薄紅の風 瞬く花

6

ガタン、ガタン、ガタン。 速さは江戸でも指折りだけどちょっと旧式のジェットコースターが、レールの上をゆっくり動き始めた。 レールの最高点に達して、急降下を始めるまであと少し。 弧を描いて上へと伸び続けていたレールの先が、青空の途中で途切れてる。 途切れてる、ということは、あそこが最高ポイント。もうすぐ急降下が始まるんだ。 ああ怖い。喉から心臓が飛び出しそうな怖さだ。 「怖いいいぃぃぃ!!」って思いきり叫びたい。何度味わってもワクワクする。 絶叫系のお楽しみといえば、何ていっても急降下する直前のこれでしょう。 今まで掴んでいた首元のセーフティバーから、手を離す。 あたしは満面の笑顔で目を輝かせながら、両腕をぱっと高く上げて万歳した。 係員さんに注意されても煙草は咥えたままのひとが、隣からあたしの手をバシッと叩く。 「何だその浮かれた手は」 「何って。ハンズアップですよ。ジェットコースターに乗るときの基本姿勢じゃないですか。 絶叫マシンのドキドキハラハラ感をさらに満喫するには欠かせないんですよ、これは」 「下げろ。そのツラもどうにかしろ。見るからにバカ丸出しじゃねえか」 「えーっ、いいじゃないですかぁこのくらい。遊園地に来たのなんて久しぶりだし、 たまには何もかも忘れて童心に帰って、スリルを味わってみたいんですよぉ」 「スリルだぁ?これのどこが怖えーんだ。ただまっすぐ走るだけのガキの玩具じゃねえか。 束んなって飛びかかってくる浪士どもと渡り合うほうが、百倍スリルがあんだろーが」 空を見上げながら長くて細い煙を吐き出して、土方さんは厭味たっぷりな表情で笑っている。 『それを「スリル」と呼ぶのは普段から瞳孔が開いてる喧嘩バカだけですよ』と親切に忠告してあげようかと思ったけど。 今日はやめておこう。ここで返事のかわりに拳骨をお見舞いされたりしたら、 せっかくのジェットコースターのスリルが頭痛で台無しになっちゃうし。 笑われたお返しに、出来る限りの生意気そうで小馬鹿にした顔をわざと作って、あたしもにやあっと笑ってみせた。 「あーあ。わかってないですねえ。違いますー、それとこれとはぜんぜんまったく別の怖さなんですっ。 いつも仕事で命懸けの怖さを味わってるからこそ、こーいうところでは安全が保証された気楽な怖さで 息抜きしたいんじゃないですかぁ。あ。そーだ。土方さんも試しにどうですか?手放し乗り」 「はっ。何で俺がそこまで付き合わなきゃなんねえんだ・・・・って、おい」 副長さまが指に挟んでいた吸いかけの煙草を、あたしは横から摘んで勝手に取り上げた。 取り返そうと追いかけてきた手をささっと避けて、取り出しておいた携帯灰皿にささっと突っ込む。 文句を言いたそうに睨んでくるひとに向って、にっこりと笑い返した。 「えええぇえ〜。そーんなこと言っちゃってー。 もしかして、ほんとはビビってるんじゃないですか。実は怖いんじゃないですかぁ?」 「怖えェだ?こんなもんが怖えェわけねーだろうが。ガキの玩具にどうビビれってえんだ」 「ふーん。へーえ。土方さんたら、手も離せないんですかぁ」 「あァ?誰も離せねえたぁ言ってねーだろ。俺ァただ」 「なーんだ。口で言うほど度胸はないんだ。意外とヘタレなんですねぇ、土方さんて。」 口を手で覆ってププッ、と吹き出してから、横目でわざとらしく隣を流し見る。 ああ、怒ってる怒ってる。顔も肩も強張ってる。怒ってるときの土方さんって、どうしてこんなにわかりやすいんだろ。 嬉しいとか楽しいとか、他の感情はほとんど表に出さないくせに。怒ってるときだけは感情剥き出しなんだよね。 何も言い返してこないけど。前の人の頭のあたりを睨む顔には、さっきまではなかった青筋がびしっと浮かんでる。 「そっかあ、今までちっとも知りませんでしたよー。意外ってゆうか、見掛け倒しもいいところですよねー。 鬼の副長なんて呼ばれてるひとが、たかが子供の遊ぶ遊具で手も離せないヘタレだな、・・・・・あ?」 気づいて口を開けた時には、お尻がシートからふわっと浮いていた。ひゅうっ、と髪が風を切って後ろに靡く。 いつのまにか頂点へと差しかかったジェットコースターが、急速落下でレールを滑って行く。 あたしは見るからに当てつけがましい笑顔を作って、これでもかってくらいに思いきり高く腕を上げる。 コースの両脇に並んだ桜並木から散ったピンクの花びらが、ひらりと目の前をかすめて過ぎていった。 「おい。こら。よさねえか。つーかやめろ。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 ・・・・・・・・・・てっめえ。聞けやコラ。やめろっつってんだろーがあ!!」 ジェットコースターから場所は変わって。 あたしたちは今、流れるワルツに乗せて優雅に踊る、うさぎ模様のコーヒーカップに乗っている。 ハンドルを挟んで向こうに座る土方さんは、さっきからずっとご機嫌ななめのままだ。 人目も気にせずに大声で怒鳴り散らしてくるひとのおかげで、周りのカップに乗ってる人たちの視線まで こっちに集中していた。そんな周囲の怯え気味な視線も、眉間に皺を寄せて憤る上司にも構わずに、 あたしは手を素早くクロスさせながらグルグルとハンドルを回している。 「ええー、どーしてですかァ。ジェットコースターでは手を離す。コーヒーカップは全力で回す。 どっちも遊園地の常識じゃないですか!もしかして土方さん、そんなことも知らないんですか!?」 「んな常識知るか!つかお前が常識を知れ!」 一心不乱にコーヒーカップを回し続けていると、回転がもっと速くなった。 怒りに手を震わせている上司さまは、がばっとハンドルに組みついた。血相変えて怒号を響かせる。 「ばっ、てめっっっ。何しやがんだ、離せ、この手を離せ! これ以上回すな、ケツが浮く!遠心力で振り飛ばされんだろーが!?」 「大丈夫ですよォこれくらい!土方さんの図太さなら楽勝ですってばー!!」 「図太さでケツが落ち着くかァァ!!」 顔を強張らせて怒鳴る、珍しく腰の引けた副長さまをじっと眺める。あたしはひたすらにハンドルを回し続けながら 土方さんと睨み合ってるときの総悟をお手本にした、いかにも癪に障りそうなうすら笑いを浮かべてみせた。 「ええーっ、もしかして。これも怖いんですかあ?やだなあもォ、この程度の速さで怖いなんて!」 「ぁあ!?んなこたあ言ってねえだろーが。俺ァ危ねえつってんだろうが! どんだけドリフトさせてーんだてめーはァ!峠攻めやってんじゃねえんだぞ!?どこの頭文字Dだ!!」 「うっわー、カッコ悪うっ。コーヒーカップが怖いなんて!鬼の副長が聞いて呆れますよねっ。 てゆーかあれですよね、こーいうのって何て言うんでしたっけ?えーとぉ、たしかぁ・・・「ヘソで茶が沸く」!?」 「っのヤロォ。・・・もう我慢ならねェ・・・!!」 ぬっ、と前から腕が伸びてきて、わしっと掴む。 力ずくで抑え込まれたハンドルは、途端にびくともしなくなった。 主導権を一瞬で奪い取られ、コーヒーカップが今までとは逆の時計回りに動き始める。 「ざっけんじゃねえぞバカパシリ。 謹慎でヘコんでやがるだろーとこっちが抑えてやりゃあ、いい気になって調子づきやがって・・・!」 「え?土方さ、ちょっ、・・・っとォおおおうぉあぁああ!!?」 あたしの手が、そのとんでもない高速回転にあっさり弾き飛ばされる。コーヒーカップはさらに加速していった。 回転があまりに速すぎて、信じられないことに身体がふっと浮く。そのまま後ろに吹っ飛んだ。 必死でじたばたと背もたれに縋りついて、カップから転がり落ちるのだけはなんとか食い止めたけど。 「おっ、おおおお落ちっ、落ちるううう!!!」 「売られたモンは買わずにおくか。この勝負、受けて立ってやろーじゃねえか!!」 「は?しょっ、勝負う!!?」 眼光鋭くハンドルを見据えている土方さんの口からは、ククク、と不穏な笑いが漏れてくる。 だめだ、このひとマジだ。眉間に皺寄せたまま声を押し殺して笑ってる。すっかり喧嘩屋モードに突入しちゃってる。 なんですかその大人げない手は。もう走り屋どころじゃないんですけど。頭文字Dどころじゃないんですけど。 ハンドル回す手の動きが早すぎて、目にも止まらないんですけど!? 「ひいいやあァ!もーいや降りるぅっ、降ろしてえええ!!な、なななっ、なんなんですかそのハンドル捌き!? どこのF1ドライバー!!?モナコGPのヘアピンカーブですかここはああァ!!?」 「うっせえ。先に勝負ふっかけてきたのはてめーだろォが。プロの走りをなめんなコルァ! 無事にピットインしてーんならなあ、振り飛ばされる前に土下座しろコルアアアァ!!」 ど、どどどうしよう。ジェットコースターでは何も言い返されなかったから、つい油断した。調子に乗りすぎた。 だってまさかこんなところで、遊園地で命懸けの目に遭うなんて思わなかったんだもの! いやだ。まだ死にたくない。しかもコーヒーカップの回し過ぎで殺されるなんて。 今やこれだけが命綱の背もたれにがむしゃらにしがみつき、あたしは涙目で叫んだ。 「いやぁあぁぁああ!!誰かぁああ助けてええ殺されるうぅぅ!!!」 「ゆるしてくださいごめんなさい反省してますもうしませえぇえん。すみませんでしたあああっっ」 全力ダッシュで買いに走った缶コーヒーを両手で差し出し、卑屈なまでの低姿勢で深ーく頭を下げる。 ベンチに腰を下ろし、腕組みで待ち構えていた副長さまが顔を上げる。眉ひとつ動かさない無表情で缶を眺めた。 「あああ、あのですねぇ、さっきのは、嫌がらせとは違いますよ? 土方さんに遊園地を楽しんでもらおーと思って、いろいろやってみただけなんです」 手のひらにうやうやしく鎮座させた貢物のコーヒーを恐る恐る前へ出し、あたしは息を呑んで土方さんの反応を窺った。 いや、貢物っていっても、自分のお金は一円も出してないんだけど。預かった土方さんのお金で買ったんだけど。 「せっかく他人の財布で豪遊、・・・じゃなくて副長さまのご厚意で強制連こ・・・連れて来てもらったんですからぁ、 ここはあたしが仕事バ・・・仕事熱心な副長さまに遊園地の楽しみ方を骨の髄まで思い知らせてや、・・・・・・・ ででで、で伝授してさしあげなければ!と思って、張り切ってみただけなんですよォ」 ビクビクしながら言い訳しても、土方さんは何も言わなかった。こうなると無言がますますプレッシャーだ。 ヤバさを感じて焦るあまりに、口が滑りまくりなのに。こんなに暴言三昧なのに、ひとことのツッコミもないなんて。 一見怒っていなさそうなあの無表情の裏でどれだけ怒りが沸騰してるのかと思うと、額に脂汗まで湧いてきた。 「座れ」 「はっ、はい?」 コーヒーが手から奪い取られて、土方さんが視線で隣を指してくる。 命令に従ってベンチに腰掛けると、すかさず頭の上にコーヒー缶が振り上げられた。 「っっ!」 殴られる、と危険を察したあたしは咄嗟に肩を竦め、手で頭を庇った。 ・・・ところが。コーヒー缶の衝撃に備えて目をぎゅっと閉じていても、何も起こらない。 そのまま数秒が何事もなく過ぎて、ポン、と頭に硬い何かを置かれた。 怖々と目を開けると、ぐらりと揺れたそれはそのままあたしの膝にぽとっと落ちてきた。買ってきたコーヒー缶だ。 あれっ、と不思議になって横を見ると、土方さんは相変わらずな無表情顔で袂の奥を探っていた。 こっちを見ずにぼそっと言う。 「ブラック買ってこいっつっただろーが。休みの間で耳まで使えなくなりやがったか、バカパシリ」 「は、はいぃ・・・そーですよね土方さんはいつもブラックでしたね。・・・すいません」 「お前が片付けろ。んな甘ったりぃもん、飲む気がしねえ」 「え、・・・でも。土方さんのぶんが、まだ」 「後でいい。それ飲んだら買って来い」 出した煙草の箱を指でトン、と叩く。飛び出た一本を口に咥えて引き抜いた。 見慣れたその仕草を何も言わずにじっと眺めていると、目が合った。 返事もしないあたしを妙に思ったのか、眉が不審そうに軽く吊り上がる。 「何だ。文句でもあんのか」 「・・・いえ。」 別に、と前置きしてから、両手で握った缶に目を移した。爪先でプルタブを押し開ける。 ごくん、と熱いミルクコーヒーを一口飲み込んだ。苦味が薄くて、結構甘い。 「なんでもないですよ。どうせ奢ってもらうなら間違えたふりして紅茶買っとけばよかったなー、 コーヒーってあんまり好きじゃないんだよねー、上司ならそーいうとこもちょっと気ぃ使ってほしーよね、 とか思ってただけですよ。じゃ、たいして飲みたくもないですけど、仕方ないんでいただきます」 「おい。なんで奢った俺がこんだけ屈辱感味わされなきゃなんねーんだ」 不服そうな声にはおかまいなしに、熱いコーヒーをちびちびと飲み続ける。 だって。そんなことを訊かれても、答えようがない。言えるわけがない。 自分のコーヒーは後でいい、とか。ジェットコースターに並んだときの、頭を押してくる手とか。 そういう無自覚で押しつけられる優しさとか、傍にいると感じる何気ないことに、あたしがどれだけ振り回されるか。 このひとにはきっとわからない。 土方さんはあたしが抱えた複雑さなんて考えもしないだろうし、なんとなくやってるだけのはず。 それがわかってても振り回されちゃうから、ちょっと悔しい、とか。言えるわけがないし。 両手で包んだ缶をじっとみつめていると、なんだかチクチクと刺さるような視線を感じた。 ライターを手にした土方さんが「気味が悪りぃ」とでも言いたげに目を細めてこっちを見ていた。 「な。・・・なんですか。何か文句でもあるんですか。 言っておきますけど、飲んじゃったものは返せませんからね?副長さまのおかげで一円も持ってないんですから」 たじろぎながら言い返しても、なぜか土方さんは黙ってこっちを眺めてくる。 注がれる視線の強さに気圧されつつも、あたしは目を見開いて対抗してみた。 途中ではっとして、口の周りや頬を手のひらで撫で回して確かめる。 「?何やってんだ。」 「気にしないでください。これはまたセクハラ上司に心臓に悪い目に遭わされないよーにするための ガードですから。オフェンスこそ最大のディフェンスですから!!」 顔を撫で回した指にも手のひらにも、何もついていなかった。 もしかしたらまた、この前、ピザソースを指で口の中に押し込まれた時みたいに 今飲んだコーヒーが顔に飛び散ってるんじゃないかと思ったんだけど。・・・違うみたいだ。 じゃあ、いったいこの視線は何。どうしてこんなに見られてるんだろう、あたし。余計にわからなくなってきた。 「」 「は、はい!?」 土方さんは何かを言おうとして口を開いた。まだ火の点いていない煙草の先が、ぐらりと下がる。 言おうとした何かを躊躇したのか、考え込んだままで口が止まっているらしい。 ライターを握ったままの手も、口に届く手前で固まってるし。一体どうしちゃったんだろう。 「ど、どうしたんですか。なんか今日、変じゃないですか?」 「・・・・・・・・・・・・・・・」 穴が開くほど見つめられて、あたしは唯一の所持品の巾着袋と缶コーヒーで顔を隠しながらじりじりと後ずさる。 知らなかった。普段はほとんど目が合わない人に真正面から見据えられることが、これだけ気まずいものだなんて。 気まずすぎて顔が強張るし、目も逸らせない。どうしよう。 「す、すいません、あのー。出来ればあんまりこっち見ないでほしいんですけど。 今日はいきなり拉致られたから顔があの、手抜きっていうか、すごくいい加減で。ビューラーもマスカラもしてな・・・ いえあの、そんなことはどーでもいいんですけど。・・・ちょっ、だからあっ、何でそんなにガン見なんですか!?」 「お前。このままでいいのか」 「・・・聞いてませんよね。人の話、全然聞いてませんよね? このままでいいわけないでしょ!?さっきからやめてくださいって言ってるじゃないですか!」 「いや。お前の、・・・・・・・・・・あ、・・・」 「は?何ですか『あ』って」 尋ねて返事を待ってみたけれど、土方さんからは何も返ってこない。 目が何か言いたそうではあるんだけれど。口を真横にぐっと、一文字に結んで顔を逸らした。 横目にもう一度、じっとあたしを眺めると、また視線を外す。 はあ、と疲れ気味な溜息を漏らしながら、ベンチの背もたれにどさりと身体を預けた。 ライターの音がカチッと弾けて、咥えっぱなしだった煙草に火が灯る。 腕を組み、頭の上を走るジェットコースターのレールを見上げるその顔は、仕方なく何かを諦めたような、 うんざりしたような表情になっていた。 『こいつにはもう何も言う気がしねえ』と、煙を吐き出した口端が不満そうに曲がって主張している。 ・・・やっぱり変。今日の土方さんは変だ。今のは何が言いたかったんだろう。 「土方さん。そんな顔して途中で止められると、言われたほうはすっごく気になるんですよ? なんですか。なんなんですかさっきから。文句があるならはっきり言ってくださいよぉっ」 「いいや。それだけのへらず口が叩けるようになりゃあ、文句はねえよ」 どこか上の空な、熱のない口調で言うと、土方さんは立ち上がった。 ベンチの端に置いてあった紙袋を持ち上げてから、懐に手を深く突っ込む。中から取り出された携帯が震えていた。 「明日からは容赦抜きでこき使うからな。覚悟しとけ」 携帯の画面を睨みながらぼそっと言い捨てる。 一歩踏み出して、なぜか立ち止まって。窺うような目で、ちらっとあたしを見下ろした。 何ですか、とこっちも目を見開いて訴えると、素っ気なく顔を逸らされる。携帯を耳に当てて歩き出した。 「ああ。・・・それァいい。で、どうだったんだ。・・・・・・・・・・・・・・ いや。そっちは急ぎじゃねえ。お前、一旦黒鉄派のアジトに戻れ。・・・・・・・・・ ああ。どうせ雑魚しかひっかかりゃしねえだろうが。次は――の、――から洗って―――・・・」 土方さんが速足にベンチから遠ざかる。指示を出す声も遠くなっていった。 ゴーッ、と唸りを上げながら、頭上でジェットコースターが過ぎていく音がした。 次は何に乗るかをきゃあきゃあとはしゃいで相談しながら、女の子の集団があたしの目の前を横切っていく。 賑やかな声を振り撒きながら、派手めなミニ丈振り袖姿の一団が蝶々みたいにひらひらと通りすぎる。 女の子たちが歩く頭上から、乾いた春の風に混ざってピンク色の欠片が降り注いでくる。桜の花びらだ。 絶叫マシンが走る風圧で散らされた花びらが、風に吹き上げられている。 桜の木からはレールを挟んだ向こうにある、このベンチまで届けられて。あたしの膝の上にもひとひら、舞い落ちた。 女の子たちが踊る花びらと一緒に通りすぎてから、土方さんが向かったはずの お化け屋敷へ続く方向をきょろきょろと眺める。 ほんの数秒見失っていただけなのに。黒の着流し姿の背中は、もうどこかへ消えてしまっていた。

「 薄紅の風 瞬く花 6 」text by riliri Caramelization 2009/09/12/ -----------------------------------------------------------------------------------            next