「ももももしもしィ!!警っ、警察ですか!?助けて!助けてくださいィィィ!!! 襲撃されてるんです テロリストに!! プチ破壊神がァ!!プチとっつあんが無差別テロリストがァァ!!」 呂律の回らないあたしの通報は、横から携帯をもぎ取られたことで途切れた。 携帯を奪ったテロリストに通報をブチ切られたのだ。 さらにテロリストは何の躊躇もなく、携帯のボディを真っ二つにバキッと折った。それを無造作にポイと放り捨てる。 爆風に薄黒くすすけた万事屋の廊下を、投げられた携帯(だったもの)がつーっと滑っていく。 固唾を呑んでそれを目で追ってから、あたしは恐る恐る視線を移した。 すぐ目の前で肩からバズーカを下げ、こっちに鋭利な視線を向けているひとに。 警察の制服を着たテロリスト。鋭く光る眼とは対照的に、薄く笑む口許がかえって恐さを煽る。 土方さんの表情は、すっかり局内No.1吐かせ屋モードへとキャラチェンジしていた。


純愛狂騒曲!

11

「いらねえだろ、通報なんざ。警察ならとっくに目の前にいるじゃねえか」 「ちーがーうーーー!!違いますううぅ!! アンタなんか警察じゃないィィ!!警察の制服着たテロリストですうぅぅ!!」 「違わねーよ。警察なんてもんはなあ、マフィアと同じなんだよ。マフィアっつったらテロリスト同然じゃねーか」 「ななななんですかその乱暴な三段活用はァァ!!どこの破壊神!!? マフィアとテロリストに失礼ですよソレ!復活さんファンから抗議が来るだろーがァァ!! てゆーか何?なんですかその無茶な正当化!!」 尻もちをついたまま、そろそろと後ずさる。身体が勝手に気圧されてしまう。 堂々と「警察マフィア説」を披露した、傍若無人、イヤ、面の皮が極厚なテロリストは 戸惑い逃げる無抵抗な一般市民(=あたし)を、真正面から追い詰めようとしている。 「おい、何をジリジリ下がってんだ」 「ここ、これは、プチとっつあんがこっちに来るからあァ!!」 「プチはやめろっつってんだろ。それともあれか、てめえ。そんなに殺されてえのか」 肩に下げられたバズーカが、素早く担ぎ直される。 あたしは反射的に身を竦め、頭を抱えた。 「ふぎゃあァァァァァ!!!!」 「バーカ、二度もやるかってんだバーカ。本気で怯えてんじゃねーよバーーーカ」 「さささ三度もバカ言うなァ!!てゆーかひ、ひひ土方さ!!」 「あァ?」 「ななな、何?何なんですかいきなりィィ!? 何てことするんですかアンタ!?いったい何しに来たんですかアンタァァ!!」 「あァ?『何しに』だァ? どこまで馬鹿だテメーは。こんなとこに、他に何しに来るってんだ」 短くなった煙草が落ちて、靴にぎゅっと踏み潰される。バズーカも床に下ろされた。 しれっとした無表情で、テロリストはほざいた。 「迎えに来てやったに決まってんだろ」 「はあァァァ!?」 「たりめーだろ。でなきゃ、んなムカつくとこに誰がわざわざ来るかってんだ。 つーか、んなこたァどーだっていーんだよ。いーからさっさと観念しろ。 こんな濁った汚ねー空気、いつまでも吸わせんじゃねえ。気分悪りィだろーが」 「ちょっとォォ!?誰?誰が空気悪くしたの誰が!?バズーカ撃ったの誰ェェ!!?」 「っるっっせェんだよ!いちいち細けえことにこだわってんじゃねーよ。 俺が迎えだっつってんだから迎えなんだよ。つーか迎えに来る以外にどうしろっつーんだ、あァ!!?」 「どんだけ派手な迎えですかァァ!てゆーか下手したら死んでたよ?死んでたよねあたし!! どこに!?いったいあたしをどこに迎える気?天国!!?天国ですかあ!!? 天国からの使者ですかアンタ!どっから見たって殺し屋でしょ!?地獄の番人でしょ!!その顔ォォ!」 怒鳴るあたしを半ば無視しつつ、土方さんは取り出した煙草に火を点けた。 煙草を咥えた地獄の番人が、いかにも情け容赦の無さそうな冷えた表情で、ふっ、と笑う。 いくら怒鳴ったところで、改心どころか聞く耳を貸す気も無さそうだ。 「はっ。テメーがバズーカくれえでくたばるタマかよ」 「くたばりますゥゥゥ!フツーにくたばるゥゥ!!!」 「ギャアギャアほざくのは帰ってからにしろ。おら、いいから来い」 「ひ・・・ぎゃあァァァ!!!」 土方さんがあたしの着物の襟元を、がしっと掴む。 そのまま引きずり倒され、廊下を引きずられながら玄関へと運ばれる。 このひとに女扱いされないのは、今に始まったことじゃない。 それにしたってこれは酷い。女扱いがどうとかいう以前、それどころか人間扱いすらされてない。 コレとほぼ同じ状態で屯所の廊下を引きずられる、山崎くんを目にするたびに 「また地雷踏んだんだ山崎くん」と合掌しながら無事を祈ったものだけれど。 まさかこんなときに、こんなところで。山崎気分を味わう破目になるなんて。 「ひィィィいやァァァ!はは放してェ!そっ、総悟ォォ!!神楽ちゃんんん!!」 「!どうしたアルか!!」 お風呂場のほうから、ドカドカと扉を殴る音がする。 それからドオォォン、とバズーカに引けをとらない爆音が鳴った。 煙の中を弾丸のような勢いで飛び出した神楽ちゃんが、傘を構えて土方さんに迫ってくる。 「!!」 「かか神楽ちゃん!助けてェェェ!!」 「来たな。ギャアギャアうるせーんだよ小型犬」 「何しに来たアルか女の敵!!浮気者!!これ以上に手出しすると私が許さないネ!!」 「ガキは黙ってろ」 そう言った土方さんが、玄関前に置いてあった紙袋を掴む。入っていたものが空中にばっと振り撒かれる。 飛び散る小さな赤い箱。 それを見たあたしは絶句し、神楽ちゃんは狂喜せんばかりに飛びついた。 撒き餌だ。酢昆布の撒き餌。廊下中に散って落ちたのは、赤く小さな酢昆布の箱だった。 散ったそれをささっと素早く拾い集め、ムグムグと噛みしめながら神楽ちゃんが叫ぶ。 「賄賂か?賄賂アルか!?冗談じゃないネ、ナメるなポリ公!汚職警官!私はそんな安い女じゃ…」 土方さんは黙って後ろを指し、神楽ちゃんの言葉を遮った。 吹き飛び大破した玄関の引き戸から、外が見える その前にドンと居座った大きなダンボール箱には「酢昆布」の大きな文字が。 「一年分だ」 土方さんがボソッと言うのと、ほぼ同時。 囚われたあたしのすぐ横を走り抜けた神楽ちゃんは、大箱めがけてジャンプで飛びついた。 「スゴイネ!!夢の酢昆布箱買いヨ!!!大人買いヨ!!酢昆布パラダイスネ!!!」 「神楽ちゃんんん!???」 口から半分出た酢昆布をムグムグと噛みしめ、大事そうにダンボールに頬を擦り寄せながら。 神楽ちゃんが悲しそうな顔になる。 「別れのときが来たアルヨ。悲しいけどさよならネ、。私、今から楽園にフライアウェイするネ」 「そんなァァァ!!!」 「頼り甲斐のねえ奴等だな」 銀ちゃんに見せてくるヨ! と神楽ちゃんはご機嫌で箱を担ぎ、外の階段を降りて行った。 「祭りの合図に、派手目に一発ぶちかましたってのに。 あの野郎は戻って来ねえ。ガキは喰い物で釣れちまった。総悟の奴は・・・、」   扉が破壊されたお風呂場から、爆破現場にまったく不似合いな、呑気な歌声が流れ出す。 エコーがかかった飄々とした声。もちろん総悟の声だ。 歌声に耳を傾ける土方さんの口許が、満足気な暗い笑いに歪む。 呆れた。呆れて声も出ない。だけど叫びたい。せめてこれだけは言わせてほしい。 警察って、何!?国家権力って何ですか!? ただあたしを連れ戻す、それだけのために何やってくれてんですかオマワリさん!!? てゆーか、・・・まさかとは思うけど。もしかして。 あたしそっちのけで旦那と喧嘩したかっただけじゃないの?オマワリさんんん!!? 「おい。どーすんだ馬鹿女。 これでもまだ逆らう気か。つーかお前、いさぎよく諦めろ。 今ここで素直に謝りゃあ、今回だけは大目にみてやる。出方次第じゃ許してやらねえこともねえぞ」 「ヒキョー者ォォォ!!」 「何とでも言え」 掴まれていた襟元がぱっと放される。当然あたしの頭は、玄関のコンクリに落ちる。 ゴンッという鈍い音とともに激痛が走って、頭の中が歪んだ音で鳴り響き出した。 「っ痛っったァァァ!!!」 「・・・殺す気か」 「殺す気か!?「か」じゃないでしょ「か」じゃ!!なんで問いかけてんのォ!? てゆーかアンタ、どー見たって殺す気満々だろォォォ!?」 「お前じゃねえ。俺を殺す気かっつってんだ」 「はァァァァ!!!??」 思いきり睨んだら、寒気のするような眼で睨み返される。 普段だったら目も遭わせたくない、吐かせ屋モードの怖い顔。 だけどこっちだって、退くわけにはいかない。 追い詰められて後が無い鼠だって、最後に噛みつくくらいは出来るんだから。 殺気立った視線を真正面から受け止め、嫌な汗がじわっと湧くのを感じながら、 とにかくあたしは粘った。一歩も退かなかった。 「・・・気づかねェたあ、云わせねえぞ」 睨みあっているうちに、なぜか土方さんの顔からだんだん殺気が引いていく。 咥えっぱなしの煙草を指で挟むと、口から外す。 ばつが悪そうに顔を逸らした。 「馬鹿ひとり探す時間割くのに、どんだけ睡眠時間削ったと思ってんだ」 疲れが滲んだ声に、はっとする。 声だけじゃない、口調もそうだ。言いたいことを言わずにこらえているような、沈んだものだった。 それを聞いたら胸が詰まって、何も言えなくなってしまった。 あたしはやっぱり、自分のことしか見えていなかったんだろう。 目の前であたしを見下ろしている人の表情にも、翳りのように疲れは滲んでいるのに。 久しぶりに会ったし、気が動転していたのもあったけれど。今やっと気づいた。ぜんぜん気付かなかった。 こうして言われて、やっと気づくなんて。 「・・・土方さん」 「。」 前にしゃがみこむと、土方さんは何かに迷っているような顔で、目線を泳がせ始めた。 煙草を地面にぎゅっと押し付けて、火を消して。またあたしを見る。 しばらくしてから、重い口がやっと開いた。 「・・・俺ァ、・・・・・いや。お前、・・・」 そこまで言うと、口許をぎゅっと結んで黙りこんでしまった。 困っているのか怒っているのか、よく判らない。 このひとが時折見せる、ムッとした顔だ。 どうしたらいいんだろう。目を合わせるのにも戸惑ってしまう。 こっちも黙っていたら、土方さんの手が伸びてきて。 そっとあたしの頬に触れた。 「・・・・帰って来い」 久しぶりに感じる、硬い手の感触。指先の温かさ。 ゴツゴツと硬い指先が、そっと頬を滑る。 くすぐったさと温かさで、身体が溶けてしまいそうになる。 ただ軽く触れられただけなのに。 それだけで涙が出そうになった。 「・・・狡いよ・・・」 つぶやいたら、指は止まった。 狡い。こんなの狡い。 こんなにやさしく触れられたら、逆らえなくなる。 触れられたらだめだ。我慢出来ない。泣いてしまいそうになる。 慌ててうつむいたら、温かい指先はあたしの頬から離れた。 「・・・ごめんなさい」 「謝るなっつってんだろ」 ごめんなさい。 胸の中で、もう一度繰り返す。 だけど。 あたしは、もう。 大きく深く。 あたしはお腹の奥まで息を吸い込んだ。そして。 「…なァーーーんて謝るとでも!?コロッとひっかかってんじゃねーぞ土方ァァ!! ふっっっざけんなァァ、テロリストォォ!!人権迫害で訴えてやるうゥゥ!!」 声の限りに叫んだのが届いたのか。 お風呂場の鼻歌まで、ぴたりと止んだ。 「あ、あたしはねえっ、もうアンタなんてどーでもいいの!誰が戻るかあァァ!! アンタの顔なんて、もォ一生見たかないのォォォ!!」 目の前のひとも黙ってしまった。 表情も変えずに、黙ってこっちを見ている。 けれど、後が続かない。言葉がひとつも出てこない。 叫ぶ前に巡らせていた罵倒の言葉が、そっくり全部消えていた。 頭の中から全部、抜け落ちてしまっている。 「・・・おい」 「・・・にっ、二度とあたしの前に出てくるな!! 半径百メートル以内に近づくな!!誰が・・・誰が戻るかァァァ!!!」 どうしよう。何を言えば。次は何。何を言えばいいの。 言われたこのひとがすっかり呆れ果てて、こんな女はどうでもいい、とこの場であたしを見限りそうな言葉は。 すぐにここを立ち去りたくなってしまうような、酷い言葉は。 「やめろ。もういい」 「出てけ!出てってよ!もう二度と来るな、不良警官!!」 目の前の胸を、ドン、と力任せに突いた。 顔が上げられない。目を合わせたら駄目だ。もう逃げ切れない。 目を遭わせたら、今までこのひとから逃げていたことの全部が台無しになってしまう。 「バカっ!バカバカ、バカぁっっっ!」 「」 「あ・・、あんたなんか、あんたなんか、大嫌いぃ!!」 「・・・ガキの喧嘩かよ」 疲れたような溜息と一緒に、土方さんが苦笑を漏らす。 自棄になって、他にどうしたらいいのかわからなくて。何度も土方さんの胸を叩いた。 早く。早くここからいなくなって欲しい。 お願いだから。もう帰って。こっちを見ないで。つい言ってしまいそうになって、また唇を噛んだ。 肩が勝手に震え出して、止まらない。叩き続けた手が痛い。 あたしは何をしているんだろう。どうしてこんなバカな真似してるんだろう。 でも止められない。もう、自分じゃどうしたらいいのか、わからない。 「せめて気の利いた啖呵のひとつくれえ、切れねえもんか」 叩かれっぱなしで黙っていた土方さんに、右手を突然掴まれる。 抑え込まれた手は、途端に自由が利かなくなった。 「うるさいィィィ!!!」 「おい、やめろって・・・ってっっ、だっ、バカヤロ、テメっ!」 「放せェっ!!」 左腕も掴まれて、抑え込まれて。それでもあたしは暴れようとした。 「やめろっつってんだろ!そこァ、まだ塞がってねんだよっ」 もがくあたしを抑えながら、焦った声で土方さんが怒鳴る。 怒鳴り声が耳で鳴った瞬間、あたしの中でフラッシュバックが起こった。 あの夜の血に染まった姿が、稲妻のように目に浮かぶ。 びくっ、と震えが走る。急に身体が固まって、動けなくなった。 「・・・どうしても喧嘩してえんなら。 せめてハッタリくれえ、型通りにかましてみせろ」 重く沈んだ声が、耳元で聞こえた。 冷えた身体が、すうっと温かさに覆われて。 次の瞬間にはもう、腕の中にいた。 抱きしめられていた。 「・・・放して。・・・放せ、バカあァァ!!」 「煩せェ」 嫌がって身じろぎして、叩いて押し返して。あたしは滅茶苦茶にもがいた。 どれだけもがいてみても、びくともしない。 腕の中に閉じ込めて、逃がしてくれない。 「は・・・放せェっっ!もう・・もう帰ってよっ」 「・・・こんな時くれえ、黙れってんだ」 隊服をぎゅっと掴んで、大きくかぶりを振る。 放してくれと頼みたくても、もう喋れない。 ひとことでも喋ったら、きっとあたしは全部投げ捨ててしまう。 これまで重ねた我慢も、人目も意地も。全部。 何もかも忘れて、泣きじゃくってしまいそうだ。 「啖呵ってえのはよ。泣きながら切るようなもんじゃねえんだよ」 背中に回された手が、あたしの着物を鷲掴みにしている。 きつく抱かれた肩が、きしんで痛い。息が詰まりそうに苦しい。 もうひとりのあたしが、駄目だと何度も繰り返す。 この腕に頼っちゃいけない。逃げなくちゃ駄目、と必死であたしの袖を引こうとする。 わかってる。 わかってるのに、どうして。 ずっとこのままでいたい。 この腕の中にいたい。 離れたくない。ずっとこうしていたい。 近くなった煙草の匂い。 誰のものよりも慣れてしまったあの匂いと一緒に、あたしの周りを包んでいく、土方さんの気配。 それだけで溶かされてしまいそうだ。 強張って張り詰めていたあたしの意地まで、全部。 全部が涙になって、溶けていく。ボロボロ剥がれ落ちていく。 「いいか。もう止めだ。 もうてめえの勝手な言い分なんざ、一切訊いてやらねえからな。 今後一切だ。じゃねえと、こっちの身が保たねえ」 どうしてなんだろう。 鋭くて厳しい声なのに。 口調だって怒っていて、すごくきついのに。 どうしてあたしにはそれが、誰のどんな言葉よりも、温かくて優しいものに聞こえてしまうんだろう。 「もういい。。・・・帰って来い」 張り詰めていたものが、ふつりと切れてしまった。すうっと力が抜けてしまった。 崩れ落ちそうになる身体を、土方さんが抱き留めた。 身体中が砂に変わってしまったみたい。 力が抜けて、指先まで溶けて。 砂になって崩れてしまったような錯覚に、吸い込まれる。 こぼれた涙が、隊服に染みて吸い込まれていく。 土方さんの胸を濡らして、色を変えて。吸い込まれて消えていく。 隊服の黒が、水に染まっていく。 色の変わる微妙な変化を、ただぼんやりと目が追っている。 何も感じない。感覚のスイッチが、視線以外は全部オフになっているみたい。 自分が今、悲しいのか、苦しいのか。何に痛みを感じているのかも、よくわからない。 泣いてばかりだった目は、熱くて腫れぼったく感じる。 なのに視線だけは冷えている。やけにくっきりしている。 はっきりしているから。鮮明すぎるせいだろうか。 目の前で起こっていることが、かえって他人事か、テレビ画面の中の出来事みたいに遠く映る。 「・・・だったら」 唇が震えるのを我慢しながら、声を絞り出した。 やっと出てきたのは、消えそうにちいさくて情けない声。掠れた泣き声だった。 「だったら、もう。・・・見放して、・・・ください」 「・・・、人の話聞いてんのか?テメ」 「もォ、いいよ。もう、いいの。 今だって。あたし、こんなに迷惑かけてるのに。 眠る時間もないくらい忙しくさせて。なのに。・・・なのに、何の役にも立てないんだよ」 涙で濡れた胸に、顔を埋める。 温かい身体のそこだけが、ひんやりしている。 刺さるような夜の空気と同じに、冷たくなっている。 「もう隊士には戻れないよ。もう、前みたいには出来ないんだもん。 目の前で、土方さんに何かあっても。何も出来ない。土方さんを、助けられない」 どうしても忘れられない。 あの時のことが、忘れられない。 最初は忘れようとした。全部忘れてしまいたかった。 このひとのためにも、あたしのためにも。そうするのが一番いい。そう信じて、思いこもうとした。 でも、出来なかった。 「嫌なの。ただ庇われるだけなんて、いや。そんなのいや。もういや。もう二度と、あんな思いしたくないの。 庇われたくなんてない。誰かが倒れるところなんて、もう見たくないの。 あの時だって、せっかく庇ってもらったのに。 土方さんが斬られるくらいなら・・・あたしが斬られればよかったんだ、って。酷いこと、思っちゃうの」 夢に見るたびに、同じことを思ってしまう。助けられたことすら悔やんでしまう。 同じことばかり。グルグルと同じところばかり回っていた。同じことばかり後悔し続けていた。 隊士を辞めてからも、ずっと同じ。 そこから一歩も抜け出せずに、あたしはこのひとの背中ばかり眺めていた。 目の前にいるのに。手を伸ばせば届くはずなのに。少しずつ遠ざかっていくようで、怖かった。 なのに、手を伸ばして「待って」と請うことも出来なくて。縋ることも出来なくて。 ついていきたいのに。このひとの背中を追って、ついていきたいのに。 そうして焦っているうちにも、身体はあの発作に縛られる。一歩も動けなくなった。 護られたいんじゃない。 庇われたいんじゃない。あたしはこのひとについていきたかった。 手のかかる子供じゃなくて、面倒を見られるだけのお荷物としてじゃなくて。 土方さんの隣に立ちたかった。 隣に立っても、恥ずかしくない女になりたかった。 今すぐには無理でも、いつかはきっと。 このひとに、必要とされる女になりたい。 そんな願いを唱えるだけで頑張れた。何があっても辛くなんてなかった。 まるで魔法がかかったみたいに、身体が軽くなって。 ただ前だけを見て、迷わずに先を歩いていくあの背中を追っていける。 思い描いた夢を追っていける。そう信じていられた。 あたしはどこまででも、このひとについていける。そう信じていたのに。 あのとき魔法は解けてしまった。代わりに呪文がかけられて、あっけなく堕ちた暗闇に閉じ込められた。 馬鹿みたいだ。自分で自分にかけた、解けない呪文に縛られるなんて。 「ねえ。もう、いいの。もういいから。 探してくれただけで。ここまで来てくれただけで。充分だから」 こんなあたしといたって、土方さんにはいいことなんてひとつもない。 それどころか面倒なことだらけだ。 疲れた顔をさせて。ちっともこのひとらしくない、こんなことまでさせて。 最低だ。 やっぱりあたしは、自分のことしか見えていなかった。 このひとに、ここまでさせてしまったんだもの。もう、後になんて引けない。戻れない。 「だから、もう。こんなバカ見放して。・・・お願い。お願いだから」 「冗談じゃねェ」 「っっ!」 突然抱きあげられて、身体がぐらりと揺れる。 驚いてしがみついたら、土方さんはあたしを荷物みたいに肩に担いだ。 「・・・んな茶番、いつまでもやってられっか」 「やっ、降ろし」 「おい。どこまで言わせりゃ気が済む。どこまでやらせりゃ満足だ!?あァ!?」 「・・・もう、ねえっ、もういいの!お願いだから、土方さ」 「るっっせえ。てめえの言い分なんざ、もォ訊かねえっつってんだろォが」 あたしを担いだまま、階段を荒々しい足取りで駆け降りていく。 腹立たしげに舌打ちした。 「誰のおかげで、腑抜けた猿芝居まで打ったと思ってんだ。 っとによ。何やらせんだ、テメエは!面倒臭ェったらありゃしねえ」 「っとによォ。こっちが訊きてーよ。派手に好き勝手やりやがって」 血ィ見てえのかよ。 だるそうにボヤく、物騒な言葉には似合わない気の抜けた声がした。 振り返って階段の下を見ると、旦那がそこに立っていた。 灯りの無い暗がりから、階段に一歩踏み出す。 土方さんを見上げると、からかい気味に問いかけた。 「土方くんよォ。いったい誰のおかげだと思ってんだ?」

「 純愛狂騒曲!11 」text by riliri Caramelization 2008/11/19/ -----------------------------------------------------------------------------------           next