片恋方程式。

3

その声が聞こえてきたのは、あたしが追加の煮卵を箸で半分に割ったときだ。 半熟とろとろの黄身をぱくりと一口、ほくほく顔で頬張っていたら、お店の隅にある階段の上から男の人の声がした。 「幾松殿。幾松殿ー」 そんなに大きくはない、どちらかといえば遠慮気味な呼び声だった。 呼ばれているのはたぶん、ここの店主のお姉さんだろう。板前姿もきりりとした美人さんだ。 さっきまで店にいた、ここの常連らしいおばちゃん達が「幾松ちゃん」と親しげに呼んでいたから 間違いないと思うんだけど。お姉さんにはその声が聞こえなかったみたいだ。 カウンター席に並んだあたしと総悟の前で、まな板に向かってトントンと軽快に長葱を刻み続けている。 あたしが卵を食べ終え、麺を口いっぱいに頬張り、隣では総悟がレンゲで掬ったスープを満足気に飲み。 お姉さんが長葱を刻み終えたところで、また二階から声が降って来た。 「幾松殿――!ちょっと来てくれぬか、幾松殿。・・・・・・・・・幾松殿―――!!」 さっきと同じ人の声だ。さっきよりも大きな、じれったそうな口調のその声は、店内の隅々まで響き渡った。 この大きさで呼ばれて聞こえないはずはない。それでもなぜかお姉さんは、階段を振り向こうともしなかった。 ただ淡々とした動作で刻んだ葱を器に移し、それからまた次に用意した葱を―― 「い――――――くま―――つどォ―――――――――のォォォォ―――――――――」 突然お姉さんは眉を吊り上げ、高々と振り上げた包丁をまな板にグサリと突き立てた。 ええっ!?と目を見張ったあたしや平然とスープを啜る総悟になんて目もくれず、傍にあったお玉をひっ掴む。 凄い勢いで階段へ、のしのしと大股に向う。 あたしは頬張った麺を口から垂らしたままで、お姉さんの豹変ぶりを唖然と見送った。 美人が怒ると迫力あるなあ・・・・でも、何。何なの。二階に一体何があるの。どうしたんだろ。 気になって階段から目が離せなくなっていたら、総悟が肘で小突いてきた。 「姫ィさん。あれァ桂の声だ」 「えっ」 ここでその名前が出てきたことに、あたしは驚いた。 過激派として名の知れた攘夷浪士、桂小太郎。あたしがここへ偵察へ入った、今日の捕り物の標的だ。 過激派の大物にしては珍しく、これまでにも頻繁に市中で目撃されたり、かなり際どいところまで追い詰めたりして いる指名手配犯なんだけど。あたしは手配書の写真でしかその顔を見たことがない。 巡り合わせが悪いのか、今までは一度も、奴が出没した現場に居合わせたことがなかったからだ。 目をぱちくりさせていると、ズルズルと麺を啜っている総悟はレンゲの先でひょいと階段を指した。 「俺ァ後から行きやすから、先に上がって二階の様子を探っといてくだせェ」 「・・・?ねえ、総悟は?行かないの?」 「今上がったら麺が伸びちまうじゃねーかィ。食ってから上がりまさァ」 「・・・・あ、そう」 モゴモゴと麺を頬張っている総悟は、物音に気をつけなせェ、とレンゲを小さく振ってあたしを見送る。 実にしれっとした、澄ました顔で。 まったくこの子は。本当にマイペースっていうか、怠け癖がとことん板についてるっていうか・・・・ まあそれも、あの可愛い顔で言われるとなんだか憎めないから困る。武州組の三男坊は、ちゃっかり末っ子体質だ。 ラーメンをすすってる総悟に背を向けて、店のすみっこにある梯子状の階段を爪先立ちでそろそろと昇る。 音がしないように注意しながら二階に着くと、階段から一番離れた奥の部屋の障子戸が開いていた。 誰の姿も見えないけど、その部屋から声が聞こえる。あたしは四つ這いになって身体を潜め、 階段から廊下へ進み、奥の部屋までこそこそと忍び寄っていく。その間も、部屋の中では会話が続いていた。 「忙しいところを呼び立ててすまぬな、幾松殿。」 「・・・・・・ちょっとあんた。何やってんのよ。何であたしが買っといたコロッケを勝手に食べてんのよ」 「うむ、実は、・・・・・・・・・・おおっ。これは。なかなかに旨いではないか、このコロッケ。 ところでだな。台所にウスターソースしかないのだが。やはりコロッケにはとんかつソースか中濃ソースであろう」 「それがどうした。あたしは醤油派よ」 その声に重なって、何かがバタッと倒れる音がした。 続いてカチャンカチャン、ガタンバタン、バコンバコンと、ぶつかりあう何かの音が。 「いだっ、いだだだだだ、幾松殿、痛いィ!」と、悲鳴を上げる男の声も。 ただし、痛い痛いと言ってるわりに、その悲鳴はあまり痛そうに聞こえない。 なんだかこう、芝居がかってるというか。痛がってるわりになぜか悠々としていて、切羽詰まった感じがまるでない。 実はたいして痛くないんじゃないの、と疑いたくなる声というか・・・・・・ 「あんたねえ、何度言ったらわかるのよ。いい加減に覚えなさいよ。いい?便利だからって勝手に物干しから出入りしない。 金がないからって勝手に人んち忍び込んで台所を漁らない。勝手に人んちの炊飯ジャーを空にしない!」 障子戸の影までのそのそ這って行って、息をひそめてこっそり中を覗き見る。 その茶の間らしい部屋には中央にちゃぶ台があって、その前に立ったお姉さんがこっちに背を向けている。 お玉を握り締めたお姉さんは、ちゃぶ台を挟んで座る男を見下ろす格好になっていた。 明らかに力みが入った背中からは、怒りのオーラが炎のように燃え上がっているのが目に見えるようだ。 ちゃぶ台前に座る長髪の男は右手に箸、左手にご飯茶碗を持っている。 姿勢正しく正座して、眉ひとつ動かさず、黙々とご飯を食べ続けていた。 間違いない、あれは桂小太郎だ。身なりも容貌も、手配書で見た写真そのまま。 背中まで伸びた長い髪に、どこかいいところのお坊ちゃん風な、品のある女性的な顔立ち。 警察の包囲を破り続けてきた、豪快な過激派攘夷浪士の大物ってかんじじゃないのがすごく印象的で 却って目についていたから、よく覚えている。 「やれやれ。いつになればわかってもらえるのだ。よいか幾松殿、俺たち攘夷浪士は幕府打倒の大事を成す為、 この国を真の夜明けに導くため、いわば国のために心身を健やかに養い、来たるべき明日に備えねばならんのだ。 江戸の行く末を救うためと思えば、飯の一杯や二杯。取るに足らぬ、つまらぬ小事ではないか」 「うっさい。クソ真面目な顔して寝言言ってんじゃないわよこの穀潰し。国の行く末憂う前にあんたの非常識を憂えっての。 外であんたを張ってる連中に喰い逃げで突き出してやろうか、あァ!?」 憤るお姉さんを前に落ち着き払った態度でパクパクと食べ続け、 桂は堂々とした表情で「幾松殿、おかわり」とあつかましく空の茶碗を突き出した。 間髪入れずにお姉さんが、スコーン、とお玉で頭を殴りつけ、桂がべしゃりとちゃぶ台に突っ伏して・・・・・、 凄い。スゴ技だ。なんてリズミカルな、タイミング抜群なツッコミ。ナイスボケ、ナイスツッコミ。凄腕コンビネーション! …と、思わずあたしは感心しそうになった。 いや、それはまあともかくとして。・・・・ええと。マジですか。 これがほんとにあの桂?まさかニセモノじゃないよね? 実物は手配書で見たよりも断然すっとぼけてるっていうか・・・威厳がない。まるでない。 茶碗からご飯を掻き込む姿は、働き者の女に食べさせてもらってる情けないヒモにしか見えないんですけど。 「姫ィさん。耳は塞いどきなせェ」 「え」 唐突に上から声が降って来た。 緊張感のかけらもないその声に、四つん這いになったあたしは顔を上げる。 見上げた横には、部屋に向けてバズーカを構えた総悟が。引鉄に指を掛け、愉快そうに口許をにやつかせていた。 「ちょっ。そ、総悟?・・・まさか。ここで撃つ気じゃ」 「そのまさかだぜ。なぁに、奴に遠慮は無用でさァ。往生しやがれ桂あああァァァァ―――――!!」 「待ちな、坊や」 手にしたお玉をお姉さんがブンと無造作に放る。飛んだお玉が、スコーン、と見事にバズーカの発射口に命中。 お玉が突き刺さったバズーカを眺め、総悟が目をぱちくりさせている間に、お姉さんは桂の肩口をがしっと掴んだ。 怒りのあまりに表情が消えた能面みたいな顔が静かにゆっくりこっちを向いて、眉間も険しくあたしを見下ろす。 見られた途端に、怖さでぞわぁーっと鳥肌が立った。 「そこのあんたも。店の客だからって人ん家に土足で踏み込んでいいと思ってんの」 「は!?ははは、はいィィ!すすすいませんっっっ」 無言のお姉さんが顎で窓の外を指す。自発的に草履を脱いで部屋を突っ切り、あたしは物干しに転がり出た。 お姉さんはそのまま桂をズルズル引きずって進み、もう片手に総悟の後ろ襟首をがしっと掴む。 いともたやすく二人の男を両手で引きずって、洗濯物が干された開けっ放しの窓へと向った。 「まったく何考えてんのよ。人ん家で何をおっ始める気。ふざけんじゃないわよ、ケンカなら外でやんなさいよ外で」 嫌とは言わせない静かな気迫たっぷりの声で言い渡し、男二人を、重たいバズーカ付きで豪快に窓の外へ放り出し。 お姉さんはピシャリと窓を閉めた。「後でラーメン代払いに来なさいよ」と冷え切った目で睨みを利かせると、 背を向けてさっさと部屋を出て行った。その背中に向かって、何ひとつ堪えていなさそうな顔をした桂が コロッケを口一杯に頬張りながら腕を組み、うーむ、と首を傾げて唸る。 「どうも物足りぬな。やはりコロッケにはとんかつソースであろう、幾松殿。 ソースのかかっていない揚げ物など、スカートをめくれないマチ子先生のようなものではないか」 お姉さんの怖さに度肝を抜かれたあたしが唖然と見ていると、桂はあたしの視線に気づいたらしい。 口をモゴモゴ言わせながらこっちに振り向き、足元を指した。 「ああ、そこのおなご。草履を落としているぞ」 「えっ。・・・ああ、はい。ど、どうも・・・・・・・・・・・・・・・って、ああァ!!?」 草履を拾って頭を上げると、視線の先にはあっという間に遠ざかっていく桂の姿が。 こっちを振り向いて高らかな笑い声を上げながら、隣家の屋根瓦の上を一直線に走って行く。 「たとえ飯時といえどもこの桂、鈍重な幕府の狗どもに掴まるほどフヌケてはおらぬわ!うははははは!!」 「待ちやがれェェェ、桂あああああァァ!!」 逃げる背中にバズーカで狙いを定めた総悟が叫ぶ。銃口が火を吹き、砲音が鳴り渡り、 数メートル先で屋根瓦が木端微塵に弾け飛ぶ。 粉塵が煙る向こうに黒っぽい何かがちらついた。遠ざかっていく人影だ。 総悟が駆け出し、空高く巻き上がっていく煙雲の中へ突っ込んで行く。 「総悟!!」 「、連絡入れろィ!」 「はいっっ」 無線機を懐から引き出してスイッチを弾き、きな臭い煙幕の中に飛び込む。 瓦屋根の粉塵がパラパラと舞って目に飛び込んでくる中を、総悟の足に引き離されないように全力で駆ける。 「土方さん!」 呼びかけながらさっそく転びそうになって、あっ、とあわてて姿勢を立て直す。足裏が滑った。 草履を脱ぐんじゃなかった。かなり勾配のついた屋根の上を足袋履きの足で、しかもデコボコと足場の悪い瓦の上だ。 それでもなんとか視野の悪い中を走り抜け、逃げる桂の背中を目に捉えながら叫んだ。 「桂は屋根です、屋根!二階から逃げられました!」 『奴はどっちへ向った』 「店から西、・・・・六丁目に向かって逃走中、もうすぐ三番隊の待機位置を通過!」 現在位置を伝えながら必死で瓦屋根を蹴り、隣家の屋根に飛び移り、追いかける。 速い・・・!何なのこいつ、尋常じゃなく足が速い。 こうしている間にも、どんどん桂との差が広がっていく。逃げる逃げる、めちゃめちゃ速い。 なんてすばしっこいの、この男。総悟だってあたしだって、隊の中じゃ足は飛び抜けて速いはずなのに! これじゃ追いつくどころじゃない。このままじゃ捕まえられない。どんどん差を空けられる一方だ。 ところが、焦りながら走るうちに瓦につまづいた。足元をがくっと崩して、前へもんどり打ちそうになる。 そこへ突然、すさまじい突風が。横殴りに打ちつけられて、風に煽られた身体が浮きかけ、足袋がツルッと滑って――― 「!!ひ、っっっきゃぁああ!!」 風に呑まれて前のめりに転び、滑りの良い瓦の上をゴロゴロ回りながら、身体が屋根の傾斜を滑り落ちていく。 掴まろうにも加速がついていて、何も掴めない。唖然とする間もなく視界に屋根の端が、その遥か下に地面が・・・ 咄嗟に雨どいを掴もうとした手も虚しく滑って―――――――うそっっ、落ちる!!! 「・・・・・・・・あれっ。・・・・・・・・・・・・・」 きつく瞑った目をこわごわ開くと。 真上には長細く広がる青い空。そして、その両脇から迫る家の屋根。 「・・・・・・・・えっ。・・・・・・・何で・・・?」 落ちたはず。 ううん、落ちた。間違いなくあたしはあの屋根から落ちた。なのに、なぜ。 なぜかどこも痛くない。あの高さから地面に、背中から叩きつけられんだもの、痛くないはずがない。 なのに、なぜ?落ちた衝撃はそれなりにあったのに、なぜかちっとも痛くない。 痛いどころか、・・・・・・・・何か柔らかくてあったかい感触に背中や腰が包まれている。 そうだ、これは。まるで誰かに抱き上げられているような―――― 「っっひゃあァああ!?っなっっっ!?」 突然身体が浮き上がった。 いや、浮き上がったというか、あたしを抱き上げてる誰かにひょいっと担ぎ上げられた。 ええっ、とあわてている間に、今度は地面に下ろされ、立たされて。無言で草履を差し出された。あたしの草履だ。 「・・・・・・?あ。・・・・・あ、ありがとうござ・・・・」 呆然と手を出し、草履を受け取ろうとして。そこで初めて、草履を差し出した手の異様さに驚いた。 ・・・・・・・白い。そして、指がない。 じわじわと、おそるおそる、額に汗が滲んでくるのを感じながら顔を上げてみると。 そこには全身白い人がいた。 正確に言えば―――人、と呼べるかどうかもわからない。妙にずんぐりした、着ぐるみみたいな何かが。 ・・・つまり、すごく怪しくて得体の知れない、見たこともない生き物だ。 その謎の生き物はとにかく大きい。万事屋の旦那が飼ってる巨大ワンコ、定春の大きさにはさすがに及ばないけれど それでもあたしと比較すればかなり大きい。近藤さんくらい大きい。背も大きい、顔も大きい。 のっぺりした無表情な顔にぽかんと開いてる目も、唇も手足も、全部。 「・・・・・・あ。ぁあああぁ、あのォ」 口籠って舌を噛みそうになりながら、草履を受け取る。ぽかんと開いた目とまじまじと見つめ合った。 どうしよう。だって、危ない所を助けてもらったんだもの、相手が謎の生き物とはいえ、せめてお礼くらいは言っておくべきだ。 でも、どうしよう。わかるのかな。日本語で通じるのかな。・・・いや。てゆーかそれ以前に。人間の言葉で通じるんだろーか。 「あのぉ。わ、わかります?あたしの言葉。とにかくそのあの。あ。ありがとうございました。危ないところを助けて、いただ―――」 そこで、ポン、と肩を叩かれた。 謎の生き物が、いやいや、と断りを入れるかのように無表情で手を振り、腕を後ろに回して何かを取り出した。 顔の横に掲げたそれを指してくる。「これ見て」と言いたいらしい。 『いいえ お礼には及びません 真選組の可愛いお嬢さん』 出されたのは、メッセージが書かれた取っ手付きのプラカード。手書きの字はしっかり日本語だ。 目が点になったあたしの前から、プラカードをひょいっと引っ込める。そしてまたひょいと出す。 手品のように一瞬で、プラカードの文字は書き換えられていた。 『お怪我はありませんか どこか痛いところは?』 「え!?い、いえ、助けていただいたおかげで、どこも」 『それはよかった』 「は、はぁ。・・・・・・でも。どうして、あたしを」 あたしが真選組の人間だって知ってるんですか、と言おうとしたら。 ささっと裏返されたプラカードには、こう書いてあった。 『街で何度かお見かけしました 男ばかりの真選組にあなたのような可愛い方がいれば 当然気になりますよ』 「・・・・・・は。はァ、・・・・・・・・あ、ありがとうございます」 照れて頭を掻きながらお礼を言ったら、いえいえ、と、謎の生き物は指のない手をヒラヒラ振った。 思ったほど怪しげでもないみたい。…見た目はどこからどうツッコんだらいいのかわかんないくらい怪しいけど。 とりあえず悪い人ではないみたいだ。親切だし、助けてもらったし、二回も「可愛い」って言ってくれたし。 それに、さっきから思ってたんだけど。なぜかこの人とは、初めて会った気がしない。 こうやって向き合ってると、前もどこかで会ってるような気がしてくる。なんだか懐かしい匂いがするってゆーか・・・・・・ 不思議に思いながら見つめていると、くるり、とまたプラカードが裏返される。あたしは首を傾げながら読み上げた。 「・・・えーとォ。『それではお嬢さん 行きましょうか』・・・・・・?」 その時。パアァァァァン、と頭上で甲高い破裂音が鳴り響いた。 数軒向こうの屋根の上を見上げると、人の姿こそないけれど怒鳴り声が騒がしい。 「うははははははは!」と妙に堂々としたところがムカつく高笑いも聞こえる。 短い破裂音が連なり、その音に合わせて、目が眩む強烈な発光が空を染める。あの光―――たぶん閃光弾だ。 ということは今、あの辺りに桂が・・・ 「――――――!!」 呼ばれた、と思ったら、見上げていた民家の影から近藤さんが走り出てきた。続いて土方さんが。 近藤さんは全力疾走で駆けながら、なぜかあたしを指している・・・・・・あれっ、ううん、そうじゃない。 よく見るとその指は、あたしの隣の人を指している。 「―――っっ!そいつを捕まえろォォ!!」 「へ?」 「捕まえるんだ、そいつは奴の!」 「奴ではない、桂だ」 逆光を背負った人影が屋根の上で名乗りを上げ、ぴょ―――ん、と踏み切って宙に飛び。 ちょうど頭上を向いていた近藤さんの顔に飛び蹴りを命中させる。うごっっ、と呻いて近藤さんが転倒。 その横に、飛び蹴りを食らわせた奴―――やけに真面目くさった顔の桂が、しゅたっ、とカッコつけて着地。 そこへまた、たった今桂が降りてきた屋根の庇に立ちはだかる誰かが現れて。 「待ちやがれ桂あああァァァァ―――――!!!!」 バズーカを構えた総悟が叫び、撃つ、撃つ、撃つ、撃ちまくる、息つく間もない早撃ち連射で砲弾が降り注ぐ ――――集中砲火で、土方さんに。 「どォォオォおおぉォ!!!!?」 わめいた土方さんが着弾を避けて横っ跳びに転がる。火柱が立て続けに噴き上がり、それでも総悟は 土方さんの足元めがけて撃ちまくる。地面と壁材が四散して飛ぶ中で命懸けのタップダンスを踏みながら、 鬼気迫る凄まじい顔の土方さんが逃げる、逃げる、逃げる。 逃げ場なく壁際まで追い詰めたところで砲弾の雨が止み、「あれっ」と総悟が不服そうに声をかけた。 「何でェ、そこにいたんですかィ土方さん。すいやせん、うっかり桂と見間違っちまいました。・・・・・チッ 」 「てっっっ、てんめえェェ!!ぁんだ今の舌打ちはァァ!てか、わざとだろ!?今の絶っ対ぇぇわざとだろォォォ!!!??」 「いやァ、ここから見ると意外に似てたんでさァ。真面目くさったうっとおしいツラとかうっとおしい黒髪とかうっとおし」 「こっの野郎ォ・・・・・、いい気になってんじゃねえぞクソガキが!ナメきった真似しやがって・・・! てめーも桂と同じブタ箱に放り込まれてーか、あァ!?降りて来いやゴルアあああ!!」 鼻先でせせら笑う総悟に向かって地団駄踏んでる土方さんと、ようやくフラフラと起き上がった近藤さんの間を 悠々と通り抜けながら、桂がフフンとバカにした薄笑いを浮かべる。 「無様な輩だ、この程度で仲間割れとはな。ところでこのおなごは弾避けに借りていくぞ。さらばだ諸君、バイビー」 「いやバイビーって。古うぅっ!!・・・・・・・って、え?――――ぇええええぇええぇェェ!!?」 唖然と目を剥いたあたしの襟首をわしっと掴んで引きずって、桂は一目散に走り出す。 謎の生き物にひょいっと腰を持ち上げられ、あたしは前後に並んだ二人に担がれた。まるで飛脚便の籠のように。 ・・・・・あれっ。イヤでもこれってほら、あれにも似てね?南国の島とかジャングルの奥地とかの秘境で 獲れたてピチピチの動物を棒に縛りつけて運・・・・・・・・・・、 「ちっっっが―――うぅゥ!そーじゃなくてええぇェ!!このっっ、降ろせェェ!降ろしなさいよォこのっ、このこのこのっっ」 冗談じゃない。真選組隊士が攘夷浪士に、しかもこんなふざけた奴にかどわかされるなんて! ジタバタともがき、必死に手足を振り回して暴れていると、桂が呆れ声で非難してきた。 「こら、何をする、やめぬかこら、女が男子の頭を殴るものではないっ、じゃじゃ馬が。それがおなごのすることかっ」 「うるっっっっっさいわボケえええェ!!」 「ボケではない桂だ。・・・よさぬかこら、おなごがそのように人前で足を広げるものではないっ、破廉恥な!」 「誰のせいで破廉恥になってると思ってんのよ?あんたのせいだろーがあんたのォォォ!!つーか軽く頬染めてんじゃねえェ!!」 「「桂あああァァァ!!」」 ん?と眉をひそめて桂が振り向き、あたしも振り向く。そこに飛び込んできたのはバズーカ砲の着弾だ。 担がれたあたしの顔や脚のすぐ横を掠めて、容赦なく徹底的に爆音と火花の嵐が降り注ぐ。 「んぎゃあああああ!!!!」 「だからやめろと言っているではないか。何時いかなる時でも、おなごがそのようなはしたない声を上げるものではないっ」 真面目くさった無表情を崩さない桂と、元々表情のない謎の生き物が 砲弾の雨を器用に避け、軽快なタップダンスを踏みまくる。周りの地面にひとしきり大穴が空いたところで、 ついに砲弾が止み。あたしを謎の人の肩に担がせると、桂は煙の前に立ち塞がった。 漂う石灰色の奥から向かってくる人影に構えを取る。 「土方さァーん。こいつ、ここで殺っちまってもいーですよねェ。粉々に吹っ飛ばしても事故か過失くれーで済みますよねェ」 きな臭い靄が揺れ動き、風に吹き消され。目の前が少しずつ晴れていく中から、隊服姿の二人がぼやけた姿を現した。 一人はバズーカを片手に、もう一人は咥え煙草にライターで火をつけながら。速足にこっちへ近づいてくる。 「俺の姫ィさんを目の前でかっさらおうってえんだ。カケラ一つ残さずあの世に送ってやるくれーは当然だろィ」 「誰がてめえのもんだ誰が。おい、そこのバケモン。今すぐそのバカを離せ。さもねえと―――」 ドス黒い笑顔を浮かべた総悟がバズーカを構え直し。 殺気立った目でこっちを睨む土方さんが、鞘から抜き放った刀で、ひゅん、と唸りを上げて漂う煙を斬り払い。 二人が同時に飛び出し、同時に叫んだ。 「「ブッッッ殺す!!!」」

「 片恋方程式。3 」text by riliri Caramelization 2009/12/10/ -----------------------------------------------------------------------------------            next