「凶 K-1 WORLDMAX 2008王者魔裂斗のサンドバッグに抜擢されて入院」 「吉 マックフルーリーのカップについてる透明のアレになんかイラッとくる」 「中吉 攘夷志士採用試験 問5だけ正解」 「小吉 今から画面右上に「アナログ」って出されるとかえって意地になって買わないからねTV局」 「大吉 おめでとう!あなたが江戸一番のジャスタウェイ職人です」 ・・・・うーん。どうしてだろう。 手渡すと、みんな笑顔で受け取ってくれるのに。 中を開けてオマケに入れた手作りのおみくじを目にした途端、全員もれなく何とも言えない顔になってしまう。 ・・・・・・・何がマズかったんだろう。


君だけの魔法使い

2

目の前に。仰向けに倒れたあたしを見下ろす、ニヤけ顔。 ついさっきまで着けていたアイマスクを、おでこにひょいと上げて 愉快そうに目を細めている総悟の顔が。 「ちょっと。総悟?」 「どうしたんでェ、。そんな怖ぇ顔しねェで下せェ」 「・・・・あたしたち。なんでこんなことになってるの?」 「ァんでェ。いまさらそれはねーや。さっき言ったじゃありやせんか、姫ィさん」 「言った、って。な。何を?」 あたしが寝転んでいるのは、総悟の部屋の前。屯所の縁側だ。 そしてあたしたちの身体は、今。なんだかよくわからないことになっている。 なんで。どーしてこんなことになってるの。 ここで昼寝していた総悟に、チョコを渡しに来ただけなのに。 なぜあたしが、縁側に寝かされてるんだろう。 なぜ寝ていたはずの総悟が、四つ這いになって。 あたしの上に跨って。・・・・・・・・・・・上に、・・・・・ 「っっひ○×★あァ凸☆□うあ●!!!」 「あーあー。顔が真っ赤ですぜ、。 まったくあんたときたら。いつまでたっても初心だねェ、姫ィさんは」 笑ってる。普段はとってつけたような、胡散臭い作り笑顔しか見せないあの総悟が。 滅多に見せない素の顔で。極上の美少女顔で、嬉しそうに笑ってる。 さっきからずっと、あたしの頬を撫で撫でしている。こ、こここ怖っっっ!!! 持ってきたチョコの袋を、あたしはブンブンとメチャクチャに振り回した。 せめてもの抵抗のつもりだったんだけど。こんなことしても効果はない。 笑顔の総悟は「危ねェや姫ィさん」と、何の危なげもなく余裕であたしの攻撃をかわしていく。 「ててててゆーか言ってないし!誰も押したお・・・・っ、 こっ、こんなことしてほしいとは誰も言ってないでしょ!?あたしはァ、ただ」 「やれやれ。ここまでさせてまだしらばっくれる気ですかィ?そいつァひでェや、姫ィさん。 さっき言ったじゃありやせんか。チョコを受け取らねえんなら、他のモンをくれるって。 俺が欲しいモンをくれるって言ったのは、あんたのほうじゃありやせんか」 「言ったよ?それは言ったけどォ!それがどーしてこーなるのよォ!? っっ、だいたいねえ、どーして受け取ってくれないの?去年は受け取ってくれたじゃない!」 「何を言ってるんでェ。俺ァ受け取っちゃいやせんぜ。 俺が要らねェって言ってんのに、が無理に口に押し込んでっただけじゃねーか」 「・・・それはァ、・・・・・だって、・・・」 言い返せずに口籠ってしまうあたしを、総悟は楽しそうに眺めてる。 伏せた長い睫毛が何度か、ふわりと瞬いた。 あたしの困った顔は何度見ても飽きない。澄んだ綺麗な目が、笑いながらそう言ってるみたい。 この生意気なドS少年は、あたしのチョコを素直に受け取ってくれない。 最初の年の「バレンタインデー屯所壊滅事件」のときは、 こっちが頼みもしないうちに調理場に顔を出して、勝手に味見までしてくれたのに。 あれ以来ずっとだ。なぜか総悟は、毎年あたしのチョコだけ拒み続けてる。 最初はあたしも誤解していた。いらない、と言われても仕方ないと諦めてた。 あの時生死の境をさまよった経験がトラウマになって、あたしの作ったものを警戒してるんだ ・・・と、最初は思ってたんだけれど。 よく考えてみたら違う。理由はわからないけれど、そういうことじゃないらしい。 総悟があたしの差し出したものをきっぱり拒否するのは、この日だけ。なぜか決まってバレンタインデーだけ。 他の日なら、このヒネクレ者は案外何でも喜んで受け取ってくれるし、 屯所内では劇物扱いなあたしの料理を、何の抵抗も無さそうな飄々とした態度で口にしてくれるのに。 「だって。総悟にも食べてほしいんだもん」 ぴくり、と総悟の片眉がわずかに動いた。 澄んだ目の色が、さあっと冷やかに醒めていく。何か気に食わなかったみたい。 このコは、もう。どうしてわかってくれないのかなあ。 無理にチョコを押しつけるような真似をした、あたしだって悪いけど。 去年は「あァ俺、のは要らねェや」のひとことで理由も無しに断られて、ちょっと傷ついたのに。 「じゃあ訊くけど。総悟はどーして受け取ってくれないの? 断られるのは仕方ないけど。・・・・ホントは嫌だけど。でも。 せめて受け取らない理由を言ってよ。てゆーか、・・・早く上からどいて」 「イヤでェ」 「総悟!」 つい声を荒げて、叱ってしまった。 あ、と口を抑えるあたしを、上に跨った総悟が半睨みで見下ろしている。 言われたことはないけれど。総悟はあたしに、お姉さんみたいに振舞われるのがイヤなんだろう。 前に「年上ぶるんじゃねェや」と綺麗な顔で笑いながら厭味をほのめかされたこともある。 でも、あたしはこのひねくれ者が、ほんとうの弟みたいに可愛いから。 総悟が悪戯するたびに、ついついお姉さん口調で叱ってしまう。 頭では判ってるのに。それって、総悟にしてみれば面白くないだろうな、って。 そんな顔はあまり見せないけれど、実は屯所の誰より気位の高いこのコが。 隊長の自分より弱い、しかも女に叱られて面白いはずがない。 「・・・ごめん。」 「・・・何で謝るんでェ」 「あたしね。甘えてるんだよね。ここのみんなにも、総悟にも」 「それが何でェ。いくらでも甘えりゃいいのさ。あんたァ俺の姫ィさんなんだから」 総悟は眉を曇らせて、それが当然だと言わんばかりに言い切った。 あたしの頬に添えられた手が、小さくすりすりと肌をさすってる。 これってたぶん、慰めようとしてるんだろうな。 上から見下ろしてくる表情が、ちょっとだけぎこちない。拗ねてるみたいに硬くなってるもの。 「大丈夫。あたし落ち込んでないよ。でも、ありがとね、総悟」 頬を撫でるちょっと冷たい手に、あたしは上から自分の手を重ねてみた。 笑って返したら、総悟の表情のぎこちなさがまた微妙に増した。 きっと、知ってる人はほんの一握り。 目にした人は少ないだろうし、総悟本人は見せたくないんだろうけど。 何をしでかすかわからない生意気な一番隊長は、こういうところがすごく可愛いのに。 ああ。そっか。 こうやってすぐ許しちゃうところが、あたしが総悟に甘いって言われる原因なのかもしれない。 「あたしにとっては総悟や近藤さんや、山崎くんや隊長さんたちが ・・・ここのみんなが、家族みたいなものだから。みんなに食べてほしいの。 今は一人暮らしだけどさ。真選組があたしの家なの。いつでも帰れる場所なの」 毎年いろんなところに配って歩いてるけど。ここが一番大事な場所。 ここのみんなに渡さないと、バレンタインの意味がないくらいに思ってる。 だって、ここの人たちが一番、あたしのチョコを喜んでくれるんだもの。 剣も握れない役立たずになって、あんなに迷惑かけて辞めたのに。 それでも「帰ってこいよ」って、あたしの居場所をあけて待ってくれている。 あたしをここに連れてきてくれたのは。居場所をくれたのは、土方さん。 あのひとは、一生あたしの恩人だ。今でもすっごく感謝してる。 それと、もう一人。 面と向かって話しても鼻で笑われそうだったから、今まで口にしたことはないけれど。 心の中では、土方さんの次くらいに感謝してきたヤツがもう一人。 じっとこっちを見下ろしている。 不服そうに眉を曇らせた、このさみしがり屋なひねくれ者だ。 「覚えてる?あたしがここに来たときのこと。道場で、総悟に手合わせしてもらったでしょ」 あたしがそう言うと、総悟はふっと目を細めた。 あの時のことを、何か思い出したのかもしれない。 「ああ。忘れやしねえさ」 「そう?」 「そうさ。俺ァねえ。お高く留まった姉ちゃんの鼻ァ、木刀でへし折ってやろーと思ったんでェ。 まァ、結果は俺があんたにへし折られちまったけど」 総悟は肩を竦めて、楽しそうに思い出し笑いを浮かべている。 その表情を見ていたら、あたしもなんとなくあの時の総悟を思い出した。 いきなり道場に踏み込んだ他所者のあたしを、総悟は馬鹿にした顔でせせら笑っていて。 手合わせを申し込んでも、やる気なんか全然無さそうで。 なのに、木刀を取って向き合った途端、目の色が別人のように変わった。 あのときあたしは一瞬たじろいだ。あの冷えた目に、身体を圧された。 氷に触れたみたいに背筋が冷えたのを、今でもよく覚えてる。 あの日から、あたしの周りは変わった。 それまでは晴れない靄につつまれたような毎日だったのに、すこしずつ青空が覗くようになって。 いつのまにか屯所のみんなとも親しくなれて、楽しくなって。周りがよく見えるようになった。 靄が晴れていくその間、ずっとあたしの傍にいてくれたのが総悟。 そう思っていたけれど。 あたしはもしかしたら、靄の中にぼうっと突っ立っていただけなのかもしれない。 たぶんこのコは、何気なく手を引いてくれていたんだ。 こっちに来なせェ、って。靄の中から、引っ張り出してくれたのかもしれない。 「総悟。あたしね、総悟のおかげだと思ってるんだ。すごく感謝してるの」 「・・・感謝、ねェ」 「うん。あたしがここに溶け込むきっかけを作ってくれたのは、総悟だと思ってるの。 あれがなかったら、ここにはいられなかった。きっとすぐ追い出されてたよ」 あたしがそう言ったら、総悟はきょとんとした顔になった。 目が丸く見開かれている。このコがここまで驚いた顔するなんて、珍しい。 それとも呆れてるのかな。どっちにしても、この「きょとん」顔の理由がわからないけど。 こんな時にそんな顔されると、こっちは困る。笑ってごまかすしかないじゃない。 普段は絶対言わないことを、思い切って真面目に白状してみたのに。 総悟はなぜか黙ったままで、厭味のひとつも返ってこない。何のリアクションも無いんだもん。 「や、あはは、だからね。今まで言ったことなかったけど。総悟には」 「違わァ」 「え?」 「違うんでさァ。感謝なんて欲しかねェ。俺が欲しいのは、そーいうモンじゃねえのさ。姫ィさん」 重ねていたあたしの手を、総悟が掴んだ。 え、とつぶやいて固まったあたしに構わずに、上からぎゅっと握る。 そのまま、自分の顔へとあたしの手を引っ張っていった。 細くて揺らいだ声で、独り言みたいにつぶやいた。 「・・・・・・どうして。よりによって、あの野郎なんでェ」 「総・・・」 何がなんだかわからずに、あたしは呆然と見上げていた。 総悟があたしの手から、こっちに視線を向ける。まっすぐに目が合った。 総悟は素の顔になっていた。 土方さんや近藤さんと飲んでるときみたいな顔。 酔っ払って、ぼんやりと近藤さんの話に耳を傾けている時の。素に戻って、何の警戒もしていないときの顔。 年よりもあどけなくて、女の子みたいな。微かに笑っている顔。 表情は笑っているはずなのに。その目がなぜか、悲しそうに見える。今にも泣き出しそうに見える。 「あんたを拾ったのが。・・・俺だったら、よかったのに・・・・・」 ささやくような静けさで、総悟は言いいながら目を閉じた。 それから、握っていたあたしの手に唇を寄せる。 ふわっと温かくて柔らかい感触が、あたしの手の甲に落ちてきた。 唇は手の甲を伝って、指先へ這っていく。 辿り着いた人差し指の先を、口に含むと。そっと甘く、噛んできた。 固まっていたあたしの身体と頭は、その柔らかい衝撃で一気に目を覚ました。 「っっっ!!!そっ、そそ総っっ」 真っ赤な顔で口をパクパクさせながら、いきなり暴れ出したあたしを 総悟は黙ったまま見下ろしている。にんまりと、綺麗に口の端が吊り上がる。 優越感たっぷりな余裕の笑顔。ドS少年の本領発揮だ。 いつのまにか肩をしっかり抑え込まれ、馬乗りされて、 あたしはジタバタと足を振り上げるくらいの抵抗しか出来なくなっていた。 「大事な姫ィさんに、そこまで言われちゃ逆らえねェや。こいつは有難くいただきまさァ」 片手であたしを抑えながら、もう一方の手であたしが床に落としたチョコを掴む。 蝶結びされた赤いリボンの端を口に咥えると、そのまま引っ張ってするりと外した。 チョコを中から取りだすと、今度はそれを口にぱくっと咥えて。 「まーたこの白いヤツですかィ。は、チョコってえとこいつばかりだ」 「だだだって、ついクセで買っちゃうんだもん! ち、小さい頃から家ではホワイトチョコばっかり食べて・・・・って、はは離せ!総悟のバカァァァ!!」 「どっちかってえと普通、こういう日にゃ黒いの買って贈るもんじゃねェんですかィ。 ・・・・この乳臭せェ味が、どうもねェ。好きになれねえなァ」 目を細めてニヤニヤと笑いながら、総悟はあっという間にチョコを食べ終えた。 手についたのをぺろっと一舐めしてから、こっちに手を伸ばす。 頬を撫でた手が滑っていって、あたしの顎に指先を掛ける。 軽く持ち上げながら、総悟は平然とした顔でサラリと言ってのけた。 「ま、いいさ。今年はキスひとつで勘弁してあげまさァ」 「き、キス・・・・って・・・な、ななななな何言って、何で近づいてく・・・、 ちょっっこここ怖いィ!!総悟ォ!目が!目が怖いィィィィ!!!」 「なァに、大丈夫でェ。何でも怖ェのは最初の一回だけでさァ。すぐ癖になりやすぜ。 ああ、けど姫ィさん。来年は普通のチョコにして下せェ」 「・・・来年だァ?」 総悟の身体の下でジタバタと暴れ、もがいていたら、突然視界が薄暗くなる。 上からすうっと、音も無く真っ黒な人影が下りてきた。 ・・・と思ったら。 ブキミな半笑いにドス黒い怒りの気配を燻らせながら、こっちを見下ろしている 今にも刀を抜く寸前な土方さんの姿だった。 「そいつァ残念だったなあ。来年のこたァ諦めろ。テメーの一生は今日で終まいだ」 「ァんでェ土方ァ、邪魔すんじゃねーや。これからが一番いいとこなんでさァ」 「させるかあァァァ!!!」 ぱっとあたしから離れて逃げた総悟に、土方さんが刀を振りかざして襲いかかる。 めちゃくちゃに荒れ狂っている剛腕な太刀筋を、軽々と綺麗に身をかわして避けながら 総悟はあっという間に縁側からいなくなった。 刀を構えたままでその後を追った、土方さんも。 ドタドタと床を踏み鳴らして駆ける二つの足音が、遠くなっていく。 通りかかった人が突き飛ばされたのか、何かにぶつかる派手な音と、誰かが呻く声が聞こえた。 からかうような口調で野次を飛ばしているの総悟の声が、向かいの棟の方から流れてきた。 顔を赤くして床に倒れたまま、呆然としているあたしを残して。 土方さんと総悟は、そのまま二人で屯所中を巡る鬼ごっこを始めてしまった。 「甘ェ。」 眉をひそめた苦々しい顔で、ぼそっ、とひとこと。いつもこれだけ。 きりがない鬼ごっこをやっと諦めたのか、土方さんは疲れた顔で戻ってきた。 あたしが差し出したチョコを何も言わずに受け取ると、黙って縁側に座って食べ始める。 バレンタインデー恒例。 チョコを口にした反応は、ほぼ毎年決まって同じだ。 それをわかってて毎年「美味しい?」としつこく繰り返すあたしも、どうかとは思うけど。 だって訊きたいんだもの。 甘いものにいい顔してくれないのは判ってても、どうしても訊きたくなるんだもの。 今は彼女と呼ばれる立場じゃないけど。 それでも、今年もあたしが「本命チョコ」を贈る相手は、やっぱりこのひとだけで。 「本命」がみんなと同じ小さなチョコ一つだけ、じゃ味気ないから 毎年、少なくともチョコよりは喜んで受け取ってくれる、お取り寄せ高級マヨとか煙草カートン買いとか、 色々オマケを付けて贈ってるんだけど。 そっちのほうが土方さん的にはメインになってるみたいで、ちょっと面白くない。 どうせなら全部煙草にしてほしい、とか、全部マヨにしてほしい、とか思ってそうなのは知ってる。 でも、ソレをあげたって普段と変わりないし。ただのパシリみたいだし。 ・・・・そりゃあ、今は彼女じゃないから。夜中に都合よく出前するパシリみたいなものだけど。 「またこの白ェのかよ。っとに人の話を聞かねえなァ、お前は。 だから去年、せめて普通の買えっつっただろ」 「えー。だって。去年も話したでしょ。家ではチョコっていったらホワイトチョコだったんだもん。 あたしにとってはコレが普通のチョコなのっ。チョコの王道、スタンダードなの!言ったじゃん、去年も」 「言うな。何度も聞きたかねェんだよ。偏屈親父がこればっか買ってくるから、ってえヤツだろ」 「ハイハイそーですよ!あの剣術バカの頑固オヤジが悪いの!これが義父さんの好物なの! ウチでは甘いものといえばコレしか食べられなかったのっ!だから去年も言ったじゃないですかァ!」 「だから去年も言ったじゃねえか。甘ったるくて食いづれえんだって」 「でも土方さん。最近毎日遅かったし、疲れてたでしょ。疲れたときにはね、身体が甘いものを欲しがるんだよ。 ね、よく味わってみてっ。去年よりも少ーーしだけ、美味しかったりしない?ね?」 「しねェな」 ・・・・即答だよ。瞬きひとつしなかったよ。 何よ、もう。何なのこのひとは。 叫びたくなるよ。「ちょっとは気を使えェェ!!」とか、思いきり叫びたいよ! まだ総悟に腹が立ってるのか、さっきからちっともこっちを見てくれないし。 それとも、疲れてるからなのかなあ。いつにも増して可愛くないなあ。 ・・・・あーあ。いいけど別に。 どうせ、愚痴を言ったって土方さんにはわからないだろうし。 このひとにあげる瞬間は、あたしにとっては特別なのに。他の誰かにあげるのとは全然違うのに。 毎年、このひとに渡す瞬間が一番緊張するし。 無表情にリボン解いて、袋を開けてる最中も。ろくに眺めもせずに取り出して、すぐに口に入れる瞬間も。 息を詰めてドキドキしながら見つめてるあたしが、バカみたいじゃない。 ・・・ううっ。それでも見ちゃう。つい目で追っちゃう。あ、口端にチョコついてる。舐めた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「・・・ァァあああ!もォっ悔しいなあァァァ!!」 「っっ痛ってェな!てっめえ、何考えて・・・急に暴れんな!」 「何よォォ!悪かったね気の利かない女で!ちょっと暴れるくらい見逃してくださいよォォ! どーせ食べたくないんでしょ!?どーせなら煙草にしろよとか思ってるんでしょ!?」 悔しさピークでポカポカと土方さんを叩き、暴れ出したあたしは、 食べかけのチョコを無理やり奪い取った。 ギロッ、といつにも増してお疲れ気味な鬼が、不機嫌剥き出しに睨んでくる。 「何やってんだ、バーカ。んな真似すんならもう食ってやらねえぞ」 「いいっ。もういいですっ。この残りは明日、全部旦那にあげるから!」 「はァ?」 「旦那にあげたほうがチョコも喜ぶし!土方さんと違って美味しそうに食べてくれるもんっ」 「・・・・・・・・んだとコラ、おい。 俺ァ、野郎のとこには行くなって言ってんじゃねーか。また人の目盗んで行きやがったな!」 「何よォ!いいじゃんチョコくらい!・・・って、ちょっと!何するんですかァァ!」 あたしの横に置いてあった紙袋を掴み取ると、不機嫌な土方さんはじっと中を覗いた。 飛びついてきたあたしを片腕で抑えながら袋を逆さにして、中に残っていたチョコをキャッチする。 「んだよ。あと一個じゃねえか」 フン、と満足げに笑う顔が怖い。旦那の名前を出すといつもこうだ。 お互いやたらと張り合いたがるっていうか。二人とも、縄張り争いに睨み合うガキ大将同士みたい。 あたしがむくれて取り上げようとしたら、チョコは平然と隊服の懐に収められてしまった。 「これァ預かっとく。山崎が密偵から戻ったらくれてやらあ」 「くれてやらあ、じゃないでしょ!?ちょっとォ!返してくださいってば!山崎くんのは別にあるのっ。 ちゃんと家に置いてあるんだからぁ!それは他の人の分なんだから、返してよ!」 「黙れ。うるせえっつってんだろ、疲れてんだよ。んだよ、久々に早く戻れたってェのに・・・・」 いかにもうっとおしそうな顔で目を伏せると、土方さんは煙草を取り出す。 箱を出しかけた手が、なぜか途中でぴたりと止まって。薄く目を見開いた。 「誰だ」 「はい?」 「誰だ?他の奴ってえのは誰だ」 「・・・・・え」 「万事屋にも、他にも。うちの奴等にも配り終えた。山崎の分はてめえん家にある。 で、こいつはどこの誰に渡すのかって聞いてんだよ」 「そ。・・・それは、あの。・・・・だから・・・・・、 ホントはあの、・・・自分で。自分で食べようかなあって。そう、自分用に」 「嘘つけ。妙に必死だったじゃねえか。つか、自分用までチマチマ飾っとくのかお前は」 懐から戻された緑色の袋が、あたしの目の前に吊り下げられる。 蝶結びされた銀色のリボンが、風でフワフワ揺れている。 袋の向こうからじーっと、鋭い目が見てる。慌てるあたしの表情を、問いかけながら試している。 「言わねェんなら食うぞ」 「え、やだ、ダメ!それは、・・・・っ」 取り返そうと手を伸ばしたら、高々と上に遠ざけられて届かない。 ぎゅっと唇を噛んで、あたしは土方さんを黙って見返した。 元々嘘をつくのがヘタだし。ただでさえ焦っているから、上手い言い訳なんて出てこない。 「・・・お世話になった人に。送ろうかと思って」 これじゃかなり説明不足だけど。嘘はひとつもついていない。 けれど隠したいこともあるから、じっと見られると落ち着かない。不自然な瞬きを連発してしまう。 内心はらはらしながら土方さんの反応を待っていたら、無言でポイッと、チョコの袋を投げられた。 さっき出しかけていた煙草の箱をまた掴むと、土方さんは一本咥えて引き抜いた。 カチカチと、ライターの音が弾ける。火が点いて、口許から煙が上り始めたころには もうあたしが隣にいることなんて忘れているかのような、表情の薄い顔になっていた。 庭に植えられた白梅の、花の散り始めた枝先あたりに目を向けている。 よくわからないけど。あれで納得してくれたのかな。 こっちは何を言われるかと息を呑んで構えていたのに、意外とあっさりしてる。 どうにか追及されずに済んだことに、あたしはほっとしていた。 別に秘密にしたいとか、そういうことじゃないんだけど。 事情を知ってる土方さんになら、話したっていいことなんだけれど。それでも、なんだか言い辛くて。 ついさっき、あたしはほんのちいさな決心をした。 土方さんにチョコを手渡そうとして、紙袋の中に手を入れたときだ。 袋の底に残ったままの、最後のひとつをなんとなく見て。なんとなく思いついたこと。 差出人不明にして、これを家に送ってみようかと思ってる。 甘いものといえばこれしか知らない、剣術バカの頑固親父に。手紙も何もつけずに送る。 そんなことしたって、怪しまれて、捨てられちゃって終わりかもしれないけれど。 勝手をして家を飛び出して、さんざん心配をかけたあたしが 今頃になって顔を見せられた義理じゃないって。そう決めて、あの家には一度も寄りつかずにいる。 でも。毎日思い出す。似たような背格好のお父さんを見かけるたびに、じっと見てしまう。 違う人だって判ってるのに、気になって見てしまう。 今、義父さんはどうしているんだろう。元気でいるのかな。道場はどうなったんだろう、って。 「」 「はい?」 「時間も空いたしな。メシでも喰いに行くか。お前、何が喰いたい」 何気ない口調で訊かれて、あたしは驚いて目を見開いた。 土方さんに近寄って、おでこに手をあてて熱を測ってみる。 触ったカンジだと平熱っぽい。でも念のために、自分のおでこも触って温度差を確かめる。 おでこを抑えられたひとが、煙草を咥えた口許を不審そうに曲げてこっちを見ている。 「あァ?ァんだよ」 「もう。ビックリさせないでくださいよォ。具合が悪いのかと思ったじゃん。 土方さんが何が食べたいか訊いてくるなんて、初めてだもん。いつもは勝手に決めちゃうじゃない」 「当たり前ェだ。お前に任せた日にゃ、毎回甘味処巡礼になっちまうだろーが」 うっとおしげにあたしの手を払うと、土方さんは立ち上がる。 立ち上がりざまに、あたしの膝の上からすっとチョコの袋を摘み上げていった。 あっ、と思って手を伸ばしたら、先に頭をぐっと抑え込まれてしまった。これじゃ手が届かない。 「いいから支度してこい。さっさと来ねえとこいつは喰っちまうぞ」 「ちょっ、それ。返してくださいってば、何で」 「今日は特別だ。お前が一番行きてえとこに連れてってやる」 「は?特別って。何が?チョコのお礼ってことですか? ・・・じゃなくて!土方さんてばぁ。それは食べちゃダメですからね…ってちょっと、聞いてる?」 「礼なあ。・・・まあ、そんなところかもしれねえなぁ」 何か考え込んでいるような、どこか上の空な口調で低くつぶやいた。 頭を抑え込んでいた手が、あたしの髪をくしゃくしゃと掻き回して、すっと離れる。 座ったままでぽかんと見上げるあたしを置いて、土方さんはさっさと縁側を歩いて行ってしまった。

「 君だけの魔法使い 2 」text by riliri Caramelization 2009/02/10/ -----------------------------------------------------------------------------------         next