純愛狂騒曲!

7

「なァ。おかしくね?コレ」 「おかしいって。何がですか」 「や、俺ァ別に、やらしー意味で言ってんじゃねーよ? けどよー、女と二人乗りったらよォ、もォちょっとこう、なんつーかよォ。 ときめきがあったっていーんじゃねーの」 交差点に入る手前で、旦那のベスパが止まった。 赤信号に引っかかったらしい。 何も言わずに振り向くと、 同じくこっちに振り向いた、うらめしそうな顔をした旦那と目が合った。 旦那の言いたいことはわかってるし、わかってるから聞きたくもない。 あたしは無視してそっぽを向いた。 公園からの帰り道。あたしは旦那の運転するベスパのリアシートに乗っている。 デートなんだから乗れと言われた。逆らうことなく、言われたとおりに乗った。 でも、その乗り方が旦那は気に入らないのだ。 「そんなことないですよ。ときめきますよ充分。心臓バクバクいってるし。怖いくらいですよ」 「イヤ、それときめきじゃないから。単にスリルで心臓バクバクいってるだけだから。 つか、危ねーよ?なんだよ後ろ向きで背中合わせってよ。落ちるよソレ。 ちゃんと前向いて、俺に抱きつ」 「嫌です。旦那に抱きつくくらいなら、歩いて帰ります」 「・・・しょーがねェなァ。そんじゃアレだ、が運転すっか?で俺が」 「旦那を後ろに乗せるくらいなら、神楽ちゃんか新八くんに乗ってもらいます」 「何で!!!?」 「またテニスボールがどうとか言い出すでしょ」 「言わねーよ、もォ言わねーって!や、アレだよ? そーゆーやらしーコト言い出すのは、俺じゃないからね?股間に収まってるもう一人の俺だからね。 しょーもねェことばっか言ってんのは、俺本体じゃないから。俺の分身だからね、アレ」 「そーですか。本体じゃなくて分身が司令塔なんですね、旦那の頭の中は」 冷たく言い切ったら、旦那は黙ってしまった。 ・・・と思ったら、背後からブチブチと低くボヤく声が流れてきた。 「んだよコレ。背中合わせってよォ。最初のデートで初二人乗りっつったらよー。 ちゃんと掴まってねーと落ちるだろ、とかもっともらしいコト言って、後ろから抱きつかせるのが定番だろ? んなモンたりめーだってのに、女のほうも恥ずかしがったりしてよォ。なのによォ。全然ときめかねーよ、コレ」 「キモいです銀さん。つーか何なんですか、その少女マンガな設定は」 「うっせえなァ。俺にも夢ってもんがあんだよ」 「そんなオッサンの腐れ夢、生ゴミ回収にも出せないネ。ねー、定春」 「ワンッッ」 走る定春に乗って追いついてきた二人にツッコまれ、旦那のボヤきは止まった。 止まると同時で、ベスパのアクセル音が大きく唸った。 「んじゃ、抱きつかねーといらんねーくれェ、ときめいてもらうとすっか」 「はい?」 アクセルを数回、大きく噴かす。 ベスパはいきなり、猛スピードで走り出した。 「っっっギャアァァァァァ!!!」 地面に転げ落ちそうになって、あたしは必死でリアシートにしがみつく。 旦那はスピードを落とすことなく、かぶき町の表通りを爆走。 しかも意地が悪い。たまにフラフラと蛇行してみせる。 グラグラと身体が揺れ、何度も転げ落ちそうになるうちに、さすがに血の気が引いてきた。 他にどうしようもないから、あたしはなんとか方向を変えて旦那の背中に縋りついた。 後ろから腕を回してしがみついたら、旦那の肩が小さく揺れた。笑ってるみたい。 ・・・ほんとにこの人、あたしより年上なんだろうか。 ダメでしょコレ。大人のやることじゃないよ、コレ。小学生だよ! 先の信号が赤に変わった。 すーっと丁寧に減速して止まると、旦那は満足そうな顔で振り向いた。 「なー。どォ?ちっとはときめいたか?」 「ときめきませんっっ」 断言して、素っ気なく腕を外した。 旦那はまたうらめしそうな顔になった。 その表情が、なんだか可笑しい。 年上の男の人なのに、そんなふうには思えない。 どこか子供じみている。妙に可愛いと思ってしまう。 けれどそれを顔に出せば、また懲りずにセクハラしてくるんだろうし。 だから、わざと冷たい顔をしてみせた。 ちぇっ、と口を尖らせた旦那が、またアクセルを噴かす。 数回噴かしたところで、信号は青に変わった。 そこからまたしばらく走ったけれど、なぜかベスパが少しずつ減速し始めた。 信号は無いんだけど。どこかに寄るのかな。 「・・・んだよ。あの坊ちゃんといい。どんだけ暇だァ?あいつら」 「え?」 言われた言葉を頭の中でもう一度繰り返して。どきっとした。 旦那が『坊ちゃん』と呼ぶのは、総悟のことだから。 ベスパが路肩に止まった。 旦那はこっちに振り向くと、顎で少し先を指してみせた。 けれどあたしは、慌ててうつむいた。身体を竦めて、旦那の背中に隠れた。 「よォ多串君。ウチの嫁になんか用か?」 「誰がテメーの嫁だ、誰が」 怒っている時の声だ。 静かだけれど、鋭くて険しい声。 その声を聞いたら、身体がびくっと震えた。 怒ったときの声なんて、顔を見なくたって解るくらい聞きなれているのに。 あたしはそわそわと落ち着かなくなった。 このひとから逃げ回って、会わなくなって半月。 たった半月。なのに、聞いただけで目が熱くなった。涙が出そうになってしまう。 この声が懐かしい。ずっと長い間、聞いていなかったような気がする。 心臓が煩い。胸が苦しい。ぎゅっと締めつけられるみたいに、苦しい。 ちょっとだけ、視線を上げてみる。 こっちへ向って歩いてくる、黒い隊服が目に入った。 「ったく、手間かけさせやがって。」 苛々と言い捨てた声を聞いたら、また身体が竦んだ。 どうしたらいいんだろう。顔が見れない。 だって、目が合ったらどんな顔をしたらいいの。わからない。 「いつまで馬鹿やってんだ。いい加減にしろ。おら、帰るぞ」 伸びてきた手が、あたしの腕をきつく掴む。 また身体が震えた。 掴まれた痛みで震えたんじゃない。 そうじゃない。あたしは。 「・・・やだ」 「あ?」 「・・・・いや。触らないで。放して・・・ください。」 やっと絞り出した声まで、震えていた。 心臓が大きく鳴っている。 すごく煩い。ドクドクと強く鳴って、煩い。あの発作が起きる前みたい。 「もう、嫌なの。苦しいの。 土方さんといると、・・・あたし、苦しい。 だって。・・・あたし、もう。土方さんの役に立てないもん」 顔も上げずに、土方さんの腕を振り払う。 振り払われた隊服の腕が、ちょうどあたしの視界に入った。 大きな手がこっちへ向ってわずかに伸びる。それを見たあたしの身体は、またびくっと震えた。 すると、土方さんの手は途中で止まった。 あたしに触れずに止まった手。 その手を見たら、この前の出入りが頭に浮かんだ。あれは屯所から逃げ出した前日だ。 肩を抑えて、血を被って。 階段を駆け上がってきた土方さんの、うろたえた顔が目に浮かんだ。 思い出したらまた、身体が竦んで。泣きたくなった。 「このまま一緒にいたって、迷惑かけるだけだもん。もう、ただのお荷物だよ。 そうでしょ?・・・そうだよ。今だって、勝手なことして困らせてるじゃない」 ずっと思っていたけれど、言えなかったこと。 怖くて言えなかった。 あたしが口にしたら、もう終わりだ。このひととは一緒にいられなくなる。 顔を見るたびに苦しくても、発作が起きても、これだけは言わなかった。 諦められなかった。役に立てなくても、お荷物だってわかってても。それでも一緒にいたかったから。 だけど。 そんなの駄目だ。今のあたしは、このひとの邪魔にしかならない。 「旦那。行ってください」 「いーのか」 何も言わずに、背中に抱きついた。 身体が震えてる。 泣きそうなのを我慢しすぎて、震えてしまう。 ベスパが動き出した。 加速する前に、あたしは少しだけ振り返った。 土方さんは、こっちを見ていた。 半月ぶりに見た顔は、やっぱり怒って見えた。 睨むような鋭い眼。唇が動いた。 。 声は聞こえなかった。けれど、あたしを呼んだのは判った。 「・・・・ないで」 「あァー?」 「・・・・ううん。なんでも、ないです」 旦那の身体に回した腕を解く。 リアシートに掴まって下を向いたら、涙がぽたっと手に落ちた。 今振り向いたって、もうあのひとの姿は見えないだろう。 声だって聞こえなかった。なのに、まだ呼ばれている気がした。 あの場所に立ったままのあのひとが、あたしを呼んでいる気がした。 呼ばないで。 呼ばれたら、また胸が痛くなる。戻りたくなる。 どうして。 どうしてあたしは、あのひとじゃないと駄目なんだろう。 どれだけ泣いても、どれだけ苦しくなっても。 顔を見てしまえば触れたくなる。 触れられたら、戻りたくなる。あの腕に、飛び込みたくなってしまう。 声を聞いただけで泣きたくなるのは、他の誰でもなくて。 腕を掴まれただけで胸が震えるのは、他の誰でもなくて。 たった一人だけ。 あたしが一緒にいたいのは、今でもあのひとだけ。他に誰もいない。 どうしてなんだろう。 どうしてあのひとじゃないと、駄目なんだろう。 土方さん。土方さん。 何度も何度も、心の中であのひとを呼んだ。 遊園地で迷子になった、小さい子供みたいだ。 胸が痛くなって、不安でたまらなくて、我侭で。 いますぐに、この不安とさみしさを埋めつくしてしまいたい。それしか考えられない子供。 ほんとうは、今すぐにここから飛び降りたい。 飛び降りて、あのひとのところへ走りたい。 背中にしがみついて、わんわん大声で泣きじゃくって。煙草の匂いに包まれたい。 なのに、どうして出来ないんだろう。どうして戻れないんだろう。 一緒にいたいのに。迎えに来てくれたのに。 今すぐあのひとのところへ帰りたいのに。あのひとが、好きなのに。 土方さん。土方さん。 心の中で呼ぶたびに、こらえきれなくなった涙がぽたぽたと手に落ちた。

「 純愛狂騒曲!7 」text by riliri Caramelization 2008/10/19/ -----------------------------------------------------------------------------------           next