純愛狂騒曲!

6

「あのよー。いつんなったらヤメてくれんの、ソレ」 「はい?」 「ソレだよソレ、その「旦那」っての。やめてくんない、ソレ」 「そんなこと言われても。旦那は旦那だし」 「銀時。」 寝惚け顔で、寝転んでいた旦那が芝生から起き上がる。 自分を指さして、呼んでみろよとあたしに催促した。 あたしたちは今、定春の散歩中。 万事屋の近くにある大きな公園に来ている。 ほんとは行くつもりはなかったんだけど。 留守番していると言ったら「いーじゃんデートしよーぜデート」と、旦那に押し切られてしまった。 「いや、でもまァ、アレだよ?「旦那」だって、考えようによっちゃ悪かねえよ? 「旦那」の後によー、ちょこっと「様」ってつけてくれりゃ。むしろ名前よりいーカンジ?」 「つけません」 「ァんだよ即答?・・・お?ひょっとして、照れてんじゃね?」 「照れてませんてば」 「しつこい男はモテないアルよ、銀ちゃん。 ただでさえモテないのに、これ以上どーするネ。もうダメダメネ、救いがないネ」 「そっ、そうですよォ、銀さんっっ、し、しつこいですよ。今のは明らかに・・き、きょっ、拒絶ですっ」 定春に噛みつかれ、頭から流血して息も絶え絶えな新八くん。それでもツッコミだけは忘れない。 助けなくてもいいんだろうか。どう見たって、あれは定春の捕食行動にしか見えないんだけど。 でも、神楽ちゃんは定春に跨って楽しそうに笑ってるし。 旦那は旦那で、眠そうに鼻なんかほじってるし・・・と訝しんでいたら、旦那がすっと立ち上がった。 持っていた定春用の大きなフリスビーを空高く放り投げると同時に、声を張り上げて叫ぶ。 「定春ゥゥ!!!ダーーーーッシュぅぅぅ!!!!!」 「どあァァァァァ!!!!」 「しっ、新八くんんんん!??」 猛然とダッシュする定春と、その上で笑っている神楽ちゃんが遠ざかっていく。 噛まれたまんまで、新八くんが容赦なく引きずられていく。 さすがにこれは助けなくちゃと思って、あたしは慌てて立ち上がった。けれど。 「ったくよー。コブ付きってのは不自由だよなァ。つーかアレ、完全にハンデだろ」 横から旦那に、袖を掴まれた。 まァまァ、座れって、と呑気な口調で促される。 クイクイと袖を引っ張って、放してくれそうもない。仕方なく隣に座った。 「よー。いつまで逃げ回ってるつもりだ?」 あたしが座ったとたんに、旦那は口を開いた。 「探し回ってんだろ、あの野郎。」 「・・・知ってたんですか。」 「おお。菱屋の大トラが言ってたぜ。あそこにもツラ出したんだってな。」 「大トラ?」 「あいつだよ、沙和。・・・じゃねーや、小菊だよ小菊。」 旦那の口から出た名前に、あたしはひどく驚いた。 けれど、旦那は気付かなかったらしい。 「ったくよォ、あそこのババアも詐欺だよなァ。 誰が「小菊」だ?あのべらんめえの飲んだくれに、か弱そーな妓名つけてくれちまって」 「・・・そっか。旦那、小菊姐さんとも仲がいいんですよね」 はァ!?と旦那はつぶやいた。 不服そうな顔で、ボリボリと頭を掻いている。 「仲が良いィ?イヤイヤ、ありゃ仲が良いなんて言わねーって。 俺ぁあれが駆け出しだったころから、あの酒癖の悪さに付き合わされてんだよ? タクシー代わりにこき使われてんの。ダチですらねーよ、アレが親分で俺が舎弟だよ、舎弟」 「あたしね。昨日まで姐さんの家にいたんです。 ・・・でも。土方さんが来たなんて、一言も聞かなかった。」 昨日の夜、総悟が迎えにきてくれるまで、あたしは小菊姐さんの家に匿われていた。 今までのバイト先で親しくなった子の家を転々として、最後には行くあてもなくなって。 どうにもならなくなったのが一週間前。それで結局、姐さんに泣きついたのだ。 姐さんは、あたしのことを家族みたいに迎えてくれた。 何も訊かなかった。どうして家に帰らないのかとも、何も。 土方さんのことだって、わざと黙っていたんだろう。あたしが居辛くなるってわかってて、それで。 姐さんのことを思ったら、何も言えなくなってしまった。 昨日あの家を出た時、あたしはちゃんとお礼を言えただろうか。 総悟に急かされてしまったのもあって、よく覚えていない。 「気にすんなって。そーいう女だよ、沙和の奴は」 ふっ、と旦那が楽しげに笑う。 あたしの頭をポンポン叩くと、顔を覗き込んできた。 「そこいらの男よか、うんと肝の太ェ奴だしよ。 警察だろーがヤクザだろーが、上手く丸めこむさ。動じやしねーよ」 「・・・はい。」 「けどよォ。江戸がそこそこ広いったってよ。逃げてられんのも時間の問題だろ。 俺んとこだって、そろそろ野郎が嗅ぎつけてくんじゃねーの」 「すみません。旦那にまで迷惑かけちゃって。 ・・・あたし、もう他に行くところがなくって。でも、あの。 駄目だったらいいんです。ちゃんと言ってください。出てけ、って。」 旦那にしたら、ただのとばっちりだ。 総悟の頼みだからって、あたしを預かってくれたけれど。 あたしを預かったって、いいことなんて何もないのに。 ただでさえ土方さんとは仲が悪いのに。 もしも旦那があたしを匿っているなんて、あのひとに知れたら。いっそう溝が深まるだけだ。 申しわけなくて頭を下げたら、旦那が「違げーよ」と返してきた。 「や、アレだよ?あのトーヘンボクから逃げるなたァ言わねェよ。 ウチならいくらだって匿うよ?そーじゃねえんだって。」 「え・・・」 顔を上げると、旦那はあたしの肩に腕を置いた。 あたしはそのまま引き寄せられた。 いつもどおりに気楽そうな表情。けれど、眼だけはいつもよりも真剣な色を帯びていた。 「言っとくけどよ。俺ァあんたが好きだよ。」 言ったきり、旦那は黙った。 とくん、と心臓が大きく打った。 旦那はずっと黙ったまま。 あたしから目を逸らそうとしない。 いつになく真剣そうな顔をするから、見られるこっちは息が詰まる。 どう息をついていいのかすら、忘れそうになる。 なんだか狡い。そう思った。 ここで黙られてしまったら、あたしだって何も言えないのに。 そんなこと、この人なら解りそうなものなのに。 「・・・もうっ。丸めこもうとしたってダメですよ?」 思いあぐねた末に、あたしはごまかそうとした。 笑うしかなかった。 「ほんっといい加減なんだからぁ、旦那は。今まで何回言ったんですか?そ・・・」 言葉が続かなくなってしまった。 旦那があたしを、じっと見てる。 びっくりするくらいに静かな表情。優しい顔だ。 ・・・旦那って、こんな顔もするんだ。 「・・・不思議なもんでよォ。あんたが隣で笑ってりゃ、空の色まで違って見えちまう」 静かにそう言って、旦那は柔らかい表情で笑った。 頭の後ろで腕を組むと、そのまま後ろに倒れて寝転ぶ。 「っとに謎だよ。隣に女がいるってだけじゃねーか。 なのによォ、それだけでこーんないい空拝めるんだぜ? 桃源郷まではるばる探しに行ったってお目にかかれねーような、きれいなモンをよ」 眩しげに空を見上げる眼は、表情と同じに柔らかい。 旦那はあたしを黙って見つめて、すぐに目を閉じてしまった。 白い髪が、風に揺れてちらちらと光ってる。 旦那の髪って、こんな色だったんだ。 柔らかそう。弱い風に吹かれただけで、フワフワ揺れてる。 気持よさそうな顔。 木刀握ってるときの顔とも、普段のダルそうな顔とも違う顔。 隣でそんな顔をされると、こっちまで眠気が移ってしまいそう。 さっきの旦那の言葉は、まだあたしを動揺させているのかもしれない。 だって、こんなにじっと旦那を見ていたことなんて、今までなかったもの。 今、初めて知った気がする。 万事屋の旦那って、こんなひとだったんだ。 寝ていたように見えた旦那は、眠そうな目を半分開けた。 開けたときには、もうすっかり普段の旦那の顔に戻っていた。 半分寝ぼけているような口調で、ぼそっと言った。 「もォ秋だな。昨日より深くて、高ェや」 じっと空を見ている。 「深くて高い」のは、たぶん空のことを言ってるんだろう。 さっきまでの会話が、すっかり無かったことになっている。 旦那のほうから引いてくれた。 あたしが笑ってごまかしたりしたから、気を遣ってくれたんだ。 自分は返事を求めたりしない、だから気にすんな、って。 あたしにそう思わせたいのかな。 返事の出来ない気まずさから、あたしを遠ざけてくれたんじゃないのかな。 ああ。 やだな。旦那って。 旦那だって、あのひとと同じ。 そうは見えないけれど、遠まわしだけれど。ほんとうは優しい。強くて優しい。 総悟の言ったとおりだ。 全然似てないはずなのに。 ・・・・・やっぱり、あのひとに似てる。 やだな。 ちょっとだけ、似てるかもって思っただけ。 なのにそれだけで、ずっと仕舞い込んでいた思いがとたんに溢れてくる。 喉に何かがつかえたみたい。息が詰まる。胸が苦しくなる。 「ごめんなさい。さっきの」 「ん?」 「あたし・・・知ってたのかもしれない。・・・なんとなく、そうなのかなって」 ああ、と旦那は軽く相槌を打った。 まるで、そういやそんなことも言ったな、とでも言いたげな声で。 「いいさ。知っといてほしかっただけだからよ。まあ、つまりよー、ここにもいるってことだよ。 あんたにいきなり姿消された日にゃ、江戸中血相変えて探し回る男が。」 何気なくこっちを見て、にやっと笑う。 いつもどおりの気楽そうな顔。 見るたびにおかしくなって、つい吹き出して笑ってしまう表情だ。 なのに、その顔を見たら泣きたくなった。 旦那の言葉を笑ってごまかそうとしたことを、余計に悔やみたくなった。 「・・・ごめんなさい」 「おいおいおいィ。そんなツラすんなって」 あたしはそんなに酷い顔をしていたんだろうか。 慌てて起き上った旦那に、抱き寄せられた。 旦那にされるままに、目の前の胸に倒れ込む。 このくらいの強さなら、抵抗できるはずなのに。放してくれと言えばいいのに。 「なァ。俺じゃダメか?」 「・・・え・・」 「あいつじゃねーと、嫌か?」 黙って首を振った。 そうしてからまた後悔した。 だって。 嫌だと思ったほうがずっとマシだ。 嫌じゃない。ちっとも嫌じゃないから、嫌になる。 あたしは酷い。 狡いのは旦那じゃない。狡いのは、あたし。 さっき起きぬけに抱きつかれたときだって、嫌じゃなかった。 あれはただの八つ当たり。嫌じゃない自分が許せなくて、旦那に八つ当たりしてしまった。 「悪りィな。そんな顔させるつもりじゃなかったんだけどよ。 ただ、知っといてほしかっただけだ。 俺のここァ、いつだってあんたのために空けてあるってよ」 頭をそっと抑えられると、旦那の胸に顔が当たった。 ふうっと、深い溜め息のような旦那の呼吸が、あたしの頬に直に伝わる。 ここは陽だまりみたいに暖かい。 すうっと深呼吸したら、お日さまの匂いがする。 暖かくて、このまま眠ってしまいそうなくらいに気持ちがいい。 自分が嫌になってしまう。こんなあたし、最低だ。 あのひとといるのが苦しくなって、逃げ出したくせに。 一人で苦しむのが我慢できなくて、誰かに甘えたくて。 友達に逃げて、小菊姐さんに逃げて、総悟に逃げて。今度は旦那のところに逃げこもうとしてる。 「・・・でも」 「一人で気張って、逃げ回るこたァねーんだよ。 なんの遠慮も要らねーよ。呼んでくれりゃあ、どこでも迎えに行くからよ。まっすぐ飛びこんでこいって。」 解こうと思えば、すぐに解ける程度の強さ。 けれど動けない。動く気になれなかった。 閉じ込められた腕の中には、わずかに距離が開いている。 あたしの身体がきつく縛られないように。旦那とあたしの身体の間には、わずかな距離が開いている。 だから全然息苦しくない。あのひとに抱きしめられた時と違って。 すこし迷った。 けれど、どうしてもこの暖かい腕を振り解く気にはなれなかった。 ただ黙って頷いたら、旦那の腕があたしをぎゅっと引き寄せた。 「・・・やっっべェ」 「え・・・?」 「マジ嬉しいんですけど。・・・つーかよー、違げーじゃねーかよ。神楽のヤツ」 「はい?」 「・・・これァ、テニスボールどころの大きさじゃねーよなァ・・・」 言われたことの意味に思い当たるまで、数秒。 それからあたしは顔をあげた。 目が会うと、旦那はあの、なんの緊張感もない気楽そうな顔でにやっと笑った。 「イヤァァァァァ!!!!!」 気づいた時にはもう遅く。 あたしは反射的に、旦那に張り手を食らわせていた。 いつのまにか、後ろには新八くんと神楽ちゃんが戻っていて、ボソボソと囁き合っていた。 「・・・どーして最後までビシッといけないかなァ、この人は」 「仕方ないアル。銀ちゃんの人生、緩みっぱなしアル。 股間が締まらない男は人生も締まらないって、マミーがゆってたネ。新八、オマエも気をつけるヨロシ」

「 純愛狂騒曲!6 」text by riliri Caramelization 2008/10/07/ -----------------------------------------------------------------------------------            next