「――腰、浮かせろ。膝立ちになれ」
苦しげに表情を歪めた土方が急ぎたがっていることは判っていても、はなかなか言われたとおりに出来なかった。
男の指で奥深くまで掻き乱され、幾度となく昇り詰めてしまった身体は泥のようで重く気だるい。
左右の脇に手を入れられて身体を上へ持ち上げられても、腰は少しも浮き上がらない。
ぐい、と無理やりに持ち上げられて自力で膝立ちになるよう促されもしたが、土方の腰を挟む格好で立てようとした膝が傾き、
かくん、と横へ崩れてしまう。
開かされた脚の間を、熱い何かがつうっと零れる。太腿の内側を滴り落ちていったそれは、前が肌蹴た土方の着物へと染み込んでいった。
彼に触れられるといつもこんなになってしまう自分の身体が、泣きたいくらい恥ずかしい。
けれど感覚がおかしくなっている四肢はふわふわして力が入らなくて、脚を閉じることすら出来なかった。
――ちっとも力が入らないのは、きっとお座敷で呑まされたお酒のせいだ。
舞妓として紛れ込んだあの宴席で、あたしはどれだけの量を呑まされたんだろう。
よく覚えていないけれど、普段あまり馴染みのない、きつくて辛い味のものばかりを飲まされた気がする。
おかげでたちまちに意識が薄れて、自分が宴席の男たちにどんな扱いを受けていたのかもよく判らないありさまで。
覚えているのは、酒に弱い舞妓を面白がって泥酔させようとしていた彼等に、半ば強要されるようにして唇に盃を押しつけられたこと。
同じ座敷に上がった芸妓たちが、客の相手を務めながらも心配そうにしていたこと。
「やめて」と思わず払い退けずにはいられないような、不快な手の感触が身体中を這いずり回っていたこと。
それが嫌でたまらなくて、なのに酔ったせいで舌が回らなくて、拒めなくて悔しかったことも覚えている。
けれどそんな不愉快な状況は、ある時を境に一転した。
誰なのか判らないその手から逃れて、部屋のどこかにぐったり凭れていた時だ。
嗅ぎ慣れた匂いがふわりと漂い、誰かの腕に浚われるようにして身体を宙へ持ち上げられた。
あの匂いを感じただけでほっとして、自分をあの嫌な感触から護ってくれる誰かに助け出されたような気分になった。
気付いたらもうその誰かに頬を摺り寄せてしまっていた。
そんなことを思い出した彼女は、部屋の暗闇に紛れてしまいそうな色をした男の姿にぼうっと見蕩れる。
――もう一度。もう一度確かめたい。もう一度口にしたら、たぶん怒られてしまうだろうけど。
遠慮がちに彼の衿元に縋って唇を開いただが、半開きになった唇はかすかに震え、呼吸を乱してせつなげだった。
涙に濡れたちいさな顔はようやく終わったばかりの長い愛撫で肌が火照り、瞳はすっかり潤みきっていた。
「ひじかたさ・・・も、どこにも、いかない・・・?」
「しつけえな。まだ疑ってんのか」
「らって・・・しんぱいなんらも・・・」
「その話は後にしろ。・・・ここに来るまでの顛末なら、明日にでもまた聞かせてやる」
ついでに、危うく女郎にされるところだった馬鹿への説教もな。
眉を顰めた苦々しい顔でそう言われ、ぐい、と怒ったような荒い手つきで腰を引かれる。
そのまま彼女を胸に押しつけ力任せに抱きしめてくる土方に、どきりと心臓が弾んでしまった。
屯所のみんなの前ではいつも冷静で、何があっても余裕の表情で構えている土方さんなのに――こういう時のこのひとはすこし子供っぽくて不機嫌そうで、普段みたいな余裕がない。
あたしに触れる仕草も荒くて乱暴だ。なのにどきどきしてしまう。早く欲しい、って言われてるみたいで、嬉しくて――。
は男物の黒い着物に濡れた唇をそうっと押しつけ、はぁ…、と甘い吐息を漏らした。
どうしよう、身体がまたおかしくなってきた。胸の奥をきゅんと締めつけられる。肌と肌が触れ合っているところがどこも熱い。
「おい、腰上げろ。お前、まだ俺を焦らそうってのか」
「っ、そんな、ちが――・・・んっ。ぁっ、らめ・・・っ」
土方さんを焦らす、なんて――そんな。そんなこと、した覚えもなければ考えた覚えすらない。
戸惑ったが不安そうに眉を曇らせているうちに、煙草の匂いがする手が左の胸を掴んでくる。
土方がどういったつもりで「焦らす」などという言葉を使ったのかも判らないまま、強弱をつけながら膨らみを揉まれた。
汗に濡れたまっしろな胸の膨らみが根元から持ち上げられ、骨ばって大きい男の手の中で握られ、回され、捏ねられる。
優しい手つきでゆっくりと弄られるうちに、全身が融けてしまいそうな気持ちよさで満たされていった。けれど、恥ずかしくて仕方がない。
は震える唇をきゅっと噛みながらも、羞恥に濡れたまなざしでうっとりと長い指の動きを追う。
普段からよく目にしている大きな手の動きは、こうして見ているとなんだかひどく生々しい。
見慣れているはずの自分の胸が彼の意のままに形を変えられ蠢くさまも、ひどく淫らで恥ずかしいもののように見えてしまう。
そのうちに、つんと尖った赤い先端を指と指の間に挟まれる。
たまに気まぐれのように指と指の間隔が狭まり、感じやすいそこをくにゅ、くにゅ、と弱く捻られる。
長い指の爪先で、掠めるようにして引っ掻かれる。
どれもこの指が自分の奥深くに潜っていたときの激しさが嘘だったかのような、弱く優しい愛撫ばかりだ。
なのに、何をされても感じてしまう。背筋がぞくぞくしてしまう。一度は納まりかけた甘い疼きは、いつのまにかの中に戻ってきていた。
やぁ、やらぁ、と子供のようにかぶりを振って押し寄せてくる弱い快感をこらえていると、今度は土方が右の胸に顔を寄せていく。
だめ、と近づいてくる男の顔を遮ろうとした手は、高々と掴み上げられた。止める術もなく先端を唇に含まれ、ゆっくりと舌先でなぞられる。
熱く濡れたやわらかさに硬くなった先を押され、かり、と歯を立て甘噛みされる。
腰が浮き上がってしまうほどの鋭い疼きに、腕を高く上げられたままのの全身がわずかに跳ねた。
それでも感じやすいそこに土方は吸いつき、じゅく、と唾液を絡ませるようにして捏ねていく。
こらえきれずに弱りきった泣き声を上げて仰け反れば、逃げるな、とでも言わんばかりに両方の胸を掴まれる。
折れそうに細い身体には不釣り合いな豊かさの膨らみは、深く指を埋もれさせて揉みしだかれ続けた。
土方は口に含んだ赤い蕾を舌で転がしてやりながら、上目遣いにを見上げる。
必死に唇を覆い、涙を呑んで嬌声をこらえる女のせつなそうな表情を確かめると、声もなく笑う。唾液で濡らされた敏感なそこを意地悪く弾いてやれば、耐えきれずにが悲鳴を上げて、
「ひぁぁ・・・っっ。ゃ・・・やらぁ、もぅ、っっ」
「もう、何だ。まさか、もうやめろだの嫌だのとほざく気じゃねえだろうな」
「ら・・・ってぇ・・・あ・・・・・んん・・・っ」
何度もそれを繰り返されれば、身体中がせつない痺れで支配されていく。
すでに硬く張りつめている土方の下腹部に押しつけられたそこから、じゅわり、と潤んだ熱が滲む。
とろりと漏れ出たしずくは彼女の腿の内側を伝って土方の腰へと流れ落ち、黒い着物をじっとりと濡らしていく。
ああ、まただ。どうしてこんなに蕩けきってしまうんだろう。身体中が燃えるような熱を孕んでいて、ひどく感じやすくなっている。
それは強いをお酒を飲まされたせいでもあるけれど――それだけじゃない。
あまり認めたくないけれど、普段よりも感じやすくなっている理由はにもなんとなく判っていた。
・・・何をされてもひどく感じてしまう理由。それは、不安だから。
土方さんの気持ちが他の女の人に傾いてしまったんじゃないかと疑って、怯えて、心の奥ではとても不安になっているから。
だからもっと求められたい。
煙草の匂いがする腕の中でうんと甘えて、何も考えられなくなるくらい求められて、あたしはこのひとの傍にいることを許されてるんだって確かめたい。
一秒でも早く確かめたい。心も体も土方さんの熱で蕩かされて、安心したい。
自分が何をされているのかもわからないくらい激しく揺さぶられて、何もかも忘れてしまいたい。
お座敷で身体中を這い回っていた厭な手の感触も忘れさせてほしい。
このひとを追ってこの遊郭街へ辿り着いたときの泣きたくなるような不安を、胸の中をざわめかせている心細さを、このひとの熱で消してほしい。
一秒でも早く、消してほしい――
そんなふうに願ってしまう自分がどうしようもなく弱くて厭らしい子のように思えて、はたまらなく恥ずかしかった。
はぁ、はぁ、と喘ぎながら涙の滲む瞼をきつく閉じ、らめ、だめぇ、と何度も彼の頭に顔を擦りつける。
すると、く、と低く押さえて笑う男の吐息が、ずっと舐め回されてすっかり固くなった胸の先をふわりと掠める。
膨らみを握って蠢いていた手が、胸から下へと這っていく。うっすらと汗が伝う熱い素肌をすぅっと撫で下ろしていき、
「っっ、ぁあんんっ」
胸への愛撫で焦れていたそこを、ぐちゅぐちゅと指で掻き回してくる。
啼いて悶える彼女を片腕で押さえ込みながら、土方は小さく敏感な部分を指先に捉える。
「――ぁあ・・・っ!」
熱い粘液で滑らせるようにして撫で上げてやれば、色づいた全身をぶるりと震わせは達した。
撫でられたところから爪先までを、電流のような甘い快感が走り抜ける。腰ががくがくと揺れてしまう。
「ぁあ・・・・・・っっも、らめぇ・・・・・・ゆるし、てぇ・・・っ」
「はっ、よくも言えたもんだな。・・・これだけよがって溢れさせておいて、どこが駄目だってんだ」
「っっ、あんっ、まって、まってぇっ、っら、らめって、〜〜あっ、ぁああ・・・!」
頭の芯まで痺れさせるその感覚に襲われた後も、彼女の身体は土方の手に与えられる快感のとりことなって揺らめき続けた。
男の手が割り入ったせいで閉じることもかなわない秘所からは、熱い蜜がとろとろと零れ続ける。
それが土方の指や手のひらをぐっしょりと濡らし、暗闇でも淡い光沢を放つ赤い褥も濡らしていく。
「・・・撫でてるだけだってのに止まらねぇな。おい、言ってみろ。これのどこが駄目だ」
「〜〜〜ひ・・・・ぅ・・・っっ!」
身体の淫らさを詰るような口調で責められながらぐちゅりときつく押し潰されれば、もう全身の震えが止まらない。
触れられただけであっさりと達してしまった身体はどこにも力が入らず、節くれ立った指が押し込んでくる強い快感に逆らえない。
熱い口内に含まれたままの胸の先も蠢く舌先で嬲られ続け、透明な蜜にまみれた秘所も同時に繰り返し撫で回される。
感じやすくて火照りきった部分に集中してくる快感が、男の腕から逃れられないの意識を奪っていく。
「・・・・・・こ・・・んな、らめぇ、ぃやぁっ・・・」
「お前の身体はどこも嫌がってねえぞ」
吐息混じりに失笑を漏らした男の口端が、ふらふらと頭を揺らして乱れる彼女を見上げて愉しげに上がる。
舐め回されて紅く熟れた蕾から唇を離され、すうっとそこが冷えていく。かと思えば、齧りつくかのように歯を立てられた。
あ、あ、あぁっ、と徐々に背筋を強張らせながら伸び上がれば、固い指先にくちゅくちゅと繰り返し押し潰されて、
「あっ、らめぇぇっ、あっ、あっ、あっ、ぁああんっ」
「なぁ、どうした。凄げぇ乱れようじゃねえか。最初から様子はおかしかったが、これも深酒が過ぎたせいか」
「〜〜ゃらっ、ゃらぁっ、んな、ゎかんな・・・〜〜っっ!」
震える唇をきつく噛みしめ土方の頭に抱きつけば、向きが変わった彼女の視界に赤い光がちらちらと射し込む。
この廓街全体を照らす赤い燈火。閉め切られた障子戸の向こうで、数珠繋ぎに並ぶ提灯の焔。
ほわりと丸い光の珠はこの部屋がある七階でも窓沿いに連なり、誰もいない広間の暗闇でもつれ合う二人の肌を妖しい色に染め上げていた。
急に目に入ったまぶしさにが全身を竦ませた次の瞬間、蕩けた入口に捻じ込まれた何かでぐちゅりと突かれる。
狭い内側を無理に押し広げられる感覚に、腰や背中がびくびくと震え上がる。
奥まったところに隠れている感じやすい部分を二本の指の腹が探り当て、潤んだ内壁を往復させるようにして滅茶苦茶に擦られる。
天井に咲き乱れる桜花を仰ぐような格好で高く仰け反り、は煙草の香が漂う男の黒髪に夢中で縋った。
薄桃色の振袖だけを腕に纏わりつかせた裸身が力無くわななき、土方に押しつけた腰が艶めかしく揺らめき、
「ああぁっっ。っ、ゃあん、ゃらぁ、おく、らめぇっ、あっ、ぁああ・・・・・・!」
涙を散らして赤く腫れた瞼をぎゅっと閉じ、両腕を男の頭に絡めて必死に抱きつく。
瞼を透かしてちらちらと射し込む赤い光以外は、もう何も見えなかった。
みずからぎこちなく腰を振り、舌足らずで甘えた声で子供のように泣き喘ぐ。
男の指でじゅくじゅくと掻き乱されている熱い中では、もっと欲しい、とでも言いたげに彼の指をきゅっと締め上げている。
可愛らしくも淫らで妖艶な彼女の姿が、土方の欲情を駆り立てる。
そんな自分を彼の目の前であますところなく晒していることに、我を忘れて快楽に溺れるは少しも気付けていなかったが。
やがて涙混じりの嬌声も、燃えるように熱い中を男の指に掻き乱される快感も止まらなくなり――
「っっああぁん・・・!」
まっしろな喉を逸らして叫び、は一気に頂点まで昇り詰める。
土方に胸の膨らみを押しつけるようにして抱きしめ、手足の先を小刻みに震わせ、ぽろぽろと大粒の涙をこぼして絶頂の余韻に啜り泣く。
脱力しきってぐらりと褥に倒れそうになった身体は、見慣れない着物を纏った男の腕で再び彼の胸元へと抱き戻された。
はぁ、はぁっ、と上がりきった呼吸を眉を潜めて繰り返しながら、は濡れた睫毛をゆっくりと上げる。
肌蹴た胸元にしなだれかかって斜め上を見上げれば、火照りきった色を灯した鋭いまなざしと視線が交わる。
じっと彼女を見つめてくる男は、歯を噛みしめて何かを我慢しているかのような顔をしていた。
すでに荒くなっている息遣いを汗に濡れた喉の奥で押し殺しており、苦しそうな呼吸に合わせて逞しい肩や背中が上下する。
影が落ちた男の表情を涙で覆われ焦点の合わない瞳で仰ぎ見ながら、ふとは思った。
(まだ俺を焦らそうってのか。)
このひとはそう言っていた。土方さんの目には、あたしが焦らしてるように見えるんだろうか。
もしもそうなら、とんでもない誤解だ。いつも鋭い土方さんらしくない勘違いだ。
何に対しても勘のいいこのひとが、どうしちゃったんだろう。あたしが男のひとを焦らすだなんて。そんなこと、どうしたって無理なのに。
いつもガキだガキだって言われてるあたしが――こんな時にはどうしたら男の人が喜んでくれるのかも判らないあたしが、男のひとを焦らそうだなんて。
そんなこと、したくても出来るわけがないのに。
なのにこのひとはどういう訳か勘違いしていて、思い通りにならないあたしに焦れていっそう激しく求めてくる。
普段の余裕な態度なんてかなぐり捨てて、早く、早く、って急ごうとしてる。
・・・まるで、今日のあたしが見たこともない芸者さんに嫉妬して、その不安を打ち消したくてこのひとに早く抱かれたがってるみたいに――
(・・・・・・え・・・?)
そこまで考えたは心の中で不思議そうにつぶやき、土方にぐったりと凭れた頭を小さく傾げる。
・・・・・・そうだ。少なくとも、あたしはそう。
嫉妬して不安でたまらないから、早く抱いてほしいって思ってる。じゃあ、土方さんは?土方さんは、どうしてあんなに急ぎたがってたの・・・・・・?
「・・・・・・――っ」
ぱちぱち、と何度か大きく瞬きすると、先を急ぎたくてうずうずしていそうな男の視線を間近から浴びつつ息を詰めた。
――なんだか意外すぎて、まだ信じられないけど・・・そうなのかも。
土方さんも、あたしと似たような気持ちになってるのかも。そう、もしかしたら、そういうことなのかもしれない。
そう考えれば心当たりだって浮かんでくる。そういえば、さっきもすごく怒ってた。
あたしがこういうお店で芸者さんの真似事なんかしてたから。他の人に身体を触られてたから。
それが土方さんはすごく嫌で、不安になって、だからあんなに怒ってたのかな。
・・・ああ、そうなのかもしれない。もしかしたら、土方さんもあたしと同じなのかも。
あたしがこの店のおねえさんに土方さんを奪られちゃいそうで不安だったみたいに、あたしを他の人に奪られるんじゃないかって誤解して、不安になって。
だからあんなに怒ってたのかな――
頬を薄桃色に染めたは、信じられない思いで土方を見つめる。
ぼんやり霞んだ頭の中で導き出した答えだし、そもそも、根が単純な自分が真選組の頭脳なんて呼ばれるひとの考えを読もうなんて無謀な話だ。
それでも胸の中がくすぐったい温かさで満たされていって、息苦しさで喘いでいる唇から嬉しそうな笑みがこぼれた。
「・・・じかた、さ・・・・・・」
力が抜けきった手をどうにか持ち上げ、は土方の着物に触れる。
唇を重ねようとして顔を寄せてきた男に、まって、と弱々しくつぶやくと、途端にむっとした土方が口端を曲げて睨んでくる。
その表情にも隠れているはずの、彼の思いを読み解きたい。もっとこのひとを知りたい。
もしもそう出来たら、あたしはもっと土方さんに近づける気がする――
ぐったりして声も出ないの胸の内を、ほのかな期待が熱くときめかせている。
心臓をとくとくと弾ませながら、途切れ途切れに、男の目を見つめながら慎重に尋ねた。
「ひじかたさん・・・いや、だった?・・あたしが、ほかの、ひとに、さわられ、てて」
「・・・・・・」
見つめ合ったままでしばらく答えを待ってみたが、土方はただ黙って睨みつけてくるだけ。口を開こうとすらしない。
そんな彼をぼうっとしたまなざしで見上げるうちに、ふわりとの唇がほころぶ。
――図星だったみたいだ。
答えにくいことを尋ねられるとこうやって頑として黙りこくるのは、自分の気持ちをあまり口にしたがらないこのひとの、いつもの困った癖だから。
「はやく、したい・・・?」
「・・・・・・・・・決まってんだろ」
「ふふっ。・・・・・らめ。まだ、らめれす・・・」
無邪気な少女のような悪戯っぽい笑みに顔をほころばせると、は彼の顔まで手を伸ばしていった。
不服そうに噛みしめられた男の唇の端には、彼女が付けていた濃い色の紅の色が移ってしまっていた。
そこに触れて指先でやわらかく拭い取ると、土方がどこか意外そうに彼女を眺める。
そこからゆっくり撫で下ろしていき、ほろ苦い煙草の匂いが漂ってくる首筋にも触れる。
ほんの少しためらったが、そこにそっと唇を押しつけてみた。
「ん・・・ひじかたさ・・・すき・・・」
そう囁くと、ちゅ、と舌先で音を立てて吸いつく。女の自分とは匂いも質感も違う男の肌を、軽く啄んでみる。
びく、と自分を支えてくれている男の肩や腕がわずかに揺れたが、仔猫が戯れにそうしているかのように汗ばんだ肌をちろちろと舐めてくすぐった。
なぜかそうしてみたくなったのだ。いつも恥ずかしがってばかりで消極的な自分がこんなことをしているなんて、ちょっと・・・、ううん、かなり不思議だったけれど。
(――すき。土方さん。だいすき。)
とくとくと高鳴ってきた胸の中で唱えれば、耳まで響いてくる心臓の音はいっそう早く、より音が高くなった気がした。
呑み過ぎた酒のせいで火照りきっている胸の中も、ふわふわとした落ち着かない気分へと変わっていく。
さっき口にした「すき」のひとことに籠めた思いや甘い響きが胸の内で増幅されて、際限なくどこまでも膨らんでいってるみたいだ。
こんな感覚はもう数えきれないくらい味わってきた。このひとを好きだと思うたびに味わってきた気持ち。
蕩けるように甘いやわらかな気持ちが、身体のすみずみまで広がっていく。
さっきまで身体中をさざめかせていた心細さも不安も、すべてがまぼろしだったかのように消えてなくなっていく。
その代わりに、全身を温めてくれる何かが身体の奥まで染みて心の中まで満たしていく。
土方に抱きしめられたときにいつも感じる、泣きたくなるような嬉しさにも似たその感覚は、何度体験しても心地いい。
肌を露わにした身体を男の胸に甘えるようにして摺り寄せ、はうっとりと目を閉じる。
抱いて、とやわらかな膨らみを押しつけ強請るようなその仕草に、土方が驚いたように目を見張る。
普段は素直に言えない言葉をもう一度口にしてみたくなって、彼女は男の肌を辿っていた熱い唇をふわりと開いた。
「すき。ひじかたさん、すき。・・・あのね。あの。・・・さっき、たすけてくれて、すごく、嬉しかったの・・・」
そんな彼女を黙って見下ろしていた土方が深くうつむき、はぁっ、ともどかしそうな溜め息を漏らす。
仕様がねえな、と言い捨てた男の大きな手は彼女の肩へと回っていき、暗闇の中でも光沢を放つ真紅の褥にそのまま押し倒そうとする。
は力が抜けきった手をふらふらと上げ、土方の動きを遮った。
「・・・って、ひじかたさ・・・やぁ、待って・・・」
「はぁ?無茶言いやがる。まさかお前、このまま一晩中焦らすつもりじゃねえだろうな」
「そ、じゃ、なくて・・・っ」
言いながらは手を伸ばす。肌蹴た着物の衿元を辿っていき、引き締まった下腹まで指先を滑り込ませる。
戸惑いが隠せていないぎこちない手つきで張りつめた熱に触れた瞬間、土方がぐっと息を詰めた。
ほんのわずかに起きた身体の揺れが、ぴったりと寄り添った彼女の素肌まで伝わってくる。
うろたえつつも手を掴んできた土方に「おい、やめろ」と耳元で咎められ、かぁーっ、と頬や耳が一瞬で熱を上げた。
土方には数えきれないくらいに抱かれてきたけれど、そこには自分から触れようとしたことがない。
一度だけ、ちょっと無理やりに触れさせられたことならある。けれど、その時以外は「触れ」と強要されたことがない。
いつもお腹の奥まで一杯にされて、揺さぶられて蕩かされて、わけもわからずに受け止めているだけで――
「・・・おい、っっ。やめろって、言っ」
「らめ・・・・・・うごいちゃ、めぇ・・・」
なめらかなのに硬く張りつめた感触を、こわごわとした手つきで、けれどゆっくりと丁寧に撫でた。
びくっ、と大きく脈打ったそれを、ゆるゆるとは撫で回す。
これだけでもう恥ずかしすぎて死んでしまいそうな気分になっていたけれど、涙目になりつつも腰を後ろへずらしていく。
抱きかかえられていた脚の上から降り、気を抜くとすぐにふらつく身体を深く伏せて手の中にあるものへ顔を寄せていく。
おずおずとそこに唇を落とせば、ぐっ、と無言で肩を掴まれた。やめろ、と力が籠ったその手が言っている。
それでもはそこへ舌を這わせた。きっと、ものすごくはしたない格好になっている。
男のひとの脚の間で顔を埋めているだけでもはしたないのに、何も身に着けていないお尻だけが「見て」と言わんばかりに高く上がっているし。
こんなこと、今まで誰にもしたことがない。土方さんにだってしたことがない。
今まで触れられなかった理由は単純だ。目にしただけで赤面してかちんと固まってしまうのに、自分からそれに触れるなんてまるで想像出来なかったから。
それと、自分から男のひとの身体にやたらと触れたりしたら、女性を見る目が厳しい土方さんに嫌われてしまうかもしれないと怖がっていたから。
だけど、今日なら出来る気がする。大量に呑んだお酒のせいで、いつもよりも気分が大胆になっているせいだろうか。
ふわふわとふらふらと頼りなく揺れ動く思考の中で、は耳まで真っ赤に火照らせながら舌を使ってちろちろと先端を撫で上げる。
いつのまにか湧き上がってきた唾液も苦しそうに張りつめたそこに絡ませ、今にも泣き出しそうな顔で必死になって舌を這わせながらぼんやりと思う。
・・・ああ、手の中が熱い。頭の中は燃えちゃいそうに熱い。
手や口を使うっていうこと以外はどうしたらいいのか判らないからただ舐めてみたけど、本当にこれでいいんだろうか。
さっき何か苦い味がして、土方さんが押し殺した声で呻いてた。
なんだか苦しそうだった。あたしは何か間違ったことをしたのかもしれない。不愉快に思われてたらどうしよう。
これで嫌がられちゃったらどうしよう。土方さんに嫌われちゃったらどうしよう。
――でも。これで、大好きなひとにすこしでも喜んでもらえるなら。もし喜んでもらえるなら、何だってしてあげたい――
「〜〜っ、聞いてんのか!いい加減にしやがれ、おい・・・!」
焦りが滲んだ低い声に上からぴしゃりと叱りつけられ、びくっ、とは震え上がった。急に不安がこみ上げてきて、すうっと全身から血の気が引いていく。
・・・・・・どうしよう。怒られた。必死すぎて何か言われてたことにも気づかなかった。
いい加減にしろって言われた。すごく怒ってるんだ。ああどうしよう。嫌がられたんだ。ああ、嫌われちゃう――。
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