触れる指先の我儘を

6

夕飯を済ませて部屋に戻ると、部屋には灯りが点っていた。 土方が障子戸を引くと、中には近藤の部屋から戻ったが背を向けて畳に座っている。 何かを覗き込むようにして首を傾げていた。 土方が戻ったことに気がつくと振り向いて、揃えた膝をそっちに向ける。 「おかえりなさい」と困ったような目で大きく瞬きを繰り返し、 自分の背後に置かれているものへと視線を移した。 「どうした」 問いかけると、はいつもバイトに持ち歩いている大きめなバッグの中を探りながら答えた。 「え、うん、たいしたことじゃないんだけど。コスメ入れてたポーチが見つからなくって。 おかしいなあ・・・お昼に使って、ここに入れたはずなんだけど」 「店に忘れてきただけじゃねえのか」 「そんなはずないですよー。ちゃんと入れたもん。確かに、ここに・・・・・・・・」 答えながらは、入っているものを出しては畳の上に並べ始める。 財布に手帳に小さな鏡。マンガや色鮮やかな駄菓子の袋。 店で使っている白いエプロンをゴソゴソと引っ張り出したところで、その手が止まって動かなくなった。 それと同時に、なぜか表情まで凍りつかせている。 隣に腰を下ろした土方は、怪訝そうな目をして彼女を眺めていた。 するとが突然、ポン、とバッグを叩く。ケラケラと笑い始めた。 「じゃなくてェ。・・・・そう、そうかも、忘れてきたかも! 帰りに使ったんだよね。ロッカーに置きっ放しになってるのかな」 そうそう、と一人で笑って何度も頷きながら、私物を次々と中に戻して詰め込んだ。 それが終わると、今度は土方が畳に放り出した隊服の上着を拾い上げる。 慣れた手つきでそれを畳み始めた彼女を、彼は何の気なしに目で追っていた。 首元の白いスカーフにうっとおしそうに指を引っ掛けて緩めると、取り出した煙草の箱を開ける。 文机に積まれた書類へと目を逸らしかけた。が、すぐにまた彼女に目を戻す。 隊服を畳むの姿を、手にした煙草に火を灯そうともせずにじっと眺める。 その姿が、今朝とは違っていることに気づいたからだ。 彼女の姿そのものではない。違っているのは着物の色柄だ。 目の前のが身につけているのは、紺地に白と薄紫色の市松柄。 いつもと同じに短めなミニ丈ではあるが、彼女の好みとは思えない落ち着いた色合いだ。 今朝彼を見送ったときに着ていたのは、たしか桜色。 白抜きの模様を裾に散らした、よく目にするあれを身につけていたはず。 それはのお気に入りで、女の着る物には何の頓着のない彼にもさすがに見覚えがあった。 妙な言動。映画館のロビーで見た、落ち着かない仕草。 山崎に聞いた話に、腑に落ちない近藤の奇行。 そしてさっき障子越しに耳にした、近藤の部屋での会話。目の前の見慣れない着物。 目の前に揃う符号は、疑問と不可思議に繋がるばかり。 どれもが些細ではあるが、そのすべてが揃って藪の中だ。 近藤の部屋でのこともあって、わずかな躊躇は覚えたものの 彼はとうとう口を開くことを決めた。 煙草には火を点けず、が畳に差し出した灰皿に差しこむ。 気難しげな表情で彼女に向き直ると、真正面から切り出した。 「お前。近藤さんと外でも会ってるだろう」 「え。」 「昼間に二人で歩いてたそうじゃねえか」 綺麗に畳まれた上着を腕に、膝をついて立ち上がろうとしたが動きを止める。 突然の指摘に思わず力が入ったのか、ぎゅっと土方の上着を抱きしめた。 畳に視線をふらっと彷徨わせる。いつもよりも早口な、慌てた口調で言い訳を始めた。 「あ、ああ、今日!そうそう、そーなの!偶然山崎くんにね、ええと、昼休みにね?近藤さんが」 「その前もか」 「え、ええ?その前、って・・・、そんなこと・・・あったかなあ」 深く首を傾げ、は頬を強張らせたぎこちない笑いを浮かべている。 頬に流れ落ちた髪を指で掻き上げては、落ち着かないようすで何度も耳にかけていた。 細い指の動きを追いながら、土方は不満そうに目を細める。 一度灰皿に置いた煙草をまた手に取ると、くるりと彼女に背を向けた。 「そうだっ、近藤さんがね?明日みんなで飲みに行こう、って言ってたんだけど」 「・・・・・またかよ」 カチ、カチ、カチ。 気忙しい速さで何度も打ち鳴らされる、ライターの音。 音の変化で彼の不機嫌を察したが、不安気な顔でその背中を見つめている。 放り出されたライターが放物線を描いて畳に落ちるのを、固唾を呑んで目で追った。 「いい加減にしろ。何だ。言ってみろ。」 「何だ、って・・・な、何が?」 「何が、じゃねえ。こっちが訊いてんだ」 「え、だって。みんなで行ったほうが、楽しいじゃ・・・ないですかあ」 「お前はそうかもしれねえがなぁ。俺ァてめーのおかげで楽しかねえんだよ」 感情を抑えた声でつぶやいた背中の影から、細い煙が立ち上る。緩い螺旋を描いていた。 聞いたははっとした。怯えた顔で、畳をじりじりと後ずさる。 考えてのことではなかった。知らず知らずのうちに、身体が勝手に動いたのだ。 彼女の本能が青ざめていた。「今すぐ逃げろ」と告げている。 すぐそこまでに迫っていた。直属の部下でもあったこれまでの経験上、身体に覚えのある嫌な予感が。 「おい。何を隠してやがる」 ぼそっと言った声から放たれる荒れた凄味に、の身体は縮みあがった。 あわてて立ち上がり、そそくさと壁際へ走る。箪笥の引き出しを引っ張り出して 隊服を突っ込もうとしたのだが。背後にはすでに、冷えた気配を発した男の手が迫っていた。 無理に閉めようとした箪笥の引き出しは、力ずくに片腕で押し留められ。 もう片腕が彼女の身体を挟んで箪笥に伸びる。四方が塞がれてしまった。 両側を土方の腕に阻まれ、目の前では箪笥が口を開けている。逃げようにも、どこにも逃げ場は無い。 右を眺め、左を眺め。はいっそう身体を強張らせた。半泣き半笑いの複雑な顔で背後を振り向く。 だがその崩れかかった表情は一瞬で、怯えに染まった。 咥え煙草の煙をくゆらせ、肩を怒らせている。 首元から外された白いスカーフは、ひらりと背後に放り捨てられた。 出入りの時に見せる酷薄そうな表情と、何ら変わりのない殺伐さだ。 冷えきった目で鋭く自分を睨みつけている男が、目の前を塞いで立ちはだかっている。 「ひ、ひひ土方さん?怖いィィ!目っっ、目がァ!こここ怖いよ!?」 「てえしたもんだなァ。お前、まだしらばっくれようってえのか」 ぱくぱくと震える唇を動かし、青ざめた顔では口籠った。 それでも髪を振り乱して、大きくかぶりを振ってみせる。震えるほど怯えてはいても、口を割る気はないらしい。 こいつがこうなると厄介だ。 荒んで冷えた目を見開いた土方が、ムッとして眉を顰める。 この石のように頑とした可愛げの無さには、幾度となく覚えがあった。 態度は泣きそうで弱々しいくせに、口は決して割ろうとしない。その強情さときたら、いつでも筋金入りだった。 口にしていた煙草を手に取ると、わざと彼女の肩すれすれに腕を伸ばす。 びくっ、とは身体を竦めた。 後ろにある箪笥の天板に、ぎゅっと押しつけて消す。土方はふっとふてぶてしい顔で笑うと、煙を吐いた。 怯えた顔を目前にしても、安心させてやる気が起きない。 それどころか、かえって不安に火を注いでやりたくなってきた。 「言え。てめえでつける決着ってえのは、どこから沸いた何の話だ」 言われたはぎゅっと唇を噛んで黙り込む。 しばらくすると、何かを決心したような真剣な顔つきになった。ゆっくりと青ざめた顔を上げ、土方を見上げたのだが 何も言おうとはしない。深くうつむくと、何度も大きくかぶりを振った。 はらはらと揺れる長い髪の毛先が、土方の腕を掠める。 揺れる彼女の髪からは淡い香りが零れ、彼の嗅覚にも届いた。 一瞬で消えるはずのその香りは、目の前の女を抱きしめたときの柔らかな感触や、肌の匂いを思い出させる。 自制ひとつで閉じ込めていた甘い記憶。ざわり、と蠢いたそれに胸をくすぐられた。 冷え切っていた彼の表情が、どこか苦しげな色へと移っていく。 しかしその些細な変化を見て看るような余裕など、今のにはどこにも残ってはいなかった。 「・・・ごめんなさい。でも。・・・・まだ言えない。まだ言いたくないの」 気弱そうに小さくつぶやく彼女を、彼は無言で見下ろしている。暗く翳った目を向けていた。 さっき近藤の部屋で味わった苦い思いが、ふたたび頭をもたげてきていた。 何を言ってやがる。どこまで拒めば気が済むのか。 それとも、もうとっくに用済みなのか。こいつはもう、俺の手など必要としてはいないのか。 疑念が彼の頭の奥で鳴っている。しつこく繰り返される耳鳴りに似て、苦しげに鳴り響いている。 今にも千切れそうな自制心を一息に噛み切るかのように、土方は固く唇を噛んでいた。 苛立ちの抑制もすでに限界だ。揺り起こされようとしている。溜め込み続けていた、衝動が。 「黙ってるあたしが悪いけど・・・でも。でもっ。自分で、決めたんだもん」 追い詰められてたじろぐの頭を一杯に埋めているのは、ひとつだけ。 この張り詰めた空気から、一秒でも早く逃げること。 前は塞がれ、左右も背後も囲われている。残る唯一の逃げ道へと身体を滑らせた。 すとん、と腰から畳に落ちて、狭い隙間を縫って駈け出す猫のように するりと這い出そうとしたのだが。前にしゃがんだ男が、すかさず彼女の行く手を遮った。 伸びた手は彼女の肩を大きく掴み、背後の箪笥にどん、と強く押し付ける。 鷲掴みにされた肩の痛みに眉を顰めて、が細い悲鳴を漏らす。 「今すぐ選べ。どっちがいい。ここで正直に吐くか。それとも」 「っっ、や、いた・・・っ」 強引に迫った土方は、の頬を片手に挟む。 薄く見開かれた険しい目で、怯えて顔を強張らせた女を見下ろした。 懇願するような瞳は、痛さと怯えで滲んだ涙に潤み始めている。悲しげに眉を曇らせていた。 「土方さ・・・・や、」 やだ、と抗った声は外へ漏れることなく、唇を奪った男に呑み込まれた。 上段の引き出しを開けっ放しにされた箪笥が、軋んだ音を響かせる。 二人分の荷重にカタカタと、引き出しの取っ手が揺れては板を打つ。 それ以外に物音は無く、誰の声も無い。 不安定に張り詰めた室内の空気を揺らすのは、荒くなった土方の息遣い。 そして、苦しげに漏れるの吐息だけだった。 のめり込むように這って奥まで伸びた舌と、荒い息遣いに喉の奥まで埋められる。 は抗おうとして彼の肩を必死に押したが、逆に強く肩を押し返された。 ドン、と再び大きく箪笥が鳴る。身体ごと押しつけられ、圧し掛かられてしまった。 かぶりを振って逃れようとしても、両手で頬や首を抑え込まれて動けない。 長い指の爪先が肌に食い込んで痛い。動きだけでなく意志まで拘束しようとするかのように、深く食い込んでくる。 怖い。嫌だった。怖かった。 襲いかかってきたすべてを拒むかのように、はぎゅっと目を閉じる。 嵐が過ぎるのを祈るような気持ちで、怖さに耐えきれずに土方のシャツの肩を掴んだ。 頬を掴む手の熱さも、押しつけられた唇も、身体の重みも。確かにこのひとのものなのに。 感じられるのは、このひとの気配じゃない。まるで別のひとの気配だ。 自分を抑えつけているこの男は、ほんとうにあのひとなんだろうか。 違う男だとしか思えない。ただ怖いだけの、知らない男のようにしか思えない。 慣れているはずの煙草の匂いまで、どうしてなのか。今はただ乱暴でよそよそしい。 押しつけられた重くて熱い身体が、自分ごと背後の箪笥を揺らしている。 口の中を身勝手に蠢いている荒々しさは、息もつかせてくれない。 身体を捩ってもがく自由すら与えられなかった。 秘めた決心も、抑えていた思いも。押しつけられた衝動に砕かれ、壊されてしまいそうだ。 息苦しさとのぼせそうな熱さが気持ち悪くて、眩暈がした。 身体から血がさあっと引くような、嫌な眩暈だ。 呑み込まれる。怖い。嫌だ。こんなの土方さんじゃない。こんなの、嫌。 抱きしめてくれる腕はいつも無造作で、どこか乱暴で。 それでもこの温かさに包まれてしまえば、他の誰といるよりも安心できた。 背中が軋むくらい強く抱きしめられても、このひとなりに大事に扱ってくれているのだと感じられた。 呑み込まれそうな深いキスに閉じ込められても、怖くはなかった。 頬に触れる手はいつも優しかった。髪を撫でてくれる硬い指先のくすぐったさまで嬉しかった。 こんな怖さ、一度だって感じたことはなかったのに。 暗く高ぶった何かに、引きずりこまれる。背筋を貫くような、深いところから生まれた寒気に襲われる。 土方のシャツを掴んだの指に、強く力が籠る。 震えが走るほどに身を硬く強張らせて、覆い被さってくる胸を何度も、繰り返し叩いた。 「・・・ゃっ、いや・・・・、っっ!」 必死に唇を引き剥がして、迫る男の肩を押し返す。 やっとひとこと絞り出した声は、身体と同じに強張って震えていた。 その響きを無視するような冷たさで、土方は強く言い放った。 「嫌なら出ていけ。近藤さんのとこに行きゃあいいじゃねえか」 深くうつむいて逸らしたその表情は、の目には見えていなかった。 見るまでもなかった。最後まで言い切る前に、彼女の手のひらは目の前の男の頬を打っていた。 「・・・・・勝手にしろ」 素っ気なく言い捨てた土方が立ち上がる。 表情は暗く荒んでいて、打たれた左の頬は赤く染まっていた。 口許を手の甲でぐいっと拭うと、引出しから半分顔を出していた隊服の上着を鷲掴みに握る。 の目の前を横切った。 「・・・・どこ、行くの」 自分が何をしたのかも、頬を打った手に残った痛みも。まだ受け止めきれていなかった。 呆けたような顔でつぶやいたが、畳を引きずられていく隊服の袖を捉える。 部屋を出ようとしている男を引き止めようと、夢中でそれを引っ張った。 「ね、やだ、・・・ごめん、ごめんなさ・・・土方さ」 腕を大きく振り払った反動で、上着に縋りついてきた手を振り解く。 土方はを顧みることもなく、無言で廊下へ踏み出した。 後ろ手に引かれた障子戸が強く打ちつけられる。 パン、と高い音が暗い庭に鳴り響いた。 「・・・・ごめんな、さ・・・・」 すすり泣く声は、子供の悲鳴のようだった。 障子の向こうから漏れてくる声を振り切るように大股に歩を速めて、彼はその場を離れた。 「土方さん。俺ァ、野郎と枕並べて寝る趣味はねーんですが」 「安心しろ。俺もねえ」 この部屋の中央。 やや斜めにだらしなく敷かれた布団の右側に、煙草を咥えた土方は不機嫌顔で居座っていた。 頭の下で腕を組み、仰向けに寝転がって天井をきつく見据えている。 腰から外した刀と上着は畳に放り出され、シャツもベストも着崩していた。 そのすぐ左には胡坐をかいて座る、寝巻き姿の男がいる。おでこに張りついているのは例のアイマスク。 隣の男を見下ろした少女のような顔が、ふっ、とわざとらしくせせら笑う。 ここは土方の部屋、ではない。 ひとつ離れた棟にある、沖田の部屋である。 どうして彼が自分の部屋までついてきたのかを、なぜか沖田は尋ねてこなかった。 土方にしても答える気はなかった。こいつについてくるつもりはなかったのだ。 さっき食堂の扉を開けるまでは、屯所に留まる気すらなかった。 暇そうにしているのを数人連れて、以前は時折使っていた妓楼で一晩明かすつもりでいたからだ。 抱きたくもない女を前に呑む酒が、不味い水のように味気ない、つまらないものだとは知っている。 気乗りはしない。だが、あいつへの当てつけくらいはしてやりたい。 頭に血が昇っていた。むしゃくしゃして食堂の扉を跳ね開けたところで、この男。沖田にばったり出くわした。 皮肉なことに、おかげですっかり頭が冷えた。 いつ見ても何を考えているのか知れたものではない、この澄まし顔。見下ろした途端、荒波でも被った気がした。 浮かんでいたささやかな当てつけまで、被った荒波にきれいに砕かれて。あっさり正気に返された。 こいつのことだ。俺の不在を嗅ぎつけたなら、薄ら笑いを覆い隠してを宥めに行くだろう。 「それならさっさと出てって下せェ。あー煙草臭せェ。空気が悪くて眠れやしねーや」 「うっせえ黙れ。聞こえねーだろ」 「見てもいねえくせに」 沖田は猫背気味に乗り出して、部屋の隅にあるテレビを妙に真剣な顔つきで見ていた。 画面の中では今が旬の芸人たちが、短いネタばかりを矢継ぎ早に畳みかけている。 最近流行りの瞬発力とインパクト重視なお笑い番組だ。 「違げーよバーカ見てんだよ毎週。毎週欠かさずHDDに録画して見てんだよ」 「はいはいはい。ま、面倒臭せェからそーいうことにしときやしょうか」 うっとおしそうな口調が、いつにもまして腹に据えかねる。 だがこれは案外、恰好の機会を得たと同じか。 試し斬りと邪魔な虫の駆除。両方が一石二鳥に片付くというものだ。 土方は放り出したままの刀に手を伸ばし、ぐっと掴んだ。 「・・・腹の黒さで刀ァ汚れるが、お前で我慢しておくか」 「追い出されたくねえんなら大人しくしてて下せェ。 最近真面目に働きすぎてるおかげかねェ。毎晩眠くて仕方無ぇんでさァ」 ふあああぁ、と伸びをした沖田が大あくびをついた。 それでもテレビから眠たげな涙目を逸らそうとはしない。土方は土方で、天井から目を逸らさない。 煙が天井に吸いこまれていくように消えるのを、じっと睨み続けていた。 「総悟。」 「何でェ土方」 「・・・お前。どう思う。最近のアレ」 「そうですねェ。最近の若手はどうもショートネタに頼りすぎじゃねェですか」 「そっちのアレじゃねえ」 「アレってえのは何でェ」 「・・・近藤さんが」 「は?」 眠そうで欠伸混じりの、気抜けした声で投げかけられた。 の妙な様子には、まだ気づいていなさそうに見える。 だが、こいつのことだ。この場の気配だけでその思惑を測るのは尚早にすぎる。 こんな時だ。話がこじれかかっているところへ、邪魔な虫に牽制をかける面倒まで増やしたくはねえ。 土方が、言葉に詰まって口籠る。わずかに間を空けた。 「いや。何でもねえ」 短くなった煙草を指に挟んで、灰皿、とだるそうにつぶやく。沖田の目の前で振ってみせる。 飲み終わって放り出されていたコーラの缶を手に取ると、沖田は隣の男の額めがけて勢いよく下ろした。 寝ていた男がうっ、と呻いて、跳ね起きる。 「っっ総悟ォ!てっめェェ」 「いいかげんにして下せェ。まだ戻らねえ気ですか。 何の嫌がらせでェ。あんた、まさか痴話喧嘩を自慢しにでも来たんですかィ」 やってらんねえや、と沖田は肩を竦める。醒めた顔はテレビに向いたままだ。 その横顔をブスッとして睨んでいた土方も、再び倒れるようにして寝転び。きつく目を閉じた。 沈黙が通りすぎて。番組がCMに移った頃に、ぼそっ、と低い声が響く。 「・・・俺が居てみろ。あいつが部屋に居辛れェだろうが」 ふてくされたような口調で白状した男を、沖田は呆れたような、馬鹿にしたような顔で眺めた。 リモコンを手にすると、何食わぬ顔で立ち上がる。 テレビに向けて電源を切り、布団にぽいっと放り投げた。 「仕方ねェ。あんたの代わりに俺がを慰めてきやしょう」 「おう、頼むわ。っって行かせるかあああァ!!!」 土方が、枕元を素早く通り過ぎようとした沖田の足首をすかさず掴む。 強引に倒された沖田は顔から畳に激突、部屋には地響きが鳴り渡った。

「 触れる指先の我儘を 6 」text by riliri Caramelization 2009/03/24/ -----------------------------------------------------------------------------------           next