触れる指先の我儘を 8
彼の左腕の肘から5センチ程横にずれた場所。そこには光る薙刀の刃先が突き刺さっている。 土方の身代りとなり、薙刀の攻撃に襲われた場所。 背後にある玄関の扉には、周囲のガラスに放射線状にヒビを入れた風穴が空いていた。 気付くのがあと一瞬遅れていたら、俺は昆虫標本よろしく扉に心臓をピン止めされていたに違いない。 唐突な先制攻撃を逃れ、咄嗟に飛び退いて扉に背中を預けた土方は やれやれ、とでも言いたげな顔をしている。刺さった刃先を横目に眺めながら、黙って煙を吐き出していた。 「あら。どこの鼠かと思えば。副長さんじゃありませんか」 引き抜いた薙刀をブン、と半回転させ、柄の先を、ダンッ、と床に打ち付ける。 この家の住人、志村妙は涼しげな微笑みを絶やすことなく片手を差し出した。 それは貢ぎ物をさっさと寄越せ、という合図。暗黙のお約束である。 土方は無言でコンビニのビニール袋を差し出した。 中には近藤から預かった金で買ったアイスと、同じく近藤から預かった、お妙に宛てた手紙が入っている。 「何度も言うようだがな。ここまで歓迎を受ける覚えは無えんだが。 俺ァただの使いだ。女とやり合あう気はねえんだ」 「ストーカーの関係者はみんな敵です」 そう言ったお妙はアイスは笑顔で受け取ったものの、手紙はその場で容赦なく破り捨てた。 無残に散っていく手紙の片鱗を眺めながら、土方は眉間を曇らせる。ちょっとばかり複雑な心境だった。 本人がどこまでも無自覚とはいえ、近藤がストーカーであることは事実だ。そこはおおむね認めざるを得ない。 だが同じ男であり長年傍にいる身内でもある身としては、幾ばくかの同情も禁じ得ないのだ。 アイスを手にして手紙も処分し終えて、多少機嫌を良くしたのか、お妙は珍しく自分から話を振ってくる。 「そういえば。さんはお元気ですか」 「ああ」 「そうですか。じゃあ、さんに伝えてくださいますか。 次の日曜はうちの道場で体験入門をやりますから朝八時集合。 サラシを巻いてこなかったらケツバット百回で遅刻したらデコピン百回の計なぜってー来いよパシリ、って」 それは伝言というよりは脅迫ではないのか。 言ってやりたいのは山々だったが、彼女は近藤の思い人。相手が相手だ。ここは穏便に済ませたい。 困惑する頭を抑えつつ、土方は続けた。 「・・・あのな。前から一度話し合うべきだとは思ってたんだが」 「ストーカーの関係者と話し合うことなんてありません」 「いや、大将の話じゃねえ。の方だ。 あれがあんたの気に食わねえ何をしでかしたのか知らねえが。ありゃあ馬鹿だが悪気だけはねえんだ。 これだけ散々こき使ってきたんだしよ。そろそろ許してやってくれねえか」 「まあ。それは誤解です。私、さんのことは嫌いじゃありませんよ」 「あァ?そうなのか?」 「ええ。嫌いじゃありません。私が憎んでるのはあの人の無駄にデカい腫れモノだけです」 そう言ったお妙の口許はにっこりと微笑んでいたが、涼やかな目には猛り狂う吹雪が棲んでいる。 この手の問題は根深い。女というのは同性にはひたすらに厳しく、果てしなくシビアな生き物だ。 しかも相手はこの女。ヘタにつつけば自分の首が絞まることになる。 何も訊かなかったかのような仏頂面でしばらく黙り込んだ後、煙草の煙を薄く吐き。 土方は唐突に話題を逸らした。 「そういや、うちの近藤が気にしてたんだが。 最近あんたの店に顔出してねえから、顔が出し辛れえとか何とか」 「御心配なく。顔は一生出してくださらなくて結構ですよ。お財布さえ出してくだされば」 何の迷いもなくスパッと言い切られては、後に続ける言葉も無かった。 台詞には全くそぐわない楚々とした仕草で、お帰りください、と手で玄関を指して促すと お妙は踵を返して立ち去ろうとした。だが数歩歩いたところでふと立ち止まり、土方へと振り返る。 「近藤さんもお忙しいようですね、色々と」 「いや。最近は事件も減ったし、どう見ても忙しそうには見えねえな。 何を考えてるのか知らねえが。やたらと俺かに絡んできやがる」 「あら。まだ御存知ないんですか」 意外そうに言ったお妙の口端が、わずかに吊り上がる。 隙無く作り込まれたその表情は、しばらく気になって頭から離れなかったあの含み笑いだ。 この女。やっぱり何か知ってやがる。確信した土方は、単刀直入に切り出した。 「それァ、あれか。この前あんたが口走ったあれと、繋がる話か」 お妙は無言で口許に手を当てて、クスクスと笑った。笑うだけで答えはしない。 要求されたからといって、易々と応えてくれるような相手ではなかった。 即座に思い直して、切り出し方を変えてみる。 「あんたのこった。タダで、とはいかねえだろうな」 「副長さんならサービスさせていただきますよ。いつもさんをお借りしていますから。 そうね、月末あたりにご指名で。ドンペリ三本でいかがですか」 土方は片眉を吊り上げ、じろりとお妙を睨みつける。 足元を見られたもんだ。軽い使いのつもりが高くついた。 だがまあ、乗っていいだろう。 この女が話に乗りさえすれば、あいつらの企みに裏から手を回す手間は格段に省ける。 それにお妙の近藤に対する容赦の無さを思えば、値段ばかりが弾けて気取った泡酒の数本程度。 いっそ安く済んだと言っていいかもしれなかった。 「仕方ねえ。今回限りだ」 表面的には渋々な体を装って承諾した彼に、お妙は満足気に頷き返した。 どうぞ、と玄関先に座るように彼を促す。自分もそこへ座り、貢ぎ物のアイスを食べ始める。 もしやガセネタでも掴まされるのか、それとも取引不成立か、と、土方は訝しげにその様子を眺めていたのだが 数口食べ終えたお妙は、唐突に思い出したかのように語り始めた。 「私も偶然見ただけなんです。さんから少し離れた場所に隠れて、こそこそしながらあの人を見ている男を。 同じ目に遭っている者としては、気配でなんとなく判りましたから」 そこまで言うとまたアイスのスプーンを口に運び、お妙は例の喰えない含み笑いを浮かべた。 「いーやいやいや!駄ーー目だって!いくら本人がそう言ってるからってなァ、駄目なモンは駄目だ!」 土方がドンペリ三本でお妙から情報を買い取った、その一時間ほど後のこと。 近藤は手にした携帯で話しながら、屯所の庭の片隅に一人で立っていた。 「いいな総悟、お前は今すぐ戻ってあの野郎の後を尾けてくれ。・・・・ああ、だがなァ」 深緑の鬱蒼とした枝葉を生い茂らせる、背の高い庭樹の影。 太い幹を盾にした近藤は、焦った様子で空いた手をバタバタと動かしては大袈裟なジェスチャーを繰り返している。 話に夢中になっているらしく、広く厚みのある背中は丸めがちだ。何やらうろたえているらしい。 「いかにも軟弱そうな野郎だし、どう転んでもがあれに負けるこたあねえだろうが。 それでも用心するにこしたこたァねえんだぞ」 携帯での会話にすっかり気を取られている、近藤の背後。 そこには落ちた枯葉を踏む乾いた音すらたてることなく、腕組みをした一人の男が静々と忍び寄っていた。 ムッとしたその顔には、眉間に深々とした皺と不審が刻まれている。 普段よりも丸く、猫背になった近藤の大きな背中をただひたすらに黙って睨みつけていた。 「つまりよォ、怖えのは窮鼠猫を噛むってやつだよ。ああいう手合いは追い詰められると」 言いかけた近藤の肩が突然、がしっと掴まれる。 肩を掴んだその手指には、隊服に食いこむほどの力が籠められていた。 何事か、いやそれ以前にこの手の主は誰なのか、と不思議に思い、彼はおもむろに振り向いたのだが。 「うォお!!?」 目を剥くほどに驚いた近藤は、動揺のあまり携帯を取り落とした。 しかも間が悪いことに、墜落した携帯から「どーしたんでェ近藤さん」と聞き覚えのある声が問いかけてくる。 刺さるような視線に捉えられた近藤は、とにかくこの場をごまかそうと咄嗟に笑顔を作ったのだが。 不自然に取り繕われたその笑顔は、ピクピクと頬が痙攣を起こしていた。 「なな何どーしたの!トトトトシ、おかえりィ!!」 「・・・・俺は無念だよ。近藤さん」 「む、むむ無念って何が!ハハハハハ、て、てゆーかおおお前何だどうしたァ、いいいいきなり何の話ィ!?」 薄暗い凄味を漂わせながら、ふっ、と低く笑い、土方の腕が近藤の肩を離れた。 降ろされた手はそのまま腰へと伸びていく。 結局、出入りにも山崎の折檻にも使うことなく、出番を待ち侘びて鞘に納められていたものをむんずと掴んだ。 斬れ味を試す機会を狙ってうずうずしていた、彼の秘蔵の一品。 珍しく大枚をはたいたものの、なかなか活躍の日の目が訪れてくれなかったあの刀の鍔へと、その指が触れる。 「・・・よりによって。まさかあんたにこいつを向ける破目になるとはなあぁぁぁぁ」 腹の底から絞り出された低い声は、その物騒な響きに反して楽しげな気配すら匂わせている。 くくく、と抑えた声で笑う土方は、刀の錆び落としとなる記念すべき初の獲物を前に 上機嫌の呈で一歩踏み出した。と同時に、刀身が鞘から勢いよく抜き払われる。 風を切って現れた銀色は、穏やかな陽光を浴びている。拳を返して構え直すと、ギラリと不吉に煌めいた。 「あんたもあいつも、何をこそこそ隠してやがるのかと思ったら。・・・はっ、ストーカーだあ?」 「ト、トトトトシいいいいい!!!??いかん、いきなりそれはいかんぞ! まままずは話し合おううぅ、俺たちはな、なな仲間だろォ!!?まずは友好的に話し合おう、なっ!?」 青ざめた顔を半笑いでひきつらせて、うろたえた近藤が一歩、二歩、と後ずさる。 それに合わせ、一歩、二歩、と、土方は前へ前へと歩み寄る。 近藤はイヤイヤいかんいかん、とメチャクチャな勢いで手を振り回し、なんとか押し留めようとするのだが。 上段に振り仰いだ刀の向こうから、憔悴する彼を眺める男は。笑っていた。 冷えて輝く刀身以上に、見た者を寒気に誘う凄味を放ちながら。低く籠った声を漏らしつつ、笑っていた。 「悪りィが近藤さん、これァ急ぎの用だ。あんたもそろそろ吐いちゃくれねえか。 どこのナマクラだかボンクラだか知らねえが。今日中に捻り潰しときてえ虫が一匹いてなああぁぁぁ」 苦楽を共にしてきた無二の友に。 かけがえの無い右腕と呼べる男に。 あろうことか抜刀で迫られ、今まさにこの瞬間、命運すらも握られている。 涙目でおののいている近藤は、震えた雄叫びを上げた。 野太く通りの良い普段の声とはまるで別人の、屯所中の誰もの耳をつんざくような甲高い悲鳴を。 「そうか。・・・まさかお妙さんに見られていたとはなあ。 いやあ、それにしても素晴らしい。さすがはお妙さんだ、見事な観察力だよなあ!」 ・・・と、深く頷きまくってお妙を称賛しているのは その「見事な観察力」に更なる磨きをかける要因になった悪質なストーカー本人である。 煙草の煙と不満を発火寸前に燻らせている土方を前に、近藤はひたすらにお妙を褒めまくっていた。 庭先から室内へと場所を移して、二人は近藤の部屋に居た。互いに向き合い座っている。 が今陥っている状況のすべてを、手っとり早く白状させようと抜刀で迫った土方に 元々土方に隠しておくのを賛成していなかった近藤は、一も二もなくあっさりと頷いたのだ。 単純に土方が怖かった、というのもあるが、黙秘を続けるのも今が潮時、と判断したようだった。 しかし、土方からお妙の名を耳にした途端に、ストーキングしてしまうほどに熱愛する女の眼力の鋭さを まるで自分のことのような顔で誇らしがっている。 話はそこから近藤の「お妙さん賛歌」へと脱線。彼と向き合った土方は腕を組み、苛々と畳を睨み続けている。 怒鳴り出しこそしなかったが、内心では今にも全身で貧乏揺すりを始めそうなほどに焦れていた。 そいつの話はもういい。俺があんたに訊きたいのは、あの女の話ではない。 とにかく時間が惜しいのだ。お妙への手放しの賛辞を黙って聞かされているような時間など、どこにも無い。 近藤の熱弁がようやく途切れたところで、煙草を咥えた口がすかさず開いた。 「で。そいつァ、やっぱりあんたと同じ類の奴なのか」 「?俺と同じ類って、何だそれは」 「・・・・・・・その男は、のストーカーなのか」 苦い溜息混じりに煙を吐き出した土方が、複雑な心境をこらえながら再度問い直す。 すると目を丸くしていた近藤は真剣な顔になり、ああ、と深く頷いた。 「そうだ。始まったのは先月からだな。 最初はも、たまに妙な視線を感じる程度だったらしいんだが。 バイトの行き帰りも、電車でも、家の近所でも。とにかく毎日尾け回されているんだ」 まず最初に近藤が話し始めたのは、自分がこの件に首を突っ込むことになった経緯だった。 近藤が何かと土方と彼女に付き纏い、お妙の元にも通わずにいたのは、彼女に相談を受けたためだ。 二人を酒や食事に誘ってばかりいたのも、ストーカーの目線を土方ではなく自分に向けておくため。 同時に、土方にストーカーの存在を気取られないよう、彼の注意を自分に惹きつけておくためでもあった。 ストーカーに、と付き合っているのは自分だと思い込ませる。 そのために近藤は、土方がいない場所でも彼女と行動を共にしていた。 そこを偶然に通りかかったのがお妙だ。離れた場所から近藤とを見つけた彼女は 道場の体験入門を手伝いに来い、とに声を掛けようとした。 ところがその時、彼女は他の気配にも気が付いた。 並んで歩く二人の背中を、粘り気の強い、舐めるような視線でじっとりと見ている男の姿にも気づいたのだ。 お妙は自らの経験上、その男の様子を眺めているうちに勘づいた。が自分と同じ目に遭っていることに。 事実、お妙の見究めは的を得ていた。 屯所やバイトしている店の近くで、山崎が近藤とに偶然会った時も 土方と連れ立って出掛けた買い物にも、その後で向かった映画館にも。 一定の距離を置いた場所から、その男は常にを尾け回していた。 勿論黙って尾けさせていたわけではない。 そこは近藤も早々に手を打っていて、一人を援護に率いれてある。 二つ返事で援護を引き受け、毎日ストーカーの背後を尾けている男。 それは、珍しく仕事にいそしんでいるはずの沖田だった。 近藤から事情を聞いた彼は一番隊の仕事など無条件で放り出し、が外出している間は 何を置いても彼女を遠くから見守り、仕事中とは別人な熱心さでストーカーの行動を見張っているのだと言う。 それを聞いた土方の脳裏には、昨日の沖田の姿が浮かんだ。眠たげにテレビを眺める、とぼけきった素知らぬ顔が。 あの野郎。してやられた。 すっかり騙されたことに舌打ちしたくはなったのだが、些細な苛立ちに構っている暇はない。 彼は近藤に説明の続きを求めた。 「尾け回すだけならまあ、きつく絞り上げてから示談に持っていくか、と話していたんだが。 どうも途中から、やることが大胆になってきてなあ・・・・・・・・」 ある日、がバイトから帰宅すると、部屋の中が荒らされていた。 物や金品が消えていたわけではないのだが、住んでいる本人しか気付かないような些細なことが 朝家を出た時とは違っていたのだそうだ。 居間にある箪笥の中や貴重品の入った引き出し、台所や風呂場、寝室の中。 部屋の中に置いてある物の位置が、どれも微妙にずれていた。 「顔も割れているし、身元は既に調べてある。ただなァ、物証になるものがまだ無えんだ。 現行犯でとっ捕まえりゃあいいんだが。なかなか目の前で尻尾は出してくれなくてな」 特にしつこいのは携帯の着信だ、と近藤は訝しげな顔で前置きした。 「の番号をどう盗み取ったのか知らねえが。非通知の着信が毎日。一日に数十回だ。 最初はそれだけだったのが、今度はメールも届くようになった」 「メールも一日数十件、か。そりゃあ御丁寧なこった」 「いや、そっちはそうでもねえんだ。二、三日に一回ってえとこらしいんだが。 迎えにいく、とか、お前は俺のものだ、いずれ屯所から取り戻すから待っていろ、とか何とかよォ。 あんな喧嘩も女も知らなさそうな青瓢箪が。まったく、よく言えたもんだよ」 「・・・・・フン。それこそ、そのストーカー野郎が女も知らねえガキだからだろ。 マメすぎる男ってえのも女にしてみりゃ考えもんだってえのを、知らねえと見える」 などと、表面的には静かに煙を吐き出しながら、涼しい顔で土方は答えているのだが。 口では冷静で客観的な分析を弾き出してはいるものの、内心は冷静でもなければ客観的でもいられない。 近藤の手前であるから抑えているだけであって、不愉快さは腹の中で煮えくり返っていた。 近藤さんは青瓢箪などと評していたが。 そりゃあどうしてどうして、随分とふてェ野郎じゃねえか。 人のもんを勝手に追い回したあげく、取り戻すだの俺のものだのと我が物面でほざきやがる。 面白れえ。やれるもんならやってみやがれ。 あれを取り戻すのにどれだけ苦難をさせられるのか、経験者の俺がそいつの身体にじっくり叩きこんでやる。 丁度いい。願ってもみない絶好の機会だ。 こいつを試す恰好の機会が、「ご存分に斬ってください」と自らまな板に乗ってやってきた。 どう斬り刻んでやろうかと目論見ながら、土方は畳に置かれた愛刀を眺める。フッとふてぶてしい笑いが浮かんだ。 「それにどうもあの男、かなりしつこい性質らしいぞ。の家にまで張りつくようになったんだ。 そうなると、夜中に一人にはさせられないからな。避難させるつもりで屯所に来るよう言ったんだが」 近藤の忠告に頷いたが、土方の部屋に転がり込んだ。それが一週間ほど前のこと。 が土方の布団に潜り込んできた、あの早朝のことになる。 この話ぶりからして、どうやら近藤もを尾けている男を実際に目にしているようだ。 を追い回すその姿を思い出したのか、顎に手を当て天井を見上げる。嘆かわしげな溜息をついた。 「いやあ、粘着質な男ってえのはかなわんなァ。か弱い女をつけ回すなど、男の風上にも置けんよ」 「そうか。そいつもあんたに言われたかねえだろうがな」 「おいおいトシィ、よせよ、お前も失礼な奴だなァ。 俺のお妙さんに向ける思いを、あんな輩と比べモノにしてくれるな」 心の底から心外だとばかりに、近藤は目を見開いた。 そんな彼を前にした土方も目を見開く。横を向くと切羽詰まった顔で口を引き結び、ぐっと呑み込む。 心の底から湧いた心外さが飛び出しそうになるのを、かろうじてこらえ切った。 「俺は愛する人の安全と快適な生活を護るためにだな、日夜彼女を見守り続けているんだ。 男たるもの自分の功績をひけらかすようではいかんからな。影でたゆまぬ努力を続けているわけだよ、ウン」 セ◎ムや東×警備☆障あたりのCMまがいな口当たりの良いセリフで近藤は悦に入る。 しかしその「たゆまぬ努力」こそが、世間では「悪質なストーカー行為」と呼ばれているのだが。 そういった根本的な間違いには一向に気付く気配もなく、近藤は被害状況の説明を続ける。 「極めつけは昨日のアレだったんだが。落ち着いて聞いてくれよ」 指先で頬を掻きながら、近藤は言いにくそうに口を開いた。 「店の更衣室のロッカーから、の私物が消えたんだ。消えたのは化粧品と着物に、 ・・・・・・制服に着替えて外した、下に着けていた・・・・その。アレまで消えたそうだ」 一番報告しにくかった話を最後に切り出して、近藤は複雑そうに黙り込む。 土方もそれ以上何かを問いかけるようなことはなく、部屋の中は沈黙に包まれた。 屯所の屋根に降りたのだろうか。 カアー、とカラスが間の抜けたタイミングを見計らったかのように、大きく一声鳴いていた。 数秒の間を置いて。 土方が畳に手を付き、刀をもう片手に掴むと腰を上げた。 立ち上がった彼は他の何も目に入っていないような顔で障子戸を睨み、大股に部屋を出て行こうとしている。 近藤は慌てて声を掛けた。 「おい、まだ話が」 「いいや、もうおおよそは判った」 口調は冷静そのもので、いつになく穏やかだ。 ところが言い切った口端からは、たっぷりと殺意をみなぎらせた笑みが溢れんばかりにこぼれていた。 「色々世話ァかけたな近藤さん。後はこっちで引き受ける」 近藤が、うっ、と呻いて青ざめる。危機を感じて反射的に立ち上がっていた。 血気盛んな野郎どもにキレられるのと、この男に静かにキレられるのとでは意味がまったく違うのだ。 喧嘩好きではあるものの、ここぞという大局においては常に冷静さを欠くこと無く組織をまとめ上げてきた右腕に。 真選組にとっての言わば命綱でもある土方に、こんなキレかたをされたのではたまらない。 しかもキレた直接の原因が、よりにもよって女のアレひとつでは。 「いやいやトシィ!落ち着け、落ち着けって!とにかく落ち着いてくれ、座れ、な!!?」 うろたえる近藤が、タッチダウンを阻止するアメフト選手の勢いで彼の足に飛びつく。 背筋を伝う冷や汗とともに彼の脳裏に浮かんでいたのは、洒落にもならない妄想だ。 「真選組またもや不祥事 テロリストではなく民間人を殺害 原因は痴情の縺れか」 新聞の三面記事に大きく飾られた見出しの隣で、片手には血まみれの刀を、 もう片手には血まみれになったのアレを握り、涼しい顔で煙草をくゆらせ笑う土方の写真。 それから、この組織の親玉である松平に「うおーいゴリラァてめえ腹ァ斬れェェ」と脅され、 始末書の山に埋もれて圧死しそうになっている自分の姿まで浮かんできた。 これはヤバい。正直に話すんじゃなかった。三面記事も始末書もヤバい。 だが不祥事よりも何よりも、今までひた隠しにしてきた苦労が水の泡と消えてしまうのはもっとヤバい。 「あァ!?ァんだと。何が言いてえんだ。誰がんな話聞いて浮足立っていられるか。 冗談じゃねえ。落ち着いてるぜ俺は。落ち着いてるに決まってんだろーが」 それは決して嘘ではない。彼の歩みは実際のところ、浮足立つには程遠いのだ。 笑い混じりに答えた土方は歯を食い縛り気味にしてはいるが、その足は近藤の重い体をしがみつかせたままに 火事場のナントカ的な凄さまじい馬力を発揮し、ジリジリと障子戸へ向かって這い進んでいた。 しかも普段から物騒に開き気味なその瞳孔が、今や完全に開ききっている。 「いかんいかん、頼むから座ってくれ!お前の気持ちも判るがよォ、の気持ちも汲んでやってくれ!」 さらに慌てた近藤はがむしゃらな勢いで前へと回り、 あと10センチで障子戸へのタッチダウンを遂げようとしている土方を全身で押し留める。 「あいつはな、これ以上お前に迷惑かけたくねえんだと! 自分のことで、ただでさえ忙しいお前を煩わせたくねえって。俺にそう言ったんだ!」 思いがけずの本心を持ち出され、土方はぴたりと固まった。 近藤は彼の行く手を阻もうと、手を振り回してあたふたと慌てている。 しかしその目は真剣そのものだった。 「なあトシ、頼む。に免じて、この件に手を出すのは勘弁してやってくれねえか」 困りきった顔の近藤が、パンッと顔前で手を合わせて拝んでくる。 「俺はよォ、嬉しかったんだよ。がお前のために頑張ろうとしてるのが嬉しかったんだ。 それにあれァもう、俺にとっても妹みたいなもんだからよ。なんとかしてやりたくってよォ。 助けてやりてえばっかりに、余計な真似をしちまった。いや、すまねえ!」 手を合わせ、頭を下げた近藤は障子戸の前を動こうとしない。 土方は苦々しい思いで舌打ちする。 それでも昇りきった怒りのボルテージを沈めようと、煙を深々と吐き出して呼吸を静めた。 まったく呆れた大将だ。頭の自覚がいまだにつかねえ。 こいつといいといい、覚えが悪すぎる。いったい何度言い聞かせりゃあ身に染みるのか。 こうも易々と格下に頭を下げる大将など、いつ寝首をかかれたところで文句は言えねえってえのに。 その情けない姿を見てしまえば、やはり怒る気にはなれなかった。 俺は一生こいつに頭が上がらない。 策謀などどれだけ巡らせようが、組織をどれだけ固めて多少権勢を広げようが。こういう奴に敵うはずがないのだ。 まるで自分のことのような必死さで、辞めた隊士を庇おうとする。 この底無しな人の良さに惚れ込んでしまった以上、おそらく一生敵いはしないだろう。 と、彼は呆れ半分に近藤を睨んでいるのだが。 その「底無し」に惚れ込んでしまう自分だって相当に人が良い、とは気付かないらしい。 「・・・・・・・何が迷惑だ。ァんの馬鹿が」 「まあ、そう言うな。とにかくな、あれはあれで思うところがあるって事だ。 大丈夫だ、頼むからここは俺に任せてくれよ。には総悟を付けてある。何かあればあいつが」 そこまで言いかけたところで、パアァァァン、と勢いよく障子戸が打ちつけられて開く。 目を向けた近藤は唖然として、口をぽかんと大きく開けた。縁側に現れたのは、丁度話題に上っていたあの男だ。 の護衛を務めているはずの沖田は、耳に当てていたヘッドフォンを外しながら土方を見据える。 「こんなところでサボりですかィ、土方さん」 「そっ、総悟ォ!!?お前っ、なんで帰ってきちゃったのォォ!?」 「すいやせん近藤さん。姫ィさんにゴネられちまって」 淡々と言いながら部屋に上がり込んだ沖田は、畳に刀を放り出して腰を下ろした。 傍に置いてあった茶器を出すと、鼻歌混じりで勝手に茶を淹れ始める。 上目遣いにちらりと土方を見上げた。 「俺ら下っ端ばかりこき使っといて自分は悠々、近藤さんと茶飲みですか。 つくづく尊敬しやすぜ、その面の皮の厚さァ。まったく見習いてえもんだ」 「オメーこそ何してやがる!?おい、あいつは!はどうした!」 「そのが言い出したんでェ。大丈夫だから一人にしてくれって」 ニヤリと笑って肩を竦め、沖田は土方に挑発で誘いをかけてくる。 カッとした土方が無言で掴みかかろうとしたところに、近藤が割って入った。 「総悟、そりゃあどういうことだ。のやつは何を」 「さあねェ。訊いても話しちゃくれねえもんで、言う通りに先に戻って来やしたが。」 立ち尽くしている土方と近藤をよそに、ずずっと一口茶を啜ってから顔を上げた。 添えてあった煎餅を頬張りながら上目遣いに二人を見上げて、呑気な口調で付け加える。 「どうもうちの姫ィさんには、何か策があるらしいですぜ」 咥えた煙草をギリッと噛みしめ、土方が踵を返した。 一直線に、開けられたままの入口へと向かう。 「お、おいィ!待てよトシ!」 「ふざけやがって。あのバカに策なんざ練れるか!」 「おーっと。待ちねェ土方ァ」 バリボリと煎餅を噛み砕いている沖田が、目の前を通りすぎる土方の足首をすかさず掴む。 強引に倒された土方は顔から畳に激突、部屋には地響きが鳴り渡った。 「話は最後まで聞きなせェ。まったくあんたァ気が短けェなァ。 そーだ、病院行って献血でもしてきたらどうですかィ。血の気が多くていけねえや」 鋭い目に怒りの劫火を燃やしながら、土方が身体を起こす。 しれっと忠告する沖田をジロリと睨んだが、バカに構っている暇はないとばかりに立ち上がった。 再び部屋を出ようと一歩を踏み出し、 「だーから待てって言ってんだろーがァ」 すかさず沖田が彼の足首を掴む。 土方は顔から敷居に激突。今度は部屋だけに留まらず、縁側にまで地響きが鳴り渡った。 「行ってどうするつもりでェ。あんた、あのストーカーの面も知らねえんじゃねェのかィ。 せめてそこを確認してから行かねえと。いざってェときの判断が遅れるってもんですぜ」 痛みに眉を顰め、敷居で打った鼻を抑えながら、土方はボリボリと煎餅を頬張る男を凝視する。 のこととなれば話は別、ということらしい。悪だくみ以外に頭を使うことを知らないあの沖田が、 彼にしては実に稀なことに、的を得て常識的な意見を述べてきた。 彗星でも拝む確率以上に珍しい。とはいえこいつの言うことにも一理ある。 思い直した土方は、沖田の前にどさっと腰を下ろす。刀の鞘でドン、と強く畳を突いた。 「で。そいつァどんな奴だ」 目の前の沖田、それから立ったままの近藤に問うと、二人は揃って天井を見上げる。 ほぼ同時に、揃えて首をひねってつぶやいた。 「そうですねェ。・・・・・・・・・」 「そーだなァ。・・・・・・・・・・」 「オイィィィ!!写真の一枚くれえねーのかよ!」 土方はドンッ、と激しく刀の鞘先で目の前を突いた。おかげで畳は深々と陥没した。 「もういい。これ以上任せていられるか!」 「トシ!」 「俺が直接そいつを張って押さえる。 で、そのストーカーってえのはどんな奴だ。せめて人相と特徴だけでも聞かせろ」 早くしろ。いや、ふざけんな。いつまで待たせる気だ。 いい加減にしねえか。それとも俺に、青瓢箪を潰す前にお前らを潰して行けとでもいうのか。 ここで沖田に動揺する姿を晒すのは悔しいので、どうにか落着いた顔を保ってはいるのだが 心の中ではといえば、土方はすさまじい剣幕で当たり散らしていた。 本音としては一秒でも早くここを出たい。 今もが一人でストーカーに付け狙われているのかと思うと、気になって気になって仕方がないのだ。 ・・・と、すっかり焦っている土方本人は気付いていないのだが。 その動揺は顔以外のところでしっかり露見していた。 彼は座った瞬間からドンドンと、意味無く刀の鞘の先で畳を打ち鳴らし続けている。 沖田と近藤が、図ったかのように動きを揃えて天井を見上げる。 そしてまたほぼ同時に、揃えて首をひねった。 「人相ねェ。・・・・・・・・・」 「特徴なァ。・・・・・・・・・」 「テメーらそれでも警察かあァァァ!!!」 怒鳴る土方が血相変えて片膝を立て、刀の柄を握り締める。 そこへ何かが飛び込んできた。大きな何かが一直線に、縁側から部屋へとゴロゴロと転がってきた。 いや、良く見ればそれは人間だ。誰かがゴロゴロともんどり打って転がり込んできたのだ。 部屋の奥まで転がって壁にぶつかって跳ね返り、うつぶせに倒れたままで闖入者は動かなくなった。 顔は伏せられているので見えないが、体格や髪型、着ているものからして男のようだ。 転がる男を目で追っていた三人が、それぞれに男へ近づいていく。 うつぶせになって倒れているその男を、沖田が足蹴にして仰向けに変えさせた。 気絶しているのか寝ているのか、目を閉じて苦しげな表情をしている。 現われたその顔を目にした近藤が、ああっ、と驚いて目を見開く。 頷いた沖田が、ポン、と手を打ち、飄々とつぶやいた。 「あー。そうそう、こんなヤツでさァ」 「あ?」 訝しげに訊き返した土方の目の前を、何かがひゅん、と風を切って横切っていく。 それは新たな闖入者、ではなかった。が部屋に飛び込んできたのだ。 土方たちには目もくれずに男の前まで駆けつけたは、その腹を勢いよく踏みつけにした。 「うをををっっ!!!」 内臓まで飛び出しそうな悶絶の声を上げて、男は意識を取り戻した。 バタバタと手足を暴れさせてもがいているのだが、男の腹を踏みつけにしたの足には よほどの力が籠められているのか、それとも痩せて貧弱なその印象通りに、男が非力すぎるのか。 男は上半身を起こすことさえ出来ずに、畳に縫い付けられたままになっている。 「どこかで見た顔だと思ったら。お客様?先月まで毎日通ってましたよねえ、お店に」 鞭や責め具こそ手にしてはいない。 ピンヒールも履いていないものの、そのポーズは下僕を虐げるSMクラブの女王様さながらだ。 男を見下ろし、静かでゆっくりした口調で問いかけたは、普段の彼女とは違うやや抑えた笑顔を浮かべている。 バイトしている店でお客に振りまいている営業スマイルと同じ、作られた笑顔だ。 の言葉を聞くと、痛みにあえいでいた男は急に嬉しそうな顔つきへと表情を変えた。 「ちゃんっっ。ボ、ボクのこと覚えてくれてたんだァ。ううう、嬉し」 「ええ、あたしも嬉しいです。 よりによってあれを盗るなんて、いいセンスじゃないの。この、ド変態ストーカーがあああ」 「んあァァ!!?」 思わず叫んだ土方の声で我に返ったのか、はやっと自分と男を囲んでいる面子に目を向けた。 男を警戒しての隣に回った近藤と、状況を把握した途端に鬼の形相で腰の刀に手を掛けた土方。 そして、まったく緊張感の無い態度で腕に菓子鉢を抱え、煎餅を頬張っている沖田を順番に見渡す。 最後にまた土方に目を戻し、顔をほころばせて嬉しそうに笑うと、ぱっと手を差し出した。 「土方さんストーカー確保しました! 思いっっきりお尻揉まれたから痴漢の現行犯でいいですよね、手錠!手錠貸してっ」 「し、」 おそらくは「尻」と口にしたかったのだろう。しかし凍りついた土方の口はそれ以上の声を絞り出せなかった。 声の代わりにこめかみのあたりで毛細血管が、ブチッと束で切れる音がした。 「ァああああんだとォォ!!?」 「おお落ち着け、落ち着いてェトシいィィィ!!」 涙目で喚く近藤が、刀を抜こうとする彼を後ろから羽交い締めにして引き止める。 一方は腹の虫の収まりがつかないのか、眉を吊り上げて男の腹をグリグリと爪先で踏みにじっている。 「ねえ。どーする気?どーしてくれんのよ。アンタに触られたモノなんて、もう使う気しないっつーの! あれはねえ。先月買ったばかりの、まだ土方さんだって見てないお気に入りだったんだからああああああ」 目を閉じ、すうーーーっと長い深呼吸をしてから、は庭にまで響き渡る大声で叫んだ。 「返せェェェ!!!あたしの蝶々柄ワ◎ールリボンステッチ3/4カップブラーーーー!!!!」 「詳しく説明すんじゃねえェェェェ!!!」 手足を猛然と暴れさせながら、抑え込まれた土方が怒鳴る。 そこへすっと割って入った沖田は男の前に立つと、煎餅片手にニヤリと笑った。 「なァボクちゃん。ひとつ教えて下せェ。アンタが盗ったそいつァ何色ですかィ」 「ぴ、ピピピピン」 「だああああァァ!!!」 焦った土方が放った障子を震わす怒鳴り声で、男の声は半分打ち消されたのだが きっ、と鋭く男を睨みつけながらがいまいましげに叫ぶ。 「ブロッサムピンクだよ!!30%OFFで×千☆百円もしたのにいいいいい!!」 「テメーは言うなっつってんだろーがあァァァ!!!!」 もはや悲壮感さえ漂わせ始めた土方の怒号も、一向に耳に入っていないらしい。 は男の腹を足でグリグリとえぐるのに夢中になっている。 彼女の脚の下で苦しそうに喘いでいた男が、泣き声混じりに訴え始めた。 「どうしてだよォォ。どうして怒るのさ、みるくちゃん!!」 「・・・おい。訊かずにおくのがいい気もするが。何の話だ」 「コレのハナシでさァ」 沖田が男の腰に手を伸ばす。 ポケットから携帯を勝手に抜き取ると、ゴチャゴチャと数多く付けられたストラップの中から 一つを選んで土方に示す。それはピンクのメイド服を着た女の子の形をした、プラスチック製の小さな人形だ。 デフォルメされた二等身の女の子は、先に星の付いた棒状の何かを握っている。 「魔女っ子メイドみるくちゃん。全国24局ネットで絶賛放送中の美少女アニメでさァ。 こいつはそれの熱狂的なファンらしいんですがね、妄想と現実との区別がまったくついてねェようで。 店で偶然見かけたがこの魔女っ子に似てるってえだけで、年中無休で追い回しやがる。っとに迷惑な野郎だぜ」 淡々と説明しながら、沖田はドSの本領を余すことなく発揮し始めた。 手にしていたストラップをブチッともぎ取ると、二等身の人形をバキッと折り潰す。 唖然として固まっている男を尻目に、彼が背負っていた大きなリュックを無理やりに奪うと 中から次々と「みるくちゃんコレクション」を引っ張り出していく。 DVDにキャラソンCD、ゲームソフトに人形やマスコットなどの関連グッズ。 土方にしてみればうすら寒さを覚えるほどの、大量のみるくちゃんグッズが入っていた。 沖田はそのすべてを片っ端から叩き壊し、刀で斬り、蹴りを入れて叩き折る、を徹底的に繰り返す。 あっというまに築かれたみるくちゃん100%の残骸を前に、男は半狂乱になった。 「ギャアアアア!!!みるくちゃあんんんっ!ボクの、ボクのみるくちゃんがあああ」 氷点下まで冷えきった目で男を見下ろして、刀の切先を突き付ける。 沖田はその柔らかく端正な顔に、不遜な笑いを浮かべた。 「まァ、この魔女っ子姉ちゃんもそこそこに別嬪だ。と似てねェこともねえが、ボクちゃんよォ。 大事な姫ィさんの身体にしっかり手ェ付けやがった礼は、たーーーーーっぷりしてやらねえとなァ」 「そーだそーだァァ!!たーーーーーっぷりしてやってよ総悟ォ!!」 「酷いよ。どうしてだよォ・・・ボクは君の御主人様だよ、みるくちゃん。 君はボクのものじゃなかったの!?」 男が人目もわきまえずに泣き崩れてしゃくりあげている。 見たくもない様を見せつけられることにうんざりしながらも、土方は近藤に目で合図を送る。 羽交い締めされていた身体は自由を取り戻し、彼は前へと進み出た。 「おいてめえ。もういい。言い分はよーく判った。・・・とにかく、あれだ」 短くなった煙草を指に挟むと、白く灰を蓄えた先端を男の眉間あたりへ突き出す。 煙草の熱さにびくっと怯え、男は泣くのも忘れて押し黙る。 おどおどとうろたえている男に身を屈めて迫ると、土方は冷えきった顔で言った。 「一発。ガッッッッツリ殴らせろ」 「ずりーなァ、最初の一発だけですぜ土方さん。俺にも分け前は残しといて下せェ」 「はーーい!!はいはいはいっっ、その次あたしね、あたしィィ!!」 思いきり高く腕を上げ、までストーカーの仕置きへ参加を表明してきた。 すると突然、今まではされるままに踏みつけられていた男が、ガバッ、と上半身を起こす。 反動ではバランスを崩し、倒れかけたところに男が腕を伸ばして襲いかかる。 後ろから首を抑え込まれたの身体を引きずりながら、男は意外な素早さで退がって土方たちと間合いを取った。 「う、うわああああああァァァァ!!!!!」 取り乱して甲高く叫んだ男を抑えようと、三人が飛び込もうとしたその瞬間。 男は腰に隠していたらしい何かを取り出し、グッと突き出してきた。 「く、くく来るなああァ!!来たらこいつを、こ、こここ、殺すううぅ!!!」
「 触れる指先の我儘を 8 」text by riliri Caramelization 2009/04/10/ ----------------------------------------------------------------------------------- next