刃毀れした刀と、謎の白紙の手紙を置いてが姿を消した。 姿を消した彼女は、土方からの電話にも一切出ようとしなかった。 家へ行ってみれば留守にしているようで、人の気配も無く灯りも消えたまま。 バイト先に行ってみれば、急に辞めてしまったという。 近藤や沖田の元にさえ、連絡が無い。 忽然と彼の前から消え、完全な音信不通になってしまった。



純愛狂騒曲!

1

「・・・ったく。ガキじゃねえんだからよ。」 その頑なさが頭にきた土方が、内心ジリジリと焦りながらも無視を決め込んでいた頃。 ある晴れた朝。 庭で鳴く雀の声も爽やかに響き渡る、屯所の縁側での風景。 「ぁんだよ!?焙り出しってよォォォ!!?小学生!!!!?」 起き抜けに着物姿で歯ブラシを咥えた土方は、朝っぱらから頭痛に襲われていた。 こめかみに青筋を浮かべて怒鳴る彼の震える手には、例の手紙が入っていた封筒が握りつぶされている。 「焙り出しねェ。懐かしい遊びじゃねェですか。 蜜柑の汁がうっかり目に入ると痛ェんでさァ、アレは」 「そうそう、アレは痛えんだよなァ。お妙さんのドロップキックに負けず劣らずの痛さだぞォ」 「いや、ヤラれすぎて麻痺してるだけだろ。あんたの痛覚も人生も」 冷静に横からツッコミを加えながらも、土方は怒気を放出し続けている。 隣には例の手紙を朝陽に透かし見ている、同じく歯ブラシを咥えた近藤と沖田の姿があった。 たしかに「妙だ」とは思っていたのだ。 中に入った白紙の便箋。 妙にボコボコと、膨れた紙だとは思っていた。 しかし目にしたときは部屋も暗く、今朝これを見直すまで気がつかなかった。 まさかその白紙が、小学生の理科の実験よろしく「焙り出し」で書かれた手紙だとは。 ところで。 彼に宛てられた焙り出しの手紙の文面は、こんなカンジである。 『土方のバ―――カ いつまでも別れた女が自分のものだと思ってたら 大間違いなんだからね? そこんとこ よ―――く学習するように!!! てゆーかホント自意識過剰なんじゃないの ちょっとモテるからっていい気になってんじゃねーぞ この腐れマヨラー!!!!!不良警官!!!!ちょっとは反省しろっっ ということで もうこんなムサ苦しいところには ちゃんは二度と来ません だから安心して 思う存分ナンパに合コンに励んでください あばよ!           可愛いモトカノちゃんより それと 世話になりっ放しだと後腐れが残りそうでイヤだから 煙草いっぱい買っておきました いっぱいあるからって一度に吸わないように てゆーか早くやめろよ あたしが肺ガンになったら絶対アンタのせいじゃん 間違いないよ 発症したら必ず訴えてやるからな 今のうちから覚悟しとけ ケムリとマヨの無い清浄な世界でくたばれ迷惑警官 てゆーか に会いたいからってストーキングとかすんじゃねえぞ土方 最悪じゃね?トップ二人がストーカーの組織って 最悪じゃね? マジ最悪だぜ土方 早く死ね土方 消えろ土方 俺が地獄に葬ってやる土方 てめえの買い置きのマヨを五寸釘でメッタ刺しにしたのァ俺だ って アレ うっかり口がすべ』 「おーい。うっかりどころか全部垂れ流してんぞ、テメエ。 一応訊いといてやる。どこまでが手紙で、どこからがテメエの戯言だ!!?」 沖田の首を鷲掴みにした鬼の形相の土方が、ブンブンとその頭を振り回す。 振り回されて目を回しながら「うががが、飲んだァ!歯磨き粉飲んだァァァ!辛ェェェ」と喚く沖田。 まだ手紙を透かし見ている近藤が口を挟む。 「『一度に吸わないように』までだぞ、トシ」 「フン。んなこったろうと思ったぜ。」 「あーあ、話になんねェや。これだから女心がわかってねえってんだ、アンタ達はよ。 俺ァ、この短けェ手紙に込められたの本心をイタコのよーに代弁してただけでさァ」 「何がの本心だ。テメエの腹黒い本心だろが」 「まあまあ、そうイラつくなよ。わざわざ焙り出しにしとくあたりが可愛いじゃねえか。 もまだまだ、子供っぽさが抜けねえもんだなァ。 これはつまり、裏を返せば、トシに追いかけてほしいってことだろ?」 はっはっはっ、と朝から豪快な笑い声を響かせる近藤。 爽やかな笑顔で手紙を土方に渡した。 「まったく可愛いもんだなあ、女ってのはよ。ちょっと目を離すとすぐ膨れやがる。 まあ、お妙さんはその点出来た女だから、何の心配もないな。ちなみに俺とお妙さんの清らかな文通は」 「アンタと女を語るくれえなら、俺ぁマウンテンゴリラと語るよ近藤さん」 歯ブラシをゴシゴシいわせながら、土方が醒めた目をして返す。 「そうですぜ近藤さん。土方さんはこれからジャングルに、マウンテンゴリラを尋ねて傷心の旅に出るんでさァ。 引き止めちゃあいけねェや。永久の旅路に別れはつきものじゃねェですか。ここは温かく見送りましょうや」 「オメエは黙ってろ。つーか永久に黙らせんぞ、オラ」 「るせえんだよテメエが黙れフラれ土方。 フラれた男にゃ未来は無え、ジャングルに引っ込んでマウンテンゴリラのメスでも追いかけなァ」 馬鹿にしきった口調で、ボリボリと腹を掻きながら非難する沖田。 彼の頭と顎を無言で抑えつけた土方が、その頭を上下に振ってシェイクした。 歯磨き粉にむせた沖田が「フゴッ、フゴモゴゴゴゴ」と呻きながら暴れている。 「いいじゃねえか、男が一度や二度振られたくれえで諦めてどうする。果敢に挑戦し続けてこそ男だろ。 ちなみに俺とお妙さんの清らかな交際は」 「いや、あんたは果敢すぎだ。そろそろ諦めってモンを覚えてくれよ近藤さん」 「お前もさっさと諦めろや土方よォ」 「るっせえ、オメーが先に諦めろ」 口から歯磨き粉をダラダラと流しながら、掴みあい睨みあう真選組副長と一番隊隊長。 互いの手が相手の歯ブラシを掴み、それぞれの喉の奥深くに突っ込むべく急所狙いを始める。 床に飛び散る歯磨き粉。歯ブラシを振り回しながら、のどかな朝の縁側で攻撃と防御を繰り返す二人。 どこからどう見ても情けない。子供のケンカそのものである。 「まあ落ち着け二人とも。諦めるかどうかは、が見つかってから決めたらどうだ? 改めて、二人揃って果敢に挑戦してみろよ。ちなみに俺もそろそろお妙さんにプロポーズを」 「その意気ですぜ近藤さん。さァ、果敢に新たな一歩を踏み出して下せェ」 そう言った沖田が、近藤の頭と顎を押さえ込む。 彼の頭が上下に激しくシェイクされる。 「ぐわっっっ、のの飲んだァァ!!歯磨き粉飲んだァァァァ!!!ゲホッゴフォッッ」 ダラダラと歯磨き粉を流しながら、洗面所に向かって猛然と走り出す近藤。 縁側に出てきた隊士たちが、涙目の局長を「またか」とでも言いたげな顔で見送る。 「で、土方さん。どうするんでさァ。」 沖田が、興味深げな顔で覗き込んでくる。 焙り出しの手紙を腹立たしげに睨んでいる土方が、独り言のようにブツブツとぼやく。 「・・・・どーもこーも。んなモン知るか。 つーか何だよ、焙り出しってよ。なんか意味あんのかよ、どこまでヒマだよあの女。 んなどーでもいい手紙にどんだけ手間かけてんだよ、バカも程があるっつの、っとにバカだアレ、 いやもうぜっっってー意味ねーだろコレ、こんなんナシだナシ、知るかってんだ」 「見苦しいですぜ。いさぎよく認めたらどうでさァ。」 ふっ、と沖田が鼻先で笑う。 土方に背を向け、近藤の後を追って歩き始めた。 「色男で鳴らした鬼の副長が、同じ女に二度フラれるたあ。いいザマでェ」 離れていく沖田の背中を、軽く睨む。 手紙に目を戻した土方は、指先でその紙を弾いた。 「・・・チッ。どこ行きやがった。」

「 純愛狂騒曲!1 」text by riliri Caramelization 2008/09/14/ ----------------------------------------------------------------------------------- タイトルはサンボマスター「青春狂騒曲」より。        next