その日は急な非番だったらしい。 あたしがリクルート用の一張羅に着替えて家を出ようとした矢先に、電話が来た。 「飯食いに行くぞ。今から来い」 「今日は約束があって。今から出かけるんだけど」 ふっ、と電話の向こうの気配が固まる。 不思議に思いながら黙っていたら、不機嫌そうな声が返ってきた。 「誰だ」 「え?」 「誰とだ、約束」 「万事屋の旦那です」 電話の向こうから、まるで何かを殴りつけたような鈍く大きな音がした。



主役は遅れてやってくる
  

よォ。どーにも暑苦しいなァ」 「そうですか?昨日よりは過ごしやすいと思うけど・・・」 「いけねーなァ、せっかく可愛いコと二人っきりだってのによォ。 何だよこの空気の悪さはよ。ただでさえ江戸の空気は身体に悪りィのに、ここだけより汚染されてんだよ? なーんてゆうかさァ。アレだよ、澱んでるっつーか荒んでるつーかうっとおしいっつーかよォ」 「そうですかあ・・・?あ。 そういえば今日の朝、スモッグ注意報が出てましたよ。それじゃないですか? でも、なんか意外ですね。万事屋の旦那って、けっこうデリケートなんですね」 「そうそう、銀さんの身体はどこかの朴念仁と違ってデリケートだからねェ。 アレだよ、もォ限界だよ?そろそろ我慢出来ねえよ?注意報どころか警報レベルだよ? とこうして並んで歩いてた日にゃ、そりゃもうガンガン警報鳴っちゃうよ?」 「ガンガン?」 見上げると、旦那はこっちを見下ろしてニッと笑った。 緊張感がカケラも無いこの顔を見ると、あたしはいつも、ついついおかしくなって笑ってしまう。 今、あたしの隣を歩いている人が「万事屋の旦那」。 あたしが今まで見たことが無いほどに剣の腕が立つ、何でも屋の坂田銀時さん。 このちょっといい加減で愉快なお兄さんのホームグラウンドがこの街、かぶき町。 大通りを少し外れた、小さな店や小さな会社が立ち並ぶ静かな通り。 今日あたしは、ここで旦那に就職先を斡旋してもらうことになっている。 「そうそう、警報鳴りまくりの暴れまくりだから。俺のデリケートな胸の奥で恋の警報が」 「警報鳴らして暴れまくってんのはテメエの股間だァァァァァ!!!!」 ここで言っておかなければならないことがある。 実は、この場にはもう一人いるということ。 たった今、旦那とあたしの背後で叫んだばかりの人。 今にも旦那に噛み付きそうに、恐ろしい顔つきでこっちを睨んでいる人が。 どうしてなのかわからない。 なぜかついてきてしまったのだ。 愛刀を抜かんばかりに握り締め、ものすごい勢いで煙草をふかしている。 非番で着流し姿の「元カレ」土方さんが。 「んなこたァねーよ。ほら、触って確かめな?な?めっちゃ感度いーからこの警報機。」 「え、あの。旦那?そんなに下についてるんですか旦那の胸って」 「んな汚ねえモン触らせるかァァァァ!!!!」 「土方さん・・・・?何で怒ってるの?」 「馬鹿野郎!!てめぇもてめぇだ!!しれっと下ネタに乗るな!!!」 「いーじゃん別に。楽しいもん。旦那の話、いつも面白いもん。どこかの朴念仁と違って」 「あァァァ!?楽しんでんのか?楽しいのか!!?てめえそんなに下ネタ好きかァァァ!!? しれっと乗るほど好きなのかァァァァ!!!?」 「ええ!?違うよ、好きなのは」 今、目の前でアホなセリフを絶叫した人です。 ・・・とは言えない。 このひともアホだけどあたしもかなりのものだ。 こんなときにこんなところで、あたしはいったい何を。思わず顔が赤くなってしまった。 戸惑うあたしの肩に、なぜかニヤけた顔で旦那が腕を置く。 「そーだよとんでもねえ誤解すんじゃねえよ。が好きなのは下ネタオプション付の俺だよ」 「違ええええええ!!!!!」 「・・・それ、ちょっと違うと思う」 「ちょっとかよォォォォ!!!!」 ある小さなビルの前で、旦那が立ち止まる。 そこの上、三階にある「××商事」と書かれたガラス窓を指差した。今日あたしが面接してもらう事務所だ。 「んじゃ、俺ァ仕事あっから。ここで帰るわ。 ま、なら何したって受かるだろー・・・・けどよォ。」 気楽そうな口調でそこまで言うと、旦那は心底嫌そうに口端を下げ、土方さんに横目を向けた。 「おい。お前だお前。別れた男がどこまでついて来る気だ?おめーもここで帰れ。 いくらが頑張ったってよォ、てめえみてえなチンピラ警官がいたら台無しじゃねーかよ。 あーダメダメ、帰れ、今すぐ帰れ。つーか今すぐ消えろ消え去れ。一ミクロンの塵も残さずこの世から消え去りやがれ」 「ケッ。てめぇの持ってきた話なんざ信用出来るか。こいつ一人じゃ危ねえだろが。 こいつァなあ、スキだらけなんだよ。刀振ってなきゃそのへんの鼻タレのガキと一緒なんだよ! 危機察知能力ってモンが無ェんだよ。人身売買してるヤクザにうっかり売り飛ばされちまってから、 押し込まれた船倉の中でやっと自分の身がどこに向いてるかに気づくタイプなんだよっ」 「・・・おい土方。酷くないですかそれ。 何よ、あたしだってもう二十歳越えてんだよ? そのへんのガキと一緒って。しかも鼻タレって!もォ立派な大人だっつーの、レディだっつーのォ!!」 突っかかるあたしの頭を片手で抑えつけながら、土方さんが旦那をギロリと睨む。 吸っていた煙草はポイと地面に投げ捨てられ、雪駄履きの足がそれを憎たらしげににじり潰した。 「お前は黙ってろ。俺ァこいつに言ってんだ」 なんて人だ。 元カノの就職を世話してくれる善意の人に、その態度って。 どういうこと? どーなの?いい年こいた大人としてそれどーなのさ、それ。 それにしたってこの二人だ。どうしてここまで相性が悪いのか。 似すぎているからだと総悟が言っていたけれど、似ていたらもっと仲良く出来そうなものなのに。 「あァ!?何だ。やるか?やんのかよ? ヤルんですかァァ、オマワリさあーーん!?善良な一般市民とォ、昼間っからヤリますかァーー!? いいのかねえ、非番の警官が街中で物騒なモン振り回してもーーー!!」 ここまで言われてこの旦那が黙っているはずが無い。 口から先に生まれたような、言われた十倍は熨斗つけて言い返すような人なんだから。 総悟の言ったとおりだ。 この二人、確かに似ている。 この妙な大人気の無さが、頭痛がしてくるくらいそっくりだ。 「安心しろ。かえって表彰モンだぜ。 非番の警官が、婦女子に汚えモン触らせようとした変質者をぶった斬るんだからよ」 にやり、と一瞬だけ、土方さんの口許に暗い笑いが浮かんで、すっと引く。 握っている刀がカチリと鳴った。 「ちょっ・・・・やめてよ二人とも!」 『黙ってろ!!』 息もぴったり、二人が同時に怒鳴る。 睨みをきかせながら刀の鍔に手を掛ける、どう見てもヤクザにしか見えない非番の真選組副長。 向かい合う旦那も目を逸らすことなく、何食わぬ顔で腰の木刀に手を伸ばす。 ぴったり同じタイミングで腰のものを抜き、互いに構え合う。 二人の間合いがジリジリと詰まり、発した殺気が傍で息を呑むあたしにまで刺さってくる。 ヤバい。 どうしよう。この人たち、目がマジだ。 土方さんの身も気になる、だけど人目も気になる。 近所迷惑なまでに大きい、二人の声の通りの良さがいけなかった。 静かだった通りには、すでに人垣が出来るほどの見物人が沸いている。 それに相手は旦那だ。洒落にならない強さなのだ。 普段なら横から割って入って、ふたりのケンカっ早さに水を差していく総悟も近藤さんも、山崎くんすらいない。 リクルート仕様で丸腰のあたしが素手で入ったところで、何の歯止めにもならないし。 「あれっ。坂田さぁん?」と呼ぶ声が背後から聞こえた。 人垣を掻き分けて出てきたのは、スーツ姿の人の良さげなおじさん。 後光が差して見えるほどに、あたしはそのおじさんを有難く思った。 「坂田さんじゃないの。何騒いでんの?」 「おっ、社長ォ。いいトコに来たねェ」 構えていた木刀をさらりと下げると、旦那はその「社長」さんに向かって手を挙げた。 身構えていたあたしの肩に腕を置き、そのままその人の前へと押し出す。 「連れてきたの、このコなんだけどさァ。いーよォ、このコはお買い得だよ?どォよこの可愛さ」 「ははは、そうだねェ。たしかに可愛いけどねェ。可愛さだけじゃ仕事は務まらないからねェ」 そう言っておじさんと旦那が、ガハハと大きな声で笑い合う。 ・・・・今の話の流れからいくと。 間違いない。この人の良さそうなおじさんが、旦那が紹介してくれた会社の。 今日の面接の会社の、社長さんなんだ。 「あのっ、・・・と申します!よろしくお願いします・・・!」 あたしは思い切り深く頭を下げた。 顔を上げると、社長さんはうんうんと頷いた。 「じゃ、事務所に行こうかね。このビルの三階だから。履歴書は坂田さんから受け取」 「」 「はい?」 土方さんの声にあたしは条件反射で振り向いた。 どんな状況でも、土方さんに呼ばれると反射的に振り向いてしまう。 すっかりクセになってしまったらしい。 ・・・と思っていたら、腕を掴まれた。 しかもすごく強く掴まれて、腕が折れるんじゃないかってくらい痛い。 驚いて見上げると、土方さんが凍りついたような無表情になっていた。 それを見たら、思わず痛さも吹っ飛んだ。 ヤバい。 今日二度目の心の叫びは、あたしの危機回避神経いっぱいにこだました。 このひとのこの表情が、いかにヤバいものなのか。 真選組という組織に一度足を踏み入れたことのある者なら、誰もがよーく知っている。 これは普段の、見た目怖いけれど妙に大人気のないマヨラーの顔じゃない。 違う。この顔は、いつものこの人の顔とは違うのだ。 屯所の奥深くにひっそり佇む拷問部屋。 その前に降り立った局内一の吐かせ屋が見せる、残酷を極める仕置き前の顔だ。 「っひひひ、土方さ、いやあの、土方さま?」 「腹が減った。メシ食いに行くぞ」 「はっ、ははは、はいィィィ!!!」 背を向けやたらに早足で歩き出した吐かせ屋に、あたしは一も二も無く従った。 「だ、旦那ぁ!社長さん!本当にすみません!!!拷問されちゃいそうなんで帰りますぅぅぅ!!」 ペコペコ謝りながら土方さんの後を追うあたしに、社長さんは呆然とした目を向けていた。 ざわつく人垣が崩れていく中、こっちを見ていた旦那は「しょーがねェなァ」という顔で頭を掻いていた。

「 主役は遅れてやってくる 」text by riliri Caramelization 2008/07/27/ ----------------------------------------------------------------------------------- お名前変換場でも言い訳してますが 銀さんは親友と同じ呼び方です 変換派の方はご注意ください。        next