男はそれを我慢出来ない 3
が本入隊する前日の夜。 初の女隊士と局長、局内ナンバー2とその命をつけ狙う一番隊隊長。 四人は局長室であるものを囲み、顔を付き合わせていた。 支給されたの隊服は、かなり際どいミニスカだった。 近藤が手配したものである。 当然、それを毎日身につけなければいけない本人は抗議した。 「得意技の回し蹴りが使えないからいや」 どこか的の外れた理由。ピントのズレた理由である。しかし本人はいたって真剣。 そして真剣なのは彼女だけではなかった。 満身創痍の二匹のターミネーターたち。彼等も、そのスカートの短さを目のあたりにして 黙っているようなタイプではない。 話をややこしくするだけの自分の言い分はひた隠し、当たり障りなくに合わせた言い分を唱えた。 けれど、その裏にあるのは彼女の所有権を争う男の本音。 たとえば、彼女の美脚を独り占めしたい、とか。てめーなんぞに見せてたまるか、だとか。 くだらない本音である。実際のところ、ほんとうに他愛が無い。まったくくだらない。 だが、彼等に目の前でそれを言い切ってはいけない。 幾つになっても無邪気な男という生き物。彼等は、同時に幾つになっても傷つきやすい生き物なのだ。 しかしここにいる三人の男もそうなのかというと、これは例外だと言い切っていいだろう。 傷つきやすいとか繊細だとか、そんな可愛いさのある奴らではない。 大将からしてこれなのだから。 笑顔の近藤の言い訳は、奮っていた。 「いやいやいや、その短さが肝心なんだ。にとっては、それが剣技と並ぶ強みになるのさ。 男なんて皆、バカな生き物だからな。そうも思いきりよく出されちゃ、目が向かないはずもねえ。 バカな生き物がその脚線美に見惚れている隙を突いて、はその剣の腕でバッサリと」 「ああ、ここにもいるなバカな生き物」 「いますねィバカなゴリラが」 「何を言う!誤解するなよトシ、総悟。 俺はだなァ、ただの身を案じているだけだ。 だからこうしてデザインから仕立てまで、フルオーダー仕様で女子用隊服を作り上げたんだぞ」 「はあ・・・ありがとうございます、局長。でも」 不承不承に礼を述べるを遮るようにして、近藤が豪快な笑い声を響かせる。 「しかし、まさか女の着物ひとつ仕立てるのに、ここまで手間と度胸が要るもんだとは思わなんだ。 こっそりの部屋に忍んで下着のサイズを調べたり、寝ているに気を使いながら ウエストや腰のサイズを測ったり。出入り以上に命懸けだぞ? いやァ、参った参った、お妙さんの寝室に忍び込むときくらい神経をすり減らしたぞォ、ハハハハハハハ!」 それぞれの思惑と怒りに言葉も無い三人を前に、笑いが止まらない無邪気な近藤。 座る彼の横に置かれた愛刀に、の手が気配も無くすーっと伸びる。 その名も虎鉄。言わずと知れた、名刀である。 「副長。このストーカーゴリラやっちゃっていいですか。」 「やれ。殺っちまえ、バッサリと」 煙のむこうに浮かぶのは、彼に笑いかけてくる隊服姿の。 そして、その隊服にまつわる数々のエピソード。 に「副長」と呼ばれていたのは、いつの頃までだったのか。 あの隊服姿を目にすることがなくなってから、もう半年が過ぎたのか。 思い出というものは、えてして美化されがちなもの。 弱っているときならより鮮やかに、思い出は儚く優しく美しく。 浮かべた者を、厳しい現実から遠ざけてくれる。 冷や汗と苦悩に見舞われながらの、スリリングな一服の残骸を灰皿に落とす。 重度のニコチン中毒患者である彼は、多少の平常心を取り戻した。 しかしこうして平常心を取り戻したところで、状況のまずさが好転されるわけもなく。 なぜか箪笥の引き出しに収まっていた、例のブツ。 それは今、苦悩の表情で畳に胡坐をかいている彼の、すぐ目の前に広げられていた。 意を決して再び引き出しを開け、彼が中から取り出したのだ。 本来彼は、怜悧で合理性を尊ぶ男である。 「どうしてコレがここに」「誰が俺の箪笥に」 などという、今ここで思い悩んでも無駄な、堂々巡りな推察は、すでに彼の思考には無い。 考えてみたところで解決に結びつきそうもないことは、後回しで良い。 それより何よりまず先に、一刻を争って考えるべきことがある。 それはこの、目の前に置いたの制服。 これをどうやってここから持ち出すか。そしてどうやって始末をつけるか。 もしこれが俺の部屋にあることが、誰かに知れたらどうなるか。 たとえばそれが、あの沖田だったとしたら。 虎視眈々と自分の失脚を狙うあの悪ガキに、このブツの存在をもし知られたら。 そんな最悪の事態を回避するためにも、 誰にも見つからないように、すみやかに、即刻に。このブツの始末をどうつけるか。 ただその一点のみを、彼は先刻から考え抜いていた。 ボヤでも起きたのかと飛び込まれかねないほどの、きな臭いほどの煙を噴き上げつつ。 彼は平静を装った顔で、しかしその背筋には冷や汗を流し、ただひたすらに考え抜いていた。 さてこの場合、彼には選び得る選択肢がいくつかある。 ここでその一例を挙げてみよう。 客観的に見て一番無難かつ合理的かと思われるのは、彼が持ち主に直接、服を返すことである。 まずは彼が、誰にも見つからないように注意を払いつつ、服を屯所から持ち出す。 それからこの謎の経緯を正直にに打ち明け、服を彼女に返す。 おそらくこれが最善なはずだ。 多少の恥ずかしさや気まずさは残るものの、これが一番無難でベストな選択かと思われる。 元恋人同士で気心の知れた仲だからこそ、多少の無理やいざこざがあっても警察や裁判沙汰にはならずに済む。 元恋人という特権あればこその、この穏やかな解決法。 客観的に見たところ、気まずささえ何とか乗り越えれば、一番平和的な解決法のはずである。 しかしこれは無しだった。この選択肢は、彼の中には無い。 誰に何と言われようと無い。アリかナシかでいったら、彼的にはナシ。即答でナシである。 本人に「お前の服、俺んとこにあったぜ。なんでか知らねーけど」など言ってさらりと返すわけにはいかない。 無いといったら無いのである、そんなセリフはストイックさが売りの厳格な副長のキャラには、無い。 ツッコミどころが有りすぎて、却って言われた側の無言を誘う。そんなせりふは即答でナシである。 それでなくとも彼は、人一倍格好つけたがりな男。 失血寸前で死にそうに痛かろうと、実は分度器を取り行くのを口実に家に帰りたくなるくらい恥ずかしかろうと、 とにかく彼は我慢する。我慢のための我慢も惜しまない。我慢に我慢を重ねる。 何事もなかったかのような無表情を貫き、咥えた煙草に火をつけたつもりが、咥えていたのは花火だったりする。 それでも我慢し続ける。花火を咥え続ける。 傍から見れば「イヤもう面倒臭いんでそのへんで勘弁してください」と 新八ならずとも渋々でツッコミたくなるような、無意味でレトロな、いや今時誰もやんねーからそれ的な我慢を押し通す。 瀕死の重傷に脂汗を流しながら、意地でもやせ我慢を貫き通し、自らのアイデンティティを護る男。 それが土方十四郎である。 ましてや今、この話は絡み。 格好つけたがりなこの男が、惚れている女の前で自らのキャラを捨てた真似などするはずがない。 出来るはずがないのだ。 彼はそう思い込んでいる。に知られては終わりだ、と。 しかし客観的な観点から言わせてもらえば、彼がそれを口にしたところで何ら問題ない。 アリかナシかで言えば、即答でアリである。 自分から別れると言い出したとはいえ、はいまだに心の奥では彼を思っている。 どんなに不自然な状況でも、元カレ土方が頑としてそうだと言い張れば、 彼のためにどんな無理でも呑み込み、信じ込むだろう。 彼は今、動揺のあまり忘れているが、はただでさえひたむきな女なのだ。 普段はむやみに「土方ァァ!」と罵声を飛ばすようなところもあるが、いざとなれば何があっても彼を庇うだろう。 土方のためとあれば、たとえ水中に落としたそれが錆びた鉄の斧であっても、 池から現れた不審な女神様に「金の斧です!絶対ぜえったい、金ですからぁぁ!!」と言い張ってしまうような女なのだ。 どんなに胡散臭い状況であろうと。 誰もが土方を「別れた女の制服を隠し持っていた」と嘲笑おうと罵ろうと。 はたとえ自分が最後の一人になっても、彼を信じるだろう。 彼の元に隊服があったことを、黙っていてくれと言われなくても、自ら進んで胸に秘めておくだろう。 しかし彼は、それを知らない。 彼の立場にしてみれば、自分は「一度はフラれた男」なのだから。 惚れた女の服。 共にここで暮らしていたころの、思い出の詰まった隊服。 思い出の品の奥深くに沈むような遠い目をして見下ろし、腕組みをしつつ。 彼は煙とともに、自嘲混じりな溜息を吐いた。 そういえば。 あいつに惚れたとはっきり自覚したのは、あの夜だったのかもしれない。 いまさらすぎる発見だと思いつつ、彼は思い起こしていた。 局長室で顔を突き合せ、四人での隊服を囲んだ夜。 さっき思い返していたの隊服騒ぎの、その直後のことを。 の制服姿を見たがった近藤は、今すぐ試着してみせてくれと彼女をせかした。 スカート丈は気になったものの、新しい着物を喜ばない女はそういない。 照れ隠しに文句を言いつつも、は部屋に戻って着替えた。 そしてはにかんだ表情で戻ってきて、新品の隊服姿を彼等にお披露目してみせた。 「おお!こりゃあいい!!よく似合ってるぞォ、」 「違いますぜ近藤さん。どんなもん着たって似合うんでさァ、は」 「・・・・ほんとに?大丈夫?おかしくない?総悟。ほんとに大丈夫?変じゃない?」 はスカートの裾を気にして引っ張りながら、不安気に繰り返し沖田に尋ねた。 沖田と。 この頃の二人は、局内において互いに一番親しい存在。すでに互いに呼び捨てにする仲だった。 彼女にとっては沖田は年も近く、立場的には上官ではあるものの、甘えて懐いてくる弟的な存在。 もっとも彼のほうは、そんな曖昧なポジションに満足するはずもなかったのだが。 「ほんとに?ほんとに大丈夫?」 「ホントでさァ。どこの姫ィさんより可愛いや。そいつァのためにあるような服だぜ。 ねえ土方さん」 「女の着物の良し悪しなんて知らねェよ。俺に振るな」 「・・・そうですよね。変ですよね、・・・・似合わないですよね」 素っ気の無い彼の口調と言葉を否定と受け止めたのか、 は萎れたように頷いた。それから、言いにくそうに近藤の顔を見て申し出た。 「すみません局長。やっぱりこれ、お返しします。申し訳ありません。 あの、男性用の隊服を用意していただけませんか。自分で直しますから」 我慢強い女中頭に泣きを見させたほどの家事音痴な女が、隊服をどうやって自分で直すというのか。 はそう言ってうなだれたが、男三人の心中に真っ先に浮かんだ危惧は違うところにあった。 うなだれる。彼女を前に、土方は内心慌てた。 態度にこそ出さなかったものの、些細な自分の一言をなぜそう取るのかと戸惑った。 ましてや彼は、似合わないなどとは欠片も思っていないのだ。 本心はまったく逆である。 「言ってねえ」 手にしていた煙草を咥え、土方はぼそっとつぶやいた。 「俺ぁ似合わねぇとは言ってねえ。 ・・・ただ、女の着物の良し悪しが判らねェと言っただけだ。 せっかく近藤さんが用意したんだ。グダグダ言わずにそいつを着てろ」 言われたは、ほっとしたかのように肩を落とした。 しかし再び何か思い悩むような顔になり、しばらく考えた後でまた口を開いた。 「・・・・副長。・・・・あの。似合いますか?」 「さあな。まあ、こいつらがそう言ってんだ。そうなんじゃねぇのか」 「そうじゃなくて。副長は?副長はどうなんですか?似合うと思いますか?」 「るせえ。んなこたあ知るか。」 「えええー。どうして答えてくれないんですか副長」 「・・・しつけえ奴だな。俺ぁ知らねえっつってんだろ」 怪訝そうに眉を曇らせる。 短いスカートを見下ろして、それから真剣な顔で土方に迫り寄る。 迫られた土方は、思い切り不自然に顔を逸らした。 近すぎるのだ。紅い唇を尖らせ、目を見開いたの顔が目の前にあった。 「・・・やっぱり。やっぱり変なんですよね、これ? 変だと思ってるから答えられないんですよね? 教えてください副長。どこが変ですか?どうして答えてくれないんですか副長!?」 「そうですぜ、答えてくださいよォ土方さん」 「そうよォ答えてよォトシィ」 「うるせぇ。知らねェっつったら知らねえんだよ」 仏頂面で返しはしても、土方はをふたたび見ようとはしなかった。 なぜ答えてくれないのかと迫ってくる彼女からぎこちなく顔を逸らしたまま、黙り込んでしまった。 可愛かったのだ。 真新しい隊服に包まれた華奢な身体も。しなやかな脚も。 反応を窺うように、上目遣いにちらりと彼を見る、どこか不安気なその表情も。 正直、近藤にも沖田にも見せたくなかった。 誰にも見せたくないと思った。 出来ることなら、のこの姿を自分だけのものにしておきたかった。 そう思う自分が、どうにもやりきれない。 見蕩れる自分が、どこかいまいましい。 それ以来彼は、が何度言葉を求めても「うるせぇ」とぼやくだけ。 彼女の隊服姿については、賛辞の言葉どころか感想すら口にしなかった。 そしてそれはいまだに続いている。 彼はいまだに一度も、を誉める言葉を口にしたことがない。 誉めたこともなければ、自分の思いを語ったこともなかった。 好きだと言ったこともない。 惚れていると言ったこともない。 勿論そこに気づいてはいるのだが、口に出す気にはなれないのだから仕方が無い。 この男のこういった無器用なところもまた、格好つけたがりの由縁から来ているのかもしれないが。
「 男はそれを我慢出来ない 3 」text by riliri Caramelization 2008/08/10/ ----------------------------------------------------------------------------------- next