「・・・ご・・・ごめんな・・・さ・・・・・・っ」
夢中で舐めていたそこから手と唇を離したは、へなりと眉を下げてうなだれる。
ふぇぇ、と泣きそうな声を漏らし、大粒の涙を瞼の縁に溜めた輝く瞳が縋るように土方を見上げた。
うっすらと紅の色が残る甘そうな唇は唾液で濡れ、とろりと艶やかに光っている。
その唇の何とも言えないやわらかさについさっきまで包まれていた男が、途端にどきっとしたような顔つきになった。
しかし、どちらかといえば鈍い上に土方に嫌がられたと思い込んで衝撃を受けているは、そんな彼の反応に気付けなかった。
土方が身に着けている借り物の着物をきゅっと握って、
「ひじかたさ・・・・・・らめ・・・?あたし、が、さわったら、いや・・・?」
「・・・っ!」
「だめ・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・っっ。それぁ、あれだ。・・・・・・・・だ。誰も、駄目とは・・・」
だらだらと不自然に汗を流しながら困惑しきった表情で口籠った男が、ふいっ、と勢いよく顔を背ける。
「・・・・・・厭な訳があるか」
ぐしゃぐしゃと頭を掻きつつ不貞腐れたようにつぶやいた彼の声に、がぱあっと表情を明るくする。
そんな彼女とは正反対に土方は気まずそうにしていたのだが、華奢でやわらかい女の手に再び撫でられ、絶句して全身を強張らせる。
慌てて振り返ろうとすれば、が脚の上に跨ってきた。
ふらぁっと倒れ込んできた熱い肌身をすかさず抱き止め、酔ったせいでろくに身動きもできない彼女を支える。
しかし酔った女の指先が今にも破裂しそうなほど昂ったそこを放そうとしないので、あわててその手を引き剥がそうとしたが――
「やぁ。やーなのー。まだ、らめなのー」
「っっ待て!今のアレは無しだおいィィィ離せっっ、〜〜〜あぁ畜生、もういいって言ってんだろ!」
「・・・・・ふあぁぁ。ひじかたさぁん。もしかして、あわててるんれすかぁ・・・?」
「っだその面。てめっ・・・何が可笑しい!?」
「ちが・・・の、・・・って・・・・・・うれしぃんらもん・・・」
ふにゃりと表情を崩したが、無垢な子供のような笑顔を見せる。
すると土方はいっそう腹立たしげな顔になったが、彼女を止める気は失くしたようだ。
の手首をがっちりと握ったまま、ぐっと口許を引き締め視線を逸らす。
互いの胸がぴったりと重なり合うようには彼にしなだれかかり、そうっと、ゆっくりと指を動かす。
男の首筋に押しつけられたその唇から、苦しげだが甘い吐息がかすかに漏れる。
ふわりとくすぐったく肌を撫でる曖昧な感触にすら煽られてしまい、土方はきつく瞼を閉じて彼女を抱く手に力を籠める。
やがて我慢も限界に達した彼はを羽交い絞めにして唇を押しつけ、彼女の呼吸を奪うようにして喘ぐ舌を絡め取って吸った。
「んんっ、く・・・」
「・・・っとにてめえときたら、訳が判らねぇ。何が嬉しいだ。散々人を振り回しやがって・・・」
「ふぁ・・・っん」
唐突に始まった口づけで強引に舌を絡め取られ、意識が遠のきそうな激しさで熱が上がった口内を貪られる。
凭れかかった男の身体が息を乱し、硬く引き締まった腹筋が上下し始めると、その動きにつられて彼女の腰もせつなげに揺れ始めた。
それでも彼を撫でる手の動きは止まらず、激しい口づけを受け止める唇からも笑みが消えない。
土方にこうして触れてあげられることが、自分から触れても受け入れてもらえたことが、にはたまらなく嬉しかった。
・・・土方さんが気を悪くするかもしれないから我慢しようと思っても、つい顔がほころんでしまう。
いつも主導権を握られっ放しで、訳もわからないままに土方さんに縋って気持ちよさに溺れているだけの、ちっとも余裕がない自分。
そんな自分では目にすることも叶わないこのひとが―― これまでに一度も見たことのない顔をした土方さんが、目の前にいる。
こんなこのひとを見れていることが嬉しくて、なのに胸の奥がせつなくなって、なぜかきゅんとしてしまう。
「――すき・・・ひじかたさん・・・すき・・・だいすき・・・っ、は、ぁあ・・・」
見慣れない土方の姿に胸を高鳴らせながら、は蕩けきった甘い口調で彼に囁く。
細い腰を無意識に揺らし、濡れた太腿で土方の腰を大胆に挟みつける。
たまにぶるりと身悶えては揺れる胸を彼に押しつけ、やわらかくて弾力に富んだ膨らみを上下させながら擦りつける。
そうしながら手の中でびくびくと蠢く熱いものを撫で、ぎこちない手つきながらも丁寧に指を這わせ続けた。
目元に涙を光らせた恍惚とした表情で繰り返されるその仕草が、もう限界が近い土方をさらに昂らせているとも知らずに――
「ちっ・・・これだからてめえは、手に負えねぇ」
「ふぇ・・・?」
「もういいって言ってんだ。・・・そう煽るな。・・・ったく、一度キレるとすぐにこれだ。人が変わったみてえに焦らしやがって」
「っ、あぁっ。・・・ち、ちがっ・・・んな、焦らして、な・・・っ」
「焦らしてんだろうが。何なんだお前、んな時に限って」
ちっ、と悔しそうに眉を顰めて舌打ちすると、土方は彼女の腰のくびれを痛いほどにきつく握る。
それからはもう止める間もなかった。左右の手でぐいっと一気に持ち上げられ、大きく開いた脚の間を押し上げられる。
火照りきった杭の先端で乱暴に押され、蕩けた入口をぐちゅりと鳴らして拓こうとする。
あんっ、と燃え滾った熱を感じたが震え上がると、そのまま強引に腰を引きずり下ろされて――
「っっぁあああ――・・・っっ!」
真下から貫かれたが甲高い嬌声を上げ、ぶるぶると全身を震わす。
蕩けた粘膜を引きずられる快感と、硬く張りつめた熱にお腹の底をずんっと穿たれる衝撃。
二つが同時に襲ってきて、全身に走る電流のような痺れが止まらない。
それだけでもう意識が飛んでしまいそうなのに、すぐさまずるりと引き抜かれ、
仰け反った彼女を逃がさないようきつく抱きしめた男の腰骨にぶつけるようにしてまた穿たれた。
悲鳴を上げたの唇が半開きのままでぶるぶると震え、衝撃をこらえきれずに溢れた涙がぽろぽろと零れ落ちていく。
両手できつく掴まれた腰のくびれを、ぐい、とまた真上へ持ち上げられて、
「ぁあ・・・ぁあんんっっ!」
すでに最奥を押し上げている熱い杭の先で内壁を擦りながら引き抜かれ、かと思えば、どっ、と手荒く突き上げられた。
は唇を噛みしめて土方の首に縋りつき、新たに溢れた涙で濡れた唇を強く押しつけてぶるぶると震える。
深く埋められた男の熱が脈打つ感覚に、腰の奥は淫らにびくびくと疼いている。
何も身に着けていない腰を艶めかしく何度もくねらせ、髪を振り乱しながら啜り泣いていると、また土方の腰が動く。
ぐっと下から押し込まれ、さらに腰を持ち上げられ、ふいにその手を離され、張りつめた先端でどっと突かれる。
あっ、あっ、あっ、とせつなさに喘ぎながら彼に縋りついても絶え間なく上下に揺さぶられ、
打ちつけられた秘所から飛沫が飛び散る激しい抜き挿しで貪られる。
「〜〜ああっ!っっあ、まっ、まって、やらぁ、んっ」
「これ以上待てるか。お前、判ってんのか。俺ぁ、てめえのもんだと思ってた女が他の男にいいようにされてんのを見ちまったんだぞ。それで火が点かねえとでも思ってんのか」
「っっぁあんっ、あっ、あっ、あっっ、らめっっ、ゃ、ひ、ぁああんっっ」
何度も繰り返されるその行為のせいで、自分でも何を口にしているのか判らなくなってきた。
でも、土方さんが嫉妬してくれたのが嬉しい。怒られているのにきゅんとしてしまう。
感情も露わな声で怒って、歯痒そうで余裕の無い表情を見せてくれるのが嬉しい。あたしのこと、自分のものだと思ってくれてるんだ。
そう思えば、乱暴に責められ掻き乱されているの中はきゅっと彼を締めつけた。
普段はあまり見せてくれない、その独占欲の強さに感じてしまう。
激しい男の律動に逆らえず身体を躍らせては泣きじゃくるの全身が、甘い痺れに満ちていく。
ぐちゃぐちゃに荒らされているお腹の奥がどろどろで、火が点いたみたいに熱い。
繋がったところは突かれるたびに苦しいけれど、全身がふわふわしていて気持ちがいい。
傍にいるうちにすっかり身体に馴染んでしまった煙草の香りに包まれていると、それだけで安心してしまう。
こんなふうに身体も心も預けきってしまえるひとなんて、きっとこの先も、このひと以外には現れない。
抱きしめられた腕の中で強くそう感じたら、どうしてか胸が苦しくなって目の奥がじわりと潤んだ。
はっ、はっ、と短く途切れる土方の苦しそうな息遣いが嬉しい。抱きしめると背中が軋むくらい強く抱きしめ返してもらえるのが嬉しい。
このひとにこんなに夢中で求められていると思うと、たまらなく嬉しい――
全身を震えさせている甘い疼きが強くなって、繋がったところから蜜が溢れて、気が変になりそうなくらいぞくぞくして感じてしまう。
はぁっ、はぁっ、と蕩けきった表情で喘ぎながら、は夢中でかぶりを振る。舌足らずな口調で泣きじゃくった。
「ぃ、っひ、ゃあぁんっ、も、らめえぇっ・・・!」
「――おい。次にあんな真似しやがったら、この程度で済むと思うなよ」
「ぁ、んな、って、ぇ、あ、あっ、ぁあっ、やぁんっっ、っっひじか、ぁっ、ああんっ」
「お前は誰にも渡さねぇ。こうして抱くのも、啼かせてやるのも俺だけだ。・・・いいな、二度と他の奴に触らせんじゃねえぞ・・・!」
「〜〜〜っっ。あっ、ああぁぁ・・・〜〜〜っ!」
責められ続けて痺れきっていた彼女の中が、滅多に聞けない土方の本音に触れた嬉しさでさらに甘い痺れを増していく。
疼いたそこからじゅわりと一気に蜜が溢れ、きゅうぅっ、と彼を締め上げた。
するとを抱きしめている腕が強張り、ぐっっ、と息を呑んだ男の動きが急に止まる。
ようやく呼吸できるようになった女の背筋がぐらりと崩れ、はぁ、と涙声で溜め息をつく。
しかし僅かな中断も束の間、ふっと身体が緩んだそこへ土方は一際深く突き上げてきた。
狂ったような声で啼いたが天井へ向けて身を躍らせ、浮き上がった中へさらに突き立てられて涙を散らす。
彼女の腰を真下から押し上げる激しい律動で、土方は細い肢体を跳ね上がらせ続けた。
「〜〜〜・・・っ!ぁあん、ゃあ・・・らめぇ、こわぃ・・・っ」
泣きじゃくりながら伸ばしてきたの手を奪い取り、震える細い指の間に自分の指を絡ませて握りしめる。
乱れきった女の姿が跳ねては泣いて悶えるさまをまぶしげに見上げ、土方は彼女を愛しげに抱きしめた。
悦楽に揺れる瞳でぼうっと見つめてくる女の顔は、すっかり蕩けきっていた。
「――ぁああ・・・・・・ん、っ。はぁ・・・・・ぁん、ひじか・・・さぁ・・・っ」
すき。だいすき。
うわごとのような声が彼を呼んでは甘く囁き、涙で詰まった嗚咽を漏らす。
彼女が跳ね上がるたびに振り乱される長い髪。汗に濡れて輪郭がかすかに光る、淡い色の肌。とろりと潤んで輝いている大きな瞳。
快楽で火照りきって色づいた、狂おしげな表情。
弾んで揺れるやわらかな胸も、細い腰をせつなそうにくねらせては宙へ躍る淫らな身体も、どれも美しく艶めかしい。
思うままに乱れて溺れていく女の背後に、桜の花が咲き乱れている。あでやかにゆらめく肢体を彩り飾る、満開の薄紅だ。
天井を埋め尽くした花の絵は暗闇で霞んで見えるものの、この特別室の豪奢な装飾を背にして揺らめくは、まるで満開を過ぎて花弁が降りしきる夜桜の下で悦楽に浸っているようだ。
――こうして溺れていくが――鮮やかに咲き乱れたこの甘く匂う花が、土方以外の男の前で咲くことはない。
彼に触れられては戸惑いながらも泣き濡れて、彼の前だけで夜毎に咲き綻んでいく花。
光を失くし色を奪われた闇にこそ姿を現し、薄紅色の素肌を露わにしてあでやかに乱れる。
夜風に煽られた薄紅の花がほろほろと花弁を散らすように、鮮烈な色香を所構わず振り撒いては彼女を眺める男の心を惑わそうとする。
とはいえそんな自分の匂い立つような色香には至って無自覚で、そこがどうにも癪なのだが――こうしてこいつに触れてしまえば、そんな些細な悩みなどどうでもいいことに思えてしまう。
これは、心の底から望んで手に入れた花。俺だけが触れて甘い花芯をほころばせ、抱きしめ愛でる秘密の花だ。
そんなふうに感じてしまえばどうにも照れ臭くなりはしたが、同時にもっと彼女を啼かせて咲き乱れさせてみたくなる。
自然と腰の動きは荒くなり、ずんずんと深く突き上げて滅茶苦茶に揺さぶる。
一際甲高く声を上げて首に抱きついてきたの唇を喰らうようにして奪い、互いの荒い呼吸を混ぜ合わせるような熱い口づけをしばらく交わした。
「・・・っ。――、っっ」
「っひ、ひじかた、さ、ぁあ・・・!」
もうとっくに限界を過ぎて意識が薄れかけているけれど、土方の動きは止まってくれない。
まっすぐに見つめてきた男の視線は、目元を顰めて苦しげだけれど獰猛なまでの欲情を孕んで熱かった。
互いの睫毛が触れ合いそうな距離から、じっと、何かを確かめるような目で見据えられる。
そっと啄むだけの優しい口づけを落とされ、突き上げる動きとは真逆の大事そうな手つきで髪の生え際や濡れた頬を撫でられる。
このひとが自分をどれだけ大切にしてくれているか、好きでいてくれるか。
殆ど言葉にしてもらったことはないけれど、そんな土方の思いがこの手に籠められているような気がした。
身体中に溢れ返る幸せや嬉しさに、はぽろぽろと涙をこぼす。
こうしている間も突き上げられ続けている身体はひどくせつなくてもう声も出そうになかったけれど、噛みしめていた唇をやわらかに綻ばせ、精一杯に微笑んでみせた。
「すき・・・・・ぁあ、すきっ、ひじかたさんっ、すきいぃ・・・っっ。〜〜〜あっ、あぁっ、らめぇ・・・!」
苦しげに喘ぎながらも弱りきった声で「すき」を何度か繰り返すと、急に赤い褥へと押し倒される。
視界ががらりと変わり、背中に柔らかな褥の感触が当たっても、その褥の上で組み敷かれて激しく上下に揺さぶられる。
ぐちゅ、ぐちゅ、ずぶ、と淫猥な水音の響きが高まっていく中、すっかり潤んで何もみえなくなったの瞳に光が射し込む。
焔のように赤い光。光の珠がきらきらとちかちかと、彼女を突き上げてくる土方の肩や腕の輪郭を照らして輝いている。
彼の背後に広がっている、閉め切られた障子戸の向こう側だ。そこで赤い光が揺れながら明滅している。
それが何の光なのかも、光が揺れているのではなく自分が揺られているのだということも判らないまま、わけもわからずかぶりを振っては貪られ続けた。
彼女に声を上げる余裕すら与えず、じゅぶ、じゅぶっ、と濁った音を立てる激しい動きで土方はを責め立てていく。
開かされた脚を両脇に抱えられたまま奥ばかり狙って穿たれ、泣きじゃくってもぐちゅぐちゅと弱いところに押し込まれ、引き抜かれたかと思えばまた鋭く突かれる。
いくら泣きじゃくっても縋りついても、手加減してはもらえなかった。
呼吸を荒くしながらも彼女を貪り続ける土方の、内に秘めている強い独占欲をすべてぶつけようとしているような熱い抜き挿しが絶え間なく続く。
やぁぁっ、と胸をぶるりと弾ませ腰を褥から跳ね上がらせたを、歯痒そうに唸った土方の腕が引き戻す。
限界を迎えて暴力的なまでに滾った杭で、ぐぶりと最奥まで突き上げられる。
強烈な衝撃で貫かれたは泣き濡れた表情をせつなげに歪め、長い髪を振り乱して甲高く叫んだ。
「〜〜〜ぁあああ・・・・・・っっ!!」
内側を隙間なく埋め尽くした熱に内臓を押し上げるほど深く衝かれ、の奥がびくびくと喘ぐ。
どくん、と溢れ出た土方の熱が注ぎ込まれていく。
煙草の匂いがする首筋にぎゅっと縋って、蕩けきった自分の中をどくどくと奔って埋めていく熱の勢いを全身で感じる。
互いの汗に濡れた肌は隙間なく触れ合い、繋がり合ったところから這い上がってくる甘い痺れはいつまでも止まない。
土方を受け止めているお腹の底がどうしようもなく熱い。
あんなに求められた後なのに、熱はちっとも引いてくれない。
土方さんがちょっと動いただけでたまらなく疼いて、頭がおかしくなりそうなくらい感じてしまう。
ようやく赤い褥に脚を下ろされて繋がったまま抱きしめられても、幾度も達して敏感さが増したの身体はぶるぶると力無く打ち震え続けていた。
「〜〜〜〜っ・・・・っく、ふ、・・・っく、ぅ、ふぇぇ・・・っっ」
「・・・・・・。おい、」
終いには顔を覆って泣き出してしまったを、上半身を褥から起こした男が怪訝そうに覗き込んでくる。
どうした、とまるで子供でもあやすように頭を撫でながら尋ねられたが、真っ赤になって口籠るだけで答えられない。
心配されているのは彼の表情を見れば判った。判っているけれど、どうしても答えられないのだ。
自分の身体がどうなっているかを説明するなんて、考えただけで恥ずかしすぎて悶絶してしまう。
・・・どうしよう。あたしの身体、変になっちゃったんだ。
こんなに厭らしく疼いてるんだから、きっと土方さんだって気づいてる。
ひっく、ひっく、と嗚咽を漏らし、へなりと眉を下げたは、助けを求めるような泣きべそ顔で真上を塞いだ男の顔を見つめ返した。
すると、土方が口許だけを歪めて笑う。
背後からの赤い光にうっすらと輪郭を照らされている、汗に濡れた男の顔。
濃い翳が落ちていても艶めかしさが滲むその表情に浮かぶのは、ひどく満足げな、自信たっぷりで意地悪な笑みだ。
「・・・・・・・ひ。ひじかた、さ」
「お前、まさかこれきりで終わるとでも思ってたんじゃねえだろうな」
戸惑っているを咎めているような、けれどどこか愉しげにも聞こえる声で告げると、彼女の背中に両腕を回す。
火照りきった頬や汗に濡れた額に失笑しながら唇を落とし、そのままぐいと抱き起して――
――この廓街で頭一つ抜けて高い七階の部屋で迎えた朝は、目を閉じていても瞼の裏まで白く染まるほどのまぶしさだった。
一面に並ぶ障子戸の向こうには、窓辺に飛んできた小鳥たちがさえずる声。街のどこからか流れてくる、豆腐屋らしき物売りの声。
屯所住まいになってからはすっかり忘れていたその声に懐かしさを呼び覚まされ、土方はわずかに瞼を上げた。
泣きながら達する女の中に幾度吐精したのかも判らないほど行為に溺れ、とうに限界に達していた彼女が失神するまで抱いて啼かせたのは何時頃までだったのか。
正確な時間は判らないが、あれから三、四時間は経っているだろう。障子戸越しに透けている陽の高さから見て、その程度は眠れたはずだ。
目を醒ましてからわずか十秒後、寝不足気味でどんよりとした表情の彼の脳裏に、頭を抱えたくなるような後悔の念が巻き起こる。
何を後悔したかといえば、昨日のとち狂った自分の姿だ。
厭な予感に微妙に顔を強張らせつつ隣に視線を投げてみれば、そこには寝息も立てずに死んだように眠るの姿が。
しどけない女の寝姿のあちらこちらに、見るも無残に散りまくっているのだ。
この街に巣食う常夜の魔物にでも憑かれていたかのような昨夜の自分が、箍を外して点けに点けまくった鬱血の痕が。
華奢な肩に細い首筋、思わず触れたくなる滑らかなうなじ。横を向いて寝ているせいで二の腕に挟まれ、却って大きさが強調されているやわらかな胸。
布団に隠され見えはしないが、腰や背中、しなやかな太腿、膝の裏――とにかく何かに憑りつかれたような勢いで、この身体のあらゆるところに唇を這わせた覚えがある。
女の素肌の至るところに刻まれたその赤は、起き抜けの目にはやたらと生々しく刺激が強い。
眺めるうちに何とも言えない気恥ずかしさに襲われた彼は、眉間がきつく狭まった目元を覆って溜め息を吐く。
嵐のような一夜が明けてようやく我に返った今、つくづく思う。――これだから惚れた弱味ってのは怖ろしい。
自分でもあれはどうかと思うのだ。か弱い女を一晩中、片時も離さず貪り狂っていた昨夜の自分は何だったのか。
再度溜め息を漏らした彼は寝乱れた黒髪をがしがしと、気まずそうに掻き回す。
昨日の騒ぎの元となった元凶を――山崎が張っているあの浪士共を追い込む策を頭の隅に浮かべつつ、早速煙草に手を伸ばした。
昨夜貰った花札風の燐寸箱をしゅっと擦り、手の内に包んだ赤く小さな燈火に咥え煙草の先を寄せた。
紫煙の苦さを味わうと、眠る女のやわらかな頬に乱れかかった髪を真紅の褥に梳いて流す。苦笑混じりにぼそりとこぼした。
「・・・・・・昨日の騒ぎなんざ絶対に覚えていやがらねえな、この面は」
半開きの唇がふにゃりと緩み、安心しきったような表情で眠りを貪る子供のような顔。これはどう見てもいつものだ。
白々とした朝焼けの光に照らされ死んだように眠る彼女からは、すでに昨夜の扇情的な雰囲気は消えている。
表情豊かで屈託が無くて、笑えばどこかあどけなく映る普段のだ。
それがどうにも残念なような、しかしほっとしてもいるような、複雑な気分で頬を撫でた。
昨夜のあれは泥酔した彼女に一晩中振り回されていたようなものでもあるし、多少の悔しい気分もある。
とはいえ彼も、に覚えていられては不味いことをあれこれとしでかしている。
身体中に印を刻んでしまうほど、やけにしつこくこいつの全身を舐め回した。
甘く蕩けた表情で「ひじかたさんすき、すき」と繰り返すが無性に可愛くてたまらなくなり、こいつの喉が嗄れるまで啼かせてしまった。
彼女のほうからしてきたとはいえ、人一倍色事に疎いに口淫をさせてしまったことも、あまり覚えていられたくはない。
だが――何が一番覚えられていて困るかといえば、自分でも呆れるほど口が滑りっ放しだったことか。
普段は決して口にしない本音を幾つも白状してしまったし、独占欲丸出しで格好がつかないことも幾つか言った。
が他の男の手に触れられたことが許せなくて、あろうことか「お前を買ってやる」などと血迷ったことも口走った。
最後のとどめに、気を失う寸前の彼女の耳にどんな甘い言葉を囁いたかを思い出せば、意味不明に叫びたくなる。全身に何とも言えないむず痒さと恥ずかしさが走る。
あまりのこっ恥ずかしさに、いっそ昨日に遡って自分を自分で締め殺してやりたいくらいだ。
そんなむず痒くも腹立たしい後ろめたさを思えば、目を醒ましたこいつが何も覚えていないだろうことは、むしろ歓迎すべき事態といえる。あの泥酔が却って良かったのだ。
すべてを忘れて目覚めた彼女になぜこうなったのかを説明しても、おそらく納得などしないだろう。
だが、それでもどうにか言い含めるしかない。
一晩抱かれて精根尽き果てた上に身体中を噛み痕だらけにされた女に、昨夜の乱痴気騒ぎの一部始終を知られるよりは遥かにましだ。
それにしても――ゆうべは奇妙な夜だった。
二人が二人とも、この街に流れる淫靡な空気に中てられていたかのようだ。
一体あれは何だったのか。陽が昇ってしまえば跡形もなく消えてしまう一晩限りの空騒ぎ、としか言いようがない。
しかしそんな騒ぎの代償として、この街の夜は、普段の彼女とは別人のような、これまでに見たこともない積極的で妖艶なを彼の前にもたらしてくれた。
昨夜のあれは、こいつがしたたかに酔っていたせいもあるだろう。
それに――互いが互いに馬鹿げた嫉妬でどこかのネジが吹っ飛んでいたためか。そのせいで、何か他の作用も働いたようだ。
言わばあれは、この常夜の街でしか起こりえなかった一夜限りの夢の夜のようなもの。ということは、だ。
つまり、昨夜のは――彼女の内に秘められているもう一人の女は、たった一度きりしか現れてはくれないまぼろしの女ということになる。
そう思えばひどく惜しい気分になってはきたが、ふぅ、と紫煙を軽く吐いた後、まぁそれも仕方がねぇか、と早くも彼は諦めをつけた。
普段のこいつは、俺が抱きしめただけでうろたえてしまう初心な女だ。
そんな女にもっと乱れてみせろと無理強いするのは、どうも酷だ・・・・・・いや、というか、それをに要求する時点で無理がある。
あの恥知らずな銀髪馬鹿侍あたりなら、それでものうのうと言ってのけそうだが――いや、とにかく無理だ。俺には無理だ。
昨夜のあれをまた見せてみろ、などと誰のどの口が言えたものか。
そんな堂々巡りに頭を悩ませさらにげんなりとした気分になれば、朝日が差し込みまばゆいほどに白く染まった室内の明るさまで目に染みてくる。
彼は自棄になったかのように黙々と紫煙をくゆらせ続け、妙に腹に沁みる明け方の一本を吸い終えた。
吸い殻を挟んだ手を灰皿へと伸ばせば、土方さん、と赤い褥から消えそうに小さな声で呼ばれた。
・・・やけに早ぇえな。いつも時間ギリギリまで寝とぼけているこいつが、もう起きやがった。
当分目を醒まさないだろうと思っていた女の声にひやりとしつつ、彼は平然と彼女の頭に手を置いた。
「何だ」
「・・・・・・あんみつと、おしるこがいいれす・・・」
「汁粉だぁ?朝っぱらから甘味食おうってのか。せめて朝くれーは飯を食え」
「・・・・・・そ、じゃ、なくて・・・今日から一週間、毎日、一杯ずつおごって、くらさぃ・・・」
はぁ?と唸った土方が眉間を潜める。まだ寝惚けてんのかこいつ、とでも言いたげな、訝しげな目つきでを眺めた。
しかし次の瞬間、まさか、とありえない予感に目を見張る。急激に手から力が抜け、あやうく煙草を落としかけた。
彼の予想は外れなかったようで、案の定、鋭い男の眼に凝視されているの顔はじわじわと赤みを増していく。
終いには全身が茹で上げられたような色に変わり、恥ずかしすぎて死んでしまいたい、とでも思っていそうな泣きそうな顔で、分厚い掛け布団を胸にぎゅーっと抱きしめる。
しこたま酔っていた昨日よりも、その頬は赤らみ上気していた。
抱きしめた布団に思いきり顔を埋めた女は、ぁわわわわわわ、だの、うにゃああああっっ、だのとうわずった妙な声を漏らしながら、
「〜〜っら、ららららららってっ、っひひひ、ひじかたさっ、きっ、きのうっ、やくそくっ、したからっ。
し、したでしょほらっっ。〜〜〜ぃいい言ったれしょ言ったらないれすかぁぁ!らからえぇとぁあああたしのことか、〜〜っっかかかか、買って、やるって・・・!」
「――お前、覚えてんのか。昨日のあれを」
「〜〜〜ででででもやらっっ、それでおかねもらうとか、ぅ、うまく言えらぃけど、とととととにかくあの・・・い。いやなのっっ」
身体を好きにさせた見返りとしてお金を貰うなんて、そんなの嫌だ。だからその代わりとして、毎日甘味を奢ってほしい。
酔いが醒めてもは舌が回らないようで噛みまくっていたが、土方の耳にも聞き取れた限りでは、どうもそういったことを言おうとしているらしい。
「・・・・・・ぁ。あの・・・でも・・・ひじかたさん、いそがしい、から。週一ペースで計七回、でも、いいけど・・・っ」
「・・・・・・」
頭の先まで布団に埋もれた女が、ごにょごにょと自信がなさそうに漏らす。
それを聞いた土方は驚いていたことも忘れ、眉を吊り上げ盛大な溜め息を吐いた。
灰皿を荒い手つきで引き寄せると、赤く燃える吸い殻の先を、ぐしゃ、と力任せに捻り潰す。どうにも腹が立ったのだ。
――何が週一で七回だ。この馬鹿、ちっとも判っちゃいねえ。自分の価値を安く見積もりすぎだ。その程度のはした金で男に身体を売ってどうする。
しかもだ、何だその気の遣いようは。忙しいから週一でいい、だと?てめえの身体を一晩中好き勝手に扱った野郎の都合に合わせてどうすんだ。
そう思えば彼女が身体を売った相手が自分だという事実も忘れ、説教のひとつもぶちまけたくなったが――そんな文句も間もなくすれば霞んで消えてしまい、土方の脳裏にさっき感じた驚きが再び湧き上がってくる。
・・・・・・未だに信じられねぇ。こいつは何の奇跡だ?あのが、昨夜の顛末をしっかり覚えていやがった。
あまりの意外さに言葉も出ず、土方は呆然と彼女を眺めた。
酒に弱いが酔った時のことを記憶しているなど、これまでは一度として無かったのだ。
「おい。どこまで覚えてんだ。その様子だ、大方は頭に残ってんだろ」
「ぇえ!?〜〜ぅぁあのえっと、っっう、ぅ、あぅううう」
「落ち着け、舌ぁ噛むぞ。で、どっちだ」
「ぅ、うぅうううう・・・ぁ・・・あの・・・なんとなく、だけど・・・ゎ。わりと、おぼえて・・・」
「・・・欲の無ぇ奴だな。それだけ覚えてるってのに強請るもんは甘味だけか」
もっとあるだろうが、他に色々と。江戸中の店で売ってるじゃねえか。
着物でも帯でも鞄でも履物でも、百貨店に並ぶようなブランド物でも。
あるだろうが、男の俺には名称すら聞き覚えがない、女が目の色変えて飛びつくような装飾品があれこれと。
そういった高額なあれやこれやを――貧乏なこいつの財布では賄えそうにないもんを、好きなだけ強請ってやろうって考えは浮かばねぇのか。
しかし丸く膨れた布団の中に籠っている女は、うん、と小さな声で即答すると、
「いいの。一度にたくさんおごってもらうより、すこしずつおごってもらうほうが・・・何回も土方さんに会えるもん。そのほうがうれしいもん・・・」
「・・・。馬鹿かお前は」
呆れきった顔でぼそりと言い捨て、歯痒くなった土方はぐいっと布団を捲り上げる。
ぅにゃああああっっ、と素っ頓狂な悲鳴を上げた女は真っ赤になって身体を隠そうとしているが、そんな彼女を救いようがないものでも眺める目つきでじとりと睨んだ。
普段は飯を奢れだの酒を飲みたいだの甘味が食べたいだの、へらへらと笑いながら強請ってくるは、いざ土方が何かしてやろうとすると途端にしおらしくなって遠慮してくる。
そんな時の彼女はいつも、瞬時に抱きしめたくなるほどにいじらしい。だが、同時にひどくこそばゆくて歯痒い思いをさせられる。
――ったく、こいつは――これだからこいつは手に負えねえ。素面の時にこんな可愛いことを言われて、俺にどうしろというのか。
どうでもいい女の前であればともかく、本気で惚れている女の前では甘い言葉のひとつも出せない俺に、ここでどう反応しろというのかこの馬鹿は。
そんなことを思ってじれったくなったが、結局何一つ言葉にはならない。
腹の奥に溜まり始めた甘ったるい熱を感じつつ、土方は黙ってを布団ごと抱き起す。
真っ赤な褥の上から淡い色をした肢体を掻っ攫うようにして抱き上げたが、そこでまた土方が目を見張ることが起こった。
いつもならびっくりして暴れる女が、今日はなぜか暴れようとしない。遠慮がちではあったが彼の首に腕を絡め、彼女のほうから縋ってきたのだ。
試しに顔を寄せて何度か唇を啄んでみたが、それでもはされるままに彼を受け入れようとする。
・・・どういうこった。まさか昨日のあれが、思わぬ荒療治にでもなったというのか。
狐につままれたような思いでを見つめた土方は、触れただけで蕩けそうな感触の口内へと割り入ってみる。
舌を絡めても、寝乱れた頭を撫でてみても、露わになった膨らみに触れてそのやわらかさを掌で何度か味わっても、はどれも拒まなかった。
それどころか悩ましげに眉を寄せ、ぁん、とちいさく喘いで震える。細くなめらかな腕に力が籠る。
おかげで止められなくなった土方は、さらに彼女の口内を熱く貪る。昨日は酒のせいで甘ったるく感じた女の舌は、酒など含んでいなくとも甘ったるく思えた。
ちゅ、と押しつけてから唇をゆっくりと離せば、濡れた赤い唇から透明な糸がつうっと伝う。
まだしてほしいのに、と拗ねているような瞳が彼だけを見つめて潤み、まばゆい朝日を浴びて輝いている。
そんな見慣れない彼女の姿に内心ではぞくりとさせられつつも、彼は平静を装って尋ねた。
「そこまで覚えてるんなら一週間と言わず、飽きるまで毎日奢れとでも強請ったらどうだ」
「らって・・・それじゃ土方さんにわるいもん。あたし、甘いもの、だいすきだし。いくら食べても飽きる気しないし。
じまんじゃないけど、一生飽きる気がしないもん・・・」
「確かに自慢にならねえな。まぁ、だが・・・」
(一生奢られ続けても飽きねぇってえなら、お前を一生傍に置いて、一生奢り続けてやればいいだけの話だ。)
などと心中で言い返しながら、土方はやわらかな女の身体を褥に抱き下ろす。
横たえる間も少しも彼女から目が離せなかったが、頭の隅ではこれからの予定をあれこれと算段せざるを得なかった。
仕様がないこととはいえ、屯所を一晩空けてしまったのだ。昨夜面倒を掛けてしまった紫のぶがどうしているのかも、今は何時なのかも気になる。
階下にまだ居座っているだろう浪士共が、どこでどうしているのかも気に掛かる。
――だが、目の前で無防備に素肌を晒すの、無意識に男を誘うような蕩けた表情はもっと気になる。
一度だけでいい、確かめたい。宵闇の中で艶やかに咲いた極彩色の花のようなまぼろしの女を、もう一度腕の中に取り戻せるかどうかを。
そうそう時間があるとも思えねぇが――なに、あの連中を見張っているはずの山崎が来るまで、多少の猶予はあるはずだ。
もしも来ちまったらは猛烈に恥ずかしがって怒るだろうが、その時はその時だ。そもそも存在感が空気より薄い男が来たところで、たいした不都合もないだろう。
山崎のほうは、――あいつのこたぁこの際どうでもいい。もしこいつの裸でも見られたら、刀でもちらつかせて適当に脅しつけてやるが――
こうしている間も任務を遂行中の監察が聞いたら憤慨しそうなことばかりを、彼は胸の内で算段する。
「土方さん」とぼうっとした表情で腕を伸ばしてくるの手を取り、甘い匂いがする細い指先に唇で触れる。
そんな彼の仕草が気になったのか、ぱち、と睫毛が濡れた大きな瞳が不思議そうに瞬く。
けばけばしい色をした褥の上でこれから何が起こるかなど、どう見ても判っていなさそうだ。
「甘味なら後で好きなだけ奢ってやる。目ぇ閉じろ――」
目元を細めて笑いかけながらそう言い聞かせてやれば、こく、とちいさくが頷く。
まだ起きぬけでいっそうあどけなく見える顔が、昨夜彼に「好き」と打ち明けてきたときとよく似た、心の底からしあわせそうな表情で瞼を閉じた。
「 不可視の極彩色 」
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text *riliri Caramelization 2014/05/05/
「No.5土方 おくすりかお酒でどちらかがデレデレ 攻め側でがんばる主人公 大人向けの甘いお話」
神理さま、ありがとうございました !! 副長今年もおめでとぅおめでとう !!