純愛狂騒曲!

4

「はああァァァァ〜〜〜〜・・・」 神楽ちゃんの布団が敷かれた、真っ暗な押入れの中。 あたしは深々とした溜息をついていた。 ジャンプなんか奪ってきたけれど、こんな暗さの中で読めるはずがない。 いちご牛乳は甘くて美味しい。でも、お腹はすいたまま。 真っ暗な中にキュルキュルと鳴り響くお腹の音を聞きながら、することもなく膝を抱く。 わびしい。虚しい。ひもじい。暗い。でも他に行くあてがない。 ああ。 お金がないって、辛い。 何が敵って、ビンボーこそ人類最強の敵だと思うんですけど。 恐怖の大王とかアルマゲドンとか、要らないから!そんな大袈裟なモノ必要ないから! あああ。悲しいなぁ。 元カレの目の届かない場所で、やり直そうと思ってただけなのに。 どうしてあたし、こんな目に遭ってるんだろう。どうして逃げ回ってるんだろう。 それにしても、さっきのアレはちょっと。・・・やりすぎだったよね。 つい勢いで旦那をひっぱたいてしまった。総悟にマジ蹴り入れちゃった。 頭にきた勢いのままここに飛び込んじゃったけど、こうなると、出て行くタイミングがつかめない。 旦那に向かって、どんな顔して何て謝ればいいんだろう。 でも。でもさ。 殴ったあたしだって悪いけどさ、旦那だって悪いじゃん。 あんな、人の眠気も血の気も一気にぞわっと引くよーな嘘つくんだもん。 旦那はいつもどおりにヘラヘラ笑ってたけど、その表情含めてすっごくショックだったんだから。 そりゃあ、知らないうちに泊めてもらったみたいだし。知らないうちにお布団奪ってたみたいだし。 ・・・もしかしたら、それ以上に何か迷惑かけたかもしれないけど。 昨日は総悟に会って飲みに行って、そこから先の記憶がないし。 「はァぁぁぁぁ〜〜〜・・・・・」 また重い溜息をついて、布団に倒れる。 押入れに立て籠もるなんて何年ぶりだろう。 小さい頃はよくやったんだよね。 中に電気スタンドとお菓子と、本やオモチャ持ち込んだりして。よく叱られたっけ。 「・・・・ん?」 あれっ。そういえば。 立て籠もった、っていうんじゃないけど。 ・・・押入に入ったことは、あったよね。 そうそう、あの時はたしか出るに出られなかったんだよね。 あのひとに押し込められて、押入に籠もるはめになって。 そういえば。あの時って、 ・・・・そのあと、押入の中で・・・・・・・・ 「だああァァァァァっっっ!!!!」 ジャンプを壁に投げつけ、バシバシと枕を殴り、あたしは布団に突っ伏した。 ふと思い出したのは、顔から火が出るほど恥ずかしい過去だった。 「ちょっとォォ!!さァァーーーん!!?自分がどんな状況にいるか解ってる? 元カレのこと思い出してる場合!?このままじゃあんた、住所不定無職なんだよ? こんなコト思い出してる場合じゃないでしょ?他のコト考えようよ、他のコトォォ!!」 狭い中でじたばたと暴れながら、大きな声で独り言を唱える。 うああ、ダメだ・・・! 思い返しただけで顔が火照っちゃう。暴れたいィィ! もしここにあのヘンタイがいたら、買い置きマヨ全部頭からかけてやるのにぃ!! だって、だってさ。押入にいるんだから仕方無いけどさ。 ここも真っ暗だし狭いんだもん。思い出しかたが、半端なくリアルなんですけど!! てゆーか、アンタ・・・どんだけあのミョーなマヨラーに未練タラタラですか? 忘れるんじゃなかったの!? 朝からから思い出してばっかじゃん! しかもよりによってこーんな恥ずかしい、人には絶対言えないシーンを・・・ 「うあァァァ!!!イヤあああァァ!!また思い出しちゃったじゃん!!!」 何なのさん、あんな男のことなんて忘れるんでしょ?もう会わないって決めたでしょ!? なのに、どーしてこんなコト思い出すかなあ!? 「さぁーん。僕です、どうしたんですか?」 トントン、とノックされる。 襖で隔てた向こうから、新八くんの声がした。 「・・・・新八くん?・・・総悟は?」 「さっき帰りましたよ」 「・・・・旦那は?」 「パチンコです。それよりさん、おなかすいてませんか?」 あたしが答えるかわりに、お腹がキュルキュルと泣き声をあげた。 「・・・・すきました。もォ、ペコペコですぅ・・・」 「あはは、やっぱり。 僕、おむすび作ったんですけど。食べませんか?」 「えっ」 「大丈夫、銀さんならまだ帰ってきませんよ。」 「で、でも」 「味噌汁もありますからね。冷めないうちに出てきてください。」 16歳の男の子とはとても思えない。 こなれた上に、なんてさりげない気遣いなの。 あたしは感心のあまり溜息をついた。 「・・・新八くんて」 「はい?」 「前から思ってたけどさあ。きっといいお嫁さん・・・じゃない、いいお婿さんになれるよね。 あたしゃ太鼓判押すよ、見習いたいくらいだよ。その年でここまで気が利くなんて。 イマドキの若者とは思えないよ」 「や、全然嬉しくないんですけどソレ。近所のオバさんに誉められたみたいだし」 「ああ、これはその、なんてゆーか。 ・・・その。詳しくは言えないけど。とにかく色々あって。人生に疲れてるってゆーか」 「そうなんですか。でも、まずはここから出てきて下さいよ」 「うん。それでね。人の情けがいっそう身に染みるってゆーかぁ。 ついつい、人生酸いも甘いもかみわけたよーな気分・・・に」 旦那の木刀を外し、そろそろと襖を開ける。 モグラのように暗闇に籠もっていたせいで、眩しくって前がよく見えない。 目をこすってからまた前を見ると、目の前から手がにゅっと伸びてきた。 「うォーーっっしゃァ、抱き枕ゲーーーットォォォォ!!」 「ぅぎゃァァァァァ!!!!!!」 突然ガバッと抱きつかれて、あたしは悲鳴を上げた。 叫んでからはっとした。 今の声って、どう聞いても新八くんの声と違うし! 「おーし、よくやった新八ィ。つーことでオメーも買い物行って来いィ!!」 満足げな口調で、少し離れてこっちを見ている新八くんに宣言する。 突然抱きついてきたのは、やっぱり旦那だった。 「はいはい、言われなくても出て行きますよ。あ、それと。 しつこく言っときますけどね。いくら飢えてるからって無理矢理は駄目ですよ、銀さん。 欲望にまかせて押し倒すよーな真似は、男としてサイテーですからね」 「バーカ、俺はそこまで飢えちゃいねえっつの。 オトナはな、子供と違って引き際だってわきまえてるもんなんだよ。 膨れ上がった妄想で鼻血噴くよーな思春期のガキと一緒にすんな」 「さっきまで鼻にティッシュ詰めてた人に言われたくありませんよ」 「ししし、新八くんんんんん!!!!」 旦那の腕から逃げようともがきながら、あたしは必死で助けを求めた。 ところが新八くんは、拝むかのように顔の前でパンっと手を合わせた。 「ごめんなさいさん。僕、さんに味方するつもりだったんですけど。 でも、今月の給料渡さないって脅されちゃって。っとに最低ですよこの人」 「そそそそんなァァァ!!!」 「あ、おむすびはホントに作ったんですよ?せめてものお詫びです」 済まなさそうにそう言って、新八くんはいそいそと部屋を出て行った。 ピシャリ、と玄関の戸が音をたてて閉まる。 ウソでしょ。誰かウソだと言って。 生活がかかってるんだから、貧乏仲間としては気持ちは解らないでもないけど。 だけど、あの真面目な新八くんにまで裏切られるなんて。 「・・・・オトコなんて・・・・・・」 「あ?」 「もおっっっ絶対信じないィィ!!オトコなんてえェェ!! もォ、死んでも信じないィィィ!!!」 懲りずにじたばたともがいていたら、旦那があたしを押入から引きずり出した。 あたしを片腕で抑え込んだまま、ぺたんと床に座り込む。 「まァまァ、落ち着けって。ほら、これ食いな」 それでも暴れ続けていたら、口に何かを押し付けられた。 海苔の香りがする。見ると、それはおむすびだった。 「腹減ってっとよー、人間ロクなこと考えねーもんなんだわ」 ご飯は炊きたてなのか、唇に当たる感触が温かい。 朝から何も食べずに籠もっていたし、もちろん今すぐ食べたいに決まってる。 だけど。 「・・・いりませんっ。」 「そう意地張らねェで、食ってくれって」 「いりませんてば!」 「あっそ。んじゃ、俺が食うかァ」 言うが早いが旦那はおむすびを取り上げた。 一度に半分くらいを口いっぱいに頬張ってから、こっちを見る。 表情は真顔なのに、顔がご飯粒だらけだ。 「んーなおふぉんなっふぇ、新八のやふにきらふぁれるってきにひふぇ」 「食べるか喋るかどっちかにしてください、旦那」 「んァ、俺ふぁァ、・・・・っっっグフォッッ!!」 突然旦那の顔が苦しそうになって、青くなる。 ゲホゲホと咳き込み始めた。 「だっ、旦那ァ!?」 「みみっみふみふっ、水ゥゥゥ!!!!」 テーブルにあったお味噌汁を、引っ掴んで渡す。 旦那はそれを一気飲みした。 「旦那っ、大丈夫?」 後ろに回って背中をさすったら、旦那はゼエゼエ言いながら頷いた。 こっちにひょいと上げた手には、さっきのおむすびが。 「んだよォ、・・・カッコ悪りィなァ。せっかく二人っきりだってのによォ。 これってよー、呪いじゃね?新八の呪いじゃね? あいつぜってーなんか呪いかけてったよ、以外は食うな、とかよー」 「・・・・・」 「あーあ、ヤベーよ。今度食ったら、マジで息止まるかもしんねーよ?」 ん?と振り返った旦那は、おむすびを差し出した。 いつも通りの気楽さでにんまり笑う。 「・・・旦那って」 「え、何?ついに惚れた?惚れたか?」 「違います」 ぴしゃりと言い切ったら、旦那は途端につまらなさそうな顔になった。 尖らせた口のまわりに、ご飯粒がいっぱいついてるのが可笑しい。 「ふふっ。子供みたいですよ、その顔。 ・・・なんかぁ、解りましたよ。新八くんがここを出ていかない理由が」 笑うつもりなんてなかったのに、つい笑ってしまった。 あたしは旦那の顔に手を伸ばして、ご飯粒をつまんだ。 「あれ?ひょっとしてよォ、今、母性本能が疼いたりしなかった? 『やァだ可愛いィ〜、この人ってあたしがついてないとダメかもォ〜』とか思わなかった?」 「ううん全然」 「んだよ。つれねーなァ」 口ではボヤいたくせに、旦那はうっすら笑ってる。 不思議な人だよね。旦那って。 最初に会ったときからそう思ってたけれど。 見た目も言動もなんか怪しいし、いいかげんだし。たまにメチャクチャなことするし。 それでも旦那の周りにはいつも誰かがいる。いつのまにか人が集まってくる。 どれだけ喧嘩しても、お互い文句ばっかり言ってても、新八くんも神楽ちゃんもここを出ていこうとしない。 その気持ち、なんかわかる。みんな旦那が好きなんだ。あたしだってそうだもん。 さっきはつい張り飛ばしちゃったけど。やっぱりいい人なんだよね。 それに、このいいかげんそうな顔を見てると、なんとなくほっとしちゃうのはどうしてなんだろう。 「よくわかんないけど、一緒だと楽しいからまァいっか」って思っちゃう。 「しょーがないですね。旦那に目の前で死なれるのも気分悪いし。 新八くんのためにも食べてあげます」 「んじゃ、こっちは俺のモンな」 そう言うと、旦那はあたしの手首を掴んだ。 そのまま自分の口まで引っ張って、ついていたご飯粒ごと指を咥えた。 旦那の舌が、あたしの指をぺろっと舐める。 熱くてざらっとした感触にびっくりして、身体が震えた。 「!ちょっ!旦っ」 振り払おうとしても、力の強さが違いすぎる。 簡単に押さえ込まれた指を吸うようにして舐めてから、ちゅっと舌先で音をたてる。 「旨ェ。」 「やっ、は、ははは放して!」 「やだね」 笑い混じりにつぶやくと、旦那はあたしの顔を覗き込んだ。 ・・・もしかして。また騙されたんだろうか。 なんなの?なんなのこのヒト。 さっきだって張り飛ばされたのに。どーしてちっとも懲りないの!? こっちが嫌がってるのは知ってるくせに。しかもなんか、ヘラヘラ笑ってるし。嬉しそうだし!! もォやだ。もう呆れて物も言えない。 朝といい今といい、サイテーだよこの人!セクハラじゃんコレ!訴えてやる! やっと手を放された。 唖然と座っていると、旦那はあたしにおむすびの残りを持たせた。 黙ってそれを食べ始めたら、ニヤニヤしながらこっちを見ている。 ほんとに呆れてしまった。しばらく口も聞きたくないくらい。 なのに、なぜか顔はじわじわと赤くなってくる。 最後には恥ずかしくて目も合わせられないほどに頬が火照ってしまって、思わず顔を逸らした。 「・・・食べたら息止まるんじゃなかったんですか?」 「大丈夫だって。もし止まったら未来の嫁に人工呼吸してもらうからよー」 「そーですか。定春、ご主人様がチューしてくれって」 「ワンッ」 「え、死ねってこと?それって死んじまえってこと?」 新八くんのおむすびは、すごく美味しかった。 あっというまに食べ終わって、それから「コレも間接キスになるのかな」って気付いた。 熱さの引いてきた頬が、また赤くなった。 でも。 他のひとと、キスしてしまった。 そう思ったらなんだか後ろめたい気がして、胸がちくっと痛んだ。

「 純愛狂騒曲!4 」text by riliri Caramelization 2008/09/27/ -----------------------------------------------------------------------------------         next