など、当然聞いちゃいなかった。 懐から取り出したバイクのキーホルダーを指に引っ掛け、グルグルと回しながら銀時が通信室を出ていく。 丼飯を口一杯にハグハグと急いで詰め込みながら、顔を米粒だらけにした神楽がその背中に続いた。 「んァ?待てよ。なーなー神楽ぁ。俺が悪党どもから助けてやったらよー、すっげー感激すんじゃねーの? 「旦那、大好きっ!」て抱きついて感謝のちゅーとかしてくれんじゃねーの?うっわ、やべーよ。 俺っっ、なんかもぉ鼻血出そーなんですけどォォォ」 「何言ってるアルか中二病。「あねどきっ」のねーちゃん見てデレデレしてるよーなガキに、のちゅーはまだ早いアル。 感謝のちゅーは大人の女の神楽さまがしてもらうネ。ぽよぽよおっぱいに顔埋めてむぎゅーしてもらうのも、もちろん私ネ!」 いったい何を考えて興奮しているのか、鼻を抑えながらよからぬ妄想にデレデレと顔をにやつかせているバカ侍。 その脚に蹴りを入れながら彼の後ろをついていく少女は、通りすがりの隊士に平然と「これやるヨ」と空の丼を押しつけ持たせた。 「あーあァ、行っちゃいましたねぇ、・・・・・」 意気込みたっぷりな、しかし緊張感のかけらも感じられない凸凹コンビの背中が、あっというまに廊下を遠ざかっていく。 土方はギリギリと歯噛みしながら二人を睨みつけていた。その背後にひょいと顔を出した山崎が、恐る恐るで伺いを立てる。 「・・・・・・・・・ど。どーします?副長」 ・・・・・ドカドカドカドカドカドカドカドカドカドカドカドカドカドカドカドカ― 「んァ?」 屯所の玄関を飛び出し、意気揚々と救出に向かおうとしていた銀時は空を見上げてつぶやいた。 隣を走っていた神楽と二人、背後から迫ってくる地鳴りのような音に足を止める。 なんだ、何の音だ、と顔を見合わせ、二人同時に振り向こうとした時だ。 びゅんっっっ。 目を丸くした二人の間を割って、一迅の突風と黒い人影が追い越していく。 駆け抜けていったのは、門前に停まった銀時のバイクを目指してまっしぐらに走る男。土方だった。 その背中に嫌そうな舌打ちを向けると、銀時は猛然とダッシュで駆け出す。 先を走っていた男に並ぶと薄笑いを浮かべ、からかうような声を掛けた。 「あァ?ぁんだよ、何で来たの、何しに来たの土方くーん。悪いんだけどさー、野郎の見送りなんてほしくねーんだけど」 「けっ、誰がてめーなんざ見送るか!そこを退け、俺ぁ急いでんだ、道譲れ!!」 「いやいや!いーって、来なくていーって! は俺がぱぱっと助けてくっからよ、てめーは戻れよ!一生一人でむすっと飯食ってろってーの!」 「っっせえ、てめーに任せておけるか!つーか部外者は黙ってろ、ここの責任者は俺だ、俺が行く!!」 「責任者ァ?てめーんとこの責任者ったらあのゴリラじゃねーか!」 「そのゴリがいねーから俺なんだよ!!」 「あァー?おいおいィ、今なんつった?今ゴリっつったよなお前!」 「・・・・・・・・」 「言ったよなァ土方くーん!副長自ら、てめーんとこの大将をゴリって言ったよな、お前ェェ!!」 にまーっと目を細めた銀時が土方を指差し、ゲラゲラと腹を抱えて笑い飛ばす。 まるで相手の首でも取ったかのような、憎たらしい嘲笑いぶりである。 今どき小学生でもここまでしないだろうと思われるバカ面で囃し立てられ、余計に意地になった土方はギリギリと歯噛みして 彼を睨みつける。しばらくイライラと怒りをこらえていたのだが、急に意固地なほどに硬い無表情に戻って、ぼそっと言った。 「言ってねえ」 「はァあああ!?嘘つけ、言っただろーが、言ったじゃねーかよ今ァァ!!」 「黙れ!何かってーとしつこく人の挙げ足とりやがって、ムカつくんだよテメーはァァァァ!!!」 がしっ。 がしっ。 互いの衿元を互いに鷲掴みにして、グイグイと競うように引っ張り上げながら バチバチと火花が散りそうな不穏な目つきでメンチを切り合う土方と銀時。 そんな二人を少し離れた銀時のバイクに腰掛けて眺める神楽は、宇宙の果てでも見ているような遠い目をしていた。 「・・・男ってバカな生き物アル」 「まったくでェ」 大人気ない男どものしょーもない小競り合いをバッサリとこき下ろした彼女の元へ、もう一人の男が近寄って来た。 すいーーっとスケボーを滑らせ駆けつけたのは、しれっとした顔の沖田である。 言い合う二人の横を通り越し、ちゃっかりとバイクのリアシートに腰を降ろした。 「何を他人事みたいに言ってるアルか。バカな生き物ヒエラルキーの頂点が」 銀河系を越えた果てで渦巻くブラックホールでも見ているかのような遠く荒んだ目で沖田を眺めた神楽は、 なぜか彼の松葉杖をひったくって取り上げる。それからトムとジェリー張りに低次元で仲好しこよしな 喧嘩を繰り広げている大の男二人にくるっと振り向き、バイクを降り、陸上の槍投げ種目のよーに空を振り仰いだ 投擲ポーズを構えた。小柄な少女の身体が、ダイナミックでキレのいいモーションから杖を繰り出す。 ドッッッ。 唸りを上げて飛んだ松葉杖の先は見事に地面を射抜いた。 お互いの髪だの襟首だのを掴んでいがみ合っていた土方と銀時の間、わずか十センチほどの隙間を。 「いつまで遊んでるアルか銀ちゃん、ニコ中!お前らが心配じゃないアルか!?」 腰に手を当てて仁王立ち、かあっと目を見開いた神楽にまとめて叱り飛ばされた。頭に血が昇っていた二人も さすがにはっと我に返り、バイクに向かって泡を食って走り出す。しかし神楽しかいなかったはずのそこには、いつのまにか もう一人の邪魔な野郎がいるではないか。バイクの前まで辿り着いた二人は、ぎろりと険悪な視線を交わし合う。 互いの思惑が同じなことはそれだけで判った。そして、こんな時だけはなぜかぴたりと息の合う二人は、 揃って大人気ない行動に出た。 左右に回ってとぼけた顔の沖田を挟み、その腕を両側から掴み、無理矢理に彼をバイクから引きずり降ろそうとしたのである。 「総悟、てめーは戻れ、怪我人は大人しく屯所で寝てろ。おらそこ空けろ、俺が乗る」 「いやでさァ。姫ィさんは俺が迎えに行くんでェ、あんたらだけにいい顔させてたまるかってんだ」 「はァ?待てよてめ、何だと?誰がてめーを乗せるって言った?何でてめーまで乗せなきゃなんねんだよ冗談じゃねーよ。 ニコ中も怪我人も足手まといだ、おめーらはパトカー乗って俺の後からちんたらついて来いや。な?」 「な?じゃねーよ!誘拐犯は責任者と話させろって言ってんだ、俺が先に着かねーことには話にならねえだろーがァァ!!」 「いやいやいや、大丈夫だって、任せとけって。のこたー俺に任せろって。のこたーすべて 俺が責任とるからよー。な?今日は銀さんちょっと本気出すから。てめーらがいたって邪魔なだけだから。な? ここは俺がビシッとカッコよく誘拐犯片付けて、助けて感謝のちゅーしてもらうから。な?」 「おい、そのちょいちょい「な?」って入れんのやめろ!なんか知らねーけどてめーが言うとすげームカつくからやめろ! つーかてめーにあいつを任せられるか!助け出した後はてめーが誘拐犯になるのがオチじゃねーか!!」 「いやいやいや、心配すんなって。が危険な目に遭わねーよーに、俺が身体張って丁重に保護すっから。 神楽を家に放り込んだらそのままどっかの静かで落ちついた宿泊施設に二人でしけ込むだけだから。な?」 「ざっっっけんな!!!それ誘拐犯よかタチ悪りィだろーがァァ!!!っておい総悟、てめーはさっさとそこから降りろ!!」 「いや〜、うちの隊士を誘拐するなんざ、面白そうな奴等じゃねーですか。リハビリ兼ねた憂さ晴らしにはちょーどいいや」 「てめーは人の話を聞けェェェ!!!!」 「お前らいい加減にするアル!ほら、さっさと乗れダメダメ天パ、さっさとエンジンかけるネ! それともその暑苦しいモジャモジャにガソリンかけて燃やされたいアルか、黒焦げアフロにされたいアルか!」 「そーですぜ。遊んでねーでさっさと出発してくだせェ、旦那ァ」 「っコルァ総悟ってめっっ、降りねーんならせめて前に詰めろ!てめーの後ろに俺が乗る!!」 「そんなぁ、無理でさァ。俺ァ怪我人ですぜ?少しは労わってくださいよォ。 やっと骨が固まったばっかだってーのに、これ以上詰めて座ったらまたボッキリ折れちまうじゃねーですかィ」 「嘘をつけェェェ!!!!」 「へいへい、わかりやしたって。要はあれだ、土方さん。あんたも俺らと同時に着きゃーいいんでしょう?」 じゃあコレ、使ってくだせェ。 そう言った沖田が、手にしていたものを土方に差し出す。 眩しいまでに爽やかな、・・・いや、眩しすぎて却って胡散くさいくらいの、完璧な笑顔で。 「うーし、行くぞてめーらァ」 気抜けした声を合図に銀時がアクセルを握り、ドルン、とバイクが鉄の心臓部を震わせる。 「おいィィ!待てコルァァ総悟てめぇええ、っっ正気か?正気でこれに乗れってか!!?」 「あれっ。んだよ土方くーん、まだワガママ言ってんのォ? 大丈夫だって、そのくれー平気だって、そのくれーそのへんのガキでも出来るって。な?」 「フッ、意気地のない男ネ。私ならそのくらい逆立ちしてフラフープ回しながらでもやってのけるアル!」 「そーでさァ土方さん。だいたいあんたァ、バケモン並みに頑丈じゃねーですかィ。万が一ダンプに轢かれたって死にやしねーや」 「ぁぁんだとォ!!?だったらてめーらが替わりやがれ!!っっっつのドSトリオがァァァァ!!!!!」 「うっせーなァ嫌なら降りろよ。つーかこれ俺のバイクだし。文句つけられてまでてめーら乗せてやる義理なんてねーしィ。 ・・・で?どーすんの?おめーも行くのか?行かねーのかァ?」 「・・・っくしょォォォ、もう知るか!!!」 ギャアギャアと怒鳴り合い、押し合いへし合いを繰り返しながらポジション争いも繰り返し、 どうにかそれぞれの乗る位置も決まり、バイクはアクセル全開でエンジンを唸らせながら屯所の門を飛び出した。 銀時の愛車――中古のベスパは弾丸の速さで車道を突っ走る。 走る車の波間を縫いながら次々と追い越していく。堆積重量も同乗定員数もはるかにオーバーした、 法定速度をぶっちぎりでガン無視した二輪車が、公道を堂々と暴走。しかもそこに団子状態で同乗しているのは、 耳を塞ぐ排気音など気にもせずに、口汚くお互いを罵り合っている四人連れ。 追い越された車の運転手たちは、こぞって珍妙な暴走車に目を見張った。中には開けた車窓から乗り出さんばかりの格好で ぽかんと口を開け、まじまじと注目している奴までいた。しかしそれほどにまで驚かれるのも無理はないことだった。 爆走する小さな原付バイク一台。そこに便乗しているのは四人、・・・とはいっても、 そのバイクの上に乗っているのは四人ではない。実は、そこに乗っているのは三人だけなのだ。 前から順に、ハンドルを握るドライバーの銀時、その膝上に腰を下ろしている神楽。 銀時と背中合わせで後方のリアシートに跨っているのが、松葉杖を抱えた沖田。そして、残るもう一人はというと―― ・・・・・ガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラ― 極度の緊張と怒りで顔が青ざめかけている土方の足元では、回り続けるスケボーの滑車がけたたましい悲鳴を上げていた。 バイクが急角度で車線変更のカーブを描くたびに、メキッと嫌な感触で滑車が軋む。いつこれが根元からバキッと折れ、 スケボーが吹っ飛び、足を踏み外した自分の身体が危険な車道に放り出されても、何の不思議もなかった。 バイクの最後尾、――つまり沖田が座っている位置よりも、さらに後方に土方はいた。 真正面から襲ってくる風圧に歯を食い縛って耐え、両腕でリアシートを固定する金具部分にしがみつき、 腰をやや落とし、前傾姿勢を取って立つ足を、ガタガタと激しく揺れる沖田のスケボー上で踏ん張らせる・・・という、 海上ならぬアスファルト上の命知らずなアクロバティックサーフィンを、同じ道を走る運転手たちの眼前で がむしゃらに披露している最中だ。 ・・・・・・・・・・・・・・・くそっ、最悪だ、何で俺がこんな目に遭わなきゃならねーんだ!! 澄ましたツラのクソガキは隙あらば俺を蹴落とそうと狙ってやがるし、 たまにこっちを振り返るバカ侍と小娘は、小憎らしいツラでゲラゲラと笑いやがって!! ――すべてが彼には不本意極まりない。だが、ムカつく奴等が笑っていようが、バイクにしがみつく自分が どれだけ無様で情けなかろうが、あいつを――を取り戻すまでは、何があろうと我慢だ、こらえろ。 今はまず、一刻も早く、電話の野郎が言い残した場所に駆けつける。それが先決だ。・・・・いや。先決だが―― 「っっちっくしょォォォォ・・・、ケリがついたらこいつら全員、ぶっっっ殺してやる・・・!!!」 土方が唸るような悪態を路上に吐き捨てる。 こめかみに青筋を貼りつけたその顔には、「ここで落ちたら命が危うい」と焦るあまりの緊張感からか その果敢で物騒な決意と意気込みに反して、ダーッ、と滝のような大汗が流れてはいたが。 「おい万事屋!急げ!!法定速度内で信号守って最大限に急げ!!!!」 「おいおい、何言ってんのォおまわりさーん。四人乗ってんだろこれェ、スピード以前に違反してんだろーが! てめーらが乗ってる時点でとっくに交通違反してんだろーがあぁ!!これで罰金切られたらどーしてくれんだこのヤロー」 「運転手さぁーん、フルスピード信号ぶっちぎりでお願いしやーす。あァ、このムカつく野郎はそのへんで振り落してくだせェ」 銀時が大きくアクセルを回し、右折車線へと進路を変える。 うおおっっっ、と土方の強張った叫びが轟く。 三人を乗せ、一人を引っ張りながらも暴走するタフなバイクは、指定の交差点へ続く通りへとさしかかろうとしていた――

「 片恋方程式。18 」 text by riliri Caramelization 2010/08/14/ -----------------------------------------------------------------------------------           next