純愛狂騒曲!

5

「沖田隊長は万事屋を出ました、二時間前です」 見廻り中のパトカーに寄って来た山崎が、開けた窓から簡潔な報告をする。 車中の土方が返したのは、短い独り言だった。 「鬼門だな」 「は?」 「あれァ鬼門なんだよ」 「万事屋ですか?」 「いや。」 万事屋という場所を指してのことではない。彼が指したのは、その主のほう。 元々何かと顔を合わせることの多かった、あの万事屋の主である。 今に始まったことではない。あの男、最初から気に食わなかったのは確かなのだ。 丑寅の北東に留まることなく、絶えず動き回っている目障りな鬼門。 こうなると、あの男の現れる先々すべてが自分にとっての鬼門のようにも思えてくる。 あの野郎。目が届かねぇ辺りばかり、狙い済ましたみてえにうろつきやがる。 を前にだらしなく笑う万事屋の顔が、目先にチラついた。 いまいましさに舌打ちすると、腕組みをして黙り込む。 その彼を窺うような顔つきで、山崎はそろそろと車内に乗り込んだ。 「さんの姿は無かったです、おそらくまだ中に。」 彼はそこで話を切った。 が、局内一の優秀な監察の仕事としては、この報告、かなりお粗末なものといっていい。 本来の彼の仕事であれば、こうも付け加えただろう。 「新八君とチャイナ娘は外出してます。残ってるのはさんと、万事屋の旦那だけですね」 そこまでの正確な報告を、山崎は避けた。 ただでさえ時間外労働。数日前から沖田の跡をこっそり尾行し、昨日は一晩かけて万事屋を張っていたのだ。 文句こそつけはしない。だが、これは明らかに土方の職権乱用。 そのうえ副長の理不尽な怒りの矛先を、徹夜明けの身体で真っ向から受け止めたのでは割に合わなさすぎる。 山崎にとっても、の様子は気になるところ。だが、今ここで鬼の逆鱗に触れるのは御免被りたかった。 「・・・総悟の野郎ォ」 魂胆は知れねえ。が、あいつらしい遣り口ではある。 それに、仮に俺があいつだったとしても、似たようなことはするだろう。 なにしろ鬼門だ。余程のことがない限り、俺はあそこに寄りつこうなどとは思わない。 隠し場所としちゃあ上等だ。 「そこでいい。停めろ」 車が減速して、人気の少なくなった通りの外れで路肩に停まる。 土方はドアを開け、シートの隅に置かれたものを掴むと車を降りた。 山崎は、目を丸くした。 シートの隅に追いやられていたものに、そのとき初めて気がついた。 鬼の副長と怖れられる男が、日頃の彼にはまったく縁遠いものを傍らに置いていたのだ。 「どこ行くんですかァ?そんなモン持っちゃってェ。やっぱ迎えに行くんですかァ」 「墓場だ。」 「墓ァ?なんで墓?墓参りですかァ?」 一瞬考えるような顔つきになり、土方はふっと口許を歪めた。 暗い思い出し笑いのようにも見える、その表情。 しかしそれは山崎にしてみれば、いや、他の隊士たちにしたところで、逃げ出したくなる不吉の前兆でしかない。 「どっちかっつったら、お礼参りだろ」 徹夜明けで疲れきった監察のこめかみを、冷や汗がすーっと伝っていく。 頭の中に浮かんだのは、深夜の墓場でおどろおどろしい背景をバックに討ち合う土方と銀時の姿。 事態の行方を予想していなかったわけではない。穏便に済むはずがないだろうとは思っていた。 を連れて万事屋へ向かう沖田を見たときには、そう確信を深めていた。 だが、喧嘩っ早いところはあるが冷静さは崩さない副長が、まさか即日決戦の暴挙に出るとは思わなかったのだ。 こいつはどうもヤバそうだ。すぐ局長に報せるべきだろうか。引きつり気味な顔で、山崎は土方に問いかけた。 「・・・副長ォ?あの〜〜ォ。まさか旦那に・・・じゃないですよねェ?」 「お前ら、先に帰れ。」 焦った顔の監察に答えることもなく、土方は車のドアを強く閉めた。 鼻先で閉められたドアの勢いに怯えながらも、山崎は副長を見送った。 「・・・お礼参りって・・・まさか、ねェ。 イヤイヤ、ないよ、そこまではないって!・・・・・や、ないよね?」 危ぶみながら土方を見送った山崎。 しかし彼の予想は、幸いなことに当たらなかった。 車を降りた土方は、その数分後には近くの寺院へと足を運んでいた。 寺の社殿には入らず、奥の墓地へと向かう。 とある墓前で立ち止まり、持ってきた花を手向けた。 今日は、その墓に納まっている故人の命日。 墓前には先に訪れたらしい人が残した、半分ほどになった線香や蝋燭があった。 すっと天に伸びる新しい切り花に混ざって、首を垂れて萎れかけた切り花も飾られている。 墓前で手を合わせていると、背後から声を掛けられた。 「呆れたもんだ。とっくに忘れたろうと思っていたが。今年も来たのかね」 彼に声を掛けてきたのは、腰に刀を挿し、一升瓶と手桶を下げた壮年に近かろう年の男。 その身形は、世辞にも裕福そうとは言えない。体つきもそう大きくはない。 しかしその風貌や毅然とした姿は、今時珍しいほどに武士らしい。浮世離れして見えるほどに。 「どうも変わった男だな、あんた。もう、あれとは別れたのだろう」 不思議そうに問う男に、土方は立ち上がって会釈を返した。 愛想を見せることもなく、いつもの無表情さで応える。 「ご存知でしたか」 「こっちが聞かずにおることまで話すからな、松平は。 子供の時分から変わりゃせんわ。俺も俺だが、あれもたいした変わり者だ。」 変わり者同士だから気が合う。土方には、そうも聞こえた。 この「清貧」を絵に描いたような人物について、土方が知っていることといえば、片手で足りる。 それなりの家格を持った家の生まれでありながら、宮仕えが性に合わずに町道場を開いた変わり者だということ。 に剣術を仕込んだ師範であり、身寄りの無い彼女を引き取り育てた、義理の父であること。 「今日ならお会い出来るかと。」 そう言った彼の横を通り過ぎ、の義父は墓前に一升瓶と手桶を置いた。 手桶いっぱいに水が張られている。 水面は陽光をちらつかせながら、揺れていた。 自分の家については一切話そうとしなかった、の身元。 それはある日突然に、意外な人物から明かされた。 屯所に真選組の親玉、松平片栗虎がふらりと立ち寄った時である。 「副長付きの新入り女隊士」を見たさに訪れた松平に呼ばれ、は何も知らずに局長室に現れた。 並みのテロリストよりも遥かに人相の悪い警察庁長官の顔を見たなり、 まるで組織の報復を怖れている元犯罪者が、街で偶然目にした黒幕に怯えたかのように逃げ出した。 「!!!!じゃねェかァァァァ!!!!ァあーに逃げてんだオメー!!」 「ままま、松平様が追いかけるからじゃないですかァァ!!!?怖いィ!!顔怖いィィィ!!! ウソォォ!どーして松平様がこんなところに!!?」 「オメーこそ、こーんな小汚ねェとこでなァーーにやってんだァァ!!こーの家出娘ェェ!! テメーの父ちゃんはなーァ、オジサンのとこまで探してくれって頭下げに来たんだぞォォ」 「あんな頑固オヤジ、もォ父ちゃんじゃないですゥ!!絶対帰りませんからァァァ!!」 「いーから止まれってェーのォ!オジサンはなーァ、百メートル走るごとに寿命が一年縮む!」 「大丈夫ですよォォォ!松平様ならあと二百年は余裕でイケますからァァ!!!! ・・・・・てゆーか!イヤあァァァァァ!!!!怖いィィィ!!!!」 叫びながら屯所の廊下を駆け回る二人を、近藤を始め誰もが唖然と見ていた。 五分ほど経ったところで、騒ぎに我慢がならなくなった土方が二人を殴りに行くまでそれは続いた。 家のことについて、が喋りたがらなかったのも道理である。 彼女はいわゆる「家出娘」。言いたくないのではなく、言えなかったのだ。 が幼い頃から見知っている松平は、彼女の義父とは友人同士。 頼まれて捜してはいたのだが、長官の実権を行使し、どれだけ手を尽くしてもその行方は知れなかった。 ところが気まぐれに立ち寄ってみた自分の管轄組織で、その家出娘がひょっこり顔を出したのだ。 これには松平も驚いた。近藤にも沖田にも、他の隊士たちにもざわめきが走った。 勿論、彼女を偶然拾った土方の内心にも。 真選組を辞めて家に帰れと説く松平の言葉を、は聞き入れようとしなかった。 家に戻る気が無いにしても、せめて一度は顔を見せ、義父を安心させてやれないものか。 妥協案として示された近藤の言葉に、躊躇うような、済まなさそうな顔はする。 それでも、決して頷くことはなかった。 一朝一夕に説き伏せるのは無理と諦め、松平はひとまず屯所を去った。 門前でその車を見送りながら、黙って成り行きを見ていた土方はに声をかけた。 「顔くれえ出してやったらどうだ。」 減らず口の絶えないだが、この時は一言も返そうとはしなかった。 黙って土方を見上げると、淋しそうな顔で笑った。 二人が立つ墓前。 彫られた碑名は「家」。 そこは若くして亡くなった、の父母が眠る場所であった。 「何だね。あれのことなら、本人に訊けばよかろう。あれとはもう、親でも子でもない。」 「不審船から見つかった、ご子息の遺体についてです」 持っていた柄杓が、ぴたりと止まる。 それを手桶の中に下ろすと、の義父は振り向いた。 「上部機密だと聞いていたが。」 土方は黙って頷いた。 三ヶ月ほど前のことである。 この道場主にとっては一人息子であり、にとっては義理の兄に当たる男。 彼の遺体は、海上で燃えていた船の中で発見された。 その船は、過激派と呼ばれる攘夷浪士との繋がり有りと目されていた人物の所有物だった。 火事当日に船の所有者やその関係者らがこぞって姿を消し、 原型を留めないほどに燃えた船には、謎と数人の遺体だけが残された。 甲板に残され、黒く焼け焦げた亡骸の中に混ざっていたのが、の義兄の所持品を身につけた遺体。 それを検分が終わり次第松平が引き取り、変わり果てた姿はそのまま実家の道場へと戻された。 「遺体が間違いなくご子息であったか。それをお聞きしたい。」 まっすぐに見据えて言い淀むこともない土方に、の義父は呆れ笑いを漏らした。 「いかにも警察の人間らしい。不躾なことだな。まるで取調べだ」 そうは言ったものの、気を悪くしたような素振りはない。 あんたに問われることは予見していた。そんな顔をしている。 義父は振り返って、右を差した。 「そこを折れたところに、当家の墓所がある。息子ならそこにおるよ。」 土方が置きっ放しにした花に気づくと、それを手に取る。 水に挿し、墓前にきちんと供え直した。 「花でも手向けるおつもりか、別れた女の義兄の墓に。あんたを斬ったのだろう、あれは」 あの時は、たまたま足が滑っただけ。 町道場仕込みの鈍ら刀に、「斬った」と言われる覚えはない。 皮肉な口調で返された言葉に、つい持ち前の負けず嫌いが顔を出しそうになる。 咄嗟に返したくはなったが、土方は何食わぬ顔で言い分を飲み込んだ。 悠々と手桶を持ち上げ、義父は張られた水を柄杓で掛け始めた。 「愚問も甚だしい。今頃になって、何のために問われる。 すでに終わったことを、蒸し返してどうなる? 息子は死んだ。葬儀も出したし、墓にも入れた」 「気になったもので。なに、職務上の癖のようなもんです」 義父の背中と、打ち水を吸って色を変えていく墓石を土方は眺めていた。 一年半ほど前。土方は、同じように水を掛けるこの男の背中を少し離れた場所から見ていた。 もっともその時は、彼の隣にもう一人いたのだ。 息をひそめ、複雑そうな表情を浮かべながら。この男が去るまでずっと見つめていた女が。 「お答えいただきたい。の身にも関わることです」 「あんたにも、な。そうだろう。」 答えることなく、土方は墓前に進み出た。 取り出したライターで、残っていた蝋燭に火を灯す。 水を掛ける手を止めた義父は、振り返って目を合わせた。 「あれは知っているのか、兄のことを」 「いえ。」 「知らせなかったのか」 「話したところでどうなります」 彼の息子が関わっていたとされる一件は、限られた上層部のみ知る機密。 義兄のこととはいえ、家とはほぼ絶縁状態、しかも隊士を辞めたに、 そう簡単にバラしていい内容ではない。 もっとも、機密でなかったとしても話すになれたかどうか。 義兄の死に様のこともある。彼の背後につきまとう組織の影もある。 状況が状況なだけに、それをに伝えるにはそれなりの覚悟や邂逅が要る。 ましてや土方は、その遺体が本人のものであるかどうかに、まずひっかかりを感じていたのだ。 自らが信憑性を感じていない情報。 それに基づいて、に義兄の死を語る気にはなれそうにない。 不用意に漏らせば、かえっての深手になる。それだけではない。 遺体の発見されたあらましは、の居辛さに追い討ちを掛けることになる。 知ってしまえば、は今よりもっと自分の立場に引け目を覚えるに違いない。 何も云わずに離れて行くだろう。置手紙すら残さずに。 義父は黙って、しばらく考え込んだような様子を見せた。 それから口を引き結んだ。 「・・・あれは、弱い男だ。 お上に背き、家を捨てた。を騙して、連れ出して。あの娘の情の深さにつけ入った。 おそらく、最初から攘夷の志など持ってはおらぬ。私心のままに、放蕩を尽くした馬鹿者だ。 もはや跡取りなどとは呼べまいが。それでも私には、他にそう呼ぶべき者がない。」 さっき土方に示した方向。 息子が眠る場所へ、義父はその顔を向けた。額に刻まれた皺が深みを増した。 義父については滅多に口にすることのないだが、たまに話に上ったときには「頑固オヤジ」と呼んでいた。 本人は気づいていなかったのかもしれない。 だが、義父のことを口にした後は、決まって淋しそうな顔になった。 親子ってえのは、不思議なもんだ。 義父の表情を見ているうちに、土方はがこの男の話を口にした、その時の顔を思い出していた。 この男とに血の繋がりは無い。顔の造作も似てはいない。 なのに、その淋しげな表情はどこか彼女と似通っていた。 「跡取りが道を外してしまうさまを、止められなかった。 まったく無様な親だ。未だに恥じない日は無いくらいにな。 そんな親が、息子の死をそう易々と受け入れられるとお思いか」 義父の声は深く沈んでいた。 土方に向けられた皮肉にも聞こえるそれは、彼が自分に言い聞かせているかのようにも聞こえる。 「だが。先の無い年寄りが一生をかけて恥じたところで、何も変わらぬ。 あれはもう戻っては来ない。私は、すべて忘れることにした。」 蝋燭の火を、線香に移す。 漂い始めた香の煙が、途切れがちな白い螺旋を描いて空へと上っていく。 「息子だけではない。娘など、初めからいなかったものと思っておる。 血の繋がりも無い以上、今となってはもう他人。どうなろうと知ったことではない。」 言いながら、義父は上る煙の行方を追うように見上げる。 口許だけに浮かぶ、疲れたような笑みを土方は追った。 ふと目を向けた先に、供えられた花が映る。 数日前に手向けたのだろう。 くったりと首を垂れ、萎れかけた白い花。なぜかを思い出した。 思い返したの顔は、彼をじっと見上げている。 眉をひそめ、困った顔で淋しげに笑うと、香の煙のように空気に溶けた。 どうしてなのか。が消えて以来、思い返すのはこんな顔ばかりだ。 浮かぶ面影はどれもみな淋しげで、どこか思いつめたような顔。今にも泣き出しそうな顔ばかり。 あの事件で隊士を辞めて以来、は時折そんな顔を見せるようになった。 ずっと気にはなっていた。 だが、思いつめたようなあの表情が、どこから生まれているのかは察しがつく。 知っていたから、問う気にはなれなかった。そこに触れればは苦しむ。暗黙のうちに遠ざけた。 「・・・・ったく。難儀な親子だぜ。付き合いきれるかってんだ」 呆れたようにつぶやきながら、土方は苦々しい顔で煙草を取り出す。 父は他人とうそぶいた。 娘は黙って答えなかった。 あの早とちりと、この頑固親父。呆れるくれえそっくりじゃねえか。 どちらも妙な意地を張る。 一つ叩きゃ十は返してくるくせに、痛えときには痛えと云わねえ。 それとも家訓にでもあるのだろうか。 いつ何時でも痛みはこらえ、下手な作り笑いで場を濁すのが美徳だと。 「不敵な男だと聞いてはいたが。」 一本取り出し、箱を引っ込めようとしたところに手が伸びてきた。 中から一本引き抜くと、義父は火を点けろと催促してみせた。 「話を大きくするのは松平の悪い癖だが、あんたに関してはいささか過小評価すぎる。 私なら、無礼な若造と評するよ」 「そりゃどうも。出来ればこの先も、若造の無礼とお許し願いたい」 差し出された義父の煙草に火を灯す。 面と向かって「若造」と呼ばれるなど、ここ最近の彼には無かったこと。 それがかえって可笑しくて、傍から見れば不敵ともとられそうな薄い笑いを口許に浮かべた。 「あんたはを、子としてご子息と同じに扱っておられる。 松平公に頭を下げ、捜索を乞い。おそらくは」 ご自分でも奔走されたのではないですか。 そう言いかけて、気がついた。 この親父と、今の俺と。やってるこたぁ同じじゃねえか。 がいなくなって以来、ずっと行方を捜している自分。似たような女を見掛けるたびに目を留めてしまう自分。 自分もこの頑固親父と大差は無いらしい。少なくとも、同じ女に振り回されていることは確かだろう。 訳知り顔で云ってはみたが、気づいてみればどうも滑稽なだけだった。 いや、もしかしたら、実感がこもっている分だけ訳知り顔にもなるというものなのか。 「・・・そういう親が、血縁も無えってのに育て上げた娘の身を気遣わない。 そいつぁ不自然だ。」 血だの家だのと云ったところで、親と子にとってのそれは互いを繋ぐ尺度や目印に過ぎないのかもしれない。 育った家や幼い頃の話をするときに、が義父のことを口にすることは無い。 だが、あの淋しげな顔を見る限り、この頑固親父はどうしているのかと思わない日はないのだろう。 会うことも無くなった今でも、この親とは繋がっている。 血ではない。互いへの思いであり、絆なのだ。 「無礼な若造」の言を、義父は黙って聞いていた。 口にした煙草の香を確かめるように、ゆっくりと煙を吐く。 「変わりはないかね、あれは」 すぐには答えられなかった。 だがわずかに間を置いて、素っ気無く返した。 「さあ。ご自分で確かめられたらいい」 「会っていないのか」 「これから連れ戻しに行くところです」 「あんたとは別れたと聞いたが」 怪訝そうな義父の問いかけに、土方はいかにも面倒なことを思い出したかのように眉間を寄せる。 しかし怒りを抑えたような、却って気の乗らないような口調で低く答えた。 「そのようです。もっとも俺ァ、そんな覚えが無ェ。」 はあ、と気の抜けた返事を返し、義父はぼそっとつぶやいた。 「やはり変わり者だな、あんたも。」 義父の懐から、小さな白磁の杯が取り出される。 土方にそれを持たせると、墓前に置いた一升瓶を持ち上げた。 二つの煙が、細く長く空へと昇っていった。

「 純愛狂騒曲!5 」text by riliri Caramelization 2008/10/02/ -----------------------------------------------------------------------------------           next