・・・・・ガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラ― ドカッッ。 「・・・ってえなァ〜〜〜。何すんでェ」 「いつまで遊んでんだ、このタダ飯喰らいの昼行燈が」 廊下の角で出会い頭にラリアットを喰らわされ、沖田は尻餅をついて床に倒れた。 腰をさすって痛そうに眉を顰めた彼の右脚には、足の太さの倍ほどに固められたギブス。横には転がる松葉杖。 いかにも痛々しげなこの姿。世間一般の常識からすれば、そこそこに重症な怪我人として扱われてもいいはずなのだが。 「総悟。お前、そろそろ骨も固まった頃だろ。んなもんで遊んでるくれーなら、道場でも行って 新入りどもに稽古つけてやれ。ついでにてめーの身体も鍛えとけ。つーかうるっせーんだよ、こーいうもんは外で使え」 と、ひっくり返ったスケボーを庭に蹴り出し、怪我人を何の容赦もなくすっ転ばせた土方は、 眉を吊り上げて凄みながら立ち塞がっていた。その後ろでは、山崎が気まずそうな苦笑いを浮かべている。 ひょんなことから骨折してしまったおかげで、屯所でダラダラと療養中の怪我人沖田。 思うように動けず暇を持て余し気味な彼が、屯所内の移動用に使っているのがこのスケボーである。 無事な片脚でスケボーに立って器用にバランスを取り、松葉杖で漕ぎながら廊下を滑走するのだ。 松葉杖でモタモタ歩くより、このほうが早くて楽なんでさァ。 飄々と語る本人は、この移動方法をわりと気に入っているらしい。だがしかし、周囲の人間にとっては それはちょっとした嫌がらせのようなものだった。隊士のほとんどが暮らす大所帯相応の広さはあるとは言えど、ここは屋内。 周囲にもそれなりに気を使いつつ、スピードを落として走ってくれればいいものを、 外に出られず元気があり余っているこのサディスティック星の王子さまときたら、朝の混雑した食堂前を わざとトップギアのハイスピードで駆け抜け、無用な衝突事故を起こしそーになったりするのだから困りものだ。 その馬鹿馬鹿しい騒ぎと騒音の煩さには、土方も頭を痛めていた。しかも今日は煩さも二倍だ。 あの騒がしい怪力娘が来てやがる。総悟を後ろに乗っけてケラケラと、屯所中を走り回りやがって。 そんな土方の腹立ちに、気づいているのかいないのか。ひょいっと上半身を起き上がらせた沖田は、 薄笑いで彼と山崎に問いかけた。 「ところであんたら、近藤さんを見ませんでしたかィ」 山崎はかぶりを振って「いえ、俺は」と答え、 土方は袖が肘まで捲くり上げられたままの腕を、目の前まで上げた。 手首に留めた腕時計に目を向ければ、時間はすでに六時半を過ぎている。 はぁ、と諦め顔で煙草を咥えた口端を下げ、白い煙の混じった溜め息をこぼしながら腕を下ろした。 「どーせあの女の店だろ。また開店から居座ってんじゃねーのか」 近藤さんに何の用だ。 そう尋ねると、沖田は色素の薄い瞳を瞬かせて土方を見上げ、軽く肩を竦めてみせた。 「いやァ、別にたいした用じゃねーんですが。ちょっと局長に頼まれてほしかったんでさァ」 「頼みごとだ?」 「ええ。俺ァこの通り外に出るのが億劫なんで、 近藤さんがあの姐さんの店に行く帰りに、ちょいと用を足してきてもらえねーかと」 「何だ、その用ってのは」 「へ?何って――」 「たいした用でもねーんなら、誰が行ったって同じだろ。そのくれーのこたぁ俺が足してきてやる。 いくらあの人がお前に甘めーからって、雑用で大将の手ェ煩わせんな」 「へえ。あんたが行ってくれるんですかィ?俺の用事に? そいつぁ何の気まぐれですかィ。いやー、珍しいこともあるもんだ」 「うっせえな。俺だって怪我人労わるくれーのこたぁ知ってんだよ」 フン、と蒼みの増してきた夕焼けを斜に見上げながら、土方が鼻先で笑う。 てめーじゃねーんだ。珍しく従順な態度の怪我人に、わざとムチ打つよーな真似すっか。 いくら世間では鬼だ何だと呼ばれていようと、彼とて別に身体の芯まで鬼と化しているわけではない。 時には冷酷な判断を下す鬼の副長は、あくまで仕事上の顔。 いったん仕事を離れれば、怪我人を気遣う程度の、人並みの仏心の持ち合わせくらいはあるのだ。 ただ、この悪ガキに関してだけは、今までに差し出した仏心のすべてをこっ酷くからかわれ、 散々に、粉々に打ち砕かれ続けてきたという腹立たしい憶えが山のよーにある。 こうしてちょっとした善意を差し出すにも、なんとなく眉をひそめたくなるというか、 にやけた澄まし顔の裏にある本意をどーしても疑いたくなってはいるのだが。 「そいつぁ有難てェ。んじゃー土方さん、さっそく近藤さんの代りにコンビニ行ってアイス買って来いや」 「心の底からたいした用じゃねーな、オイ」 ガツン、と真上から一発喰らわせた沖田の頭を鷲掴みにすると、呆れきった土方は煙草を噛みしめ、ドカドカと歩き出す。 負傷中の一番隊隊長を手荒く引きずる土方と、ズリズリと廊下を引きずられながらも 「ひでーや土方さぁん」と、けろっとした態度で文句をつけている沖田。 そんな二人とすれ違う隊士たちは、皆一様に「ああ、またか」とでもいいたげな目をして、無言で彼等を見送るのだった。





片恋方程式。

17

・・・・・・ここにもいやがった、タチの悪りぃタダ飯喰らいどもが。 わなわなと腕を震わせ、夕飯の載ったお盆を握り壊しそーなほどに力を籠めて持っている土方は、 夕飯時でごった返す屯所の食堂に立っていた。 食堂が最も活気づく時間帯の一つだ。仕事を終えた隊士たちが、腹を空かせて次々と入ってきている。 にも関わらず、土方の周囲1メートル内だけは異様に空いている。山崎以外の人影が皆無だった。 黙りこくった土方が全身から撒き散らしている、炎のような殺気と怒りを察知したとたん、どいつも怯えて逃げ出していくからだ。 彼が怒りを全方位に放射しながら立っている、あるテーブルの前。そこはまさしく無法地帯だった。 テーブルに行儀悪く転がる空の汁椀、ご飯茶碗。小鉢、丼、そこから流れた食べこぼしや煮汁。 数十センチの高さに積み上げられた大皿小皿の塔は、つついた途端に崩れそうだ。 土方はそのテーブルの向かいの席まで転がっていた汁椀を睨み据え、それから、顔を上げることなく暴飲暴食に励む 二人を睨み。怒りの籠った手つきで、汁椀をがしっと鷲掴みにした。こめかみに浮かんだ青筋をひくひくさせながら凄んで尋ねる。 「・・・オイてめーら。食い終わったらちょっと道場まで付き合え。そのすっとぼけた豆腐頭に、遠慮ってもんを叩きこんでやる」 「おァ、誰かと思やぁ土方くんじゃん。よー、久しぶりィ」 「何が久しぶりだ、さっきもツラ見てんだろーが!」 「あれっ、そーだっけ?いやー、悪りぃ悪りぃ、忘れてたわ。辛気臭せー野郎のツラなんて記憶に残んねーからよー」 はっ、と気抜けした笑いを飛ばした銀時は、山崎のお盆から今日のメインのおかずである大きなメンチカツをひょいと摘む。 大口開けてパクリと飲み込み、モゴモゴと頬張る。呑気な山崎は一拍遅れておかずを奪われたことに気付いたが 取り戻そうにももう遅い。「ああっ俺のメンチカツううっっ」と涙目になって喘ぐ山崎。 そして、彼のおかずを取り上げたことなどとっくに忘れたような顔でご飯を掻き込む銀時。 その図は気弱な子分体質の小学生と、子分から給食のおかずを好き勝手に撒き上げるガキ大将そのものだ。 銀時の隣に座る神楽はといえば、顔を上げるどころではなく、誰の話も耳に入れていない。大皿に山と盛られたコロッケを バクバクとすごい速さで口に詰め込みながら、顔にくっつきそうな近さで構えた文庫本を読むのに没頭している。 これ以上話を続けても、ガツガツと掻き込んでいる米粒やら汁やらのとばっちりを受けて不愉快になるだけだ。 諦めた土方は神楽の向かいの席に着いた。いや、本当は俺だって飯くらいゆっくり食いたい。奴等から離れた席に陣取りたい。 だが、こいつらをこのまま好き放題の野放しに出来るものか。後がどうなるかわかったもんじゃねえ! 箸を手にして目を伏せた彼は、ちっ、と苦々しく舌打ちした。 ちなみに隣の山崎は、まだ「ぅうぅっ、俺のメンチカツ〜〜」とうらめしそうに涙ぐんでいたりする。 なぜこの二人がここまでのうのうと「俺たちお客でーす」という大きな顔をして、屯所で飯を食っているのか。 その姿を遠目に認めた時には土方もカチンときて眉を顰めたのだが、 聞けば、奴等に飯を食わせていいと許可したのはあの女中頭だという。 何でも屯所に壊れた家電があって、そこを通りかかった銀時がその家電を手早く修理して直したとかで、 夕飯はその報酬の意味も兼ねているらしい。そう聞いた土方は、それ以上を問い詰めるのをやめた。 他の奴ならともかくとして、真選組N0.2の彼すら頭の上がらない老婦人の采配とあれば話は別だ。 ・・・まあ、要するに「触らぬ神に祟りなし」である。この年になって母親の小言を喰らうのはもう御免だ。 一月ほど前の、早朝の廊下で味わった悪寒と気まずさを思い出し、土方は憮然とした表情で懐に手を入れた。 出てきたのは言うまでもなく、彼の食卓には欠かせない例の調味料だ。 たっぷりと惜しみなく、こぼれんばかりの量を茶碗の白飯にぶちまけ始める。それを見た周囲の奴等は 全員が生気のない目になって、彼から一斉にすーーっと視線を逸らす。隣に座った山崎は、うっと呻いて口まで抑えていた。 まあこれも、屯所の連中にとってはある種の風物詩というか、お馴染みの行動、文字通りの日常茶飯事ではある。 あるのだが、だからといってこの見ているだけで吐き気を催す光景を、けして迷惑がらず、ありふれた日常のひとコマとして 甘受できるかというと、それはまたそれ、別の話である。そんな奇特なまでに心の広い奴がここにいるだろうか。いや、いまい。 たぷたぷと揺れる黄色い悪魔。こんもりと盛られたマヨネーズに占領された茶碗の中身を いつものように一気に掻き込もうとした直前で、土方はなぜか箸を止めた。ふと視線を上げ、神楽に探るような目を向ける。 素手でコロッケをガツガツと貪りながらも、手にした本から目を逸らそうとしない神楽。彼女の何かが気になったらしい。 「・・・・・?」 「?どうしたんです、副長。食わないんですか」 「いや。・・・・・あの絵、」 山崎に答えながら、土方は神楽の手許をじっと見ていた。 気になっているのは神楽ではなく、神楽が片時も目を離そうとしない文庫本のほうだ。 あの表紙絵はどこかで見たような覚えがある。が、どこで見たのかまでは覚えがない。 土方は茶碗を置いて腕を伸ばす。夢中で読み耽っていた神楽は、あっさりと本を奪われてしまった。 「ああっっ、何するネ!」 「ちょっと貸してみろ。すぐ返す」 「いやネ!今すごくいいところネ、女子寮の部屋で二度目のちゅーするかどーかの瀬戸際ネ!返せ税金泥棒!!」 「誰が税金泥棒だ。つーかてめーも泥棒みてーなもんだろーが、タダ飯喰らい」 パラパラと数ページ捲ってから手を止めると、ああ、と納得がいったようにつぶやく。 なんとなく気になった山崎は、隣から本を覗いてみた。 二ページ見開きの挿し絵に描かれているのは、表紙を飾っているのと同じキャラクターだろう。線の細い少年の絵だ。 背景の空を感傷的な目で見上げている。絹のような質感で描かれた癖の無い長髪が、涼やかに風に靡いていた。 本のタイトルは「観音さまがみてる 2」。神楽がの部屋で夢中になって読んでいた、あの小説の続巻だった。 「思い出した。これァ、のだろ」 「そーネ、の部屋にあった本ヨ。おい返せニコ中。お前が持ってるだけで本がヤニ臭くなるネ」 「ふーん。これ、さんの本なんだ。でもこんな絵だけでよくわかりましたねえ、副長」 「ああ。あいつと昼飯食いに入った店でしつこく見せられたからな」 そう、あれはいつだったか、見廻りの途中でと昼飯を食べに入った店でのことだ。 店中に油が染み込んでいそうな古いラーメン屋の本棚の中に、はこの本を見つけた。 「あたし全巻持ってるんですよー、これ!すっごく面白いんです」と、ペラペラと中を捲って 土方にこの絵を突き出してみせたのだ。 「・・・確か、そのヒョロいガキの絵が昔の知り合いに生き写しだの何だのと、ツラ緩ませてはしゃいでやがったが」 「へぇ、そうなんですかァ」 俺、こーいうもんはどれも似たり寄ったりに見えるけどなァ。 少女マンガ風の、繊細なタッチで描かれた可愛らしい少年少女の表紙絵を眺めながら、山崎が首を傾げる。 土方の感想も右に同じで、はしゃぐに本を押しつけられた時も、眉をひそめて眺めただけだった。 ところがは彼の反応など意にも介せず、「これこれ、この子が主役でー、学園の王子さまなんです! シャイで優しくって強くってー、かっこいいんですよー!。それでね、この女の子とこっちの女の子がね・・・」と、 土方にしてみれば何の興味もない、一生手にすることもないだろう「女子供向けの与太話」の幼稚なあらすじを 舞台設定から登場人物たちの相関図に至るまで、懇切丁寧にハイテンションに説明し、喋り倒してくれるのだ。 半ば呆れたような顔でラーメンを啜っている彼の横で、はまるで自分がその小説を書いたかのように 自慢げに、大きな目を星のように輝かせてこの本の良さを説き続けていた。楽しげに語るその表情を 土方はたまにちらりと盗み見ていたのだが、なぜかこの一方的な押しつけがうっとおしいとは思えなかった。 逆に、邪気のない彼女のはしゃぎようを見ているだけで可笑しくなって、なんとなく気分が和らいだものだ。 ったく、メシくれえゆっくり食わせろってんだ。 そう胸のうちではボヤいても、常に表情の薄いその顔は、自然と可笑しそうな思い出し笑いに緩んでいた。 「はっ、・・・あのバカ。こっちは聞いてもいねーのに、話の筋まで説明しやがんだ。煩せーったら・・・」 『・・・・・・・・・・・・・』 自分を取り巻く妙な気配に気付き、土方は口を止めた。 同じテーブルについた全員が、なぜか彼に見入っている。本を奪われ怒っていたはずの神楽まで、 くりっとした目をぱちぱちと瞬きさせて土方の表情を見つめ、不思議そうな顔をしていた。 「何だこいつら」と土方は一瞬不服に思ったのだが、斜め前からの銀時の「殺すぞテメ」と 目で脅してくるような視線と、ちっ、と吐き捨てるような舌打ちにはっとする。ようやく気付いたのだ。 自分がいつにない饒舌さで、まったく他愛のない話を――しかも女のことを、さも嬉しげに喋っていたことに。 うろたえながら本を閉じた彼は、ゴホン、ととってつけたような咳払いを打つ。 それできまり悪さが紛らわせるわけもなく、どことなくぎこちない態度で神楽に本を押しつけて返した。 そんな彼の態度が面白くない銀時は、珍しく真顔になる。ダン、と茶碗をテーブルに叩きつけ、 口から飯粒を飛ばしながら、食事を始めた土方に食ってかかった。 「おいおいィ、今のは何だよ何ですかァー?」 「あぁ?」 「のろけてんのかてめー。今のはのろけですかァ?俺に喧嘩売ってんですかァこのヤロー」 「フン、馬鹿かてめーは。んなわけねーだろ。つーかうっせえんだよ飯は黙って食え。 人ん家の飯にあさましくたかりやがる銀バエが、うだうだといちゃもんつけてくんじゃねえ」 「言っただろ。言ってたじゃねーかよ。いかにもがてめーのもんみてーなカンジで、仏頂面でれっと緩ませてんじゃねーか」 「ざっけんな。てめーにツラのこたぁ言われたかねんだよ。それを言うならてめーは年中無休で緩みっぱなしだろーが」 「てめーみてーに年中無休でガチガチな、何の面白味もねー面した奴よかマシだっての。つーかよーあのさー土方くんよー、 いつまでそーやって余裕ぶっこいてカッコつけてんの?いーのかよ、油断しすぎじゃね?今に俺から出し抜かれんぞ」 あーあー、いーのかねー。 見透かしたにやけ顔の銀時はテーブルに肘を突いて乗り出し、土方に挑発をかけてくる。 黙々と丼飯を掻き込んでいた土方が手を止める。伏せていた目線を上げ、じろりと銀時を睨んだ。 「けっ、笑わせやがる。やれるもんならやってみろ。誰が靡くかってんだ、てめーみてーな胡散くせー貧乏人に」 「それだそれ!ァんだてめ、やれるもんなら、だぁ?あんだよその余裕しゃくしゃくの彼氏気取りはよォォ。 あれっ、それともあれかおめー、もしかして俺に牽制かけてんの?自分が一番あいつに近けーポジションについてますー、 だから近寄ってくんじゃねーぞって俺にアピールしてーのか?へっ、小っせー男だなぁオイィ」 「小っせーのはてめーだろ。くだらねー揺さぶりかけよーったってそーはいくか」 「ちょっとォォ、やめてくださいよォ二人とも。飯くらい仲良く食いましょうよ〜! ・・・あ、沖田隊長っ!」 と、大人気ない罵り合いの間に入った山崎がオロオロしていたところへ、お盆を手にした沖田がやってきた。 何の断りもなく神楽の隣に腰を下ろし、お盆を置き、夕飯や周囲の奴等には見向きもせずに懐から携帯を出した。 ピピピ、と素早く押して耳に当てる。そのまま数秒待ってから眉を曇らせた。 「・・・また出ねェや。おっかしーなァ。・・・・・・・」 「?隊長、誰にかけてるんですか」 山崎に訊かれ、沖田は携帯を彼に向けてみせた。 呼び出し音が流れる白っぽい画面には『』と表示されている。 「掛けても出ねーんでェ、姫ィさんの携帯」 山崎は音の流れる画面を見つめ、訝しげに答える沖田を見つめて、何か思い出したような顔で口籠る。 隣で味噌汁を口にしていた土方も箸を止めた。 「今日は鍛冶屋の帰りに芸者の姐さんと会うとか言ってやしたけどね。にしたって遅すぎらァ」 もう日が暮れるってーのに。 ブツブツと漏らしながら携帯を弄る沖田を前に、土方と山崎は顔を見合わせる。 二人同時に感じたのだ。頭の中にざわりと這い上ってきた、嫌な予感を。 「副長!」 ちょうどその時だった。 入り口から飛び込んできた大声が、食堂中に鳴り渡る。 緊迫したその声に、その場にいた殆どの隊士が飯を食べる手を止めて振り向いた。 土方を目指し、躓いて転びそうな危なっかしさで駆けてきたのは、額に汗を滲ませた九番隊の隊士だ。 何事だ、と眉をひそめて箸を置いた彼を前に、息を弾ませながら訴えた。 「さっっ、浚われちまったんです、さんが!!」

「 片恋方程式。17 」 text by riliri Caramelization 2010/08/14/ -----------------------------------------------------------------------------------           next