男はそれを我慢出来ない 2
「捨てられたんですよぉ〜〜、だまされたんですう男にぃ!! あたしぃ〜〜、こんなにかあいいのにぃ!!ね!?ほんっっっっとかわいそおでしょォ!!? ね!!?副長??そうおもひませんかぁ〜〜???こあい顔しないでぇ、返事してくらさいようぅ」 かわいそうなのはお前の頭の悪さだ。そう心の中で断言しながら。 土方はその晩、酒を片手に。 もう片方の手では、頭痛に襲われた頭を抑えていた。 拾われてここへ来た頃の、無口で愛想の無い、 しかしミステリアスな美人ぶりはいったいどこへ吹き飛んだのか。 被っていた猫の毛皮は、歓迎、仮入隊を祝って催された飲み会で簡単に脱げた。 しかも一糸纏わぬ丸裸。 澄ました顔で酒を啜る沖田以外の隊士全員が、揃って唖然とした。 男に貢ぎ、捨てられ、一文無しで路頭に迷ったいきさつを、は聞かれもしないのに話し始めたのだ。 酔っ払いの話は、身近だが行ったことの無い国の言葉のように降り注ぐ。 語尾は呂律が回らず、言葉は意味を成さずにちぐはぐなものばかり。 その半信半疑な話から土方が推察すると、どうやらこういうことらしい。 この根がひたむきな女は、あまりの一途さと寂しがりな気質のために、本来しなくていい苦労と損を続けている。 ダメ男にひっかかっては貢ぎまくり、全てをむしり取られては捨てられるのが今までの定番パターンか。 よくもまあ、今まで売り飛ばされずに無事でいたものだ。 「ヒモ男に貢ぐ→キャバクラ嬢→風俗嬢→身請け船」の 黄金ルールが成り立つのは、時間の問題だったのかもしれない。 酒乱とまではいかないものの、はかなりの酒好きのよう。 しかもアルコール成分に弱い体質。 酒の入った彼女の乱れぶりは、無礼講どころの話ではなかった。 酒も酒肴も踏み倒し、宴席のど真ん中をはしゃいで跳ね回りながら、 聞いた者の耳がしばらく使い物にならなくなる、酷い音程の「キューティーハニー」を振付で熱唱したり。 酔っ払いの愚行を無責任に面白がる沖田と二人で飛び掛り、嫌がる山崎を簀巻きにしてみたり。 こちらも酔ってお妙への恋慕を切々と訴え始めた近藤を 「やぁ〜〜〜だぁあ、このゴリラあ、うざい!帰れ!今すぐジャングルに帰れ〜〜!母なる自然に帰れ〜〜!! ネイチャースピリットォォ!!森の賢者をキャバクラ嬢から護れぇえぇ!!」と間違った知識で一刀両断してみたり。 お銚子片手に、転がるような笑い声をあげながら、広間の片隅で難を避けての手酌中の土方にまで絡んできたり。 最終的には着ていた着物を「この部屋暑いですよぉ〜〜、ああもぉ脱いじゃおっかなあっっ」 と無邪気にケタケタと笑いながら、自分で帯をしゅるしゅると解き始めたのだ。 目の前ではらりと滑り落ちる、の着物。 その下に身につけていた襦袢の白さと、無造作にまとめられた髪を透かして覗く、白いうなじ。 暑い暑いとうわごとのように唄いながら、肌蹴られてゆく衿元からあらわれた淡い色。 目にしただけで、その肌身の柔らかさが想われた。 土方は見蕩れた。 言葉も無く。 自分の異変に気付く人目を気遣うでも無く、晒されたの肌にただ見蕩れた。 月を見上げ、不味い茶に悶絶したあの夜以来、彼はを無視出来ない自分を認めていた。 「この女を自分の傍に置きたい」とひそかに思い始めていた。 その思いはなぜか、酒の入った彼女の醜態を見ても褪めることが無かった。 もしこれが、他の女だったら。 俺はこの乱れようを目にしただけで、肩を竦めて立ち去っただろう。 なのに。 そこまで浸って、ふと目の前の光景のまずさに気付く。 息を呑み生唾を呑み、無言でを見詰めている隊士たちの、鼻の下が伸びきった顔、顔、顔。 困惑して両手で目を塞ぎ、しかしその指の隙間からしっかりとを注視しつつ赤面している近藤。 そして最後に目が合ったのは。 目を光らせて、興味津々で彼を眺める沖田のにやけた顔だった。 はっと我に返った土方は立ち上がり、広間の障子がビリビリと揺れるほどの怒号を飛ばした。 「てめーらあぁぁ!!!!見んじゃねえ!!見た奴ぁこの場で切腹だああァ!!!」 この騒ぎで、彼のに対する気持ちは皆の了解のもととなってしまった。 土方が掛けた着物にくるまれて、真っ赤な顔で酩酊しきって転がっている以外には。 が仮入隊となって二ヶ月。 そろそろ本入隊、正式採用をという話が挙がっていた。 そうなれば自然と浮上してくるのが、を局内のどの部署に配属するかという話。 唯一の女隊士。腕も立ち、しかも見た目が美しい。 酒癖の悪さはあるものの、慣れてみればその性格は可愛らしく、どこかいじらしい。 彼女に近づく野郎共を片っ端から潰して回る一番隊隊長の暗躍に怯えながらも、 増える一方だったの取り巻き連中は勿論のこと。 それ以外の隊士たちまで、自分の部署への彼女の配属を望んだ。 一番隊から十番隊まで、隊長をはじめとする隊士たちの足の引っ張り合い、小競り合いが始まった。 男同士の醜い争奪戦は、本人には気づかれぬように水面下で、しかし炎のような熱さで繰り広げられていた。 そのようすを、一歩退き他人事として眺める男が一人。 副長の土方十四郎。 彼は配属の話にははっきりした意見を述べず、我関せずの涼しい顔で彼等を眺めていた。 それはしかし、ポーズだった。 あくまで余裕を示すためのポーズなのだ。 そのポーズですら、彼の策略の一片でしかなかったのだから。 彼は静かに策略を張り巡らせていた。 そして決着のつかない争奪戦の行方が混沌としてきたころに、何食わぬ顔で腰を上げた。 まずは大将、近藤から攻略にかかる。 隊服をオーダーするくらいである。彼もまた、を自分の直属部下として傍に置きたがった。 お妙のこととはまた別にして、周囲に女気が欲しかったのだ。 しかも、真選組の顔である彼に同行させる部下として、これほど見栄えの良い人材も無い。 お婿に行きたいお年頃の彼としては、自分の隣に華を添え、 時には眺めて癒されたいという想いもあっただろう。 そこへ誰かがやってきて、煙草片手の忠告顔で、ありもしない情報を基にした入れ知恵をする。 その入れ知恵に面白いほどあっさりひっかかり、単細胞なストーカー、いや、 素直で純情で一途な近藤は態度をころっと変えた。 「お妙さんが妬くからぁ、やっぱやーめたっ」 真選組の魂、近藤勲。 中身は中二の夏(もしかしたら小六あたりかもしれない)で止まった、なんとも愛らしいおっさんである。 次に攻略すべきとされたターゲット。 それは、各部隊の隊長たちだった。 彼が行動を起こさずにじっと契機を伺っていたのは、隊長たちの攻略をスムーズに進めるため。 俺は興味ねえ、といかにも他人事のような顔で黙ってい土方だが、 その間に何もしていなかったわけではない。実際、着々と勝負に打って出る準備を整えていたのである。 彼が何を準備していたのか。それは情報収集だ。 監察の山崎を酷使して、昼夜を徹しての諜報活動。 山崎の寝不足と目の隈と過労の対価として、その情報は土方の手中に収められた。 各隊の隊長がそれぞれに隠し持っている、弱点や汚点、人には知られたくない恥部。 どこぞの店でツケが溜まって首が回らなくなっている。 どこぞの店で伝染された恥ずかしい病気を患っている。 日本一有名なファンシー猫キャラグッズのコレクションを部屋に隠している。 夜中の局内にデリ××から呼んだ女を連れ込んだ。 拾った小犬を局内でこっそり飼っている。毎週自室の押入れに隠れ、ジャンプを読んでいた、等々。 顔から火を噴くほど恥ずかしいものから、本人以外にはどうでも良さげなものまで、隊長たちは調べ尽くされた。 調べ尽くし、個々に呼び出し、執拗な脅しをかける。 鬼なのだからその一切に容赦は無い。地獄の番人に情けと呼ぶべき感情は無いのだ。 とにかく様々ないちゃもんの嵐と策謀と鬼神のごとしのその姿に、 歴戦の猛者のはずの男たちは皆、次から次へとひれ伏した。 そして隊長格が倒れてしまえば、後は烏合の衆である。平隊士は彼の敵ではない。 消費者金融におけるヤクザの存在と紙一重。・・・というよりは、取立てに現れるヤクザそのもの。 誰もがムチャぶりだと心の底では嘆いていたが、鬼の副長の威嚇の前に、逆らえる者などいなかった。 ただ一人。あの男を除いては。 隙さえあれば仕事を放り出し、の傍に毎日べったりだった男。 沖田総悟が、土方に弱点を握らせるような甘さを覗かせるはずもなかった。 この時点では、局内で一番彼女と親しくしていたのは彼だった。 所有権を譲るはずもなく、沖田はの一番隊への配属を願い出た。 表面上は冷静を装った二人は、まずは友好的に話し合いの場を持った。 本音を言えば「死にやがれ土方」「お前が死ね沖田」が挨拶代わりの二人。 交渉の場に現れた沖田は一応の代替案を、からかいの手土産代わりに土方に押しつける。 「もちろんは一番隊で貰い受けまさァ。土方さんは山崎で我慢して下せぇ」 そう言った沖田が、土方の胸に押し付けたのは監察の山崎。 たしかに山崎。どこから見ても山崎。 彼の胸に向けて飛び込んできた人物は、たしかに何の変哲もなく山崎である。しかし。 なぜか山崎は、が後に支給されたものと同じミニスカ女子用隊服を身につけている。 その顔には、妙にケバい化粧まで施されていた。 「山崎にミニスカ穿かせりゃいいじゃねえですか。ほーら、と変わんねェ」 「副長。ど、どうですか?俺、似合います?可愛いですか?」 恥ずかしそうに目を伏せて、モジモジと身体をくねらせる山崎。 なぜ照れる。 なぜそこで照れる山崎。 それともこのイラつき加減の正体こそが山崎なのか。山崎の山崎たる所以、いや山崎そのもののコアなのか。 土方は、彼の半径10m以内の全てが凍てつきそうに冷えきった目で、 日頃は意外と役に立つこの監察を見据えていた。 当の山崎はといえば彼の氷の憤懣に気づくこともなく、何を勘違いしたのかミニスカの裾を握り締め、 上目遣いに彼を見上げた。 「あー似合う、すっげー似合う。めっちゃ可愛い、可愛いすぎ。あーもォ可愛いすぎて殺してェ」 女装の監察の身体のあらゆる穴から流れ出た血の雨が屯所の庭に降り注いだ。 彼は最終決戦の犠牲者第一号として手厚く葬られた。 たまたま庭を通りかかったに保護されたときには息も絶え絶え、虫の息だった。 真選組活躍の陰の立役者、山崎退。 その苦労ぶりに反して扱いがひどいのは、周囲の無理解のせい、・・・だけでもないらしい。 不幸な監察の身を挺しての平和的交渉は、周囲と当人たち(山崎を除く)の予想通り不成立に終わった。 こうしてラスボス戦の幕は切って落とされた。男二人の見苦しい執念と因縁まみれのラストバトルだ。 副長土方十四郎 対 一番隊隊長沖田総悟。 局内の全員が息を呑んで見詰める、まさに好カード、いや死のカード。 どれだけ平たく言ってみても、おバカさん二人のデスマッチとしか言いようがない。 ここまできたら、後はこの邪魔なクソガキを殺るしかない。 土方は本気だ。殺らなければこっちが殺られるのだ。 すべての喧嘩は、先に殺ったもん勝ちなのだ。 それは生来喧嘩好きの彼の信条でもあり、喧嘩の基本とされる格言であり、常識でもある。 もちろん沖田も彼と同じことを思っていて、バズーカ片手の臨戦態勢で待ち構えていた。 当然、仕事なんてものは二の次だ。 彼等の収入源のおおよそを払う側の庶民としては、ざけんなポリ公と怒鳴りつけたくなる税金泥棒ぶり。 場所も人目もわきまえず、死力を尽くす二匹のおバカなターミネーター。 お互いにマジで命を狙い合い、朝から朝まで、コンビニ要らず、24時間実力行使の白熱バトルを繰り広げた。 局内でも市中でも、厠でも風呂でもおかまいなしのゲリラ戦。二人の激戦の跡はいずこも焦土と化し、 周囲を一切省みないはた迷惑なタイマン勝負に巻き込まれ、とばっちりに遭った憐れな隊士たちの屍の山が築かれる。 当然、各方面から苦情が殺到。 ネゴシエイターとして二人の間に立たされ、自らの命も危うい破目になった近藤は、 怯えながらも、自覚の薄い悪質ストーカーの頭から出たとは思えない、そこそこ常識的で後腐れのない勝負を提案した。 連日のゲリラ戦に陰では疲弊していたものの、極度の負けず嫌いゆえに引っ込みがつかなかった土方と沖田は、 互いに渋々だという顔を作りながらもその案をあっさり呑んだ。 果てなく続くかのように見えた執念の局内紛争に、決着がついた。 最後の難関、沖田には呑み比べで辛くも勝利。 こうしては、副長直属隊士として配属されることが決まった。 土方の右腕となり、秘書的な役割も担う、初の女隊士として。
「 男はそれを我慢出来ない 2 」text by riliri Caramelization 2008/08/08/ ----------------------------------------------------------------------------------- next