紫陽花が泣き止む頃に

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その日の夜。 屯所の近所にある小さな神社で催されている、ひなびた風情の縁日。 さまざまな屋台が立ち並ぶ細い参道。 その両側に沿って飾られているのは、ほんわりと紅い光を灯す提灯。 小さな鳥居を入ってすぐに、焼きたての玉蜀黍の、醤油を焦がした香ばしい匂いが立ち上る。 夜店の主人たちが上げる、朗らかな呼び声。浴衣姿で微笑みながら歩く、恋人同士らしき男女の姿。 その足元をすり抜け、はしゃぎながら駆けてゆく幼い子供たち。それを慌てて追いかける母親。 参道の奥にある神社の境内から低く流れてくる祭囃子の音も、夏らしい華やかな風情を誘う。 そこになぜか、このなんとも平和で風情に満ちた夜景に相応しくない、ムサ苦しくいかつい強面野郎共の姿があった。 ただでさえ狭い参道の幅いっぱいを、ゴツい身体で埋めるようにして練り歩く彼等。 総勢二十数人に及ぶ、黒服の大集団。真選組の隊士たちである。 その先頭を切っているのは、見るからに不機嫌そうな面持ちで煙草を咥える土方。 彼の隣には、キョロキョロと夜店を見回しながら、大きな林檎飴にかじりついている沖田の姿があった。 「・・・・おい、てめーら。見廻りはどうした、見廻りは」 「何を言ってるんでェ土方さん。今こーして見廻ってるじゃねえですか」 「そうかよ。で、何を見廻ってんだよテメーは」 「そうですねィ。今んとこ焼きソバ屋とタコ焼き屋と射的屋と金魚屋と林檎飴屋と」 しれっとした顔で、指折り数えて本日の業務報告をする沖田。 その唇には、すでに完食した焼きソバ&タコ焼きの名残らしき青ノリがついていた。 手には赤い金魚の泳ぐ小さなビニールバッグ。 ポケットからは、射的の商品らしき木彫りのクマとか血まみれのグラサンとか、妙なものが顔を覗かせている。 「仕事熱心なこった。仮にも警官が、任務そっちのけで夜店回りたァいい身分だぜ。 しかも何だよ、この大人数はよ。要人警護やってんじゃねえんだぞ、お前ら」 「あれっ。副長、聞いてないんすかァ?なんでもここの町内会から要請があったそうで。 縁日にチンピラがうろついてクダ巻いてるから、警備に回れって言われてるんですよ、局長に」 と、土方の背後から説明を加えたのは監察の山崎。 見るからに縁日を満喫している沖田と違い、あくまで地味な彼の身なりは警官らしいものだった。 一番目立つ所持品が、ミントンのラケットだという点を除いては。 「ァんだ、そりゃ。聞いてねえぞ俺は」 「きっと言い忘れたんですよ。今日はお妙さんの店が浴衣サービスデーだァとか言って 朝からずーっと浮かれてましたもん、局長。 きっと今頃、姐さんの浴衣姿にヨダレたらして見入ってるんじゃないですか」 「女の浴衣姿にヨダレたらして、か。」 醒めた声でつぶやいて、土方は背後を振り向いた。 「ったく。大将といいてめえらといい。そんな奴しかいねえのか、ウチには」 彼が目を向けたのは、この集団のちょうど真ん中あたりで強面野郎に囲まれている、唯一の女。 真選組初の女隊士、は、笑顔で参道に並ぶ夜店を眺めている。 縁日らしく浴衣姿の彼女は、屯所を出る前からずっと、 その涼しげな装いにヨダレを垂らして喰いつかんばかりの野郎共に囲まれていた。 「まァまァまァ。いいじゃないですか副長。 今日は文句は無しにしてくださいよォ。特賞当てたじゃないですか。アレに免じて、機嫌直して下さいよ」 「そうですぜ。ちゃっかり○ン×玉出して『と縁日デート権』かっ浚ってったアンタに、 んなこたァ言われたかねェや」 コレのどのへんがデートなのか。普段の見廻りと何の変わりばえがあるというのか。 面白くもなんともねえ。 ボヤく内心を抑えつつ、土方は前へと視線を戻す。 正直、の浴衣姿は見たい。 だが、ちらりと目を向けてみれば、今度は隣の沖田の探りを入れる気配が気になってくる。 相反する彼の本音と警戒心は、その不機嫌顔をさらに険しくさせていた。 沖田が用意していた、あの危険な福引。 その商品は、この縁日でをエスコートする権利だったのだ。 そもそもの事の始まりはといえば、が漏らした独り言のような言葉だったらしい。 屯所に貼られた、町内会主催の縁日のポスターを見た彼女が 「いいなあ・・・最後に行ったの、何年前だっけ。行きたいなあ」と うらやましそうにつぶやいたのだ。 そのひとことで屯所は沸いた。誰がを縁日へエスコートするかで、揉めに揉めた。 俺だ俺、いやオメーじゃねえ、俺が行く、と志願者は続々と増え続ける。小競り合いまで起きる。 いくらが「みんなで行きましょう」と声を張り上げて訴えても、誰も聞く耳を持たない始末。 そんな騒ぎがピークを迎えたころ、澄ました顔で一声発したのがあの男。 「落ち着けィ、てめえら。ここはひとつ、平等にクジ引きで決めようじゃねェか」 沖田のひとことで、屯所玄関前はあっというまに抽選会場へと様変わり。 「ガラガラ回るアレ」の前には、小さな玉に運命を賭けた男達の長蛇の列が作られる。 しかしいっこうに当たりが出ない。ハズレの景品、ポケットティッシュを手に、 列を成していた男達が次々と肩を落とし、ゴツい背中に哀愁を漂わせながら去っていく。 そこへ最後に現れたのが、出先から戻った土方だった。幸運の女神は彼に微笑んだのだ。 自らもハズレを引いてしまった沖田が腹いせに仕込んだ、異様な色と形状の爆薬。 それは土方の元に幸運を運んできた・・・・はずだった。 だが、どうやら彼の幸運は、あの爆薬を引き当てたときの爆風とともに吹き飛んでしまったらしい。 屯所の前に現れたは、なぜか大勢の隊士に囲まれていた。 そして、なぜか彼等はそのまま縁日までついてきた。 あからさまな妨害に遭い、土方は彼女の浴衣姿を満足に見ることすら叶わずにいる。 とはいっても、まったく見ていないわけでもない。 なぜかずっと彼の隣に張り付いて、離れようとしない沖田の目を盗んでは、 その姿を時折垣間見てはいたのだが。 白地に紺色で大きな紫陽花の花を散らした、すっきりと古風な柄の浴衣。 黙って立っている限りなら、普段でも深窓の花かと見紛うような気品を漂わせるによく似合う。 ゆるくまとめられた髪からは後れ毛が垂れていて、歩くごとにうなじのあたりで揺れる。 縁日という、普段は眠っている童心を呼び覚ますような、心躍る懐かしさと情緒にあふれた場所。 夜店の賑わい。暗闇に浮かぶ提灯の灯り。 日常にありながら日常をほんのすこし離れる、風情たっぷりな異空間。 その中で見るの浴衣姿に、普段目にする彼女とは違う、 別の女を前にしているような新鮮さを誰もが感じていた。 笑顔で彼女を取り巻く隊士たちも。時折振り向いては、彼女に眩しそうな目を向けている沖田も。 そして一見不機嫌そうな表情のこの男、土方もその例外ではなかった。 屯所を出るときに初めて目にしたの姿に、人目も憚らずに見蕩れそうになったくらいだ。 だからといって、その浮き立つような戸惑いが、そのままこの男の態度に現れることはない。 ほとんど口を開くこともなく煙草をふかし続け、夜店にはろくに目をくれようともせずに参道を進んでいく。 その素っ気の無さもまあ、この男らしいところではあるのだが。 「さあん。こっちに来たらどうですか」 と、振り向いた山崎がノンキな口調で声を掛ける。 それを聞いたは、わずかに戸惑ったような表情を浮かべた。 言われたとおりに前へ進むと、山崎の隣に並ぶ。 いや、そうじゃなくて、と山崎は副長の背中を手で指して、彼女を促した。 「いや、あのさァさん。ここじゃなくて前、前ですよ。前に行ってくださいよォ」 指された背中を見たの目が曇る。 困った顔で眉をひそめて、視線をさっと逸らした。 「え。でも・・・・」 ぽつりと言った硬い声音は、後が続かず途切れてしまう。 またか。 それを聞いた土方は、その声の硬さに少し気落ちを覚えた自分を笑いたくなった。 副長直属という肩書きで、真選組の隊士になった。 その主な仕事は、土方のサポートをするためのもの。 当然、二人が一緒にいる時間は格段に増えた。話をする機会も、二人だけで行動する機会も多くなった。 それなのに、いまのところ二人の距離は、一向に縮まっていない。 縮まる気配すら見せていない。 それどころか、妙にぎくしゃくと四角張った関係になりつつあるのだ。 この二人の、ぱっと見にはよくわからない不和な状態の素性は何なのか。どこにあるのか。 上官の土方が、素っ気無い態度を崩すことがないから、というのもある。 決してとっつき易いタイプの上官ではない。 それは誰の目にも明らかだし、土方本人も認めるところだった。 しかも彼には、に対して思うところがある。そこがどうにも後ろめたい。 そんな土方の、口に出来ない後ろめたさを伴う含みが邪魔をしたのかもしれない。 彼の素っ気無さは、に対してだけいっそう強まった。 もやはりそれを感じたらしい。気を遣いながら、やや間を置いて接していた。 しかしまあ、自分もも、そのうち互いの存在に慣れてくるだろう。 慣れは時間の問題でもある。そう思い、土方もそこにはあまり構うことなく仕事を進めていた。 その結果、仕事は進んだ。 一人ですべてを抱えていたころに比べれば、はるかに仕事ははかどった。 の仕事覚えは、悪夢のような家事の覚えの悪さが嘘のように速かったのだ。 だが、それに反比例するかのように、二人の関係の進展はまったくはかどらなかった。 進むどころか、逆行していた。あきらかに二人の距離は遠ざかっていた。 関係の退行、と言ったほうが合っているのかもしれない。 土方の素っ気無さに怯えているのか、それとも他に何か理由があるのか。 最近のは、土方の前に出ると目に見えて萎縮するようになっていた。 表情がぎこちなくなって、声も小さくなる。その大きな目は曇って伏せられたまま。 土方の態度をよりぎこちなくさせていた、あの上目遣いの目を最後に見たのはいつだったのか。 まっすぐに彼を見上げていたあのひたむきさも、どこかへ消え失せてしまったらしい。 「そうだぜ。そんなとこにいねえで、土方さんの隣に並びなせェ。」 沈黙を破ったのは沖田だった。 自然な仕草での手を引き、自分と土方の間に彼女を導く。 二つの手はそのまま離れることもなく、繋がれたままになっている。 沖田の手に繋がれた、白地の浴衣の袖から覗いているの細い手首。 淡いその色。 それが、土方の目を惹いた。 今は副長直属という立場の。 だが、配属になってからも見習い隊士としての訓練は続いていた。 半日は沖田の一番隊に付き従い、彼等と行動を共にする。そして残りの半日を、土方の元での仕事に費やす。 仕事が終わる時間になれば、決まって沖田がひょっこり顔を出す。 そして彼女の手を引いて、土方に意味深な表情を向けつつ連れて行く。 上官とはいえ、新入りの自分に何かと構ってくれる、一番気のおけない相手。 悪戯好きでちょっと甘えたところのある、弟のような少年。 そう信じ込んでいるは、すっかり沖田に気を許していた。 手を繋ぐのも、この弟のような少年の甘えの延長線上にある行為としか感じていないのだろう。 当たり前のように繋がれたままの、沖田との手。 こうして沖田が彼女を連れ回していることを、土方も知らないわけではない。 彼の横で繋がれた二人の手。それも、彼が始終目にしている光景なのだから。 知ってはいる。 だがそれを、いつものことだと割り切れるかというと、そうではない。 それはまた別の話になるわけで。事実、土方は苛立っていた。 とはいえその苛立ちを鮮明に語っているのは、判りにくいことにその表情ではない。 一見普段どおりにしか映らない、彼の何気ない行動である。 屯所を出てからというもの、彼の煙草の減りは速まる一方だったのだ。 事実として今も、煙草の先は灰を落としてすっかり短くなっていた。 土方は次の煙草を求め、懐から箱を取り出した。 その中を見て、今日一番の苦い顔をする。 もう一本も残っていなかった。 今吸っているこれが最後だったらしい。 「何か食べませんかさん。俺、買ってきますよ」 「ううん、さっきから色々ご馳走になったから、もうお腹が一杯で。 山崎さんこそお腹減ってないですか?何か買ってきましょうか」 「いやいや、俺達はいいんですって。気ィ遣わないで下さいよー。 俺達は、綺麗な浴衣姿見せてもらえりゃあ、もうそれだけで満足なんだからさ。ねえ、副長?」 へらっと笑って問いかけてきた山崎には目もくれず、何を返すこともなく、 鬼の副長は短くなった最後の煙草を参道に落として揉み消し、足を速めた。 その取りつく暇も与えない反応に焦ったのは、山崎だ。 どんどん離れていく土方の背中にうろたえ、 それからしゅんとしてうつむいているに気づき、さらにうろたえた。 「えっ、ちょっ、副長っ!?副長ォ!! ・・・やっ、いやあのっ、えーと、ね、ねえっっ?ホント綺麗ですよねっ、沖田隊長っっっ!?」 「気にするねェ、。女の着物を誉める言葉なんて、あの人の頭にゃ詰まってねえのさ」 わざと土方にも届くような大きな声に澄ました口調で、沖田が慰めの言葉をかける。 土方もこれにはムッとした。だが、その怒りの矛先は違うところへと向けられる。 「山崎ィ!」 「へ、へいっ」 「お前、ちょっと行って」 そこまで言いかけて、彼は口を閉ざした。 「いや。なんでもねえ」 煙草買って来い。 そう言いかけて、彼は途中で止めた。 沖田の挑発にまんまと乗せられそうになっている自分に気づき、急にバカらしくなったのだ。 空になった煙草の箱をひねり、参道沿いに置かれたゴミ箱に投げ捨てる。 放り投げられた箱を目で追った山崎は、はあ、と怪訝そうな顔をしている。 「ねえ総悟。あたし、クレープ買ってくるね」 「姫ィサン、もう入んねえって言ってたじゃねえか」 「うん、そうなんだけど。 そこで売ってたじゃない?あれ見たら、急に食べたくなっちゃった」 ぎこちない笑顔でそう言いながら、今通ってきた場所を振り返る。 が指したあたりには、屋台のクレープ屋が店を出していた。 それを見た沖田が、の手を引いて踵を返す。 「ふーん。甘いもんに目が無ェからなあ、は。じゃ、行きやしょうか」 「えっ、ううん。いいの、総悟も先に行ってて。すぐ追いつくから」 止めようとした沖田の声も、繋いでいた手も振り切り、の草履履きの足が駆け出す。 浴衣の裾を綺麗に捌きながら駆けて行くその後を、しょうがねえなあ、とつぶやいた沖田が笑って見送った。 駆けて離れていく草履の軽やかな足音を、不機嫌顔の土方もその耳で追っていた。 「・・・どこ行っちまったんだろ、さん。」 そうつぶやいた山崎の心配げな声。 それを隣で聞いていた土方は、神社の参道へと目を向けた。 提灯と灯篭のほのかな灯りと、ひしめいて並ぶ屋台の看板や電飾が、細い参道を照らしている。 石段の上にある暗い境内からは、灯りにうっすらと照らされた人の群れが 何か巨大な生き物が蠢いているようにも見えた。 ちょっと戻ってクレープを買ってくるはずの。 彼女は、ちょっとどころか三十分以上経っても戻って来なかった。 四、五十分近く前からずっと、この縁日の終着点、神社の境内で彼等はを待っている。 ここへ着いて十分ほどして、最初に沖田が彼女を探しに参道へ戻った。 それから一人二人、また一人、と隊士たちはを探しに出たのだが、いまだに誰一人として戻ってこない。 町内会の小さな催しとはいえ、参道はそこそこの人混みで埋まっている。 探しづらさもあるだろう。けれど、この小さな神社の短い参道を探すのに、そう時間がかかるはずもない。 なのに誰も戻って来ない。彼女を見つけたという連絡も無かった。 境内の軒先に腰を下ろして待っているのは、土方と山崎の二人だけになってしまった。 山崎は時々、ちらちらと隣の男の様子を盗み見ていた。 さっきまでのような、人を寄せ付けない張りつめた不機嫌さは消えている。 それでも山崎は落ち着かない様子で、彼からちょっと離れて座っていた。 おそらく自分の気のせいではない。 ここへ着いてから、鬼の副長の不機嫌さはじわじわと増しているのだ。 「大丈夫かなあ、さん。この辺りも、夜は物騒なことが多いから。ねえ、副長」 「ガキじゃねえんだ。そのうち戻ってくんだろ」 「そりゃまあ、そうかもしれないですけど。けど、あんな綺麗なコが一人で歩いてたらさあ。 縁日で浮き足立った奴も、酔っ払いもナンパ野郎もいるし。ちょっかいかけてくる奴ァ、多いと思いますけどねえ」 「フン。そーかもな」 「そーかも、じゃなくってェ。絶対そうですって。今だって、ウチの奴等の殆どがさん狙いなんですよ? あの浴衣姿見たら、いまにこの近所の連中にまで追っかけ回されるようになるんじゃないんですか。」 「降るな。」 「はい?」 「雨だ。そろそろ降るんじゃねえか。」 土方は西の空を見上げていた。 そこには暗い中でも判る速さで、分厚そうな雲がこっちへと向かって動いていた。 あの雲だ。通り雨だが、かなり降るだろう。 そう思いながら無意識に懐を探る。 探ってみてから思い出す。煙草が切れているのだ。 思い出して、また苦い顔になる。 そんな彼を横目に眺めながら、山崎はやれやれと肩を竦めた。 「いいんですかァ、副長。そんなにノンキに構えてて。 副長付きの隊士が副長の前で行方不明になるなんて、体裁が悪いじゃないですか」 「山崎ィ。何が言いてえんだ」 「いえいえ、別に深い意味はありませんて。ただ心配してるだけですよ」 「いいから放っとけ。そのうち沖田あたりが捕まえんだろ」 そう言った彼の目は、早くも目の前にぱらぱらと落ち始めた雨粒を追っていた。 急な真夏の通り雨は、雨粒のひとつひとつがくっきりと大きかった。 大粒の雨に叩かれた暗い地面がしだいに水気を吸って、その色をさらに暗く変えていく。 土方が無言で立ち上がる。 それを目で追い、山崎が尋ねる。 「どこ行くんですかァ?」 「・・・煙草だ煙草。煙草買いに行くんだよ」 「ああ、それなら俺が行ってきま」 「いい。テメエはそこにいろ。それと、が見つかったら知らせろ。」 素っ気無く言い置いて、土方は境内と参道を繋ぐ石段を下って行った。 急ぎ気味の背中が、雨の向こうに消える。 雨に煙り始めた石段の先を眺めながら、山崎はくくっと笑ってつぶやいた。 「素直じゃないねえ、あの人も」

「 紫陽花が泣き止む頃に 2 」text by riliri Caramelization 2008/08/22/ -----------------------------------------------------------------------------------                               next