ギィ、と耳奥に刺さりそうな尖った音で軋む。 履いていたブーツを疎ましげに脱ぎ捨てて、短い廊下の床板へ上がる。 狭いアパートの玄関から、大きく踏み込んできた足が。その身体の重みが、鳴らした音。 「・・・・おつかれさまです。外、寒かった?」 ぎこちなく掛けられた声に、ああ、とだけ土方は返した。 床板へと伏せられていた目線を上げると、そこには涼音が立っている。 短い丈の着物から伸びるすらりとした脚から、着物の裾に添えている細い手へ。 何か言いたげに見上げてくる涼音の顔へと、彼は視線を上らせていった。 互いが互いの瞳に吸いこまれるように、ぴたりと視線が合った。 土方の口が薄く開いた。何かを言いかけてから、ばつの悪そうな表情で引き結ぶ。 「一晩泊めろ。」 「え。・・・・・屯所に帰らなくても、いいの?」 返事代りに、土方は腕を伸ばした。 彼女の腰のあたりを抱くと、そのまま自分へと引き寄せる。 黒い布地に皺を寄せ、は彼の背中をぎゅっと握ってみた。 無言で抱き締めてくる男の背中は、ひんやりとして冷たかった。 ふっ、と耳許で低い声が聞こえる。 土方が小さく肩を揺らして、何か思い出しでもしたかのように笑っていた。 「帰ってくるな、だとよ」 「え?」 「うちの大将のお達しだ。逆らえねえだろうが」 「・・・・・うん」 身体はせつないのになぜか嬉しくなってしまう、ざわついた息苦しさを感じながら。 隊服の胸を擦るようにして、頬を寄せる。すると、大きな手に頬を包まれた。 はぼんやりと思い出していた。 普段よりもぎこちなくて、どこか上の空な口調。仕草もどこか急いている。 こんな気配で家に来たときの土方の手は、いつも熱かった。 今もそうだ。指先は硬く冷えているのに。もどかしそうに頬を包んだ手のひらは、微熱を帯びて火照っていた。
触れる指先の我儘を 10(前編)
「ぁ、・・・・・・っつ」 お湯が煮えて湯気を吹く音。 カチカチと弱く打ち鳴らされる金属音。 台所で火にかけておいた薬缶が、蒸気を上げて沸き立った合図を送ってきている。 だめ。はやく。止めなくちゃ。 自然と浮かんできた涙で、霞んだ視界。 すべての境界線が溶けたその世界の端に映るのは、台所へと繋がる扉。 「ひ・・・じか、た、さ・・・・ね、や、やめ」 いつのまにかは、そこへ向けて手を伸ばしていた。 淡い色をした指先が、しなって伸びる。びくん、と高く跳ね上がった。 突然求められた女に、戸惑う猶予さえ与ることなく。土方は彼女を抱こうとしている。 帯を解こうともせず、短い着物の裾を引き退けて。 薄い布地に覆われた谷間に、ためらうことなく指を割り込ませ。 肌とは違う熱を帯びたそこを撫で上げた。 それから先は、の抗いなど何にもなりはしなかった。 まだ溶けかかってもいなかった入口を、無造作に充てた指先で馴らして、 じわりと潤みかけたところに、土方は抉じ開けるようにして指で圧し入った。 息が止まるような思いで受け入れたそれが、今も彼女の自由を奪っている。 「・・・・いいのかよ」 「・・・え、な・・・・っ、や、んっ」 「今頃になって、止められてえのか・・・・?」 くちゅっ、と粘った水音が、耳に滑りこんでくる。 耳を奥まで埋めようとする淫らな音色を拒むかのように、は彼の腕の中で身を捩っている。 すでに彼女の中を満たしている、土方の指が奏でる音。 潜り込んできた長い指は、いつもは散々焦らしてからでないと与えない、激しい動きで 彼女の内側に深い官能を呼び覚ましてしまっていた。 「やっ、っ・・・だめぇっ」 「・・・・・・」 久しぶりに受け入れた異物感は、じっとしていることがない。 の高まりを早めようと、荒々しく、それでいて一番感じやすい部分はしっかり捉えて。 深い抜き差しを繰り返し、彼女を責め苛みつづけている。 「、お前・・・どっちだ。ここで止められてえか?」 「ひ、あっっ」 胡坐を組んでいる土方に横抱きに抱えられ、は彼の首に縋りついている。 淡い色をした、しなやかに細いの二の腕。 袖が大きく捲れ上がっていて、素肌が直に土方の首筋を覆い、強く抱きしめている。 土方が時折唇を離し、ふと思い出したかのように、さらけ出した二の腕に舌先で触れる。 淡い乳白色の肌を陶然とした表情で眺めながら、舌先で吸いついて、軽く歯を立て。 赤く濁った噛み痕を、感じやすい腕の内側にばかり刻んでいく。 「どっちがいい。・・・なあ。答えろよ」 「やめ・・・・・、っ」 印を刻む間にも、硬い指先は絶えず敏感になった部分を荒い動きで撫で回している。 弱い部分を突かれるたびに、は耐えきれなくて身を捩る。 我慢出来ずに漏れてしまっていた甘い吐息が、乱れては高く跳ね上がる。 しだいに不安定で甲高い、喘ぎ声へと変わっていった。 台所の扉はすぐそこに見えている。 けれど、この腕から逃れてそこまで行ける自信はなかった。 気忙しく蠢く土方の指が、の溶けかかった中を深く捉え、離そうとしない。 腰から脚、そこから爪先まですべて、痺れるような快楽に呑まれかけていた。 それでなくても、巧妙に身体の動きを封じられてしまっている。 動こうとするたびに容易く抑え込まれ、逃れるどころか、すっかり身動きがとれなくなっていた。 すでに腰から剥がされた下着は、まだ太腿の半ばに留まっている。 それが却っての脚を縛り、動きを抑制する。頼りなげでいて効果の大きい枷になる。 そこまで計算しているのかどうか、土方がそれを脚から外そうとする気配はいまだ無かった。 「っ、やめ・・・・てっ・・・・」 「ぁあ?」 「ちょ、っとだけ・・・・ね、待って・・・お湯、止めな・・・・・、と」 「・・・んなもん、後にしろ」 今のに、遠くからの音に耳を傾けるような余裕はない。 それでも薬缶がお湯を煮え滾らせ、蓋を揺らす音は、断続的に耳まで響いてくる。 早く来いと彼女を急かすように、台所から呼んでいた。 しっとりと湿った暖かさが、この部屋の天井近くから降りてくる。 二人の着物まで湿らせながら、身体を包み始めている。 台所の薬缶からで立ち昇っている湯気が、室内を巡って、扉の隙間から漏れて。 隣のこの部屋まで運ばれてきている。 「後回しにされんのは・・・・嫌れェなんだよ、俺は」 笑い混じりに跳ね返され、は唇を塞がれた。煙草の香りが色濃く香ってくる。 唇の隙間から舌を差し込まれ、口の奥まで捻じ込まれる。 逃げようとするの舌先をするりと絡め取り、拒む自由を奪い。奥へ向かって荒らし始めた。 「ふぁ・・・、っっ、・・・・・んん、っ」 圧し込まれた乱暴な舌と、さらに奥へと深度を増していく長い指。 身体の溶けそうな熱さに身を悶えさせながら、黒い隊服の肩に爪を立てる。 泣きそうに眉を曇らせて喘ぐは、立ち上がる気力すら失くしかけていた。 お茶淹れるね、と言ったときには、黙って頷いていたくせに。 お湯を沸かそうと台所に立ち、薬缶を火にかけて部屋に戻ってきた彼女を 土方は背後から捉まえた。そのまましっかりと抱きかかえて、それからは離そうとしなかった。 「っや、・・・ね、・・・待って、待っ、あっ」 「駄目だって・・・言ってんだろ・・・・・・・」 待てねぇ。 苦笑気味な抑えた声で言いながら、土方は指を急に引き抜いた。 「!ぁ、あんっ」 か弱い悲鳴が上がり、太腿がぶるっと震える。は彼の首にぎゅっと抱きついた。 唇から洩れる吐息が、荒く弾んでいる。 引き抜かれた奥に残された痺れと、湧き上がる涙をこらえていた。 溢れさせた透明な蜜にまみれた手で、土方は苛立たしげにの下着を引き摺り下ろしていく。 膝まで下げて片脚だけを抜くと、たったそれだけを待ちきれなかったかのような急いた動きで 着物の裾へと手が戻ろうとする。 「!やっ、・・・ねぇ、お願・・・待って」 慌てて裾を抑えたは、土方の胸を思いきり押し返した。腰を大きく捩じって動かす。 膝に力が入らない。ふらふらとよろめきながら立ち上がり、やっと土方の膝上から逃れた。 乱れてしまった髪を急いで撫でつけ、深く開いた胸元を腕で隠して。 眉をひそめた困ったような顔で、は彼を見下ろした。 「ご・・・ごめんなさ・・・い」 見下ろした男が、気に食わなさそうに口を曲げている。 よく目にしているその表情が、なぜかいつもと違って、叱られたことに怒っている子供のように見える。 どこか笑いたくなるような、他愛のない拗ねかたに見えた。可愛くさえ思えてしまう。 立ち止まって眺めているうちに、それは自分が立って彼を見下ろしているからなのだろう、と気がついた。 何も言わずに部屋を出た。 は湿って蒸し暑い台所を突っ切って、急いでガス台へ手を伸ばす。 カチリ、と音をさせて火を止めると、肩から力が抜けていった。 「・・・・・・はぁ・・・・・」 自然に短い溜息が出た。 半分開いたままになった扉をわずかに振り返る。扉で繋がれた部屋からは、物音ひとつ聞こえない。 胸元が開いたままになっているのに気づき、乱れた衿元を寄せ直す。 直しながら、そこを撫で上げた土方の手ひらの熱さを思い出してしまう。 たったそれだけのことで、顔がかあっと火照るくらいに恥ずかしくなった。 彼の手の内を逃れてほっとしたのか。 それとも、あの腕から離れたことを残念に思っているのか。自分でもよくわからない。 近藤や沖田の協力を得てストーカーを捕まえ、涼音は屯所から自分のアパートに戻った。 あれからもう三日経っている。 土方の顔を見るのも三日ぶりで、触れられるのも三日ぶりだった。 その間に事件が重なって、土方は昼夜働き詰めだったらしい。 短い電話をかけてきた彼に「またおかしな野郎に絡まれてねえだろうな」と訊かれたことはあったが、 屯所へ呼び出されることはなかったし、ここへ会いに来ることもなかった。 はバイト帰りに屯所へ寄るのも止めて、彼に電話するのも控え目にしていた。 忙しさを気遣って、というのもあったけれど 実のところは、土方の顔を見るのが気恥ずかしい、というのが本音だった。 それでも数日会わずにいたのが淋しくなって、そろそろ会いに行こうか、と思っていたら 一時間ほど前に近藤から電話があった。 笑い混じりに「トシを預かってくれ」と頼まれた。 それを聞いたら、とくん、と心臓が波打った。 近藤にはどう答えていいのかわからず、適当な言葉を返した気がする。 その後に何を言われたのかは、よく覚えていなかった。 それから風呂の支度をしたり、部屋に散らしていた雑誌を片付けたり、ベッドを整えたり。 台所でお茶の用意をしてみたりした。ただ、何をしていても上の空だった。 部屋へ入るなり抑え込まれ、唇を奪われて。 の喉の奥まで自分で満たそうとするような、深くて強引なキスで、身体の力が抜けた。 そのまま自由を奪われて、あとは完全に土方のペースに雪崩れ込んでいった。 けれど、驚いてはいなかった。 土方がいつもとは少し違う、無言のうちにもどこか昂ぶった気配で現れて、すぐに身体を求められる。 こういうことが、今までに無かったわけではないからだ。 さっき玄関に立った土方を見た時に。いや、本当はもっと前、電話が来たときに。 あの時にはもう、こうなることがわかっていたのかもしれない。 ただ今日は、ちょっと台所へ立つ程度の暇を許さない、いつにない性急さに戸惑ってはいるけれど。 流しの脇に置かれた、飲みかけのオレンジジュースが目に入る。 急に身体が火照ったからなのか、ひどく喉が渇いていた。 置きっ放しにしていたペットボトルを手に取り、中身が半分ほど空いたそれを口へと運ぶ。 一口、二口、と、飲み込むのが億劫で少しずつ口に含んでいたら、背後に気配を感じた。 そこに土方が立っていた。 隊服の上着は脱いだらしく、襟元のスカーフも外されている。 そこまでは伏し目がちに盗み見たけれど、そこから先はわからない。 どんな表情でいるのかは、見れなかった。気まずさが先立って目を合わせ辛かった。 「・・・・あ、・・・・ごめ・・・あの。・・・・・お茶、淹れるね」 謝るのも何か不自然な気がする。 は「ごめんなさい」のひとことを、中途半端に引っ込めた。 手にしていたペットボトルを流しに戻そうと、彼に背を向ける。 すると白いシャツの腕が伸びてきて、驚いて竦んだ彼女の肩を引き寄せる。 土方は部屋でしたのと同じように、力に任せてを背中から抱きすくめた。 きつく抱き締められ、背中が軋んだ瞬間。 の身体に、突き抜けるような甘い痺れが走る。 思わず声が出そうになった。 すでに蕩けている身体の芯が、荒々しい抱擁に過敏に反応してしまった。 急に全身の力が抜けていく。 腕も力を失って、手にしていたペットボトルの口が、かくん、とうなだれて下を向いた。 「っっ!」 残っていたオレンジ色の甘い液体が、細い流れになって彼女の素足を伝う。 冷たさに慌てたの手から、ペットボトルが滑り落ちる。 空っぽになった透明の瓶は、カラン、と軽々しい音を鳴らして、床で跳ねた。 着物の裾から、太腿を通って足先まで。 薄くべとつく膜のような感触に濡らされて、は両脚を擦りつけるようにしてぎゅっと合わせる。 苦しげに眉を寄せて、何か堪えるような表情で唇を噛んでいる。 ジュースの流れた跡が残したかすかな違和感にまで、なぜか感じてしまっていた。 背後の土方に、軽く身体を持ち上げられる。流しの縁に身体を押し付けられた。 はわけがわからずに、振り向こうとした。 自分に目を向けらせるのを阻むかのように、土方は首筋に唇を当てる。 舌先でつうっと、わざと弱く撫で上げた。こうすれば抵抗出来ないと、知っているからだ。 「あ・・・・・」 せつなげな吐息を漏らしながら、の唇が開いていく。 首筋を仰け反らせ、抱きしめた男の胸にぐったりとしなだれかかった。 腰を大きく撫でていた土方の手が力強く帯を掴んで引き、結び目を解く。 緩められたそれは、足元に輪を描いて床に落ちた。 彼は手を休めることなく彼女の腰を引き寄せ、熱くなった自分を、強く圧しつけてきた。 びくっ、との肩が大きく揺れる。 しかし彼女の反応に臆する様子もなく、土方は追い詰めようとする。 肌蹴けて肩にかかっているだけになっていた着物を、はらりと落とし。 真白い襦袢の裾をたくし上げて、露わになった白く透き通る膨らみを抑えた。 太腿の付け根近くには、三つの小さな黒い星が散っている。 そこに指を食い込ませると、反った首筋が弱い震えを起こす。 は唖然として声もなかった。 カチャカチャと鳴る、土方がベルトを緩めようとしている音を聞いても、何も言えなかった。 突然居間やベッドに押し倒されて、ということは何度かあった。 けれどこの場所でこういうことは、されたことがなかったのだ。 「・・・・力抜け」 ボソッと言い捨てた土方が、の太腿の内側に手を掛ける。 ぴったり閉じた脚の間に隙間を作り、膝で割って奥へ入ろうとする。 開きかけた太腿に力を入れ、は慌てて閉じようとした。 唇が驚きから解放されて、そこでやっと裏返った声が出た。 「え、ちょっ、・・・ひ、ゃっ」 「そうじゃねえ。・・・ほら、こう」 「そそ、そうじゃ、って、えっ」 腰を両手で抑え込まれ、流しと彼の身体に挟まれて、は身動きがとれなくなっている。 なんとか上半身を捩じって、肘や腕で彼を押し返そうとするのだが。 女の腕に押されたところで、土方の身体は頑として動かない。 困りきったは、身体を捩じって抵抗を試みる。けれど逆効果だった。 動けば動くほどに身体の自由が無くなっていく。四肢の動きまで絡め取られていく。 どう動いて逃げようとしているのかを、しっかり見切られていた。 「ひ、土方さ、っ!!」 「駄目だ。」 はあっ、と火照った吐息を、言葉と一緒に腹の深くから絞り出して。 土方は彼女を自分のほうへ向かせ、腰から持ち上げるようにしてぎゅっと抱きしめた。 「・・・・・もう、待てねェ」 うなだれた彼は、の肩に顔を埋めた。 肌から香ってくる甘い匂いを、胸に閉じ込めようとするかのように。 すうっと大きく息を吸い込んで、苦しげに眉間を曇らせて目を閉じる。 そんな土方の表情が、には見えなかった。 首筋に当たっている毛先のくすぐったさと、爪先立ちの不安定さに心まで揺らしながら。 ただされるままに、腕の中で息を潜めていた。 おろおろと床のあたりに視線をふらつかせてから、何度も瞬きを繰り返す。 目を丸く見開いたは、呆然と問いかけた。 「だっ、・・・て、・・・ここ・・・・で?」 しばらく答えが返ってこなかった。 土方は黙って彼女を抱きしめながら、答えを迷っていた。 何日か前にも泣かせたばかりだ。 かっとして手荒に振舞った。それを詫びる気にはなれなかったが、いまだにばつが悪かった。 同じ真似を繰り返すつもりはなかったのだ、ここへ着くまでは。 なのに、久しぶりにの顔を見て、抱きしめて。たったそれだけで押し流されてしまった。 衝動に押し流される一方で、どうしても流れに逆らえない。熱くて滾った、身勝手さだけが増幅されていく。 あの声が聞きたい。 弱って縋りついてくるような、涙に潤んだの声が聞きたい。 そう思うのに、彼の身体は躊躇ってしまう。 無理にでも、深く押し入って。熱い内側を、今すぐに自分で埋め尽くしてしまいたい。 そう思っても、の背中を抱きしめた腕は、ぎこちなく固まって動かない。 黙ってきつく目を閉じている。 土方の中ではずっと、同じ問いかけだけが繰り返し揺れていた。 うなだれたままだった土方が、目を開いて顔を上げる。 とは、目線を合わせようとしなかった。 どこか悔しそうな表情をしている。 伏せられた鋭い目が、白い襦袢を肌蹴させたの肩のあたりに向けられている。 いかにも言いたくなさそうに、口だけが重たげに動いた。 「・・・・・嫌か」 たったひとこと。余裕の無さそうな、苦しげな声で。 憮然とした顔で問いかけた。 はしばらく無言で、彼を見つめていた。 見開かれていた大きな瞳が、ふっ、と笑みに細められる。 それは、一瞬後には泣き出してしまいそうな。瞼の縁に涙を滲ませた、かすかな笑みだった。 「・・・土方さんの、バカ」 窺うように自分に向けられた土方の目を、まっすぐに見つめながら。 は小さくかぶりを振った。 そうじゃないの。 大好きだから。嫌じゃないから、困るの。 首を振って否定する。それだけでこのひとには通じると、判っている。 けれど本当は、苦しげに、それでも自分を気遣って問いかけてくれる男に、思いを伝えてやりたかった。 実際に言えと言われても、恥ずかしくてとても口に出来そうにないけれど。 隊服の背中に、そっと腕を這わせる。 は白いシャツの胸に唇を付けた。 愛おしそうに頬摺りをして。彼にも聞こえないような、小さな声でささやいた。 「・・・いっぱい我慢させて、ごめんなさい・・・」 それから土方がどうやって、自分を流しの縁に向けさせたのか。 いつの間に脚を開かされ、濡れた秘所に指を潜らせたのか。 にはわからなかった。 気づいた時には肘と胸が、流しの縁に痛いくらいに押し付けられていて。 後ろへ引かれた腰を抱えた土方が、熱くて硬いものを宛がって。乱暴に指を引き抜いた中へ、押し入ろうとしていた。 「あっ、・・・っっ」 濡れて熱いの入口を、土方はわずかに先端だけで押し広げる。 白い背中をしならせて、彼女は震えた声を漏らした。 広げられ、土方を迎え入れようとしているそこが、ぴりぴりと痛む。 知らずに涙がこぼれそうになった。 ずっと抱かれていなかった。男を自分の中に受け入れる感覚が、遠いものになっている。 まるで、初めてこのひとに抱かれたときみたいだ。 いまだに褪せない記憶が、ぞくりと彼女の肌を騒がせる。 涙を浮かべて受け入れた途端に、深く、一度に貫かれる。 「!!ゃあ、あんっ!」 瞬間、の身体は衝撃に裂かれた。呼吸が止まりそうになった。 ひりつくような痛みを伴って、鋭い衝撃が再び彼女を襲う。 「っ、ぁ、いっ・・・・っ、ゃあっ、あんっ」 痛みに飛び跳ねた細い肩に、土方の大きな手が伸びていく。 もう片手では痙攣するように震えている、の真白な膨らみを抑えつけている。 彼女の奥を突き上げるように腰を動かし、中を抉って掻き乱す。 土方の動きに重なって、ギイッ、と古いアパートの流し台が尖った音で軋む。乾いた悲鳴を繰り返し続ける。 苦しげに喘ぐの中は、彼を奥へ誘い込むように震えながら締めつけていく。 押し入ったその中は、最初は蕩けそうな柔らかさで彼を呑んで。 呑みこむと同時に温かな粘液で彼を包み、内壁を張り詰めさせ始めていた。 一杯に埋め尽くされた中をさらに押し広げようと、硬く張り詰めたものが蠢いている。 まだ馴らされていない、しばらくの間何かを受け容れることのなかったその奥を責め立てる。 熱い塊に塞がれて。下腹の奥へと打ち付けられる重苦しさで、息が詰まる。 貪欲すぎる動きから逃れようと、滑らかな白桃のようななだらかな膨らみは、流しの上へ進みかけていた。 「・・・・っ、、・・・・っっ」 「あぁっ、やぁ、ぁんっ・・・・・」 ひきつって反らされたの背中に。なめらかな素肌に、土方は唇を押しつける。 背筋に沿って丹念に、吸いつくようにして舐め上げていく。 ざらついた舌先に感じて嬌声を高めた、の顎を掴んで手のひらに収める。 半開きになった唇を撫でて、硬い指先を口内に含ませた。 「っ、く、・・・ふ、・・・・んっっ」 組み敷いて流し台に押し付けた女の背中と、律動に揺れるたびにそこから覗く、淡い色の柔らかな胸。 熱に浮かされたような、ぼうっとした眼で。彼は静かに見下ろしていた。 振り乱した長い髪。涙で赤く染まってしまった目元。苦しげに寄せられた眉。 波を寄せて襲いかかる快楽と、打ち付けられる痛みを受け止めきれずにいる、の横顔。 見つめる瞳の静けさに反して、その鼓動は愛しい女の泣き乱れる姿を目にして昂ぶっていく。 「やんっ、ぁっ、ゃあ・・・・ぁっ、だ、めぇっ・・・・」 深い抜き差しを打ちつける毎に、がか細く弱々しい悲鳴を上げる。 ギィギィと尖って軋む流し台の音の隙間を縫って、の奥が籠った水音を奏で続けている。 俺はこの声が聞きたかったのか。 頭の片隅でぼんやりと思いついて、土方は自然と薄い笑みを浮かべていた。 自分の単純な征服欲と他愛のなさが、ふと可笑しくなった。 「っ、・・・・ひ・・・・かた、さぁ」 「ぁあ、・・・・なんだ、・・・やっぱり、痛てぇか」 うん、と涙の滲んだ目で、振り返ったが頷く。 貫かれた最初ほどではなかったけれど、突かれるたびに中がひりひりと痛んでいた。 彼女の肩を撫でている土方の唇からは、苦しげで昂ぶった息遣いが絶えず漏れている。 自分だって苦しそうなのに、優しく撫でてくれる。 気遣ってくれているのだと、いつになく優しく、力を加減気味に触れてくる指先の動きで判った。 済まなさそうな表情で自分を眺めている男の思いが、嬉しかった。 すこしの間、はぼうっと見蕩れていた。潤んだ目でじっと、嬉しそうに彼を見つめていた。 肩から首筋へ。首筋を伝って、土方の手が頬をそっと撫でてくる。 その手に自分の手を重ねて捉え、は目を閉じ、切なげな嬌声を零す。 奥を避けてゆっくりと蠢く彼を感じながら、耐えきれずにまた高い声を漏らし、涙をこぼす。 それでも必死で、柔らかく甘やかな声を、喉の奥から絞り出す。 どうしても土方に伝えたくて。伝えたい、と思うだけで、胸の奥が熱くなって涙が溢れた。 「いい、・・・の。も、・・・う」 「・・・・ああ?・・・・」 「ね、ぇ・・・がまん、しな、ぃ・・で?」 「ば、・・・・っっ、てめ、っっっ!」 珍しく顔を赤くして、ばか、と怒鳴りかけた彼の奥で、何かが極まって爆ぜた。 一瞬でコントロール不能になった自分を、張り詰めた欲情をこらえきれない。 あっ、と悲鳴を漏らしたの背中を抱きすくめ、抑え切れずに低く呻いて。 蜜の溢れる中へ激しくぶつけるように、一気に最奥まで貫いた。 「ひ・・・ぁあ、あんっ!!」 ずっと抑え込んでいた激しさが、濁流になって放たれる。 一瞬での狭まった奥へと呑み込まれる。 「・・・!ぁっ、やん、ぁ、あっっっ」 長い髪を振り乱し、しなった全身をぶるっと震わせて、はかくん、と膝を折る。 土方の腕に抱き留められて、人形のように力無く身体を崩れさせた。 。 土方は荒く弾む呼吸に喘ぎながら、耳許で囁きかける。 乱れて頬に広がった髪を掻き上げ、流れに添って撫でていく。 肩を震えさせながら、は細い声で泣いている。 「・・・・っ、ひ、っっ、っっ」 崩れ落ちそうになる彼女の身体を流し台に預け、の中から引き抜いた。 だらりと投げ出された脚を、光るものが伝っていく。 白く濁った粘液が、彼女の肌をとろりと流れ落ちていった。 身体がふらつくほどの、心地良い眩暈。 甘い脱力感に襲われながら、深い溜息をゆっくりと吐いて。土方は、の背中に倒れ込んだ。 感情の糸がふつりと途切れ、放心したは声を掠れさせて泣きじゃくっている。 流しの縁に挟まれた彼女の胸に、ゆっくりと指を這わせる。ぎゅっと背中から抱きしめた。 ほんのりと光る汗を滲ませた、震える首筋にキスを落とす。労わるように優しいキスを並べていく。 その感触で落ち着きを取り戻し始めたのか、泣き声も少しずつ小さくなり。次第に泣き止んでしまった。 潤んでぼんやりしたの目は、まだ夢の世界でも見ているかのように視点が定まっていない。 土方は力の抜けた女の身体を抱き上げて、唇を軽く重ねた。 二人で床に座り込む。 そうしている間も、は皺になったシャツの胸にもたれ、夢を見ているような蕩けたまなざしで彼を見つめていた。 「土方さぁん・・・」 「・・・・・・・あぁ」 「・・・・きもち、よかった・・・・?」 抱いた女を見つめて細められていた目が、気恥ずかしさと狼狽にさあっと醒めていく。 何をぬかしやがるのか、とでも言いたそうな呆れた顔でじろっと睨み、 土方はの頭の天辺を勢いよく小突いた。 「っ!痛ったあっ」 頭の痛みで目が醒めて、夢心地からあっという間に引き戻される。 はっとした途端に恥ずかしさに見舞われ、は落ち着きなく襦袢の衿を引っ張り、顔を隠そうとした。 元から汗ばみ、薄く色づいていた首筋や頬が、じわじわと赤く染まっていく。 判りやすいうろたえぶりが可笑しくなって、土方はくっ、と喉の奥で笑いを殺した。 ポンポンと頭を叩くと、彼女の髪を撫で始める。 「・・・そんなにボコボコ叩かないで下さいって言ってるじゃないですか。 頭割れたらどうするんですか。これ以上頭悪くなっちゃったら、どうしてくれるんですか!」 「ならねーだろ。これ以上悪くなんざ、なりようがねーだろ。 これだけ殴られ続けて割れねえもんが、今更割れるか。だいたい、てめえの取り柄ったら頑丈さだけじゃねえか」 「なによォ。そんなだから土方さんには、デリカシーが無いんですよー。 あんなことした後くらい、少しは優しくしてくれてもい、・・・・・・・・・ ・・・・・・い、じゃなくて。・・・・・・・え、や・・・あ、ええ、と・・・・」 「あんなこと」と言ってしまってから気がついて、はしどろもどろに言葉を濁した。 こわごわと見上げると、土方は難しい顔になっている。髪を撫でていた手も動かなくなってしまった。 目を逸らし、もごもごと口籠りながら、彼女は口を尖らせてうつむいた。 本音ではなかったのだ。あれが土方なりの精一杯なのだろうと判っているのに。 恥ずかしさでつい、思ってもいないことを言ってしまった。 「・・・だったらどうしろってえんだ」 「・・・・・え」 「ったく・・・・・・これだから女ってえのは。」 面倒臭せえ。 鬱陶しそうな溜息混じりに、土方はつぶやいた。 聞いたは目を丸くして、一拍遅れて頭にきた。眉を高く吊り上げる。 「はあァ!?」 「いちいち喚くな。おら、さっさと言え。お前が何をどうしてえのかって、訊いてんじゃねえか」 「な。なにを、って。・・・・・・・・・」 訊かれて最初に思いついたのは、脚がべたついて汚れていることだった。 見下ろした素足はオレンジジュースにまみれ、膝下には脚と同じ色に染まった下着が貼りついている。 ジュースを零したのは自分だ。けれど、もう半分は確実に、イラついた声で訊いてきたこの男のせいだ。 「・・・・お風呂に入りたい」 「ぁんだよ。風呂だァ?・・・とんでもねえことでも言いだすかと思やぁ」 その程度か。 ムッとしてつぶやいた土方が、の腰に腕を回した。 揃えさせた膝の裏にも腕を回し、そのまますっと立ち上がる。 「ひ。土方、さん?」 「あァ?何だ」 「・・・・何って・・・・・・・何って。何でも、ない・・・けど。」 歩き出した彼の腕の中で、はぽかんと放心していた。 何か、とんでもなく大きな違和感を感じてはいるのだが。 自分のいるこの腕の中に、何か不思議を感じる。いや、この抱かれ方に、違和感を感じている。 なんだろう、どうして、何がおかしいのかわからないけれど、決定的に何かが、いつもと違ってる。 ふと上を見上げると、どこかを目指して台所を出た土方の、いまだにムッとしている顔が。 そして自分は、彼の腕に抱えられて揺れている。・・・揺れて・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「・・・・・・・何か悪いものでも拾って食べなかった?」 「てめえじゃねえんだ、拾い喰いなんざするか。いつもと変わらねェよ」 いつもと変わらない。 つまり、彼以外の身体には「悪いもの」を、普通に食していたらしい。 「じゃあ、風邪とかひいてない?そうだ、熱は?熱でもあるんじゃないの」 「・・・何が言いてえんだ?熱が出てんのはお前だろーが。 んだよそのツラはよ、茹でたタコじゃあるめえし。っとに色気のねえ奴だな」 「だ、だって・・・・だってえ!! ああああんたがこっ恥ずかしいことしてるからでしょーがァァ!!!」 ジタバタと足を跳ねさせ、叫んだは顔を真っ赤にして暴れ出す。 土方に初のお姫様だっこをされている自分にやっと気づき、彼女は混乱しきっていた。 初と言っても、彼女の人生に於いては三回目なのだが。 ・・・そこだけは内緒にしておきたい。 もしこのひとが最初と二回目の相手を知ってしまったら。何が起こるかわからない。 「うっせえんだよ、耳元で喚くな。つか、さっさと降りろ」 顎で促されてふと気づくと、風呂場の脱衣所に連れて来られていた。 言うほどには乱暴でも冷たくもない仕草で、土方はを床に立たせる。 彼はなぜかシャツの腕を捲り始め、両腕を肘が出るあたりまで折っていく。 いったい何をする気なのか、と彼を見上げ、肩のずり落ちた襦袢の衿を掴んでいたは なぜかその手を掴まれた。 身体を屈めた土方は、彼女の顔を覗きこむ。ぼそっ、と無表情に命令した。 「おい、手ェ離せ」 「え」 「離さねーと脱がせらんねェだろーが。」 「脱が・・・・え、や、いい、いいです自分で脱ぐから!」 「遠慮すんな。風呂に入りてえんだろ。この際だ、俺が入れてやる」 「や、ややや、やだっ、やだよ、恥ずかしいもん、いい、いいです自分で入るから!!」 本気で迷惑そうにかぶりを振って拒むの、かたくなな態度が気に入らない。 ぴくり、と土方が片眉を吊り上げた。 「・・・・・どうも前から引っ掛かっちゃあいたが。 。お前、何か俺に文句でもあんのか?なんだかんだとダメダメダメダメ言いやがってよォ。 どこがそこまで気に食わねーってえんだ。おら、言え、言ってみろ。言えるもんなら言ってみやがれ」 「思ってないィ!!いやもォ思ってたってこんなケンカ越しな人に絶対言わないけどォォォォ!! てゆーか土方さんっ、手、離してよォ、痛いいい!」 「じゃあお前から離せ。素直に離せいますぐ離せ。脱がせてやるって言ってんだろコルァァ!!」 「じゃあ先に離してよ、離しなさいよォ!そっちが離したら離すからっっ。 てか、自分で脱ぐって言ってんだろォコルァァ!!はは、離せこのっっっ、変態マヨラー!!!」 「んだと、誰が変態だ。やる気かテメ、やんのかコラ。人が手加減してやってんのも知らねーで つけあがってんじゃねーぞコラ。だいたい俺が変態ならなあ、世の中犯罪者だらけだってーんだァ!!」 そこまで堂々とした偏見をおまわりさんが叫んでいいものかどうか。は、ともかくとして。 掴んだ手と掴まれた手を互いに暴れさせ、ムキになって大声で喚きつつ じりじりと押し合いながらの、文字通り「押し問答」を不毛に繰り返したあげく、 眉間に皺を寄せて怒り出した土方の一方的な圧勝で、は脱衣所の壁に背中をどん、と押し付けられる。 「離せ、離せ変態ィィィ!!」 「うっせェ黙れ。んな時くれえ静かにしねえか!ったく、これだからガキは」 「ガキでも何でもいいからァ、出てってよ!お風呂くらい一人で入、っっ」 素早く唇を塞がれて、は言葉を失った。 潜り込んできた土方の舌は歯列を割って、言いかけた言葉をさらっていってしまう。 深く絡めて彼女を誘い、忘れてしまいそうになっていた感覚へと導いて行こうとしていた。 の舌先が控え目に、彼を求めて自ら触れてくる。 たどたどしい動きでゆっくりと、彼に自分を絡ませてくる。 薄眼を開け、彼女の表情を眺めた土方は苦笑していた。 悩ましげにきつく目を閉じたその顔が、俺をさらに煽るのだと、は気付かないのだろうか。 柔らかな唇を食べ尽くすように味わって、喉の奥深くまで彼女を押し込んでから。 土方は名残惜しそうに、そっと唇を離した。
「 触れる指先の我儘を 10(前編) 」 text by riliri Caramelization 2009/04/26/ ----------------------------------------------------------------------------------- next