どうしてだろう。 なんだかとっても温かい。 誰かの腕に、背中をぎゅっと抱かれてる。 ああ、そうだ。誰かの頭を抱きしめてるんだ、あたし。 誰だろう、この頭。 あのひとじゃない。 もっと柔らかくて、もっと小さくてほんわりしてる。 煙草の匂いもしない。髪の毛から、お菓子みたいな甘い匂いがふんわり匂ってくる。 背中に回った手が、あたしの着物をぎゅっと掴んでる。 しがみつかれてるみたい。胸に顔を埋めて、すりすりされてる。 誰なのかな。 わかんないけど・・・なんだか可愛い。 小さな子供に甘えられてるみたい。 ついつい頭撫でちゃう。 くっつきすぎて暑いくらいだけど、これじゃ振り解けない。 気持ち良さそうな寝息まで聞こえるもん。 寝息を聞いてるだけで、こっちまで眠くなっちゃう。 子供に抱きつかれただけで、こんなに幸せな気持ちになるのかな、お母さんって。 誰だろう。誰なのかわかんないけど、これだけはわかる。 今抱きついてるこのひとは、絶対にあのひとじゃない。 土方さんはこんな可愛いマネ死んだってしないもん。 ・・・・・・いや、可愛い土方さんなんてこっちも死んだって見たくないけど。 それってホラーだよ、ホラー。エクソシストに憑りつかれたってやらないよ、あのひと。 絶対可愛くないし。想像しただけでブキミだし! だいたいあの鬼が誰かに甘えてるところなんて、一度も見たことないもん。 こんなふうにしがみついてるのは、いつもあたしのほうで。 甘えてるのも、いつも・・・・・・ ・・・・・ああ。そっか。 思い出しちゃた。 土方さんとはもう別れたんだ。 もう会わないことにしたんだ。手紙置いて出てきちゃったんだ。 すっかり忘れてた。 ・・・これも、夢だったらいいのに。 思い出したくなかったな。 ・・・なんだぁ。 そっか。 もうこんなふうに、あのひとにぎゅって抱きしめてもらえないんだ。 そっか。あたし、もう戻れないんだ。 あのひとのところには、戻れないんだぁ・・・・


純愛狂騒曲!

2

「んん〜〜っ、ポヨポヨのふわふわネ、姐御の数倍気持ちいいネ、とろけるネ!! もしかしてここは天国か?天国アルか!!?私、ついに天使になったアルか??」 ・・・その声は。 その聞き覚えのあるアルアル口調は。もしかして。 「・・・か、神楽ちゃん・・・?」 目を開けたら、幸せそうにあたしの胸にすりすりと頬を寄せる神楽ちゃんがいた。 ひとつの布団で抱き合って、二人で寝ていたらしい。 そっか、あの甘い匂い、神楽ちゃんだったんだ。 なーんだ。そっか、神楽ちゃんか・・・ え? ・・・あれ? なんで?どうしてあたしの布団に神楽ちゃんがいるの? ・・・・・・・・・あれっ? この布団って。 この部屋って。 全然見覚えが無いんですけど。 ・・・・・ここはいったい、どこですか・・・・? 「動いたらだめヨ、。まだ九時ネ。もすこしこのまま眠るネ」 「かっ、神楽ちゃん?なんでここにいるの?」 「こそ、なんで万事屋にいるか?どーして私、銀ちゃんの布団にいるアルか?」 「はァ!?」 驚いて起き上がったら、神楽ちゃんが首に縋りついてきた。 えへへ、と嬉しそうに笑いながら、あたしの胸に顔を埋める。 「ココ銀ちゃんの部屋ネ、コレ銀ちゃんの布団ネ。 あのどケチ、私に部屋くれないアル。いつも私のベッド、あっちのキタナい押入れヨ。 なのに今日は、目が覚めたらココで寝てたヨ。そういえばウチのダメ男、どこにいったアルか?」 「へえ・・・ここって旦那の部屋なんだぁ。初めて入ったよ。意外と広・・・・・ ココ万事屋なのォォォ!!!?旦那の部屋ァァァ!!???」 「あんなダメ男のことはどーでもいいネ。二度寝と洒落込むネ!! のおっぱい、いい匂いがするヨ。マミーを思い出したアル・・・!」 「神楽ちゃん・・・」 そっか。 神楽ちゃんも、お母さんがいないんだよね。 小さい頃に亡くなったらしいって、前に新八くんが言ってた。 あたしは親の顔すら覚えてない。だから抱いてもらった思い出も、何も無い。 母親の匂いも知らない。最初から覚えていないから、母親を思い出すこともない。 今までは、ほんのすこしでも思い出があるだけでも羨ましいと思ってた。 でも、そうでもないのかもしれない。 神楽ちゃんみたいに、親に抱いてもらった思い出があるほうが、 かえってさみしい思いをするのかもしれない。 だって、さみしくなるのは覚えてるからだもん。 ぎゅっと抱いてもらったときの嬉しさや、涙が出そうになっちゃう安心感。 そういうのを身体がしっかり覚えてるから、さみしくなるんだよね。 ・・・・あたしも、知らなきゃよかった。 そんな嬉しさ、知らないほうがよかったのに。 「・・・うん、そうだね、たまには寝坊してもいいよね。じゃあ、二度寝しよっか。」 「ウン!」 無邪気にすりよってきた神楽ちゃんの頭を撫でていたら、布団に押し倒された。 二人でゴロゴロ転がって、笑い合う。 ほんっと可愛い。 もしこんな可愛い妹がいたら、毎日酢昆布買ってあげたくなっちゃう。 「?」 「うん?」 「はさみしいアルか?」 「え?」 「さっき寝言いってたヨ。呼んでたネ。」 「・・・寝言・・・・」 神楽ちゃんの大きな目が、瞬きもしないであたしをじっと見てる。 まっすぐすぎて、目が逸らせない。 「ずっと呼んでたヨ、あの」 「ァんだよォ、まだ九時じゃねーかよォ!早ェーーってのォォォ!」 スパァァン、と音がして、襖が勢いよく横に引かれた。 開いた襖の向こうに、寝巻き姿の旦那が立っていた。 寝惚けた半目顔でお尻のあたりをボリボリと掻きながら、こっちを見下ろしている。 さっきまでの無邪気な顔とは打って変わって兇悪そうな表情になった神楽ちゃんが、チッと舌打ちした。 「んだよまだ生きてたアルか、モジャモジャ。お前はもう用無しネ、今すぐモジャモジャ星に帰るネ」 「こんな時間に起こすんじゃねーよ。なァに朝っぱらからはしゃいでんだよ、オメーらはよォ」 「だ、旦那っ?どーしてですか?どーしてあたし、万事屋に?」 「どーしてって・・・いや、そりゃねーよ。もしかして、昨日のアレも覚えてねーの?」 「昨日の、アレ・・・・?」 昨日のアレって、何?何のこと? あたし、昨日は旦那と一緒にいたの? ・・・・・そーなの?ぜんぜん覚えてないんですけど!! 「おいおいおいィ。マジでか」 呆れた顔で、旦那が絶句する。 えっ。 何で?どーして? こんなに驚いてる旦那見たこと無いってくらい、驚いてるし。 逆にこっちが怯えるんですけど、その反応・・・ 「どういうコトですか? ・・・もしかしてあたし・・・旦那にそこまで驚かれるような、スゴいコトでもしでかしたんですか?」 すると旦那は、はあーーーっ、と大仰な溜息をついて肩を落とした。 「おお、そりゃもォスゴいなんてもんじゃねーよ?アレはよォ。 女豹でラブハンターでセクシーダイナマイト?大胆すぎてこっちは鼻血が止まらねーよ」 「・・・・めひょ・・・・?」 「まさかが、あーんな激しいとはなァ。裏の顔っての?この見た目であそこまで激しいとはよォ。 まったくよォ、女ってのは神秘だね、アレばっかりは押し倒してみねーとわかんねーよ。 あ、そーそー、悪りィけどよ。言っとくけど俺、三日は腰使えないからね? 昨日のアレで、ここしばらく溜めこんでたアレすべて出し切ったからね?」 「・・・・は?」 出し切った? 出し切ったって、・・・・・何を。 ・・・・・・・・・・・・・・・・ え? 「だだだだ旦那?」 「ん?」 「あっ、あああたし、旦那に・・・ ・・・・・・っっっ、出し切られちゃったんですかァァァ!!?」 いい仕事したよ俺、と満足気に何度も頷きながら、旦那はあたしの前に座った。 まだ眠そうな顔で、お尻をボリボリ掻いている。 あたしはなぜか身体をガチガチに硬くして、自分でも気づかないうちに正座までしていた。 頬がビクビクと引きつって仕方ない。 ・・・・出し切られた? ・・・・・・・・・・・・・・・・ てことはつまり。つまり、だよ? 昨日、あたしと旦那が。 ・・・そーゆうコトになった、ってこと? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ え?そーゆうコトってどーゆうコト?なんのコト? じゃなくて、出し切・・・・・ええっっ!? 「・・・・・ギャァァァァァァァ!!!!!!!」 抑えた頭を、眩暈がするくらい大きく振る。 唇がブルブル震え出して、歯がガチガチ鳴ってしまう。 倒れたいィィ! 出来ることなら、いっそこのまま卒倒したいよォォォ!!!! 頭の中ぜんぶ、リセットしたいィィ!! 「もももももう無理?もう無理ですか?もう間に合わないですか!? 今の旦那の話ぜんぶ、何も聞かなかったコトに出来ませんか!!!?」 「イヤイヤ心配いらねーよ、大丈夫だって。 俺ぁ、女の身体は大事に扱うよ?そのへんは結構ちゃんとしてっから」 「だって!ココココレってアレですよね!? 出し切ったってことは、どう考えたってアレしかないじゃないですか。 あたしと、旦那が、・・・・・・・・・・・・・ そんなの覚えてないィィィィ!!!!!!!」 「んだよ、寒みーの?震えてんじゃねーか」 「いやコレは、寒いとかじゃなくてェェェ!!!」 「いーからいーから、遠慮すんなって。もォ他人じゃねんだからよォ」 ニヤニヤ笑いながら、旦那があたしに倒れこんできた。 そのまま押し倒されて、布団に転がる。 「っっ!だ、旦那っっ!!!?」 「神楽ァ。オメーも一晩楽しんだだろ、のカラダ堪能しただろ、もう充分だろ? こっから先はオトナの時間だ、俺が楽しむ番だ。つーことでお前は出」 言い終わらないうちに、神楽ちゃんの傘が火を噴いた。 ドォォォォン、と爆音が鳴って布団が飛び散る。あたしは旦那に抱かれたまんまで畳に転がった。 飛び込んできた神楽ちゃんが、旦那に鋭い蹴りを入れる。 避けた旦那があたしから離れたところに、神楽ちゃんが割って入った。 「イヤね!!! は私専用のフワフワ抱き枕ネ!銀ちゃんこそ出て行くネ!!! 朝っぱらから股間のことしか考えてない野獣に、ポヨポヨフワフワは穢させないネ!!」 「おいおいおい、何がお前専用?ここの家主は誰だ?俺だよ俺、お前はタダの居候じゃねーか。 最初っからなあ、お前のモンなんてココには一個もねーんだよ、ぜーんぶ俺のモンなの。 この家にあるモンの所有権はァ、 空気からゴキブリからトイレットペーパー1ロールにいたるまで、すべて俺が握ってんの!」 「ココは私の家ネ。ゴキブリだって銀ちゃんより私になついてるヨ!友達百人出来たアルヨ!!」 「よォーしわかった、奴等は譲ってやる。オメーは気が済むまでゴキブリ百人と戯れてろ。 俺はと布団でくんずほぐれつ戯れてっから。今から二時間立ち入り禁止な。 ほら、二百円やっからよ。無駄遣いすんなよ、ついでに羽が生えた真っ黒い友達も一人残らず連れていけ」 「ダメね!のフワフワおっぱいは私のものネ!エロオヤジには渡さないネ!! 家賃も払わねーダメ男が、家主ヅラしてんじゃねえぞオラァァァ!!! 誰が家主じゃあァァ!!!オマエはただのエロオヤジヨ!!!ゴク潰しヨ!!!ゴキブリ以下ヨ!!!」 「っせえなァ、払やいーんだろ!?払ってやんよォ、パチンコで儲けたらな! オラ出てけ、このスイート抱き枕は家主のモンだ!!!」 飛びかかってきた旦那に向かって、神楽ちゃんが傘を構えようとする。 だけど旦那の脚のほうがわずかに速かった。傘を蹴られて体勢を崩した神楽ちゃんを上手にかわして、 旦那は唖然と見ていたあたしをひょいと抱き上げた。 「え、ちょっっ、旦っ、ひゃァァっ!!!?」 軽々と抱え上げられて。 あたしのすぐ目の前に旦那の顔があって。 旦那がこっちを見て「ん?どーした?」と何食わぬ顔で問いかけてくる。 地に足がついていないおぼつかなさと、身動きがとれない不自由さも相まって、 あたしは何だかどきっとしてしまった。つい声が、か細くなった。 「もしかして、旦那。・・・これって乙女の永遠の憧れ、お姫さま抱っこじゃないですか」 「だなァ。」 「・・・・人生初なんですけど!!! てゆーかあたし、起きた瞬間から人生初な目にばっかり遭ってるんですけどォォ!!!」 「ああ、俺も初めてだぜ?」 そう言いながら、旦那はすっと飛びのいた。そこへ誰かが目に留まらない俊敏さで、音も無く飛び込んできた。 一瞬前まで旦那が立っていたところに、深々と白銀の刃が突き刺さる。 「危ねェ客だねェ。こっちは親切で泊めてやったのによ。 挨拶代わりに命狙われるたァ、初めてだ」 旦那がやれやれ、と肩を竦めた。 今のヤツが誰なのか、姿を見なくてもあたしにも判った。 この速さに、この太刀筋。 刺さった剣を引き抜いて、こっちを見ながら再び構える。 ニヤリと笑ったのは、見慣れた姿。 「まったくでさァ。スキも何もありゃしねえや。危ねェお人だなあ。」 「なんだよ、朝の早ェのは年寄りだって相場は決まってんだろォ? 若ェモンは昼まで寝てりゃいーんだよ。いいとも始まったら起こしてやっからよォ」 「そうもいかねェ。これじゃおちおち寝てもいられませんぜ、旦那ァ。」 「そ。総悟ォォ!!?」 「何しに来たネ、サド男ォォォ!!!」 叫んだ神楽ちゃんが、敵意剥き出しで傘を構える。 「オメーは引っ込んでろィ。ガキにゃ関係ねェ話さ」 総悟は構えを解くとこっちに向かってきた。 眉ひとつ動かそうとしない旦那を見上げて、綺麗な顔がせせら笑う。 「なァに、俺も事を荒げるつもりは無ェ。これァ単なる旦那の身辺調査だ。 俺の姫ィサンを預けられるかどうか、この目で確かめに来ただけでさァ。」

「 純愛狂騒曲! 2 」text by riliri Caramelization 2008/09/18/ -----------------------------------------------------------------------------------        next