純愛狂騒曲! 3
「新八ィ。俺のいちご牛乳がねーぞォ。」 「ああ、それならあそこですよ」 「あそこォ?っだよォ、同じトコに入れとけってゆったろォ」 「だから僕じゃないですって。あそこですよ、ほら」 台所から戻った銀時に訊かれ、掃除機片手に新八が指したのはその部屋の片隅だった。 ここはかぶき町。 とあるスナックの二階に居を構える万事屋。 この家の主、何でも屋の坂田銀時の住まい兼事務所になっている。 新八が指したのは、茶の間兼応接間になっているこの部屋の押入。 そこは普段、神楽が寝起きしている場所である。 襖の前には押入の住人の神楽がいて、隣で彼女の頬を引っ張っている沖田の頬を引っ張り返していた。 「!!!出てくるネ!!マミーはお前をそんなふしだらな娘に育てた覚えはないヨ!!! こんな狭くてキタナいトコロでベビーを産んだら駄目ネ!ケモノと同じアル!!!!」 「そうですぜ。しょーもねえグータラ男に一晩ひっかかっちまったからって、それが何だってんでェ。 犬に噛まれたと思って忘れなせェ。父さんはよォ、 おめーの子ならどんなにグータラで天パで死んだ魚のよーな目をしたガキだって、喜んで育てるぜィ」 声だけ聞けば、襖に向かって淡々と訴えていそうな沖田。 しかし実際のところ、その手は隣で暴れる神楽の腕をせわしなく抑え込んでいる。 二人のふざけた訴えに返事は無く、その場は一瞬沈黙に包まれた。 が、それもほんのつかのまにすぎなかった。 「うるさいィィィィ!!!!総悟のバカァァァァ!!!! 出てって!出てけ!あたしはもォ、男なんて信じないんだからァァァァ!!!!!」 押入から返ってきたのは、動揺のあまり裏返っている女の罵声。 ソファにだらっと寝転んだ銀時が、欠伸混じりに気の抜けた声を出す。 「あそこって、あそこか?」 「篭城するときにしっかり握りしめてましたよ、さん。今週のジャンプも」 「計画的犯行だなァ」 「それだけ怒ってるんですよ」 「なんで俺まで怒られなきゃなんねーんだ。怒られんのはあの坊ちゃんだろ。」 「ほんと、沖田さんも沖田さんだよ。いったい何考えてるんだろ。 ここでさんを預かれだなんて。ライオンの檻にウサギを放つようなもんじゃないですか」 「俺ァ夜中に押しかけてきたアイツらを、快く泊めてやったんだぜ? 酒入ってグデングデンのに、寝床まで提供したのによォ。 お礼のチューくらいはアリだろ?当然だろ?すっげー期待してたのによォ。 なのによォ。ちょーっとからかったらコレだ。」 銀時は眉をしかめて、赤みの残った左頬をさすっている。 ついさっき、に強烈な張り手を浴びせられたばかり。頬にはまだ手形が残り、ひりひりと疼いていた。 しかし悪い気はしない。かえってが身近になった気がして、嬉しいくらいだ。 こうして遠慮無しのビンタまで繰り出されるのだ。 野郎のモンだった頃に比べりゃ、ずいぶん距離も縮まったんじゃねーの?そう思っていた。 新八の手前だから、一応痛そうな顔はしてみせる。だがあくまでそれは建前で。 銀時にしてみれば強烈なビンタもいい傾向、歓迎すべき傾向にすぎない。 そう思えば、自然と顔も緩みがちになるというものか。 「銀さん?人の話聞いてます? つーかアンタ、そーいう不純な下心が透けて見えるから殴られるんですよ。 あんな嘘つかれたら、どんな女の人だって怒るに決まってるじゃないですか。自業自得ですよ」 銀時が語ったとの「空白の一夜」。 あれはまるごとガセネタだった。 いつも通りの気楽な口調で彼が嘘だと暴露したとたん、頭に一気に血が昇ったはキレた。 銀時に張り手を浴びせ、沖田には得意技の回し蹴りを喰らわせ、縋る神楽を振り切った。 部屋からジャンプを、冷蔵庫からいちご牛乳を、それぞれ銀時へのあてつけを図るかのように奪うと 一目散に押入に飛び込み、中からしか開かないように銀時の木刀を仕込み、そのまま立て篭もってしまった。 「俺のライフライン、完璧に抑えられちまったなァ」 「イヤ、いい年こいた大人のライフラインがいちご牛乳って」 「こりゃもォ、アレだな?寝るしかねーな。んじゃ、今日はもォ臨時休業ってコトで」 ここで起こる、数々の避けようのない理不尽な面倒や、ある意味理不尽と言えなくもない銀時のグータラさには もうすっかり慣れている。否、もうすっかり諦めきっている。 今朝玄関に入ったとたん、の叫びが聞こえた瞬間には、新八は事態をすっかり諦めきっていた。 掃除機を抱えると、何も言わずに台所に消えた。 開かずの押入を眺めていた銀時も、眠そうに欠伸をするとすぐに目を閉じた。 だが。 「何が不満ネ、どーして出て来ないネ! それともアレか?違うオトコの子供アルか!?モジャモジャじゃないアルか!? 目つきが悪くて瞳孔の開いた、母乳よりマヨ好きな子供か!!!」 「おっと、そいつァいけねェや。それァ父さんも許せねェな。どうなんでェ、」 「そんな子供イヤァァァァァ!!!!!」 「俺も嫌だ!俺の女にそんな可愛げのねェガキは産ませねーかんな。ついでに天パも無しの方向で!」 「誰が銀ちゃんの女ネ、は私の女ヨ!!マイスイート抱き枕ネ!! ムニムニおっぱいにスリスリしていいのは、私だけヨ!!!」 「へーえ。そんなにムニムニかィ」 「そーネ!ムニムニのフワフワなのに、スリスリするとボヨンボヨン揺れるネ!!」 「おいおい、神楽ちゃァーん?そのボヨンボヨンてどんなカンジ!?もっと詳しく教えてくんね? アレか?ゴムボールか?軟式テニスボールみてーなカンジか? それともビーチボールか?言ってみ?あとで酢昆布買ってやっから、わかりやすーく教えろ?」 ガバッと飛び起きた銀時がヘラぁ〜〜っと顔を崩し、生々しい手つきで何かを揉む真似をする。 「旦那ァァァ!!!総悟もォォ!!それ以上訊いたら訴えますよォ!?? 成長期の女の子になんてコト訊くんですか!?神楽ちゃん!?答えなくていーから!!」 きょとんとした表情で銀時を見ていた神楽は、うつむいて手を見つめる。 白い指をウネウネと動かしながら、何か思い出すような表情を浮かべた。 「ムニムニのときはビーチボールネ。ボヨンボヨンのときはテニスボールより弾むアル!」 「神楽ちゃんんんん!!!!??」 襖を内からバンバン叩き、が裏返った声で叫ぶ。 それを訊いた銀時と沖田は、互いに顔を見合わせた。 沖田がピュウッと口笛を鳴らし、手を見つめると「むすんでひらいて」を繰り返した。 「へーえ。テニスボールねェ。そいつァいいや」 「ヤベェ、ヤベーよ。鼻血出そーなんですけど俺」 鼻のあたりを手で抑えながら押入に近寄ってきた銀時。 ヤベーヤベーと連呼しながらも、その顔はが再び張り手を喰らわせそうなニヤけぶりだった。 「中坊ですか、あんたァ。どんだけ溜まってんでェ」 「るせェ。本命にゃ一途なんだよ、俺ァ」 「本命ねェ。一応聞いときやしょーか。いったい何人いるんでさァ、その本命ってのは。」 「はん、俺だって聞きてーや。」 「俺ァ一人だけでさァ。」 沖田がトントン、と襖をノックする。 意味ありげに銀時と目を合わせ、腕を組むとまた襖へ目を向けた。 はあ、と面倒そうに息を吐いた銀時が、ポケットから小銭を取り出した。 「神楽ァ。いちご牛乳買って来い」 「いやネ!」 「つり銭オメーにやっから」 「マジアルか!!!銀ちゃんきょうは気前いいネ!」 うきうきとスキップしながら、神楽は玄関へ向かった。 その背中を見送った銀時は、ふたたび沖田へ目を向ける。 「で?何で俺んトコに連れてきた?」 ここまで騒がされたんだ。 こっちにだって、尋ねる権利くれえはあるだろう。 澄ました顔の沖田を、銀時は眠そうに横目で眺めた。 昨日の深夜。 万事屋の玄関に「泊めて下せェ」といきなり現れた沖田と、彼に抱えられた泥酔状態の。 正直沖田のほうは追い返したかったが、銀時は仕方なく二人を招き入れた。 中に通すと「俺達ゃソファで充分でさァ」と沖田は言い切った。 だが、何も知らずに眠りこけているを、食えない沖田と一晩ソファに放置するなどとんでもない。 自分の寝床を明け渡し、ついでに押入で熟睡していた神楽も放り込んだ。 「オメ、早く寝ろよ」「旦那こそ、やたらに厠が近いじゃねェですかィ」と反目し合い 互いを監視し合いながら、朝日を見るまで一睡もせずに過ごしたのだ。 沖田が「をしばらく預かってほしい」と言い出したのは、今朝になってのことだった。 には家に帰れない事情があって、ずっと友達のところを泊まり歩いているらしい。 ついに泊まるあても底をつき、彼女に泣きつかれた沖田は万事屋を頼って来たのだと言う。 それ以上詳しいことを、沖田は語ろうとしなかった。 銀時も訊こうとはしなかった。 沖田が多くを語ろうとしない理由には、心当たりがあったのだ。 「旦那に訊かれるほど深ェ意味なんて、ありやせん。 ただねェ、・・・・・諸刃の剣ってヤツぁ、 敵に回すよりは味方に引き入れといたほうが、まだマシかと思っただけでさァ。」 「ってえとアレか?てめーの目が届かねえとこでちょっかい出されるよりゃ、 目が届くとこでちょっかい出されたほうがまだマシだ、ってか?」 「ま、そんなとこですかねェ」 「甘いねェ、沖田くん。俺ァ、おめーにそこまで信用された覚えァねえんだがよ。」 「信用はしちゃいませんぜ。旦那にゃ出来ねェと踏んだだけさァ。 今のに手ェだすような真似は、旦那にゃ出来ねェ。 そいつが判ってるから、目の前に餌ぶら下げてみただけですぜ」 「おいおい。そりゃあ読みが違ってらぁ。惜しいどころか、かすってもいねーよ? 俺だってどっちかっつーとSだからよ。 んーな焦らされ方したってよォ。よけいに火ィ点くだけだぜェ?」 銀時は襖に手を掛け、ガタガタと揺らしてみた。 彼の木刀は、思いの外につっかえ棒の役目をきっちりこなしているようだ。 薄くて軽い天の岩戸は、揺れるだけで動かない。 「いーのかよ、んなとこ連れてきてよォ。あの男、眼の色変えて探してんだろ?」 襖を眺めてぼそっと問いかけてきた銀時に、沖田はわずかに表情を変えた。 だが、普段の飄々とした口調は変えることなく問い返す。 「誰に聞いたんでさァ」 「知り合いさ。そいつんとこにも来たらしいぜ、の居場所を知らねえかってよ」 小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、沖田は肩を竦めてみせる。 「しつけえ奴ァ嫌われるって言葉、知らねェんでさァ。 あの野郎、泥臭ェやり方しか知らねェ男ですからねィ。」 ははっ、と笑って銀時がかぶりを振った。 「惚れた女が霞みてえに消えたとあっちゃ、嫌われようが泥臭かろうが目の色変えるさ。 俺だってそうするね」 グシャグシャと白銀の髪を掻き乱しながら、銀時はちろりと隣を流し見た。 どこか幼さが残る、なのに年に似合わない食えなさを併せ持ったこの男。 その思惑は、こうして尋ねたくらいでは掴めるものではない。 まあ、それもお互い様というものだし、いまさらこいつと腹の探り合いなどするつもりもない。 しかしそう思う一方で、訊かずとも察しがつくところもあった。 この襖の向こうの、天の岩戸に隠れた女。 彼女を思う気持ちには、少なからず通じた部分があるからだ。 「沖田くんよォ。」 襖の向こうに聞こえないように、声を潜めて銀時はつぶやいた。 「俺ァ食うよ?欲しいモンが目の前にありゃ、男としちゃあ当然だろ?」 襖から目を逸らそうとしなかった沖田は、初めて銀時に目を向けた。 笑い混じりの、しかし窺うような色が少女のような顔に浮かぶ。 隣に立つ男の顔は、挑発を孕んだ言葉とは裏腹に、眠たげで気の抜けたものだった。 「そうですかィ。ま、旦那がそこまで言うなら、そういうことにしときやしょうか。」 「おっ、ァんだよ。余裕じゃねえか。いーのかァ?甘いんじゃねーの?俺だからって油断してね?」 「そんなんじゃねェや。旦那とは、この先長ェ付き合いになりそうですからねィ。 あの野郎を叩きのめす段になって寝返られたりしちゃあ、かなわねェ。 今のうちから、お互い協力しといたほうが得策ってもんじゃありやせんか」 「沖田くーん?なんか勝手に話進めてね? 寝返るも何も、いつ俺がオメーの味方になりました? いつ俺が、あのヤローとやり合うっつったよ?んなもん、全部テメーの都合じゃねーかよ」 「そーですかィ。そんなにをかくまうのが嫌なら仕方ねェ。他を探」 「や、アレだよ?見損なってもらっちゃ困るよ!? 俺が、行くあてのねー女を放り出すよーな男に見えるか? むしろアレだよ?ダライラマか銀さんかっつーくらいのスケールのデカさだよ? 何でも受け入れるよ俺は!?」 慌てて反論する銀時に、沖田は冷めた笑顔を向けた。 「さすが旦那。度量が広れェや。」 そう言うと何か言いたげな顔で押入の襖をみつめてから、歩き出した。 「じゃ、俺ァこれで。」 振り返ることなく、玄関に向かう沖田。 銀時はしばらく彼の背中を眺めていたが、途中で思いついたかのようにその後を追った。 靴を履いている沖田の背後から問いかける。 「なあ。オメーはいいのか?」 「何がです?」 「、自分からあの男と離れよーとしてんだろ。 俺にとってもチャンスだがよ、オメーにとっても同じじゃねーか。」 「まあねェ。しかも俺ァ、旦那よかに近ェとこにいますからねェ。 切羽詰ったときに頼られるくれえだ。旦那より、はるかに有利ときてらァ。」 小憎らしい口調で返すと、沖田は立ち上がる。 振り向くことなく、上げた手をひらひらと振った。 「けどねェ。今回はいけねェや。やめときまさァ。 俺ァ、ちっと引いたところから高見の見物させてもらいやすぜ。 旦那は旦那で、に迫るなり、土方さんとタイマン張るなりご自由に。」 「後でまた様子を見に来まさァ」と最後に付け足して、沖田は万事屋を後にした。 見送った銀時は頭を掻きながら、沖田がこぼした言葉の数々を反芻していた。 「んじゃ、好きにやらせてもらうとすっかァ。」 沖田の目論見や、の事情は事情としても、これが自分にとってチャンスであることに違いは無さそうだ。 グシャグシャと髪の毛を掻き回し、銀時はだるそうな笑みを浮かべながら廊下を戻って行った。
「 純愛狂騒曲! 3 」text by riliri Caramelization 2008/09/23/ ----------------------------------------------------------------------------------- next